黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:集う赤の系譜

「...いいか。これがお前がいる場合のプランだ」

 

花宮は考えていた指針やプランを伝え、何故欲しているのかを明確に伝えていた。

人数合わせだけではなく戦力として迎え入れたいと、1年にも伝えていないところまでを細かく説明し続ける。

 

「...こんなの、可能なのか?」

 

「練習メニューとしてはどこにでも存在してる。出来ない訳じゃねぇ」

 

暁大カップの結果により、なんとか話をする所までこぎつけた。このバレー部員を引き込む為に。

 

「けど...俺はまだ決めた訳じゃない」

 

「うるせぇ、賭けは俺の勝ちだ。黙って俺の言う事を聞け」

 

「なっ...!?賭けの対象は、話を聞くだけだったはずだ!意味合いが変わってるじゃないか!!」

 

「同じ事だ」

 

花宮は相模高校に転校してからしばらくした後に、この男の存在に気が付いた。

嘗て、中学時代の『無冠の五将』と同じく全国区の有力選手だった元上崎中の井上智也。今は一般入部のバレー部員で、期待のホープなどと呼ばれているらしい。

気が付いたのは本当に偶然だった。

体育科の花宮と普通科の井上は、授業のカリキュラムも違うので接する機会は少ない。偶々すれ違った時に花宮の目に止まった。

 

【...!?お前、井上か?】

 

【悪童...花宮...!】

 

その後、直ぐに調べ上げ、帝光中との試合を経てバスケをやめていた事を知った。

 

【お前、こんなところで何してるんだ?ここのバスケ部は休部中なはずだろ】

 

【こっちにも色々あるんだよ。つーか、お前もこんなところでお山の大将なんかやってて面白いのか?】

 

【放っておいてくれよ...バスケは辞めたんだ。あんな現実思い知らされて、やってられるか】

 

初心者から始めた井上は、持ち前の運動神経と長身により期待され、新人戦では背番号を貰っていたらしい。

丁度その頃、花宮がメンバー集めに苦戦していた為、何度か話を持っていった事がある。

 

【使える駒が少ねぇ。お前が入れ】

 

【何度も言わせるな。俺はやらない、絶対に...もうあんなのは】

 

何度か話したことで、1つだけ分かった事がある。

帝光中に、いや青峰に心をへし折られ生まれた心の傷が未だに井上を蝕んでいる事だ。

一種のトラウマの様に残った一瞬のフラッシュバックが脳裏を巡り、拒絶反応を起こしている。

 

能力的には問題ないと思っていたが、メンタル的に重症を抱えている以上、使い物にならない。

井上を引き込むことを1度は諦めた花宮だったのだが、ある転機によって状況に変化が生まれた。

それは、英雄達の進学が正式に決まり、その噂が大きく広がった年明けの事である。

 

【よう。調子はどうだい、バレー部員君】

 

【...皮肉か?まぁ、ボチボチかな】

 

昼食の学食で相席になった2人。花宮はともかく井上は一人で過ごしている様だった。

 

【お前、連れは?】

 

【用事があって先に俺だけ食べてるんだ】

 

奇妙な沈黙が小さなテーブルを包み、淡々と中身の薄い会話が飛び交う。

 

【そういや、メンバー集まりそうらしいな】

 

【なんだ。知ってるのか】

 

意外にも、バスケ部の事情について話を切り出したのは井上からだった。

どうやら英雄達の噂が井上の耳にも入ったのだろう。だが、共通の会話が無かったとはいえ、自らバスケの話をするとは。

 

【ま、どいつも中学上がりで、人数もギリギリ。誰かさんがいればもう少しマシだろうな】

 

【...そうか。それは残念な話だな】

 

会話をしていて花宮は思った。井上は面倒臭い事に、割り切れていない。何かしらの未練をどこかに持ち続けている。

でなければ、拒絶反応を起こす原因にふれてこないだろう。

 

相模高校で初めての春。

英雄達が合流し、まともに部が活動を始めたとき、花宮はもう1度だけ話を持ちかけた。出来れば面倒な手段は取りたくなかったが、状況が状況だ。5人だけでは直ぐに無理が出る。

