黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:バスケも色々

秀徳高校 70-69 暁大相模

 

これが、暁大カッププレーオフの結果である。

コート中央では、審判が秀徳の勝利を読み上げて、両チームが形だけ頭を下げていた。

 

「...したぁ」

 

というのも両チーム共、特に秀徳がこの結果に納得していないのだ。

結果だけで言えば、最後まで崩れなかった秀徳に勝利が舞い込んできたというもの。大坪がバスケットカウントを宣告された瞬間、秀徳は本気で敗北を覚悟したが、なんて呆気のない終わり方か。

 

「...どうも」

 

「...ああ」

 

花宮と大坪の握手。両者の表情は全く同じく、決着はついていないとこちらも形式だけの握手であった。手を離すと高尾が花宮に手を差し出しながら近寄ると、花宮が無視を決め込み振り返った。

 

「おい、待てよ」

 

「しつけーな。もう終わったんだからこっちに来るな。つか敬語使え」

 

「これでいいかい?花宮サン?」

 

「言っとくけどよ、てめぇなんか端から眼中にいねぇんだ。向かってくるならその辺踏まえてから来い」

 

容赦も無く大人気もない花宮は、正論を用いて高尾を1度引かせた瞬間に猛毒を吹き付けた。

それに耐えている高尾の顔はかなり限界であった。

 

「負けました!」

 

「お、おぉ...」

 

対して、なんと荻原の爽やかな事か。

宮地に頭を下げて、自らの敗北を受け止めた荻原に宮地はリアクションに困っている。

 

「次の機会までにはもっと上手くなってみせるんで、また勝負してください!」

 

「...お前なんでウチに来なかったんだ?」

 

目上の者を敬いつつもバスケットに一生懸命なルーキー。実力があっても角が無い、きっと体育会系が強い秀徳でも上手く溶け込んでいくのだろう。

コート上にいる6人の1年生の中で、一際可愛げのある荻原を見てそんな事を思ってしまった。

 

「シゲのああいうところがモテる理由なんだろうか」

 

あまり知られていないが、荻原は女子にモテる。元々、明るい人柄で人気を博していたが、全中準優勝後は正にフィーバーしていた。

灰崎も同様に好意を多くの人から持たれ、一時は『灰崎派』や『荻原派』という言葉が生まれる程だった。

ちなみに、英雄の場合は『良いお友達』のレッテルが全て。

 

「おい」

 

英雄がどうでも良い事に思いふけっていると、背後から緑間に声を掛けられた。

 

「後で話がある」

 

このままさよならと思いきや、緑間本人から呼び出しの一言。伝え終わるとそのまま秀徳ベンチへと立ち去っていく。

 

 

 

「鳴海、ほどほどにしとけよ」

 

英雄がベンチに戻ると鳴海を宥める灰崎の姿があった。

試合終了後、鳴海は大坪に近寄りもせずベンチに戻って独りで握り拳を作っていたのだ。

左手の握り拳を右手で覆い握り潰し奥歯を食いしばりながら、悔しさを露にする。

 

「...るせぇ、こんな悔しい事あるかよ。ここまで完敗しといてリベンジなんか言えるかよ...!」

 

チームは惜敗し、個人では完敗。

大坪のパフォーマンスに文句のつけようが無く、シュート・アシスト・ブロック・リバウンド、加えてOF・DF共に全国屈指の実力を見せ付けた。

 

「ま、フリースローですら格の差が見えたな」

 

「こらこら、容赦なさすぎ」

 

余計な一言を囁く花宮を送れて英雄が止めた。

 

「んなもん、分かってるっつんだよっ!俺が弱い事も...お、俺のせいで負けた事も...!」

 

鳴海は俯きながら湧き上がる感情を吐き捨てた。

他のメンバー達の程ではないが、中学時代の県下屈指の実力を誇っていただった過去を持つ。勝てないまでももう少しやれると思っていた。

その結果、終盤を前に失速し展開を見守る時間だけが進み、勝てた試合の敗因となった。

小さなプライドはズタズタに引き裂かれ、行き場を失った感情は涙になる。

 

「っくっそ...結局俺はこんなもんなのかよ...」

 

「(面倒臭ぇな。んなもん端から分かってた事だろーがよ)お前な...」

 

「はい、マコっさんはまず『気休め』って言葉から覚えようね」

 

