ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
なお今話には、MMOトゥデイの組織、役職に関する複雑な話題が含まれます。下図を参考にしてご覧ください。
本図は52層当時のものの再掲ですが、74層現在もMTDの組織に大きな変更はありません。
【挿絵表示】
攻略ギルド「MMOトゥデイ」は、"議席数"*1は18と三大ギルド最小ながらも、メンバーの数ではアインクラッド最多を誇る巨大組織である。
構成員数2000という数字は(その過半が炊き出しを貰うだけの者達なのを考慮しても)現実の一部上場企業にも引けを取らないものであり、その巨体を運営するため内部は高度に組織化されている。
そのため、MTDの一軍クラスには「戦闘専門の者」と「幹部としての業務と並行している者」が併存する。
アレックスやジマやリーテンなど、若すぎたり本人が希望しなかったり、もしくは向いていない者*2は前者。カラードやユリエール、ユウママのように、事務仕事とレベリングを並行できる者が後者だ。
1人も文官を抱えず団員皆兵を地で行く血盟騎士団ほどではないにしろ、MTDの面々もまた忙しい日々を送っている。
「ここも随分賑やかになったわね」
「ええ。カラードさんのお力です」
第62層主街区。円形の転移門広場を南北に貫くように通った目抜き通りを、リズベットとユリエールが連れ立って歩く。
多くの人々が行き交い、その大半は一目でわかる程度に高性能な装備に身を包んでいる。MTD幹部であるリズベット達はもちろん、他の三大ギルドの制式装備で訪れている者も少なくない。
道の両サイドは石造りの建物が続いており、等間隔で職人や商人たちが顔を出している。カウンターの内側は思い思いの内装が覗いており、活気にあふれた通りはさながら商店街といった趣だ。
巨大な建物をMTDが買い上げ、それを部屋ごとで区切ってテナント化し、商人プレイヤー達に貸し出しているのである。
「リズベットさん、お疲れ様です!」
「良かったらホットドッグいかがですか! 幸運のバフ付きますよ!」
「あはは、ありがとー! 今度頂くわ!!」
店員たちの大半からすれば、リズベットは年下の上司であり、自分達職工プレイヤーの象徴であり、MTDの幹部。それが通りかかってこの反応であることが、彼女の人望と、広告塔という仕事の出来栄えを端的に表しているだろう。
装備品から普段着用の衣服、料理、雑貨に至るまで商品は様々だが、どれもこれもアインクラッド最高峰の品質と、それ相応の値段を誇ることは一致している。
店員たちの大部分は、MTDの抱えている職人や商人たち。一部ギルド外の者もいるが、「お友達価格」ではないテナント料はかなりの額になる。
MTD内の高い倍率を突破して出店権を勝ち取るか、高いテナント料を払い続けられる程度の売上を出すか。どちらにせよ、62層、MTD本拠地のお膝元という場所に相応しい商品を扱う者のみが生き残る仕組みであった。
「ふふ、愛されていますね」
「ちょっとくすぐったいけど……流石に慣れたわ」
おらが村のアイドル感が出てしまっているリズべットがおかしかったのか、銀色のポニーテールを揺らしてクスクス笑うユリエール。低層時代の鋼のような印象とは違って、近頃は柔らかくなった、よく笑うようになったと評判だ。
彼女等の歩みはついに転移門の前まで達し、開けた広場では至る所に露店が出ているのが確認できる。
上から見ると、ちょうどモンスターボールの線がはみ出したようなシルエット。彼女たちが歩いて来た道と転移門広場をぐるりと囲むように存在する巨大な建物こそが、今のMTD総本部だ。
4階建てで横に広い作り。複雑に交差する空中回廊と吹き抜けを多用した解放感のある設計、そして内部の暖色系の空気感は、どことなく海外のショッピングモールを彷彿とさせる。
実際、転移門広場の外周、いわゆる一等地にはギルド所属の職人プレイヤー集団"エッジウォーカー"が十数軒から店や工房を構え、負けじと広場にはロンゲン商会や独立商工組合の者達が露店を出している。
本部内に間借りしているロンゲン商会のオークションハウス――最前線でドロップしたアイテムを競売に掛ける――も合わせて、一大バザールを作り上げていた。
本拠地内部は1Fまでは広く開放されており、訪れた者達を大きな食堂とプレイヤーメイド品が出迎える。
その上階にはオフィス、さらに上は官舎。それらを含めて、「62層転移門前」の区画は現在、上層のプレイヤーが最も多く集まる経済の中心地となっている。
