黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:花宮の心理戦

「説明した通りだ。勝ちに行くぞ、いいな」

 

「ここからが大事だ。決して受身になるな!」

 

両キャプテンが全体に呼びかけている。

秀徳が円陣に対して、相模はバラバラに入場。分かりやすい程にチームの特色が出ていた。

 

インターバルが終了し、第3クォーターのブザーが鳴る。

ただ休息を取るだけでなく、これから先に向けて最も適した方法で時間を使った。後は結果を出すのみ。

 

後半は秀徳ボールでスタート。

開始と同時に英雄が緑間のマークをオールコートで行い、他の相模メンバーもDFを構築していく。

高尾もハーフラインより先で花宮のマークにあい、秀徳フロント陣もインサイドでポジションを取る。

 

「む!(DFが変わった?)」

 

前半まで大坪とマッチアップをしていた鳴海の近くに灰崎と荻原がポジショニング。花宮は変わらず高尾のマーク。

マンツーマンDFとゾーンDFを掛け合わした特殊なDF、トライアングル・ツーである。

 

「(緑間と大坪さんを最優先で止めにきたか...遂に動いてきやがった。)」

 

「...っは。」

 

これまで秀徳の仕掛けに対して受けに回り、動きを見せなかった花宮が攻めに転じたと高尾は確信。DFから先手を取り、主導権奪取の目論見に試合の転機を見た。

警戒心が表情に出たまま睨みつけている高尾に気付き、花宮が嗤う。

 

 

 

インターバル中、花宮は攻勢に出る為、作戦を伝えた後に一言だけ発した。

 

【やつ等から、緑間と大坪を取り上げるぞ】

 

 

 

OFDF共に秀徳の柱は間違いなくこの2人。中と外の両軸、どんな展開でもこの2人が必ず絡んでいる。

逆に、ここを抑える事が出来れば主導権の方から相模を訪れてくる。

三角形のゾーンで大坪と木村のシュートを、アウトサイドを花宮と英雄でケア。宮地へのチェックをやや甘くなってしまうデメリットが存在するが、それでもこれ以上無い対抗策である。

 

「(やってやる、やってやる...!)」

 

マンツーマンDFで歯が立たなかった鳴海だが、ハーフタイムで気合を入れ直しており、前半と同じ様にゴール下へとポジションを取る大坪の背中を睨みつけた。

 

「ま、俺らはあんま変わらないけどね。」

 

「そのようだな。」

 

変化したのはインサイドであって、緑間と英雄のマッチアップは継続される。緑間と高尾を確認する為に、キョロキョロと首を動かしている英雄。そして、分かっていた事だと冷たくあしらう緑間。

 

「っむ。そうきたか...。」

 

相模のDFでの先手に中谷も顔色を変えた。前半の展開を踏まえた、最も効果的な対抗策。

 

「(俺らをフリーにしてでも2人を止めたいのかよ、舐めやがって)高尾!寄越せ!俺が決めてやる!!」

 

この状況に宮地が奮起し、パスを求める。

高尾と緑間が外に張っている為、ミドルレンジでパスを受けられればフリーでシュートが打てるのだ。ここで決めて相模のゲームプランを壊しに掛かる。

 

「っ!」

 

しかし、高尾からパスは来なかった。

 

「何やってんだ!轢くぞ!!」

 

「(いや、分かってんすけど...!この人っ、急にプレッシャーが!)」

 

宮地が体全体でボールを要求している様を余所に、高尾は動けなかった。

前半、のらりくらりとやっていた目の前の男、花宮がここに来て積極的にプレスをかけ始めたのだ。これまでのプレーが本調子でない事は分かっていたはずなのに、動揺の色は隠しきれない。

 

「(やべぇ、獲られる...!)」

 

花宮から発されるプレッシャーに負けて、無意識に半歩後退してしまった高尾。

 

「いいから早く寄越せ!」

 

「(くっ...)そー!」

 

その後、宮地の怒声に反応して花宮の手を避けながらで体勢を悪くしながらパスを送った。

 

