ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
4日開けたせいか中編やったせいか知らないけど、またお気に入り減り出してて笑っちゃうんすよね(恐怖)。
25層のボス部屋は、地獄の様相を呈していた。
さっきまで一緒に戦っていた戦友が今は死んでいる。ボスである双頭の巨人が手に持つ戦鎚を振り回すたびに、目に見えて人数が減る。
そういう、ある意味で「本物」の戦場がそこにあった。
すべてはALSが先走り、40名そこそこの自軍だけでボスを攻略しようとしたからだ。
『キバオウさん!! 見つかりましたよ
いつもの金切り声。情緒面に問題はあるが仕事面では有能な男、ジョーだった。彼は5層の一件が終わって以来反省したのか、以前までの情報通ぶりがさらに成長してALSの役に立ってきた。
勿論、相変わらずカッとなると喚きたてる悪癖は治っておらず問題を起こすこともあったが、キバオウの徹底的な矯正の元、情報担当として確かなキャリアを形作りつつあったのだ。
そして今回。彼は本人の伝手を辿り、そしてアルゴですら見つけられなかった「ボスの情報が得られるクエスト」を見つけてきたと言う。
曰く、25層の難易度が高いのは、ボスの弱さと帳尻を合わせるためだ。
曰く、迷宮区の転移トラップでボス部屋に乗り込むことで、ボスが目覚める前に攻撃を始めることができ、それを併用すればALSだけでのボス攻略も可能。
曰く、周りに高難度だと思われている25層ボスを単独攻略すれば、MTDやDKBに後れを取ることもないはずだ。
――1番目で希望を持たされ、2番目でそれが手の届くものだと思わされ、3番目でやる気を煽られた。
そう、ALSの面々は焦っていた。
MTDには、巨大な地盤と大量の物資がある。新たな強者を、自分たちの中から生み出すことが出来るだろう。
DKBには、強者への圧倒的な厚遇がある。新たに生まれた強者は、甘美な優越感に吸い寄せられるだろう。
だがALSには、固有の人員供給手段がない。
育成ではMTDに規模の差で負け、スカウトではDKBに待遇面で負ける。しかもALSは、5層でのディアベル達とのいざこざを
今は、元々の人員を強化することで対抗できている。だがそれも長くは続かない。
実績か、評判か、あるいは単に戦力か。とにかく自分たちにも固有の「何か」が無ければ、いつか攻略組の座から転げ落ちる定め。リーダーが出来る程度には頭の回るキバオウには、それが分かっていた。
だからキバオウは、この無理のある計画にGOサインを出した。
――だがジョーの持ち込んだ情報は、全くのデタラメだった。
およそ40分。たったそれだけで、ALSは呆気なく士気崩壊を起こした。
最初の会敵からの一連の攻撃で3人。それでも怯まずに攻撃を続け2人、ゲージを1本削り切った際のギミック攻撃を察知できず8人。
これがDKBだったなら士気崩壊はなかっただろうが、各々でボスに特攻して余計に多くの死者が出ていただろう。MTDは人数が少なすぎて論外だ。
3ギルドが初めから力を合わせていても、相応の死者は出ていただろう凄まじい強さ。
単純に、ステータスが高いのだ。一撃の威力が高く、動きが素早く、手数が多く、耐久力に優れる。
シンプルで、故に最も恐ろしいボスの在り方だった。
キバオウは指揮官という立場上、自軍の惨状を一歩引いた所で見ていることしかできない。
「ジョー……どこや?」
「い、居ません!!」
「多分、もう……」
情報源は、この乱戦で既にいなくなった。
「ぁ、や、やめ」
ALSでは2人しかいない女性プレイヤーの一方――前線にいるのは彼女のみ――が孤立し、ボスのターゲットがそちらに向く。恐怖からその引き締まった体をかき抱いて、その女性は自らに迫る危機に対処できずにいた。
「っ! アカン、誰か援護を――」