同じ三大ギルドでも、55層の血盟騎士団本部、および56層の聖龍連合本部はそれぞれ「城」や「要塞」の雰囲気を醸し出している(あるいは、大枚はたいて購入した軍事拠点そのもの)のに対して、MTDのそれはいわば大企業の本社。全く毛色が異なるのだ。
そんな商業区画を抜けて階段を上がると、ギルドメンバーの中でも一部、最前線組のロールを持つ者だけが開けられる設定の扉が出迎える。
それを開けると、その先には現実世界さながらのオフィスが広がっている。ファンタジーからいきなり現実に戻されるようだと一部からは不評だが、「この舞台裏感がなんかいいッスね!!」とジマを始めとする一部の層からは何故か好評を得ていた。
「あ、おはよーございます」
「おはようございます。ユウママはいますか?」
「お、ユリエールさん! 何か御用?」
たまたま事務所に来ていたジマが、二人の姿を認め挨拶してきた。ユリエールの呼び出しに答えて、ユウママもウェーブのかかったオレンジの髪を揺らしてひょっこり現れる。
文官たち以外でも、空き時間は本部のオフィスに詰めるか屋上で鍛錬するかが戦闘員の日常なので、本部を訪ねれば大抵の人員には会うことができる。
「ユウママ、頼んでいた資料は仕上がりましたか?」
「バッチリ。1年もやってるとoffice使えないのにも慣れっこねえ」
コンソールを操作して、出来上がったテキストデータを渡すユウママ。メッセージに添付できるのでその気になれば"リモートワーク"も可能であるが、音声通話機能のないアインクラッドでは、会話したい内容がある時限界がある。
そのため、こうして直接資料をやりとりするのが主となっているのだ。
「……確認しました。テキストエディタだけでも意外と何とかなるものですね。ハンコを押せないのと、強制的にペーパーレスになるのがちょっとやりづらいですが」
「稟議書とかはどうしてもね。でも会社いた頃ほど真面目にはやらなくていいってカラードさんに言われてるし、多少雑になっちゃうのは必要経費かな」
ユウママの態度は金融業の人間*3にあるまじきものだが、いくらオフィスと仕事があると言ってもあくまでここはゲームの中。監査も何もない場所で、それなりにフォーマットの整った書類を用意して資産管理をしているだけ、彼女らはかなりマシな方と言えた。
「ええ。ですが今回はそうもいきませんよ」
「……うん。会議室取ってるから、そっちで説明するね」
ユウママはMTDの経理部長。コルや物資の流れを管理している金庫番である。
そしてユリエールはその上司。調達部門の代表として、内政全般を管理するポジションだ。ギルドマスターの副官として意見調整なども行っており、戦闘部門の全体指揮を執っているカラードと並んでMTDでもっとも働いている人間の一人だった。
今回リズベットを伴ってユウママを訪ねたのは、彼女に依頼していた資料の中身に理由がある。
「……なに、これ」
締め切った会議室の椅子に腰かけ、資料を読んだリズベットの第一声がこれだ。表情は引きつり、SAO特有のオーバーな感情表現が顔を青ざめさせている。
リズベットは生産・広報部門の代表としてカラード、ユリエール両名と同格の幹部と扱われているが、実務はほとんど部下のカタンに丸投げする形をとっていて、彼女自身は専ら鍛冶職人としての技能と広告塔としてのアイドル業に終始している。つまりこの手の書類仕事は専門外だ。
その"素人目"に見て、そこにあったのは明らかな異常事態。
「……下層支援の、実態です。ユウママの仕事は上がってきた報告をもとに予算を全体の会計に繰り入れて収支を計算することでしたので、これまで中身が確認されずに放置されていました」
異常な支出や収入があれば、ユウママのチェックで発見され指摘される。
一方で、"正常に支出されている予算の中身"について、彼女の知っていることはあまりに少なかったのだ。
なまじ体裁の整った報告書が上がってきていて、それにカラードが裁決を出していて、上位層の誰も寄り付かず、文章でしか動向を知らない第一層の出来事で。
何より、ユウママと同格の階級、下層への炊き出し等の事業を取りまとめる輜重部長の役職を与えられたキバオウの言ってきたことだから。
「カラードさんから指摘があって。1層に流れている予算の使途を秘密裏に調査した結果がこれ」
経緯を説明するユウママは、覇気がない所か今にも消えてしまいそうなほど消沈して見える。
調査報告の内容は惨憺たるものだ。
まともに機能していない炊き出し、まだ続いていることになっているのに全く行われた形跡がない低層プレイヤーの保護、装備等の援助、新たな職人候補の発掘。
