ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR)   作:TE勢残党

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 二話連続で初投稿です。
 次からおま○けの続きに戻ります。


断章・後編

 第1層、始まりの街。

 

 普段から活気に溢れるこの街だが、今日はPvP大会の日でもないのに、広場に人だかりができていた。

 

 なんとなく見に来た者やお祭り感覚の者が大半だが……中には、本気で怒りを露わにしているものもいる。

 

 巨大ギルドMTDが、史上初めてスキャンダルを起こしたのである。この人だかりは、その謝罪会見を見ようという人々によるものだ。

 

 スキャンダルの内容はこうだ。25層の迷宮区に、ギルドの息が掛かった人員を送り込んでマッピングを試みたが、戻ってこなかった。既に生命の碑によって()()()()()されている。大事故であった。

 

 25層は、その危険性から他でもない3大ギルドによってフィールド・迷宮区への入場規制が敷かれている。

 

 25層迷宮区のマッピング作業は、現在MTD2軍が行っている主事業のひとつ。最前線レベルの仕事を外部に委託して、案の定壊滅して当事者に連絡が取れないとなれば、責任はギルドに帰結する。いわゆる労災だ。

 

 問題が起こっていないうちはよかったが、なあなあでコネのある中層プレイヤーに自分たちの仕事を横流ししていたツケが回ってきたという訳だ。

 

 まあ実際には他にもたくさんのパーティーに似たような委託を回しているのだが……それを表に出したら余計に炎上するという幹部会(カラード)の判断により、試験的試みが大失敗したという方向にすり替えられている。

 

 こういう事態に備えていたから、仕事の委託は裏で行われていたのだ。

 

「此度の一件、MTDの要たる戦闘部門の一員として痛恨の極みです。MTDとしましては、本件を、戦闘部門2軍の監督不行き届きによる安全義務違反が招いたものと認識しております」

 

 カラードが、真面目くさった顔で心にもない言葉を並べていく。さりげなく、2軍を生贄にして「トカゲのしっぽ切り」をするのも忘れない。

 

「この事態を防げなかった責任を取るとして、委託の主導的立場にあった二軍のリーダーから退職の申し出があり、これを受理しました」

 

 一緒に謝っているシンカーは心の底から申し訳なさそうで、沈痛な面持ちのまま。

 

 彼の申し訳ない気持ちは、信用を裏切った一般構成員にも、死なせてしまったパーティーの面々にも、そして事故が起きる前に危険に気づき、止めてやれなかった二軍の面々にすら向けられているのだ。

 

「遺族への補償は誠意をもって行います。我々はこの事実を真摯に受け止め、原因究明を徹底すると共に、再発防止に全力を尽くす所存です」

 

 通りいっぺんの言葉を並べて謝罪会見を行い、事前に仕込んだ"一般市民"が繰り出す想定通りの質問に答えながら、カラードは内心事も無げに今回の件を総括していた。

 

 ――確かにルクスらのパーティーがDKBに加入すると、ディアベル勢力が想定より強くなりすぎて今後の予定に差し障る可能性があった。だがカラードにはもう一人、ターゲットがいた。

 

 更迭された二軍のリーダーだ。

 

 30歳ほどの男性で、3軍からの叩き上げ。リアルでも警察官だったという彼は、下っ端時代から熱心な見回りで知られる人気者の「お巡りさん」だった。

 

 しかし、勤務時間外に自主的な警らを行うことがあり……それが高じて、警備ルートに開けられた「穴」の存在に気づきかけていたのだ。勝手に張り込みでもされたら、スエーニョ一味の一件が想定外のタイミングで露見しかねない。

 

 最悪の場合、その穴を空けたのが警備ルートの構築者……カラード自身の故意によるものだと察知される可能性が生まれる。

 

 故に、妙な考えを持たれる前に一肌脱ぐことにしたのだ。

 

 元・2軍リーダーは古いタイプの人情家。頑張っている若人……特に女の子(ルクス)のために、内緒で仕事を融通する程度には「粋な人」だ。それが下心によるものだったかは不明だが、全て筒抜けだったので操るのは容易だった。

 

 そもそも戦闘員の人事権もまた、事実上カラードが掌握している。2軍の統括まで出世させたのはカラード自身だ。

 

