ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
まただよ(カラードが全然内心出さないことによる女の子一人称による少女漫画もどき)
はじまりの街の転移門広場周辺は、バチカン市国のサン・ピエトロ広場をモデルにして作られているようだ。以前、妙に設定に詳しいヒースクリフにアルゴがインタビューを仕掛けた際、判明した情報の一つである。
広場の中心に転移門。元ネタで言うサン・ピエトロ寺院に相当する場所にあるのが「黒鉄宮」だ。プレイヤーの生死がリアルタイムで表示される「生命の碑」や、犯罪プレイヤーが収監される牢獄エリアなどがある巨大施設だ。
黒鉄宮ははじまりの街で一番の規模を持った施設でもある。2番目は、黒鉄宮から広場を挟んだ反対側、商業区に続く目抜き通りの両脇に建つL字型の建物だ。
二軒セットで、第一層最高額の販売価格を誇る売り物件であり、現在は両方ともMTDが保有している。広場から見て右側が勢力本部、左側が官舎だ。
とは言え人員2000を抱えるMMOトゥデイ。個室が与えられているのは、準幹部クラスより上のおよそ30人のみだ。余ったスペースが多かったのと、「上役は贅沢するのも仕事の内」というカラードの考えにより、個々の部屋はかなり豪華に設計されている。
幹部クラスともなるとそれに拍車がかかり、リズベットなどは何かと理由を付けて工房の方で寝泊まりしている。最近まで普通の女子中学生だったリズベットは、高級ホテルのスイートルームじみた私室では逆にくつろげないのだそうだ。
――だがその日、リズベットは久しぶりに官舎を訪れた。
丁度30層の攻略が完了し、上層で街開きが行われている時間なので官舎は閑散としている。この建物は1層の転移門広場に面しているので窓越しに賑わいが見え、廊下の静けさとの対比がリズベットをさらに緊張させる。
外を見て気を紛らわせていたリズベットは、またすぐにドアの前をうろうろし出した。
先ほどから行ったり来たりしているドアの向こうは、自分のではなくカラードの部屋だ。男女で階と内装が違うので、「間違えた」という言い訳も苦しい。彼女は今、場違い感に耐えながらカラードが帰ってくるのを待っているのだった。
(うぅぅ……本当に来ちゃった……!)
顔を真っ赤にして悶えるリズベット。先ほどから数十秒に一回のペースで、こういう身もだえが入っている。だがボス戦に出発するカラードに「待ってるから」と言い放った手前、今更怖気づくのは許されない。
(うわぁ、あたしカラードを、さ、誘っちゃってるよお……!! あ、あああたしこれから、あんなことやこんなことを……!?)
目がぐるぐるになっていそうな位に内心取り乱しながら、逃げ出しそうな足を必死に抑える。脳内をレディースコミックのごとき妄想が駆け巡るが、何だかんだ満更でもない……どころか、興味の方が強いようだ。
これでもリアルではそろそろ高校生。色恋に興味のある年頃だったのは確かだし、このデスゲームの中で自分を見出し、必要だと言ってくれたカラードに惹かれているのも本心だ。初恋である。
自分でも単純だと思うが、惚れたものは仕方がない。
(そ、そうよ。その気にさせるあいつが悪い)
訳:カラードの事が好き。
(あとあんな危ないこと平気でやってて、こっちに心配もさせてくれないのが悪い)
訳:仕事の話をプライベートで自慢しない所が好き。
(ヘーキで武器防具の整備、全部あたしに任すとか言っちゃう所が悪い)
訳:「リズベット以外に頼む気はない」の台詞についコロっといってしまった。
(そのクセ、何も言わずに彼女作っちゃう所が悪い)
じゃあ、自分が今まで甘えていたあの関係は何なんだ。
「リズ」
「ぅわっひゃあ!?」
思考の海に沈んでいたリズベットは、目の前まで近づいていた大男に全く気付いていなかったようだ。
「「…………」」
廊下に響いたリズベットの奇声により、早速この場の空気は台無しである。突然の大音量に小動もしなかったカラードの無表情を見ていると、リズベットに沈黙が突き刺さる。
「……えっと。おかえり」
「ああ」
結局彼女は、自分の失敗を呪いながら先ほどの奇声をなかったことにした。
「ボス戦、おめでとう」
「ああ。リズの鎧のお陰で随分楽だ」
「えぇ~鎧だけ?」
「無論、剣もだ。毎度毎度、直前に整備してもらって助かっている」
「んふふ、でしょ~?」
ちょっと感謝されただけで嬉しくなり、甘えたような口調になっていくのが自分でも分かる。当初の予定では、ボス戦後の出張チェックだとか理由を付けて部屋に入り、ついでに体のメンテナンスをするとか何とか言って、後は流れで何とかなるだろう。
「立ち話もなんだ。ロビーにでも行くか」
「っ!」
