ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
アインクラッド第一層・はじまりの街。
最前線60層現在、この街は相変わらず最大の人口を持っている。
俗に「引きこもり組」と呼ばれる者達だけで1000人以上。1~2層で最低限の戦いだけして糊口をしのぐ者や、彼らを統括しているMTD3軍メンバー。そして、それらの数に入っていない、非合法な手段で生活するドロップアウト者たち。
現在この街の統治を任されているのは、MTD3軍……というか、アインクラッド解放隊の残党だ。25層で壊滅した後MTDに吸収された彼らは、しかし一部の世渡り上手な者を除いて、馴染むことはできず仲間内で派閥を形成している状態だった。
元より、コネや特別な能力があって入れてもらった訳ではなく、カラードの一存で「戦傷者を見捨てないアピール」のために雇い入れられた元・余所者の敗北者。三大ギルドでも突出して閉鎖的と知られるMTDで、受け入れられるはずもない。
受け入れられないから身内でかたまり、派閥を作る。そんなことをするから益々上には気に入られない。
最前線で戦えるほど強くもないし、二軍に置いておくにも信用と人望が足りない。彼らが下層の管理という汚れ仕事を押し付けられたのは必然で、押し付けられた仕事にやる気を持てないのもまた、必然だった。
"
"勢力復活のための活動資金"というのが、一度目の「中抜き」の口実だった。
果たしてそれは、あまりにもあっさりと成功した。彼らが思っていた以上に、お偉方は下々の者に無関心で、さながら家に金だけ入れて寄り付かない父親のようだった。
なにより、ALS残党の彼らが有難がって拾い集めている金は、攻略組が百人単位で所属している大ギルドにとってはした金だった。
キバオウ達にも、それは分かっていた。一度ドロップアウトした者が攻略組に戻るには、大量のリソースと、プレイヤースキルと、何より途方もない努力が必要だ。そんな"はした金"では、復帰できない。
ところが彼らは気づいてしまった。その金と、今の自分たちくらいの力があれば、はじまりの街で支配者をやるくらいなら容易く出来る。住処も、食事も、お洒落も、酒も女も何でもできる。
大義のための名分が贅沢のための建前へと変わるまで、大した時間はかからなかった。
惨めさと傷ついたプライドから目を逸らすため、いじめと贅沢に耽溺した指導者。その割を食って必要な支援がどんどん絞られて行き、明日をも知れぬ下層民。
有体にいって"そこ"は、落伍者たちが最後に行き着く場所だった。
「おはようございまーす」
MMOトゥデイ、元本拠地。
維持費を減らすため一棟だけを残して引き払われたそこは、しかし今も一層統治のための拠点として残されている。
偽りの玉座になったそこは、キバオウを筆頭としたALS残党が今も形ばかりの統治を続けていた。
ホールに入ってきた男は、三軍の警ら隊に所属している下っ端。ALSの時代から裏方として勤めていた彼は、今もはじまりの街を巡回するだけの仕事を文句ひとつ言わずにこなしている。
「おーう。おめーも律儀だねぇ」
答えた男は、今日の宿直担当。三軍警ら隊の統括者でもあり、ヤバい筋を含めた顔の広さに定評のある男だ。プレイヤーネームを「ケンスケ」と言うが、実は本名に全く掠っていないらしい。そのせいか、階級や役職で呼ばれるのが殆どだ。
神経質そうな顔の割にぞんざいな口調のケンスケは、ひとつ伸びをした後、太ももをパンと叩いてソファーから立ち上がった。
「これくらいしか取り柄がありませんから。それで……キバオウさんは?」
男は早朝の巡回結果を報告に来ていた。本人が認めるとおりクソ真面目な彼は、恐らくALS残党で唯一、額面通りに巡回をこなしていた。
「
隠語だ。そして宿直の男がこう言い出すという事は……。
「俺も夜勤の疲れを癒しに行きてえところだしよ、お前も一緒にどうだ?」
「またですか……」
大体、彼もまた連れ出される流れであった。
「いいじゃねぇか、さっき交代のヤツも来たんだし。俺のツテがあれば社長さんとこ入れるぜ?」
幾度となく繰り返された、勧誘の文句。
「いやぁ……僕は遠慮しときます」
それは今回も、不発に終わった。
「そうかい、残念。お前ならきっといい
