ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR)   作:TE勢残党

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過去最高に遅くなったので初投稿です。
本当に申し訳ない。


20/n おま○け(後編)

 聖龍連合内には、後から最前線に合流した中層ギルドの元メンバーがそこそこいる。だが、彼らは何故か死亡率が高かった。

 

 理由は2つ、過労と驕りだと推測される。

 

 中層から這い上がる時は、とにかくレベリングの量に物を言わせるのが正攻法とされる。効率のいい稼ぎ方はすでに攻略組が開発した後だからだ。

 

 後はそれに沿ってひたすら繰り返せば比較的安全にレベルは上がるし、自ずと金も貯まって装備も整う。人より前に出るリスクを取れる胆力と、何より根気に優れた者たちが最前線に合流する。

 

 だが彼らはルーチンワークを誰よりこなす「努力」を積み上げてはいるが、初見の敵を相手にする時求められるアドリブ力や戦闘センス、つまり「才能」が備わっているかまではわからない。

 

 その状態で最前線へ行き、「いつも通りの」超ハードなレベリングと平行して攻略を進める。勤勉さが仇になって疲労が蓄積し、タチの悪い敵に遭遇したときほんの少し判断が鈍る。

 

 攻略組の視点から見れば問題ない程度でも、成りたての者たちからすると致命傷。それに「攻略組」というゴールにたどり着いたという増長が重なった時、彼らの数は1人減り、数人がそれを見て辞める。

 

 何ということはない、「○○までの人」と「○○からの人」、使い古された説話の正体だ。

 

 とは言え、これはアルゴの情報力とカラードの分析力が合わさって初めて見えてくることだ。カラードに教える気がない以上、前線で戦っている面々からは良くてジンクス扱い、悪ければ「やっぱり下からの奴はダメだな」という偏見のもとでしかない。

 

 しかし彼らは勤勉だ。その"洗礼"を乗り越え生き残った者は、攻略組の中でも瞬く間に出世して行き、「後発組」という陰口は「叩き上げ」という称賛にひっくり返る。

 

 聖龍連合3番隊、いわゆるタンクを集めた部隊を取りまとめているシュミットは、まさにそういう「出世組」の典型例だった。

 

 今でこそトッププレイヤーたるシュミットだが、彼が元いた中層ギルドを脱退して聖龍連合に加入したのが昨年の4月終わりのこと。今から11ヶ月ほど前だ。

 

 シュミットは入会当時、装備こそ一流だったが実力の方はギリギリ及第点と言った所。どうやって装備を揃えたのか、それなりに怪しまれもした。

 

 それでも彼は悪評をものともせず、メキメキと実力を付けていった。「自分がどれくらい無理をしたらダメになるか」を体育会系だったシュミットは知っていたし、新入りとして組織に馴染む能力も高く、すぐに先輩から可愛がられるようになった。

 

 聖龍連合の1軍は、暴走族みたいな名前に反して攻略組で最も福利厚生が手厚い。自分たちの稼ぎに加えて、2軍や下部組織に回した仕事の上前をはねているからだ。

 

 すぐに金回りも良くなり、集金のために下層に降りれば畏怖と尊敬を集め、女性プレイヤーがワッと押し掛け、しかも彼は謙虚だったのでなおのこと人気を集める。

 

 この半年間は、彼のSAO生活で最も充実した日々だっただろう。だがそれは昨日までの話だ。

 

 シュミットは今、第一層「始まりの街」のとある料亭に繋がる道を、処刑台にでも登るかのような足取りで歩いていた。

 

 発端はつい数時間前の攻略会議。「たまたま情報網に引っ掛かった」と耳打ちしてきたカラードの言を受け、続く言葉にシュミットは心臓を直接掴まれたような衝撃を受ける。

 

「旧黄金林檎のメンバーが死んだらしい」

 

 会議の終わった後(つまりついさっき)自ら第一層は黒鉄宮の生命の碑を訪れてみれば、古巣のギルメン達の名前にはことごとく横線が引いてあった。

 

 自分以外では唯一生き残っているらしきヨルコに連絡を取ろうとしたら音信不通。大事にならない範囲で手を尽くしてみたが、分かったのは安全エリア圏外に何日も出っぱなしだということくらい。異常事態だ。

 

『詳しい話は場所を移そう。この店に来てくれ』

 

 カラードは何故、一旦仕切り直したのか。普通に考えたら心の整理をする時間を与えるためだろう。

 

(なぜ今さら! 1年近くも前の事じゃないか……なぜ今になって……!!)

