「(3点差...ターンオーバーがほとんどなく、緑間の3P分だけの点差か)」
第1クォーターが終了後のインターバル中、秀徳高校の監督中谷は利き足で貧乏ゆすりをしながらこの先の展開を考えていた。
ターンオーバーの回数も攻守の回数も同じ回数だけ行って、3Pの決まった回数が秀徳4本、相模1本というだけ。
ゴール下ではないが、インサイドを崩し2Pを取り続けた事になる。それもインサイドを売りにしている秀徳相手に。
「1つ1つのプレーを集中していけ。ミスさえなければ自然と流れがくる。」
大坪が全員に向けて第2クォーターの方針を伝える。お互い本調子ではなくとも、結果としてリードしているのだ。奇襲の類は必要なく、いつも通りを心掛ける事こそベストである。
「監督、アレをやらせてください。」
そんな時、静かに汗を拭っていた緑間が中谷に物申した。そしてその宣言はベンチ内の面々の顔色を変えるのに充分だった。
「この試合は、あくまで練習試合の延長戦だ。そこまでやる必要はあるのか?」
その行為は緑間にとっても特別な様で、良い顔をしない。温存するべきだろうと意見を返した。
「...非公式だろうが、俺は勝つ為にコートに立っているつもりです。第2クォーターの始めだけで、1度だけでも構いません。」
「DFを揺さぶる為の見せ技という訳か...いいだろう」
緑間の言い分も一理あり、中谷も簡単に却下しなかった。
第2クォーターが開始され、相模が先に得点を決めた。
チャンスを作ったのは、またもや荻原のカットイン。荻原への警戒によって灰崎のマークが緩み、花宮のパスをそのまま得点。
「ナイスナイス!」
調子を上げた荻原が灰崎に近寄っている。お陰でシュートへの移行を簡単に出来た灰崎は、荻原のハイタッチを受けた。
「高尾!」
相模がDFに素早く戻り体勢を整えた直後、秀徳側のエンドラインの近くでパスを受けた緑間によった目を見開いた。
マークの英雄はハーフライン付近で待ち構えていた為、緑間は完全にフリーとなっている。
「まさかそこから!?」
予想を遥かに上回られ、マークの英雄は棒立ち同然で緑間を見つめていた。
万が一の為に相模側のリングに向かう大坪達、突飛過ぎる事に判断が遅れた花宮達。それぞれの注目を集めながら、緑間の手からボールが放たれた。
「宣言どうりだ。お前は俺のシュートを見つめているだけになったのだよ。」
ありえない超長距離にも関わらず、緑間のシュートフォームは軽やかで丁寧で、綺麗だった。
「マジですか~。常識人面しといてこれは無いでしょ。」
寸分狂いも無くリング中央に決まったボールの軌道を首を使って見ていた英雄は、緑間に振り返って皮肉を伝える。
「マグレじゃ...ねぇのか?」
「残念だな。そういうマグレとかを一番嫌う奴だぜ、あいつは。」
鳴海は見事に動揺してしまい、灰崎の顔色をも変えられてしまう。
第1クォーターで保っていたが、あくまでギリギリ。懸念していた変化を及ぼす何かしらの切っ掛けが、思いも寄らない形で起きた。コート上でどこにいてもシュートを打てるのであれば、当然どこにいようとタイトなDFをしなければならない。
「マコっさん、俺今までよりもOFに参加出来そうにないよ。」
「ああ。その代わり、きっちり抑えろ。」
あまりOF参加出来ないにしろ、出来る限りでやってきた英雄だった。しかし、ここにきて全力をDFに向けなければならない状況に追い込まれてしまった。
ハーフラインまでのシュートレンジであれば、それなりなマークの猶予があった。これからは秀徳ボールになった瞬間から緑間をマークする必要があるのだ。
元々、英雄が緑間をブロック出来る様な高さはない。ボールを持つまでに楽なシュート体勢を作らせないからこそ、緑間の3Pは限定的な状況以外で打たせなかったのだが、攻守交替直後のマークの甘くなるところを突かれれば、それすらも難しくなる。
例えば英雄がシュートを決めた直後など、ヘルプで対応しようとも高い打点・軌道に誰も届かない。だからこそ花宮は英雄の提案を受け入れ、役割を話すように言う。
「つー訳だ。そろそろだぜ、灰崎。」
「お、いいのか?予定じゃ後半からだったろ?」
そして、花宮は灰崎に告げた。
英雄がDFオンリーになる事によって起きるリスクは、OF力の低下。簡単に崩れる事のない秀徳DFに対して4人でのOF。下手をするとターンオーバーも増えて、一気に点差を付けられる可能性もある。
