黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:リーグ後半

暁大カップ1日目第2戦目。暁大浦安 対 暁大相模

 

「いいか、今度は第3クォーターまで、丸々速攻禁止だ。」

 

試合開始直前に花宮が言った一言。それも良い笑顔で。陰湿なニヤニヤ顔で。

 

第1試合でのミス・課題を試合までの間で徹底的に追求されていた。

傍から見れば、懇切丁寧に教える面倒見の良いキャプテンに見える。しかし、当事者としては、ほとんど悪口。止まらないボキャブラリーはどこから生成されているのか。

試合中に、引率の一之瀬がカメラで撮影しており、自分達のプレーが記録に残っているのだから。言い訳が出来ない。

終わったと思えば、次の出番が回ってきており、精神的には全く休みなし。

 

 

 

「だから出すぎっつーんだよ、鳴海!」

 

相変わらず、花宮の檄が飛ぶ。マークに釣られてゴール下を離れていた鳴海に一喝。

仕方なく英雄がカバーリングに向かって、スペースを埋める。

 

「英雄!お前もマーク緩めてどーすんだ!!」

 

「大丈夫!あの人シュートレンジ狭いから、間に合うよ!」

 

英雄の本来のマッチアップのところにボールが回って、シュートに移行。すかさず鳴海がスイッチしブロックに跳ぶ。

 

「リバウンド!!」

 

ゴール下には英雄と灰崎。スクリーンアウトをきっちり行って、ポジションを楽に与えない。

 

「っしゃあ!」

 

灰崎がワンハンドリバウンドで奪い、相手がDFに戻ったところで花宮に落ち着いてボールを預けた。

こうしてDFでリズムを作っているのだが、時々連携でミスをする為、中々主導権を握れない。

ターンオーバーからの三線速攻を使えば、楽になるだろうがそれでは意味が無いのだ。

勢いに乗った時にしか上手く行かないものに価値はない。花宮の狙いはそういったところにある。

こういう場面でも高いパフォーマンスが出来るようになる事。プレーのイメージをしっかり持たせる事。花宮の狙いはそこにあるのだ。

全国クラスの高校との戦いでは、苦しい場面が多くなる。そんな時に役立つのは、それまでの経験・引き出し。

他のチームはソレを多く持った3年生が主力。本来、そうやって培う物なのだが、相模が勝ち上がるのに時間はない。

故に、花宮がやるべき事。それはつまり、1年達を徹底的に苦しませる事。

 

「あぁ?なんだそりゃ?もっと考えて動けよ。脳みそ付いてんのか。」

 

無意識に花宮のサドッ気が前面に出ているのが、厄介。実に厄介。

味方のはずが、モチベーションを下げに来ている。味方からのトラッシュトークを受けた事のある選手はいないだろう。

それを30分も受け続けなければならない。その代わりと言う訳ではないが、相手DFのプレッシャーがあまり苦にならなくなっていた。これは、花宮の意図ではないのだが。

 

「ん~ほいさ!」

 

灰崎のスクリーンから外に開いてボールを受けた英雄のドライブ。

これまでパス主体でのプレーが頭に染み付いていたDFを強引なシュートで決める。

相手Cの焦ったブロックが英雄の手を叩き、バスケットカウントを宣告された。

 

「いぇーい!褒めて褒めて~!」

 

「調子にのんな。今のは決めて当然だ。」

 

フリースローを難なく決めた英雄は、優しい言葉を期待したがあえ無く撃沈。

ちゃんと決めたはずなのに、荻原からドンマイと慰められる。

 

「鳴海、だんだん鈍くなってんぞ。集中しろ。」

 

「はぁ..はぁ...。」

 

考えながら走るという行動は、体力を消費しやすい。加えて、本日2戦目。疲労が徐々に膨れ上がっていき、パフォーマンスに影響し始める時間帯。

第3クォーター半ばともあれば、他のメンバーの汗の量も多大になっている。

 

