ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
本当に申し訳ない。
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汝ら混沌の
力ありと言えども、力に酔うことなかれ。
力のみにて生きる、即ち獣なり。
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「オレっちに、混沌の徴……?」
第50層の端で発見された、NPCの老人。
世捨て人の雰囲気を全身に漂わせ、僻地の庵にひっそり佇む彼のクエストをクリアすると、何やら意味深な詩を披露してくれる。
しかしその内容は難解で、しかも何の役に立つのか今のところ分かっていない。
何かの合言葉か、フロアボス攻略のヒントかもしれないということで、アルゴは朝から文面とのにらめっこを続けていた。
「ん~……おッ、カーくんからダ♪ なになニ……」
カラードのメールは、老人のクエストを他にクリアした者についての情報だった。
聖龍連合のパーティーがクリアし、全く同じ文面が進呈されたらしい。これで「混沌云々」が個人的な要素で反映されている説は否定された。
「こういうリドルはカーくんのが得意だからナ~……」
ほぼノーヒントということもあり、そのカラードが
そう理解したアルゴは、無力感に歯噛みしながら、別件の情報収集に頭を切り替えるのだった。
――実際には、カラードはピトフーイとノーチラスを動員した独自の調査により、この詩の前半部分が欠落していることと、その内容を突き止めている。
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終わりの5つ手前から、それは顕れよう。
備えよ。しかし心せよ。
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意味する所がカラード達以外にも明らかになる日は、恐らく「終わりの5つ手前」その時であろう。
◇◇◇
誰が言うかより何を言うかの方が大事だ、という趣旨の格言はいくつもある。
だが、格言になるほど口酸っぱく言われるということは、大多数の者が実行出来ていないということでもある。
「――これより、第50層フロアボス攻略会議を始める」
現に、これを言ったのがヒースクリフで、その斜め後ろに立っているのがアスナでなかったら、100人近い攻略組の猛者どもが揃って傾聴することなどなかっただろう。
――アインクラッド第50層。主街区アルゲードは東南アジアを彷彿とさせる雑多な街並みが一部攻略組プレイヤーの心を鷲掴みにしている。
だが今のところ、50層に足を踏み入れるのが許されているのは攻略組の一軍のみ。
25層の悲劇は、それで一番被害を受けたALSが消えてなお、攻略組の記憶に残り続けているのだ。
「始めに断っておきたい。我々血盟騎士団は、第25層の悲劇直後から攻略組に参入したものである」
一度にボス部屋へ入れるのは2レイド=16パーティー=96名。
DDA36名、KoB30名、MTD18名まではほぼ固定メンバーで、残りの12枠……否、キリト以外の11枠を中堅上位の有力ギルドが争っている。
と言っても、この11枠に収まれる見込みのあるプレイヤーは、さっさと三大ギルドのどこかが吸収してしまうのが通例だ。例外は、今日も会議に参加している風林火山の面々と、後はエギルくらいなもの。
以前と比べて、会場には随分統一感がある。
「それに関して、我々を未だ本当の攻略組とは言えないとする声があるのも承知している。……
特徴的な紅白カラーの制服に身を包んだ血盟騎士団の面々が、真剣な面持ちで耳を傾けている。
「クォーターポイントの難易度は高い。50層のフィールドと迷宮区で、この場の全員が理解していることと思う」
聖龍連合の青と銀を基調とした鎧姿が、ギラギラと目を輝かせて聞いている。
「その上で、あえて言おう。50層のボス戦は、
ガンメタルカラーの重装備が特徴的なMTDのメンバーが、ヒースクリフの挑戦的な笑みを眺めている。
「経験値。装備。アイテム。スキル。技量。アインクラッドで力と呼ばれる
赤備えで統一した風林火山が、リーダーの「カッコつけやがって」という呟きに同意しながら演台を見ている。
「私がそれを証明しよう。その功績でもって、血盟騎士団を
一拍遅れて、喝采。
地鳴りと言ってもいい。その場に集められた96人は、まだ見ぬ強大なボスを前に、この時だけはわだかまりを忘れた。
(すごい……)
その効果に驚いたのは、何も他ギルドの面々だけではない。
斜め後ろで成り行きを見守っていたアスナは、普段は自分に仕事を丸投げしてばかりの団長の勇姿に感激していた。
ちらりと視線を送ると、いつもの無表情で拍手を送るカラードがそれに気づき、目で合図を送ってくる。
(『しくじるなよ』ってことよね、多分)
アルゴだったら今のだけで会話が成立するのだろうか――などと益体もないことを考えて、自分の精神状態が上向いていることを自覚する。
