黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:爪痕の残し方

東京三大王者の秀徳高校。

去年の時点で主力として、チームの中心選手として試合にて出ていた大黒柱・大坪。緑間抜きででも文句なしの全国クラス。

試合の入り方一つ取っても玄人を唸らせる大坪の力もあって、一時的なリードを奪われても安定した試合運びを遂行していた。

緑間が英雄のマークによってシュートチャンスを簡単に作れない中でも、鳴海とのマッチアップで勝りインサイドを活性化させていく。

OFもDFも大坪を中心に展開し、徐々に相模からペース奪い始めていた。

 

「おおっ!」

 

もう何度目か。大坪のブロックショットが決まって、ルーズ争いにもつれ込む。

 

「灰崎拾え!」

 

「(無茶言うなよ、こっちは体勢悪すぎだっつの!)」

 

「ナイス木村!」

 

木村が体を張ってルーズボールを拾い、この試合初のターンオーバーに至った。木村から高尾のパスが通って速攻に移る。

コートの中央、ハーフラインで花宮が高尾の前に出て、高尾の足止めを図る。

 

「さすかよ。」

 

「(ターンオーバーでこっちが有利だってのに、とんでもねーなこの人)でもな。」

 

全力で前進している高尾に比べて、後退しながらの花宮の方が不利になりやすいというのに、ボールを奪えないまでもスピードを緩めさせた。

少なくともDF能力に関しては高尾の上を行っているのであろう。それでも、ここまでボールを運べただけでも充分なのだ。

何故なら、秀徳には緑間がいるからだ。

高尾はハーフラインから少し前にパスを出し、僅かに英雄と距離を空けて走ってきた緑間に渡る。

 

「流石にこのタイミングは!」

 

攻守の移り変わりで英雄が緑間のマークに付ききれていなかった。全力で手を伸ばすが、長身から放たれる高弾道の軌道に届かない。

何とか緑間の視界だけでも塞ぐも、放たれたボールはリングを潜った。ターンオーバーからの3Pで、秀徳は同点に追いついた。

 

秀徳高校 11-11 暁大相模

 

 

 

「良く決めた緑間!」

 

3点差のまま5分を過ぎたままであったところに緑間の同点弾。普段緑間と仲が良いと言えない宮路もこれには褒め称える。

大坪のお陰で良い展開になっているのだが、今一押し切れない状況を打破する切っ掛けとしては充分。次のDFも止められれば、流れは秀徳になる。

だが、緑間の表情は優れない。

 

「(たった1本決めるのに5分も...)くそ。」

 

試合が始まって既に5分経っている。好調で得点の期待が高い大坪にボールが集まるのは理解している。しかし、この状況は去年と全く同じなのだ。

去年の全中決勝戦。緑間は英雄のマークによって第4クォーターまで20得点以下に抑えられた。3Pの本数にして、たったの6本という屈辱の記憶。

得点の確立の高いところにボールが集まるのは当たり前、しかしそれでも出きると思っていた。

 

「おいおい、決めた側がそんな顔すんなし。こっちの目標、完封だったんだぜ?」

 

「うるさい。お前は俺のシュートの決まるところを見ていればいいのだよ。」

 

チーム内でただ1人不満気な顔をぶら下げている緑間に英雄がチャチャを入れた。英雄と言えども目の前で3Pを決められたのは悔しいものである。

緑間にとっては、余裕とも見えるそのヘラヘラ顔が気に入らない。目も合わさず、冷たく言い捨てる。

 

「大丈夫か鳴海。」

 

その一方では、荻原が鳴海を気遣い声を掛けていた。体力的な問題ではなく、何度も正面から叩き伏せられた精神的ダメージを心配したものである。正直言って、モチベーションを失ってもおかしくない。

実際、鳴海の表情は緑間以上に暗く、ダメージは多大だ。

 

「...あぁ。」

 

いつもの様な声も出ず、小さくか細い返事を返す。

 

 

 

相模OFは鳴海中心に展開しているのだが、大坪のマークに晒されてボールが鳴海のところで止まってしまいどうにも効果的な展開に持ち込めないでいた。

Fの3人がこぼれ玉を拾う事で、何とか保てている状況。どう見ても秀徳優勢であるにも関わらず、事態は膠着し続けている。

 

