黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:掌を開いて

高尾がドリブルでボールを運んでいる。

何時でも緑間へパスを遅れるように視野に入れているのだが、緑間は超ロング3Pのポジショニングを止めて味方の近くに向かった。

 

「(頼むぜぇ真ちゃんよぉ。状況はかなり深刻だ。あの速攻をもう食らう訳にはいかねぇんだぜ。)」

 

2度のターンオーバーで再び相模がリードを奪い、流れも傾きつつある。この調子で更なる追撃をもうらおうものなら、本格的に敗色がこくなるのだ。

この1本の重みはウイニングショットとなんら変わりは無い。

 

「もうやんないの?長い奴。」

 

「ふん、打たせる気はないのだろう?」

 

英雄のちょっかいをあしらいながら、緑間は動き出すタイミングを見計らっていた。

 

「(秀徳対相模、試合は後半に入った。2度のターンオーバーによってリードを奪われるか...。)」

 

今1度状況を整理し、自身が何処に立っているのかを確認する。

チーム完成度で勝っているはずが流れを奪われつつあり、緑間もボール触らせてすらもらえず、勢いに飲み込まれているのを否めない。

このOFは試合の分岐点と言っても過言でなく、大事に扱うべきなのだ。

 

「(3Pを決められれば話は簡単だ。しかし、フェイスガードをかわしてパスを貰っても、あの変則ブロックが待っている)」

 

第2クォーターから始まったオールコートでのフェイスガード。他の人間がやろうものなら、膨大な運動量に耐え切れず勝手に失速する。そもそもオールコート系DFを1試合丸々使用する事態が高校生の体力では不可能なのだ。

他のキセキの世代すら危ういレベルの運動量を必要とするこの戦法。マッチアップの補照英雄は、その不可能を可能にしてしまう。

 

「(まずは1本取る。3Pが駄目ならば...)そういう事、なのだよ。」

 

最後に一言だけ呟き腹を括る。深く深呼吸し集中を高め、目つきも徐々に鋭くなっていく。

 

 

この短時間で2度も三線速攻で失点してしまった事実は、OFに躊躇いをつくってしまう。

ミスをすれば点差が開く。リスクを恐れ、その時の対応ばかりが気になり、OFが薄くなる。

少なくとも、高尾は花宮から逃れようと必死になっていて、余計にリズムを悪くさせていた。

 

「(くそぉ、抜けるイメージが沸かねぇ!)」

 

得意のドリブル突破も出来ずパスコースも制限され、高尾は限られた選択肢からボールキープを何とかしているという現状。

 

「そんなに俺を抜きたいか?いいぜ、やってみろよ。やれるものならな。」

 

焦る高尾に嫌味な笑いを向けながらも、プレッシャーが減る事はない。

 

「(っく)宮地!木村!高尾をフォローしてやれ!」

 

今までならば、得点源である緑間にスクリーンを掛けて直接的なチャンスを作ってきた秀徳だが、ここにきて作戦を変更した。

いくら緑間をフリーにしても、ボール運びが儘ならなければ意味が無い。パスをもたつかせれば、直ぐに英雄が再びマークに戻ってしまう。前半効果を発揮したプレーも花宮によって封殺されたのだ。

緑間同様にタイトなマークをされている大坪は、本来攻めるべきスペースを全く使わせてもらえない事実に顔を顰め、振り払おうと声を出す。

 

「すんません頼みます!」

 

「任せとけ!」

 

高尾の近場からパスを受けて、宮地はドリブルでゴールを目指して進む。

明確なマークがない宮地は、ペイントエリアに侵入してからの展開に頭を巡らせた。

 

「(やっぱり木村が空いてるな。いや、ここは俺自身で...)っう!」

 

ゴールを見据えた時、飛び出しのタイミングを見計らっている荻原と目が合った。

 

「(くんのか?パスか?くるなら絶対止めてやる!)」

 

ブロックを狙っていると表情に丸分かりだが、その表情が宮地にプレッシャーを与える。荻原との距離も充分あり身長差からブロックされる事など早々無いはずなのだが、ガードの経験が無い宮地にとって、そのプレッシャーは選択を迷わせるのに充分であった。

 

「時間が少ないぞ!落としても構わん俺が何とかする!!」

 

ポジション取りに苦戦を強いられていた大坪が後押しする。このパターンが効果的なのは事実なのだから、パスを回す意味は無い。

宮地は、大坪を信じてシュートに移行した。

 