この程度のことで救われるほどに、最近の自分は参っていたようだ。
『今回のボス戦、総指揮は血盟騎士団にお願いしたい』
50層の攻略が始まって数日が経ったころ、訪ねてきたカラードがおもむろにそう言ったことを思い出した。
ボス攻略の総指揮は三大ギルドが持ち回りで行っており、順番的に今回はMTDの番だが……カラードは、その大仕事を血盟騎士団に譲った。
「体のいい丸投げじゃないか」という声もあったが、少なくともアスナはそう思っていなかった。
(ありがとうございます、カラードさん)
ここで活躍して、「清廉潔白すぎて融通が利かない」という血盟騎士団の――アスナのせいで付いた風評を何とかする。
そして、騎士団内部からすら疎まれているアスナを、再び攻略組の輪に入れ直そうということだ。
ヒースクリフだけは変わらず彼女を高く評価していたことを、カラードは知っていたらしい。
『情ではない。アスナ1人の戦力は、疎んじている全員より有用であると見たまでの事だ』
カラードは偽悪的に振舞っていたが、あれは彼なりの自虐と、責任の取り方なのだと考える。
これでも一層からの付き合いだ。彼が無口で厳格で、だからこそ誠実な男だとアスナは思っている。
(この仕事、精一杯果たします)
――自分に出来ることは、攻略くらいしかないから。
今のアスナは、40層の自分が
故に彼女は、覚悟を決めた。
◇◇◇
場面は戻り、およそ半月前。アスナはその日、キリトを連れて『はじまりの街』を訪れていた。
ギルド内で浮き気味のアスナは、比較的キリトとつるむことが多くなった。流石に単独行動するほど不用心ではないが、騎士団の男どもが100%味方とも限らないためだ。
それでも出張ってきたのは、スエーニョ事件の後処理の一環として、MTDに招集されたからだ。
それ故、普段MTDに呼ばれた時と違い、転移門広場から出てすぐにある豪奢な本部施設を通り過ぎ、目抜き通りに沿って歩く。
ここから3本ほど路地に入った所にある、元・スエーニョ一味の本拠地が、今回の集合場所だからだ。
「今はじまりの街って何人くらい住んでるんだっけ?」
「MTDの構成員数と同じくらいの筈だから……2000人くらいかな」
相変わらず黒ずくめの少年の言う通り、このはじまりの街には、現在生存しているプレイヤーの実に4分の1が住んでいるはずなのだ。
だと言うのに、転移門広場から直通している目抜き通りにすら、人の姿がない。
いや、ないわけではないが、あまりにもまばらだ。しかもそのほとんどがNPC。
「なんていうか……」
「不気味、だな」
言い淀んだアスナの言葉を、キリトが補う。
「前来た時こんな感じだったか?」
「ううん、スエーニョの時はここまで、じゃ……」
アスナの脳裏を、嫌な想像がよぎる。
「で、でもこれじゃあ、MTDが移転したがるのも分かるなあ!」
暗い雰囲気を察知したキリトが、強引に話題を修正した。
MTDが本拠地を上層に移そうとしているという話は、アスナの耳にも届いている。
折角の地盤から遠ざかる必要があるのかと疑問に思っていたが、この絵面を見せられるとそれも納得だった。
「あはは、優しいねキリト君」
スエーニョ事件以来接近したかのように思われている二人だが……その実、他につるめる者がいなくなったから一緒にいるのであって、間のなんとなくギクシャクした空気は治っていない。攻略最初期の名コンビとは程遠いのが実情であった。
「そんなこと」
「ある。された方がどう思うかでしょ? こういうのって」
ただ経緯はどうあれ、年頃の女が男に抱く想いなどそう種類はない。
因みにこの時、アスナは手をつないでくれないかなと思っていて、キリトは手の一つくらいなら取ってもいいものかと悩んでいたらしい。
「……」
キリト達は根っからの攻略組である。第一層時代からずっと、攻略の最前線を走ってきた。
彼らの見ているアインクラッドには……命を張るに足る、精神の充足が確かにあった。
1週間ごとに訪れる新しい街。風光明媚な都市と地形。未知なるアイテムやクエスト。美味しい食事に、趣味スキル、裕福だとハウジングに手を出す者もいる。戦いだって、勝てるならそれなりに楽しいものだ。
本来の仕様上、外に出てモンスターを倒しさえすれば、それらの娯楽を十分に得られるようゲームバランスが設計されている。リソースは確かに有限だが、生活の糧を得る程度なら全員分を補って余りある。
だが現実に、ここにいる者達はその恩恵にあずかっていない。
「何って……木の実が落ちて来るのを待ってんだよ。1日3回、ランダムな時間に落ちて、暫くたつと消えるんだ」
5コルで売れるという木の実が落ちるのを、1日中待ち続ける人がいる。最弱モンスター≪フレンジー・ボア≫一体で30コルが手に入るにも関わらず、だ。それでも配給で食っていくだけは出来るので、圏内に居ながら小遣いが稼げるとあって人気らしい。
