黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:勝負の行方は終盤に

「ぅおおおっ!」

 

声を出せば格段に力が増す、訳も無くガムシャラに大坪に体を寄せる鳴海。

もう何度目か、こうして入る気がしないシュートを打つのは。

 

「何度来ようがやらせん!」

 

大坪の手によってボールが地面に叩きつけられた。

ルーズボールを木村が拾い、ターンオーバーに移る。

 

「高尾!」

 

通れば追加点。点差も無くなり、流れを完全に手中に収める事が出来る。

しかし、そんな時にこそ仕事をするプレーヤーがいた。

 

「あめぇよ」

 

高尾がパスを受けるギリギリのタイミングでインターセプトを決める。

 

「てめぇ!」

 

「さっきのカリは返しとくぞ」

 

鳴海が止められる事も想定内だったのであろう、ターンオーバーの危機でも慌てず冷静に対処。

ターンオーバーにターンオーバーを返して、崩れたDF陣形を攻める。

 

「決めろ荻原!」

 

中に切れ込む荻原にバウンドパスで合わせて、点差を元に戻す。

木村のスローイン直後にブザーが鳴り、第3クォーターが終了。

 

秀徳高校 53-57 相模高校

 

攻守を何度も繰り返し、両チームともDF力が目立ちお互いのOFへのチェックが厳しい為、あまり得点が伸びていなかった。

だからこそ、この4点差は大きな意味を持つ。

緑間の3Pがあれば大した問題にならないと思えるが、そうはさせない相模DF。

3Pのチェックを徹底し、2Pならば傷も浅く打たれても構わないという姿勢を貫いてくる。

 

「取捨選択が的確だな。まぁ、リバウンドが取れない以上仕方がないのだがな。」

 

中谷は秀徳メンバーが一息入れている最中に、相模の割り切りを褒めていた。

緑間専用とも言えるあの変則ブロックは、とにかくシュートの直前・直後に触れて落とさせる為のものである。

つまり、そこでリバウンドを抑えられなければ、3Pが2Pになるだけで失点自体は防げない

 

であれば3Pを打ち続ければ効率よく得点できそうなものだが、それではどこかでスティールされるだろう。

元々花宮のマークによって、高尾・緑間ラインは使いづらくなっているのだ。安直な選択は自分を苦しめるだけ。

 

「高尾」

 

「...なんすか」

 

「言っておくが、どれだけ疲れていようが替えるつもりはないぞ」

 

単に勝利するのであれば、ここで高尾を替えて3年生を出す。しかし、それでは意味が無い。

緑間が成長の兆しを見せた以上、高尾にも伸びてもらわなければならない。

そしてその切っ掛けは、今ここにあるのだから。

 

「...へ..へへっ、上等っ!つかあの野郎、嫌味な笑いしやがって。絶対もう1回スティール決めてやる」

 

もとより高尾に引く気はない。

試合開始から受け続けた挑発の数々にいい加減我慢も限界に達していた。

初めは上手く試合を回していこうくらいに思っていたが、1度痛い目を見せなければ気がすまない。

 

「(よしよし)大坪、木村。リバウンドは譲るなよ。」

 

「はい」

 

「分かっています」

 

「宮地と緑間は、もっと積極的にシュートに向かえ。逆転するには多少強引なプレーも必要だ。冷静に展開を見て、攻めるべきところは攻めきれ。中途半端は自分の首を絞めるだけだからな」

 

「はい」

 

既に分かっているだろうが、それぞれの役割を再度確認させる。自分の事は分かっていてもそれを回りに周知しておかなければ、勘違いからミスが発生する。

特に緑間は今までと違ったプレーを繰り返し、感情が昂ぶっている。こういう時にこそ、予想外のミスが起きてチーム全体を混乱させる危険性もある為、1度クールダウンさせたのだ。

 

「点差が詰められなくても決して焦るな。一発スティールなどではなく基本通りのDFを心掛けろ、さすれば必ずチャンスは来る」

 

