ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
後編もなるべく早いうちに。
スエーニョは焦っていた。
業績に悩んでいる訳ではない。寧ろ順調すぎるくらいだ。
賭博も金融も風俗も、自分でやっておいて少し引くくらい人気を博した。こうしている間にも、したっぱたちがあくせく集金してカネを持って来てくれる。そこから「あの」用心棒たちに大部分を吸い上げられても、まだ手元には大金が残る。
攻略組と違って装備代がかからないので、生活水準は誰より高いだろう。現に、この部屋の調度品は最高級のものばかり。衣にも、食にも、住にも、そして女にも、何不自由ない暮らしが出来ていた。何故なら彼は、SAOの
だが――
(ここまでやれとは言っていない……!!)
スエーニョは、もう何ヶ月もストレスと戦い続けていた。
彼は悪人だが、ボケ老人を相手に詐欺まがいの金融商品を売りさばくのが本職。賭博で稼ごうとは思っていたが、一般人を借金漬けにして風俗に堕とそうとは思っていなかった。
ここまで急速に事業が拡大したのは、ケツ持ちとして雇った怪しい連中の圧力があったからだ。スエーニョはただその言いなりになって、坂を転がるように事業は拡大。同時に、悪性を増して行った。
(やはり、あんな連中を頼ったのが間違いだったんだ)
法と秩序が及ばない所で、最後に物を言うのは武力である。ともすれば攻略組に匹敵するのではないかという力を有する彼らに、レベル1ばかりで構成されたスエーニョ一味が反抗できるはずもない。
彼らはとっくに、組織の運営権を乗っ取られていたのである。
(あいつらは……やりすぎだ。ついて行けない)
とっくの昔からそう思い続けている。それでも彼が偽りの玉座に座り続けているのは、やはりあの連中に脅されているからだ。
スエーニョは何度か、"彼ら"に接待されたことがある。接待と言っても、その実脅迫に近い。一時期始まりの街を騒がせた……行方不明になっているはずのルクスが現れ、それはもう丹念に
その目と顔を見れば、十分すぎるほど理解できた。性別は違えど、"しくじった自分"にほかならない。彼らの期待する役割から逸れたら、自分は恐らく、同等以上に悲惨な目に遭わされる。
(俺は……どうしたら……)
別に、悪事を続けることが嫌な訳ではない。
嬢が可哀想だから「やりすぎ」ではなく、どんなしっぺ返しが飛んでくるか想像がつかないから「やりすぎ」。要するに、悪事の規模がスエーニョの器を超えているのだ。
いつか自分の管理能力が追い付かなくなってMTDに消されるか、あの怪しげな連中の不興を買って死ぬよりひどい目に遭うか、あるいは自暴自棄になった嬢から復讐されるか。
(どうして、こんなことに)
来るべき報いから目をそらして、彼は走り続けるしかない。
ふと、メニュー画面に通知が溜まっているのが見えた。
ネガティブな思考に浸っていたせいで気付かなかったが、数十件もメッセージが溜まっているようだ。
(何だ、予定などなかったはず――)
のそりとメッセージボックスを開いて、戦慄した。
――ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
ギルドメンバーが脱退しました。
・
・
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(なっ――)
「こんばんわぁ、賭博王さん」
計ったように背後から響いた女声に、スエーニョはビクリと体を震わせる。
「あっは、いいわぁ、その反応」
「何者だ?」
スエーニョには、刺客を差し向けられる心当たりがあった。
この手の虚勢は悪人をやるのに必須技能である。務めて冷静を装い、誰の怒りを買ったか問う。場合によっては、命乞いが成立するかも知れないからだ。
「んふふ、誰だと思う?」
背後でナイフを突きつける女は、上機嫌に問いかける。
(MTD、ではないだろうな。あの男は根本のところで他人を信用していない。俺を消すとしたら手ずから来るはず)
(とすると"あの連中"……いや、それもない。奴等はいたぶって楽しむにしても、相手の間合いでは油断しない。今ここで悠長に喋る間なぞくれないだろう。すると残りは――)
「――嬢が雇った殺し屋か。雇い主はノルンだな?」
「やるじゃん♪」
因みに源氏名で、プレイヤーネームですらない。そしてどうやら、その推測は当たっていたようだ。
故にスエーニョは、カネでの命乞いを試みる。
「3倍の額で雇い直してやるが」
「それは別にいいけど……ここに
「……あの女」
実はこのノルン、カラードのもとに助けを求めるメールを送った張本人でもある。
捨て鉢になり、自爆テロのつもりで恨みを晴らしてくれそうな相手に片っ端から助けを求めていたのだ。当然本人は足が付いたが……殺人プレイヤーの面々が到着した時、彼女は既に死んでいた。
つまり、この暗殺者を雇うためにノルンは、文字通りの