先手を取られて秀徳に主導権を渡すには少々早すぎる為、対抗手段をとった。
鳴海が大坪に競り負ける事は分かっているが、あっさり負けている訳でもなくOFの形を保てている。荻原もそこそこ存在感を放っており、動くなら今だろうと花宮は判断した。
「へへっ!面白くなってきた。」
チームが上手く試合に入る為、鳴海や荻原を上手く盛り立ててきた。灰崎も同様にポジショニングなどでバランスを取ってきたが、出番が回ってきた事に喜びながら親指で唇を拭った。
「鳴海、灰崎をよく見てろ。」
最後に鳴海に向けてアドバイスを与えた。
「(そういえば、コイツの本気って...)」
相模高校に進学してから体作りを目的とした基礎トレーニングに時間を掛けてきた。当然ボールに触れる時間も少なくなっており、それぞれのスタイル自体ほとんど知らない状態であった。
そして、チームのスコアラーという役割を与えられている灰崎のプレーは初見になる。遥か上の領域、一体どれほどなのか。
秀徳DFは相模のウイング2人、英雄と荻原に対してタイトになっている。鳴海にボールが集まる様な意識的なものだろう。大坪との1対1に持ち込みターンオーバーを狙っている。
しかし逆に最優先警戒対象から意識が薄れつつあった。
「...っふは。コースがら空きなんだよ。」
「しまっ!!」
高尾が気付いた時にはもう遅い。スペースに走りこんでいた灰崎にバウンドパスが綺麗に通る。
お手本の様にDFの意識が外へと向かい、中のスペースが使いやすくなっていた。
「楽に打たせるな木村!ヘルプだ大坪!!」
中谷が咄嗟に叫ぶ。その声が届くと同時に灰崎はジャンプシュートに飛んでいる。
「(速い!つかターンじゃないのかよ!!)」
シュートに行く直前、灰崎は少し前に行った逆方向へのフェイクを掛けていて、ブロックタイミングを遅らせていた。
大坪のヘルプも間に合わず、秀徳の隙を突いて灰崎のシュートが決まった。
「っし!良い感じ」
秀徳DFに隙があったとはいえ、木村自身に油断があった訳ではない。全力のDFからあっさり決められたダメージは少なくない。それが、始めから分かっていた事だとしても。
続く秀徳OF。英雄が緑間のマークに専念した為、なおさらインサイドの大坪へのパスが集まりやすくなる。そして現状鳴海の技量が大坪を超える事はない。
そこで、灰崎はマークの木村から少し距離を取った。
「(こいつ、俺をマークしながらインサイドのフォローをする気か?舐めやがって...)」
灰崎のポジショニングとチラチラと大坪の同行を確認している仕草で、木村はその意図に気が付いた。つまり他へ目を向ける余裕があるという事。
そしてポストアップした大坪に高尾からのパス。
「ぅおらっ!」
直接マッチアップしている鳴海は全力で当る。花宮の言いつけを守り強引なブロックを狙わず、少しでも大坪の体勢を崩す為に。
大坪との実力差は充分過ぎるくらいに分かったその上で。
「(良いDFだ...開き直ってきたか。だが)まだ甘い!」
「大坪気をつけろ!」
鳴海の当りに動じることなく、逆にパワードリブルでゴール下の更に奥へと鳴海ごと押し込んでショット。そんな時、視界の外から木村の声が耳に届いた。
その直後、背後から灰崎の手が伸びてきた。
「(灰崎!?何時の間に!)」
「届けよ!」
灰崎の位置を事前に確認していたが、こうも絶妙なタイミングで仕掛けてくるとは思っていなかった。
今まで同様に鳴海を完全な実力差で押し込んだ事への隙、そしてそれでも鳴海が食い下がられいつも通りの高さが出ていない。
『ナイスー!大坪!!』
あわやブロックが炸裂しかけながらも、バンクショットは決まった。
「ちぃ!出足の1歩分遅れたか...ああ、ナイスDF鳴海。その調子で頼むぜ」
わずか1cm差で触れれなかった事を悔しがりながら、鳴海の踏ん張りを褒める。
「お、おお。」
「中は俺とお前で何とかすっぞ。そうすりゃシゲと花宮がもっと活きてくる。緑間のケアは英雄に任せて、頭から消して良い」
ガツガツとしたプレーの割りに灰崎の内心は冷静だった。目的とその為の手段をはっきりと認識しており、的確な指示を出す。
そして相模OFは完全に灰崎中心にシフトした。徹底的に木村を攻めてDFを崩していく。鳴海が大坪を止められないが、木村も灰崎を止められない。
大坪がヘルプに行けば、灰崎がパスを出して鳴海の得点を演出。