「やめろ、おい邪魔すんな」

 

ブレない花宮がまたもや厳しい言葉を投げかけようとするので、英雄が引っ張ってフェードアウトさせた。

 

「別にいいじゃん。自分がどんなもんかが分かったんだからさ」

 

「あ...?」

 

対照的で前向きな荻原の言葉は、敗北から得られたモノを提示した。

秀徳を通して、全国の頂点までの距離を明確とまでは言わないが、何と無く感じる事が出来た今回。

これが県大会であれば、本戦までに間に合わない。しかし、再戦出来る時期まで時間に多少でも猶予があるのだ。

荻原とて、宮地とのマッチアップに挑めど力不足を実感しただけだったが、追いつき追い越す為の準備をすれば良いだけだと言い放つ。

 

「俺もだけど、これからなんだよ鳴海。本気で悔しいと思えるなら大丈夫さ。だからこれから、これから頑張ろう」

 

「...ったく。シゲ、俺が口を挟む隙がねぇよ」

 

美味しいところをすべて持っていった荻原に灰崎が微笑みながら肩を組む。

恐らく、鳴海と最も近い荻原だからこそ言える言葉。気が付けば強者だった灰崎や花宮、抽象的で訳分かんない英雄ではこうもいかない。

 

「うーん...」

 

「何唸ってんだよ」

 

一旦でもこの場は収まり、意識的に次へと切り替えが出来た様子を見ていた英雄は独りで妄想をしていた。

 

「いやー...確かに俺が女子だったらシゲに惚れるかもって」

 

「お前みたいな女がいてたまるか。ホントきもいな、お前」

 

「...泣いちゃうぞ」

 

鳴海への口撃を防いだ分を全て請け負ってしまった英雄。負けた腹いせか、花宮の毒舌も冴えが落ちない。

 

 

 

 

「よーし、じゃあここで解散な。明日は自主練にすっから、間違っても怪我すんなよ」

 

上位3チームの表彰と閉会式そして着替えを終え、これから暁大構内から出ようとした時に花宮が解散を唱えた。

明日の予定もしっかりと伝えて、本気で現地解散をするつもりらしい。

集団行動の欠片もない宣言で、花宮は独り立ち去っていった。

 

「自由だなぁ。寧ろ俺らのキャプテンって感じするよ」

 

「確かに。スタンドプレー上等な俺らには合ってるのかもな」

 

英雄の花宮に対する感想に灰崎が同意。

 

「いいのかなぁ」

 

「いいんじゃない?この3日間で相当疲れてただろうし」

 

「へ?」

 

「顔には出て無かったけどね。プレイングマネージャーってのは楽じゃないって事」

 

荻原は少し納得がいかない様な表情をしていた為、英雄が何と無く察していた花宮の事情について話す。

結成2ヶ月少々の至らないチーム全体を見渡しながら、監督の役割もこなしてきた。

鳴海自身も実感したが、考えながらの激しい運動は大きな疲労を抱えてしまうものだ。花宮はそれに加えて、全体への声出しと自分のプレーをやってきた。疲れていないはずがない。

独りで帰宅した理由自体は知らないが、リフレッシュの為にも一人の時間は大切だと英雄は思う。

 

「てーか、腹減った」

 

気持ちを切り替えた鳴海は空腹を訴え続けている。

 

「いいね。なんか安くて美味いところがあるかな」

 

「あ、ちょっとタンマ。10分野暮用行ってくる」

 

引率役の一之瀬も賛成し、都合の良い飲食店をスマートフォンで探し始めると、英雄がそそくさと抜け出した。

用件は当然、緑間である。

 

「おっす、お待たせ」

 

適当に彷徨っていると、嫌に目立つオレンジ色のジャージを着た眼鏡の男がいた。

手軽に片手を上げて挨拶を送る。

 

「遅い。何をチンタラやっていたのだよ」

 

少なくとも5分以上前からいた緑間は、出会いがしらに皮肉を言う。

眼鏡を直す仕草に苛立ちが見えており、機嫌は良くないのだろうと伝わってきた。

 

「そんなに怒らないでよ。試合が終わったばっかりだから、整理体操だってあるでしょ?」

 

「...まあよい。聞きたい事は1つだけだ」

 

緑間自身も秀徳メンバーを待たせている為、あまり時間が無い。現在緑間が苛立っている原因について問いただす。

 