少し考えれば簡単に想像できる話。長い夏を戦い抜くにはもう1人必要なのだ。そして、メンタル的な問題はあっても条件を満たす者は1人しかいない。

 

【おい。一つ、賭けをしないか?】

 

【いきなり呼び出しておいて、訳分かんねぇ。それを受けて俺になんのメリットがあるんだよ】

 

井上を呼び出し、強引に賭けを持ちかけた。このままウダウダと時間を浪費するのは、ストレスも溜まる。一気に結論にまで迫ろうと強硬手段に出た。

 

【5月の連休に暁大カップがある。東京の秀徳も参加する。俺達が3位以上に入賞したら、俺の話を全部聞け】

 

【...っは?意味分からない。だから、俺は...】

 

【お前面倒臭いんだよ。未練ありますって面ぶら下げといて、何偉そうにしてやがんだ】

 

花宮は暴論を弁論として正当化させ詰め寄る。いつの間にか主導権を握られていた井上。

 

【いや、お前滅茶苦茶言ってる。...大体、お前がいて、全中準優勝したメンバーがいるんだったら、3位なんか難しくないんじゃ】

 

【だったら2位な。おっと、1位とか言うなよ。そんなもん楽に獲れるんなら、始めからお前に声かけねぇよ】

 

【...待てよ。結果を誤魔化して嘘つくかもしれないじゃないか】

 

煮えきれない井上は、少し苦しい良い訳でこの場を逃れようとした。

 

【じゃあ、見に来い。お前が加入するに相応しいかどうかを判断しろ】

 

結果として賭けが成立し、花宮の勝ちとなった。

だが、井上の言うように絶対服従ではなかったはすなのだ。

 

「もう時間がない。とっとと腹をくくれ」

 

もはや逃げる事を許さない花宮は、YES以外の選択肢を潰しに掛かる。

 

「...なんでだよ。どうして...どうして俺に拘る!?俺のレベルなんかじゃ通用しないって事は、分かってるだろ!」

 

口では勝てず、ズルズルと花宮の策略に引き込まれそうになっていた井上の感情が表に出た。

 

「俺がどんな思いでバスケを止めたのか、お前にわかるのか!?」

 

「知るか。そんな事関係ねぇよ。お前が使えるか使えないかだ」

 

井上の過去。県でNo1の称号を得た事も、青峰に心を折られた事も、花宮は関知しないと一蹴。

 

「お前...お前!」

 

遂に逆鱗に触れられた井上は花宮の胸倉を掴み上げ迫る。

 

「っ!ってーな!離せよ!!」

 

花宮は振り払い、距離を取った。

 

「一寸の虫にも五分の魂ってとこか?っは、だから何だってんだよ。つか、ホント面倒臭ぇなお前。...しょうがないから教えてやる。お前は通用する、何故なら俺がPGだからだ」

 

どこまでいっても自分主体な花宮。つい井上は呆気に取られていた。

 

「大体キセキの世代を相手にして、お前1人でどうにかなると思ってた時点で馬鹿だ。青峰以前に常に不利な状況でしかプレー出来てなかっただろ」

 

そんな時、花宮がまるで見ていたかのように、当時の試合展開を口にした。

 

「ムキになって頭を使わず、1対1に拘ったあげくに心を折られた。何か違うかよ」

 

キセキの世代のエースは間違いなく青峰であるが、キセキの世代たる所以は別にある。

集団競技である以上、常にチーム力を問われ、その差が展開へと直結しているのだ。

確かに、状況次第では井上と青峰は良い勝負を行えたかもしれない。しかし、DFも超1流の彼等の前ではボール回しも上手くいかず、奪われてターンオーバーから不利な体制での1ON1と言う展開が多かった。

 

「俺はな、1度見たら大抵の試合は覚えられる。特にあの試合での無様な負けっぷりは印象深かったからな」

 

「お前...見てたのか」

 

「いいかよく聞け、これは取り引きだ。お前にはまだ使い道がある。俺が使ってやる。日本一になるまで俺が利用してやる。だから、俺を利用してリベンジでもなんでもいいからやってみろ」