「今だ!」

 

荻原が飛び出し宮地の眼前に向かって手を伸ばした。端から直接ブロックするつもりはなく、視界を隠して精度を乱させる事が狙いである。急激に詰め寄ってくるプレッシャーと合わさって、宮地のスナップに影響を与えていた。

放たれたボールはリング上をクルリと回って、リングの外側から零れ落ちる。

 

「リバウンド!」

 

今度は、木村もリバウンド争いに加わって大坪の加勢に飛び込んだ。その結果、相模の数的有利が消えて大坪のポジショニングに余裕が生まれた。

灰崎の大坪へのチェックが薄まり、大坪が鳴海と競り合いながらボールを引き寄せた。

 

「ちぃ!さすかよ!」

 

着地で鳴海が体勢を崩し、大坪への対応が間に合わない。咄嗟の判断で灰崎がブロックに跳んだ。

しかし、大坪は冷静に木村へとパスを送り、アシストを決める。

 

「流石3年生、やるやる。」

 

緑間の自由を奪うと言う大仕事を遂行している英雄は、秀徳の土台を支えている3年の3人を素直に賞賛していた。

不安の色を全く見せず、ヘラヘラと周りへと目を向ける余裕の姿が緑間にとって腹立たしい。

 

「けどこの調子なら、うん5回中1回は止めれそうだ。」

 

「ならば、その分お前を止めて見せるのだよ。」

 

先のOFでは気合を入れ直したところだったのだが、英雄のフェイスガードによってボールに触れ無かった緑間は同じことをやり返そうとプレッシャーを強める。

 

「英雄!」

 

英雄は無理に振りぬこうとせず、ポジションをインサイドに変えてポストアップを図る。花宮のパスを受けて左肩を緑間にぶつけた。

 

「っぐ!」

 

不慣れな為、どうしても後手に回ってしまう。ここから考えうる英雄の選択肢は、先程行った様にターンアラウンドからのフェイダウェイ、ロールターンからのステップイン、などがある。パターンはそれ程多くないが、強い当りで体勢を崩されればブロックのタイミングは遅れてしまう。

かと言って、英雄に意識が集中してしまうと死角が生まれる。

 

「しまった花宮が!」

 

ゲームメイクに専念していた花宮が一瞬の隙を突いて、がら空きだったゴールまでのルートに切り込んだ。高尾の動き出しに遅れが生じる。

 

「(いかん!ヘルプに)」

 

「行かせねぇ!」

 

ヘルプに行こうとした大坪に対して、鳴海が全力で体を入れて阻止する。絶妙な英雄のパスをそのままレイアップで決めた。

 

「よーしお前ら、まぁまぁ上出来だ。」

 

上から目線の花宮が褒め言葉を使うが、不思議と嬉しくない2人。ノーリアクションでDFに移る。

 

「無視かよ。」

 

 

 

状況は変わらず、均衡状態を作っている。互いのウィークポイントを起点にOFを仕掛けて、得点を重ねた。

しかし、徐々に変化が起きつつあった。主導権は相模に傾き始める。

 

大坪が鳴海よりも上であるという事は変え様の無い事実だが、DFは三角形のゾーンで、OFは灰崎の存在感で緩和出来ている。

逆に秀徳側のウィークポイント、花宮に対する高尾を宮地がフォローしている。してはいるのだが、高尾の代わりにボール運びを担った事で、効率的なOFが出来なくなっていった。

エースの緑間は変わらずフェイスガードの前に沈黙。

後半に入ってから楽なシュートを1度も打たせてもらえず、宮地のミドルシュートや大坪のリバウンドで対抗していたが、近いうちに再びターンオーバーを食らってしまうかもしれない。

 

「行け緑間!」

 

「(っく)」

 

木村が英雄にスクリーンを仕掛けて、緑間に助力する。僅かな時間だけフリーになった緑間に宮地からパスが渡った。

意気込んでみたものの、結局地力で打破出来ず、チームメイトの力を得てやっとシュートまで持ち込めたと言う現状に歯がゆい思いが表情に表れる。

 

「そう簡単に打たせるかよ!」

 

「しょーりゅーけーん!」

 