「貴様、何故使わなかった。あのドリブルを、使っていたら勝敗は逆転していたはずだ。...よもや俺を舐めているのか?」

 

最も気に入らなかったのは、試合中の英雄の態度である。

緑間は不慣れながらも自ら考え、今までのスタイルを1度捨てるまでに至った。そう促されたのかも知れず、本意は分からない。

それでも、本気で勝利を掴みに挑んだのは事実。

 

「『フェイスダウン』。去年の決勝で、貴様が使った変則ドリブル。終盤の勝負所ではもってこいな技だったはずだ...なのに何故!?」

 

帝光中のDFをズタズタに切り裂いた英雄のドリブルには、本人の知らないところで名付けられていた。

フェイスダウン。その名の通り、顔を伏せ超前傾姿勢で行うドリブル。初見殺しもあって、キセキの世代との1対1ですら勝る代物。

 

「やらなくても勝てると思ったか、最初から勝つ気がなかったか。弁明があるなら言ってみろ」

 

思いを言葉にすると更に怒りが増し、英雄の言葉を待つ合間で奥歯を噛み締める力が増していく。

 

「アレは、いつでも出来るって訳じゃないんだよ。色々条件あるし」

 

緑間の気持ちが伝わったのか、申し訳なさそうに言葉を続ける英雄。

 

「勝利って目標を変えた覚えも無い。...大体、俺だって勝ちたかったんだよ。これで2連敗って事になっちゃったし」

 

相模側にも色々と事情があるのは、緑間にも分かっていた。分かっていても納得は出来ない。

 

「でもね。こういう機会だからチャレンジしなくちゃいけないんだ。俺自身が相模ってチームを理解する為に」

 

その言葉でふと昔を思い出す。約2年前、帝光中に英雄が在籍していた頃を。

 

「結果的に俺の行動は失敗した。でも、後悔はしてない。鳴海ちゃんやマコっさんを少しでも理解できたと思う。太郎君が怒るのも分かる、でも俺はバスケットに嘘を付いた事はない。これだけは分かって欲しい」

 

「バスケットに嘘をついた事はないだと...?そんなもの...」

 

---とっくの昔に知っているのだよ

 

思わず口から出そうになった言葉を飲み込む緑間は、だからこそ歯がゆいのだろう。

何時からか自身が認めた好敵手と満足のいく戦いが出来なかった。結果は勝利でも、勝った気が全くしない。

以前もそうだった。帝光は優勝したが、終わって見ると手ごたえは無い。優勝したのは帝光中であり、キセキの世代。緑間ではない。

つまり、決着はまだついていないのだ。少なくとも緑間はそう思っている。

 

「...だったら、次なのだよ。俺も今回、大きな手ごたえを掴んだ。次は完膚なきまでに叩き潰す」

 

「やっぱ、太郎君は凄いねぇ。そんな太郎君だから良きライバルでいて欲しいんだ。だから、約束するよ。次は必ず最高の補照英雄を披露する」

 

互いが手を差し出し、再戦を誓いながら堅く握る。次は大きな舞台で激戦を。

その時、英雄の携帯電話が鳴り響く。

 

「おっと、どうやらもう1人のライバルからかな?」

 

少しタイミングの悪い着信を鼻で笑いながら、英雄が取る。

 

「ifif~。英雄でーす」

 

『あはは~。変わらないね、ひでりん』

 

直訳すると、もし~もし。下らない出方に相手も笑っている。

 

「久しぶりだねぇ桃ちゃん。どうしたの?」

 

電話の相手は桃井さつきであった。

 

『みどりんと試合したんでしょ?本当は見に行きたかったんだけど、ちょっとこっちも忙しくてね。どうだったのかな~って』

 

「うーん、勝利の反対の反対、の反対かな」

 

『結局どっち?負けちゃったの?』

 

素直に負けたと言わない英雄。残された最後の意地なのだろうか。どちらにせよ、どうでもよいと思う緑間。

 

「ついさっき負けたばっかりだから、もうちょっとソフトにお願い」

 

『ゴメンね。なんか大ちゃんがやたらと気にして...『余計な事いうなっ!!』』

 

今、桃井の近くから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あー。青峰いるの?」

 

『あっ、ナイショだったっけ?』

『...ワザとか。もういい代われ』

 

恐らく代弁させていたのだろう青峰が桃井と代わって電話に出た。

 