 

最低な口説き文句を叩きつけ、不満や文句など一切合財をねじ伏せた。

 

 

 

 

 

 

「楽しかったな」

 

「俺なんか、まだ興奮してるよ」

 

一試合を終えた英雄一行は、直ぐに帰宅を始めていた。

保護者がいれば良かったのだが、日も暮れてしまいもう直ぐ補導の対象になる時間が迫っている。

1年生の彼等など学生だと一目で分かるのだ。

補導などを受ければ部活にも影響し、禄でもないことになるだろう。

黒子や持田とは既に分かれており、4人で帰路についている。

 

「だから~!1回だけでいいから見に来てってば!退屈はさせないからさぁ」

 

その途中から英雄がずっと電話の相手に対して駄々をこねている。正直高校生とは思えない、見るに絶えない光景。

 

「お願い!1回だけ!そんなに時間かけないから!」

 

「お前は彼女をラブホに誘うヘタレ彼氏か?」

 

英雄の間抜け具合にふとそんな感想を思った鳴海。

 

「そういや、あのシシさんだっけか?お前ら知り合いなのか?」

 

帰り道の時間つぶしに鳴海が独特な人柄をもつ人物について質問した。

 

「ああ、中学の時にちょっと世話になって、それから偶にイベントを手伝ったりしてたな」

 

一昨年の秋頃、文化祭でフリースタイルをやろうとした時にエナメルボールを貸してくれた人物であり、引退した後に何度か宍戸に声を掛けられていた。

宍戸は、現在高校3年生であるが、バスケ部には在籍しておらずストリートボールの運営の手伝いをしているのだという。

試合が終わった後に、『気が向いたら何時でも来い』と誘いを掛けられたのを思い出す。

 

「ちょっと変わった人だけど、面白くていい人だよ」

 

「俺は、あのオラオラなとこが苦手だ。似てる人を思い出す」

 

もっとも英雄の古い友人と思えば、変わった人間というのも納得出来る。

荻原は宍戸を肯定し、灰崎は舌を出して苦い思い出を噛み締めていた。

 

「おーけーおーけー。納得出来なかったらなんでも聞こうじゃないか。それじゃ、明日」

 

話も区切りになった時、英雄が電話を切ってポケットにしまった。

 

「っで?何の話?」

 

「シシさんの事だよ。つか、なんの電話だ?」

 

折角なので、付き合いの長い英雄にも聞く事にした。

 

「ああ。ウチにちょっと関わるお話だよ。明日また説明するから。で、シシさんね。あの人キャラ濃いからなぁ」

 

自分の事を棚に上げて、英雄は昔の話をした。

英雄が小学生の頃に所属していたミニバスのチームの先輩に当る。当時でもオラオラ系なところは変わらず、無茶振りで周りを巻き込んでいた。

独特な価値観をもっており、勝敗以前に男としてどうなのかを重要視している。

 

「高校の部活をしなかった理由も『こっちの方がカッコいいからだ』だってさ。ウケルよね」

 

「まぁ、英雄の先輩なら納得だな」

 

「確かに」

 

「しょうがないな」

 

「なんでかな~」

 

他の3人が妙に納得している事に不満を見せる英雄。

3人は、こんな変人を輩出したミニバスチームは一体なんなのだろうかと思った。

 

 

 

 

【納得する時間はくれてやる。明日は絶対に来いよ】

 

暴論であっても一方的に言い負かされた井上は、自宅に帰り自室の寝台の上で天井を見つめていた。

天井を見渡し、あるはずのない答えを探している。

 

「馬鹿馬鹿しい。素直に従う理由なんかないのに...何で、今になって...」

 

バスケットは2年前に辞めた。今は多少の期待を貰っているが、ただのバレー部員。それが現実だ。

バレー用のシューズもはき慣れてきたし、勝てないと分かっている事に取り組む意義を感じない。バスケットボールだって随分と触っておらず、今更何が出来るというのか。

答えなんか始めから、ずっと前から分かっていた事だと思う。

 