4点差。たった1度のターンオーバーで同点になり、もう1度で逆転。だからこそ、難しいのだ。

端からスティール狙いのDFは、言ってしまえば博打DF。奪えればチャンス、奪えなければピンチになる。

焦りがミスを呼び、ミスが焦りを生む。そういった負の連鎖は、チームを瓦解させドツボに叩き落す。

中谷は全国で何度もそうなったチームを見てきた。自分のチームがそうなった事もある。

元選手として、監督として、こういう時にこそ基本を大切にするべきと判断したのだ。

 

 

 

 

「おい英雄。ありゃあ、てめぇの差し金か」

 

「えぇ?何の事?」

 

「大概殴るぞコノヤロウ」

 

相模ベンチでは、クールダウン中の花宮が英雄にほとんど確信している質問をぶつけるが、ヘラヘラとにやけた顔で質問返しされて睨みつけていた。

試合開始前に口出ししないと言った手前、試合中に物申したりはしなかったのだが、緑間のあまりの豹変振りに聞かずにはいられなかった。

そして英雄の態度。もはや弁明の余地無しと見た。

 

「1番しんどいのはマークの俺なんだから別にいいじゃん」

 

「良い訳ねぇだろ」

 

花宮でも英雄の軽口は止められない。

全体のOFが変化し、その起点の高尾にまで変化が始まっている以上、マークの花宮にもしわ寄せは来ている。

事実、花宮が高尾を押さえ込んでいなければ、今以上の失点はあっただろう。

 

「あ~無理無理、コイツ絶対やめねぇよ。中学ん時もそうだったしけど、試合中相手にアドバイスしやがんだよ。しかも最後に褒めるからマジ面倒くせぇ」

 

英雄の行動に慣れきっている灰崎は、今更と大したリアクションは取らず汗の処理をしている。

 

「あったあった、そういう事。相手もリアクションに困ってたし」

 

荻原も同様。ろくでもない前例を思い出しケラケラと笑っていた。

相手チームのプレーよりも、英雄の行動に驚かされていたある意味良い思い出。

 

「ホント、慣れって怖いよね」

 

「テメェが言うな」

 

いくら花宮が締め上げても表情一つ変えず、逆に花宮を諌める英雄。

 

「っくそ。こうなっちまったからには、もう何言っても仕方ねぇ。残り10分、緑間を何とかするか逃げ切り体勢に入るか...」

 

「その切り替えの早さはマジ尊敬」

 

「....」

 

「はーい、黙ってます」

 

目力で英雄を黙らし、対策を検討しだした花宮。

 

「(4点差、ゴール下を押さえられてるのが面倒だな。リバウンドが取れないのはまだ良い...)」

 

チラリと花宮はこの間一切会話に参加しなかった鳴海に目を向けた。

5人の中で最も息が荒く、見ただけで疲れている事が分かる。

鳴海はこれまで、完全に格上である大坪と30分丸々競り合ってきた。ペース配分など全く無く、毎度の様に全力で挑み続け、そして歯が立たなかった。

 

「(第4クォーターからの鳴海のDFはザル同然か...分かってた事だが厳しいな)」

 

鳴海の失速については想定内である。寧ろ、最悪第3クォーター中に起きる事も考えていたので持った方だと思う。

想定外があったとすれば、英雄の行動。まさか、相手チームの成長の切っ掛けになるとは思わなかった。

楽しそうにニヤついている顔が気に入らず、英雄の足を踏んづけた。

 

「痛い!」

 

少し溜飲が下がったところで、再び考えをゲームに戻す。

 

「鳴海ー大丈夫か?」

 

「大丈夫...っだよ!ここまで来て..諦められっかよ!」

 

荻原が鳴海に声を掛けると、鳴海が呼吸の落ち着かないまま応える。

完全にバテているが、目だけは死んでいない。

 

「イイね~。鳴海ちゃん凄くいい」

 

 

 

 

先行する相模と追いかける秀徳、最後の10分が幕を開ける。

秀徳ボールで開始され、高尾が慌てず丁寧にボールを運ぶ。中谷からの指示は『いけると思ったら全力で行け、それまでは着実にパスを回して組み立てろ』。

至極当たり前の様に聞こえるが、プレッシャーの掛かる場面で当たり前の事をするのは意外に難しいものである。

 

「(しかも相手は悪童・花宮。悔しいが、今の俺じゃ読み合いに勝てない。出来るのは)」

 