それらで使われた筈だった予算は、下層を統治するMTD3軍……旧アインクラッド解放隊の懐に消えていた。
「……ねぇ。あたし読み間違ってるのかな。下層の女の子たちが、その、身体を売ってお金稼いでるって書いてるんだけど」
確認するような口調のリズベットだが、纏う怒気はその場で最も鋭いかも知れない。特に、引きこもり組出身で炊き出しに救われた経験のある彼女には、それを冒涜するような三軍の在り方が許せないのだ。
内政を管理する幹部たちが、「たまたま」キバオウ以外全員女性だったのも事態の発覚を遅らせた。
流石に女性幹部の前で商売女の話をするほどデリカシーのない男は、攻略組の内部に居なかったのである。
「いくらなんでも、これは……あまりにも……」
ユリエールは困惑が強く、あまりの惨状に信じ切れていない様子。
「私だって信じたくないわよ……」
顔を覆いながらユウママが漏らした声は、間違いなく素だっただろう。
「でもこれ、カラードさんが自力で調べて持ってきた内容が大部分を占めてるのよ……私は裏取りしたくらいで……」
ユウママの発言を最後に、場は重苦しい沈黙に包まれる。
それを打破したのは、これまた意外な人物であった。
「失礼するよ」
控えめなノックの後に入室してきたのは、MMOトゥデイの創設者にしてギルドマスター。シンカーその人であった。
「シンカー……! っ、これは、その」
一番に反応して表情を綻ばせたユリエールだったが、すぐに状況を思い出して長身を竦める。
「事情はカラード君から聞いてる。僕に出来ることは少ないが、最大限手を尽くすつもりだ」
覚悟を決めた様子で毅然と答えるシンカーに、幹部たちの雰囲気が少しだけ和らいだ。
ほとんどの実権をカラードに奪われているお飾りとは言え、トップはトップ。こう見えて60台後半程度のレベルは確保している彼が動くことで、出来ることは色々ある。
「さしあたって、カラード君からギリギリまで低層を調査したいと申し出があったんだ。僕は彼の代理……というか、本来の仕事として、次の攻略会議に出席することになる」
そもそも、今の攻略会議は各ギルドのトップが出席するのが慣例。カラードはあくまで戦闘部門トップで話が分かるから、シンカーの代理として出席していたにすぎない。すくなくとも、名目上は。
カラードは手勢を率いて低層の治安維持、シンカーは攻略ギルド代表として会議に参加。
すっかり立場が逆転しているが、1周して本来の形に戻ってきたと言えるその決定に、異を唱える者はその場にいなかった。
「その、シンカー。気を付けてくださいね」
唯一、ユリエールが控えめに彼を気遣う。
――MTDの女性メンバーは大抵1度はカラードに惹かれて、そしてすでに相手がいることや、彼があまりにも優秀で自分では釣り合わないだろうことを知り諦める。
何を隠そうユリエールは、そんなジンクスが適用された第一号である。
攻略最初期、カラードに鍛えられ何度か守られもしていた彼女は、どんな状況にも冷静に対処するカラードの有能さに憧れた。バレンタインデーにさり気なく高いチョコケーキをプレゼントしたりして、本人なりにアプローチをかけたこともある。
そしてカラードがアルゴを選んだのを見届けて、彼女はある種の納得と共に潔く身を引いた。
人知れず(ユウママを筆頭に結構な人数に察されていたが)失恋したことを紛らわすため職務に打ち込んだ彼女は、シンカーの副官として彼と一緒に行動することが多くなる。
それがおよそ1年前のことだ。その辺りの移り変わりが遅い方であるユリエールからしても、前のことに決着を付けて、ニコニコしながらシンカーの世話を焼くのが板につくのに十分な時間である。
「ありがとう。なあに、忙しく働いてるカラード君と違って会議に出るだけなんだ。引継ぎ資料も貰ってるし、これくらい直ぐだよ」
不安げなユリエールをあやすように、敢えて自慢げな口調で語るシンカー。普段は尻に敷かれ気味な彼だが、いざと言う時の芯の強さは何だかんだ言っても巨大ギルドの創設者に相応しい。
その様子に安心したユリエールは、務めて気丈にシンカーを送り出す。
――それが今生の別れになると知っていた者は、少なくともその場には居なかった。
攻略参加可能人数(議席数):96
36:聖龍連合(DDA) 構成員数:200
30:血盟騎士団(KoB) 構成員数:50
18:MMOトゥデイ(MTD) 構成員数:2000
06:風林火山 構成員数:6
06:無所属・その他
12:35追記:一部表現を加筆修正。