 

 だが()()()()のあるシュミットにとっては逆だ。時間が経つほど、確認を取るほどに彼の精神は追い込まれていく。

 

 彼にあと出来るのは、当時彼が行った悪事――攻略組に入るためにやったこと――が、まだバレていないのを祈ることだけだ。

 

 そうしている間にも足は進み、シュミットは指定された店の前に到着する。何かと迷いやすい始まりの街の中でもかなり入り組んだところにあるその店は、欧州然としている街の雰囲気にはまるでそぐわない、武家屋敷のような外観をしていた。

 

 オフでも全身鎧を脱がない彼は、ガシャガシャと金属音を立てながら細長い道を通り、入口の引き戸をくぐる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ウェイトレス(和装なので、女将と呼んだ方が相応しいかもしれない)が出迎え、名乗るとすぐに「お連れ様がお待ちです」と先導を始める。どうやら今は、呼び出し主――カラードの貸し切りになっているようだった。

 

 そこは何というか、「高級料亭」を絵に描いたような場所だった。板張りの長い縁側を通る間、視界の片側は日本庭園らしき景色を常に映し出している。シュミット自身こういう店に入ったことがないので詳しくは分からないが、あの斜めに切った竹に水が流れ込んでいるオブジェはドラマか何かで見たことがある。

 

(凄いな……)

 

 正直言って、一瞬だけ心配事を忘れる程度には感心した。自分たちがさっさと出て行った「始まりの街」に、まさかこんな店があったとは。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 そんな場所に鎧姿で来たことを少し後悔していると、不意に先導していた店員が襖に区切られた一室を指す。

 

「よく来てくれたな」

 

 室内によく見知った大柄な男を見つけて、シュミットの現実逃避は強制的に中断された。

 

 高級感あふれる和室。ローテーブルには上品に盛り付けられた天ぷらと小さな鍋、煮物など5、6品ばかりの料理と徳利が広げられている。

 

 何とか座ったシュミットの対面に陣取るカラードは、いつもの鎧姿ではなく軍服に似たMTDのギルドユニホーム姿だ。役職を示す勲章も本物の略綬に似た形をとっているため、ニュース等でたまに見る軍部の偉い人を連想させる。

 

 木製の座椅子に堂々と胡坐をかくカラードの態度から、こういう場に慣れていることがうかがえる。ただ「気品がある」と言うより「貫禄のある」佇まいで、「客人を出迎える有力者」と言うよりは……「自分の影響力を誇示するやくざ者」に見えた。

 

「……この店の料理は、全てプレイヤーが作ったものだ」

 

 カラードの発言は本題と外れたものだったが、しかしシュミットを驚かせるに十分なものだった。

 

「というか、この店自体『独立商工組合』の会員が保有している物件だ。デザインも人力だし、ここまで案内していた女性も()()だぞ」

「なっ!?」

 

 独立商工組合とは、つまるところMTDの庇護を受けられなかった商工業者による寄り合い所帯である。後発で鍛冶などを始めた者、MTDに売り込むには練度が半端な者、マイナーなスキル構成の者などが占め、いわば職人界の中層プレイヤー層。

 

 あえて一つのギルドに纏まらず、会員それぞれが小規模ギルドを立ち上げることで「店舗(ギルドホーム)」の保有を可能とし、数人から十人程度の小さなグループで商売・流通を担う小規模事業者の集まり……ということになっている。実際にはロンゲン商会の下請けであるが、建前は大事だ。

 

 正直、前線に出ずっぱりのシュミットにとっては馴染みの薄い組織であった。だが彼が何より驚いたのは、この「料亭」というコンテンツの完成度だ。

 

 料理スキルを高いレベルで修めた人材を用意し、土地を買って内装一つからフルカスタマイズした物件を建て、人を雇って接客術を叩き込みようやく客を呼べる。

 

 理論上、全て人力で賄うことは確かに可能だろう。だがそれをNPCレストランと明確に差別化できるクオリティまで仕上げるのに、一体どれだけの手間と金がかかったのか。何故わざわざそんなことを。

