ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
2022年11月26日、第一層ボス戦前日の夕方。
「――依頼の件、報告するヨ。およそ200人ダ」
始まりの街の路地裏、人目に付かないさびれた教会の懺悔室。アルゴが極秘情報を取り扱う時使う場所のひとつだ。
客が買った情報は、「今日までの死者に、βテスターが何人含まれていたか」。
「βテスト当選者のうち、実際にログインしていたのは800人弱だろウ。つまり1/4が死んだってことダ。比率で言えば、ビギナーの倍は死んでル」
「……β時代との、仕様変更」
客人も訳は知っている。今日の本題はそこではなかった。
「その通リ。時折ほんのわずかな差異が現れて、β時代の知識と経験が落とし穴に代わル」
「だが、ビギナーはそんな事情は知らない。もし次のボス戦、β時代の情報との食い違いで死者が出るようなことがあれば、βテスターへの不信感はもう」
「その時は、非難の矛先をオレっちに誘導してくレ」
これまでアルゴは、先行するプレイヤーたちのため、カラードと共にβ時代からの差異を徹底的に調べ上げてきた。仕様変更の大半がいわゆる「初見殺し」なのは、アルゴも身をもって知る所だ。それ故、それらの変更情報はいの一番に先行するプレイヤーたちに伝えられて来た。
カラードの収集力とアルゴの伝達力により、デスゲームから20日目の時点で、全てのフロントランナーに仕様変更の存在と出来る限りの内容は伝えられている。
ところが共有が進む途中、「優先順位」は「情報格差」という形で現出した。やがてそれは、ビギナー達から指摘されるほどのリソースの独占という形を取った。この時できた差が埋まるまで、かなりの時間がかかるだろう。
既に、後発プレイヤー達の反β感情は無視できない所まで来てしまっている。あと一押しがあった時は、攻略組が完全に割れてしまうだろう。
エギルは攻略会議で「情報はあった」と言った。それは正しい。ビギナーにも、間違いなく情報はいきわたっている。
だが正確に言うなら、現時点で彼らビギナーは「最新情報のおこぼれにありついた」ということになる。それに気づけるのは、アルゴとカラードくらいなものだろうが。
(……あいつも言ってたけド、これ以上攻略組を割っちゃいけなイ)
思い浮かんだのは、この二週間半共闘していた口下手な大男。きっと最前線で仲間割れが起こったら、
(悪いナ、カーくん。オマエにばっかりいい格好はさせないヨ)
客人からは見えないが、アルゴは笑みを浮かべている。だが、普段のそれより悲しげに見えた。
「いや、あんたに迷惑はかけられない。βテスターとビギナーの橋渡しができるのはあんただけだ」
ただアルゴは、自分で思っているよりも周りに必要とされている。
客人もまた、アルゴにだけが汚名をかぶせることを許さなかった。
「……そっカ」
「報酬を確認してくれ」
「ン、確かニ」
入金が確認されたら、お互いタイミングをずらして教会を出る。それで仕事は終わりだ。
「所で、他に同じことを聞いてきたやつはいるか?」
だが今日は、そうならなかった。
「…………2人いるヨ」
思い出すのは、年下で黒ずくめのソロプレイヤーと、あのお人好し。
「そうか、良かった。つまりいざと言う時、オレの代役を任せられる奴がいる訳だ」
俺の代役。
ディアベルほどの指揮能力とカリスマ性を持つプレイヤーが、今の攻略組にいるとは思えない。
恐らく、ディアベルのような「リーダー」を引き継ぐということではなく――
「――っ、そっか、やっぱり、そうなるよナ」
結局、自分では身代わりにもなってやれない。
「はは、分かってる。安心しろよ、誰も死なせないから」
気落ちするアルゴを、ディアベルは面白そうにからかう。
「
「んなっ……!」
カラードは、と言おうとして、ディアベルが一度も人名を言っていないことに気づく。墓穴を掘りそうなほど焦っている自分に気づき、みるみる顔が赤くなった。顔の見えない状態で喋っていてよかったと心底思う。
「大丈夫だ。少し弱音を吐いたけど、オレは死なない」
◇◇◇
