ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
時系列的には13/nが終わった直後になるゾ。
「聞いた? カラードの噂」
半個室になっている、情報屋などが良く使うレストランの一席で、リズベットはおもむろにその話を切り出した。
ここ「はじまりの街」で、カラードを呼び捨てにできる存在は多くない。だがこのピンク髪の少女……リズベットは、数少ない例外の一人だった。そもそも、幹部として生産プレイヤーの頂点に立つ彼女に意見出来るプレイヤーなどそうはいない。
「噂って?」
そして、この話を振られたのは押しも押されもせぬMTD1軍の1人、リーテンだ。流石に親友と食事をするときは鎧を脱いでいるので、特徴的なおさげの長いおかっぱ頭を傾けて話の続きを促す。
絵面と中身はガールズトークでも、権限だけで見ればちょっとした取締役会であった。
さて、リズベット曰く。カラードは近頃、アレックスに手を出しているらしい。
確かにアレックスが以前に増してカラードにベタベタするようになったのは、リーテンら攻略組の中でも有名だった。
アルゴとギクシャクしているという話も聞いていたので、あまり驚きはない。アレックスの猛アピールぶりを見れば、順当な成り行きと思われた。
攻略組の自分よりリズベットの耳が早いのは……まあ、彼女がそれだけカラードを意識しているということだろう。今更だ。
「えっと、それは……その。元気出して」
だからリーテンは、カラードが破局した絶好のタイミングをリズベットが逃した……つまり、親友が失恋してしまったのだと考えた。
「あ、えっと、ありがとうだけど、違うの。問題なのはその……」
しかし、問題はもっと根深かったようだ。
「……誰にも言わないでね。あたし今、喜んでるんだ」
「どういう、こと?」
リズベットの爆弾発言に、リーテンは表情を強張らせながら訳を問う。
リーテンもまた、カラードに見いだされてMTDに所属した身。その実力とカリスマ性はよく知るところで、正直に言うと惹かれていた時期もある。
この親友との違いは、カラードに彼女(アルゴ)がいると聞いて諦めたかどうかでしかなかった。だからなんとなく突き放す気にもならず、こうして話を聞いているのだ。
「えーっとね……どこから話そうかな……」
クリスマスだのバレンタインだの、事あるごとにカラードが別の女とイチャついているのを愚痴られている身なので慣れっこだが……ここは「乗り換え先」に選ばれなかったことを嘆く場面じゃなかろうか。
話が見えてこないので黙って聞いていることにしたが、次の一言でその考えは吹っ飛んだ。
「実はさ、カラードにそれとなーく聞いてみたんだ。アルゴのこと」
「えぇっ!?」
それは、かなり露骨にアピールしたということを意味する。事実上、「あたしで良くない?」に繋げるための言葉と取られても仕方ない物言いだった。
「そ、それでカラードさん、何て?」
リーテンの見立てより大分積極的だった親友に、恐る恐る聞いてみる。
心なしか頬が赤いのは、アピールが上手く行った場合を想像したからだ。親友の前では経験豊富面しているが実は耳年増でしかないリーテンとしては、興奮するのも仕方のないシチュエーションである。
「……切れてないんだって、アルゴと」
ただ、現実はもっと生々しい。
「えっ! それって2股かけて……」
「っていうより、愛人? まあ、『アレックスのことは邪推を招くに足る関係であることは否定しない』とか、難しいこと言ってたけど」
似ていない声真似を交えて、あっけらかんと話すリズベット。
「それ聞いて何か、納得しちゃったのよね。ああ、この人にはそれくらいじゃないと釣り合わないんだなって」
理解できないとは、言えなかった。リーテンが諦めたのは、『自分ではあの超人に釣り合わないし、きっといつか着いていけなくなって迷惑をかける』と思ったからだ。
悲しいかな、「優秀過ぎて近寄り難い」というのがカラードの周囲からの評価であった。対等に支えあって行こうと考える者ほど、リーテンのように自分から身を引いてしまう。
結果、確かにカラードはモテるが、その傾向は著しく偏る。
すがり付くタイプや従属的なタイプ、前時代的な三歩後ろを着いてくるタイプ。そういう手合いに限って見捨てられないために必死になるので、つまり重たい女ばかり寄ってくるのである。