 

「幸い"人間が接客してくれる"という行為自体に価値を見出す客が多く、経営は順調だそうだ。こちらとしても、金と口を出した甲斐がある」

 

 それが自慢話だということはすぐ理解できた。サービスを提供しているのは独立商工組合の名義でも、裏で糸を引いたのはカラードだったのだろう。

 

「残念ながらコスト的に超高級店にならざるを得ないが、多少でも非戦闘員に()()()が出来るというのは歓迎すべきだろうな」

 

 そして、続く言葉を受け脳裏にひらめくものがあった。大学時代、就活セミナーか何かで小耳に挟んだ言葉、価値創造。あるいは"楽単"だからと潜りに行った経済学の講義で出てきた用語、トリクルダウン。

 

 延々と下に連なる大きな流れ――一般人から見て"流行"であったり"常識"であったりする――の源流は俺がゼロから作ったんだぞと、意識の高い企業が回りくどく誇って話す、独特のお高く留まった感じ。

 

 何かそういう、一般人の感覚では理解しがたい巨大なプロジェクトが動いていて、この店はその"流れ"の一番上流なんじゃないのか。

 

 文武両道を自負していたシュミットは、なまじ理解できてしまった「料亭」の()()()に圧倒された。

 

 仮にシュミットが全力で自慢をするとして、持ち出すネタは実力の高さか、せいぜい聖龍連合本部の大きさとかだったんじゃないか。「攻略組幹部」として肩書き上大して変わらない身分なはずのカラードと、何か大きな差があるように感じられた。

 

 彼はこの部屋に入ってからほぼ何も発言出来ていない。完全にカラードのペースだ。

 

「さて、話が長くなった。()()の古巣の件だが」

 

 ここでカラードは、明らかに表情の引きつったシュミットを尻目に突然本題に入る。彼の狙いは初めから、威圧して揺さぶった所に鋭い一撃を入れることだったからだ。

 

 顔を青くするシュミットに状況を認識させるため一拍置くと、

 

「俺の調べた限りでは、ギルド黄金林檎は過去、22層で入手したレアアイテムの処遇を巡って死人を出す諍いを起こしており――被害者たちは直近になって、その件に対し復讐を計画していたようだ」

 

 トドメとばかりに爆弾を投下した。

 

「お、前……そこまで分かって……」

 

 最早彼に取り繕う余裕はなく。

 

「シュミット。お前が聖龍連合に加入したのはこの"諍い"の直後だな。ギルドの連中に話を聞いてみたが、入団当時は妙に豪勢な装備だったと」

「や、止めろ! やめてくれ! 俺はなにも、死人まで出す気はなかったんだ!!」

 

 彼が犯行を自供したのも、ある意味で当然の成り行きだったろう。

 

「……と言うと?」

 

 わざとらしく問いかけるカラードの様子など、気に留める余力は残っていなかった。

 

「俺はただ、グリムロックの指示に従っただけだ!」

 

 ――レアな指輪を偶然手に入れ、その処遇で揉めに揉めた時、彼は指輪の売却に反対し、ギルドで利用したいという立場に立った。敏捷力+20という絶大な効果を――あわよくば自分が――使えれば、一足飛びに攻略組入りが現実味を帯びて来るからだ。

 

 意外かもしれないが、シュミットはひたすら"安全"を求めている。彼ほど死を恐れる攻略組もそうはいない。

 

 最初こそ始まりの街に引きこもっていた彼だがある日、そもそも「圏内は安全」というルールもまた、茅場によって与えられたものに過ぎないと気づく。

 

 茅場は初日、登ってこいと言ったのだ。スポーツマンだったシュミットは、主催者にとって不本意な戦法がはびこった時ルールがどうなるかよく知っていた。

 

 だからがむしゃらに登ってきたのだ。防御を固め、過剰なほど安全マージンを取り、不足する効率は労働時間で補い、死亡率の低いタンクになった。

 

「ストレージを開いたら、いつの間にか回廊結晶とメモが入ってて、この結晶をグリセルダが泊まる予定の部屋に登録しておけって! 俺は、俺はただ、寝静まった所でこっそり指輪を盗むんだとばかり!」

 