「頑張れよ。」

 

ポンと鳴海の肩を叩き、軽く激励を送る灰崎。

 

「お前は余裕ありそうだから、ちゃんとフォローしろよ。失点の責任はお前になるけどな。」

 

「っげ」

 

超理不尽な連帯責任発動。偶に、花宮は言いたいだけなのではと思うこともある。

 

「てめーもだぞ英雄。フロント陣全員をとっちめてやる。」

 

「...ここ笑うとこ?」

 

何故か連帯責任に花宮が入っていない事に文句が言えない。

言い返したい想いもあるのだが、その後の展開を考えると恐怖で言えない。いつから恐怖政治になったのだろうか。

 

 

そんなやり取りをしながらも、第4クォーターからターンオーバー解禁し、三線速攻でトランジションゲームに持ち込み、そのまま押し切った。

 

暁大浦安 49ー67 暁大相模

 

総得点は下がったものの、失点を第1試合よりも抑える事に成功した。

 

「聞いてんのか!糞が!」

 

「結局怒られてるけど。」

 

「しかも、馬鹿から糞に格下げされてるし。」

 

試合が終わってから、他チームの観戦もせずにひたすら反省会に勤しんでいる相模の面々。

ミスをするとその場で罵声が飛ぶのに、こうして改めて質の高い罵声をする事に意味はあるのだろうか。

荻原がどうにも出来ない状況にため息が出て、英雄がドンドン酷くなっていく花宮の毒を逆に感心し始めた。

 

「てゆーか、秀徳見なくていいのかよ。この調子で行けば当るんだろ?」

 

灰崎が話題を変えるついでに、気になっている秀徳の様子を見たいと進言した。

 

「うるせぇ!今いいとこなんだから邪魔すんな!」

 

「いや、何?趣味に走ってんの?本格的に目覚めちゃったの?」

 

その内恍惚の表情になりそうな花宮に、呆れて突っ込む英雄。

冗談だろうが、そろそろ区切りをつけて欲しい。というか、冗談であって欲しい。

 

「今気が付いたんだけどさ。花宮さんが暴走したら誰が止めんの?」

 

「俺は嫌だな。後々根に持たれそうだ。」

 

荻原が、花宮に権力集中している事にやっと気が付いて、鳴海が本気で拒否。

 

「今日は疲れたし、帰り支度しとこうよ。俺らは通いなんだし。」

 

「そだな、明日見れば良いよ。この人説得出切ればだけど。」

 

花宮が本題から脱線させるパターンは珍しく、1年達で処理する。

残り2日間のどこかで見る機会があるだろうと考えて、本日に至っては無理せず休息を取る方針となった。

花宮も秀徳相手にスカウティング無しで挑む事はしないだろうし、焦る必要はない。

 

 

 

大会2日目。

初日同様にスローペースな試合展開をする相模。

少しずつかみ合い始めているが、まだまだ至らないところだらけ、本日も花宮は快調である。

 

「何見てんだ!目ん玉ついてんのか!」

 

それなりな疲労を抱えているはずなのに、不思議と花宮の口の悪さは変わらない。

 

「この人、テクニカルファウル取られないかな。」

 

「非公式だし、スルーだろ。」

 

IH予選ならまだしも、暁大カップの審判はそこまで厳しく見ていない。スレスレなのだが。

花宮も全体を把握しながら指示を出す事をしているので、疲れていないはずがない。それでも声を出し続けている事は凄いのだが、素直に感心出来ない。その内、審判に抗議してしまいそうな自分がいる。

結局のところ、相模メンバーのやる事は変わらない。実戦形式の練習が出来ない彼等にとって、実践経験の価値がどれほど高いのかは考えなくても分かる。

1つの試合を構成するワンプレーワンプレーを大切にし、自らの血肉になる様に、頭脳に、肉体に叩き込む。

 

