ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
アインクラッドにも、雨は降る。
どういう理屈かは茅場のみが知る所だが、ともかく今日は小雨だった。
「……ごめんね、キリト君。急に呼び出したりして」
「別に、構わないよ。どうせ居心地悪くてレベリングどころじゃないしな」
スエーニョ一味が壊滅して数日。彼らは最悪の空気に晒されていた。
事が事なので表だって糾弾する者はほぼいない。いないが……「彼らは人の心が分からない」と、人々の目と表情が語っている。
「あ、そ、そっか」
血盟騎士団の副長まで上り詰めたアスナは、ギルド内の空気に耐えかねてキリトを呼び出していた。
てっきりソロのキリトは自分ほどダメージを受けていないと思っていたので、正直に言えば慰めて欲しかったのだが……キリトの台詞を聞いて、アスナは罪悪感で押しつぶされそうになった。
――債務奴隷の使役と高利貸を"シノギ"としていた彼らは、攻略組の精鋭による一斉摘発によって壊滅することとなった。
同時に、押し入りの場に連続殺人鬼・ピトフーイが現れ、激戦の末これを捕縛することに成功。スエーニョ等との関与が疑われ、現在カラード直々に取り調べの最中。
トップを始め構成員の大半を失った彼らは、今までの事業を維持できず娼館も賭博も金融も全て解散。囚われていた奴隷たちは、全て解放されることとなった。以上が、公に発表された"スエーニョ事件"の顛末である。
アスナたちの予想に反して、凱旋した彼らは歓迎されなかった。大多数の一般人からすれば、デスゲームの中の数少ない娯楽、密かな息抜きだったからだ。
「……」
「……」
7層の血盟騎士団立ち上げ以来、なんとなく疎遠になっていた二人である。最近は元気のないキリトをアスナがどうにか連れ回そうとしていたが、こうなると会話が続かない。
どちらとも、娼館を
泣いて喜ぶ者も、一生の恩人だともてはやした者もいた。キリトに関しては、お礼に
――だが、全員が喜んだ訳ではなかった。
攻略組の面々を筆頭に、この世界では経済力が戦闘力にほぼ比例する。故に、自覚の有無はともかく超リッチな
現実でも社長令嬢であるアスナ位になると、貧さを真に理解すること自体難しい。
故に、"圏外"に出ずにまとまった金額を稼げることの価値が理解できなかった。
現在のアインクラッドでは、"圏内"だけで金銭を稼ぐ手段は極めて限られている。
街の中だけで完結する「お使いクエスト」はとっくに枯渇し、新たな層が解放されるや否や数時間で全て使い尽くされる状況が続いている。生産職でも素材集め等で多少は外に出なければならない。
非戦闘員としてギルドに所属しようにも、皆考えることは同じである。どこも人余りが酷すぎて、よほど優秀かコネの一つもなければまず入れてもらえない。
よってどうしても戦えない者達は、はじまりの街に引きこもってMTDからの施しで食っていくしかない。が、施しは物納であり、本当の最低限だ。キバオウらALSの生き残りが合流して以来、予算は減っていない筈なのに炊き出しの規模は
食うには困らないまでも、安宿にしか住めず何の贅沢もできず服すら買えず食事は黒パンだけとなれば、
そして、そういう層には女性がとても多かった。スエーニョ達はそういう所を巧みに突いていたのだ。
――その上、アルゴらによる情報統制にも関わらず、人の口に戸は立てられなかったようだ。
「攻略組はスエーニョと癒着していたが、利権争いから対立。ピトフーイをけしかけて"競合他社"を潰し、最後にピトフーイを用済みとして消した」という陰謀論が広まるのも、一般プレイヤーの不満を鑑みれば無理もない事であった。
「…………ごめん、ね」
アスナが、ぽつりと零した。
「えっと、それはどういう」
それに
アスナは少しだけ逡巡してから、ぽつぽつと独白を始める。
「わたし知らなかった。ただ、悪い人を倒して、可哀想な女の人を助けなきゃと思って……」
――戦えない私達の、なけなしの仕事まで奪うのか。
あの日
「褒めて欲しかったわけじゃない。でも……こんなことになるなんて知らなかった」
独白する声が、段々震え始める。
「だから、ごめんね……私が、巻き込んじゃったせいで……っ」
"攻略の鬼"と恐れられた彼女は、一転攻略組から孤立しつつあった。
「……付いて行ったのは、俺の判断だ。アスナが悪いなら、俺も同罪だよ」
(そうだ……なんで、アスナが謝らなくちゃならないんだ)
スエーニョを倒しに行ったこと自体は、正しい行動だったはずなのだ。
「っ……ごめん、胸、貸して」
「お、俺のでよければ」
追い込まれたアスナを、キリトはきちんと受け止めた。
向こうから求められての事だったので少々格好は付かなかったが、少なくとも慰める役には立ったようだ。
しかしこの時のキリトは、バーチャルでも否応なしに感じさせられる美少女の感触に内心穏やかではいられず、それまで考えていたことをつい忘れていた。
――カラードがこの手の政治工作でしくじるなど珍しいな、と。
◇◇◇
それから数日後。いくばくかの懸念材料を生みつつも、アインクラッド第40層の攻略は恙なく完了した。
普段より少し活気のない街開きは、しかし直前に起きた事件を上書きする程度の力は確かに有していたようだった。
「…………」
