ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
いやゴメンて。
第26層の攻略会議は、意外なことに以前より空気が良くなった。
確かに士気は低い。だが皮肉なことに、今まで場の空気を悪くしていた原因は、キバオウとリンド間の対立と、殺人プレイヤーの手先たるジョーの暗躍。キバオウとジョーがこの場に出てこなくなった以上、雰囲気が良くなるのは必然であった。
誰も口には出さないが、彼らの中に「キバオウ派が居なくなってくれたおかげ」という意識が芽生える程度には、会議は穏やかに進んだ。
また、彼らにとって嬉しい誤算もある。7層以来長らく最前線を離れていた「閃光」アスナが、新興ギルド「血盟騎士団」副団長として攻略会議に乱入してきたのだ。
彼女のすぐ後ろには、ギルドの発起人ことヒースクリフ。恐らく彼の差し金なのだろうが、「突如現れたミニスカート姿の美少女」というシチュエーションは、間違いなく攻略組の警戒心を彼方へ消し飛ばした。
俗な話だが、彼女の登場が攻略組の士気を上げたことも事実だった。25層の悲劇を経て死にこそしなかったものの、戦いにトラウマを抱えてしまった者も、嫌気が差して攻略組から距離を置いた者もいる。
その筆頭は、やはりキリトだろう。PvP大会での優勝経験もあり、攻略組全体で見てもトップクラスの実力と実績を持った男が、今回の一件を機にMTDを離脱してしまった。
彼は優れた戦士であり、同時にMTDにいながらにして、聖龍連合の理念を最も体現した男でもあった。
MTDの情報操作によって隠されているが、ここまで25体いたボスのラストアタックボーナスのうち、優に半分以上を単独で取得した男なのだ。キリトより強い者はほぼいないし、同時にキリトほど多くのリソースの上に立つ者もまたいない。
それを知る聖龍連合の幹部陣からは、彼らの目指す「英雄」像に合致するキリトをここぞとばかりに勧誘したのだが……精神的に参っていたキリトにそれは、悪手だったと言わざるを得ない。
ヒースクリフ……というよりアスナの介入がなければ、会議はもっと紛糾していたことだろう。
「じゃ、じゃあ、キリトくんは……」
「休職中だ」
「そんなぁ」
一方でアスナは、一番見せたかった人にその雄姿を見せることが出来なかった。
そもそも、ヒースクリフがアスナに先陣を切らせるに当たり、「苦境にあるだろう相棒を元気づけたくはないかね」という殺し文句によってその気にさせられてのもの。
赤と白を基調としたオーダーメイドの専用衣装は、アスナにとって着ただけ損になってしまった。
そして今。会議を主催していたカラードから入れ違いになったことを聞かされたアスナは目に見えて落ち込んでいる。
7層で道が分かれた相手だが、長くコンビを組んでいた身としてそれなりに思う所があったらしかった。……恐らく、本人は自覚していないのだろうが。
「ここに集まった3ギルド合同で臨時の攻略チームを編成。今から8日間で26層を攻略する」
ディアベルが概要を纏め、
「そうすることで攻略組は健在だとアピールし、同時にアインクラッドは攻略可能だと示す」
カラードが意義を補足し、
「無論、我々も協力させてもらおう」
ヒースクリフが、やや上から協力の意思を表明する。一気に現れた攻略組と見劣りしない装備と練度の集団に、懐疑的な声ももちろん上がった。
だが、戦後処理に追われる現状で無理矢理攻略をしようと言うのだ。出自が謎であろうと、戦力になるなら使わない道理はない。勿論、攻略組が態度を軟化させたのには、先陣を切って議場に入ってきたアスナによるところも大きい。
「……さて。少しいいか、ヒースクリフ」
会議を終え、各々が解散しようとする中。血盟騎士団のリーダーだという学者然とした男に、カラードが話しかける。
「ふむ、カラード君と言ったね。何か用かな」
ヒースクリフは平然と応対している。傍から見ると攻略組トップクラスの使い手を前に不遜な態度にも見えるが、団員以外でヒースクリフが目を付けているプレイヤーは極端に少ない。認知されているだけ、彼の眼鏡にかなっていると言えるだろう。
「……俺のことは
「ああ、君の
カラードが何やら意味深な問いかけをするが、しかしヒースクリフはどこ吹く風だ。
「大した用ではない。これだけの人員と、それを支えるリソース。一体どこで確保したのかと思ってな」
「聞きたくなる気持ちは理解する。だが済まない、それは企業秘密とさせてもらう」
直球で聞くカラード、ストレートに回答拒否を宣言するヒースクリフ。
腹芸、と言うほどでもない、ちょっとした小手調べだ。
「そうか。なら無理には聞かん。これからよろしく頼む」
「いいのかね? 我々
ヒースクリフは
この箱庭の住人に、自ら手出しはしない。彼は自らにそう律し、そう動いている。
「それでも構わない。虫なら虫で、使い道はある」
カラードもまた、平然とそれに返す。同時に彼は、暗に認めた。
(……食えん男だ。だが故にこそ、
お互い、何を決めたでも、何を話し合ったでもない。ただ顔を合わせただけ。
だがヒースクリフは、ある種の確信をもってカラードを見ていた。
彼もまた、英雄の素質を持つ者の一人だろう、と。
◇◇◇
第12層。とある圏外村にひっそりと佇む、場末の酒場。あまりにも奥まった所にあるせいで、アルゴの情報網からも漏れてしまっているここに、今日は二人も客がいる。
「……例の物は?」
「ええ、これですよぉ」
久々に
モルテの持ってきた例の物とは、22層で見つかったレアな指輪だ。
