ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
日の出前の真っ暗な平原に、エフェクトの輝きが明滅する。
一つの輝きにつききっちり一回、なにものかが爆散したように――多くは実際に爆発して――キラキラとしたポリゴン片を飛び散らせ、そして残光が無くなった頃、また新たなエフェクトが舞う。
規則的に剣を振る男と、どこからか湧いて出ては切り倒されるサソリ型のモンスター≪グリーン・デビル≫。男が言葉を発することはなく、その場には剣戟の音と悲鳴のような鳴き声だけが轟いていた。
そんな光景が数十回、数百回、何時間と規則的に続く。コートの裾を翻し、さながら機械のように剣を振り続ける男は、感情の抜け落ちたような顔で寸分たがわぬ精密さの
初撃の尻尾を左にパリィ。
勢いを活かした≪ヴォーパル・ストライク≫で尻尾を切断。
するとサソリがしばらく動きを止める。この時間が≪ヴォーパル・ストライク≫の硬直より長いため、次弾≪ホリゾンタル・スクエア≫に余裕をもって繋がる。
後は4連撃を3発以上当てれば撃破できる。クリティカルが入れば2発だ。
そうやって、今日何百匹目になるかわからない≪グリーン・デビル≫が爆散すると、夕方ごろには周囲にうじゃうじゃいたサソリたちがついに一匹もいなくなった。単独で倒し尽くしたのである。
突如、電子音とポップアップ画面が男の視界に現れる。今の一匹でレベルアップしたようだ。
レベル78。最前線が62層で、概ね層+10レベルあれば攻略組でやっていけると言われている。この数字は、彼がアインクラッドで最高峰の使い手であることを示していた。
「フー……」
久し振りに口を開き、息と共に緊張と殺気を吐き出す。それで張り詰めていた空気は多少弛緩した。
≪グリーン・デビル≫は数日に一度、この平原にまとめて1000体以上ポップする危険なモンスターだ。逆に言えば、今倒し尽くしたので向こう数日は何も出てこないということ。彼が警戒を解いたのは、それが分かっているからだ。
手癖で片手剣≪リィンフォースド・オブシディアン・ブレードⅢ+25≫――長いのと、最前線で数多く流通するプレイヤーメイド品であることから「
「ヒュー、かーっこいぃ!」
するとタイミングを見計らったように、黒コートの男の背後から冷やかすような声がした。男は「面倒くさいのが来やがった」という渋い顔を隠そうともせず、声のした方を向き直る。
「はろはろ~、励んでいるかね、若人よ~」
浮ついた口調でヒラヒラとおざなりに手を振っているのは、男にとって仮の同僚に当たる人物――ピトフーイだった。
そう、彼はキリトではない。カラードによって復讐者に仕立て上げられた、元血盟騎士団二軍・ノーチラスだ。
「見ればわかるだろ。レベル上げが終わった所だ」
ぶっきらぼうに答えるノーチラス。今の組織に身を置くに当たり彼女に散々煽り散らされた彼にとって、眼の前の
はた目には女子小学生くらいの年頃にしか見えないピトフーイだが、実はノーチラスより年は上。破天荒さと破綻度合いでは、さらに大きく上回っている。
「大変結構、順調に強くなってるみたいねぇ」
「で、何の用だ」
「えぇ~ちょっとくらい話に付き合いなよぉ!」
露骨に避けているノーチラスの態度にSっ気をくすぐられているのか、ピトフーイは定期的に様子見という名目で、彼の元を訪れるのが通例となっていた。
さながら横暴な姉と振り回される弟。そういう関係性の彼らであったが――
「そんなんじゃモテないぞー?