「いかん!宮地行ったぞ!!」

 

「はぁ!?」

 

高尾と宮地を繋ぐパスコースに荻原が飛び込んできた。大坪のコーチングは間に合わず、ボールを奪ってターンオーバーへと移行。

花宮によって半歩後退した上、体勢を崩された。いくらマンツーマンDFでないといえど、パスコースは実に読みやすい。

 

「おおっ!?本当に来た!?気持ち悪っ!!」

 

パスをインターセプトした荻原が怪訝な表情で、ボールを運んでいた。

その理由は、ハーフタイムでこの展開を完璧に言い当てた花宮にある。

 

【こっちが極端なDFに転じれば、あっちは確実に穴を突いて来る。だからそこを狙うぞ】

 

花宮はトライアングル・ツーを仕掛けた場合に生じるデメリットの対抗策を話していた。

 

【狙うって言われても】

 

【具体的に言ってくれよ】

 

【あ、分かってない訳じゃなくて、確認の為にね】

 

『ギブミー詳細』と連呼しながらも、地味に上手い言い訳を使ってくる英雄に少しイラ立ちながら花宮は続けた。

 

【...まぁ、いい。あっちのPG、1年だ。】

 

【だから?】

 

説明するのを面倒臭そうにする花宮は、簡潔過ぎる短文で終わらせようとした。流石にそれはないだろうと、灰崎は掘り下げに掛かった。

 

【っち。1年って事は、日が浅いって事だろ。メンバーの特徴掴むには短すぎる。前半見てても実に効率的にパスを捌いていやがった。だから後半の最初はミドルが打てる宮地にパスするんだよ。ちったぁ考えろよ。】

 

広い視野を駆使して全体を把握し、効率よくパスを捌く事でゲームを組み立てる正統派PG。相模の仕掛けたDFを見て、ドライブなどの無茶をしてくる可能性はほぼ無いとの判断である。そこに花宮が本気でプレッシャーを掛けてモーションを更に大きくさせれば、タイミングさえも容易に掴める。

タイミングが分かれば合わせるだけでよい。みえみえのロングパスを奪ってターンオーバーに繋げる。

 

「(味方ながら、やっぱ流石っつーか。ま、とにかく)行くか!」

 

半信半疑だった荻原は、奪った時の感触に疑問を覚えながらもOFに切り替えた。

相模のターンオーバーとくれば、当然三線速攻である。

 

「戻れ!高尾緑間!なんとしてもシュートを打たせるな!!」

 

大坪の指示で一斉に自陣へと掛け戻るが、宮路は出遅れ荻原の分だけアウトナンバーになってしまっている。花宮と英雄も両サイドを走っており、判断が難しい。

 

「くそ!ここで止める!」

 

割り切った高尾は花宮ではなく、ボールを持っている荻原に向かった。

無理にスティールを狙わず、アウトサイドシュートよりもドリブルで抜かせない為に、一定の距離間を保つ。『鷹の目』で花宮の位置を確認し、ドリブルとパスのコースの中間にポジションを取った。

 

次の一挙一動を読もうと荻原の手を見張っていると、荻原の右手がボールを打ち下ろす様に動いた。

 

「(花宮にバウンドパス!)甘いぜ!」

 

反応した高尾は、荻原の動きに同調するように右足を出して、パスコースに手を伸ばした。

 

「っほ!」

 

「(フェイク!?)しまった!」

 

高尾の読みどおりに、ボールは一度荻原の手から離れコートを跳ねたのだが、跳ねた位置は荻原の足元で左手に収まった。

パスフェイクを織り交ぜた、緩急のクロスオーバーで高尾の逆を突いた。高尾は道を空け、真っ直ぐにゴールに向かう荻原。

 

「やらせん!」

 

「緑間か!?」

 

そこに緑間が現れ、手を伸ばしてシュートコースを塞ぎに掛かった。195の長身を誇る緑間の存在感は立っているだけでビリビリと響いてくる。並みの選手だと、躊躇いが生じてスピードを緩めるなりしてもおかしくは無い。