「代金だ」
アイテム化したコルが満載された袋を、バーテーブルの上に置く。ドサッという確かな重みと、ジャラジャラという金属音が混ざった音。
MTD1軍の装備を丸1人分用意して、少しお釣りがくる大金である。
「ひゅー、すっげぇ額♪」
「性能に見合うだけはある筈だ」
モルテはそれを囃し立てた。しかしそのまま受け取ろうとはせず、机に積み上げられた金貨袋は置かれたまま。
「なるほどぉ、この辺のストイックさがアレックスちゃんを落としちゃったのかなぁ?」
「本人は物理的に強いからだと言っていたがな」
「あー、アレックスちゃんはそういう事言いますわ」
プレイヤーの所有物は、それがアイテム化されている場合、本人の手を離れて5分間(装備中だったものなら1時間)で所有権が外れる。それより早く拾うことは置き引きと判定されるため、圏内では行えない。
そのため、普通アイテムの受け渡しはわざわざトレードウインドウを開いて行われる。逆に言えば、こうしてテーブルに置いたアイテムを5分見張ってから相手が拾えば、トレードの痕跡が残らない。
「彼女とは知り合って長いのか」
「ええまあ、βン時、対人クラスタで俺より強かったのはあいつと……あと、ひょっこり出てきて無双して最前線に帰ってく
黒ずくめのヤツ。それが誰かは、言わずと知れたこと。
「その黒ずくめのヤツだが、戦うならもう20層待った方がいいぞ」
「へェ。そりゃまた、どーして?」
モルテが意地の悪い笑みを隠そうともせず聞いてくる。
「やつが今、丁度仲間と女を死なせた所だからだ。これは
「勘、ですかぁ」
「ああ、勘だ」
モルテは邪悪に、カラードは口元でほんの少し。度合いは違えど、確かに笑い合う。
「んじゃ、リーダーにはそう言っときますねぇ。あの人も趣味が悪いなァ」
「お前も、戦いたいと顔に書いてある。だが戦うにしても、相手は一層の
カラードは普段より饒舌だ。というより、余計なことを喋らないよう無口を演じている普段より、その枷を弱めていると言うべきか。
「えーえー、分かってますよ。レベル1じゃあ歯ごたえないから、俺はまた露払いかなぁ」
モルテはつまらなそうに相槌を打つが、「レベル1」という情報を出すことで、次のターゲットがスエーニョだと分かっている、と暗に示す。カラードもそれを理解し、一瞬だけしたり顔をした。
「この指輪の
カラードの買い取った指輪は、以前アルゴに渡した敏捷値を20上げるあの指輪と同じもの。
その出所は、中堅ギルド「黄金林檎」。MTDの支援により、急速に勢力を伸ばし、層を駆け上がっていたグループの一つ
彼らが22層で「偶然」指輪を手に入れた際、あまりの性能から協議の結果、最前線の街で売却し、利益を分配することになった。
だがその指輪は、今こうしてモルテの手にあり、そしてカラードの所に渡った。
PoHに
「中々いい女でしたよぉ。ちょっと人妻シュミに目覚めちゃうかも、なんちゃって!」
寝ている相手の指を動かし、倫理コードを外させる。
事前に装備も解除しておけばロクに抵抗もできないという寸法だ。しかも何の気遣いなのか、宿の部屋はドアをノックされないかぎり、どんな大音量だろうと聞き耳スキル持ち以外には外から聞けない仕様である。
一通り楽しんだ後は、同じ要領で完全決着デュエルを申し込ませてから殺せばよい。いわゆる「睡眠PK」の応用だ。
死体が跡形も残らないSAOでは、事後に犯行の一部始終を知ることは極めて難しい。
恐らくグリセルダの夫……グリムロックには、「殺した」という部分しか伝えられていまい。倫理コードを本人の意思によらず外させる技術は、睡眠PKともども未だPoH達の手で独占されている。
グリムロックは真実を知らぬまま美化した思い出と、
共犯のシュミットは、卓越した集団戦の適性がある。得たカネで装備を整えれば、近く攻略組に合流できるだろう。
他のメンバーは何者かにリーダーが殺され、指輪が奪われたという悲劇だけを知る。
カラードは、これで3つ目になる敏捷の指輪を手に入れる。
加害者以外で唯一全てを知るグリセルダは、既にこの世にない。
「それは良かった」
カラードは下卑た笑みを浮かべるモルテへ、特に何の感情も持たずに相槌を打つ。
「さて、そろそろ時間だぞ」
カラードのセットしたタイマーが、5分の経過を告げる。それを聞くと、モルテはすぐに話を切り上げて金貨袋を回収し、席を立った。
「そうですねぇ。じゃ、またなんかあったら来ますよ。連絡は例の方法で」
「ああ。今日は有意義だった」
そそくさと、しかし相変わらず楽しそうに酒場を出ていくモルテ。
モルテの前に出されていたカラードの奢った酒には、一切口が付けられていなかった。信用していないという訳ではなく、自分ならここに毒を盛れる、という意識から来る職業病だ。
カラードは手元のショットグラスに注がれていたウイスキーもどきを一気に呷る。次いで指輪がストレージに入っているのを再度確認してから、ポンチョのフードを深めに被り直し、店を後にする。
外の草原は晴れ、満天の星空がよく見える。
(……これで、材料は揃った)
思うのは、計画外の天才アレックス。予想をいい方に裏切ってくれる手駒に、ちょっとしたプレゼントを用意したのだ。
(これがあれば……あるいは、匹敵するか?)
いい方に転べばよし。そうでなくても、戦力強化にはなるはずだ。
渡す時の策を講じながら、カラードの足取りは珍しく上機嫌であった。
総合評価1万、ありがとナス!!
37話のここすき数が4桁になってて笑っちゃうんすよね(歓喜)。