「俺達も落ちこぼれ組と似たようなもんだが……そいつらを見下せるから、キツいポップ争いに耐えられる。いい悪いじゃなくて、そういうやる気の出し方も確かにあって、現に救われてる奴がいんのよ。俺みたいにさ」
一年近く、街から見える範囲の≪フレンジー・ボア≫だけを大勢で囲んで叩き続ける人達がいる。
皆一様に最低ランクの重金属装備で固め、装備は長物と盾。極限まで「死ににくさ」を追求することで、無理くり恐怖と折り合いをつけ狩りをしている。
彼らによって街周辺のモンスターだけは狩り尽くされ、解析された湧きポイント候補の周辺は常に複数の6人パーティーが待機、24時間態勢でリソースを奪い合っているそうだ。日当に換算すると50コルに届かないらしいが、ここでは中堅層だ。
「君たちは……上の連中かな? 向こうの広場は炊き出しがあるから、行かない方がいい。立派な他人に養ってもらうっていうのは……養う方が思っているよりずっと惨めなんだ」
「今の自分がダメな奴だという自覚があるからこそ、見られたくない。彼らなりのプライドみたいなものだから、理解はしなくてもいいが、どうかそっとしておいてやってくれ」
それらの足掻きさえ諦めて、ただ死んだ目で行列に並ぶだけの人達が、同じくらいの数いるらしい。MTDの末端職員で、炊き出しの手伝いをしていると言う男性口調の若い女が、親切に忠告してくれた。
「路地に入るのかい? 大事な用みたいだから止めはしないけれど、せめて気を付けておきなよ。この街は広い。三軍の警ら隊も、全てを見張れている訳ではないからね」
赤眼鏡の似合う彼女の言葉通り、外周部……つまり郊外へと歩みを進めるほどに、目に見えて治安が悪くなっていく。
以前、スエーニョ一味が壊滅する前の同じ路地は、ここまでではなかったように思う。
当時から柄の悪い者は居たし、宿代節約のためか路上で生活する者もいた。
だがそういう者達も、あの当時は何というか……統制が取れていたのだ。
今にして思えば、彼らはドロップアウトしてはいたが、彼らなりの掟と秩序の下で動いていたのだろう。
そのくびきを、自分たちが取り払ってしまったのではないか。
「雰囲気が良くない。アスナ、フードか何か被った方がいいかもしれない」
「……うん」
淀んだ空気は、しかし一つの統一された意志を持っているように錯覚させる。
『お偉い攻略組サマが、こんな掃きだめに何の用だ』
言葉にすればそのような、諦観と、憎しみと、嫉妬が入り混じった視線。
或いは、単にアスナの美貌へ向けられる下卑たそれ。男というのは、悪感情と性欲を同じ相手に持ち、ぶつけられる生き物だ。得てしてそういう手合いは、普通に下心だけで接してくる者より質が悪い。
最近まで拗らせ街道を歩んでいたキリトにはそれが理解できていたので、アスナを庇う動作には一切の油断がない。
もしアスナが、ここに居る色々なものが煮詰まった男達の手に落ちれば、自分の想像もつかないような、何か壮絶な目にあわされるのではないか。
そう思えてしまうほど、彼らの視線は怨嗟と妬みに満ちていた。
「こんなになってるなんて……支援は行き届いてるって聞いたのに」
耳元に気持ち近寄って、キリトにだけ聞こえる程度の小声で言う。
一連のやり取りを見て、路地を歩いていた女……いや、少女と呼んでいいかもしれない、それくらいの年頃の女性が舌打ちと共に去った。身なりのいいキリトを、何とか「客」に出来ないかと考えていたらしい。
それを横目で一瞥したキリトは、一拍おいてから深刻そうに切り出した。
「……なあアスナ。『支援』の内容、具体的に知ってるか?」
「え? それは……」
答えられなかった。そしてそれは、キリトも同じだと言う。
「俺たちは、攻略組は、何も見えてなかったのかもしれない」
自分たちの稼ぎは、自分たちの中だけで循環していて、ここまで届いていなかった。
それを理解できる程度には、彼らは聡い。
だからこそ否応なしに理解させられる。これは、自分たちが作った風景だ。
前を向いて走り続ける彼らは、立ち止まって振り返らない限りスタート地点の様子を見ることはできないし、そうしなくても前には進める。
――戦えない私達の、なけなしの仕事まで奪うのか。
キリトとアスナは、この日初めてその意味を知った。
お気に入り5000、ありがとナス!!!
次のR18はピトフーイ回を予定してるけど、筆が乗らないからもうちょっと待っててくれよな。
2:45追記:一部表現を加筆修正。
5/8 19:15追記:アンケート締め切りました。過去最多投票(1759票)、ありがとナス!!
アルゴの選択(正史決め・重要) ※長めに取ります
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決別
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隷属
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絶望
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逃避