「英雄がポスト入ったよ!」

 

ゴール下を鳴海一辺倒という訳にも行かない為、灰崎がインサイドに集中しだす。本来はランニングプレー主体の灰崎であるが、有効なプレーが可能である。

灰崎の得点が増えだすとマークが集まると、英雄とポジションチェンジを行って、今度は英雄のポストプレー。見事に鳴海への警戒が薄らいでいく。

 

「おーっと、ここで補照選手のぉ!」

 

シュートフェイクでDFの膝を釣り上げて、体勢が崩れた瞬間を狙いフィンガーロール。

決してインサイドが強いと言えない相模だが、そのままにする事も出来ない。鳴海の調子が悪くなる事もありえる現状、英雄や灰崎がどれだけ存在感を発揮できるかという事も大切である。

 

「すーばらしぃ!なんてシュートだぁ!」

 

「セルフで実況?切なくない?」

 

「...うん、まぁ少し。」

 

花宮が貶すばかりなので仕方なくセルフ実況をしていた英雄に荻原が率直な感想を言う。

英雄としては放っておいて欲しいところだ。

 

 

 

「昼食ったら、秀徳見に行くからな。時間を確認しとけ。」

 

試合が終了し、胸が一杯になる程のフィードバックも終わり、相模高校は少し早めの昼食を取っていた。

昼食をサブアリーナの客席で取っているので、食べながら他のチームの試合を見ることが出来る。

学校でも同じ様な事をしているので、すんなり受け入れられていた。

普段騒々しい1年達であるが、バスケットに関しては貪欲で、口に物を入れながらも見るべきところはしっかりと見ている。

昨日、第2試合のスタミナに不安を感じた為か、食事を終えても言葉を発さず体力回復に努めている。それぞれが自身に必要な事をちゃんと理解している。

念の為に花宮が、この後の予定を言い聞かせておく。

 

「英雄?どこ行くん?」

 

「トイレ。大きい方の」

 

10分程、試合を見ていた英雄が立ち上がってトイレに向かった。

荻原と灰崎はそのまま試合の観戦を続け、鳴海はウォークマンで音楽を聴いていて、花宮は先程席を立った。

 

 

 

「何の用だ。」

 

「何って言われてもトイレに来てする事ってそんなに無くない?ていうか、ここサブアリーナのトイレじゃん。何で太郎君がいるの?」

 

サブアリーナのトイレにて、英雄と緑間がばったり出くわしていた。

いつも通りの態度で英雄に向かっているが、向けているのは顔だけで、現在用足し中。

どうにも格好がつかない。

 

「あっちがいっぱいだったのだよ。」

 

「へぇ、そう。そんじゃま俺も。」

 

そう言って英雄は個室に入った。お互い無言のまま、先に緑間が手を洗い始める。

 

「どうよ調子は?」

 

「お前は他人の事を心配できる状態か?あんな試合をしておいて、身の程を知るのだよ。」

 

「確かに確かに。」

 

緑間の皮肉に英雄が笑い出し、緑間は手を拭き終えた。

 

「...可能性は認めておいてやる。」

 

「ん?」

 

ハンカチをポケットにしまった緑間は、不意に言葉を続けた。

 

「今は見るに耐えない試合しか出来なくても、将来的には分からん。だからこの機会に、叩き潰してやるのだよ。」

 

相模は地盤固めの真っ最中。チームの色を出すレベルですらないが、その強大なポテンシャルは無視できない。

公式戦での対戦機会は全国にしかない。だからこの場で叩き潰すと緑間が宣言した。

 

「精々、こちらの期待を裏切ってくれるなよ。」

 

「...緑間!」

 

緑間がドアを開けて出て行こうとする、英雄が大声で呼び止めた。

何か言い返してくるのかと緑間が振り向き、英雄の言葉を待つ。

 

「ゴメン、助けて。紙が無いんだ...取ってくれない?」

 