広い視野で味方の位置を把握し、正確なパスでOFを繋ぐ。

ドリブル突破も出来ずシュートに持ち込む事も出来ない。ゲームメイクは完全に読まれ、後手に回り続けた。そして最後に残ったのがこれである。

直接的に自身がOF参加出来ないのは悔しいが、間接的にOFを成立させられれば良いのだ。

 

「(今は負けといてやるよ。でもな、負けるのは俺個人であって、秀徳は負けねーよ)」

 

「(コイツ...この期に及んで割り切りやがった)」

 

出来ない事を消去法で無くし、残ったもので勝負をする。

 

「よし!ナイスパス!」

 

ボールは宮地に渡り、チェックの甘いままドリブル、そしてジャンプショット。

 

「うぉぉりゃぁぁ!」

 

「遅い!」

 

荻原のブロックが迫るが関係ない。ゾーンDFの関係上ブロックは遅れてしまい、元々ミスマッチの荻原では僅かに触れる事はあっても叩き落す事は出来ない。

何より、ゴール下には大坪と木村の2人がスクリーンアウトでポジションを取っているのだ。

見るからに疲労している鳴海が相手なら、リバウンドを奪われる恐れも無い。

宮地のミドルシュートで、第4クォーターの先制点を決めた。

 

次順。灰崎の単独突破でマークの木村とヘルプの大坪を何とかかわしてシュートに持ち込む。

しかし、秀徳は再び宮地のミドルシュートで直ぐに点を取り返した。

 

「流石です宮地さん!」

 

「おう!ガンガンパス持ってこい!」

 

躊躇い無くシュートを打てる宮地がノリ始め、緑間に加えて厄介な存在へと変化していった。

こうなるとトライアングル・ツー自体が機能しなくなり、自然と流れも秀徳に傾いた。

 

「ふぅ、けど2Pなら構わねぇ。英雄分かってんな!」

 

DFが機能しない以上、逃げ切る為にはOFを成功させ続けなければならない。2Pの取り合いなら逆転はないが、だからこそ3Pが怖い。

このクォーター中で1本でも3Pが決まれば、流れは完全に秀徳に行き、手が付けられなくなる。

1発逆転でないにしろ、それだけは防がなければならない。

 

「あいあい。その代わり、OFは任せるよ」

 

OFは灰崎、DFは英雄。花宮が考えた結果、この2人で対抗することになった。

英雄は、目を緑間から離さないように花宮へ返事をし、足をひたすらに動かした。

 

「今の太郎君は怖いからね。ボールを受けさせたくないんだよ」

 

「そうか、なら無理にでも決めてやるのだよ」

 

そして、展開が進んでいく最中で、試合の行方を掛けた鬼ごっこが始まった。

一瞬でも振りぬければ緑間の勝ち、試合終了のブザーが鳴るまで抑えきれば英雄の勝ち。

その勝敗は必然的に、チームの勝敗にも強く関わる。

秀徳DF、もっと言えば木村に灰崎は止められない。全力でディナイを続けているのだが、荻原のカットインや英雄のスクリーンを花宮が上手く利用し、灰崎へ確実にパスを回してくる。

ミスショットをリバウンドで抑えるか、直接スティールするか、どちらにせよターンオーバーを2度成功させる必要がある。

それが出来ないならば、緑間の3Pが必要となる。

 

「(しつこい...!)」

 

英雄の運動量は知っている。それでも、緑間の表情を歪ませる。

カットプレイによって、パスを受ける事自体は出来るのだが、今必要なのは3Pなのだ。最も警戒されている為、普通にパスを受けても直ぐに間合いを潰されてしまう。

ドライブからの2Pなら出来るかも知れないが、3Pが打てない。

 

「ここまで来て」

 

そして、再び英雄からの『余計な一言』が送られた。

 

「ここまで来て、躊躇うなよ」

 

その一言を契機に緑間は動き出し、ペイントエリアへとカットイン。木村のスクリーンと連携し、英雄のマークを振りほどく。

しかし、ゾーンにてゴール下を守っていた灰崎がスイッチし緑間を追い詰める。

 

「(灰崎か...!?)」

 

「このパターン何度目だと思ってんだよ。俺から意識を外してんじゃねーよ!」

 