元々は彼女がギャンブルにのめり込んだのが原因なので自業自得なのだが……正論を命もろとも投げ出して復讐を考える程度には、耐えがたい環境に感じられたらしい。
そして脱走より後の情報がスエーニョに届いていないのは、つまりしっぽ切りをされたということ。
「まぁでも? せっかく見抜いてくれたことだし……ちょっとゲームしましょうか」
「ゲーム?」
「3分以内に、アンタが私に1回でも攻撃を当てられたら勝ち」
そう言いながら、女は慣れた手つきでコンソールを弄り、こちらに申請をよこす。デュエル申請には、「完全決着」と書いてあった。
「ま、このままフツーに殺されたいなら止めはしないけど……
――誰にでも分かる。これは処刑だ。
あの大量のギルド脱退通知は、脱退ではなく該当メンバーの死亡によるもの。
通知の数は、ギルドの人数分に1つだけ足りていなかった。
「デ、デュエル以外で圏内殺人は不可能だろうが! 俺がこのまま逃げれば」
「分かってて言ってんでしょ~。あるよぉ、回廊結晶。勿論、出口は空中のヤツね」
使用時にポータルを形成し、通ったものを事前に登録しておいた「出口」へ転送する「回廊結晶」。使い捨て、かつ一方通行ながら大人数の輸送が可能な超レアアイテムだ。しかしその用途は、悪事の方が多い。
例えば、宿屋の部屋に繋げて宿泊客の寝こみを襲う。
安全地帯に繋がっていると偽ってダンジョンの奥深くに送り込む。
あるいはもっと直接的に、アインクラッドの外側に出口を設定して落下死させる。
――スエーニョはそれなりに頭が回る。悪用方法を知らなくても、察しを付けることくらいはできた。
「……スエーニョはどこだ」
「さぁ? 聞き出してみれば?」
だから彼は、カラード達が突入する少し前の時点で、既に仕事から解放されていたのである。
豪奢なはずのエントランスホールが、今は不気味に感じられる。
入り口側中央には、カラードとジマ、およびその部下数名。カラードのすぐ左にアルゴ。右にアスナとキリト。そして向かい側には、堂々と立つピトフーイ。
「その必要は認められない。アスナと、ジマ達は先に行け」
「……うっす」
「あら~? いいのかな? 探してる人死んじゃうかもよ?」
140センチ程度しかないだろう小柄な体格に、妙な威圧感が備わって見えた。ジマは命令に従う姿勢だが、アスナは人質が害されたらどうすると顔に書いてある。
「よく言う。
「あはは、バレちゃった♡」
アスナが短く悲鳴を漏らす。同行していたキリトも、暗い顔をさらにしかめて「反吐が出る」という態度を隠さない。ジマは既に、部下を連れて建物を捜索に行った。
「ねえねえ怒った? 怒っふぎ!?」
脇をすり抜けた彼らを追いかけようとしたピトフーイは、カラードが思い切り振り抜いた大剣をもろに受け、吹き飛ばされる。
「わ、あははは、効くぅ、ぎゃん♡ あはっ、あはははは!!」
飛んだ先で再びカラードに斬られ、また斬られ、ノックバックとスタンを繰り返す。
圏内であるからダメージはないが、全力の斬撃をぶつけられるとかなりの音と光、それに衝撃が来る。並のプレイヤーなら恐怖で動けなくなるほどのそれを受けて、ピトフーイは狂喜していた。
「はははは!! キレてんの!? 私に獲物横取りされてキレちゃった!? いいよヤろう! 殺し合いだよ!! さあ! こんなコケ脅しなんかじゃなくてさあ! 本物の命のやり取りってのをシよう!」
ピトフーイからすれば、スエーニョ一味の皆殺しはこの「絵」を完成させるための準備であり、前菜のようなもの。
本命は、こうして釣られて出てくる「裏」の強者たち。
彼女がスエーニョ一味を鏖殺したことで、このまま見逃せばMTDと殺人プレイヤーの面子は丸つぶれ。彼女が機密を握った可能性を考えれば、絶対にこの場で消すしかないはずだ。
そうやってあぶり出されたこの世界の「闇」と死闘を繰り広げ、その果てに死ぬ。それが、今のプランだ。
コンソールを動かしてデュエルを申し込もうとして――背後から飛びかかられ、拘束される。
アレックスだ。
裏口から呼び戻されたアレックスが、現れるや否やカラードのアイコンタクトを一目で理解し、ピトフーイにとびかかって締め上げたのだ。
「――は? 何してんの?」
ピトフーイの纏う空気が、よりどす黒くなったと錯覚する怒気。
「ひっ」
肝の据わっているはずのアルゴが思わずカラードの背中に隠れるほどの威圧感であった。
一瞬のち、今度は破顔する。
「ぁあははは、ははっはははは!! 何さ、これ!? こんなことしてもHP減らないよぉ!!」
アスナは状況に追いつけず、ただ呆然としている。
「私を殺せば! 全部解決するって!! 分かってんでしょあんたならさぁ!!」
アルゴは完全に引いてしまっている。カラードの背中から顔を半分出して、理解できないものを見る目でピトフーイを見つめていた。
「お行儀よくしてんじゃねぇよ、政治家気取りの――」
――
カラードに向けられたその発言は、確信をもって放たれており。
狂人のたわごとだったはずのその言葉が、確かにその場の空気にヒビを入れた。