しかし、練習で行っていないプレーにより、鳴海の動きが遅れてしまう事もある。いきなり灰崎のプレースピードに合わせろというのも無茶な話で、秀徳優勢という状況を変えるまでに至らなかった。
「スクリーン!」
「シゲ!マーク変えなくていいから!」
「悪い頼む!」
英雄がマークに専念してはいるが、決して完封できる訳ではない。エンドライン際からの超長距離3Pは抑えられても、宮路のスクリーンをされると幾らでもチャンスを作られてしまう。
「(1、2ぃの)3!」
ファイトオーバーで対抗するも、1度跳ばれてしまうと英雄でも届かない。ブロックは空振り、その上高くボールが舞い上がった。
「うーん、当らないなぁ。もう少しなんだけどなぁ」
「ふん...(何だ?さっきから何を狙って?)」
容易にシュートチャンスを作り出せないまでも、英雄相手にシュートをきっちり決めている。
しかし、やはり引っかかる。確実に何かをその目にすえている事に。
「(均衡が崩れてきたか...)英雄。」
「ごめーんマコっさん、後半まで勘弁してよね。」
片手をチョイチョイと下げて簡易的に謝罪をする。
声を掛けた花宮は、DFの肝でである英雄に精神的ダメージが無い事を確認し、用意していた言葉を中断した。
「だったらちゃんと仕事しろっつーの。試合が終わっちまうよ。」
「そんな気無いくせに。」
「っせぇんだよ、ばぁか...このクォーターのラスト、用意しとけよ」
「あいあい、お任せあれ~」
試合の展開は着々と進み、チームの完成度が徐々に点差を作り始めていた。
秀徳高校 39-32 暁大相模
灰崎の活躍するも大崩れしない秀徳。攻めづらさは否めないが、確実にモノにていった。
大坪を中心としたインサイドと緑間によるアウトサイドは強烈で、どちらも止め切れない以上こうなるのも必然である。
「荻原!」
荻原のカットインによりDFに穴を作る。すかさず花宮がパスフェイクを1度入れて鳴海へとパスが通った。大坪を引き付けて更に灰崎にパス。
ステップインで木村を振り切り、レイアップ。第2クォーターも終盤、後半へと繋ぐ1本を決めた。
「ラスト1本!きっちり決めるぞ!集中切らすな!」
残り数十秒、最後に得点して前半を終わりたい秀徳。高尾がじっくりとボールを運んで、相模のOF時間を削る。
「(とうとう前半終わっちまったぜ?この人本当に何を企んでやがんだ?)」
再び目の前で冷静にDFを行っている花宮に目を向ける。この調子でいけば秀徳の勝利になるだろう。高尾は第1クォーターでスティールされた為、警戒心を最高に高めてプレーをしてきた。
しかし、花宮は全く動じず流れに身を任せている様が、不思議と不気味に見える。
「...っふは。だから隙見せていいのか?」
「高尾!」
「っあ?」
瞬間、ボールを背後から弾かれた。
本来持ち前の広い視野によって、背後を取られる事はそうそう無いのだが、ほぼ10分丸々行われた英雄のフェイスガードに目が慣れてしまっていた。
”緑間をノーマークにするはずが無い”そう思い込み、インサイド1択に無意識になってしまい確認を怠った。
「久しぶりのOF、いくぜいくぜ!」
「やらせん!」
もっとも近い位置からのターンオーバー。必然的に緑間との1対1となり、英雄がドリブルで突っかける。
強くプレッシャーをかけてくる緑間を尻目に1度花宮にパスを出す。そしてリターンパスを走りながら受けて、更に逆サイドに高めのパス。
「(これは...)しまった!」
「もらった!」
空中に舞うボールにいち早く駆けつけ、その勢いのままボールをリングに叩きつけた。
第2クォーターを締める灰崎のアリウープ。着実に増やしていた点差が無くなり、またもや3点差で折り返すこととなった。
「今のは仕方が無い。切り替えだぞ木村。」
「お、おう。」
前半が終了し、インターバルに入った。灰崎のマッチアップだった木村が、今の失点を気にしており大坪が切り替えを促していた。
今の失点は、木村はもとよりDF全体の隙を突かれたもの。責任は全体にある。
大坪はそう切り替えを呼びかけるものの、その役割の難しさに木村の難しい顔も変わらない。
問題は、木村がどこまで灰崎に対応できるかどうか。
緑間の超長距離3Pにより、相模のOF力を低下させるに至った。相模は英雄をDFのみにさせる事で対抗している。つまり今相模は受身になり、秀徳が攻めているのだ。
ここで成功すれば主導権を完全に掴む事が出来る半面、失敗すれば奪われる。