「先輩の紹介してくれる仕事って大体ヤバいじゃないですか……」
ここでいう「仕事」とは、もちろん裏稼業のことである。
真面目な男は、本人が望まないから出世しないと言うだけで、ALSでも屈指の高レベルプレイヤーでもある。地道なレベル上げの賜物であった。
それこそ、ラフコフがその才能に目を付けて、女を宛がうことで勧誘しようと試みる程度には。
◆◆◆
勧誘失敗(定例行事)の一幕から数十分。さびれた村を歩くケンスケは、しかし周りにいる人々と違い身なりがよく、足取りも軽かった。
レベル43。装備は40層相当。プレイヤースキルに至っては攻略組に一歩劣る位だろうと自認している。これはMTDの三軍としては最高位の一角だ。
少なくとも彼の生活する範囲に、彼より強いプレイヤーは数人しかいない。自分が強いことを自覚して、25層の悲劇以降も積極的にレベル上げをした結果だ。
世の中、お山の大将であることがモチベーションになり、さらに実力を伸ばす者もいる。彼はまさにその典型例だった。
やがて彼の足は、とある建物の前で止まる。
"圏外"である森の中にぽつんと建った洋館。この場所の所在を知っている者は、彼の所属する
彼のために開かれたドアの先は、手狭な玄関と、もう一枚のドア。内装は持ち主がかなり自由に設定できることを利用して、この家はもはや要塞と呼んでいいほどの極めて厳重なセキュリティが施されている。
二枚目のドアを開くと――そこには、異様な光景が広がっていた。
「あ、あたし!! あたしを抱いてくれませんか!? ほ、ほら! 13歳の女の子なんて、ここじゃなきゃ味わえませんよ!?」
「お子様は引っこんでなよ……! 失礼したね、ボクなんかどうだろう? 胸が気になるだろ、Fカップあるんだ。挟めるんだよ、ほら!」
「ごはん、ごはん、ごはんごはんごはん……ううぅ……うぅ……うぐぅ……」
マンションの廊下のように、立ち並ぶ小部屋。玄関ドアの隣の小さな窓、そこに打ち付けられた
悪臭はない。汚れもない。病気が移る訳でもない。
それでも、そこは確かにどん底で、確かな汚濁と、悪意と、欲望にまみれていた。
何のことはない。上には上がいて、下には下がいる。
はじまりの街の浮浪者たちすら、
「あッ、ケンさん! お疲れ様です!」
「おう。話通ってる?」
折り目正しくお辞儀する本部の下っ端に問いかける。
「はい! キバオウさんは先ほど帰られました。次のお客様はあと10分ほどで到着されるそうです!」
下っ端の返答は、ケンスケ――ラフコフ傘下、「タリスマン」のリーダーを満足させるものだ。VRであるSAOにおいて、10分という時間は全ての後始末を済ませて「さっきまで行為が行われていた」痕跡を消し切るのに十分な時間だ。
「あぐっ、むぐ、がつがつっ……!! ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「ギャハハハ! こいつ本当に四つん這いで喰ってやがる!!」
「しかも"ありがとう"だってよ傑作だぜ!!」
先ほどまで使われていたらしい、昔ロザリアという名だった備品が「報酬」を得ているのが目に入った。
どうやら飼育員に遊ばれているらしく、手の拘束を解かれないまま、床にぶちまけられた牛丼らしき食事を強制されているようだ。
「おい!! さっさとしねぇか!! 10分しかねぇって今言ったろ!!」
「「す、すんません!! オラ、さっさと食えビッチが!」」
示しを付けるために声を荒げたケンスケだが、彼女は本来最低価格帯の筈の備品。この後の"接待"では出番がないことはほぼ確実であるから、大して気にしてはいなかった。
当然ながら、備品の少女たちにスケジュールの調整権はない。客の指名に応えられなければ、彼女らが死より恐れる「反省室」の刑が待っている。そうでなくとも抱かれなければ食事にありつけず、無限の飢餓地獄に叩き込まれると彼女らは理解している。必死で仕事をこなすだろう。
「よーし、しっかり準備しとけよ。今日は俺が最初の案内するからなー」
「うす!!」
ケンスケが呼ばれたのは、これから来る「お客様」がラフコフにとって重要な存在、VIPであり、ケンスケ率いるタリスマンがラフコフにおける女衒や街娼の統制を主に担当しているからだ。