『よぉ』

 

「よう。さっきも言ったけど、負けたよ。太郎君近くにいるけど、なんなら代わろうか?」

 

「やめろ。今話さなくても直ぐに会うことになる」

 

「あ、そっか。どっちも東京か」

 

折角、近くに緑間がいるので代わろうとしたが緑間に断られる。一月もすれば公式の舞台で戦う相手に今更話すことがないのだ。

仕方なく、再び電話を耳に当てる。

 

「なぁ青峰。太郎君半端無かったよ。お前と当る時はもっと凄いと思うし」

 

『へぇ、そりゃ楽しみなこって。そういや聞いたか?黄瀬の野郎が負けやがったの』

 

「うん。太郎君に聞いた。テツ君と木吉さんがいるんだってね」

 

青峰が黄瀬の敗北についての話を持ち出した。

 

『さつきから聞いたんだが。お前が昔ストバスでやってた奴覚えてるか?そのサガミ ダイゴもいるんだと』

 

「えーと...ああ、あん時の。なる程ね、黄瀬君が負ける訳だ。つか、よく覚えてるよね。俺なんか、大分忘れてたし」

 

昨年出合った実力者を思い出した。聞くところによると同い年であり、荒削りながら潜在能力の高さを見せていたあの少年が誠凛にいる。

そして、知らぬうちに青峰からの制裁へのカウントダウンが始まっていた事は、誰も知らなかった。

 

『まぁ、何と無くだけどな。後、言っておきてぇ事がある』

 

「何?またどっかでバスケする?」

 

『違ぇよ、それも悪くないがな。お前が言ってた目標な...俺も目指す事にしたわ』

 

青峰は1つ宣言した。

あまり知られていない、英雄の大きな企みを青峰もまた志すと。

 

『天皇杯...考えただけでもゾクゾクする。俺もそこでプレーしてぇんだ。だから俺と勝負しろ、挑戦権を賭けて』

 

「いいねソレ。そのタイミングがIH決勝とかだったら最高だね」

 

『だな...それだけだ、じゃあな』

 

「うん。それじゃ、いずれな」

 

切った電話をポケットに仕舞いこんで、もう1度緑間の顔を見る。

 

「ってな訳で、東京都を勝ち上がるのは結構しんどいみたいだよ。まぁ、他人の事は言えないけど」

 

「分かっている。秀徳を除く三大王者の2校、青峰のいる桐皇、そして誠凛。東京の枠は3つあれど、この激戦区は楽じゃない。もっとも、負けるつもりも無いのだよ」

 

言いたい事は言い、聞きたい事も聞いた。もう用はないと緑間は背を向けて歩み始めた。

今よりも遥かに熱い夏を迎える為には、潜り抜けるべき修羅場がある。時間はないのだから、やる事は一つ。

 

「形はどうあれ2連敗中の俺としては、この先2連勝するつもりだからそのつもりで」

 

「ふん、何を言っている。全部で30勝1引き分けだ。次は勝つ。」

 

行く道は違えど目指す場所は同じ。頂を目指し、歩んでいけば何時か必ず出会う。

やる事は一つ。地を踏みしめて1歩1歩前進していくのみ。

 

 

 

 

 

「おーい青峰。もうええか?練習再開するでぇ」

 

桐皇学園の体育館では、桃井の携帯電話を眺めながら青峰が少々呆けていた。同チームの3年でキャプテンの今吉に集合を呼びかけられていた。

 

「...大ちゃん、イコっ?」

 

「ああ」

 

携帯電話を桃井に返し、促されるままに練習に向かった。

 

「おい!チンタラすんなシャキシャキ走れっつんだよ!!」

 

「うるせぇな、ピーピー喚くんじゃねぇよ」

 

「んだとぉ...!1年の癖に生意気なんだよてめぇ!!」

 

青峰が進学した当初から2年生の若松とは対立しがちで、よく口論になっている事がある。

 

「若松、お前も一々喧嘩を買うなや。流せ流せ。」

 

その為、キャプテンの今吉が仲介及び宥める役割も恒例になってきた。

 

「もう直ぐ都大会や。下らん口喧嘩する余裕なんかあらせん。やる事やったら文句なし。それがウチ等のやり方なんやから」

 

「けどコイツ、俺らを舐めきってますよ」

 