わざとだ。彼女が連れ込まれる前提でここに居ることくらいは分かる。その上で、
こうなることも当然想定していたが……初恋の人が明確に脈なさそうというのは……思ったより、ダメージが大きい。
「……なんでよ」
「?」
「なんで、あたしじゃダメなの」
零れるような、小さな、しかし様々な感情の籠った声。
「……アレックスには手ぇ出したくせに」
カラードが一瞬硬直しているのが分かった。本気で驚いている時のクセだ。
「リズ、いきなり何を」
「いきなりじゃない! いきなりじゃ、ないよ。あたしはずっと……カラードのこと、好きだった」
リズべットの明確な告白にも、カラードは顔色を変えない。かなり分かりにくいが、あれは考え込んで……困っている時のカラードだ。リズベットには分かる。
だから、一気に押し切るべく畳みかけることにした。
「カラードは、攻略組のタンクよね」
「ああ」
「それって、いつ死ぬか分からないってことじゃない」
「まあ、そうだな」
「そうだなって……!」
なおも反応の鈍いカラードに業を煮やして、リズベットの口調が強くなる。
「なんであたしには手を出してくれないの! あんたがいきなり死んだりしたら、あたしには何も残らないじゃない!!」
ついに本音が出た。
「あたし、そんなに魅力ない? 女として見れない!?」
「いいや」
「だったら!!」
ほとんど叫ぶような声が出て、自分でも驚いて一瞬沈黙する。
「だったら……今日だけ、一回だけでいいから。あたしに思い出をちょうだい。別に、今更付き合ってくれなんて言わないわよ。終わったら……っ、消えるわ」
「…………」
再び考え込んだカラードを見て、リズベットは今にも泣きそうに顔を歪め、一瞬でそれを取り繕った。
「すまなかった」
返答は、謝罪。
(あー、これは……やっぱ、無理だったかぁ)
残念ながら、初恋は実らないという俗説は正しかったらしい。
「う、ううん。いいの。……あ、はは。あたし、失恋しちゃった」
虚勢を張って、どうにかその場から離れようとして――カラードに腕を掴まれた。
「何? 今さら――っ!?」
口を塞がれる。口で。
「んむっ……っぷあ、な、ななな」
「すまな
「――だから消えるな、リズ。俺には、リズが必要だ」
流れが変わったのを感じる。再び期待しようとしているのも。
「部屋に行くぞ」
「……ん。でもその前に、告白の返事が聞きたいなー?」
「ああ」
――リズベットは、その最低な返事を受け入れた。もとより一度だけの思い出のつもりで、玉砕覚悟の特攻であったのだ。望んでいたより、良い結果なのだ。彼女からすれば。
リーテンの言っていたような性欲増進が起こっていたかは……翌朝のリズベット自身がよく知っているだろう。
◆◆◆
第25層フィールドの外れにある、秘匿された狩場。
三つあるうちMTDが独占するそこへ向かうため、いつもの真っ黒い装いで、キリトは主街区を歩いていた。
足取りは重く、淀んだ目を隠そうともしない。
「ハァ~イ、元気?」
そして、陽気に声を掛けた女性プレイヤーにも反応しないほど、彼は精神的に参っていた。
「ちょっとちょっとー、小粋なジョークだってばぁ! 無視するなんてひどい!!」
「……急いでるんだ」
わざとらしさすら感じるほど明るくおどけて見せる女性と対照的に、キリトは心底鬱陶しそうに振り払おうとする。
「えぇ~つれないわねえ。βで
キリトが一瞬、ピクリと反応した。
「おっ! やっと反応してくれた! あっ、ねえねえ今の台詞ちょっとエッチじゃない!?」
そこで彼女は、着ていたポンチョのフードを外した。
青みがかった長い黒髪を後ろでまとめ、両頬には煉瓦色をした幾何学模様のタトゥー。
既に数か月前になった、βテストの記憶。キリトがそこから即座に同じ顔を引っ張り出せる程の、凄まじい完成度だった。逆に、
「……いいから要件を言え、
味方を味方と思わない、裏切り上等のPK女。それでもゲームだった頃のSAOでなら、それも楽しみ方の一つでしかなかったし、レア物をめぐっての殺し合いだって楽しくやれた。
だが、わざわざ当時のアバターを再現しているこの女が。今の今までどこかに隠れていたのだろうこの女が、デスゲームになってプレイスタイルを改めたとはとても思えない。
この女は、危険だ。
「なーんだ、覚えてるんじゃん! お姉さんうれしい! ……わかった、わかったから、そんなに怖い顔しないでよ
わざとらしくぶーたれて見せたピトフーイは、今度は真剣な顔になって問いかける。
「ねぇ、一緒に暴れない?」
「なんで俺に」
キリトはあくまでも鬱陶しそうだが、話に応じている時点でピトフーイの術中だ。
「だってキミ、いろいろ抱えてそうだったから。何かこう、鬱屈した感情をさ。だから深夜の狩り場に、良く言えばうっぷん晴らしに来た。悪く言えば逃げてきた!」
