ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
洞窟の場所はあっさり判明した。
一度アルゴが発見していたのだから当然と言えば当然だが、「一人で来る」ことが条件になっていると予想していたカラードが、わざとアルゴとパーティーを組まずにいたのも幸いした。
『アンタも伝説を追って来たと? 悪いことは言わんけ、行かん方がよか。こないだそげん言うて入ってった女ん子は、片腕を吹っ飛ばされっしもた』
田舎であることを示すためだろうか、九州地方の方言が特徴的な農家の娘は、忠告の内容を変えていた。
(……アルゴのことか)
彼女の語る「腕を吹っ飛ばされた人」とは、つまりそういうことだろう。このクエストは、プレイヤーが犠牲になる度に詳細情報が判明していき、難易度が下がっていく仕組みのようだ。
逆説的に、何人かは犠牲になる前提の難易度設計ということ。「1人目」でありながら生還しているアルゴの腕前を窺わせる一幕であった。
「ここか」
「うン……おかしいナ、入り口が見えなイ」
見るからに消沈していたアルゴは、しかし健気についてきた。
「孤高の試練」は文字通り、魔剣を欲する者が洞窟の前に一人で現れることによってスタートする。洞窟の場所自体も、周辺に道やめぼしいMob、クエストなどのない――いわゆる「動線」から全く離れ、山が邪魔して遠くから視認するのも不可能な位置にある。
文字通り人っ子一人いない山道――道ですらなく、しばしば筋力や軽業スキルに任せたベ〇スダ式登山を強行させられた――を踏破して、ほとんど崖のような場所にある小さな花畑と、岩肌。
アルゴが以前来た時は、そこにぽっかりと横穴が空いていたが、今はただの岩肌に見える。
「恐らく、一人で来ることでフラグが立つのだろう。アルゴ、一度花畑から出てみてくれ」
「わ、わかっタ」
少し名残惜しそうに見て、視線に気づいたカラードに頷かれてから、おずおずと離れる。因みに、今のアルゴはいつものフーデッドローブのお陰で、欠損を隠せている状態だ。
アルゴの両足が花畑から出た途端、幻だったとでも言わんばかりに音もなく岩肌の一部が「消え」て、洞窟が現れた。
「なるほど、パーティー不参加に加えて一定エリア内の人数制限もあるらしい。徹底しているな」
言いながら、カラードはためらいもなく穴の中へ足を踏みいれる。
「ぁ……! か、カーくん!」
不安そうに声を上げるアルゴは、「すぐ戻る、待っていてくれ」というカラードの言に押しとどめられた。
何だかんだ、カラードの決定には逆らえないアルゴだ。反抗して心象を悪くしたり失望されたりするかもしれないと思うと、大抵のことには従ってしまう。ことアルゴに関しては、以前口走った「何でもするかラ」は嘘でも何でもないのだ。
「……帰ってきてくれヨ、絶対だからナ」
呟くような声だったが、きちんと聞こえたようだ。洞窟を向いたまま軽く手を挙げて応えると、カラードは足を止めずに奥へと進んでいった。
◆◆◆
狭い道を通り抜けてから一気に広い所に出ると、人は解放感を覚え、気分が高揚すると言う。有名テーマパークの入口などにも用いられているテクニックだ。
この洞窟も、恐らくそういう構造だった。
狭い一本道を抜け、所々に輝く鉱石――光を反射しているのではなく、石そのものが蛍光色に光っている――が転がって、あるいは埋まっている広間に出る。松明がなくとも、十分に視界を確保できるほどの明るさ。
にわかに、地鳴りが襲った。
天井からパラパラと小石や砂利が降って来る。足元がおぼつかないほどではないが、かなりの規模。
現れたワームの大きさは、それに見合うものだ。
幅約2メートル、長さは見当もつかない。顔に当たる部分がまるごと口になっており、人間一人くらい軽く丸呑みにできるだろう。
威嚇するでも吼えるでもなく、冷静にこちらを見極め(目があるのかは分からないが)ているように見える。直感的なものだが、動きに理性、知性と言い換えてもいい、無駄なエネルギーの消費を避け、効率よく戦いに向ける技量が感じられるのだ。
見た目は異形そのものだというのに、さながら立ち合いに臨む武人のようだと、カラードの目には映った。
再び地面に潜り、全ての音が消える。
相手はモンスターだ。だが、カラードは確かに「いざ」という掛け声を聞いた。
「――ッ!」
瞬間、カラードは左に避けるフリをして、その場に大剣を突き立てた!