英雄の様な変則ブロックは出来ないが、単純な1ON1なら問題ない。加えて緑間は2Pを取る動き方をしている為、急に3Pに切り替えても周りが追いつかないのだ。

出来るとすれば、パスを受けてから3Pを決めるというものだが、不用意にして良い相手ではない。

密着マークを引き継ぎ、英雄はゴール下に向かった。

 

「高尾!俺を使え!!」

 

3度、宮地がパスを受けて連続得点を狙う。

 

「3度目の正直だ!!」

 

三角形のゾーンのトップを守っていた荻原が、宮地のパスを受けるタイミングで飛び出した。

普通にタイミングを取っていてもミスマッチの為にブロックは届かない。宮地がシュートレンジまで悠々と移動される前に対応する必要がある。

こうして、宮地と荻原の1ON1の形が出来てしまった。抜かれれば失点は免れないが、何もしなければ今の宮地ならシュート難なく決めてしまうだろう。

 

「勝負!」

 

「うるせぇどけ!」

 

宮地はクロスオーバーで切り返し、ジャンプシュート。

すると、荻原の背後から英雄のブロックが迫っていた。

 

「(2人目!?このやろっ)」

 

「ゴメン鳴海ちゃん!触れるだけで精一杯!」

 

何とか間に合ったものの、ボールをシャットアウトするには至らず、軌道をずらされたままリングに向かう。

 

「この!このっ!!」

 

「(やはり、失速し始めているな)だが、容赦はせん!!」

 

背後からの力が試合序盤よりも弱くなっている事に感づいた大坪は、一気にポジショニングを完璧にしてリバウンドに備えた。

 

「鳴海ぃ!跳ぶな!!競り合いに全力を注げ!!」

 

スクリーンアウトで完全に負けている以上、鳴海が大坪からリバウンドを制する事はほぼ不可能である。それよりも少しでも大坪の体勢を崩してルーズボールに持ち込みたい。

そう思った花宮は鳴海に向けて叫び、無茶を止めようとした。

 

「(ふざけんじゃねぇ!ここまで来て、白旗なんざ上げられっか)」

 

しかし、一切聞く耳を持たず鳴海は大坪に立ち向かった。

リングに弾かれたボールを目がけて、一斉に手を伸ばす。

大坪しか見ていなかった鳴海の肩に木村の体が軽く当り、ほんの少しだけジャンプのタイミングが外れた。

大坪はボールを掴みそのまま叩き込もうと腕を振り上げた瞬間。鳴海の体が強く当り、審判が大きく笛を吹いた。

大坪の手から離れたボールは数度リングの上を跳ねて潜った。

 

『ファウル!赤6番!バスケットカウント1スロー!!』

 

試合は大きく動いた。

 

「悪い...」

 

「2対1だったし、仕方ないよ」

 

無謀な行為がそのままチームの不利益を齎した事に肩を落とす鳴海に荻原がフォローする。しかし、気休めにしかならない事は荻原も分かっている。

均衡が崩れる原因は、概ねこういった小さなミスが発端になる事はよくある。

 

「あと、4分。どっかで緑間の3Pが来るな。その局面を抑えられたら...」

 

「呼び込むの?リスク高くない?」

 

花宮は直ぐに切り替え、フリースローが行われるまでの間に対策を考えていた。

現在、4点差だが大坪が決めれば3点差。

鳴海のパフォーマンスが完全に落ちているが2Pでは1歩届かず、灰崎にボールを集めれば得点自体は難しくない。秀徳が勝ちにくるのならば、3Pがどうしても必要となる。

そこを抑えてターンオーバーを決めたいと頭を巡らせる。

しかし、英雄の言う様にリスクが非常に高い。決められると致命傷になりかねず、ブロック自体も実際困難を極める。

英雄の変則ブロックはあくまでもシュートを外させる為であり、強く弾いて直接的にターンオーバーとは行かない。

 

「(っち。やっぱり5人だけっつーのは厳しいな。早急になんとかしねぇと)まぁそれは後だ。英雄、出来ればでいい。DFはこのままいけ」

 

疲弊した鳴海を直に見て、このチームの決定的弱点の改善を考えつつも試合の行方に目を戻した花宮であった。

 

 

 