 

「(天才のオーラってーの?何か見えてるぜ。...けどな)ここは勝負だろ!!」

 

構わず緑間に突っ込んでいく荻原は、真っ直ぐにレイアップ。元々英雄のマークをしていた緑間は、ヘルプの為にポジショニングに遅れが出ている。キセキの世代といえども、後手に回っているのは緑間。引いて良い場面ではないのだ。

迫り来るブロックを前に、1度持ち替えて緑間をかわし際にリリース。荻原のダブルクラッチ・リバース。

 

「(こいつ...!)」

 

「ぐぅぅぅっぬ!!」

 

予想外の個人技に目を見張った緑間。荻原の事を評価していたが、ここまで出来る奴だとは思っていなかった。

見事に緑間をかわしたものの、ボールをリングに嫌われて落下していた。

 

「ごっつぁんでーす!」

 

そこにふざけた掛け声で割り込んできた英雄がリバウンドを奪って、そのままバンクショットを決める。

ターンオーバーからの三線速攻で、数的有利をそのまま押し切り得点に繋げた。緑間がブロックに跳んでしまえば、リバウンドで英雄と競り合える者がいなくなり、ボックスアウトを省略できる。

 

「英雄、悪い。勘弁な」

 

「いやおしかった。ナイスアタックだぜ、シゲ!英雄、今のは本当にごっつぁんゴールだな!」

 

荻原のプレーを灰崎が褒め称え、荻原と共にDFに戻っていく。英雄は、「うん」と一言で応え、緑間のマークへと向かった。

 

「すげーだろ、ウチのシゲはよ。去年からかなり伸びてきてるんだ。」

 

英雄は胸を張って、緑間に自慢する。外しはしたが、緑間のブロックをかわしてシュートまで至った。幾ら有利な状況だとは言え、緑間から放たれるプレッシャーを跳ね除けて、果敢に立ち向かっていけるプレーヤーが全国でもどれ程いるかを考えれば、現時点での荻原の実力もおして測れるというもの。

そして、未だ少し目立つ荒っぽさは、荻原の伸びしろを示しているのだ。

 

「んでもって、それは俺もだよ。太郎君を絶対に放さない...あ、勘違いしないでよ?俺ソッチ系じゃないから」

 

「...そんな事は聞いていないのだよ。」

 

英雄の言葉の蛇足に苛立ちながら、足を動かしながらパスを受ける隙を狙う緑間。

 

 

 

秀徳のバックコート陣2人が歩を進める中、インサイドでは激しいポジション争いを繰り広げていた。

傍から見て激しく動き回っている訳ではないが、より良いポジションを奪う為に体を張って、筋力を使っている。

 

「(この野郎!やっぱり、つぇえじゃねぇか!)」

 

背中越しから押し付けてくる大坪に対して、鳴海が主に競り合っている形。荻原が大坪の前でディナイを続け、灰崎が大坪の間近から木村に睨みを利かせていた。

大坪にパスが入れば、鳴海・灰崎・荻原で囲みシュートチャンスを徹底的に潰す。理想的なのは、大坪にパスを入れさせない事であり、今の形をいかに保つかが肝要である。

ゴール下に入られない様に、鳴海が力で押し返そうとするが、やはりジリジリと押し込まれてしまう。

 

「(けどよ!絶対この試合中に、アンタを止めて見せる!!)」

 

確かに前半では、大坪に良い様にやられてしまった。その結果として1対1を任されないのも理解している。それでも、相手が明らかな格上でも、負けたくないと思う。

この試合での目標を新たに設置し、鳴海は猛然と大坪に勝負を求めていく。

 

 

 

「(また、狙ってやがるのか?宮地さんへのパスを...)」

 

大坪がポジションを取った後、高尾はパスに戸惑いを隠せずにいた。

本来であれば、三角形のゾーンの外にいる宮地と木村を使って攻めるべき場面。ゾーンの届かないところからシュートを決めれば、あっという間にゾーンを崩壊させる事が出来る。