「(ウチはいつも通りに出来てる。なのに、どうして崩れない?一体何を狙ってんだ?)」

 

「...っは。」

 

いつも通りと簡単には言うが、秀徳クラスとなればレベルの質も格段に高い。並の相手ならともかく目の前に居るのは花宮真。崩れないにしろ、何か動きがあって然るべきなのだ。

それが予定どおりと言わんばかりの表情で、またもや鳴海にパスを出した。

 

「(つか俺も、簡単にパス出させてる場合じゃねぇだろ!)」

 

広い視野で全体を把握しパスコースを限定させる高尾だが、花宮のドライブやシュートを警戒しながらだと難しくなってしまう。中谷からも灰崎へのコースを優先しろという指示もあって、鳴海へのコースは防ぎきれない。

大坪がやられるとは思えないが、花宮の態度にどうしても疑念を払えない。

 

「どうした、最初の威勢が無くなっているぞ。」

 

「このっ。」

 

やはり鳴海のところでボールが止まり、OFリズムが悪くなってしまう。

鳴海を何度も止めていても大坪は油断せず、全力で迫ってくる。鳴海には取られないようにするのが精一杯。シュートの意識などなかった。

 

「馬鹿!駄目でも足止めんな!」

 

鳴海の近くでポジションを取っていた灰崎が呼びかけて、パスを受ける。木村のプレッシャーを受けながら体勢を整えて、見計らったタイミングで右と見せかけて左のスピンムーブ。

 

「(うぉっっ速い!ホントに1年かよコイツ!)」

 

鳴海の正面に立ち、大坪のブロックを受けない様にジャンプシュートを放つ。相模が崩れない大きな理由が灰崎の得点力であり、ショットクロックが少なくなった場合に必ず灰崎が決めていた事にある。

英雄は緑間のマークに晒されてチャンスに絡めず、荻原はまだ調子が上がりきっておらず、花宮はなぜか消極的なプレー。灰崎が1人で支えている状態は序盤といえども良くない。

DFに攻守を後退した灰崎は、木村のマークをしながら大坪を視野に入れだした。木村の動きを把握したのか、ミスマッチの鳴海のフォローに気を回している。

 

「宮地さん!」

 

それを察した高尾から宮地へとパスが渡る。どちらにしろ大坪だけで攻めるつもりもなく、宮地にも期待出来る為である。

 

「おし!勝負!!」

 

「あぁ?顔キラキラさせてんじゃねーよ。」

 

宮地の前に立つ荻原。マッチアップに高い意欲を示し、両手を広げている。物怖じ1つしない荻原に、身内の生意気1年生達とダブらせて宮地が苛立っていた。

ちらりと周りを見ると大坪くらいしかパスコースが無く、他の3人はそれぞれのマークに捕まっている状況。宮地はドライブを選択し、荻原の要望どおりの勝負となった。

 

「(大坪にパスだしゃ楽に得点できそうだが...しゃーねー、相手してやっか。)」

 

下手なパスよりも自分で決める事を選択し、左右を意識させながらドライブ。レッグスルーで荻原の右に切れ込んだ。

 

「(やっぱ上手い!けど、なんとか)」

 

スピードでなら決して負けていない荻原は宮地の切り返しについていく。

 

「(っち、生意気に。)けど、この状況なら!」

 

スピードでならばまだしも、高さとパワーの点で勝っている。近距離の競り合いから、ステップバックしてジャンプシュート。荻原のブロックも届かず、リングを潜った。

 

「とど、かない!」

 

大坪と鳴海以上の7cm差というミスマッチは、そう易々と解決出切る問題ではない。試合前に予想したとおり、ゴールの近くで競り合いの形を取られると非常に不利になってしまう。

宮地からの失点を防ぐには、中に入れてはならない。それがどれほど難しい事かは別として、そういう戦い方をしなければならないのだ。

 

『相模高校、TOです』

 

荻原が失点を許していた時、花宮がベンチに座っていた一之瀬にサインを出してTOを取った。

何時の間にサインを決めていたのだろう。少なくとも1年達は今まで知らなかったのだが。

 

「良い時間に取ったね、流石!」

 

「うるせぇな。予想どおり、この辺から押されだすか...。」

 