「だったら結果出して認めさせてみろよ。遠吠えなら負け犬にだって出来らぁ」

 

「あぁ!?てめコラっ!!」

 

「青峰。お前も程ほどにさらせ」

 

青峰が入学してからの練習を休んだりした事はないが、よく上級生と衝突していた為、練習がよく中断されたりする。

特に若松との折り合いはすこぶる悪い。

 

「...この際、はっきりと言っとくぜ。俺が入った以上、桐皇は日本一になる。そして天皇杯を、本当の日本一を目指す。これに関しちゃ口答えは許さねぇ」

 

「なっ...!?」

 

「...お前、本気か?」

 

確たる目標を得た青峰にとって、その程度の問題は些事である。

目標を英雄に伝えた以上、もう心の内に溜めて置く必要もなくなった。

驚愕に染まった面々を見て、自身もこんな顔を英雄に見せたのかと思い微笑する。

 

「当然、ここにいる全員に目指してもらう。足引っ張りやがったらタダじゃおかねぇ」

 

監督の原澤は静観を決め込み既に受け入れている。

 

「言っちゃったね」

 

「ああ、けどこれからが本番だ。全部倒して、俺が最強になる」

 

青峰大輝が、再び大きく輝く日は近い。

 

 

 

 

 

翌日。

秀徳との激しい試合を終えた相模高校バスケット部は休みとなり、それぞれの休日を過ごすはずだった。

 

「って、何でだー!?」

 

「うるさいよ、鳴海ちゃん。田舎者みたいで恥しい」

 

力一杯疑問を叫ぶ鳴海に英雄がやれやれと諭す。

花宮を除く1年生の4人がいるのは東京都内の駅前。皆が皆普段着で何かを待っている。

 

「ちょっと待てよ!何でまたこんなトコにいるんだ俺は!?」

 

鳴海は今までの行動を思い返す。

早朝、普段行っている練習のサイクルで目を覚まし、軽いランニングで汗を流していた。

理由は簡単。大坪にリベンジする為である。

少しでも強くなろうと走っていると、他のメンバーも同じ様に走っていた。

自主的な朝錬が終わるとそれぞれが自由に過ごすようで、それ以上練習をするような感じはしなかった。そこで鳴海は、相模高校共用のトレーニングジムに向かった。

パワー負けしたのならば、もっと力強くなろうとウェイトトレーニングをする。

 

【やっぱり。わっかりやすいねー鳴海ちゃんは】

 

トレーニングルームの入り口の前で英雄が待っていた。

 

【こんな事する暇があるなら付き合ってよ】

 

鳴海なりの努力をこんな事と言い、有無を言わさず引き連れていった。

これが今までのハイライト。

 

「って、こんな事ってどーゆー事だ!?」

 

「遅い、ツッコミのレスが遅いよ」

 

胸倉を掴む鳴海をもう1度やれやれと方を落とす英雄。

 

「つーか、花宮さんは?」

 

「面倒だから嫌だってさ」

 

 

 

 

 

「...やっぱり、鳴海の穴が狙われるか。どうしても後1人は必要だな」

 

自室で背伸びをし首を鳴らして秀徳との試合を思い返していた花宮は、先の事に目を向けていた。

以前、英雄が言っていた様に鳴海の資質は確かなものだ。だが、それは将来性の話であり、一朝一夕で解決するものではない。

相模というチームの課題が色々と浮き彫りになった今、どうしても人数ギリギリに目がいく。

そんな時に自室のドアがノックされ、静かに開いた。

 

「...遅かったな。けどま、そろそろじゃねぇかと思ってたぜ」

 

「...」

 

開かれたドアの先には同級生の男子が立っており、沈黙のまま花宮を見つめている。

 

「それじゃ、話を聞こうか。バレー部の井上君」

 

 

 

 

 

「っで、どこに行くって?」

 

「イ・イ・ト・コ・ロ♪」

 

とりあえず腹が立った鳴海は、思わず英雄のウィンクに手が出そうになった。

 

「ちょっと人を待ってるんだけど。もう直ぐ来るんじゃない?」

 

荻原が今の状況を簡単に説明し、鳴海の拳を開いた。

 

「そういや英雄。お前さっき誰かに電話してたな。その人か?」

 

「うーん、半分正解。その両方を待ってるんだよ。電話してたのはゲストかな」

 

質問しても結局何も分からなかった。

 

