ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR)   作:TE勢残党

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 クッソ激烈に遅くなったので、リハビリを兼ねて初投稿です。
 言い訳はしません、本当に申し訳ない。

 時系列的には13/nと14/nの間に当たるお話です。


断章・前編

 人斬り三段、という言葉がある。

 

 素人であろうと一人斬り殺したことのある人は、そうでない人と比べて()()()()()ので、それだけで剣道三段に匹敵する強さを発揮できる……という意味のことわざだ。

 

 その効果には一定の信憑性があり、後戻りできなくするという意味も込めて、テロリスト等が入団時のイニシエーションに用いることが往々にしてあるという。

 

 SAOでは比較的珍しい女性プレイヤーであるルクスは、走馬灯の中でそんな知識を思い出していた。

 

 しかし現実逃避から戻っても、目の前の光景は変わらない。オレンジカーソル……つまり犯罪者の男4人が、ルクスともう一人の生き残り……リーダーだった男を取り囲んで下品に笑っている。

 

 ルクスたちは()()()()、彼ら……後に「笑う棺桶(ラフィン・コフィン)」と呼ばれる殺人プレイヤー達と遭遇し、敗れたのだ。

 

 彼女の心は、とっくに絶望に満ちていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 最前線も30層ともなると、攻略組への参加を目指す中層プレイヤーの「出世コース」もかなり定型化が進んできている。と言っても、そのほとんどはMTDが作り出し、定着させたものだが。

 

 1層の巨大互助組織「MMOトゥデイ(MTD)」は、中層プレイヤーの支援にもそのリソースを割いている。MTDに所属していない者にも、身内の戦闘部門ほどではないにしろ、それなりに手厚い物資や情報の提供を行っているのだ。

 

 中でも一番の花形は、秘密裏に行われている2軍からの仕事のあっせんである。いわばシステム外クエストであり、それを受託する者達は非正規雇用者といった所だろう。

 

 2軍とは言え攻略ギルドが行う仕事の代行だ。マージン(ピンハネ)を含めても普通に冒険するより実入りがよく、中にはそういう仕事を専門でこなす、ある種下請け業者のようなギルドまで生まれ始めていた。

 

 これらには当然囲い込みの目的もあるが、それを蹴ってDDA(聖龍連合)やKoB(血盟騎士団)に流れた例も多くある。と言うか、3大ギルドの中でまともな中層支援を行っているのはMTDのみなので、後発で攻略組まで駆け上がるプレイヤーはどこかしらでMTDの恩恵を受けているのが普通だ。

 

 聖龍連合への合流を目指しているルクスたちも、修行と金策を兼ねて積極的に仕事をこなしていた。その実力は、現状の中層プレイヤーの中でダントツ。個々の実力はさほどでもないが、パーティーバランスの良さと連携の上手さで「次期攻略組」の呼び声高い。

 

 そんな自分たちだったからこそ、25層迷宮区のマッピングという特級の仕事が持ち掛けられたのだと、ルクスは誇らしく思っていた。

 

「……この件、どうする?」

 

 控え目な性格のリーダーが、さらにおずおずと貰った依頼について意見を求める。人の上に立つ性格ではないが、ゲーム知識と戦闘力が一番なのでリーダー。これで戦闘中はかなり頼りになるのだから、人は見た目で分からない。

 

 36歳で、パーティーでは最年長。リアルでは自営業だそうで、昔のMMOのヴァナ、という所で幾つも武勇伝を持っている歴戦のゲーマーだという。

 

 声が震えているのも無理はない。概要を聞いて、ルクス自身驚きすぎて変な声を出したくらいだ。

 

 25層はその難易度から3大ギルドMTD(MMOトゥデイ)、DDA(聖龍連合)、KoB(血盟騎士団)の間で協定が組まれ、許可なく主街区の外に出ることを禁じられている。

 

 そこでの仕事ということは、こちらを攻略組クラスの戦力として認めているということに他ならない。しかも、仕事中に手に入ったアイテム類はこちらに所有権がある。最前線に近いクォーターポイントの未踏領域でこれは、破格の条件と言ってよかった。

 

 勿論、報酬分かそれ以上の危険はあるだろう。だが成功させた暁には、自分たちの実力は攻略組に匹敵するということになる。そうなれば、目標としている聖龍連合への参加にも、ぐっと近づけるだろう。彼女らにとってその"餌"は、無視するにはあまりに甘美だった。

 

「攻略組、攻略組かぁ。いい響きじゃないか」

 