初めて1つ年下の青峰と戦い敗北した。次こそを思い、練習に練習を重ねた結果、文字通り何も残らなかった。

これまで積み上げてきたものをあっさりと打ち崩し、憔悴仕掛けたときに見たあの表情。

今にも泣きそうな表情で、こちらを見つめていた。

 

---どうして。お前とならもっと良い勝負が出来ると思っていたのに

 

言葉を交わしていないけれど伝わってきた。

それが、とどめの一撃となったのだろう。

 

積み上げてきたものは、アイツにとってその程度だったという話。どれだけこちらが努力し成長したとしても、それ以上の速さで追い抜いていく。いや、最初から背中を見ていたのはこちら。愕然とした差は決して埋まらないのだと思い知らされた。

だから、言ってしまった。

 

---いるわけねぇだろ、お前とやれる奴なんて。イヤミかよ

 

本意ではなかった。などと良い訳はしない。けど試合が始まるまで、認め合っていたはずだ。

だから伝わってきたんだろう。その言葉にアイツが大きなショックを受けていた事が。

 

でも知ってしまったんだ。

キセキの世代の実力・才能を知ってもなお、勝負を挑んだ『偉大な愚か者達』がいた事を。

ネットに動画がアップされていて、見てしまった。凄かったんだ。感想が言葉にならないくらい。

そして、自分の言葉がブーメランの様に心に突き刺さった。

イヤミだったのは俺の方。ちっぽけなプライドを守るために、純粋な年下の少年を傷つけた最低最悪なクソ野郎。

 

「今更...戻れる訳、ねぇだろー!!」

 

分かっていても、取り返しがつかない事もある。どうしようも出来ない事もある。

体の中心がムカムカするのを止められない。だからって今更なにが出来るのだろうか。

仮に戻っても勝てはしない。ならば、花宮は何に期待しているのだろう。

 

バスケを辞め、バスケのない高校をバスケのない生活を選んだはずなのに、どうしてこうなる。

すっぱりと諦められないのは分かっている。それなりにある充実感を得て、日に日に薄らいでいたこの感情が蘇ってくるのだ。

八つ当たりでも、恨まずにはいられない。

何度も何度も頭を巡らせ、目の前を真っ暗にさせるこの感情はどうすれば消えてくれるのか。

押入れの奥深くに投げ込んだ、埃を被り色あせた長方形の箱。その中身が思考を惑わせる。捨てようと何度も試みたが、開ける事すら出来なかった。中身は未練そのものであり、その目で見て手に取れば更なる苦悩が待っている様な不安があった。

 

「くそぅ...俺は何がしたいんだ...半端ばかりしやがって...!」

 

それは何処を探しても見つからない。決して目には見えず、仮に見えたとしても無意識に見なかったフリをしただろう。

現実から目を背けて逃げ出した時から、逃げる癖が付いた気がする。

今の部活で実力者に敵わなくても『初心者だから』と自分に言い聞かせていたような気がする。

同じ中学の友人に『何か、落ち着いたね』と言われる事が増えた気がする。

 

 

今の自分が、あまり好きでない気がする。---いつからだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

早朝練習は5人で行われた。

花宮はランニングの最中も周りの事を気に掛け、チラチラと目を回している。

 

「...?どうかした?」

 

「何でもねぇよ。おら、もっと走りやがれ。そんなんじゃ夏はもたねぇぞ」

 

理由はともかく、花宮の機嫌が非常に悪い。妙にイライラとした態度で1年達に当り散らしていた。

ランニング後のシューティングの調子にも影響されており、フォームも乱れていた。

 

「...何?俺らなんかやったか?」

 

「多分アレじゃん?本当はもっと強く誘ってほしかったんじゃね?」

 

「うっそぉ!まさかのツンデレかよ」

 

「デレられても困るけど」

 

何も知らない1年達は原因解明の為にヒソヒソと話し合うが、花宮ツンデレ疑惑という結論まで迷走していた。

ちなみに、上から灰崎、英雄、鳴海、荻原。やはり、英雄の一言が余計か。

そこから、想像内の花宮ネタで盛り上がり、結局花宮に怒られるまでが鉄板。

 