キバオウの指示も間に合わず……大学生くらいだろうか、女性プレイヤーに双頭の巨人が持つ戦鎚が振り下ろされる。片手剣を装備したダメージディーラーの彼女は、程よいサイズの胸を覆う胸当て以外にはガントレット程度しか金属防具を装備していない。
当たれば致命傷だ。
「ひっ! ぅあ、あ……」
元来彼女は怖がりで、努力していないと不安だから攻略組にまで上り詰めた。必死で回避しようとするが、あまりの恐怖に足がもつれ、尻もちをついてしまう。結果逃げ切れず、健康的に引き締まった両足が叩き潰された。
「ひぎっ!!」
押しつぶしたような悲鳴が上がる。
生々しい音と痛みがないのがせめてもの救いか。SAOではポーションを飲んで数分安静にしていれば治る傷だが、機動力のほぼ全損に多量の出血継続ダメージ。戦闘中にこうなっては、もう助からない。
「ぁ、ああ……い、い、嫌ぁあああ!! 嫌、いやっ!!」
瞳孔の縮んだ瞳で自分の足があった所を見て――頭の後ろで纏められた赤髪を振り乱し泣き叫ぶ。すぐに膝から先が無くなった両足をジタバタとさせ、這いつくばって逃げようとするが……遅すぎる。
彼女の後ろでは、第二撃を与えるべく巨人が鎚を振り上げている。HPは赤ゲージで、耐えきったのは運が良かっただけ。仮に放って置かれても、出血ダメージで数分と持つまい。あまりにも近くに死があった。
「やだ!! わたし死にたくない、死にたくないよぉ!!」
本能が叫ばせる。一番頼りになる人、リーダーのキバオウに顔を向け、必死にそちらへ手を伸ばす。恐怖と絶望に塗りつぶされたその顔からは、普段の元気な印象がすっかり抜け落ちてしまっていた。
「たす、助けて! 助けてよぉ、リーダ」
だが最後まで言い切る前に、振り下ろされた戦鎚によって強制的に黙らされ、代わりに衝撃音とポリゴンが破裂する音が響き渡る。
叩き潰される瞬間まで、キバオウは彼女と目が合っていた。
しかし槌が持ち上げられると、そこにはもう何もない。死体も、血糊も、死んだ者の痕跡は何もかもが消滅する。
「……
(本当は何も間違っていないのだが、キバオウから見て)お門違いと分かっていても、怨嗟の声を上げずにはいられない。しかし同時に、それがどれだけ無意味か、分からないキバオウでもなかった。
――DKBとMTDが大慌てで駆け付けた時、既にALSは半壊していた。比喩ではない。物理的に、
しかもその時点で、ボスのHPは3割も減少していなかった。故にDKBもまた、ボス戦にて深刻な出血を強いられる。
ALSが抜け駆けしてから3時間半。歴史に残る死闘であった。
奇跡的に死者を出さなかったMTDですら、あまりに凄惨な戦いを見て最前線を去った者が出た。
生き残った攻略組の人々は、口をそろえてこう語る。
「25層は地獄であった」と。
◇◇◇
26層の街開きは自粛ということになった。
葬式や戦没者追悼式の類が行われなかったのは、「本当に死んでいると信じられないから士気を保っている」という層が存在するからだ。仲間や遺族が各々ひっそり死者を弔うのが、アインクラッド流だった。
全域に追悼ムードが漂う中、アルゴはいち早くその事実を知った。
「――以上が、25層攻略の顛末だ」
攻略組壊滅。そんな情報を耳にして居ても立っても居られず飛んできたアルゴは、既に小さな会議室を抑えていたカラードに呼び出され、そこで事の次第を聞かせられた。
12時間前まで幸せの絶頂に居たはずのアルゴは、一転してどん底に突き落とされた心地だった。
ALSが偽情報に踊らされ、抜け駆けしたこと。
他の2ギルドが大慌てでボス部屋までたどり着いた時には、彼らの半分近くが死んでいたこと。
ただでさえ強かった25層ボスの力により、そこからさらに数名の犠牲者が出てしまったこと。
聞かせてくれたのがカラードでなかったなら、きっと途中で「聞きたくなイ!!」と耳を閉ざしてしまっていたに違いない。アルゴは何度も話を中断させ、最後の方は完全に絶望しきった顔で、それでも「地獄」を聞き切ってのけた。