――このレベルの爆弾発言は、過去にないものだった。
「ッ!?」
「あ、やっぱこれ本名なんだ。おめでとー鋭二クン、
「なんでお前が」
知ってるんだ、と食って掛かろうとして、「お眼鏡にかなった」という発言の意味が脳に染み込み、踏みとどまった。
「そういう物わかりのいい所嫌いじゃないよぉ」
振り上げた拳のおろし所を見失っているノーチラスを、ニヤニヤと眺めているピトフーイ。しかし彼女も心得たもので、本格的に怒りだすより早く真面目な雰囲気を作って姿勢を正した。
「名前を変えろ、ノーチラス」
だが、続く発言をしたのはピトフーイではなかった。
「……カラード」
ノーチラスの背後から現れた大男は、隠密スキルの類を持っていないにもかかわらずその存在を気づかせなかった。
「生きてた頃のユナちゃんから聞き出してたんだってさ! 本当どこまで見えてんのかなご主人サマは?」
したり顔でネタばらししながら、カラードに駆け寄ってわざとらしく体を密着させる。
ピッチリしたボディースーツで行われるなまめかしい動きは、彼女が幼児体型なのもあって見る者に妖艶さと幼さを同時に与え背徳感をもたらす。
ノーチラスが不快げに顔をしかめる。思春期特有の潔癖さだ。
「……本題に戻るぞ」
「きひ……はぁい♡」
鬱陶しいのはカラードも同じだったらしく、最近ピトフーイが付け始めた
どうやら、首輪を触られながら言われたことには従う、という取り決めになっているようだ。
およそ50センチの身長差と、ピトフーイの挑発的でありながら期待に蕩けた顔。彼らの上下関係を表す一幕であろう。アレックスが大型犬なら、こちらはチワワやポメラニアンの類だ。
「ノーチラス。復讐の時には別の名前を名乗れ」
「そういうことか」
気を取り直してのカラードの一言で、ノーチラスは彼が言わんとしている所が理解できた。
「"俺は、ユナをむざむざ死なせた臆病者のノーチラスじゃない"。そういうことだろう」
「FNCは臆病とは異なるが……まあ、大意では間違っていない。復讐者の自分を作れということだ」
「それで、鋭二か」
「そうだ」
"血盟騎士団のノーチラス"から、"復讐者のエイジ"へ。
別人の仮面を被り、「今非道を働いているのは○○であって自分ではない」というロジックにより意識改革を試みるのは、犯罪組織から軍隊まで、特に人殺しを伴う業種では広く行われているテクニックだ。
ただこれは、例えば所属する組織名であったり、信仰するものの代理人という概念であったり、「自分」という個人を保護するために行うものだ。
リアルの本名と繋げさせるのは、全くの逆効果――この場合は、アバターネームを放棄してアインクラッドとリアルを直結させる行為に他ならない。
「いいだろう」
しかし
自分の名に懸けて復讐を完遂するという決意表明だったかもしれない。本名をアバターネームにしていたユナの弔い合戦に相応しいと考えたからかもしれない。
いずれにしても。
エイジが止まれなくなったのは、このタイミングだっただろう。
「さて、
「何をする気だ?」
この場にピトフーイが居る時点で、ロクなことではないに違いない。エイジはそう予想して怪訝そうな顔を向ける。
「ヒントをやる。ピトフーイ」
「はーい!」
その予想はある程度当たっていた。
背中に手をかけたピトフーイを見た瞬間、自分も咄嗟に剣を抜き、構えを取ろうとして――
「~♪」
取り出されたマイクに思わず動きが止まる。それはいきなり歌い出したことへの困惑が最初で、二拍目からはプロ級の歌唱力に圧倒されてのものだった。
エイジは知らないが、彼女は実際にシンガーソングライターとしてデビューを果たしている本職であるから、当然と言えば当然だ。
曲調は彼女の声質に合って力強く、そして勇ましく強敵に挑んでゆく歌詞。
「――どう? 集団戦用ってことで作曲してみたんだけど、中々ピッタリじゃない? 何かいい感じのエコーまでかかってくれるし」
それだけなら、彼女のいつもの奇行だった。
ワンフレーズが終わった時、ノーチラスのHPバーに異変が生じる。
ダメージを受けたわけではない。バーの端にアイコンがいくつも追加されたのだ。能力値向上、いわゆるバフ効果。