急激に空気が白けていった。

英雄にもこんな空気で言うべきじゃないと理解出来ている。それでも、この状況で緑間に出て行かれたらトイレから出られないのだ。何気にかなり焦っている。

 

「死ね。」

 

とりあえず緑間は静かにドアを閉めた。

 

「嘘...だろ」

 

しばらく英雄はトイレで軟禁状態となり、花宮に見つかって大変な事になる。

 

 

 

 

「あーえらい目にあった。」

 

「そりゃあドンマイだな。」

 

トイレから解放された英雄は、メンバーと合流した。その後、予定どおりに秀徳の試合を観戦に向かう。

時間になっても戻ってこなかった為、花宮に怒られながら灰崎に出来事を説明している。

試合開始時間に間に合わなかった原因となれば、仕方ないだろうが。

 

「おっ、やってるやってる。もう第3クォーターだけど。」

 

サブアリーナよりも広いメインアリーナの客席は、簡易式ではなく公式戦が出来るほどに整っている。

試合真っ最中のコートを上から覗き込む。

 

秀徳高校 58-33 暁大第五

 

後半入ったばかりでこの点差。100点ゲームの予感を強くさせている。

確かに元々の地力の差はあるが、どちらも調整しながらの試合運びをしているのに、ここまで差が広かるものなのかと思う。

 

「IH予選までまだあるってのにこの仕上がりか...やっぱ強豪は違うな。」

 

「鳴海ちゃんは、あの4番...えーと大坪さん?を見とくといいよ。」

 

点差以上に、プレーの質の高さをまざまざと見せ付けられ、灰崎は戦った3校との格の違いを感じていた。

英雄は秀徳の大坪を指差して、鳴海の目を向けさせる。

 

「でかいな...何センチだ?」

 

「パンフには、198か。全国でもそうはいねぇだろうな。」

 

「俺よりも4cmも...。」

 

中学時代で、自分よりも大きな相手との対戦経験が少ない鳴海にとって、大坪とのマッチアップは未知の領域である。

DFにしろOFにしろ、あるべき経験則が存在しない。それが今もプレッシャーになっている。

 

「大変だね、頑張って~。」

 

「何言ってやがる。お前は緑間だぞ。」

 

話の流れで、秀徳戦でのマッチアップについての事が始まった。未だ確定していないが、既に意識がそちらに向かっている。

花宮は英雄を緑間にぶつけるつもりらしい。

 

「灰崎は、えーと5番木村だ。鳴海んとこのフォローを兼ねるぞ。」

 

「へぇへぇ。5番てーと...何か地味だな。」

 

見ていてあまりボールを持つ回数が多くなさそうで、今一プレーヤーの色が見えづらい。そういうタイプなのだろうと、灰崎は木村の動きに集中。

灰崎としては緑間とのマッチアップも頭にあった為、少々残念に思う。少なくとも緑間は英雄との対戦を求めていそうだが。

 

「荻原が、8番宮地だ。タッパで負けてんだ、判断間違えんなよ。」

 

「191で結構ドリブル上手いな。押し込まれたらシュート止められないかも。」

 

丁度今、宮地のドリブル突破でチャンスを作り、大坪にパスで得点を得ていた。

シュートレンジがどのくらいか分からないが、速さ・高さ・3年生としての経験値、穴も弱点も無い。

 

「けど、あの人に勝てたら最高だろうな。」

 

「ははっ!最高どころじゃねぇだろ」

 

「...っち。」

 

「まぁまぁ。」

 

少し見ただけで、分が悪いと理解してしまった。

それでも荻原の一言は、微妙に意識が変化してプラスの方向に向かっている。鳴海の意欲も上がっていて、気持ちの面では準備が出来ていた。

熱血NGの花宮にとってその一言は趣味ではないが、モチベーションが上がっているので強く否定できない。気が付いた英雄が、宥めている。

 

 

 

「(んぉ?)おーい真ちゃん。」

 