 ルクスがどこか男性的な口調でそう語る。外見こそ「ゆるふわ」という形容が似合う長い銀髪の少女だが、男装願望でもあるのか大正時代の大学生のような口調を続けていた。

 

 周りの男衆も「これはこれでかわいい」ともてはやすものだから、すっかりこのキャラが定着している。厳しい世界だが、ここの居心地は良かったし、希望もあった。

 

 ――今にして思えば。この時点で気づいておくべきだったのだと、ルクスは今更思う。

 

 確かにルクスたちは強かった。今回の報酬で装備を一新すれば、彼女らが目標に掲げる「DDA1軍入り」も現実的だっただろう。現に、25層迷宮区の強力なモンスターたちにも、彼女らは危なげなく勝てていたのだから。

 

 ただ彼女らは、SAOの闇に蠢く巨大な悪意を知らなかったのだ。

 

 何の気なしに踏み込んだ未発見の安全地帯は、PoHら殺人プレイヤー達が塒にしており――ルクスは紅一点で、顔とスタイルが男受けするものだったからという理由で無傷でいることを許された。

 

 戦いにすら、ならなかった。攻略組に準ずるレベルと装備を持った6人が、4人の男たちに完封され、逃げる間もなく無力化されたのだ。

 

 ルクスたちはあずかり知らぬことだが、PoH達はMTDとのコネによる強力な情報的アドバンテージに加え、スエーニョ主催の闇賭博という巨大な資金源を抱えている。煽動しているだけの下っ端はともかく、幹部級の戦力は同数の攻略組メンバーすら上回るまでになっていたのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さぁて、ヘッドぉ! いよいよメインディッシュじゃないですか!?」

 

 頭陀袋を被ったプレイヤー……ジョニー・ブラックが、不快な金切り声でそんなことを言う。すっかりアングラ暮らしに慣れてしまい、今ではカーソルもオレンジだ。

 

 メインディッシュとは、当然自分だとルクス自身にもわかる。先ほどから自分の胸や股間に、下卑た視線が突き刺さるのを否応なく感じていたからだ。

 

「そうだな」

 

 ヘッド、と呼ばれた黒ポンチョの男、PoHが短く答え、ルクスの方へ一歩踏みだす。

 

「――ひ、ぁ」

 

 恐怖のあまり声すら上げられない。どこか小動物的な愛嬌のある顔はすっかり歪み、毛量の多く長い銀髪が、へたり込んだ身体の震えに合わせて揺れる。

 

 必死で逃げようと足を動かすが、腰が抜けてしまってまともに動けない。ただ、瞳孔の縮んだ黒目を震わせ、自分の身体をかき抱いて男たちを見ていることしかできない。

 

「へ~、いー顔するじゃないですかぁ。こりゃ"ゲーム"にも期待できますね」

 

 鎖頭巾姿の男性プレイヤー、モルテが、口元を楽し気に歪ませる。

 

 ルクスは特に、この若者を怖がっていた。仲間をいたぶっている時、「"死闘(デュエル)"が一番ですけど、こーゆー筋書き(ドラマ)も悪かないですねぇ」などとのたまって、心から楽しそうにしていたからだ。

 

 6人のうち、まだ生きているのは2人。もう一人の方、リーダーは麻痺しているので、碌なリアクションも取れず床に転がっている。

 

 他の4人は、()()()()()()()()()のに計2時間かかった。その3分の2は、最初に逃げ出そうとした副リーダーをいたぶってのもの。

 

 ――少しずつ肉を削がれていく仲間の顔が、ダメージ毒を投与され、一本しかない解毒剤のために殺し合う仲間の顔が、その解毒剤がただの水だったと分かった時の仲間の顔が、頭にこびりついて離れない。

 

「うぷ、おえっ……!」

 

 何度も何度も、錯覚の嘔吐感に襲われた。

 

 ルクスの乙女の尊厳が守られているのは、単にSAOに排泄の機能がないからだ。

 

(殺される殺される殺されるころされる嫌いやいやいやいや――)

 

 既に彼女は、すっかり心をへし折られてしまっていた。

 

「……するなら、さっさとしろ」

 

 一歩引いたところにいる髑髏仮面の男、ザザが、独特な喋り方で告げる。

 

 どちらかというと武人気質のこの男は、この手の悪趣味な行事はあまり好きではないらしい。だが逃げようとした副リーダーに一番早く気づき、細剣で足を突き刺し動きを止めたのは彼だった。悪い方向に真面目なのだろう。

 