スイッチした灰崎のブロックとファイトオーバーしてきた英雄の変則ブロックが前方を塞ぎにかかった。

灰崎に視界を覆われ、またもやボールに触れてくるかもしれないと英雄からプレッシャーを与えられる。

流れを押し返す為に、腹を括ってこのOFを選択したものの、ここまで最悪な状態でのシュートはそうそうないだろう。

緑間に単体で対抗出来るプレーヤーの両方からのチェックに緑間は焦ってしまった。

 

「(しまった!)」

 

英雄の指先がリリースポイントに届く前にと力み、放った直後に違和感だけが手に残る。

高い軌道で少しずつコースを狂わせていき、ボールの中央がリングに衝突した。

 

「外した!?」

 

「鳴海!」

 

「おっしゃあ!」

 

ここが転機と踏んだ花宮は鳴海に大きく指示を出す。

焦った秀徳は安易な選択をして、英雄と灰崎が緑間にチェックできる状況を自ら作り出してしまった。ここでターンオーバーを決められれば、試合は大きく動く。

ゴール下に大坪と鳴海が競り合っており、鳴海がやや優位なポジションの確保に成功していた。

 

「(これなら取れる!)」

 

運よくボールの落下点にポジショニングが成功し、背後の大坪をこれ以上内側に入って来ないように力を入れる。

灰崎がゴール下から離れるという、ある程度のリスクを孕んだDFであったが、このリバウンドを抑えれば確たるリードを奪える。

 

「おぉうっ!」

 

鳴海が補給しようとした直後、背中越しに強烈な衝撃が走った。

僅かに大坪の手がボールに触れて、鳴海の補給を妨げたのだ。ものにし損ねたボールは弾かれてゴール下より離れていく。

 

「なっ!?(ここに来て、どんだけタフなんだよ!)」

 

ポジション取りは鳴海が勝っていた。しかし、それでもボールに触れたタイミングはほぼ同時。もはや大坪を褒めるしかない。

コートに転がるボールに木村と荻原が手を伸ばす。

 

「(先に届く!)」

 

「この!」

 

木村がキープした瞬間、今度は荻原の手で阻み更にボールが弾かれる。行方の落ち着かないボールは、3Pラインまで転がり花宮の下へと辿り着いた。

 

「いかん!ここでのターンオーバーは!!」

 

「そうだ。これで流れはもらう、ぜ!?」

 

花宮がターンオーバーに移ろうと反転した瞬間に高尾の腕がボールを見事に捕らえた。

そのままキープして、ペイントエリアに侵入する。

 

「(やっと隙見せやがったな。どうにかこうにか一矢報いたって感じか)宮路さん!」

 

大坪がボールを弾いた直後、高尾はルーズに参加せず花宮から目を離さなかった。高度に計算された花宮の動きから、展開を逆算していたのだ。

攻守の切り替わりに起きる一瞬の隙を逃さず、花宮からスティールを成功させた。ヘルプに来た灰崎をパスでかわして宮地に渡る。

 

「でかした!」

 

ルーズに跳んだ荻原は体勢が悪く、鳴海は大坪に押さえつけられている。宮地の目の前にある空白のスペースを誰も冒す事は出来ない。

 

「(ダンクはお前らの専売特許じゃねーん)だよっ!!」

 

宮地のワンハンドダンクで、流れを押し戻す。

 

 

 

 

 

「やーい、赤っ恥~!」

 

「るせぇ。」

 

「思いっきりやられてんな。明らかに狙われてたろ。」

 

秀徳に押し返された相模の面々は、フォローするどころかこれを好機とイジリ倒していた。

特に英雄と灰崎は容赦無い。

 

「自分だけ綺麗でいようとするから。」

 

「お前らがルーズ拾ってたら、今のは無かったんだよ!」

 

「俺、ちゃんとヘルプ行ったし。」

 

「俺が太郎君のマークしてなかったら、今の3点だったよ?」

 

体勢を整える時間を与えず畳み掛ける。後の事を考えてはいないのだろう。

 

「秀徳って強いな。」

 

「ああ?いきなりなんだよ。んなもんとっくに分かってるっつーの。」

 

英雄たちの少し前にOFポジションに向かう荻原が鳴海に話しかけていた。

秀徳がどれ程強いかなど今更言われなくても分かっている鳴海は、その意味が分からなかった。

 

「そっか、そーだよな。お前も頑張ってるもんな。俺も負けない様に頑張るよ。」

 

リバウンドを取り損ねた鳴海へのフォローなのだろうか、他の3人が放置している最中でも自然な笑顔を向けられた。

 