だが、高尾にそれは出来なかった。

 

「(う...迂闊に攻められねぇ)」

 

つい今しがた相模の三線速攻をまざまざと見せ付けられ、その脅威を再認識した。ぽっかりと空いたスペースが罠に見えてしまい、どうしても躊躇してしまうのだ。

ただパスを通すだけなら出来なくはないのだが、目の前にいる花宮が楽にプレーをさせてくれそうにない。

 

「どうした?もうお終いならもらうぜ、そのボール。」

 

「(ちぃ!)木村さん!!」

 

花宮が手を伸ばした瞬間、高尾がドリブルで僅かに距離を空け、木村にパスを出した。

宮地へのパスが狙われているのならば、バランス良く配給してDFに揺さぶりを掛ける。

 

「よし!ナイスだ高尾!」

 

「木村ぁ!そのまま決めてしまえ!」

 

狙いは当り、宮地よりも警戒が薄かった木村にパスが通った。3Pラインの内側で受けた木村に大坪が大きく指示を出す。

 

「(ざまぁみやがれ!)って...あれ?」

 

DFの穴を突いた事で、高尾は花宮にしてやったりといった顔で笑みを浮かべる。しかし、花宮の表情に変化は一切なかった。

 

「それで?あの状態から、どうすんだ?」

 

 

 

「(俺らをノーマークにするからには、それ相応の失点は覚悟してんだろーな!)」

 

木村はそのままシュートを狙って、ゴールを1度目視する。同時に、前半まで木村のマークを担当していた灰崎の冷静な眼差しが突き刺さっていた。

 

「...アンタ。そんなとこでパスもらって何か出来んのかよ。」

 

木村のシュートを意識させ、他のチェックを甘くする。そんな木村の行動の意味を、灰崎はあっさりと見透かしていた。

確かにアウトサイドでパスを受ければ、現状誰にも妨害を受けずに済むだろう。しかし、木村のマークが甘くなっている理由は、木村のシュートレンジにある。

 

木村はどう見ても、ベッタベタのロールプレーヤーである。インサイドのDFとスクリーン等のOF援護、これらの技術は全国に誇れるものであるが、個人の決定力という点では1歩引いてしまっている。

前半でのシュート意識の低さから、灰崎に看破されてしまった。

 

「っぐ!」

 

完全フリーの状態でも、木村がアウトサイドにいる限りDFは動かない。

逆に、これより内側に入り込めば灰崎が詰め寄ってくる。このプレッシャーに木村の足が、やはり動かない。

 

「木村さん!宮地さんが空いてる!!」

 

このままでは5秒ルールに引っかかり、攻守を明け渡してしまう。それを恐れた高尾の声が大きく響き、咄嗟に木村から宮地へとパスが出た。

再びスティールされない様に宮地は木村に近寄ってパスを受け取りに行く。しかし、荻原もタイミングを見計らって宮地へのチェックに走り出している。

 

「ここを取れば...!」

 

「生意気なんだよ糞1年!!」

 

チェックの甘かった宮地にパスが渡るも、DFは全く崩れておらずむしろOFが崩れ気味になっている。宮地の体勢も悪く、限りのある選択肢で打破しなければならない。

宮地は負けん気を強く示し、ワンドリブルで反転しシュート。ターンアラウンドで勝負。

 

体勢の悪さから充分な高さが生み出されず、荻原の中指が僅かに触れた。

 

「っく、この」

 

コースが乱れたボールはリングに弾かれ、3人が競り合うゴールの真下へ零れ落ちていく。

 

「リバウンド!」

 

木村が外にいた為、大坪1人に対して鳴海・灰崎の2人。大坪を挟んで、ゴール下の外へと押し返す。

 

「(高さじゃ勝てねぇ。けど、2対1ならどうよ!)」

 

最大到達点で大坪を超える事は出来ないが、数的優位を作って大坪を潰そうと2人でボールに手を伸ばす。

 