攻略組への不信感を一旦棚上げし、人々が街開きに興じている間。ただ一人、自宅でうずくまっている血盟騎士団の団員がいた。
ノーチラスである。
「……呑気に喜びやがって」
40層のボス戦で、死者は出ていない。だが同時期に行われた、ダンジョン内に取り残されたパーティーの救出作戦では、その限りでない。
ユナを、密かに想っていた幼馴染を目の前で死なせ、自分と仲間たちは皆のうのうと生きている。しかも、「街開きに水を差すから」と大っぴらにその死を悼むことさえさせてもらえない。
攻略組の1軍以外への無関心さは、こんな所にも遺憾なく発揮されていた。
「やっほー、まだ生きてる?」
故に。
「邪魔するぞ」
彼に手を差し伸べたのは、
大男の方は、ノーチラスにも見覚えがある。血盟騎士団と並び立つトップギルド、MTDの大幹部。
「…………」
カギは締めていたはずだとか、今更何の用だとか、言いたいことは山ほどあったが、今のノーチラスには話しかける気力さえ湧かなかった。
「参っているようなので手短に済ませたい」
――攻略組に、復讐する気はないか。
「……どの口が」
無気力だったノーチラスに、"怒り"という感情が生まれた。それを見逃す二人ではなかった。
「お? 1人死んだ
何故か同行しているピトフーイが、ここぞとばかりに煽り始める。
「攻略組連中も強いヤツに
言い終えるより先に、ノーチラスが爆発した。まるで
「お前に何が分かるッ!!」
「あんたがザコだってことは分かるわ」
どうやらノーチラスには、この失礼どころではない小柄な女に掴みかかる元気は残されているようだ。
「あははは! ざこざこ、ざ~こ♡ 負け犬♡」
「この……っ!?」
重い、風を切る音。
逃げた女を追いかけようとしたノーチラスの目の前に、突如大剣が現れ、一拍遅れて暴風が舞った。背後に控えていたカラードが、喉元に大剣を突きつけたのだ。
それを理解した途端、ノーチラスは硬直し、それまでのキレのある動きが嘘のように止まる。
「……
「お前、知ってて」
悪態をつくノーチラスに構わず、カラードは剣を突きつけたまま、淡々と事実を提示する。
「今のお前なら、治せるぞ」
「は?」
こう言われては、ノーチラスも聞き返さざるを得なかった。
「そのFNCを治す手立てがあると言った。攻略組の強者への厚遇ぶりは、お前もよく知っているはず」
「……どうして、今なんだ」
ノーチラスの問いかけはつまり、甘言への興味を意味していた。
「これまでのお前に素質はなかった。だがユナを失い、恨みと憎悪の心意を得た
「恨みと、憎悪……」
「例えば。
ノーチラスの、目の色が変わる。怒りの色だ。だが、突きつけられた剣を本能が恐れ、「"圏内"だからダメージを受けない」といくら理性で律しようとも体を動かせない。これが、彼の抱えるFNCであった。
「5の倍数層は高難易度が通例であるから、全力で当たらねばならない。
歯を食いしばり、今にも襲い掛かりそうな壮絶な形相を浮かべて、しかしノーチラスは動くことが出来ない。
「結果として。被害は
全身を震わせて、眼前の敵を射殺すような目で見つめ、あらんかぎりの力で腕を動かそうとする。
「吟唱スキルは少々惜しかったが、あの程度の戦力なら替えも効く。ああ、士気に差し障るからと緘口令を敷いたのも俺――」
そこで、異変が起きた。
激情がノーチラスの目を金色に染め上げ、体に一瞬ノイズが走ったかと思うと、動けない筈のノーチラスの両腕が突如として跳ね上がり、カラードの首を渾身の力で締め上げたのだ!
「お前! お前が、ユナを……ッ!!」
「
"圏内"故、首を絞めても紫色のエフェクトに阻まれて大した苦しみは与えられない。故にカラードは平然と、ノーチラスの素質を指摘してのけた。
「~っ!」
「今のが、心意の力だ。使いこなせばお前は、1軍の面々などよりよほど強くなる」
驚愕して自分の手を眺め始めたノーチラスに、ここぞとばかりに畳みかける。
「俺を、いや攻略組を殺したいのだろう。そして俺は、
「は? お前、MTDの幹部で」
「あはっははは! そいつマジだよ! この殺人鬼"ピトフーイ"さんが保証したげる! 私なんかよりよっぽどイカれてるよそいつ!! バカげた"計画"聞いた時は面白すぎてほぼ■キかけたもん私!」
成り行きを見守っていたピトフーイが口を挟む。彼女の名には、ノーチラスも聞き覚えがあった。今は取り調べ中で、少なくともクリアされるまで釈放はないだろうという公式発表もだ。
「……まあ、それの存在が答えだ」
何故か熱っぽい視線をカラードに向けているが、当のカラードはどこ吹く風と言った様子。
「その上で俺は、お前がどこまで強くなるか興味がある」
「……お前自身も復讐の対象なんだぞ?」
「それが? 『上の者が気に入らないなら、殴り倒して成り代われば良い』。部下の受け売りだが、ある種真理を突いている」
ノーチラスは一瞬ぽかんと口を開いてから、一言だけ辛うじて返した。
「イカれてる」
「だから、強くなった」
真顔で言い切るカラード。隣でピトフーイが、ご満悦とばかりに頷いている。
「もう一度聞くぞ。攻略組に、復讐する気はないか?」
――もはやノーチラスに、彼の言葉を拒絶する意思は失われていた。
評価人数400人、ありがとナス!!
23:51追記:一部表現を加筆修正。
23:58追々記:一部表現を加筆修正。