午前中の授業を終えて、昼食時には暁大カップの総合的な批判を行った。

通常なら総括という、悪いところは反省し良いところは軽くでも褒めたりするのだが、花宮が悪口しか言わないので、1年達の中で批判という事になっている。

やはり機嫌が悪いのか、何時も以上に激しい罵倒。それでもニヤニヤしている英雄を気持ち悪いと思った。

 

「後、昨日トレーニングルームの使用申請した馬鹿がいるな。一昨日、フリースローを外した馬鹿だ。とっとと名乗りを上げろ」

 

「そこまで分かってるなら、何故名乗らせるんだ?」

 

「サドだからだろ」

 

確実に確信しているはずなのに、あえて名乗らせようと誘導する花宮に対して荻原がドン引きした。しかし、灰崎の一言ですぐさま解決でスッキリ。

 

「どこぞの筋肉ゴリラと同じ発想してんじゃねぇ。飼育小屋に移送して欲しいのか?それとも故郷のアマゾンに帰りたくなったのか?」

 

ノンストップの花宮を誰も止められない。その内鳴海が本気で泣きそうでも、滑らかな口の動きに寧ろ感心を示してしまった。

 

「つってもてめぇみたいな半端ゴリラじゃ、ゴリラのパシリが精々だろうな。無難に動物園で飼われる様に飼育員でも口説いてた方が効率的でお勧めだ」

 

「分かった...!分かったから、もう止めてくれ。やるべき事の優先順位を間違えてた。だから、もう...」

 

言葉の暴力で、既に赤信号が点灯している。鳴海の精神が深刻で、ギブアップも言えない状態。

初めて、今までのは軽い悪口レベルだったという事実を知った。本気で罵倒されたら、冗談抜きで精神が歪みかねない。

 

「...K.O」

 

英雄が完全決着のお知らせを口ずさみ、何と無くゴングの音が聞こえた気がした。

 

 

 

鳴海という生贄のお陰で、花宮の機嫌がほんの少しだけ和らいだ。

ここまでやってまだ足りないのかと、鳴海を除く3人は思ったが、口にするのはやめておいた。

 

「とまぁ。結局のところ、敗因はこっちの準備不足だ。つまり負けるべくして負けたって事だ」

 

余計な発言をしない限り、棘は害を与えない。

暁大カップにおいて1番の目的は、出来ているところと出来ていないところをはっきりとさせ、課題を優先順位ごとに解決する事にある。

その結果、秀徳はともかく、県レベルの相手に苦戦はあっても簡単に敗北しないだろう。

 

「県大会は、こっちのデータが少ない事を利用する。出来るだけ前半で、最低でも第3クォーター終了までに試合を決めろ」

 

相模というチームの決定的な弱点。控えがいない事である。

試合結果を決定付けて戦意を削ぎ、その弱点を悟らせない事が出来れば決勝リーグまで上手く誤魔化せる。

消耗戦に持ち込まれてしまう訳にはいかないのだ。

 

「鳴海、お前はとにかく体を作れ。フリースローもな。ああ、後ランニングフックも仕上げとけ。あれは結構使えそうだからな」

 

鳴海には、端的に3つの課題を与えた。実際はもっと課題は多いのだが、どっちみち決勝リーグにですら間に合わないものばかり。

 

「荻原もだ。想定を下回りやがって、俺の計算を狂わせるな」

 

一見互角に宮地とやりあっていた荻原にも厳しい言葉がやってきた。

 

「すいませんでした」

 

「は?シゲに何か問題あったのか?」

 

荻原が怒られる理由が分からず、英雄や灰崎に聞く鳴海。

 

「実は、シゲも体作りが間に合ってなかったりするんだ」

 

「去年から急激に背が伸びたからな。骨格に筋肉が追いついてないらしい」

 

「へぇ、どんくらいだ?」

 

「確か、6cmくらいかな」

 