「っおお!!」

 

しかし、不利なはずの大坪が体を強引に捻じ込みポジションをこじ開け、ボールを奪い取る。

 

「木村!」

 

リバウンドを奪った大坪は着地直後にノーマークの木村にパスを出し、木村は灰崎を引き付けリターンパス。

 

「何!?」

 

鳴海との1対1に持ち込んでショット。

 

「ファウル!赤6番、バスケットカウント、ワンスロー!」

 

「っぐ...。」

 

咄嗟のブロックで鳴海は大坪の手を叩いてしまい、大坪にフリースローを与えてしまった。

秀徳の大黒柱・大坪、彼がいる限り簡単にチームが崩れる事はない。その威風堂々としたプレーには風格すら感じ取れる。

 

「...ふぅ。」

 

そんな中、大坪は静かに一息ついていた。結果として、大坪の技量が上回った形だが、その過程は際どいものだった。

大坪にも今の攻防から予想される試合の今後、それは決して楽なものではないと。

 

秀徳の武器であるインサイドが揺らぎ始めていた。

1番の問題は、リバウンドである。前半はスローペースな試合展開の為、お互い着実にシュートを決めてきた。

しかし、相模のDFはゴール下を固めて、大坪にリバウンドを取らせない様に仕向けている。

本来の形であれば、木村もリバウンドに参加するのだが、パスを受けよう外に開けば展開に追いつけなくなるのだ。

だからといって、外からOFを展開できる状態でもなく、どうしても同じ展開に持ち込まれてしまう。

 

「(結成してから僅か2ヶ月。禄に練習すらしていないDFシステムでここまでやるか...)」

 

状況を解析し、相模の潜在能力の高さに中谷は眉を顰めていた。

充分な連携はそれなりの時間が必要となる。つまり、相模は個の力でやっている事になるのだ。

2年1人と1年4人の若すぎるチーム。

 

「(この状況を変えるには、やはりお前の力が必要だぞ。緑間よ。)」

 

それでも、相模の力を認めるしかない。今まで見たどのチームよりも粗が目立つこのチームは、既に全国クラスの実力を秘めている事を。

その上で勝つには、打破するには緑間次第となる。

 

 

 

「大坪さんだって絶対じゃないし、この調子なら何時か取れるでしょ、リバウンド。」

 

英雄の言葉は真実であり、失点したが手ごたえはあった。このままいけば近いうちに捕らえられるはずだと。

 

「期待しちゃっていいよね、鳴海ちゃん?」

 

「...!...おーし。」

 

良いDFからは良いリズムが生まれ、OFにも強く影響する。

序盤は勝てないイメージを持って受身になっていた鳴海にも多少の自身が芽生え、良い表情のままOFに向かった。

 

「祥吾は、まぁボチボチだよねぇ。もうちょい出来るでしょ?」

 

「うるせぇ、お前がやってみろっつんだよ。」

 

「おら!雑談すんな!」

 

鳴海の後ろで英雄と灰崎が話していると花宮によっていつも通りに怒られていた。

 

 

 

「さーてさて、そろそろいっちゃうよん。」

 

攻めッ気を隠すつもりもなく、周りに目を向けてタイミングを計っている英雄。

全く変わらない英雄のユルい態度に緑間の米神がピクリと動く。

 

「来い。貴様が何をしようとも止めてみせるのだよ。」

 

「あっそ。じゃあ、しっかり付いてきてね。」

 

英雄は灰崎に1度目配せを送り、緑間を引き摺りながらインサイドに飛び込んだ。英雄の動きに連動し、灰崎が逆サイドの外に開く。

相模の動きに対応する秀徳だが、パスコースを塞ぎきれない。ミドルレンジの位置で英雄がパスを受ける。

 

「(この展開は...緑間にポストアタックするつもりか!?)」

 

大坪は、1年生ながらによどみの無い大きなポジションチェンジを連動して行う3人に関心しながらも、インサイドで緑間を攻める英雄の狙いに目を細めていた。

 