リアルではタクシー運転手だった彼は、警らの仕事を任されるようになるとたちまちマップ全域を覚え、あらゆる裏道・近道・細道・地下道・誰も知らない建物の裏口に至るまで完璧に把握してしまった。
それはルートに拘りのある客に対応するための職業病みたいなものだったが、やがてその努力の価値を理解し、手放しに賞賛してくれる者に恵まれる。
ポンチョ姿で現れたその男こそ、ラフコフのリーダー、PoHだった。
"誰よりはじまりの街の地理に詳しい"という能力を買ったPoHの支援と手引きにより、彼はあっと言う間にタリスマンという組織を立ち上げ街の街娼を取り仕切るようになった。
それだけではない。MTDに拾われるまで中層でくすぶっていたケンスケは、密かなシリカファンでもあったのだが……それをどこからか聞きつけていたPoHの手により、ケンスケの元に本物のシリカが転がり込んできた。
夢だと思った。デスゲーム自体がウソっぱちで、目が覚めたらナーヴギアを被ったまま寝落ちした自分がいるんじゃないかと思った。
上納金額1位のボーナスだと言うが、シリカの幼い肢体を貪るのに夢中で、詳しいところは覚えていない。
男を上げた彼は、自信がついたからかそれまで以上に仕事が出来るようになり、人望も増した。もう彼の中には、昔の冴えないタクシードライバーも、うだつが上がらない中層冒険者も残っていない。
代わりに、喜んで犯罪に身をやつす精神性と、PoHに身命を賭せるくらいの忠誠心がすっかり根付いていたのである。
「お邪魔しますよ」
ケンスケがアインクラッドでの
初見の客にあまりにもがっつくと逆に気味悪がられることもあるため、事前にキツく言い含められているのだ。
「「いらっしゃいませ!!」」
代わりに、体育会系を思わせる鯱張った態度で腰を折る下っ端たち。入口で立ち尽くしている客の3人組は、一人を除いて部屋の有り様に面食らっているようだ。
「騒がしい所ですみませんね。ようこそ、秘密俱楽部へ」
ケンスケは歩み出て、営業スマイルで彼らを歓待する。
「あ、ああ。ご丁寧にどうも」
客の一人、背の高い男が、どうにか答える。もう一人はすっかりこの光景に魅入られてしまったようだ。
無理もない。彼らのような攻略組メンバーの、女性に対する経験値は、近年二極化の傾向にある。
筋金入りのゲーマーとしての価値観が変わらず、童貞かそれに準ずる奥手な者。そして、この世界における自分の"権力"に気づき、下層の女を欲しいがままにする者だ。
トップギルドの構成員ともなると、この傾向はより顕著に出る。
つまり欲望はあるが発散の方法を知らぬ者と、その辺で喰える"普通の女"に飽きてしまった者。
どちらに当てはまるかは置いておいて、「ここ」に招待されているのは、事前の調査である程度「こちら側」の適性があると分かっている者……他人の痛みを顧みないことができる者だ。そうでない者には、また別の女が宛がわれている。
ラフコフが接待のためにそこまでするVIP。
「どうやらお気に召したようで。何よりでございます」
彼らの正体は、聖龍連合の二番隊と七番隊のリーダー。
そして、聖龍連合ナンバーツーの座に就くディアベルの側近――リンドだった。
「此度はサンダース様のご紹介ということで、上の者からも手厚くおもてなしをしろと仰せつかっております」
普段の粗野な口調はどこへやら。ケンスケは以前ジマに見せたような慇懃な態度で接客を始めた。この辺りの器用さもまた、彼がラフコフ最大規模のシノギを任されている所以である。
「ああ。よろしく頼む」
鷹揚に答えたのは、サンダース様と呼ばれた壮年の男。聖龍連合唯一の後方支援部隊「七番隊」のリーダーであり、攻略組メンバーのメンタルケアを行う精神科医「軍医さん」その人である。
彼もまた、ラフコフの下部組織を率いるリーダー格。主な仕事は、中層の監視とあちこちで開帳されている賭場の管理、カウンセリングを通じて攻略組メンバーの倫理のタガを外すこと――
――そして、有望な者の勧誘と接待。
「あ、あぁ……正直、聞いてた以上だよ」
見入っていたリンドがなんとか視線をシリカから外して、ケンスケのセールストークに答える。
「そうでしょうとも。おい、シリカ!! 指名だぞ!!」
「は、はい! ありがとうございます!!」
ケンスケが声をかけると、窓越しのシリカが喜色満面、と言うには少し媚びたような笑顔を見せ、焦ったように部屋の奥に引っ込んでいく。