「ゲスト?どうでもいいけど、シシさんが迎えに来るんだろ?あの人絡みづらいんだよな」

 

灰崎が接触を嫌がっている。どんな人物なのだろうかと鳴海は考えるが、あまり良い予感はしなかった。

 

「...お待たせしました」

 

「ぉわっ!?(なんだコイツ...いつからいた?)」

 

思考をやめた直後、やたらと影の薄そうな人物が目の前にいた。

 

「あっ!?黒子じゃん!ゲストって黒子の事!?」

 

「お久しぶりです、荻原君」

 

荻原と仲良さ気に話し始めた。灰崎も予想外な表情を浮かべて口を開けている。

そうしているともう1人の人物が走ってきた。

 

「黒子!ふらふらしないでくれ!こんな人混み、絶対見失うって!!」

 

荻原くらいの背丈の男子。息を切らして黒子に駆け寄る。

 

「もっちーも久しぶり!」

 

この人物もまた荻原と親しい関係なのだろう。肩を寄せ合って笑顔になっていた。

良く見るとどこかで見た事のある顔だった。

 

「...元明洸中キャプテンの...持田」

 

少しでもバスケットの知識がある者なら誰でも知っている帝光中『キセキの世代』。そして、帝光中と真っ向勝負を行った明洸のメンバーの1人。

補照英雄、灰崎祥吾、荻原シゲヒロ、この3人は有名だったが、持田も好DFとして名を馳せていた。

 

「君が英雄が言ってた鳴海君かい?持田礼二だよろしく」

 

「ホントはごっちんも呼びたかったけどね」

 

「後藤は今、明洸のキャプテンやってんだ。そんな時間はないだろ」

 

当時の5人目の後藤は2年生で、今年はキャプテンを任され全国優勝を目指して邁進中である。

 

「よう!時間通りだな!」

 

随分と賑やかになってきたこの集団にまた1人増えた。

英雄の待ち人が、ポケットに片手を突っ込んで偉そうに歩いている。

 

「シシさん、おっそーい!時間厳守って言ったのそっちじゃん!!」

 

「悪い悪い。おっ、ひぃふぅみぃの...結構人数集めたな。よしよし、これで俺の株も上がるぜ」

 

「(何だこの人?つーかちっさ)」

 

シシというあだ名で呼ばれるその人物は、黒子と呼ばれた人物より一回り小さかった。

腕を組んで大きく胸を張り、うんうんとうなずいている。

 

「んんっ!?今誰か俺の事小さいと思わなかったか?」

 

「えーと、そりゃあハートのでっかさと比べたら小さく見えるでしょ!?なっ!」

 

「お、おお!男の価値は、ハートの大きさだからな!」

 

決して口にはしていなかったはずなのに感じ取った。英雄が必死にフォローして灰崎に同意を求めていた。

 

「そっか、ならいい。よーしさっさと準備に行くぞぉ」

 

損ねかけた機嫌を取り戻し、先頭を歩き始めた。

 

「ああ、そうそう。初めての奴もいるよな。俺の名は宍戸義邦、日本一でかい男だ。シシさんとかシシ君とかでいいぞ」

 

名乗り1つでも偉そうで、160cmあるかないかの体を大きく見せているかのように見える。

 

「...鳴海ちゃん、小さいとかその手のワードはタブーだから気をつけて。考えただけでも反応してくるんだよ」

 

英雄曰く、機嫌を損ねると質が悪い。花宮並みの面倒臭さがあるという。

花宮の面倒臭さを知っている鳴海としては、それは回避しようと心に決めた。

 

「僕も自己紹介をしておこうと思います。黒子テツヤです。よろしく」

 

宍戸の濃さで、何とも忘れてしまいそうな程印象に残りにくい挨拶をされた。

朝からの目まぐるしい展開に鳴海はリアクションに困り果てていた。

 

 

 

宍戸に連れられ人並みを掻き分けて進み、辿り着いたのはライブ会、のようにしか見えない場所。

手ぬぐいを肩に掛け作業中の人達と宍戸が挨拶をしながら進んでいく。

 

「いいかお前ら、時間が無いからとっとと働けよ」

 

「「「ウィース」」」

 

宍戸の号令に従って、英雄・灰崎・荻原が行動に移っていく。

事情を知っている持田はともかく、黒子と鳴海は訳が分かっていない。状況の変化に翻弄し続けていた。

 