「■■■■■■■■――ッ!!」
おぞましい叫び。噴き出した血がカラードの全身を汚していくが、発生するはずの毒効果は現れない。カラードの耐毒スキルによるものだ。
アルゴに聞いていた初撃の奇襲をかわすと、広間中央に戻ったワームが一つ雄たけびを上げる。
≪ウルハ・ザ・マンハンター≫。ゲージの数は、5本。フロアボスと同等の命名規則と、同様のHPバー。カウンターで多少ゲージが減っているが、よく見れば少しずつ戻っていっているのが分かる。自己再生持ちだ。
(カーソルが赤い、なるほど厄介だ)
Mob相手の場合、彼我のレベル差はカーソルの色で表現される。「赤」を同レベル帯として、色が薄ければ低レベル、濃ければ高レベルとなる。
カラードのレベルは78。最前線が60層で、安全マージンは層+10レベルとされているのを考えると凄まじい高レベルだ。
そのカラードから見て、薄めの赤色カーソル。およそ60層にいていい強さではない。アルゴがあわや即死の憂き目にあったのも納得の、理不尽な強敵であった。
(恐らく、到達後すぐ挑むようには設計されていないのだろう)
ワームの猛攻を捌きながら、カラードは考えを巡らせる。たまたまアルゴが発見してしまっただけで、本来ならもっと上の層……ボスのレベルから見て74~5層頃に、この剣の存在を示唆するクエストなりイベントなりが存在したに違いない。
そして、それより早く手がかりを見つけてしまい「比類なき切れ味で立ちふさがる者を切り飛ばした」武器という文言につられた者は、先の奇襲と理不尽な高レベルでこの怪物の腹に収まるという寸法だ。
カラードが普通に立ち回れているのも、事前情報と類稀なプレイヤースキル、「不沈艦」と名高いスキル構成が揃ってのこと。並のアタッカーでは、例え攻略組の一員であっても今の戦力では無理だろう。
「……ナカナカドウシテ、ヤル」
不意に、低いしゃがれ声が洞窟に響いた。
「コレホドノ、ツカイテハ、ハジメテダ」
ワームだ。地面から頭を出し、こちらを真っすぐ見据えるワームが喋っている。見れば体力が残り3ゲージまで減少している。通常のボスで言う、攻撃パターンの変化か。
「なるほど」
得心が行ったと、大剣を担ぎ直すカラード。つまりこのワームは、かつてこの地に武器を封印したとされる戦士そのもの。戦士は今も番人としてこの剣を守っている……という設定な訳だ。
恐らく、人型モンスターに搭載されている高機能AIをそのまま載せた反動で、挙動が人間臭くなったことに対する理由付けだろう。
(何にせよ、カーディナルの生成規則に則っていない。『ハンドメイド』だな)
要は、"何者か"が手ずから製作したクエスト。大半がカーディナルシステムによる自動生成クエストで占められているアインクラッドでは、希少であると共に手の込みようから分かりやすいものだ。
この孤高の試練も、恐らくはその類。
ワームの氷結ブレスを回避しながら、考えを巡らせていく。
がその時、それまでなかったはずの段差に片足を取られた。一瞬にして身体が制御を離れ、ガクンと落ちる。
(……ぬかるんだ地面が足跡ごと凍ったか!)