「……にじゅう、いちにン」
光の無くなった目と感情の抜け落ちたような表情で、うわごとのようにつぶやく。
21人。25層のボス攻略で出た、
「そうだ。ALSは一軍の半数以上を喪い、事実上壊滅した。今シンカーさんとユリエールがキバオウと交渉している。恐らく、残党はMTDが吸収するという形でまとまるだろう」
彼らはもはや、最前線に出ることを望んでいない。
カラードの一言一言が、アルゴの胸に重くのしかかる。既に彼女は、積み上がった罪悪感と後悔で押し潰されそうになっていた。
崩壊の原因は、偽情報だったと言う。
その偽情報が出回った時、情報屋・鼠のアルゴは何をしていたか。
それは、この二人が一番よく知っていることだった。
カラードは能面のような表情を崩さず、淡々と状況を語り続ける。その雰囲気に、アルゴは覚えがあった。2層で6人の死とネズハの処刑を報告した時の感じだ。
「昨日の事は、攻略組には伏せてある。……これは、アルゴのためではなく、俺の保身だ。気に病む必要は一切無い」
(……違ウ)
「これは、俺の責任だ」
「違ウ!! オレっちが……殺したようなものじゃないカ!!」
悲痛な面持ちで必死に首を振るアルゴ。
「違わない。俺が悪いんだ」
だがカラードに両肩をガシリと掴まれ、目を合わせて強い口調で、ハッキリとそう告げるカラードに、思わず二の句が継げなくなった。カラードが言葉を荒げている所など、ほとんど見たことがなかった。
「俺があの時、不安に突き動かされて女に溺れてなどいなければ。アルゴの邪魔をしていなければ、気づけたはずだ、アルゴなら」
言い返すことが、できない。実際にあの程度の偽情報、アルゴの情報網なら一瞬で偽だと気づけたはずのものだ。
(やめてくレ!!)
アルゴは必死に、今一番掛けられたくない言葉が来ないことを祈る。
その咎は、男に溺れて情報収集を怠った自分も負うはずの――
「
「~~っ!!」
だが、言われてしまった。優しい言葉を掛けられたにも関わらず、アルゴの表情が悲痛に歪む。
アルゴは糾弾して欲しかったのだ。
唯一あの痴態を知るカラードに許され、庇われてしまった。これでアルゴは攻略組3大ギルドを1つ潰しておいて、何の咎めも
自分だけが許されたら、「あの時」の後悔をアルゴの分まで被ったカラードはどうなる。
「だからどうか、折れないでくれ。――
「……!!」
そう告げるカラードの目は、何処までも自信と真剣みに満ちていた。「信頼」と言い換えてもいい。
この結果を見てもなお、カラードはアルゴの情報屋としての能力に全幅の信頼を置いていた。
「情報屋はアルゴしかいない」。他ならぬ、アルゴの一番愛する人からの台詞。
カラードは説明を終え、次の仕事へと向かおうとしてアルゴに背中を向ける。
「か、カー、くン……っ!!」
アルゴはたまらずカラードの背中に縋りついて、ついに感情を爆発させた。
「ちが、カーくん、ひっ、えぐっ、えぅ、オレっち、オレっちのせいで……っ!!」
言葉が出ず泣きじゃくるばかりのアルゴを、カラードは受け止めず、そのままの姿勢でいる。
やがてカラードは、やんわりとアルゴを
「……すまないが、暫く、部屋へは行けそうにない」
これまでのどんな言葉よりも、アルゴに衝撃を与えた。
「ぇ」
アルゴは一瞬で泣き止まされ、しかし事態が飲み込めずに気の抜けた声を出す。何だかんだ言って、アルゴはまだ期待していたからだ。今夜にはまた、カラードがきっと慰めてくれる。それで思い出を上書きできると。
「25層のボス部屋がチラついて、な」
言われてみれば正論だった。きっと宿屋を変えればいいとか、そういう問題でもないのだろう。5層のボス戦でアルゴ自身が死にかけた時も、あれだけ怖かったのだから。
「…………そ、っカ。そうだよナ」
アルゴは数秒硬直してから、表面上は何ともなさそうに応対する。