鳴海の失速具合が良く目立った為、気付かれていなかった荻原の事情。

体が大きくなれば、体を動かす時に必要なエネルギーも大きくなる。成長期真っ最中の年代でもこれだけ急激に伸びた例も珍しい。

故に、自身の能力を使いこなせていないのだ。そして、そうなるにはもう少し時間が掛かる。

 

「後の2人は...適当にやってろ」

 

「そーさせてもらうわ」

 

「でもなんか寂しいよね。秘密の特訓とかしようかなぁ」

 

これといって大きな問題がない2人に関しては放任とした。

灰崎は既にやる事を決めているようだが、英雄から冗談半分の嫌な台詞が飛び出していた。半分は冗談でも半分は本気という意味だからだ。

 

「あ、そーだ。マコっさん!」

 

「なんだよ。もう昼も終わるぞ」

 

「提案あるんだけど、放課後にちょっと時間くれない?」

 

「...またか」

 

これは本当に駄目なやつだと、例によって灰崎は瞬時に理解した。

 

そして放課後。

部室に5人が揃い、練習着へと着替えていた。

 

「っで?何なんだ今度は」

 

「あ、祥吾君冷たいなー」

 

方向性のおかしい英雄のアイデアは周知の事。花宮に関しては、無かった事にしている。

冷ややかに聞き出す灰崎に英雄は不満を告げた。

 

「えっと?何か御用ですか?」

 

1番に着替えを済ませた荻原が開けると長身の男子が立っていた。

他の4人が一斉に目線を向けて、花宮だけが反応し眉間に皺を寄せた。

 

「てめぇ...何で朝来なかった」

 

「...時間の指定は無かったはずだ」

 

「言い訳はもう飽き飽きしてんだよ。これ以上お前に構ってる時間はねぇ」

 

急に険悪なムードが漂う。予想外の展開に1年達は右往左往と首を動かしている。

聞くに、バスケ部に関わりのある話のようだが、あまり見覚えがない。

 

「ん?いや、どっかで...」

 

「お前もか?俺も若干見覚えがある気がする。英雄は?」

 

「えーと、うーん...」

 

荻原・灰崎・英雄が反応し、目を細めて凝視する。同じ学校なのだから見た事があっても不思議ではない。しかし、それとは何か違う気もするのだ。

 

「花宮、俺と1対1で勝負してくれ」

 

「っは。何で俺がそんな事しなきゃ...」

 

「頼む。それでケリをつけたいんだ」

 

井上の頼みにそっぽを向くが、ツカツカと近寄って頭を下げる。

既に花宮は井上を構想外にしており、この井上の行動に不快を感じていた。

 

「...お前、ホントに面倒な奴だな...あんまふざけてんじゃねーぞ...!」

 

井上は決心のつかないままの状態でここに来ている。今だYESもNOも言えないままで。

しかも、その答えを出す為に花宮との勝負をしに来たのだ。

眉間の皺が増えた分、花宮の機嫌も最悪に向かう。

 

「...良くわかんないけどさ。やってあげれば?」

 

往々にしてこういう雰囲気をぶった切るのは英雄の発言だった。

 

「このまま練習って言われても、ねぇ?」

 

「こっちに振るな」

 

あれは巻き込むための目だ。そう理解した灰崎は、目線を逸らし片手を振って拒否した。

 

「用は、入部テストみたいな事でしょ?ウチは厳しいからね」

 

「ベンチはガラガラだけどな」

 

「一之瀬さん専用だからね」

 

英雄達のお陰と呼ぶかは分からないが、剣呑な雰囲気は和らいだ。

 

「テストか...分かった。お前を試してやる。相手は灰崎だ」

 

「うげっ!結局、巻き込まれるのかよ」

 

井上の要望とは少々変わってしまったが、1対1を行う事になった。

花宮曰く、OFを見る価値がないのでDFでどこまで出来るかどうかを試すものである。

 

「言っておくけど、まだ入るって決めた訳じゃない」

 

「いいからとっととやれ。どうせ1回も止められないんだからよ」

 

バッシュを履いて感触を確かめながら、この1対1の結果に対する前提を正した。しかし、花宮は興味を示さず、開始を促した。

 