英雄なりにTOの申請タイミングを褒めたのだが、花宮からは『うるさい』とだけ。花宮はタオルで汗を拭きながら考えに耽っている。

状況的に相模はかなり不味い。灰崎で何とか点差を付けられる事なく試合を運んでいるが、鳴海と荻原のところを今後も攻められ続けると確実に流れを持っていかれるだろう。

 

「悪くないんじゃないか?緑間の3P、今日まだ1本だけだろ?」

 

「悪くないけど、良くも無いって感じ。序盤だし、ボール回してるだけだしね。ついでに俺も1本だけ。」

 

緑間と英雄、この2人はお互いのDFでOFに参加出来ないでいた。英雄はルーズ争いからの3P、緑間はターンオーバーからの3P。

地味でもタフな争いを続けてきたが、展開を1つ変えるだけで状況も変化するだろうと思い、良い顔が出来ない。

 

「ま、俺にボール回してくれればなんとかすっぜ?」

 

「わーい、祥吾くぅん頼らせてぇ。」

 

荻原と話していると、灰崎が調子良さ気に胸を叩き、英雄が乗っかる。いつも通り雑談突入。

そんな馬鹿な事をしている3人を無視していた花宮の目の前に、ゆっくりと鳴海が歩み寄ってきた。

 

「あ?なんか用かよ。」

 

「...花宮、キャプテン。」

 

「あぁ?」

 

普段しない様な言葉遣いと暗くなった顔つきで、花宮を直視している。

 

「どう、すればいい。」

 

「へぇ」

 

思考の巡りを邪魔されて機嫌悪そうに見上げた後、少し感心した風に鳴海を眺めた。大坪に鳴海がやりこまれる事も想定済みだったが、この態度は少々外れていた。

 

「まぁいい。そのくらい自分で考えろ、どれだけ力があっても頭の悪い奴は嫌いなんだよ。」

 

「それが分かったら今聞かねぇよ!いくら俺でも今のままが不味い事くらい分かるっつーの!!」

 

冷たくあしらわれても引かずしつこく食い下がる鳴海。この試合に関して口出ししないと言った花宮に、頭を下げてまでアドバイスを求めるのは癪ではある。しかし、他のメンバー含めて一切咎められないのが1番苦しいのだ。

5分強の間、大坪とやりあったが、全ての局面において上をいかれた。倒せないまでも、止められないまでも、今の状況は最悪だ。

 

「面倒臭ぇな...とりあえず、直接ブロック狙うとか馬鹿丸出しなDF止めろ。ポジション取りは正直どうにもなんないから、ディナイ優先な。パスを簡単に受けられたら終わりと思え」

 

「馬鹿丸出し...。いや、続けてくれ、いや続けて下さい。」

 

嫌々で、少々棘のある言葉も混じっているが、そこは我慢して続きを促す鳴海。英雄たちはその光景をニヤニヤと暖かく見守っている。

 

「OFは、つーか今までやった事忘れてんじゃねぇだろうな?別に1対1で勝てなくても、いくらでもやりようあんだろが。てめーの脳みそはプチトマトか。」」

 

「ひでぇ。」

 

OFに関しては具体的な事を言わず、鳴海自身が考えてそこに至るように促している。やってる事は実に面倒見の良い風に見えるのに、どうしてこうも酷く見えるのだろうか。

荻原も顔が引きつっている。

 

「お前等も、そろそろテンポ上げていくからな。足使ってけよ。」

 

 

 

 

「悪くは無い。が、どうにも今一主導権を奪えているとは言い難いな。もっと積極的に打っていけ。」

 

秀徳ベンチでは、中谷が5人に指示を出していた。様子見をしながら丁寧にボールを回していたが、結局大坪ばかりが点を取る展開になってしまっていた。

それが悪いと言っている訳でなく、やや慎重になり過ぎているという指摘。インサイドを大坪が支配しつつある今、リバウンドの奪取率の充分期待出来るのだ。シュートも安定するだろう。

 

「後、木村と高尾。このままいけそうか?」

 

「何ともって感じです。花宮の野郎、全然抜きに来なくてただパス回すだけ。多分まだ本調子じゃない。」

 

「こっちもそんな感じです。」

 

中谷の問いに高尾と木村が答える。どちらも本気を出していないのは何と無く分かった。

わざと大坪にパスを出させている節さえある。その余裕な感じが少し腹立たしい。

 