「木村、言っとくけど俺でも今のは無理だ。あいつは緑間と同格なんだ。監督も言ってたろ?大坪と2人で失点を少しでも減らすしかねぇ。」
そこに宮地の言葉。木村と同じく新人戦からレギュラーに選ばれた境遇を持つ。
1年生からコツコツと積み上げてやっとの事で勝ち取ったプライドが、一瞬にして崩れ去ったショックの大きさを理解している。
「...分かってる。このままじゃ済まさねぇよ。」
宮地を切っ掛けに木村を切り替えに成功した。
「宮地、スマン。」
「気にすんな。言ってる事は間違ってない。けど、仕方ないで済ましたくないんだよ。」
キャプテンである大坪でなく、宮地の言葉で木村が立ち直った事に大坪が謝った。同じ3年生だが、大坪のレギュラー入りは他よりも早く立場も異なる。層の厚い秀徳でレギュラーを勝ち取ったプライドは、仕方無いというだけで切り替えられるほど薄っぺらではない。
「ああ、くそっ!しんどいっつーの!」
ベンチに戻るなり、鳴海が苦々しくぼやいていた。それでも、第1クォーター終了後のインターバルよりは余裕があるのだろう。声には力が残っている。
「ま、全国でもあの4番以上のCなんて一握りなんだ。今体験できてよかったじゃねぇか。」
完全に他人事な灰崎は、適当に励ましている。
「うっせばーか」
適当でも間違っていない。その為、言い返した内容が子供染みていた。
「おいこら馬鹿共、ちゃんと休んどけよ。後半もたねーぞ。」
「そうそう、替えが利かないんだから。」
「(替え、か...あいつちゃんと見に来てやがんのか?)」
ふと花宮が遠く客席に目を向けた。キョロキョロと見回して、恐らくそれであろうものを見つけた。
「(っふ、なんだよ。行きたくないなんて言っておいて、ちゃんと来てるじゃねぇか。)」
「どったの?」
「いや、何でもねぇよ。」
どこか満足そうな顔をしている花宮に英雄が声を掛けるも反応無し。
「前半は失点を抑えたという訳で、後半は攻めていいんでしょ?OFもDFも。」
「祥吾の時間は終わりという事で。」
「ムカつく言い方やめろ」
攻めの話になると1年達の顔がキラキラし始め、途端花宮のため息が洩れる。
「何かよく分かんないけど、失礼じゃないソレ」
「お前等のお守りは1人じゃ疲れるからな。」
「やっぱ失礼だし。花宮さんも内面に問題ありじゃんか」
好みな戦術でなくとも最高のモチベーションを持ってこれない事に対するため息なのだが、コレばかりは仕方が無い。
荻原と英雄が断固抗議の姿勢を崩さない。
「後半オフェンシブになる分、DFでの役割を分けとくぞ。」
雑談をキリ良く、後半のプランについて話し始める。
前半で秀徳を観察し続けた花宮には、後半来るであろう展開に当りをつけていた。
「は?こんなん、練習でもしてなかっただろ?」
「今更何言ってんだよ。むしろ大会通して練習通りの事した方が少ないだろうが。」
「それアンタが言う!?」
花宮のしたり顔に鳴海が抗議。
「前半ではあまり表面化してなかったが、こっからはそう上手くいかねぇ。とにかくDFリバウンドを取れ。そうすりゃ、簡単に点差は開かないからな。」
前半は両チームともミスマッチを上手く攻めていた為、シュートを落としていなかった。しかし、そんな展開が何時までも続くとは思えない。
シュートが落ちればリバウンド力が高い方が有利になる。そして、それは大坪のいる秀徳がそうなるだろう。
だからこそ、先手を打つ必要がある。
「DFリバウンドが取れれば速攻が使える。これ以上説明いるか?」
「うーん、お見事。」
「だな。鳴海、お前の負けだ。」
パンパンパンと英雄が手を叩き、灰崎が鳴海の肩を叩いた。
コート上の選手として役割を果たし、同時に監督としての責務もこなしている。この試合今1歩な鳴海には強く言えない。
「(さーて、そろそろ気付こうぜ太郎君よ。何でこの状況が変化しないのか、有利のはずが主導権を取れないその理由。)」
話も程ほどに、一息入れつつ英雄は緑間に目を向けた。
試合が始まってからというものの、秀徳が主導権を奪うチャンスは数度訪れていた。それなのにも関わらず、結果として均衡が崩れる事なく折り返し。
そこには原因がある。そして緑間自身、強く関係している事にまだ気がついていない。
「(何故だ。打つべき場面で必ず決めているし、英雄を好きにやらせていない。灰崎の存在があるにしても、この状況は一体...)」