 もっと強くならねば、もっと上にいかねば、安心できる日は訪れない。中層で燻っている訳にはいかない。そんな焦りが、あの日シュミットの判断を誤らせた。

 

 結果的にシュミットは、この翌日大金を手に入れる。当初の約束通り、指輪の売却額の1/4だ。コツコツ貯めていた貯金と合わせて、最前線で通用する装備品を丸ごと揃えるだけの金になった。

 

 後はギルメンにバレないようにそれとなくギルドを脱退し、ほとぼりが冷めた頃を見計らって聖龍連合に入り直す手筈。

 

 だが、グリムロック――黄金林檎ギルドマスターの夫は、彼が思っているよりよほど悪辣だった。

 

「グリセルダが死んだと聞かされて、俺は何も言えなくなった! だってそうだろ!? レッドプレイヤーが背後にいるとなりゃ俺だって捕まる! いや捕まるんならいい! 2層のネズハみたく処刑されないって保証がどこにある!」

 

 アインクラッドで最初に起こった"処刑"は、最前線組だけに留まらず広く知れ渡っている。

 

「……後は知っての通りだよ」

 

 彼は負い目を抱えたまま聖龍連合に入団し、そのことがかえって「慢心しない」「謙虚でいる」ことを彼に強制した。あれよあれよと出世した彼は、今や聖龍連合のタンクを総括するポジションにいる。

 

 彼は間違いなく、プレイヤーとしては優秀であった。

 

「…………なあ、俺をどうする気だ?」

 

 シュミットは一通り吐き出し終えると、頭を抱え、絞り出すように言った。

 

 返答は、あまりにも意外。

 

 

()()()()()()

 

 

「…………は?」

 

「どうもしないさ。そもそもお前をここに呼んだのは、そういう()()()()()()()で、優秀な攻略組の戦力が失われることを危惧したからだ」

 

 今度は、カラードのターンだ。

 

「お前は優秀だシュミット。起源がどうあれ、お前はただでさえ貴重なタンクの、それも初見の戦闘において重要な慎重さと統率力を併せ持っている。恥ずかしい話だが、現在の攻略組にはお前の代わりが務まる人材がいないんだ」

 

「は。何、を」

 

 展開に頭が追い付かない。

 

 だが目を白黒させるシュミットに構わず、ことばを続ける。

 

「低層ギルドのいざこざが、攻略組に悪影響を及ぼすことなどあってはならない」

 

 そこに含まれる二つの意味を、シュミットは正確に読み取ってしまった。

 

 これは二択だ。

 

 攻略組である自分は、低層ギルド「黄金林檎」と無関係でなければならない。

 

 黄金林檎の一員である自分は、攻略組にいるべきではない。そして、黄金林檎残党になることを選んだ自分には――「いざこざの続き」が待っている。

 

「今回、低層のギルドに()()()()()があったようだが。まさかお前は()()()()()()()()()だろ?」

 

「――!!」

 

 怪しまれているとか、そんな次元ではなかった。

 

 カラードは自分が殺しに関与したとかしてないとかではなく、黄金林檎所属だったという過去を「なかったことにする」ために自分をここへ呼んだのだ。シュミットが負い目から、自分の過去を誰にも話していなかったことを知った上で。

 

 シュミットは確信した。

 

「格が違う」という言葉は、今この差を表すために使うのだ。




おまけのおまけ:現在公開可能な情報

・ロンゲン商会
 アインクラッド第二位の規模を誇る大規模商工ギルド。構成員数約60名。

 主にプレイヤーメイド商品の販売仲介やレアアイテムの流通など手広く行っているが、最も大きな収入源は独立商工組合と顧客との仲介業(という名のピンハネ)。独立商工組合はその資金の出所や依頼の管理をほぼロンゲン商会に握られており、事実上の下請け企業として機能している。

 ギルド名の通りロンゲンという人物がトップに立っているが、彼女はラフィン・コフィンの直参であり、ロンゲン商会はいわばラフコフの企業舎弟(≒フロント企業)である。当然、その下請けである組合もまた然り。

 だが、ラフコフの締め付けが強いロンゲン商会本体と違い、組合は作中のようにカラードが資金を投入してある程度動きを操作している節がある。水面下ではすでに、彼らの利権の食い合いが始まっているのだ。

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