「試合中だぞ。私語は慎むのだよ。」

 

「あいつ等来てんぞ。」

 

どちらかというと静かなはずの客席から少々賑やかな声が聞こえた為、コート内で試合をしていた高尾が気付いて緑間に教えた。

言われて視線を移した緑間は、本来調整と監督の中谷から言いつけられていたのだが、目つきが明らかに変わっている。

 

「...高尾、何をしている。さっさとボールを寄越すのだよ。」

 

「おいおい、急にやる気出しちゃってよぉ。先輩達にまたどやされんぞ?」

 

「少々見せてやるくらい問題ないのだよ。先に見たのはこちらだ、フェアではない。」

 

相模の事など興味ないと言った雰囲気を作っていながら、フェアとか言い出すあたり、勝負に拘っているのがよく分かる。

先日、同様に黄瀬のいる海常と黒子のいる誠凛の試合を見に行った時もそうだったが、ツンデレ具合もキセキ級なのか。高尾はそんな事を考えて自分で笑っていた。

 

 

 

「相変わらず、綺麗なループだね。」

 

「綺麗つーかキモいだろ。なんだよ、あのループの高さは。」

 

緑間の3Pが高々と弧を描きリング中央を通過した。

マッチアップする予定なのに英雄は他人事の様に軽い発言。その代わりではないが、花宮から辛らつな一言。

 

「あのPGって俺らと同じ1年か...。花宮さん的にはどーなの?」

 

「はぁ?楽勝に決まってんだろ。」

 

東京三大王者の強豪でレギュラーを勝ち取った1年生。その技量は過小評価してよいモノではないだろう。荻原が花宮の感想を聞くが、花宮は素直に答えない。

 

「(あいつ、俺らに気が付いてたな。ほとんど空席の状況なら、充分ありえるだろうが...視野が広いのか?)面倒くせー事になりそうだ。」

 

「あぁ?今何か言ったか?」

 

花宮の独り言を灰崎が僅かに聞いており、聞き返してみるけれども、返答は無い。

 

「何でもねーよ。っち、行くぞ。ベンチ使い始めやがった。」

 

緑間と高尾をベンチに下げて、控え選手を出した秀徳。調整目的の試合で酷使する意味も無く、他の選手に経験を積まそうという考えの下だろう。

これからドンドン主力選手が下がるだろうと、花宮は席を立ってサブアリーナに戻り始めた。

 

「俺はもう少し見ていく。」

 

「俺も。」

 

鳴海と荻原は、それぞれのマーク相手が下がるまで観戦を続けたいと残った。

 

「まだ決まって無いのに、やる気マンマンって感じだね。これなら秀徳戦も何とかやれっかな?」

 

「お前もそうじゃねぇか、負ける気ないくせに。」

 

英雄と灰崎は花宮の後に続き、サブアリーナへと足を進めていく。

試合が進めば狙われるというのを荻原と鳴海は分かっている。だからこそ、残って試合を見続けているのだ。

 

 

第2試合の開始時間には2人とも戻ってきており、何時も以上に高いモチベーションを示していた。

花宮が第4クォーター残り5分まで速攻禁止と言っても、そのまま文句も無く受け取り、試合に集中。

『だったら始めからやれよ』と花宮が愚痴っていたが、英雄と灰崎は無視を決めた。とばっちりが来そうで堪らなかった為である。

 

均衡したまま長い時間をプレーする事になっていたが、集中を途切れさせずに終了の合図を迎えられた事は大きい。

ミスが無くなった訳ではないが、やっとまともにステップアップが出来る様になったからである。

花宮の反省会は行われたが、昨日よりは短い時間で終わった事で、上手く出来た事を実感した1年だった。

 

 

 

相模高校は昨日の時点でBリーグの1位になっており、今日の第1試合を勝てば秀徳との試合が確定する。

 

「よーし。次勝って、全国がどんなもんか確かめてやる!」

 

