黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:毒と毒

「おいクソガキ。誰が監督やるつったよ」

 

景虎は英雄の肩を掴み顔を向かせる。

相模メンバーの理解は追いついておらず、少々呆然としていた。

 

「間違いではないでしょ?肩書きはそうじゃないと問題あるし」

 

「だから、重要な部分を端折るなっていってんだ」

 

監督と紹介された景虎自身が否定し、なにやら揉めている。

 

「英雄!どういう事だ!何も聞いてねぇぞ!!」

 

「えー。イノッチの事、何も言わなかったんだからお相子でしょ?」

 

「ふざけんな。俺の知らないところで事が動くのを認めろってのか?」

 

「そっち?」

 

はっと我に返った花宮が疑問よりも不満を告げてくる。英雄は、怒るポイントがズレているのでは無いかと思った。

 

「その不満を今は置いておくとして、この人監督になるの?ならないの?」

 

花宮の問題はさほど重要でもないので、荻原が状況の確認に移った。

 

「監督っていう肩書きを背負ってもらうけど、采配とかは今まで通り俺らで決める。どっちかと言うとフィジカルコーチって言うのがしっくりくるかな」

 

1度に複数の質問をしても、訳が分からず混乱しそうになる。理解に努める為、1つ1つ整理して聞くことにした。英雄のいう事は突発的で抽象的なことが多く、非常に分かりにくい。

 

「主に今、体作りを優先している俺らからすれば、これ以上ない人材だと思うよ」

 

「何で、お前が上から言ってるんだ?」

 

井上が加入するとは予想もしていなかったが、少人数の相模高校が勝ち上がる為の体力づくりが必要だ。そういう意味では、鳴海や荻原以外も基礎体力の向上は優先順位が高い。

景虎の本職はジムのトレーナーであり、その能力は保証できると言う。景虎は今一不満そうだが。

 

「じゃあ何で監督になる必要があるんだ?」

 

鳴海が問う。采配をしないのであれば、態々監督の肩書きを背負う必要がない。本人もあまりやりたそうに見えないのが、余計に疑問を大きくする。

 

「これは対価。試合を1番近くで見れる場所、VIP席を替わりに差し出したんだ。どーせ空席なんだから、埋めといた方が見栄えが良い」

 

英雄の言うとおり、ベンチは一之瀬を含めて2人分に席以外に埋まる予定がない。正式な監督も見つかっておらず、その予定もやはりない。

その席を対価で、専門家の知識を借りられるのであれば安い買い物だ。

始めは、『何言ってるんだコイツは』と思っていたが、聞いてみると悪くない話だった。

 

「見たいと思った時だけ座ってもらえばいいし、いなくても問題なし。あくまでも何をするのもみんなで決める。マコっさん、何か問題あるかい?」

 

「ねぇよ、ばぁか」

 

アイデアよりも手段が気に入らないのか、花宮の態度は辛らつだった。

 

「まぁ、適当な紹介してもらってるとこ悪いんだが、引き受けるかどうかはこれから決める」

 

英雄の説明が終わると景虎が1歩前に出て、この件を受けるかどうかの最終確認を始めた。

 

「全員、服を脱げ」

 

「(何言ってんだコイツ)」

 

「(やっぱり英雄の知り合いか...)」

 

空気が止まった。

景虎の口から出た言葉に全員が引き、類は友を呼ぶという諺を思い出していた。

 

「はい、上だけで良いから脱ぎましょうね~」

 

「やめろ!触るな!」

 

「んもう、何照れてるのかしらこの子ったら」

 

「マジで触るな。殺すぞ」

 

英雄が真っ先に花宮の下へと詰め寄って、シャツを握って引っ張る。ドン引きした花宮が本気で嫌がっているが、構わず強行。

10分間の格闘の後、英雄を含めた全員が半裸で中年の男に見られるという光景。色々問題点だらけ。

 

「ふーん、なるほどな」

 

「っち(こんなんで何が分かるっていうんだよ)」

 

「よーし、もういいぞ。あながち誇張って訳でもないみたいだな。現時点でのスペック、伸び代も中々のもんだ。ただ、そこの根暗、体がちょっと硬いな。風呂上りとかに柔軟しとけ。猫背になりかけてんぞ」

 

「見ただけだろ?何でそんな事が」

 

一通り見終わった景虎は、あっさりと花宮の身体に纏わる話をした。それは花宮自身把握している事だが、そんな簡単に分かってしまうのか。

 

「だから、専門家だっていったでしょ。俺には良く分かんないけど、あの人の目には見えるんだって。そういうデータが数値で」

 

「で。このチームの目標は?」

 

相田景虎の目には、肉体データが正確な数値として読み取れる。そんな彼の腕を必要としているアスリートも多いとか。

現能力の大体を把握した景虎は、目標を聞いた。どこまでに仕上げるかは、その目標によるからだ。

 