(なんて、言ったんだけどな)
β時代、コボルドロードが持ち替える武器は≪曲刀≫カテゴリのタルワールだった。
ここまで何も変わらなかったために慢心していた。ボスは確かに強化されていたのだ。これまでと同じく、「初見殺し」に特化して。
(そういえば、「格好つけすぎると早死にするぞ」って言われてたっけ)
スローになっていく視界の中で、いつだったかカラードに言われた忠告を思い出した。
(すまんアルゴ、カラード。後は頼――)
覚悟を決めて潔く斬られようとしたが、けたたましい金属音に思考が阻まれる。
のけ反ったのは、ディアベルでも割り込んできたカラードでもなく、コボルドロードだった。
βテスターであるディアベルにはからくりが理解できる。≪武器防御≫スキルによるジャストガードだ。
だが、両手武器使いとは思えないほど敏捷値の高いカラード以外の面々は、まだ追いつけていない。スイッチは不可能だ。
体勢をもどしたコボルドロードは、ノーダメージながらスタン状態になったカラードに狙いをシフトさせる。
次の一撃でカラードははるか遠くに
カラードのHPは一気にレッドゾーンまで突入した。元が満タンでなかったら恐らく、ボス戦最初の死者になっていたことだろう。
飛ばされた先がパーティーの密集地だったら範囲攻撃に繋げられて
「カラードさん!!」
パーティーメンバー、キリトとアスナがようやく追いつき、焦りからかやや大げさな動きでPOTを飲むカラードのカバーにつく。ハラハラしながら眺めていたディアベルは、カラードのHPバーが急激に回復したのを目撃した。
(っ!? あれは、一体……?)
恐らく何人かが見かけただろうそれは、ディアベルにすら理屈の分からない回復手段だった。どんな魔法を使ったのか。
(いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない!)
「皆! オレもカラードも無事だ! 誰も死んじゃいない!!」
問題を棚上げして檄を飛ばしたディアベルに呼応して、乱れていた攻略組が士気を取り戻す。
「俺たちが前を支える!!」
エギルたちタンク隊が到着し、ボスの攻撃を受け止め、
「
キリトとアスナ、それにMTDの二人がボスに突っ込んでいく。
「D、E、F隊、センチネルの対処急げ!」
段々調子を取り戻して来たディアベルが、手の空いた部隊を巧みに動かして再ポップした雑魚に対処。
元より第一層のボスである。有能な指揮官が武器の変更にさえ気を付けて戦えば、すぐに倒し切れるのは当然の成り行きだ。
やがてボスは光り出し、他のモブ達同様ポリゴン片になって爆散する。最後の一撃は、キリトとアスナによる連携攻撃だった。
「…………やった、のか?」
攻略組の中から、誰ともしれずそんな声が上がる。
一拍おいて、それは爆発的な歓声に変わった。
ボス部屋は一転、即席の宴会場になる勢いだった。皆思い思いに「初のボス攻略」という偉業に居合わせたことを喜んでいる。
あの時カラードのHPバーを見ていた、数人を除いて。
◇◇◇
2022年11月27日。デスゲーム22日目にして、ついにアインクラッド第一層が突破される。
その事実は始まりの街にいる多くのプレイヤーにとって希望となったが、攻略組には未だ、βテスターという火種がくすぶってもいた。
そしてこの時期、「黒ポンチョ姿のプレイヤー」が
彼が憎悪する人々を、ここでなら裁かれることなく争わせることができる。彼には別口で目的があったが、それ以上に、存分に悪意をばら撒くつもりでいた。
ところが彼が世界の情勢を仕入れると、既に自分以外の誰かが火種を作っていることに気づいた。
彼が悪意を持って情報収集したから分かったことで、まだ誰もその正体に気づいていないようだった。
(なるほどなぁ、随分気合の入った奴がいるじゃねえの)
口調とは裏腹に、口には凶暴そうな笑みが浮かんでいる。
男は路地裏を歩きながら、早速ネタを考えることにした。幸いなことに、この手のイカサマや反則技を考え出すのは大得意だ。
(誰だか知らねぇがこの火種、ありがたーく活用させてもらうぜェ)
(――イッツ、ショウ、タイム)