 

 

「すいませんでした。」

 

緑間はDFに戻っている合間に、シュートを外した後の対応について謝罪していた。

 

「何がだ?今のは全体のミスだ。だから全体でフォローする。当たり前の事だ。」

 

「流石のお前も灰崎と補照にチェックされると厳しいか。何だ、意外と可愛いトコあんじゃねーか。」

 

大坪は全く問題としておらず、宮路にはミスショットを適度にいじられた。

 

「つーか、1試合で2本も外すところなんて早々お目にかかれそうにないしな。」

 

「レアもんっしょ。これだけでしばらく退屈せずにすみそーだし。」

 

「高尾、お前は黙れ。」

 

「ありゃりゃ。」

 

微妙にニュアンスの違う高尾の発言に冷たく一言。しかし、少しだけ堅かった表情に変化があった。

 

 

 

「緑間よ。別にお前が間違っていると言っている訳ではない。ただ知っておいて欲しかっただけだ。」

 

秀徳ベンチで立ったまま腕を組み、コートに向かって独り言を話す中谷。

 

「自分の活かし方を1つだけだなんて思うなよ。」

 

それは近い内、直接緑間と話し合おうと思っていた事である。

 

「まだまだこれからなんだ。このチームも、お前自身もな。」

 

中谷は昨年、帝光中から緑間を選んだ。そこには確たる理由があり、監督として指導者として決して間違いではないと信じている。

だからこそ、今までTOを取らずに見守る事を選択した。監督として勝つ為の手段を用いる事を我慢して、ただただ静かに見守っていた。

 

 

 

一進一退を繰り返し、OFに厚みを持たせ始めた相模。

先程スティールされた花宮も高尾を意識せざるを得ない。

 

「(恥かかせてくれやがって...)」

 

失態の原因は気を抜いた自身である事は分かっているが、それでも大人しく黙っていられるほど大人にはなれない花宮。

 

「(さっきは上手くいったけど。こう正面からとなると...)」

 

背後の死角を突き一矢報いた高尾も、今まで以上のチェックが必要と判断して花宮との距離間を意識する。

 

「ヘイ!」

 

2人の読み合いが行われる中、視界の外からの声で一気に展開が動く。

ミドルポストに入った英雄が左手を上げてパスを要求している。

 

「(またっ!今度はやらせない!)」

 

再びポストアタックを仕掛けてきた英雄に緑間が腰を沈めて備えを取った。

不慣れな攻防で英雄を止め切れなかった緑間だが、しつこく繰り返されれば目が慣れ始めている。普段あまり発揮されないが、緑間にもパワーが備わっている。

またもやターンアラウンドか、それともパワードリブルからのフックか、頭を巡らし次の行動を読む。

 

「っな!?」

 

しかし、英雄の行動は読みきれなかった。ゆっくりと刻んだリズムが急激に変化して、秀徳DF全体が反応に遅れた。

 

「フラッシュ!?」

 

ポストアップしていた英雄が猛然とゴールから離れていき、花宮をマークしている高尾の裏のスペースに飛び込んだ。

急激なテンポアップ、そして競り合いで重心を後方にしていた事で、緑間から距離を作る。

花宮がパスを合わせて、3Pラインから少し内側からのアウトサイドシュート。

 

「まだだ!!」

 

「だよね。太郎君ならそうなると思ってた。」

 

簡単には打たせないと、緑間が高いブロックでコースを塞ぎ、英雄へ強いプレッシャーを掛けた。

高く上に跳びあがる緑間と対照的に、英雄はゆっくりと沈み込む。

 

「(ここで、ポンプフェイクかよ!)」

 

中を徹底的に意識させ、目が慣れ始めた頃にパターンを変えた。その目論見は見事に的中し、ノーマークでパスを受けてシュートを打つには充分な距離だった。

普通に打ってもフリー同然だったはず、しかしギリギリ間に合うかどうかのブロックに対してフェイクという選択肢。

近距離で見ていた高尾もブロックが間に合うかどうか以外の事など頭に無かった。

 

そして、試合序盤で見せたステップバックからの3Pショット。

放たれたボールは宙を舞い、バックボードに当ってリングを潜った。

 

「3Pをバンクでか...変わっていないようだな。」

 