「おい!」

 

「いいから!悪い様にはしないって!」

 

説明を英雄に求めるが、全く教えてくれない。

結局言うがままに何かの設営を手伝っていた。

 

 

 

「悪いな黒子。英雄の我儘につき合わせちまって」

 

「いえ。良く分かりませんが、英雄君はそういう人ですから。それに、荻原君に会えましたし」

 

設営作業に目処がつき、一息入れながら荻原と黒子が話している。

力仕事ばかりで用意されていた水が上手く感じる。

 

「ま、こんなもんか。設営の準備はもういいぞ。着替えて支度しとけ」

 

すると、宍戸が再び指示を出し、控え室に押し込んだ。

 

「いい加減にしろー!ちったぁ説明しろ!!」

 

我慢も限界を通り越し、全力で英雄を問い詰める鳴海。寧ろ良くここまで我慢した方だろう。

そして、遂に英雄の口から今回の企みについて話始められた。

 

「怒るなって。もう数分すれば分かるけど、まぁいいか。俺達はバスケをしに来たんだよ」

 

なんという事だろうか。ここまでやって出てきた言葉がバスケ。

ライブ会場の設営だと思っていたのは、全てバスケの為だという。

 

「気分転換にライブを見に着たんじゃねぇーのか?金が無いから手伝ってたんだと思ってた」

 

「分かってるじゃん。ライブはライブでも、バスケの方だったりしてぇ」

 

英雄の言葉を切るように、内臓に響く低い音がした。

 

「あ、始まった。見に行こうか」

 

 

 

 

他の面々を連れて広い場所に出た。

それはついさっきまで設営作業をしていた場所である。しかし、こんな風になるのだろうか。

開けた場所の中央に大きくバスケットのリングが設置され、半面くらいの白いラインが作られている。

それは、鳴海が知っているような空間ではない。鳴海の知らないバスケがそこにあった。

 

『レディース&ジェントルマーン!これより、ストリートボールを始めちゃったりするぜぇ!?』

 

本来、バスケットとは関係の無いDJが現れ観客を煽っている。

音響から低く重厚な音がノリのよいリズムで放たれ、心に響く。

 

「これってストバスか?」

 

「ノンノンノーン。今はストリートボールって呼称がトレンドだよ」

 

リズムに合わせて指を振る英雄がドヤ顔でこちらを見ている。

 

「お前ら知ってたのか?」

 

「まあな」

 

「悪い鳴海。英雄から口止めされててさ」

 

悪びれない灰崎と素直に頭を下げる荻原。鳴海のその表情を引き出す為の企画だったのだろう、どこか満足気だった。

 

「持田君も?」

 

「うん。ゴメン知ってた」

 

黒子も持田に聞き、申し訳なさそうに持田が応える。

よくよく考えれば英雄がやりそうな事だなと思った黒子は、再びライトアップされている場所を見る。

用意された半面の特殊なコートでは、3ON3の試合が始まり、見る者を惹き付けた。

ワンプレーワンプレー毎にDJが煽り、観客の興奮は増していく。選手含めた誰もがバスケットを楽しんでいる。

時にコメディチックに、時にガチンコの1ON1、最高のパフォーマンスが繰り広げられる。

 

「客席が近いからですかね。この一体感が、なんと言うか心地よいですね」

 

所謂5人制での試合会場と違って、コートと客席の距離が近い。選手の表情ですら良く見える距離。

ノリの良いリズムが繋ぎ、心を結ぶ。

 

「テツ君には知って欲しかったんだ。真剣に楽しむバスケットは既に存在するって事をね」

 

「...英雄君」

 

「俺は自分勝手で、帝光も飛び出しちゃったけど。今でもテツ君を友達だと勝手に思ってる。友達なら分かち合わないと」

 

キセキの世代の5人とはバスケで語り合ったと思えるが、黒子とは話し一つ出来ていない。

だからこそ、英雄は黒子をこの場所に呼んだ。

 

「鳴海ちゃんも。焦って無理しなくてもいいんだよ。まずはバスケを楽しめってね」

 

「何で今その話になるんだよ」

 

焦っている事は認める鳴海。しかし、間違っているとは思っていない。

実力は英雄の方が上というのは認めるが、否定されるのは気に入らない。

 

「間違った努力ってのがある。かの有名なジョーダンの言葉だ」

 