ぬかった、と思うより早く、ウルハの大きく開いた口が眼前に迫る。
カラードの重装甲をもってしても、何度も耐えられないほどの威力があると既に分かっている。咄嗟に体をひねって強引にかわすと、片腕が口に巻き込まれるのにも構わず残った腕で剣を強引に振り回す。
「ギアァ、ギャ……ミ、ゴト……!!」
それがとどめとなり、ウルハは大きく身を震わせると、ぐったりと動かなくなる。
「≪ラクヨウ≫は、ソナタニコソ、フサワシイ……」
イベントにて用意された台詞。だが確かに、武人として、自分の剣を継ぐ勇士の出現に立ち会った満足感と、強者に対する純粋な敬意が感じられる。
「ソナタノミチヲ、ハバムモノヲ……キリ…………ヒラク、ノ、ダ」
言い終えるや否や、ウルハの身体が光に包まれ、ポリゴン片に変わる。
眼前にはボス攻略時と同じ≪Congratulations≫の表記と、大量の経験値とコル、それにドロップアイテムの一覧。
「……こちらに出るのか」
アルゴの装備していた指輪は、この欄に入っていた。ワーム……ウルハに「喰われた」者の遺品を最初の踏破者が報酬として総取りできる、一種のプログレッシブジャックポットなのだろう。悪趣味ではあるが、よくできた報酬設計だ。
そして、広間の奥。分厚い鉄扉の先に安置された両手剣。
銀色で、ゲーム終盤の高性能武器には珍しく華美な装飾がない、機能美を感じさせるデザインだ。刀身は反り返り、両手用の長い柄と合わせて長さ1.8メートルほど。
両手剣としては標準的なサイズ感で、一見すれば地味に見えるかもしれないが、その凄まじい重量感が確かなポテンシャルを示していた。
現に、今カラードが装備しているものと比べ、全ての性能で2周りほど差を付けられている圧倒的なスペックだった。+30の完全成功品と未強化を比べているにも関わらず、だ。
52層ボスのLAボーナス品という魔剣に準じる性能を持つはずの剣を一蹴する、いっそ場違いな強さの両手剣。
「
――どうやら、モンスタードロップの魔剣クラス装備には、カタカナ名と漢字名が両方存在するらしい。
「欠損誘発+50%、人型特攻……フフ、なるほど」
メイトチョッパーとは別のアプローチの、「対人戦を想定した性能の魔剣」。
アインクラッドでは今のところ唯一、カラードは"ラスボス"、あるいは"魔王"の正体に感づいている。その情報を加味すれば、この剣がどんな用途を想定されて作られたのかは一目瞭然。
このクエストを設計したのは、他ならぬ"あの男"かもしれないと、カラードは直感していた。
この剣は最後まで武器種の情報が濁され、「入手した者の望んだ種類になるのでは」と言われていた。
あるいはあの男なら、対モンスター戦に特化しているエリュシデータと対になる剣として、これが設定されていてもおかしくないとカラードは考えている。
そして、キリトの秘匿している――カラードに言わせれば、隠しているうちに入らないほどバレバレ――"2本目の剣"。ヒースクリフの語ったこの世界の構造と、ただ一人選ばれるはずの「勇者」。この剣を持つべきは、きっと。
「……すまんな、俺は無粋なんだ」
モニタリングくらいはしているに違いない。あの男の在り方に、カラードは一定のリスペクトを持っている。故にその露骨な動線に割って入ったことを、素直に詫びた。
◆◆◆
「……っカーくん! これ、こレ!!」
カラードが洞窟から出てくる10分ほど前、アルゴはその戦況を、急に回復してきた左腕で知った。
「ああ。だが、まだ不完全だろう。手を出してくれ」
それで察したらしく、アルゴは目に涙を浮かべて左腕を差し出す。
跪いたカラードが、懐から取り出した指輪をゆっくりと近づけていく。
背後では、ちょうど日の出を迎えた冬の太陽が、地平線から現れつつあった。
「以前から、どこかで言おうと思っていたんだが……」
珍しく言い淀んだが、アルゴは嬉しさで一杯だったので深くは考えていなかった。
「結婚してくれ、アルゴ」
左手薬指に指輪を嵌めながら紡がれた言葉によって、アルゴの情緒は今度こそ完全にオーバーヒートする羽目になった。
「ぁ、え、ふぇっ……? 今、い、何……」
完全に事態を飲み込めていないようで、口をパクパクさせ言葉にならない音を繰り返すアルゴ。
「結婚してくれと言った。……システム上の、にはなるが」
一度アルゴを落ち着かせるため、あえて無粋なことを言って現実に戻って来させた。
「あ、あァ。ストレージの共有化とか、色々」
「ないとは言わんが、それ自体が目当てではない。アルゴがいいから選んだ」
理屈っぽい所はあるが、顔に出ないだけで好意の表し方は比較的素直なカラードである。
「……信じて、いいんだよナ? オレっち、オレっち……」
問いかけは、アルゴ自身に向けたもの。
50層から抱いていた、カラードに対する疑念。触れるのが怖くて見ないふりをしていたアルゴは、この時初めて、「カラードを信じる」という答えを出すことができた。
「愛している、アルゴ」
追い討ち。それだけでもうアルゴは、カラードのことしか考えられなくなった。
「答えを、聞かせてくれるか?」
幸福感でトリップし始めているアルゴと、40センチほど身長差のある大男。その場に居合わせたら、少し危ない絵面にも見えたかもしれない。
少なくともアルゴは心から望んで、カラードの結婚申請にイエスを返した。
――カラードの計画によれば。アルゴの望むと望まざるとに関わらず、今の幸せが永遠に続くことはない。
後で計画のために犠牲にする相手を愛することができるか。
少なくとも、カラードにはできた。
この後亡くなったんだよね……
ちょっと油断したら1週間たつの、何とかしたいですよね?(自虐)申し訳ナス!