 「情に脆くて操りやすそうだから」と「目立たずには動きづらく、余計なことに気づいた時消しやすい地位に置いておきたかった」という両面でアレックスの後を任せたし、その勘は正しかった訳だ。

 

 キバオウ達の影響か、2軍以下の風紀は緩んでいる。手を抜くことを覚え始めた彼らを誘導し、25層のマッピングを外注させた。

 

 ルクスたちが金と名誉で釣れるのは、今までの動向で分かっていたことだ。そもそも相応に欲深くなければ、MTDから独立してDKB入りを狙ったりはしない。

 

 元よりカラードは、現在のPoHたちが25層のどこを根城にしているか知っている。これまでMTDの面々をそれとなく遠ざけて来たため、「空白地帯の最深部だから、重点的に調べてほしい」とルクスたちに間接的に言い含め、そこに誘導するのは簡単だ。

 

 後はこの件の責任を2軍リーダーに全て被せ、はじまりの街を追放すればよい。犠牲者に美少女が含まれているとなれば、万死には値しないが、責任者の更迭くらいには値する失態だ。

 

 まあ、今回は向こうが自分から責任を取ると言い出してくれたので、詰める手間は省けたが。

 

 2軍リーダーには「ほとぼりが冷めるまで隠れておけ」と言い含め、退職金代わりの餞別として、はじまりの街で一番人通りの少ない門から一本道で行ける小さな村をいくつかリストアップして誘導した。

 

 PoH達には、その道の途中に待ち構えてもらっている。街を出た15分後には人知れず退場、という寸法だ。

 

 門を出た瞬間まではカラードがこの目で見たし、そこからはジョニー・ブラックの尾行がついている。万が一にも取り逃すことはないだろう。2軍リーダーは大して強くないので、返り討ちの線もない。

 

 依頼料は全額先払い、()()()が身体で払ってくれている。これにて貸し借りなしだ。

 

 会見を終えたカラードは、計画にほころびがなかったか頭の中でチェックしつつ、自分の執務室に戻る。

 

 ――そしてつい先ほど、会見の質疑応答中に「依頼」の完了を知らせるメッセージが届いた。もちろん傍目でそれとは分からぬよう、PoHの飼っているグリーンプレイヤーに代筆させた上、仕事の会話を装っているが。

 

 これでカラードの邪魔者は纏めて消えた。PoH達は便利な玩具を手に入れ、将来の戦争に向けたMTDそのものへのネガティブキャンペーンも順調。

 

「これで、あと1人」

 

 カラードがそう呟いた時、丁度ドアがノックされた。カラードはすぐに頭を仕事モードに切り替え、来客に対応する。

 

 カラードの予定に、この時間の来客はない。だが彼は、計画通りと言わんばかりに表情を緩めていた。

 

「……キリトだ」

 

 暗く、罪悪感を滲ませた口調。カラードの予想した通りの人物だった。

 

「入ってくれ」

 

 それを気取られぬよう、普段通りの無表情とぶっきらぼうな口調を作って告げる。

 

 ドアが開き、黒ずくめの少年が姿を現す。

 

 幽鬼のような足取り。25層で別れた時と比べて、随分荒んで見える。見るからに精神的な均衡を失いかけているが、カラードはその目に決意の光があるのを見逃さなかった。

 

「頼みがある」

 

 25層の戦いの後、人死ににうんざりしたこの少年は、一度休職して下層に降りていた。

 

 そこで出会った「月夜の黒猫団」と暫く行動を共にし、中でもサチという少女といい仲だったようだが……調子に乗って入った迷宮区でタチの悪いトラップに巻き込まれ、今生きているのはキリトだけだ。

 

「見ればわかる」

 

 それを知っているカラードはその先を言わせず、キリトにメモを差し出した。

 

「25,138,-126,E21……座標、か?」

 

 システム上で表示されるマップデータとは、表記法が異なる。だがこの手のゲームに熟達しているキリトには、すぐに理解できたようだ。

 

「そうだ。最初の1ブロックは層を表す」

「……25層」

「協定は知っているな」

 

 悲劇の起こった層だ。出現するモンスターの凶悪さを鑑みて、35層が攻略されるまでの間、理由なくフィールドや迷宮区に入ることは禁じる方針で合意がなされている。

 

 カラードらが締結し、アルゴによって周知されていることなので、時折レベリングのために上層に出ていたキリトも一応知っていた。

 