「は?」

 

「力負けしたから筋力を上乗せしようってのが、鳴海ちゃんの考え。そもそもそれって、ベースの体作りが終わってない今にする事なの?」

 

無駄な努力というものはない。何かしら結果が出てくるからだ。

だが無理をして怪我をしたり、方向性の間違った行動など、間違った努力というものがある。

 

「大体、大坪さんはセンターの王道みたいなスタイルだ。同じ事しても年季の違いで多分負ける」

 

「お前、はっきり言いすぎだろ!!」

 

「一応、全部俺の考えだから、これが正解って事じゃなく、そういう考えがあるって受け取って」

 

鳴海のリアクションを完全に無視して、この2ヶ月間で思った事をそのまま伝える英雄。

 

「他の2mセンターには高さで負ける。でも、その分走れるし競り合うまでなら何とかなる。鳴海ちゃんがプレーヤーとして大成するポジションはセンターじゃないんだと思う」

 

センターとしてスカウトを受けた鳴海は、英雄からセンターとしての戦力外通告を受けた。

何処までも滅茶苦茶な英雄は、鳴海に衝撃を与える。

 

「それでも、ウチでインサイドを任せられるのは鳴海ちゃんしかいない。だったら、4人目のフォワードになればいい。一定の高さとスピードそしてパワーを備えたセンターフォワードに」

 

センターフォワード。

ポイントフォワードやコンボガードと同じ様に、センターとフォワードの要素を併せ持つユーティリティープレーヤーを指す言葉。

近年では、平面でも動けるセンターが続出した事であまり使われなくなったが、高さとパワーが主流だった昔に存在していた稀有な者達である。

 

「ま、言ったら、センターやってるパワーフォワードみたいなもんかな。例えるならトラクター」

 

「軽トラ呼ばわりすんなコラ!」

 

「夏の本戦までに間に合わせてくれればいいから。そこまでは任せて体をしっかり作ってきてよね。期待してるよ」

 

一方的に発言し、押し付けがましくもある。何が一つの参考か。

ほぼ断言と言ってよいくらいの発言に腹が立つ。

しかし、考えなかった選択肢を提示されたのは事実。自分にはセンターしかないと思ってプレーしてきた鳴海にとって青天の霹靂。

この会場の雰囲気もあってか、目に写るものが違って見えた。

 

「...それで、勝てるんだろうな」

 

「さぁ?やるのも決めるのもは俺じゃないから。あ、でもフリースローは何とかしとこうね」

 

「うるせぇ」

 

フリースローが入らないと相手に伝われば、容赦なくファウルゲームのねらい目となる。放っておいても花宮が言ってきそうな事だが、あえて英雄が傷口を開きにきた。

中指を突き出し、鳴海が応えた。

 

「よし。じゃあ、次俺らの出番だから」

 

「マジか!?」

 

「マジマジ。一応正体隠さないと面倒だから、はいマスク」

 

口元が大きく開いている黒いマスクを手渡され、怪訝に見つめる鳴海と黒子。

 

「僕もですか?」

 

灰崎・荻原・持田達はすんなりと受け入れ、装着を終えている。

流石に抵抗のある黒子は英雄に伺いを立てる。

 

「...ここだけの話。青峰の独特なリズムに通ずるものがあると思うんだよ」

 

「...それが本当の」

 

「ぶっちゃけ、テツ君ともう1回バスケしたかっただけなんだけどねー。それっぽく理由つけてみました!」

 

結局、本当の理由はなんだったのだろうか。それは黒子には分からない。どれもが本当なのかもしれないし、最後に1つだけなのかもしれない。

それでも良いと思った。

 

「俺も楽しみにしてたんだ。行こうぜ黒子!」

 

果たせなかった荻原との約束をこんなところで果たせるとは思っていなかった。

この日は黒子にとって大切な1日となる。心残りがあるとすれば、同じチームの彼を連れてこなかった事。

彼は本当にバスケットが好きで、強敵との対戦を望み、それだけの可能性を秘めている。だからこそ、教えてあげたかった。

 

「(こんな身近に、こんな凄い人がいます...。君ならどんな顔をしますか?)」




今回もフラグが乱立してしまいました。無理に詰め込んだ感があって申し訳ありません。
宍戸に関しては、一応名前だけなら本編でも出してたので勘弁してください。

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