 

「(久しぶりだな、この感触)」

 

バレー用のシューズとは違う感触を懐かしみ、目の前の灰崎に集中する。

井上の記憶が正しければ、元帝光中にして元レギュラーだったはず。花宮ではなかったが、申し分はない。

そして、気が付くとワンドリブルで抜かれ、ダンクを叩き込まれていた。

 

「な...!?(速い...予想よりもずっと)」

 

「やっぱ、そんなもんか」

 

フェイクを一切しようせず、単純なスピードだけで井上を置き去りにした。

その結果が想定内だった花宮は、井上を見下げるように見ている。

 

「っく...!まだだ!」

 

直ぐにボールを拾って灰崎に投げ渡す。

 

「(久しぶりで目が慣れていなかっただけだ)」

 

キセキの世代と同格と言われる灰崎を楽に止められるとは思っていない。

回数に制限はないのだから、徐々に慣らしていけばもう少し食いついていけるはず。

 

 

 

体格はほぼ同じ。というか寧ろ僅かに井上の方が高い。

フットワークにしてもバレー部の練習を真面目にやってきたのだ、確実に中学の時よりも成長はしている。

 

「(なのに...)」

 

「ぅらあっ!」

 

今度は、バックロールターンからのワンハンドダンク。

これで何度目か。井上の手はかすりもしないどころか、切り替えしについていくことすら出来ない。

 

「(止められない...!)」

 

正に圧倒。手も足も出ないとはこのことか。

2年越しに、あの黒い何かの塊が心に入り込んでくる。

 

「何でか教えてやろうか?簡単な話だ、お前がビビってるからだよ。構え一つとっても腰が引けて、見るに耐えねぇよ」

 

心身共に限界かという時に花宮が口を開いた。

 

「何時までたっても煮え切らねぇな。お前何しに来たんだ?これ以上やっても時間の無駄なんだよ。もういいから帰れよ」

 

回数制限を決めていなかったが、完全に興が冷めた。もはや井上に興味を示す事はないだろう。

時計を確認し、残った時間で何をするかを考えていた。

 

「...(やっぱ俺はこんなもんって事か)」

 

「あのー。失礼な事聞きますけど、バスケ楽しんでます?」

 

「君は...」

 

「俺、荻原っていいます」

 

本気で相手をしている灰崎や見ていた英雄と鳴海ではなく、荻原が井上に歩み寄った。

 

「井上さんですよね?元上崎中の」

 

他の3人は、珍しく花宮が本気で怒っているので、一応最後まで付き合おうとしていたが、見るに見かねた荻原には我慢する事が出来なかった。

 

「事情は分からないですけど、やるなら全力でやりましょう。じゃないと何も残りません」

 

荻原もまた当時の井上を実際に見た事があった。

花宮が目を付けるのも納得出来る実力を持つはすなのに、まったくそれが出てこない。

始めから諦めていては、何も出来る訳がない。バスケットボールはメンタルがプレーに直接影響するスポーツである以上、井上自身に原因がある。

 

「それに、井上さんが入ってくれたら心強い。祥吾は凄く強いけど、もっと出来るはずです!」

 

「おーいシゲ。何か俺が悪者みてーじゃねぇか...花宮じゃねんだから」

 

「何か言ったかよ」

 

「言ってねぇよ」

 

流れで花宮と同じ枠組みに入れられそうになった灰崎。全力で相手をしているのにその扱いはないと思う。

 

「(仕方ないなぁ、ここはシゲに1票かな?)じゃあ、次がラストね。祥吾お願い」

 

「わぁったよ」

 

転がっていたボールを拾い、井上の前に立つ。

 

「ほら、立てよアンタ。青峰に壊されたのかどうかは知らねぇが、最後くらい根性みせたらどうだ?」

 

最後の分岐点。バスケをやるやらない以上に、今後の人生にまで影響してくるのではないか。

井上にとって、そんな重要な局面のように思えた。

 

「...や、やるよ。(これが最後...)」

 

しかし、そんな事は直ぐに頭から離れ、灰崎だけに全てを向けていた。

そして、今日1番のDFを見せる。

 