「にゃはは、ごめんナ、抱き着いたりしテ」
表情まで取り繕えていたか、アルゴには分からない。だが5層の時と違って、ちゃんと声は出た。
「いつでも、待ってるかラ。そういうことしなくても、一杯遊ぼう、ナ」
暫く仕事にでも打ち込んでいることにする。そう言って帰っていくカラードを、アルゴは止めずに見送った。
「また情報でも買いに来てくれ……ヨ……」
会議室のドアが閉まる。それから一秒と経たないうちに、アルゴは繕えなくなった。
「っぐ、ひぐ、ぐしゅ……うぇっ……」
一人になった会議室に、アルゴの押し殺した泣き声だけが響く。別れを切り出された訳でも、接近禁止を言い渡されたわけでもないが……ただ一度、カラードにやんわり拒絶されただけ。それでもアルゴは、寂しくて仕方がなかった。
一度は幸福の絶頂にいただけに、それを喪う辛さを味わっているのだ。
アルゴは自分の身体をかき抱いて、ただ泣いていることしかできなかった。
――25層の悲劇。
SAOプレイヤーなら皆が知る、多大な犠牲を伴ったボス攻略戦のことである。数時間のうちに突然数十人の死者が出たことからリアル側でも一波乱起きたくらいの大惨事であった。
ALSの死者21名、DKBの死者6名。ALSはこの事件で主力の過半を失って組織を維持できなくなり、MTDに吸収・合併される。
最前線の三大ギルド体制は崩壊。各自が2軍プレイヤーを持ち寄り臨時の攻略体制が組まれる。後世の調査では、一般にこの事件までをもって「攻略序盤」とする、歴史上の転換点である。
大打撃を受けた彼らは、しかし続く26層を10日間で攻略する。ALSの大半を吸収したMTDと、名を「聖龍連合」と改めたDKBが合同で打ち出した攻略プロジェクトも一因であるが……最大の要因はやはり、26層にて突如現れた新興ギルド、≪血盟騎士団≫であろう。
――N〇Kスペシャル「実録・SAO事件第2集『25層の悲劇』」より抜粋。
◇◇◇
「あっははは!! 上手く行きましたねェ、ヘッド!!」
とある層の迷宮区、その安全地帯。最前線以外はほぼ人目に付かないのをいいことに、後に「ラフィン・コフィン」となる犯罪者プレイヤー集団はこういう場所を塒にしていた。
ボス戦のドサクサで姿をくらましたジョニー・ブラックもまた、何食わぬ顔で組織に合流していた。何のことはない、戦闘中に隙を見て、転移結晶で帰っただけのこと。ALSは壊滅したので、もう潜入する必要はないのだ。
「あァ。
ヘッドと呼ばれたのは、黒ポンチョ姿の男。普段通りの口調だが、しかし露骨に嬉しそうにしている。
今回も、完璧な結果だ。
「そっすねぇ。アイツんとこ、俺のダチもいるんスけど、何とか連絡取れないモンすかね?」
「むこうは、MTDの、幹部だ。痕跡が残る、やり方は、よくないぞ」
近くで武器の手入れをしていたモルテが、トレードマークの鎖頭巾をジャラジャラと言わせながら会話に入ってくる。ガイコツのような仮面と独特な喋り方が特徴の、赤目のザザも一緒だ。
「連絡なら、もう取ったさ」
メンバーでも特に対人戦の得意な二人組の意見に、PoHは「待ってました」と言わんばかりに答える。
PoHは、脅して言うことを聞かせたグリーンカーソルのプレイヤーに代筆させることで、自分の痕跡を残さずメッセージを送る方法を思い付いていた。
フレンドメッセージと違い、相手の名前が正しいスペルで分かればいいインスタントメッセージなら、他人名義で送ることも可能なのだ。
それによってPoHが送ったメッセージに、カラードは日常会話を装った暗号文で返答していた。
「次はスエーニョだ。やるぞテメェら」
「いやっほぅ!!」
「今度こそ、俺の出番もあると良いんですけどねぇ」
「なんでも、構わん」
4人は楽し気に、次の獲物をどう料理するかミーティングを始める。
そこには確かに、
「モブかわ」というのをやってみたかった。今は反省している。
19:55追記:一部表現を加筆修正。