本来、バンクショットの3Pは普通に打つよりも難しいとされる。

しかし、補照英雄は通常の打ち方よりもこちらを使用する。

最初に放った3Pは0度の角度であって、バンクショットでは無かったが、英雄はバンクショットの方が得意なのだ。

意味不明な特色に他の秀徳メンバーは少々驚いているが、緑間は少し昔を思い返すように英雄を見る。

 

「なんでか分かんないけど、こっちの方が精度高いんだよね。なんでだろ、つか超高弾道の太郎君に言われなく無いんだけど。」

 

嘗て、英雄が帝光中に在籍していた頃、定期的に緑間と3Pのシューティング勝負を行っていた。

何時になっても緑間に勝てなかった英雄は、シュート成功率を向上させるために試行錯誤を繰り返していた。

 

「まっ、2本だけだけど。100%なんで良いよね?」

 

既に2本もシュートを外した緑間に向かって、腹の立つほどの笑顔で言い切った。

 

「ふん、何の話だ。俺はお前の倍は決めているし、試合はまだ終わっていないのだよ。」

 

冷静な対応をしようと試みる緑間の言葉は、しっかりとムキになっていた。

 

 

 

しかしながら、3Pが徐々に打ち辛くなってきた現状で、緑間の動きに制限が掛かる。

高尾に花宮、緑間に英雄がマークをすることでパスの供給を妨げている。緑間のシュートのテンポ・タイミングを英雄が覚えた事実と合わせて、そんな状態でどこまでシュート精度を維持できるのか。

今まさに緑間は選択を迫られている。

3Pに矜持はある。あるが、それは人事を尽くしているといえるのだろうか。

 

「勝負だ」

 

小声で誰に向けたものでもない、自身に向けた決意の言葉。

 

秀徳OFはやはり1度宮地にボールを預ける形になってしまい、本来のOFパターンが使えない。ノーマークの木村にパスをするが、相模DFの対応も早くて決め手に欠ける。

 

「パス!」

 

そんな時、カットインで中に切り込みながら、片手を上げてボールを要求。これまでに全くなかった動きに英雄のマークに僅かな隙間が生まれた。

 

「...!?緑間!」

 

木村は驚きながらもDFの裏へと駆け抜ける緑間にパスを出した。大坪も同様に、咄嗟の事であるが緑間の通過したルートを体を使って狭め、援護を行う。

決定的なDFのズレを作られた英雄は恐らく間に合わない。すぐさま灰崎がヘルプに向かう。

 

「(コイツ...絶対ぶっつけだ。なのに)絶対止める!」

 

パスを受けた緑間に詰め寄った灰崎はブロックに跳んだ。

しかし、同時に跳んだ緑間が後方に流れて行く。

 

「(フェイダ...ウェイ...)」

 

持ち前の長身もあって、リング中央へと向かうその軌道は、全く狂う事は無かった。

 

「っし!」

 

上手く合わせたものの秀徳メンバーも困惑を隠せないでいた。相模メンバーも緑間に注目しており、思わず小さくガッツポーズをしていた緑間が全ての視線を独占していた。

 

「...あ」

 

しっかり見られていた事に気が付いた緑間は、恥しさを隠すように平静を保っている風な仕草で、DFに戻っていく。

 

「真ちゃん、何照れてんの?」

 

「うるさい!」

 

高尾にしつこくいじられ、逃げるように振り払っている。

 

「ドンマイ、祥吾」

 

「ああ。にしても緑間の野郎...」

 

「うん。これは、ぶっちゃけ抑えきれなくなるかも」

 

英雄も灰崎もカットインを行ったことによる試合展開の変化を理解している。

緑間の行動パターンは全て『いかに3Pを打つか』が基本となっている。逆にそれを分かっていれば、緑間は制限付きでプレーしていると同義。

だが緑間は、3Pという選択肢を捨てる事で無意識に己を縛っていた枷を外したのだ。

 

 

 

「(よくぞ...よくぞ決断した。)」

 

秀徳ベンチにいた中谷は、前のめりに立ち上がり握り拳を作ったまま緑間に熱い視線を送っていた。

 

「(お前は既に成功をその手にしていた...だが、更なる大きな成功を手にするには、手にあるモノを1度捨てねばならん。だがしかし、それでも)」

 

プライドの高い男が、その象徴とも言える3Pを捨てるという結論に至るまでに、どれ程の葛藤があったのかは考えなくても分かる。

ヨコの動きを増やせ、1ON1で展開に抑揚をつけろ、などという簡単な指示を出せば、この試合に限ってある程度問題解決に繋がっただろう。

しかし、今後の成長の為には根本的な意識改革が必要だったのだ。

 