「(おっ...!)」

 

「(雰囲気出てきたねぇ)」

 

文字通り腰が入った構えに、変わった顔つき。正面の灰崎は勿論、英雄や花宮も変化に気がついた。

 

「灰崎、キセキの世代相手にするくらいでいけ」

 

そこにとんでもない注文が花宮から飛び出る。

これまで試合用のテンションでやってきた灰崎だが、意味合いが大きく違う。試合にも勝負所とそうでない場面があるように、本気にもピンキリがある。云わば止めを刺しにいけという意味になる。

 

「(へぇ、やけに拘ってんな)」

 

ここで向かってきた時点である程度評価できるが、花宮はその先を見ようとしている。

珍しい態度に灰崎は素直に従う事にした。

 

「(来る)」

 

チェンジオブペースのタイミングを読み、灰崎に追従。続くロールターンに対しても、体を当ててコースを切った。

 

「(体の入れ方が甘い...!)」

 

鳴海の感じたとおり、灰崎は寄せた井上を押しのけて片手でボールを翳し前に出る。

 

「ぅおおおおお!」

 

井上は諦めずくらい付き、ボールに向かって手を伸ばした。

 

「(弾ける。俺はまだやれる!まだ俺は.....あ)」

 

ボールには届いた。だが、それでも灰崎は止まらない。力づくでリングに叩き込み、井上を吹き飛ばした。

 

大きな衝撃が井上を襲う中、井上は気付いてしまった。求めていた答えはこの一瞬にあったのだ。

自分でも本当に面倒な奴だと思う。

確かにバスケットを辞めようと思い、実際に辞めた。でも、バスケットを嫌いになった事は1度もないのだ。

これが最後だと思って必死だった。最後になんてしたくはなかったから。

 

「強いな、お前」

 

「当然だ。日本一になるからな」

 

「そうか、頑張れ」

 

もうやらない理由を探すのはやめようと思った。またバスケットをやろうと思った。

切っ掛けを作ってくれた花宮には申し訳ないが、やろうと思えば他でもできるのだから。

 

「お前の背番号は9だ。2年でも、下っ端だからな。文句言うなよ」

 

「...え?」

 

「それからバッシュは買い換えとけよ。サイズの合って無いバッシュで無駄な怪我すんだろ」

 

「合格だってさ、よろしくね先輩。あ、下っ端なんだっけ、何かややこしいな。えーとじゃあ今日から、イノッチで」

 

「よろしく頼むぜ、イノッチ」

 

状況が良く飲み込めない井上だったが、周りの笑みに釣られて変な笑いが出た。

 

「ははは...ああ、よろしく頼むよ」

 

遂に6人となった相模高校バスケット部。戦力的にも戦略的にも大きく前進を果たし、全国への距離を縮めた。

そんな風に綺麗に終わるはずだった。

 

 

 

 

 

「あのさ。そういう空気じゃないのわかってるんだけどさ。俺、提案があるって言ったの覚えてる?」

 

「もう明日でいいだろ」

 

全員が完全に忘れていた英雄の怪しげな企み。

 

「いや、もう来て待ってもらってるんだよね。ちょっと待ってて」

 

英雄が体育館から抜け出して、外部の人間を2人連れてきた。

 

「あれ?シシさんじゃん。もう1人は誰?」

 

シゲから見て左の人物はつい昨日会った宍戸である。だが右の中年の男性は明らかに初対面。

 

「この人は相田景虎っていう、親バカなんだけど。今日からウチの監督になってもらう予定」

 

「「「はぁ?」」」

 

「で、こちらご存知、宍戸義邦。通称シシさん。今日からウチのプロモーターになってもらう予定」

 

「「「はぁぁぁ!?」」」

 

前例の無い英雄の企みは、相模高校を常識を覆す、モンスターチームへと進化させる事になる。




捕捉
※井上は、公式設定に準拠します。
井上智也(イノウエ トモヤ)
191cm



持田礼二(モチダ レイジ)
183cm
G/F


宍戸義邦(シシド ヨシクニ)
161cm


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