「どったの真ちゃん。そんな深刻な顔して。」
原因の解明にまで至っていないが、押し切れない状況に違和感を感じ、頭を巡らせていた。
高尾の言葉も完全に無視をしながら、考え続ける。
「おいおい無視かよ。まぁ分からんでもないけどな。あいつ等、全体的にスローペースのくせに要所でテンポが変わる」
高尾個人は目立たないながらも花宮と20分やり合った。明らかに手の内を隠している花宮に不信感を募らせているが、感触は悪く無かった。
先の失点もそう、テンポの緩急によって対応にもたつきが生じた為のもの。予想では、花宮の差し金であろう。
「加えて、あえて直接灰崎にパスせずに鳴海を仲介させている。これをやられると大坪のカバーリングが遅れて、結果灰崎が止められない、か。大したものだよ、無冠の五将は伊達ではないようだ」
花宮はポストアップした鳴海に1度パスしてからのOFを使い続けてきた。その後、何度か灰崎にアシストパスを送り、再び鳴海中心に戻していた。
するとどうだろうか、木村では止められないという事実を突きつけられ、大坪のDFが1歩出遅れ始めたのだ。
直接点を決めるでもなく、駆け引きでやり辛さを演出した花宮の存在感は今大きなものになっている。
中谷は続けて状況を整理していく。
「だが、問題はそれだけではない...緑間、分かっているな。」
このままでは埒が明かないと、中谷は緑間に向かって直接問題定義した。
「......。」
具体的に何が原因なのかが分かっていない緑間は、無言のまま真剣な眼差しで次の言葉を待った。
「緑間、お前にはシューターとしての怖さが足りない。」
しかし、その言葉はあまりにも厳しく、緑間のプライドが崩れかねない程に大きなショックを与えることになる。
自ら強く要望し、獲得に乗り出した中谷の言葉とは思えず、他のメンバーも含めて数秒の間沈黙に包まれた。
「はぁ!?3Pでも100%決めてくる緑間が怖くない訳ないじゃないですか」
「...高尾」
その一言に先に反応したのは、緑間ではなく高尾だった。緑間は意外な顔で高尾を見つめる。
「そうだな、では逆に聞こう。緑間の特徴は何だ?」
「成功率が100%のまま何本も決めて、高さもあって個人のスキルも抜群で。」
「ムカつくけど、シュートセレクションもしっかりしてて頭も悪くない。」
高尾と宮地の答えの様に、正にシューターの教科書の様なプレーと言えるだろう。
「だが考えても見ろ。教科書の中身なんてものは、ある程度のレベルになると誰でも知っているんだ。」
「...あ。」
中谷の返しに高尾は間の抜けた声を漏らしてしまった。そして、気が付いてしまう。緑間というプレーヤーの盲点に。
バスケットという確率の競技において、選択されるプレーに明確な正解はあまり無く、シュートセレクションの様な確率に乗っ取ったリスクマネージメントというものがある。
それが特別悪い訳ではない。その状況でしっかりと計算し、ベストでなくともベターな選択をする事はチームに安定感を齎せる。
しかし、それが事前に分かっている場合、今回の事が起こりうるのだ。
「教科書通りって事は、予測しやすいって事か。けど、だからってそんな簡単に...」
確かに中谷のいう事は正しいのかもしれない。しかし、それでも緑間は中学最強だったのだ。高尾の様に理屈だけでは納得できない。
「簡単ではない。その為の大前提を相手がクリアしているというだけだ。」
大前提とは、つまり緑間との1対1が成立しているかどうか。
3P抜きにしても天才である緑間を単体でマーク出来なければ、分かっていても予測までで終わる。そして、少なくとも相模というチームに2人いる。
中谷の予定では、こういう事態は早くてもIH予選の決勝くらいで、もっと先で訪れるはずだった。
それが、こんな形でその機会がやって来るとは思いもしていない。だが、これを好機と捉え、頭の中で作っていたスケジュールを繰り上げる事にした。
「このままスクリーンを多用しても機能するだろうし、そうそう引けを取る事も無い。緑間、お前はどうする?」
表情も言葉も全て厳しく、その内側にある期待を篭めて、緑間に問いかけた。
更新が遅れてしまいまして申し訳ございません。
皆様のお声もありまして、今後の方針を再考させていただきました。
全ての方にご納得頂けないかもしれませんが、出来る限り努力していく所存です。
今後ともどうかよろしくお願い致します。