リンドとしては火遊び感覚かもしれない(サンダースが口八丁で騙して連れてきている)が、少なくともケンスケとサンダースは逃がす気はない。これは最初から企図されていたことだ。
リンドに一番人気のシリカをぶつけ、溺れさせる。本人が興味なさそうだったら二の矢としてルクスも用意されていたが、無用な心配だったようだ。
未熟ながら確かな色香のある、いわば開花寸前の蕾のような愛らしさと、まさに少女としての盛りを迎えようとしている豊満な肉体。正反対の二人が人気ワンツーとして存在し、この二人にどちらも反応しない男は、少なくともゲーマーの中にはいなかった。
「え、あの、えっと……」
「分かっておりますとも。今宵の事は泡沫の夢。たったひとたびこの場を出れば、残るは貴方の記憶だけ。踊る阿呆に見る阿呆、踊らにゃ損と昔から。まま人助けとお思いなさり、夢を見られちゃいかがでしょう?」
立て板に水を流すがごとく、一気呵成にまくしたてる。
「助、ける?」
「ええそうです。貴方はあの子を助けてやれる。あなたは良い思いができる。誰も損などしないのに、何の悩みがありましょう? 何より彼女が人気なのはね、まだ13歳で生えてないからじゃないかと我々は思っとります」
ケンスケは聞き耳スキルを持っていないが、リンドが生唾を飲み込む音を確かに聞いた。もう一歩だ。
「分かりますよ、私も男だ。男は皆そうでしょうとも、胎は若いに限ります。こんな機会がこの先いくらありましょう? このチャンス、モノにしてこそ男でしょう」
「……そ、そう、だよな」
堕ちた。思わず口角が上がりそうになるのを、営業スマイルで覆い隠す。
「ええそうです! さぁ、彼女の部屋へ。おい、ご案内しろ」
すかさず言質を取り、リンドをシリカの部屋に放り込む。ドアのロック設定をいじれば、中の声は外まで漏れてこない。これで一丁上がりだ。
ケンスケの見立てによれば、彼は童貞か、よくて素人童貞。早い話、昔の自分と同類だ。
違うのは、2、3回やったらすっかり満足してしまったケンスケと違って、最初の女に執着しそうだと言う所。これに関してはむしろケンスケが異常なだけで、執着する方が普通だろう。
だから、シリカを宛がった。一番人気で、一番抱くのが難しい彼女を。
たっぷりと良い目を見せて、これを餌に思い通り操るために。
「さて、お待たせしましたね、お客様のご指名は……彼女などいかがでしょう? おいルクス! 指名だ!!」
勿論、二番隊リーダーもないがしろにはしない。彼も貴重な手駒候補。
ラフコフの活動目標「聖龍連合の乗っ取り」には不可欠な駒だ。故に、徹底的に接待する。ここに来た時点でもう、彼らに逃げ場はない。
◆◆◆
ALS残党のリーダー、キバオウは既にどっぷりとこの沼に沈んでいる。彼に対しては接待ではなく、ロザリア等の低価格帯備品をぼったくり価格で使用させて中抜き資金を回収しているところだ。
カラードとのキメは、「MTDの
聖龍連合ともども切り崩しは順調。ラフコフは50層の旗揚げ以来、カラードの想定すら超えるスピードで急激に、その勢力を拡大していた。
現在、有力とされる下部組織は4つ。
始まりの街の街娼を統制する「タリスマン」。
聖龍連合に属し、中層の監視・勧誘・接待の仲介を行う「サンダース組」。
アインクラッド全域で表向きはプレイヤーメイド商品の販売代行を、裏では盗品売買と高品質装備の横流し、資金洗浄などを行う「ロンゲン商会」。
用心棒として本部が対処するまでもない荒事を片付け、脅迫・強盗・殺し・抗争など、いわば鉄砲玉としての仕事を片付けている「タイタンズハンド」。
それぞれのトップ四人と、モルテ、ジョニー・ブラック、ザザの古参幹部で幹部会を組織。その上にPoHが君臨し、計8人で意思決定を行っている。
彼らの勢力は、最早第四の三大勢力と呼んで差し支えないほどに拡大していた。
――以前、それまでの快楽殺人組織から変貌しつつあることをザザが指摘したことがある。
PoHは面白そうに、あっさりとそれを認めると、こう言い放った。
「『支配』や『悪巧み』にも『殺し』とはまた違う愉しみ方ってモンがある。
決別の日は、まだ遠い。彼らの目指すものは同じだ。
だがその日は、予定された未来として既に存在していた。