「うん、OFで先手を打とうか。宮地と高尾、緑間のフォローしてやれ。」

 

DFは、相模の未知数な要因がある為に一旦保留し、OFの変更を伝えた。

 

 

 

 

TOが終了し、両チームがコートに戻っていく。

 

「あ、そうそう鳴海ちゃん。ちゃんと爪痕は残しておこうね。」

 

「マジで意味分からん。」

 

試合が再開される直前に英雄が鳴海に話しかけた。しかし、その内容の伝わり難さ。

 

「ぶっちゃけ、鳴海ちゃんが勝るなんて思ってないけど。」

 

「おい!」

 

「問題なのは、次って事さ。」

 

この話は今必要なのか。鳴海のモチベーションは、花宮のお陰で大分下がりかけていた。そこに英雄からのぶっちゃけはテンションも下がる。

英雄は気にせず話を続けていく。

 

「公式戦でやる時に『なんだコイツか。ははぁん、マジちょろだぜ』って舐められるかもよ。『っち、こいつか。』っての方が理想かな」

 

「言いたい事は何と無く分かったけど。今はお前が腹立つ。」

 

言葉と一緒に表情も変える英雄に1発お見舞いしたくなる。特に前半部分。

 

「大坪さんの良いとこを全部自分のものに出来たらベスト!後は、練習してたアレやってみそ。」

 

「アレ?いや、付け焼刃もいいとこだぜ?」

 

「別に良いじゃん。結構いけると思うし。ファイト!!」

 

最後に強く背中を叩き、英雄がOFポジションに移っていく。本当に言いたい事だけを伝えて益々腹立たしい鳴海だが、舐められたくないと言う事は一致していた。

 

 

 

相模ボールで試合再開。

ボールを運んでいる花宮をマークする高尾は、持ち前の広い視野で背後に何者かが近づいている事に気が付いた。

 

「(鳴海!スクリーンか!)」

 

ゴール下に張っているはずの鳴海がハイポストにまで移動してきていたのだ。花宮は鳴海に高めのパスを送り、自身もすぐさま足を動かして鳴海に近寄る。高尾はスクリーンを警戒した為、僅かに花宮のマークを外してしまった。

近距離で鳴海から花宮にパスを受け渡し、いきなりチャンスを作り出した。鳴海はボールを渡すと同時に、高尾との間に体を捻じ込んで花宮から引き剥がす。

大坪がスイッチし、花宮にシュートチャンスを与えないようにプレッシャーを掛けていく。

 

「...っは。」

 

花宮は薄暗い笑みを浮かべながら、大坪の背後のスペースにパスを出した。

そこに飛び込んできたのは、Lカットでマーカーの宮地を振り切った荻原。フリーでレイアップを決める。

 

「っしゃあ!」

 

少し前に決められたカリを返すと言わんばかりに大きくガッツポーズ。

 

「(ドリブルも1年にしちゃぁと思ってたけど、コイツのカットインは滅茶苦茶キレやがるな。)」

 

カットプレイ。OF時にDFを切れ込んでいくプレイの事だが、噛み砕いて言うとパスを貰う為の動きの事である。

どれほどシュートやドリブルが上手くても、より良い体勢でパスを受けさせなければ恐ろしさは半減する。実際、現在進行形で緑間が英雄のマークでシュートにいけないでいる。

そして、荻原のカットインは宮地のマークをあっさり振り切るほどの威力を持っている。中学時代で、灰崎や英雄のレベルに引き上げられて連動性を高めてきたのだから、何も不思議ではない。しかし、初見の宮地には厄介に思えた。

 

「ナイスイン!」

 

花宮と荻原がペイントエリアに切れ込んだ為、代わりに英雄がDFにも備えてアウトサイドにいた。緑間のマークに移行しながら、荻原を褒め称えている。

 

「ふん、本領発揮という事か。」

 

「まぁね。シゲのカットは既に全国でも通用するだろうし、鳴海ちゃんもやっと落ち着き始めた。後は、太郎君にシュート打たせなきゃいいだけ。」

 

荻原の顔と名前は緑間の記憶の中にあり、このくらいやるのは知っていた。キセキの世代と比べるとやはり劣るが、こうして改めて見ると良いプレーヤーという事は良くわかる。

鳴海も英雄の言うように、大坪に対して無茶な攻めを止めた事により、花宮が効果的にOF参加できた。

 