中谷自身の現役時代の経験から、こういった事は自身が納得するまで考えなければ意味が無いと知っていた。

だからこそ、あえて厳しく接し自主的に考えさせた。

最悪、この試合が敗北しようとも構わない。それだけ、この試合には異議がある。

 

成功を手放すという行為は、簡単ではない。

手放した結果成功すると言う保証も無く、才能や経験は関係ないのだ。

必要なのは、たった1歩踏み出す勇気。

 

「(しかし、そこまで負けたくないと思える相手か。)」

 

本来、即決出来る様な問題ではない。この短い間に決断した切っ掛けが、何かは実に分かりやすい。

嘗てのライバルを思い出し、才能とキセキの世代という巡り合わせといい、本当に恵まれているなと中谷は微笑んだ。

 

 

 

「祥吾!」

 

花宮から荻原を中継し、灰崎にパスが回る。

 

「鳴海ぃこれは決めろよ!」

 

すぐさま大坪がヘルプポジションにつくが、マークの甘くなった鳴海にパスをして得点を演出。

 

「舐めんな!!」

 

コート内の空気がガラリと変わった事を気にしてか、派手にダンクを狙わず確実なバンクショットを決める。

 

 

続いて秀徳OF。

再び緑間がカットインを狙う。

 

「Vカットかよ!やり辛っ!」

 

左45度の位置からペイントエリア、そして右45度に移動しパスを受ける。

動きの質の変化によって、密着DFにも穴が生まれ始めた。

ボールを受けた緑間はトリプルスレッドの構えで、英雄と相対。

 

「いくぞ」

 

「1ON1!いいね、バッチこい!!」

 

フロントチェンジからロールターン。緑間のイメージにはないプレーだが、充分なキレを持っていた。

それでも振りぬけず追従してくる英雄にレッグスルーで切り返し。

 

「(思ってたのより全然速いじゃん)でも、あまーい!!」

 

相模のゴール下はゾーンを組んいた為、緑間はジャンプシュートを選択した。

緑間のドライブには多少驚いたものの、その選択事態は予測範囲内であり、英雄はドンピシャのブロックで対応。

 

「(この距離でも超高弾道って、タイミング取りにくっ!)」

 

3P時とは軌道がやや違っており、ピンポイントで合わせるブロックのタイミングを読み違えた。

ブロックが失敗し、失点したかと思いきや、距離間の違いで緑間のシュートはリングに弾かれいた。

 

「っしまった!」

 

「リバウンド!流れを渡すな!!」

 

緑間の変化によって必ず流れは来る。

そう確信した中谷は、ここでのターンオーバーを嫌がり沈黙を破って大声を出した。

 

「鳴海!ポカすんじゃねーぞ」

 

「うっせーよ!」

 

「っぐ」

 

数的優位で大坪を挟み、潰しにかかる。跳躍の為の踏み込みすら楽ではない状況で、ポジション取りも負けている。

 

「させねーよ。これで2対2だ」

 

そこに木村が現れた。

緑間がボールを受けた為、緑間の逆サイドにポジションを取っていた。無理にボール回しに参加しなくて良くなった木村は、本来の役割に戻ったのだ。

 

「(あんま調子にのんな!こちとら、このプレーに2年も掛けてきたんだっつーの!!)」

 

灰崎にボックスアウトで体をぶつけ、大坪の負担を緩和させた。

その結果、インサイドの支配率が大きく変化する。

 

「(地味でも何でも)負けてられっかよ!」

 

木村と灰崎が同時に触り、再び宙に舞う。

 

「ちぃ!」

 

「(この天才野郎が!)」

 

ポジションは勝っていたはず、それでも互角の競り合いに内心愚痴る。

だが、最初の1回で相模にリバウンドを取らせなかった事は、秀徳に分が回る。

 

「この...!お前は止めるっつってんだろ...!止まれよ!!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

鳴海のしがみ付く様な競り合いを引き摺りながらも大坪は止まらない。

ボールを奪って、走りこんでいた宮地にパス。

 

「ナイス大坪!」

 

決定的なパスにより、DFの荻原のミスマッチを確実に突いた。

 

「やっべぇ!」

 

外れる理由の無いミドルシュートはリングを潜り、流れを押し留めるどころか引き寄せた。


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