ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
「鼠」のアルゴ。βテスト時代から名の通った情報屋である。
だが、彼女も外面の図太さはともかく、中身は年頃の少女である。デスゲーム初日から精力的に行動できるほど頑健なメンタルはしていなかった。
1晩明かしてやっと気持ちに整理をつけ、こうしてはいられないと宿屋を出たのが二日目の昼。それから彼女は、まず「始まりの街」を回って情報をかき集めた。
β時代と同じクエストはあるか。モンスターの湧きは変わっていないか。ステータスは、スキルは、アイテムは、マップは。
そうして始まりの街を走り回っていると、嫌でも色々な噂が耳に入って来る。
曰く、そのうち救助が来るからのんびり構えていればいい。
曰く、実はHPがゼロになっても死なない。曰く、それを試すため集団自殺をする。
(違う……)
曰く、この辺りのモンスターでは効率が悪いから、レベル1からでも遠くまで遠征したほうがよい。
曰く、一部の先行したプレイヤーがリソースを独占している。彼らは自分たちを見捨てた。
(違う!!)
その大半は根も葉もない、願望から生まれたガセネタ。そんな情報が一つ出回るたびにプレイヤーたちは容易く死んでいった。
ある者は検証と銘打って自殺し、ある者は無茶なレベリングをして返り討ちに遭い、ある者は出口を探そうとして転落死する。
HPがゼロになっても死なず、ひょっとしてログアウトできるのではないか。そのような都合のいい情報だけを鵜呑みにし、無謀な行いをする彼らの寿命は、驚くほど短かった。
彼らはつまり、何もしないことに耐えられなかったのだ。少なくとも死んでみれば、本当に死ぬかどうかわかる。そして死ぬ確率は100%ではなく、ログアウトできるかもしれないと彼らは信じている。そう思いでもしなければ、行動できなかったのだろう。
アルゴは知っている。あの日茅場と名乗る存在が見せたニュースのテロップには、「死亡」「犠牲者200人超」「全脳死」の単語がそこら中に流れていたことを。
β時代、「蘇生の間」という名前だった黒鉄宮の一区画には、「生命の碑」なる全プレイヤーの名前を記した巨大モニュメントが置かれている。死者の名前を二本線で消し死因まで表示する悪趣味なオブジェだ。
それも合わせ、デスゲームは本気なのだとアルゴは確信していた。していたから、恐怖で一日引きこもっていた。
だが、そうしている間にも生命の碑に引かれる二本線の数は増えていく。
優秀な者達、βテスター達はとっくに先に行ったという。今残っているのは、彼らのような勝手の分からないプレイヤー、弱者たちだけだ。
(私が、止めなきゃ……っ!!)
アルゴは知らず、そのような決意に満ちていた。
そんな時だった。始まりの街の一部プレイヤーたちが、情報共有と相互扶助を目的として団結し始めたとの情報を得たのは。
大手の総合ゲーム情報サイト「MMOトゥデイ(MTD)」の名を冠した彼らのグループは、なんと本当にMMOトゥデイの管理人をトップに据えているという。その知名度と信頼性を考えれば、急速な広がりも納得がいった。
自分以外にも、初心者たちを手助けしようとしているプレイヤーがいる。アルゴは救われたような気さえした。
だから、そんなMTDの発起人の一人と言われる「カラード」なる人物が気になったのは当然の成り行きと言えた。
リーダー格であるシンカーと違い、自分の記憶にない無名のプレイヤーだ。彼は一体何者なのだろう?