それはエイジも、いやエイジだからこそよく知るもの。
歌による範囲バフ。
それを可能とするスキルの名は――
「……
「せいか~い♪」
そう、ピトフーイはついに、それまでユナ以外にほぼ使い手の存在していなかった≪吟唱≫スキルの獲得に成功していたのである。
「俺にも問題なく効果が発動している。半径20メートル内のプレイヤー全員、という括りで間違いなさそうだ」
いつの間にか少し離れた位置にいたカラードが、そう言いながら戻ってくる。
「何のつもりだ……!!」
それは、エイジにとって彼女だけのスキル。思い出の侮辱。
怒りで
「"吟唱"の取得条件には、どうやら容姿と歌唱力に関するものが含まれるらしい」
「そんなことは聞いて――」
吼えるエイジは次の瞬間、両脚の感覚を失った。少し遅れて、全身に力が入らなくなる。
「が、あ……っ!?」
ピトフーイのスローイングダガーと、それに含まれる麻痺効果。
「黙って聞け。つまり一般にユニークスキルと思われているエクストラスキルも、条件を満たせば後からの取得は可能ということだ。そしてもう一点――」
――
エイジはユナの死を経験するまで、年相応に純粋な少年だった。だが今は全てに対して斜に構え、目の前の事柄とは別で、冷笑的に場を見ている自分がいるのを自覚していた。
そういう状況だったから、彼は激昂しながらもカラードが言おうとしていることに見当がついた。
「アインクラッド内に、同時に一人しか使い手が存在しないように設定されているスキルがある」
ヒントは渡した。好きに使え。
そんな言葉を残して、二人はエイジを置き去りにどこかへ歩き去る。
「…………殺す」
エイジの捨て台詞は、誰に対してのものだったか。
少なくとも、カラードはそれに「期待している」と答えた。
◆◆◆
「次はこいつらだ。上手くやれ」
エイジに新たな燃料を投下した帰り道。二人は何事もなかったかのように次の
「はいはい♪ まぁ面白いもの見れたし、代金代わりって感じねぇ」
そう答えたピトフーイだが、"仕事"自体への忌避感はない。むしろ楽しんでいる節すらあった。
彼女に任された仕事は、ズバリ殺し。それも諸事情でラフコフに任せるのが難しいと判断されるものだ。
今回は中層の、黄金林檎というギルドの残党がターゲットに指定されている。
「なるほどなるほどー……察するに証拠隠滅って感じ?」
ピトフーイはこの手の殺し屋としては珍しく、仕事の裏事情を根掘り葉掘り聞き出そうとする。プロ意識がどうこうではなく、趣味で殺しをやっているが故の興味からだ。
そして彼女は、このギルドが以前、超レアアイテムの指輪を偶然手に入れたばかりに、その取り合いで人死にを出す内輪揉めを起こしたと聞いていた。
しかもその指輪は、ラフコフとカラードを経由して今アレックスの指に嵌っている。その一件について、カラードが口封じを試みていると考えたのだ。
「まあ、似たようなものだ。そいつらは現在、ギルドから脱退したシュミットという男の暗殺を企んでいる。それを阻止するために、先に消しておこうという訳だ」
カラードも隠す必要性を感じなかったのか、ある程度正確な情報を教える。
"シュミットという男"の一言で、ピトフーイは彼が聖龍連合のタンク隊のリーダーであり、急激にレベルを上げて入団を果たしたものの資金の出所が不透明で疑惑の目を向けられていたな、と正確に思い出していた。
同時に「そんな裏があったのか」と目の前の大男への畏怖度合いを少し高めた。
彼女はこと裏社会の事情においては、アルゴと同等か少し劣る程度の情報網を持っているのである。
「おっとぉ、なんか面白そうなことになってるじゃない! 詳しく教えて!」
あるいは、ピトフーイが興味を示しそうだと分かっていたからそうしたのかもしれない。
汚れ仕事に便利な駒を手に入れたことで、カラードの行動力は飛躍的に向上していた。
ある意味無邪気で、それ故残酷な彼女を適当にあしらいながら、カラードは脳裏でシュミットを呼び出してからの算段を付けていた。
まただよ(三分割)
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