「流石っす!1点でもここはデカいっすよ!!」

 

「騒ぐな。まだ決まってもいないシュートを数えるものではない。」

 

いの一番に駆け寄った高尾を冷静に諭した大坪は改めて集中を高めていた。

 

「けど、ここを決めりゃあ流れはウチだ」

 

仮定として大坪がフリースローを決め詰め寄った後の事を宮地が言葉にした。

 

「1年にしちゃあ大坪相手に良く保ってたけど、終盤でボロが出たか」

 

これはある意味褒め言葉でもある。木村は1年生という括りの中で、同じ事が出来る人間がどれだけいるのかを考えていた。

 

「しかし、それでもまだ3点差あります。どこかで勝負を掛けなければ」

 

「その通りだ」

 

緑間は大坪と同じ様に考え、確実に来るであろう勝負所に焦点を向けていた。

相模DFが今更アウトサイドへのチェックを怠るとは思えず、寧ろ厳しくなる。恐らく、こちらの狙いは読まれている。

2Pを着実に決めてDFで点差を詰める事が理想だが、やはりどこかで3Pが必要となる可能性が高い。

 

「(チャンスは必ず来る。その時が勝敗の分岐点)」

 

焦って無理にシュートを狙えば、容赦なく跳ね返されるだろう。

ターンオーバーを1度でも受ければ勝敗は決まる。勝負所まで着実に得点し、何時か来るチャンスにかける。

その為に、まずは1点を。

 

 

フリースローという独特の静けさの中、大坪の放ったシュートが決まり秀徳の得点板に1つ追加される。

 

「大坪ナイッシュー!」

 

大事なシュートを見事に決めた大坪に、秀徳バスケ部の面々から大きな声援が向けられた。

攻守が後退し、気持ちを締め直した秀徳DFが構築されていく。

 

「(スタミナ切れの鳴海とほとんどDFオンリーになっている英雄。灰崎と荻原だけで点を取り続けろって?ふざけた話だな、おい)」

 

フリースローによって1度ゲームが切れ、流れが変化している今、この1本を大事に扱いたい花宮は、手持ちの手札の少なさに皮肉を思った。

今まで高尾に感じさせていた思いを自身でもする事になるとは、本当に皮肉が利いている。

 

「花宮さん!」

 

灰崎のマークが厳しい現状、荻原へパスを通す方が幾らかマシ。カットアウトで宮地から距離を空けてパスを受ける。

 

「こいよ」

 

「よかった」

 

「あ?」

 

一連の流れの中でではなく、完全に足を止めてパスを受けた。OFの選択肢が少ない分、必然的に1ON1となる。

生意気な1年生をここで止めて逆転を狙う宮地に対して、荻原は何故か安堵の声を出していた。

 

「宮地さんとはもう1度直接やり合いたかった。今の俺がどこまで出来るのか、挑戦させてもらいます!」

 

荻原なりの敬意を前面に出し、この試合の序盤以来の直接対決に喜びを示していた。

あくまでも『挑戦者』というスタンスを明確にして、ドライブのタイミングを見計らう。

 

「...1個だけ訂正しとくわ。お前みたいな奴、結構嫌いじゃないぜ」

 

中学で名を馳せた選手は、技量に対する自信の為かどうしても生意気に見えてしまうものだ。

宮地自身も同チームの緑間に良い印象を持っていない。

そのような観点で見ると、荻原の謙虚さは可愛げがあり新鮮にも感じる。

 

だからと言って、勝負を譲る訳ではない。正面から受けて打ち破るのだ。

宮地は荻原に応える様に腰を落とし、一挙一動に集中する。

 

「(これ止められたら花宮さんに怒られるな、絶対)」

 

宮地の右へと突っ込みバックロールターンで切り返し。

 

「(甘いぜ!それくらいじゃ俺は抜けない)」

 

荻原の進行方向に片足を移し、ロール後の荻原の正面に立てるように移動した。

すると、ロールが一瞬静止し、逆回転。宮地を振り切った。

 

「なっ!?(コイツ...ここに来てキレが)」

 

荻原のムラが逆に都合よくなる1例。相手が見誤り、結果として裏をかく事ができる。

 

「この...!」

 