「んで、その日はテンパって引き下がったんだけど……アレックスが可愛がられてるの見てたら、『じゃああたしにもチャンスあるじゃん』って思えてきちゃって。おかしいよね」
そこには今のリズベットのように、知らず知らず染められた者も含まれる。
自虐するリズベットは、しかし明らかに喜びを嚙み殺し……否、噛みしめているような顔をしていた。
今までみたことのないほど幸せそうに「女の顔」を晒すリズベットを見て、リーテンは一瞬苦虫を嚙み潰したような顔をしてから、テーブルの果実水を一気飲みして喉元まで込みあがっていた突っ込みを流し込んで、「そっか」とだけ答える。
有り体に言ってドン引きであった。だがこの程度で縁を切りたくなるほど、目の前の親友との仲は浅くない。
「……多分さ。これが現実だったら、わたしリズのこと軽蔑してた」
リズは「ひどくない!?」 と食ってかかるが、その顔には少しの諦めと、決意も表れている。自分でもおかしいとは思っていて、なお止められないらしい。
それを察して、リーテンは真剣な顔で続ける。
「でも、ここはSAOだから。わたしは行った方がいいと思う」
行くとはつまり、彼女どころか愛人までいるカラードにアタックを仕掛けて、恐らくは愛人になるということ。
「私もリズも、もちろんカラードさんだって、いつ死ぬか分からない暮らしだもん。現実みたいに『後でいい人が見つかるかも』なんてのんびりしたこと、私は言えない」
「え、リ、リーテンさん?」
急に雰囲気が変わり、覚悟を決めた風に語り出すリーテンに、今度はリズベットが困惑する番だった。
――リーテンは親友と違って、初期から戦場のいちばん前に立ち続けている。攻略組のタンクというのは、"知らない敵"の攻撃を受け止めるのが仕事だ。
そのステータス上、実際の死亡率は全ビルド中最低。その一方で想定外の状況、すなわち「事故に遭う回数」、言い換えれば「
「一番死ぬ」のはDPSだと言われるが、「一番死に近い」のはタンクだと、リーテンは考えている。
かかる負荷は目に見えず、しかし大きい。最前線でタンクが務まるのは「実際には死なないから」と割り切れる人物に限られる。数値上は安全なのに人気がない理由であった。
「だから、ちょっと変な形でも、好きな人に愛してもらった方が絶対いい」
リーテンは、意図的にオンとオフの自分を切り分けることで割り切った。先ほどまで談笑していたのは、いわば"ただのリーテン"。今話しているのは、"歴戦の戦士リーテン"だ。
命のやり取りが仕事に含まれる者は、こういうオンオフを持つことがしばしばある。リズベットが驚くのも無理はないが、どちらも同一人物の一側面であることに変わりはない。
「あ、愛って……」
この文脈の「愛」が何を意味するか分かり、しかしリーテンが本気なのも分かるからこそ、リズベットは赤くなりつつも真剣に聞いている。
「……ここだけの話だけどね。命懸けで戦った後は特に、男の人はすっごいエッチになるんだって」
「え、えぇ!? いきなり何言って」
"戦士リーテン"は言い淀みもせずにそんな話をし始める。
「とりあえず、最後まで聞いて。それは本性って言うより、戦って死にかけたから、体が『死ぬ前に子孫を残そうとしてる』んだって、軍医さんが言ってたんだ」
「軍医さん」とは、聖龍連合所属のサンダースというプレイヤーだ。戦闘員ではないが、リアルでは本職の精神科医だそうで、一軍に帯同してメンタルケアを行っている。戦闘員と一緒にいる医者なので、軍医さんという訳だ。
「これは表に出してるかどうかで、男はみんな多かれ少なかれそうなってるハズだって」
女性プレイヤーであるリーテンに、「上」の指示でサンダースが吹き込んだ注意喚起であり、
「え、えっと。その話と、あたしにどういう関係が?」
いよいよ話が見えなくなったリズベットが、仕事モードになったリーテンの迫力に気圧されて敬語もどきになりながら問いかける。
結論はすぐに出た。
「リズ。告白するなら、30層のボス戦が終わってすぐ。カラードさんが他の人のところに行く前がいいよ」
"戦士リーテン"が親友のために考えた本気のアドバイスだった。
「えぇ!? そ、そそそれってその、アレを処理できてない時に行って襲ってもらえってこと!?」
("もらう"になってる時点で、答えは出てると思うんだけど)
流石に口には出さず、ただ「うん」と即答。