「ちぇ、相変わらずノリ悪いですねぇ。まあザザらしさってことなのかなあ?」

 

 モルテはそこでルクスの方を向き直り、

 

「んで、ルクスちゃんって言いましたっけ? キミみたいな可愛い子をアッサリ殺しちゃうのもどうかと思うんで、ちょっとゲームしません? ゲーム」

 

 人差し指を立てながら、そんなことを言いだした。

 

「な、なに、を」

「ルクスちゃんが勝ったら、殺さないであげまーす!」

 

 その言葉に、ルクスの目にほんの少しだけ、光が戻る。嘘である可能性が極めて高いと分かっていても、縋らずにはいられない。

 

 だが、それも彼らの手の内だ。

 

「お、いーですねぇ! やる気アリって感じかな? ルールは簡単!」

 

 ――ルクスちゃんには、そこのおっさんを殺してもらいます!!

 

「…………ぇ」

 

 人斬り三段。

 

 テロリストのイニシエーションにも用いられるが……殺人プレイヤー達にとっては、実益を兼ねた嫌がらせに過ぎなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「はっ、はぁ、はーっ、はーっ!」

 

 呼吸が荒くなるのを感じる。手が震えて、持っているナイフが小刻みに動いている。

 

 目の前には、麻痺して床に転がっているリーダー。

 

 目は虚ろで、すっかり抵抗を諦めてしまっているようだ。あんなに怖い目に遭ったのだ。自分だって、一歩違えばこうなっていた。

 

「う、うぅ……」

 

 もう15分以上、ナイフとの睨めっこが続いている。

 

 恐怖に負けて、ナイフを振り上げるたびに手が震えて、すぐ戻す。直後、自分が何をしようとしたか理解して恐怖する。しかし周りの男達がサブリーダーを殺した時のことを思い出し、震えながら再びナイフを振り上げる。それを数回。

 

「さっさとしてくださいよぉ。その内麻痺が解けたら、ゲームは分からなくなりますからねぇ」

「そうそう! 俺はルクスちゃんが勝つ方に賭けてるんだから!!」

 

 モルテたちは急かしてくるが、あまり真剣みは感じられない。むしろニヤニヤとこちらを眺めている。

 

 この葛藤も含めて彼らの楽しみであることは疑いようもない。

 

 ――この人を殺せば、助けてもらえる。

 

 ――あんな惨い目に遭いたくない。

 

 ――でも、人を、リーダーを殺すなんて。

 

 ルクスの中で、葛藤が渦巻く。

 

「さっさと選べ。死ぬか、殺すかだ」

 

 黒ポンチョの男がそう言うと、その威圧感に手が震える。

 

 リーダーとの思い出と、先ほどの拷問が交互にフラッシュバックする。

 

(やっぱり、死にたくない)

 

 つまり、殺すしかない。

 

「ご、め、なさ……っ!」

 

 絞り出すような声に、あり得ない筈の返答があった。

 

「いいんだ」

 

 ――君だけでも、生きてくれ。

 

 麻痺状態でも、喋ることは出来る。だが、こんなにはっきりとは無理だ。

 

 つまり、リーダーはとっくに、麻痺から回復していた。抵抗できる身で、身じろぎひとつしていなかったのだ。

 

 それを察した時。ルクスの中で、何かが切れた。

 

「――ぁあああああ!!!」

 

 ナイフを突き立てる。肉を貫く感触。血は出ない。

 

 ナイフを突き立てる。嫌な感触。

 

 ナイフを突き立てる。

 

 ナイフを突き立てる。

 

 ナイフを突き立てる。

 

 ナイフを突き立てる。

 

 ナイフを――

 

「もういい。とうに、死んだ」

 

 いつの間にか背後に回り込んでいたザザが、狂乱するルクスを止める。

 

 見れば、とうにリーダーの身体はポリゴンと化して爆散しており。

 

 ルクスはそれ以降も、何もない地面に向かって何度も何度もナイフを突き立てていたのだ。

 

「ぁ、あぁ、あああ……っ!」

 

 声にならない声を上げて、泣きじゃくるルクス。周りの男たち、特にザザ以外の3人は極めて満足気だ。

 

「おめでとう、人殺し!!」

「これであんたもこっち側。歓迎しますよぉ」

 

 まるで嬉しくない褒め言葉をぶつけてくるジョニーとモルテを尻目に、ルクスは安堵していた。

 

 これで、殺されずに済む。自分だけは助かる。そう思ってしまう自分に反吐が出る。

 