「そんなん日本一に決まってるっすよ!」

 

「そうだ!舐めんな!」

 

鳴海が胸を張って答え、英雄が続く。

 

「天皇杯で日本一を目指してんだよ!なぁ!?」

 

「そうだ!俺達...は?」

 

鳴海の時間が止まり、2度見した。景虎に向けていた視線を、妙な電波を放っている天然パーマに向ける。

 

「っはっはっは、ちょっと待て。天皇杯ってあれか?毎年プロとか大学でやってるやつ?」

 

「うん」

 

「俺達、そこ目指してんの?」

 

「うんそーだよー」

 

「あ、あはははは。なんだ俺、初めて知ったんだけどぉ!?」

 

胸倉を力一杯掴み上げ、英雄を問い詰める。英雄が『いやだなぁ、もー』とケラケラと笑い流していることが腹立たしい。

 

「花宮、お前もか?」

 

「そうだ。面倒この上ないけどな、そういう取引だったんだよ」

 

井上も顔色を変え、逆に無反応の花宮に質問した。

花宮は柄でもないと分かっているが、英雄を相模に引き入れる為には必要だったのだ。

 

「まぁ、勝ち続ければいずれそこに行く事になるんだ。デメリットはねぇ」

 

井上が振り返ると、灰崎と荻原も当然の様な表情で特にリアクションを起こさなかった。

 

「天皇杯で優勝たぁ、簡単に言ってくれる。お前舐めてるのか?」

 

景虎も出場経験を持っている為、その難しさを充分に知っている。

大学やプロで活躍する為に月日を費やした者が相手だ。高校レベルとは訳が違う。プロリーグ優勝チームが決勝どころか準決勝に辿り着けない事もある程に、何が起きるか分からない魔窟なのだ。

 

「舐める?俺が?何で?」

 

自身がそう言われる理由を理解できないと、英雄は鳴海の腕を外して疑問を示す。

 

「高校のチームが高校生の日本一を目指すなんて当たり前じゃん。だから、その上の天国目指すのがそんなにおかしい事なの?」

 

「脳みその代わりにバスケットボールが詰まってるお前は例外だが、誰もがそんな目標を本気で目指せると思えねぇよ」

 

「ほら、立てた志の半分しか達成できないっていうじゃん。だから、目標は大きければ大きいほうがいいに決まってる」

 

国内頭蓋の中にボールが入っている事は否定せず、最高峰の舞台を天国と呼び、自分のやっている事を当たり前だと言う。

 

「井上、鳴海。遅れたけどな、腹括るのは早めにしとけよ。コイツはマジだ」

 

「全国どころか、天皇杯...出来るのか」

 

「ははっ、良いよ。乗る」

 

花宮の問い掛けに鳴海よりも早く井上が乗った。

 

「考えた事もなかったな...でも、だからいい」

 

やらない理由を探すのを辞めた井上は、笑いながら大きな目標に手を伸ばす事にした。折角、復帰すると決めたのだ、どうせなら長く濃い時間を送りたい。

 

「鳴海ちゃん、とりあえずやってみない?損はさせないよ」

 

「...乗りかかった船だ。行けるトコまで行ってやらぁ。てゆうか、何で始めに言わなかった?俺がビビってやめるとでも思ったのか?」

 

鳴海としては、正直自信がない。大坪に完敗した以上、それ以上とやりあうのは想像もつかない。でも、ほんの少しだけ胸がドキドキとしたのだ。

勢いというのも否定できないが、その勢いに任せる事にした。

 

「えぇー。祥吾、俺言ってたよね?」

 

「さぁな。覚えてねぇよ」

 

「多分言ってないと思うけど」

 

「ほら、やっぱり言ってたって」

 

「会話の流れ無視して電波流すな!宇宙人かてめぇは!?」

 

荻原の記憶内には目標を宣言した事は無かった。今日初めて、公にしたのだから1部を除いてしらなくて当然。

都合の悪い状況を無視して、軽く嘘をぶち込んでくる英雄に鳴海の締め上げる力が増していく。

 

「...っくっくっく。いや、面白いチームだな。お前らが何処までいけるか、ちょっとだけ興味が沸いて来た」

 

正式にチームの最終目標が掲げられた。見ていた景虎は笑い出し、付き合っていれば面白いものが見れると確信した。

 

「本業があるんでな、毎日って訳にはいかんが、週に1度くらいは見に来てやる。鍛えたい部分があるなら言え。アドバイスくらいならしてやる。今は怪我しないようにプールを使って基礎トレーニングでもしてろ」

 

仮初だが、景虎が相模高校の監督に就任した。

実は英雄の狙いは他にもあるのだが、その効果が現れるのはまだ先になる。

 