気合充分の鳴海。ただ朝早くからその熱さは花宮を不機嫌にさせる。

 

「うぜぇ、死ね。」

 

主語無しで、二言。鳴海もそろそろ慣れてきたのか、意に返さず。

暁大へ移動の途中だというのに、鳴海と荻原のテンションが高い。花宮が面倒臭そうにため息をついていると、同じ様な集団と並走していた事に気が付く。

 

「おはようございます。」

 

「おはようございます。」

 

引率の一之瀬と監督の中谷が挨拶をして、それに倣う様に選手が挨拶をした。

まさかこのタイミングで、秀徳とかち合うハメになり、朝からピリついた雰囲気に包まれる。

 

「どうして、こうも妙なところで会うのか。お前は一体何なのだよ」

 

「俺のせいなの?」

 

「よう、久しぶりだな。顔合わすの」

 

面識のある3人は、軽く挨拶程度に言葉を交わす。

 

「太郎君はさ。もし当ったら本気出してくれるの?」

 

「俺は人事を尽くすのみだ。だから、こんなところで躓くなよ?」

 

互いにつまらない質問をしているという実感はある。せっかく意識しないように、接触を慎んできた。それなのに、こうも接近してしまえば、意識せざるを得ない。

 

「灰崎もお前も、俺が叩き潰すと決めていたのだから。」

 

青峰でも、紫原でも、黄瀬でも、他の誰でもない。それを思い描いてきた。

相模がチームとして成熟していない為、緑間にやや分が傾いていたとしても、この機会を逃がす気はない。本気で潰しに来る。

 

「言ってくれんじゃん。けどな、リベンジはさせてもらうぜ。」

 

上手い挑発をするようなタイプでない緑間は、本気で言っているのは灰崎にも分かった。

去年の借りは、元明洸の者の方が多い。こっちにとっても良い機会だと、灰崎は叩き返す。

 

「真ん中の俺を置いていかないでよ、何この温度差。乗り遅れた?」

 

「何々?1年同士で盛り上がってんの?なんなら俺も混ぜてくれよ。」

 

英雄を挟んで2人が火花を散らしていると、高尾が首を突っ込んできた。

この手の展開に目が無い様で、興味津々といった感じ。

 

「君が太郎君の相棒?凄いね、1年レギュラーでなんて。」

 

「それ、お前が言う?」

 

「ウチは内部競争無いからね~。俺、補照英雄。英雄君って呼んでね。」

 

「ユルい...。」

 

キセキの世代とやりあった人物のイメージとはかけ離れた印象にやや困惑する高尾。

未だに緑間とバチバチと睨み合っている灰崎と同じ様なイメージを持っていたのに、この人物は気にせずにヘラヘラと笑っている。

 

「別に仲が悪い訳じゃないし、コートの外まで雰囲気悪くする意味もないじゃん。ねっ太郎君?」

 

「黙れ、気安くするな。」

 

「あれれ、酷いね。」

 

「お前の頭が緩すぎんだよ。」

 

「おっと祥吾も?」

 

緑間に期待を込めた言葉はあっさりと否定され、灰崎からもキツイ追い討ちを食らった英雄。

 

「お前、本当に元帝光?なんかぽくないな。」

 

「よく言われるよ。悪くないでしょ?」

 

「自分で言うかよ、それ。」

 

対してダメージを負っていない英雄は変わらず軽い笑いをしており、ピリついた雰囲気が少しだけ緩和された。

 

「おい!何してる、遅れるな!!」

 

先を歩いていた大坪から注意を受けて、渋々緑間は灰崎から目を離し、足を進めだした。

平行している相模のメンバーも同じく体育館目指して進む。

 

「...そういえば、この前に黄瀬が試合で負けていたのだよ。」

 

「何!?黄瀬がか!相手は!?」

 