「ああ」

「あれは"談合"の隠れ蓑だ。三大ギルドは、25層のレベリングスポットを各自1か所ずつ独占している。話は通しておくが、止められたら"今何時ですか?"と聞け」

 

 それで入れるはずだ、と続けるカラードの言を、キリトは驚いた顔で聞いていた。攻略組の抱える闇もそうだし、そんなものをあっさり教えてしまうカラードの意図も読めないし、なにより――

 

「……何も、聞かないのか」

 

 キリトは、「強くなりたいから力を貸してくれ」と頼みに来た。それは「もう失いたくないから」というだけではない。どちらかと言えば彼は、死に場所を探しに来たのだ。

 

 ひょっとしたらキリトは、カラードに止めて欲しかったのかも知れない。

 

 だが、カラードはそれを突き放した。

 

「聞かん。上司として、プライベートには感知しない」

「なら、私人としてはどうなんだ?」

 

 ふてぶてしく、というにはやや掠れた様子で聞き返すキリトに、真顔のまま答えるカラード。

 

「持論だが。女絡みの失敗を慰めるのは、やはり女だ。俺ではない」

「……女絡みの、失敗だと」

 

 遠回しだが、俺に甘えるなということだ。だがキリトには、それより聞き捨てならない所があった。

 

 だがカラードは取り合わず、言葉を続けた。

 

「MTDは、()()()()()()()()()()()()お前を歓迎する。意味は分かるな」

 

 カラードの言葉の意味を、今のキリトはこう受け取った。

 

『MTDに、女の未練を断ち切れない死にたがりの居場所はない』

 

 キリトを受け入れ、居場所であってくれたMTDはもうない。そう感じて、荒んだ心がさらに冷えていく。

 

「その修行場は餞別だ。好きに使え。それで話は終わりだ」

「ああ。……あんた、やっぱり不器用なんだな。親父を思い出したよ」

 

 カラードが厳しいながらも自分を立ち直らせようとしているのは、キリトにもなんとなく理解できた。ここで「三日後また来る」などと答えて出直し、次の時キリトが吹っ切れていたなら、キリトは問題なくMTDに迎え入れられただろう。

 

「でも、悪い。俺はもう二度と、ここには来られないと思う」

 

 それを踏まえるに、キリトの返答は、つまり弱音だった。『クリアか、その過程のどこかで自分が死ぬまでサチのことを引きずるだろう』という自分の見立てでもある。

 

 返答を聞いて、カラードは少しだけ何か感じ入るようなそぶりをしてから、短く「そうか」と答えた。

 

「それがお前の答えなら、止めはしない。達者でな」

「あんたもな。その、色々世話になった」

「構わない」

 

 決別することにはなったが、何だかんだ、感謝していたのは本心だった。第一、こうなったのは自分がサチを死なせて、それを引きずっている自分自身のせいだ。

 

 だから、自分を迎え入れなかったMTDを憎んだりはしなかったし、これからも協力くらいはさせてほしいとさえ思っていた。

 

 自分の行動によってキリトという最後の邪魔者が消え、悪意が解き放たれたことも知らずに。

 

 

 ――この翌日、MTDはキリトの脱退申請を正式に受理。彼はソロでありながら攻略組に参加するイレギュラーな存在として、良くも悪くもその名声を高めていくことになる。

 

 一方、キリトという巨大な戦力を失ったMTDは、この頃から少しずつ、下層での専横が目立つようになっていった。

 

 第1層約2000人を実効支配する絶大な権力、利権、名声。それらは、ゲームが上手いだけの凡人でしかなかったMTDの上役たちを狂わせるに足る力を持っていたのだ。

 

 特に有名なもので言えば……この後、40層で起こった大捕り物「スエーニョ事件」など、当時の攻略組の権力を象徴する典型例であろう。

 

           ――N〇Kスペシャル「実録・SAO事件第3集『悪意と腐敗』」より抜粋。




 因みにルクスちゃんはガールズ・オプスのあの子本人です。かわいいし巨乳なので、外見イメージを掴めない人はググると幸せになれるかも知れません。
 多分誰も知らないと思うけどギリギリネームド判定なので、いつか人知れず死にます(無慈悲)。

18:11追記:一部表現を加筆修正。

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