「やっと終わったか」

 

景虎との話が終わると、体育館の隅で寝転んでいた宍戸が起き上がり、自分の番だと主張する。

 

「景虎さん長いっすよ」

 

「コイツのせいだ。俺じゃねぇ」

 

景虎と顔見知りなのか、二言会話をして前に出る。

そう、景虎以上に意味不明なのは、宍戸の役割。英雄は、プロモーターと言った。その意味合いは如何に。

 

「おい、つーか宍戸義邦って言ったか?」

 

「呼び捨てにすんなよ年下。呼ぶなら、シシさんかシシ君だ」

 

宍戸の名前に花宮が反応した。この背丈で宍戸義邦という名前に心当たりがあった。

 

「...もしかして、あの獅子舞なのか?」

 

「俺をその名で呼ぶな」

 

獅子舞。宍戸の中学時代の通り名である。

その実力もさることながら、文字通り獅子の如く大暴れする様からそういわれ始めた。

大暴れと言うのは、試合中のパフォーマンスの事を指すのではなく、コート外での言動やファウルアウトが異常に多い事に対してのものである。

その背丈を皮肉った陰口。

 

「懐かしい話だけど、とりあえず進めてもいい?」

 

井上の1対1もあって、時間はかなり過ぎている。今日はあまり練習が出来なくなったが、さっさと説明くらいは終わらせておきたいと英雄が進める。

 

「シシさんには、この部のプロモーション活動を手伝って貰うことになったんだ」

 

「俺もゆくゆく、イベントを仕切っていきたいからな。経験を積むいい機会だ」

 

宍戸の場合、かなりノリノリで問答を必要としていない。

 

「とりあえず、ブログを立ち上げて活動内容を公開していこうと思ってる。なるべく多く更新出来る様に参加しろよ。俺も結構忙しいんだ」

 

英雄と勝手に行動するのならばまだしも、明らかに全員参加を呼びかけている。

 

「何言ってんだ。そんな暇あったら練習するに決まってんだろ」

 

考えていたスケジュールが狂う事に異議を唱える花宮。監督の件については有益と思えるが、こちらに関しては必要性が感じられない。

 

「作業は俺か英雄でやるから、動画とか写真をアップするくらいは協力しろよ。そんなんで誰が見に来るんだよ」

 

それに対する回答に、全く話がかみ合っていない事だけは分かった。

今日の予定が完全に潰れた事もあり、花宮のイライラも頂点になりかけている。

 

「てめぇらいい加減に...」

 

「おーっと、怒るのはなしだぜマコっさん。これは単なる悪ふざけなんかじゃないんだよ」

 

片手を花宮に向けて開き、静止を呼びかける。

 

「これはレッキとした、チーム戦略だ。このチームの行く末にちゃんと関わってる」

 

花宮の毒舌でも止められないものがある。例えば、あの天然パーマで受信しこちらに送信してくる毒電波。

気付かぬうちに侵食し、ある種の洗脳に近い影響力を持つ。英雄の型破りな発想力を花宮はそんな風に解釈していた。

 

「説明は簡潔にな。お前のは、いつも分かりにくい」

 

「っ流石。話はちゃんと聞いてくれるところは好きだよ。で、目的は観客を集めるって事なんだけど」

 

宍戸が先程発言した様に、プロモーション活動の直接的な目的は観客を集める事である。

 

「別に観客がいようがいまいが、試合やってたら関係なくね?」

 

「それは、視野が狭いからだよ鳴海ちゃん」

 

「ってめ!」

 

再び鳴海が詰め寄ろうとしたが、話が進まないので荻原が肩を掴んで『まぁまぁ』と諌めていた。

 

「メリット1つ目は試合へのモチベーションの向上。プレッシャーになる人もいるけど、この面子なら問題ないでしょ」

 

人差し指を立てて、花宮の要望どおり簡潔に纏めようとしているのだろう。

 

「逆に相手にプレッシャーを与える事もできるから、メンタル的に優位性が生まれる」

 

ホーム&アウェイがあるように、強力な応援団をもつチームはどんな場所でも落ち着いて試合に入れる。

自分への応援をプレッシャーと感じる者もいるが、他の5人を見て大丈夫と言う。

 

「メリット2つ目。様々な目線からの評価が手に入る事」

 

プロモーション活動によって得た観客の中には、バスケを知っている人もいるかもしれない。始めは知らなくても観戦に継続して来てくれれば目が肥える。

ブログという仕組みを利用して、チームに対する意見を集めようとしていた。

素人意見と馬鹿に出来るものでもなく、今後の指標を寄りよくしていく為の大きな要因にもなるのだ。

 