「こちらもそろそろ様子見は終わりなのだよ。」

 

第1クォーター6分程度、英雄のマークによってこの状況を甘んじている緑間だが、この事も想定済みである。本腰を入れて点を取りにいくと眼鏡を直しながら英雄に宣言した。

攻守交替し高尾がボールを運ぶ中、宮地が英雄にスクリーンを掛けた。

 

「(宮地さんナイス!)」

 

「お、そう来る?」

 

「(俺にこんな事させてんだ。外したらタダじゃおかねーぞ。)」

 

緑間がスクリーンで抜け出した場合、荻原がスイッチする事になる。その隙に高尾からのパスが通り、約10cmのミスマッチとなるのだ。

本来、そういったスクリーナーは木村の役割なのだが、その場合は灰崎がスイッチしてくる。確率的に荻原を攻めた方が効果的である。

態々普段と違うプレーを中谷から言い渡され、気分的に良いとは言えない宮路は、緑間を睨みながら遺憾の意を示していた。

 

「(今はこれで良い。緑間が1人で何とか出来ない訳ではなく、1番効率的というだけだ。)」

 

どことなく不満気な表情をする緑間・宮地に対して、中谷はしっかりこのプレーの意味を伝えている。相手を意識し過ぎている緑間と緑間が気に入らないのであろう宮地の不満は分からなくもないが、白線より内側では関係ない。重要なのはチームに貢献出来るかどうか。

緑間に1日3回の我儘を許しているが、こんなところで暴走するほど馬鹿ではない。勝負してよい場合とそうではない場合の区別くらいは出来ている。

 

「なろっ!」

 

荻原が手を伸ばし視界を遮るが、既に緑間のシュートは放たれた後。高く綺麗な弧を描いてリングを貫いた。

 

「っくそ、やっぱ厳しいか~。」

 

「いやいや、狙いは悪く無かったよ。つか、むしろ今のは...。」

 

「英雄!簡単にスクリーンさせてんじゃねぇよ!!」

 

緑間の高さに届かず3Pを決められて悔しがっている荻原に、英雄が自分の非を認めようとする前に花宮からの駄目出しが飛んできた。口出ししないと言ったのは鳴海によって解禁されていたようだ。

確かに秀徳がスクリーンをしないとは思わないが、タイミングといい緑間が素直に従った事といい、少々虚を突かれた。

オープニングでシュートに行かずパスに転じた時点で薄々感じていたが、緑間は既にキセキの世代から脱却している。

 

「(まぁ、元々周りと上手くいってなかっただけで、ワンマンを良しとしてなかったんだけど...)分かりやすい表情ぶら下げてるね」

 

「そんな事を言う余裕があるのか?これで中と外、両方が機能し始めた。お前がDFに重点を置いていたとしてもだ。」

 

1対1で決めた訳でない事は緑間も理解しているが、言っている事も正しく正論である。ゴール下はほぼ手中に収められており、緑間へのケアの役割で英雄もあまりOFに参加出来ていない。やろうと思えばそれなりにやれるのだろうが、その分攻守の切り替えで緑間のチェックが疎かにもなる。現在緑間の行動を抑制出来ている理由は、DFに専念している以外にないのだ。

直ぐに看破されない様に、オープニングショットを派手に決めて見せた英雄の工夫もあっさりと見切られていた。

 

「言う言う。ま、見てなよ。面白くなるのはこっからさ」

 

 

 

 

相模DFに効果的なOFパターンを披露し、この試合で始めてリードを奪った秀徳は序盤の勝負所と見て強くプレッシャーを掛けた。

英雄への緑間のマークは実にタイトで、ボールに触れさせる事も許さない。先程まで己がやられた事をやり返す様に。

 

「それで後半大丈夫なの?」

 

「余計だと言ったはずなのだよ」

 

このOFにおいて英雄は排除されたも同然。何故なら、英雄があまり動く気でないからである。

 

「太郎君は、ウチを舐め過ぎてる。」

 

「灰崎の事か?ある程度は想定しているのだよ。」

 

秀徳全体で灰崎への警戒はしており、木村は1対1で止められなくても全力でディナイして、大坪は何時でもヘルプにいけるように灰崎を視野に入れている。つまり2人で失点を減らそうという作戦。その相方も緑間が抑えれば自然と主導権は傾くだろう。