「いや『うん』じゃなくて」
「リズがなろうとしてるものって、そういうのだよね」
息を吞む。リズベットの知る親友は、こんなにアグレッシブな性格ではなかった。
「『それでもいい』って心の底から思わないなら、一回だけの思い出にしてもらいなよ。玉砕するでも、そっちの方が悔いは残らないと思う」
「な、なんでそんなに」
急ぐのか。リズベットはそう言おうとしたが、その意図は「生き急ぐのか」に近い。だからリーテンは、なんともない顔で答えを返した。
「言ったでしょ。リズはそうそう死なないだろうけど、私とかカラードさんは次の層も生きてるとは限らないんだよ」
「――ッ!?」
驚愕に染まる。今日だけでなく、これまで漠然と二人の間に感じてきた「温度差」の正体が、リズベットにも分かったからだ。
攻略組にとって、今「死んでいない」という状況は
リズベットは違う。今の彼女は鍛冶専業で、戦いからは身を引いている。鍛冶によって得られる経験値によってレベルだけはカラード並に高いが、技術でも経験でも、足元にも及ばないだろう。
自分ではこの価値観を
『生きる世界が違う』と突きつけられた気がして、リズベットは言葉を失う。
「……ごめん、今言っちゃいけないこと言った」
「ううん、いいの。あたしが
カラードの装備は、全てリズベットが整備している。今の鎧などは、彼女がオーダーメイドを請け負って1から作った。だからボス戦前の最終チェックは彼女の役目で、最後にカラードを送り出すのは大抵リズベットだったし、それを誇りに思っていた。
「頑張ってね」とか「それ着て負けたら承知しないわよ」などと声を掛けはしたが、そこに大した深刻さはなかった。
そして、何事もなく帰ってきては装備のメンテナンスを頼んでくるカラードを見て、嬉々として世話を焼きながら「仕事から帰ってくる旦那ってこんな感じなのかしら」などと考えて顔を真っ赤にして――
――そうしてリズベットがのんきに色ボケていた時も、毎回あの大男は死線をくぐっていた。親友が少しおかしくなってしまうほどのストレスの中で、多くを語らず、平然と何度も。
「あぁ、うん。そっか」
(あたしは、あの環境に甘えてたんだ)
「どうしたの?」
急に納得し始めたリズベットを見て、リーテンが少しだけ"素"に戻って聞く。
「ううん。何でもない」
嘘だ。リズベットは今、内心で恐怖していた。
今の関係は心地いいものだが、何もしなくても維持できる類のものではなかった。
そして今のまま関係の終わりを迎えたとしたら、
それがカラードの意図したことかは分からないが、いつ死ぬか分からないと言われた直後である。後は早かった。
「ただやっぱり、リーテンの言う通りにするのが一番だなって、納得しただけ」
虚勢を張っていることは見て分かったが、すぐに覚悟を決めた様子になったのを見届け、リーテンは満足気に頷く。
「そっか、じゃあ最後に一個だけ。――『迷ってる場合じゃないでしょ』って、わたしにそう言ってくれたの、リズだよ」
リズベットは一瞬きょとんとすると、すぐに意味を理解して破顔し、
「あたし、いい友達持ったわ」
万感を込めてそう返した。
「ふっふっふ、もっと褒めてもいいんだよ?」
「調子に乗らないの! でも、ありがと」
その……ガンバる。
最後にそう言ったリズベットは、真っ赤な顔でレストランを出て行った。
――後の研究で判明することなので、彼女らは知る由もないが。
SAOサバイバーにある程度共通する症状として、本能に基づく欲求を制御する脳機能、すなわち「理性」が薄弱化していることが挙げられる。今のところ、はっきりとした原因は分かっていない。
バーチャル空間、すなわち「意志の力で体を動かす」環境に長く居すぎたために、意志、ひいてはその源たる本能を重視するように自然と変わっていったというVR適応説。
死が身近にある環境に身を置いたことで、心残りのない、つまり我慢しない生き方を選ぶ傾向が強く出すぎているというPTSD説。
あるいは、ナーヴギアが長時間にわたって脳機能に干渉し続けたことで、未知の後遺症が脳に残ったのだという傷害説。
このように学界での議論は色々あるが、一般大衆に認知されているのはもっと分かりやすい言葉だ。
「ゲーム脳」である。
クッソ難産な13/nおま○け後半はもうちょっとだけ待っててくれよな。
22:13追記:一部表現を加筆修正。