思い立ってからは早かった。未だレベル3とは言え、敏捷に極振りしている彼女は一般プレイヤーが驚くほど早く黒鉄宮に着く。
生命の碑の前には、お目当ての大男がいた。フード付きのローブのようなものを被っているので顔は見えないが、何やら真剣にメモを取っているのは手元で判別できる。
アルゴは背後から男に近づくと、普段から発動しっぱなしにしている隠蔽スキルの効果を解除しないまま声をかける。そのまま尾行しなかったのは、アルゴなりの誠意あるいは敬意のつもりだ。
「ナア」
「……!!」
急速にハイドレートが下がり、アルゴの姿が衆目に晒される。周囲の目からすると虚空から急に現れた様に見えただろう。目の前の大男は明らさまに驚いていた。少し後ずさってもいる。
「にしし、どんなやべー奴かと思ったら、結構普通な反応するんだナ」
それで少し得意になったアルゴは、いつもの独特なイントネーションで男に話しかけた。
「……俺を何だと思ってる」
「迷宮区に突撃する変態」
「よく調べたなそんなこと……まあいい、丁度良かった」
「丁度イイ?」
アルゴの物言いに、カラードは驚くどころかむしろ嬉しそうな声色で応じる。フード越しの表情は、ピクリともしていないようだが。
「提供したい情報があった。とりあえず、どこか内緒話の出来るところに案内してくれ」
これで「ついてこい」と言われたら、
「……分かっタ」
◇◇◇
「まず、俺
アルゴの知っている「始まりの街」の飲食店の中で、一番分かりにくい場所にあり、かつ個室のある店。
NPCのウェイターが持ってきたコーヒーらしき飲み物に口を付けていると、カラードが特に前置きもなく本題に入り出した。
彼の伝えた情報は、少なくともアルゴにとって値千金のものだった。
迷宮区最寄りの街、「トールバーナ」までの最短経路のマップデータ。βテスト時代と変更されているクエストの新たな受注場所・達成条件その他もろもろ。一部モンスターのステータス変更の内容。始まりの街に出没している、火事場泥棒的なマナーの悪いプレイヤーの情報……
「ちょ、ちょっと待ッタ!! そんな一遍に出されても情報料ガ」
「なら、代金代わりに出来るだけ早く最前線の連中にシェアしてやってくれ」
「……ハ?」
アルゴは、目の前の大男が言っていることが一瞬理解できなかった。
彼女は情報屋である。βテスト時代から、ギブアンドテイクは絶対だ。筋を通さなければ、この稼業は務まらない。
それが、今やデスゲーム。この最序盤、アイテムやMobのリソースは極めて限られている。飯のタネどころか命がかかっているのだ。最前線のプレイヤーが情報を独占するのは当然だと、アルゴは考えていた。
「情報には対価を、という考え方は、俺も当然だと思う。ただ」
「タダ?」
「初日から今日までで、382人死んだ」
それは、生命の碑に刻まれた二本線の数。
「このままだと、βテスターも仕様変更に巻き込まれて死にかねない。そうなると攻略にも差し障るだろう。最低限の情報共有はするべきだ」
カラードは、表情ひとつ変えずにそう言ってのけた。
多分これは、本気で言っているんだろう。彼はこの数日で、単独で迷宮区の直前まで到達するほどの凄腕だと調べが付いている。わざわざ最前線から帰ってきてMTDを支援しているのは、単純に犠牲を減らしたいから。
「……プッ、にゃはははは! 警戒して損シタ!」
カラードは困惑しているようだが、目尻に涙をためるほど爆笑するアルゴの勢いは止まらなかった。嬉しさと可笑しさが8:2くらいで入り混じっている様子だ。
「カーくん、見た目の割にお人よしなんダナ! オネーサン感激しタヨ!!」
「……カー君とは、俺か?」
「ぁ、その、嫌だっタカ?」
「構わない。好きに呼んでくれ」
そう答えると、アルゴはさっきより嬉しそうにニパっと笑う。
カラードは恐らく年上だ。だが、この口下手でお人好しな大男には、なんとなくだが恭しい態度は合わないような気がした。できれば、対等な関係でいたい。
アルゴ本人も上手く言語化できなかったが、ともかく「カーくん」とはうまくやっていけそうな気がしたので、気にしないことにした。
「お前さえよければ、定期的に情報を届けたいと思うんだが」
「!! いいノカ!?」
「いいも何も、情報共有したいと言ったのは俺だからな。今フレンド申請を送った」
「あ、お、オウ。ありがトナ」
アルゴから送ろうと思っていたフレンド申請が、カラードの方から飛んでくる。タイミングのいい男だ。
「これからよろしくナ、カーくん」
「おう」
相変わらず無表情だが少しだけ嬉しそうにするカラードと、憑きものが落ちたようににんまりと笑うアルゴ。アルゴの顔は、以前とは質の違ったやる気に満ちているように見える。
カラードとは長い、そして楽しい付き合いになりそうだ。
アルゴは来た時と違い、すがすがしい気持ちでその場を後にした。