宮地を抜いてジャンプシュートを狙う荻原に、宮地が後ろからブロックに向かった。

中指が僅かに触れて、コートの外へと押し出した。

 

「まだ駄目なのか!」

 

間一髪まで迫ったが、宮路との身長差でまたもや阻まれた。会心のドライブのつもりだった荻原は落胆を隠しきれない。

 

「ナイスブロック」

 

「...おう。(今のは偶々だ。運よく腕がボールに当ってなきゃヤバかった)」

 

間一髪で防いだその宮地は宮地で、木村に応えながら荻原の評価を上方修正していた。

 

 

「さて」

 

得点にならなかったものの、シュートを打ったことによりショットクロックは再び24秒からとなる。

ベースラインからのスローインは英雄が行う事になった。

 

「(誰だ、誰にパスを)」

 

失速した鳴海を除く3人は、揃って高いシュート力を持つ。

今のところ良いDFが出来ている秀徳にとって、この1本は抑えておきたい。

 

「...っ!」

 

英雄が投げる瞬間、緑間だけが気付いた。

 

「(しまった。何故失念してしまったのだ。)」

 

投げられたボールは宮地の近くのポカンと空いていたスペースに落ちた後、軌道を変えて宮地の腕を潜り抜けた。

 

「え...?ボールが避けた?」

 

体勢を崩した宮地の横を、ボールを受けてパスに成立させた荻原が真っ直ぐにゴールに向かった。

 

「(ゴール前ががら空きになっているだと!?)」

 

木村と大坪が灰崎への警戒を強くした為、DF陣形が極端になっていた。

灰崎へのヘルプポジションが仇となり、荻原を止められない。荻原はそのままレイアップを決めて5点差となる。

 

「おっしゃ!」

 

「ナーイス」

 

「おお!!」

 

1度途切れた直後にしっかりと得点できた事は大きい。土壇場での連続失点という最悪のケースを回避しただけでなく、鳴海・英雄がOF参加出来ない状況でもなんとかやれるという自信にも繋がったからである。

ガッツポーズを決める荻原に英雄が近寄りハイタッチ。

 

 

 

「なんだあれ...ボールが独りでに動いたぞ」

 

宮地は目を疑っていた。今の一瞬、ボールが自らの意思で宮地から離れていったかのように見えたからだ。

 

「覚えて置いてください。アイツは、補照英雄は、まるで鞭の様な柔軟な手首を使って並でないスピンを生み出します。それをパスに使えば軌道の変化など容易くやってのけます」

 

今の今まで忘れていた緑間は、宮地に声を掛けながら歯がゆさに身を揺らせていた。

OF参加しなかった英雄に対して警戒が緩み、決定的なチャンスを作られた。

 

「(やはり、3Pが必要か)」

 

改めて自身の手にある選択肢を確認し、その必要性を感じた。

 

 

 

「ボールくれよ。ラスト1分までもたねーぞ?」

 

灰崎が残り時間をちらりと見ながら、花宮にパスを要求した。得点自体は出来たが、分の悪さは否定出来ない。

 

「分かってるっつーんだよ。けどな、お前に対する警戒が1番高いんだ。タフショットばっかになるぞ」

 

「本当に厳しかったら、俺にパスちょうだいよ。リスクを冒さないと負けちゃうしね」

 

タフショット、つまりDFのプレッシャーを受けながらのシュート。体勢は悪くなり、精度も落ちる。試合終盤であまり選択したくない花宮に英雄もまたボールを要求するのであった。

 

「お前がOF参加したら、攻守交替の隙を突かれるだろ」

 

「それはそれ。ねぇ祥吾、シゲ」

 

「ん?」

 

「あんだよ」

 

英雄が飄々とした面持ちで灰崎と荻原を呼んだ。

 

「やろーよ。とっておき」

 

「お前な...」

 

相模にはこれまで一切使用しなかったOFパターンがある。花宮がそれだけはこの場で披露させなかったほどの強力な一手。

少なくとも県予選からと予定していた花宮はため息を一つつく。

 

「太郎君は、超ロング3Pとかスゲープレイを見せてくれた。だったらお返ししないとね」




そろそろひと区切りできそうなので、本編も再開しようかなと画策中
遅くて本当に申し訳ございません

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