「……ッ!!」
後半の挑発がキリトに刺さったため、キリトは気づかない。
目の前の女が、25層の攻略組に独占されているレベリングスポットを何故知っているのか。
「お前に何が分かる~って顔してるね。分かるよ。だって私がそうだから! 折角こんな所に来たのにロクに暴れさせてももらえないし、裏でやろうにも
「けど、私たちはもうとっくに異常な場所にいる。非日常で、非現実で、でもその分だけ自由な、アインクラッドに。だったらなんで、自分だけ日常みたいにガマンしなきゃいけないのって言いたいのさ! だからさぁ、一緒に癇癪起こさない?」
「かんしゃく?」
「そう! 自由なはずのSAOで政治家気取ってるムカつく奴らとか、女の子を借金で縛って食い物にしちゃうゲス野郎とか、キミにもいるでしょ、我慢ならないやつがさ。折角ゲームをしてるのに、そういう自由をジャマしてくる連中がいるの、ムカつくと思わない?」
気づけばキリトは、彼女の弁舌に聞き入っていた。
「そういう連中を思いっきりぶん殴ってやってさ! 目を覚まさせてやるんだよ! "こんなゲームにマジになっちゃってどうするの"って!!」
「そりゃ喧嘩になるだろうさ、でも絶対今より楽しいよ! デスゲームでいつ死ぬかも分からない中で、やりたいことガマンしたまま突然死ぬより絶対!!」
そう語るピトフーイは、目をギラギラと輝かせ、心から生き生きとしていた。
「どう? 楽しそうじゃない? キミもそんな辛気臭い顔してないでさぁ、一緒に楽しもうよー! あ、なんならお姉さんが慰めてあげよっか? どうせ現実の体がどうこうなる訳じゃないし、キミかわいい顔してるし!」
ピトフーイ本人はただの勧誘のつもりだったのだろうが、これがキリトの逆鱗に触れた。
「……いい加減にしろよ」
「およ?」
「俺はお前らには協力しない。さっさと失せろ」
本気で怒気を滲ませた目を一瞥すると、
「ちぇ、残念。ま、気が変わったらいつでも来なよ。近々でっかい花火を上げるんだぁ。実物見たらきっと、キミもやりたくなるよ」
ピトフーイはあっさりと引き下がる。
「じゃーねー少年!!」
そのまま、ポンチョのフードを被り直すと、25層主街区の路地裏へと消えて行った。キリトが一瞬見失いかけるほどの動きの速さは、高レベルの隠蔽スキルを併用しているからか、単純にレベルが高いことの表れか。
ともかく、時間を食ってしまった。
キリトは危ない女のことは忘れて、さっさと秘匿された狩場へと歩みを進めるのだった。
◆◆◆
「ちぇー、ダメかぁ。ヤケになってる感じだったし、こっち来てくれたら大分やりやすくなってたんだけどなあ」
25層、路地裏の酒場。色々と手を尽くして
「あ、またメッセ来てる。しつこいねーあの人らも」
メッセージの相手は、ズバリ素性を隠したPoH。どこで嗅ぎつけたのか、最近執拗にこちらとコンタクトを取ろうとしてくるのだ。
「まー殺しもいいけど……やっぱコソコソ隠れて殺して犯してじゃあ、なんかバイオレンス感足りなくね? って話よねぇ」
彼ら殺人プレイヤー達が追求しているのは、本能の赴くまま殺し、奪い、犯すこと。
ピトフーイも似ているが、少し違う。「バンドが良く言う"音楽性の違い"みたいなもんだ」と彼女は言う。
彼女が欲しているのは、
人間はいつか死ぬ。
では、自分はいつ死ぬのか。自分はどうやって死ぬのか。
他の人は、どうだ。
「くふふ、でもいーこと思い付いちゃった♪」
――スエーニョの前菜には、いいイタズラだわ。
ピトフーイはウキウキ気分で、新たな悪巧みを始める。
初めから死ぬ気の相手には、あらゆる常識的な脅しの類が通用しない。
普通その域にいる「無敵の人」は、いわゆるテロリストであったり本当に行き詰った貧民だったりすることが殆どだ。人間、死んでもいいやと心から思うのは本当に難しい。
難しいからこそ。
22:38追記:一部表現を加筆修正。
約1か月半ぶりの突発開催、第2回「ここすき」数ランキング!!
1位:289ここすき 37話
「っぐ、ひぐ、ぐしゅ……うぇっ……」
2位:283ここすき 33話
「壊されるかと思ったけド……にへへ、『それでもいいかナ』って思えるくらい幸せだったヨ」
3位:229ここすき 23話
……ダメですね、決意は固そうです。誰だよこんなに面倒臭くしたの(建前)アルゴはかわいいですね(本音)。これは……「邪魔」とか「足手まとい」とかその辺が地雷じゃな?
※参考:46話「やダっ!! オレっちを、捨てないでくレ!」から「おいていかないでぇ」まで合計:375ここすき
ちょっとインフレしただけでやっぱり全部アルゴじゃないか、たまげたなぁ……。
追記:日刊9位、ありがとナス!!