無言のまま近距離で歩いていると、緑間がふと思い出して話を切り出した。しかし、その話の大きさに英雄すら顔色を変えた。

灰崎が、その事実を確かめようと緑間に問い詰める。

 

「去年、東京都ベスト4の誠凛相手にだ。...情けない。」

 

「誠凛?英雄、知ってるか?」

 

ベスト4にまで勝ち残るほどの強豪ならば、知っていても良いはずなのだが、全く持って聞きなれない。

灰崎は、アゴに手を当てて考えている英雄に話を振る。

 

「元昭栄中だった木吉さんがいるとこだよ。」

 

「木吉?『鉄心』か。つか、よく知ってたな」

 

その名前を出した瞬間に、どこからともなく舌打ちが聞こえた。かなり近い位置からだったのだが、話に夢中で気にならなかった。

 

「ちょーとばかし、知り合いがいるもんでね。」

 

「いや、でもおかしくねーか?黄瀬1人だけじゃなく、海常に勝ったって事だろ?」

 

木吉と黄瀬が直接マッチアップしたところを見た事がないので断言できないが、黄瀬が負けるイメージ出来ない。加えて、都大会ベスト4と神奈川の王者との地力の差は簡単には埋まらない。

相模も現状で1番のターゲットにしているが、簡単に勝てるとは言えない。

 

「戦力差をひっくり返せる程のプレーヤーがいたのだよ。...木吉の横に黒子がいた。」

 

「テツ君?青峰と一緒のところに行かなかったの?」

 

「『鉄心』と『幻の六人目』か、それなら納得出来る。テツヤだけはコピー出来ないからな黄瀬は」

 

「そして...いや、今は止めておくのだよ。」

 

緑間は1度だけ言いよどんだ。暇つぶしに情報を与えてやったが、これ以上馴れ合いをするつもりもない。

引っかかっている1人のプレーヤーについては自身でも整理出来ておらず、説明し辛いところがあった。地区の違う英雄達に言ってもあまり意味がないだろうし、そのプレーヤーが何であっても緑間がする事は変わらないからだ。

 

 

 

 

「んー、何か秀徳と試合開始時間一緒みだいだ。」

 

「んなもん関係ないだろ。どうせ、こっちの手の内なんて限られてんだからよ。」

 

何故か花宮の機嫌が少々悪かった。1年達は何もしていないのに。

 

「この試合、速攻はしていい。その代わりゾーンDFやるぞ。3-2DFな。」

 

やっとの事で速攻解禁となる。秀徳戦の前に調子を上げておきたいのだろう、花宮の頭の中では既にシミュレーションが終わっていて、その為の手順を踏むつもりだ。

3-2DF。今まで練習ですら未体験のDF。

 

「はっはーん、なるほどね。」

 

「インサイド2枚での攻防をしっかり頭に叩き込んどけ。」

 

配置は中央に花宮、右に荻原、左に英雄。ゴール下に鳴海と灰崎。明らかに秀徳戦を想定しているものである。

基本マンツーマンDFでやってきた相模だが、全国クラスのインサイドを相手に付け焼刃でも使える手段を増やそうという考えだろう。

やはり鳴海と大坪では分が悪い。鳴海の前であえて言ったりはしないが、鳴海も感づいている。

 

「っくそ」

 

「保険だよ保険。花宮さんの好きそうな事じゃん。」

 

天然だろうが、荻原のフォローは絶妙。鳴海のモチベーションを損なう事なく、試合に望める。

ついでに速攻に制限がないので、気にせず暴れられる。それが、肩の力を抜けさせた。

 

「何か今日、調子いいんだ。ガンガン、パス回してよ。」

 

実に爽やか。相模の誰もが出せない雰囲気を作れる存在は、ありがたい。

 

「流石。それじゃ、ボチボチ行きましょうか。」

 

Bリーグ最終戦をしっかりと白星で終え、同様にAリーグを1位通過した秀徳との決戦が確定した。


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