「繊細な太郎君にはちょっとキツいかもね。」

 

緑間に肩をぶつけて、パワー勝負に持ち込んだ英雄。緑間も負けないように腰に力を入れて踏ん張っているが、徐々に押し込まれ始めていた。

 

「っっ英雄!!」

 

競り負けない様に力強く出した緑間の1歩に合わせて、英雄のターンアラウンドからのフェイダウェイ。

強烈な肩透かしをくらった緑間では英雄の動きを捉えきれない。

 

「メンゴね。」

 

アウトサイドで緑間の3P以上のプレーは出来ないが、インサイドでの優位性を示した。それはこの先何度でも仕掛けるという意味でもある。

 

「真ちゃん大丈夫かよ。いくら奇襲でもあっさりやられ過ぎだぜ?」

 

「それは違うな。」

 

「え?」

 

高尾がスローインを受け取る為にエンドラインに近寄り緑間に声を掛けていると、大坪がその言葉を否定する。

 

「確かに、虚を突かれた事もあったかもしれん。だが、それだけではない。灰崎と比べても遜色ない程に、単純に巧い。」

 

またしても、緑間の隙を的確に突いてきている。

一見、高さもスピードもある緑間ならインサイドでも高いパフォーマンスを発揮できそうに思え、実際に何度か高いブロックを決めた場面も記憶に残っている。

しかし、体をぶつけ合い肉薄するような事は、緑間自身経験にない。

 

「なるほどな。監督が言っていた意味が少しだけ分かった。緑間、お前は何処のチームのユニフォームを着ているつもりだ?」

 

「...!!」

 

中谷に続き、大坪から一言は後頭部に強く衝撃を与えた。

 

チームにおける役割は、そのチームによって違う。

緑間のスタイルはどこからでも3Pを狙うと言う物。極端な話、帝光中では3Pさえ打っていればよかった。

ゴール下は紫原1人いれば事足りて、バックコートは赤司が制圧し、ドライブやカットインも青峰と黄瀬がいて、高さが生きる場面もシュートの時だけである。

だが緑間が着ているユニフォームは帝光ではなく秀徳。緑間中心のチームで、どうして3Pだけで良いと思っていたのだろうか。

 

「俺は...」

 

 

 

 

「よしDF!次は抑えるぞ!!」

 

相模はトライアングルツーを形成し、秀徳OFに備える。

絶妙な間合いで高尾のドライブと緑間へのパスコースを制限する花宮から始まるこのDFは、同じ様なゲームメイクでは何時か必ず捕まる。

 

「(どうする?さっきみたいに木村さんに1度...いや、同じ攻め方が通用する訳ねぇ。いっそ俺が)」

 

高尾が花宮をドリブルで抜けられれば簡単なのだが、この嫌な間合いを保ったまま追従してくる。

 

「高尾!寄越すのだよ!!」

 

「真ちゃん!?頼む!」

 

スティールを食らわない様に高尾の背後から回り込みパスを受けに来た緑間。咄嗟の動きながら上手くボールを受けることが出来、シュートを狙う。

1度シュートに移行すればブロックは届かない。追い付いた英雄を正面に、フェイク無しでシュートに跳んだ。

 

「決める!」

 

「(1、2の)しょーりゅーけーん!」

 

妙な掛け声と共に半身になった英雄がこれまた妙な体勢で下から片手を突き上げる。その手はリリースする直前のボールに当り、ボールと緑間の左手にズレを作り出した。

 

「なっ...!?」

 

リリース時の指の掛かりが狂い、放ったボールが低い弾道を描いている。

 

「ぅおっし!今度こそ!」

 

気合1番、鳴海がボールを胸元に引き寄せた。灰崎が大坪を抑えて一定以上中に食い込ませず、鳴海を後押しした事が大きな要因となっていた。

加えて秀徳メンバー自体が、緑間のシュート後のリバウンドという展開が今まで無かった為に、スクリーンアウトへの移行が遅れてしまっている。ブロックを食らうでもなく、緑間にシュートを落とさせるという目を疑う光景が目の前で行われていたのだ。一瞬動きが止まってしまってもおかしくは無い。