 だがある意味で、その心配は不要だった。元より彼らに、ルクスを開放する気はさらさらないのだから。

 

「あとは好きにしろ」

 

 リーダー格の男がそう言って、その場を後にする。

 

 空気が変わった。

 

「さっすがぁ! リーダーは話が分かる!!」

 

 モルテが代表してその場の感情を代弁し……三人が、一斉にルクスの方を見やる。

 

 先ほどまでと違い、殺意や敵意は感じられない。むしろ感謝というか――欲望。

 

「ぇ、た、助けて、くれるって」

「『殺さない』とは言いましたねェ。まーそれも、俺たちの言う事聞いてる内は、の話ですけど」

「ぶふっ!!」

 

 モルテの言い草がジョニーのツボに入ったらしく、二人してひとしきり爆笑する。

 

「あははは、あーうける! あーはは……って訳で、んじゃあまず、倫理コード解除してパンツ脱いでください。あ、スカートはそのままでいいですよぉ。その方が興奮するんで」

「――っ!!」

 

 あまりにも、直接的な要求。

 

 拒絶を言葉にすることさえできず、ただ首を振りながら後ずさりする。

 

「生き延びたい、なら、機嫌を、損ねない、ことだ」

「おやー? さっきとやる気が全然違うな! ザザはむっつりスケベか!」

 

 明らかにテンションが上がっている。それが自分を好きにできるという興奮から来ているのは、生娘のルクスにも流石に理解できた。

 

 絶望的なまでの、貞操の危機。それまでとは別種の恐怖に、全身が総毛立つ。

 

「ひ、い、嫌……」

「何やってんのルクスちゃん、さっさとしてくださいよ~。はぁい、ごー! よーん!! さーん!!」

 

 こと女が絡んでいる時の彼らは、大学でしばしば見られる悪質なサークルに似ていた。年齢層が同じくらいなのもあるし、そもそもモルテは()()()()場所の出身である。

 

「にー!! いーち!! ……ねえ」

 

 さっきまで陽気にコールしていたモルテが、カウントダウンを終えた途端に笑みを消し、底冷えするような怒気を発する。

 

「ひっ!?」

「なんで優しく言ってるか理解してる? アンタがもう逃げられねぇの分かってっからだよ」

 

 「だから、言った」と呆れるような態度のザザを尻目に、モルテはドスの効いた声色で、怯えるルクスに詰め寄っていく。

 

「あーあ、怒ったモルテは怖いぞー」

 

 ジョニーがおどけて言う通りだ。

 

 ルクスの目の前まで来ると、何のためらいもなくその頭を掴んで持ち上げ、顔を思いっきり殴りつけた。アザの残らないSAOならではの方法である。

 

「いぎっ!! や、やめ」

「やめるかどうかはそっちの態度によります……ねッ!!」

 

 さらにもう2、3発殴ってから、髪を掴んでいた手を乱暴に振り払う。

 

 体術スキルを使った訳ではないので、HPゲージは1割も減っていない。だが、ルクスに与えた恐怖は計り知れなかった。

 

「今言う事聞くなら……そーですね、これ以上首絞めたり腹パンしたりはナシってことでいいすけど、どします?」

「俺ぁどっちでもいいですよ? どーせ強がっても長持ちしないし、いたぶってからの方が興奮するし」

 

 ――ダルマってのもいいですね。どうせすぐ復活するし。

 

 はじめとなんら変わらない笑みを浮かべて、先ほどの乱暴などなかったかのように平然と聞いてくるモルテがそこにいる。

 

 それを見てルクスは、完全に抵抗を諦めた。

 

 反抗して死ぬより辛い目に遭い続けるくらいなら。貞操も尊厳も、何もかも差し出してでも苦痛から、恐怖から逃れたいと思ってしまった。

 

 それでも、生きなければ。生きなければ、リーダーを殺した意味が無くなってしまう。

 

 だからルクスはただ濁った眼で、言われるがまま、彼らのされるがままになった。

 

 ――かくして、攻略組に一番近かったパーティーは、人知れずその消息を絶つ。翌日には、生命の碑でルクス以外の死亡も確認された。

 

 気に入られたのか、約束が守られたのか。ルクスだけは殺されることなく、あるいはこの世界から逃がしてもらえず、本拠地に留め置かれている。

 

 その役目は――強いて語るまでもないだろう。




 ラフコフとかいう政府(MTD)と癒着して賭博のケツ持ちで荒稼ぎするヤクザの鑑にして人間の屑。

 追記:次話投稿済み。

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