 

「いや、シゲと鳴海ちゃんをね。」

 

そこで英雄はしたり顔で緑間に告げる。

荻原が再びカットインで秀徳DFに切れ込んでいく。宮地が対応すると、荻原に連動するように灰崎が外へとポジションを移していった。

木村が釣られてインサイドを空けてしまえば、生まれたスペースに荻原が突っ込んでDFの意識が無意識に集中した。

 

「(上出来だ)鳴海、勝負しろ!」

 

大坪のマークが緩くなっていた鳴海へと花宮からのパスが通り、鳴海が先手で動ける条件が整った。

 

「(これは..俺の)間合いだ!」

 

「鳴海ちゃん!」

 

反転からの普通のシュートをしようとしたが、英雄の声に反応して今までにない動きに切り替えた。

 

「させん!」

 

「(あぁもう!ミスっても知らねぇぜ!)」

 

鳴海は投げやりに、迫り来る大坪に1度肩をぶつけ斜めにステップインしながら側面で構える。大坪の高いブロックの腕を曲線の軌道をイメージしながら振りぬいた。

 

「これは...ランニングフックか!」

 

放たれたボールは、リングとバックボードを跳ねて乱雑にリングに収まった。

 

「あっぶねぇ。おい英雄、やっぱ危険過ぎるだろ。」

 

「イケてんじゃん。自信持って行こうよ。」

 

「マジか...。」

 

何とか成功したものの、あわやチャンスをふいにするところだった鳴海は英雄に問うが、気にせずゴーサイン。指を立てているその仕草に頭が痛くなってくる。

 

「(パワー頼りな直線的なショットとは別に、ブロックのポイントずらす曲線的なフックか。まだまだ荒っぽく未熟さは目立つが、やはり良いものをもっているな。)」

 

大坪は鳴海の評価を改めていた。フックシュートが完成していないのは分かったが、守りづらさは否めない。パワーでゴール下に入り込むとは違い、横の動きが加わりDFの難度は大きく変わる。これまで通りのやり方では止め切れないかもしれない。

もっとも、本人はその意味を理解してなさそうだが。

 

「(それに、荻原のカットがキレまくるから、DFが振られる。灰崎が外に移るからインサイドの大坪の負担が大きくなってる。)」

 

荻原のカットはボールに触れなかったとしても、秀徳DFを崩す大きな要因となっている。

つい先程、カットインで宮地のマークを外してシュートを決めたばかりで、当然マークもきつくなっていく。インサイドから灰崎がいなくなれば、大坪の目も荻原にいってしまい鳴海のマークが甘くなっていた。

足で一瞬だけ警戒を集中させて他でのフリーをつくる囮の動き、デコイランとでもいうべきか。

 

「シゲもナイスラン!」

 

「...あくまでも、あの2人で攻める気か。」

 

英雄の言葉どおり、荻原と鳴海を中心にしたOFを成立させて得点に結び付けてしまった。

 

「さーて、どうだか。とりあえず、飽きさせない事は約束できるけど?」

 

このドヤ顔は実にツボを突いて来る。あからさまな挑発と分かっていても、直ぐにやり返したくなる程に腹立たしい。

 

 

 

『ナイッシュー緑間!』

 

秀徳OFは大坪と宮地そして緑間を中心に仕掛け、徐々に点差を広げていった。

 

秀徳高校 20ー17 暁大相模

 

どこかペースを掴みきれないまま、第1クォーター終了時に3点差。様子見から入った試合なので、こんなものかとも思えるが、今一腑に落ちないところもある。

秀徳が優勢にも関わらず、花宮・英雄・灰崎の3人が不気味なほど静かだからだ。あえて警戒の薄いところを攻めているとも考えられるが、安易に答えを出して良いとも思えない。

 

 

 

試合の4分の1がようやく消化され、お互いの手の内を少しずつ晒しあう中、花宮は内心で嬉々としていた。

 

「(なるほどね、そーいう感じか。後半までには掌握できそうだな。)」




◆何と無く没ネタ紹介
6人目を入れる場合の候補
・合気道の双子
片方の対処に困る為没。やるなら弟
・中学2年生時の青峰にボッコボコにされた井上
学年が不明なので没。やるなら花宮と同学年

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