 

「いかん!戻れ!!」

 

目まぐるしい展開に置いて行かれそうになった秀徳メンバーに、大坪が大声でDFへの指示を出す。

気付いた時にはもう既に走り出している相模の5人達。

 

「三線速攻だ!」

 

鳴海のロングパスを英雄が受けてサイドにパスを流す。後ろから荻原が受けて猛然と前進。

 

「待ちやがれコノヤロウ!」

 

「花宮さん!」

 

宮地が追ってドリブルコースを区切ろうと体を張るが、花宮にパス。

 

「そう何度もやらせるか!」

 

この速さに目が慣れ始めていた高尾が花宮の前に立ち、前進するのを遅らせようとプレッシャーを掛ける。

その横から英雄が全力で駆け抜けていく。

 

「お前には打たせん!」

 

「別に、俺が打たなくてもいいんだよ。」

 

緑間は惑わされず英雄のチェック。しかし、花宮は後方右斜め後ろにパスを出した。

花宮の突いたスペースは秀徳DFの警戒が薄く、パスを受けた灰崎に対応出来る者はいなかった。

 

「セカンドブレイク!?」

 

マークの木村を足で振り切って、完全フリーの3Pシュートを放つ。

 

「俺をノーマークにするなんて、案外チョロイのな。」

 

この試合初めての3Pを見事に決めて、相模高校ナンバーワンスコアラーの実力をまざまざと見せ付ける灰崎。

 

「残念だったな1年。また何度でも決めさせてもらうからよ。」

 

三線速攻という分かっていても早々止められない事を証明した花宮は、大人気無く高尾に口撃。

 

「っぐ、このっ。」

 

それを分かってか、高尾も言い返せない。

相模の三線速攻のパターンとしては、花宮・荻原・英雄・灰崎の4人が状況判断で先行する3人と、鳴海と後ろから追う1人に分かれると言う物。

後攻に回るのは大体が英雄もしくは灰崎なのだが、走力が並でなくマークを振り切ってしまうところにこのOFの怖さがある。

特に灰崎は、木村や大坪と競り合っていける屈強さと一気に駆け上がっていける俊敏さを持ち合わせており、前の3人を止めてもほぼ確実にフリーで現れてくる。ゴール下から3Pまで高いシュート力の灰崎がフリーでボールを受けられれば、シュートを落とす事はありえない。

 

そして、速い展開でも的確な判断とドンピシャでパスを合わせた正確性。この展開に持ち込んだ相模DFの中核を担う花宮の実力は、無冠の五将の名に相応しい。

舌を出して挑発してくる仕草には、正直腹立たしいが。

 

「(それよりも!補照がやった緑間へのブロック...ありゃ一体)」

 

三線速攻の威力は充分に理解した。しかし、ターンオーバーを作り出した英雄のプレーには、未だ理解が追いついていない。

 

「太郎君て、テンポが綺麗なんだよね。1,2、3ってな具合で打点も同じだし。」

 

持って生まれた才能と度重なる反復練習による緑間の3P。全てのシュートが同じであるのならば、実に合わせ易いと英雄は言う。

加えて、高い弾道という事は空中に浮いている時間も長く、リリースの狂いが大きくもなる。

全てのシュートに対してこれ程シビアなプレーが出来るとは思えないが、緑間は更にシュートが打ちづらくなっていくのだ。

 

「今度は引き付けてパスかな?それともスクリーンでも使う?」

 

「英雄...貴様ぁ」

 

「何でもいいからジャンジャン来なよ。折角の非公式試合なんだから、さ」

 

「...?」

 

初めは挑発されていると緑間は思った。しかし、最後の表情を見てそうではないとも思った。

英雄は何かを伝えようとしている。そんな風に感じた緑間だった。

 

「英雄、お前は」

 

「とりあえず今度は太郎君の番だよ。期待してるから。」


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