「3つ目は...今はいいか。とにかく、この先勝ち上がる為には、強くなって行く為には、どうしても1人でも多く声を掛けてくれる人が必要だと思う」

 

3つ目のメリットを省略し、この行動の必要性を訴える。

花宮の言う通り、練習を最優先にするべきだとは分かっている。それでも、この行動に異議がある。

 

「練習は今まで通り、出来る限りやる。でも、残った時間をどう使うかは許して欲しい」

 

「英雄。そんな面白い事、もっと早く言えよ。昨日のあの感じを持って行きたいんだろ?」

 

「そーだよ。あれを体感しちゃったし、言わんとする事はちゃんと分かってる。ていうか、それ狙いだった?」

 

灰崎と荻原の承諾は早かった。寧ろ、プロモーション活動への参加を自ら名乗りいれている。

 

「おい、お前ら」

 

「悪いな、そういう事だ」

 

「ゴメン花宮さん。でも、英雄は多分嘘をいってるんじゃないと思うんだ」

 

2人ははっきりと自分達の立ち位置を明確にし、英雄側に歩み寄った。

どちらが間違っているとか、どっちが正論かという事ではない。言ってしまえばどちらにも利がある。

花宮を気にしてか、鳴海と井上は答えを出せずにいた。

 

「状況分かってんのか?県大会までもう時間がねぇ。やる事はいくらでもあんだよ」

 

「だからだよ。今だからやるんだ。今じゃないと間に合わない」

 

こう見ると人間としてのタイプの違いがはっきりと分かる。

完全理論派の花宮と自らの感性に重きを置く英雄。花宮が論破しようにも、英雄が説得しようとも、考え方の違いが壁を作る。今まで対立しなかった事の方が不思議に思う。

 

「観客だぁ、テンションだぁ?そんな曖昧なもんに頼ってるんじゃねぇよ」

 

「頼る?元々バスケはそれありきじゃんか」

 

「勝つ気がねぇのか」

 

「あるから言ってる」

 

「...これ以上の問答は不必要だ。俺に従え」

 

「キャプテンはマコっさんだし、優秀なのも認めてる。だけど、鵜呑みにするって違うくない?」

 

互いは互いの考えをもって、平行線をひき続ける。

 

「まぁまぁ、その辺にしとけ」

 

「てめぇが言うんじゃねぇよ」

 

キリがないと判断した宍戸が間に入り、静止を呼びかける。既に英雄側に立っている宍戸が、中立風にしているのが気に入らない花宮。

 

「いいから黙れよ、根暗眉毛」

 

「あぁ?チビ助が何言ってやがる」

 

「あ」

 

売り言葉に買い言葉。英雄が止める暇が無いほど、花宮があっさりと宍戸のスイッチを押した。

 

「はい死なす!」

 

簡単に押せてしまうスイッチの軽さも問題だが、花宮の口の悪さも問題だ。

宍戸は躊躇い無く拳を振りぬいた。

 

「っぶね!何しやがる!?って、おい!話聞け!!」

 

「その眉毛、毟りとったらぁ!!」

 

「シシさん待って!それはマズいって!!」

 

これが獅子舞といわれた所以である。

沸点の低い割りに1度怒ると見境がなくなり、第3者にまで被害が及ぶ。

その小さな体格に似つかわしくないエンジンを積んでいる為、180台後半の英雄がしがみ付いても止まらない。

 

「マコっさん!発言取り消すか謝って!ホントお願い!!」

 

この事態を収拾させるには、花宮の発言が必要だが、花宮も簡単には頭を下げない為、非常に時間が掛かった。

その為、本日の練習時間は0になってしまう。

 

「...もういい、勝手にしろ。何なんだ今日は」

 

本題がズレるどころか吹き飛んでしまい、どうでもよくなった花宮だった。

既に夕暮れ、今から練習をする気にもなれない。それなのに疲労を感じ、ため息が出る。

宍戸を落ち着かせ、今日のところは帰って貰った為、メンバー6人だけが体育館にいる。

 

「許可は出たけど、こういう展開は望んでなかったなぁ」

 

「やっぱシシさんは苦手だ。冗談が言いづらい」

 

「でもま、面白くなる事この上ないよな」

 

花宮の納得を得ようとしていた英雄はすっきりしない顔をして、灰崎と荻原は、今後係わり合いを持つ事になった宍戸に対する思いを言いあっていた。

 

「俺も1歩間違えてたら、1発お見舞いされてた訳か...笑えない」

 

「入ってみたものの、滅茶苦茶だなここ。この先大丈夫か、俺」

 

鳴海も宍戸の鋭かった一振りを自ら受けてしまっていたかもしれないと顔を引きつらせ、井上は相模でやっていけるのかどうかを考えて不安を募らせていた。

実際は、重要な事が今日に重なり相模としては有益になるはずだったもの。ただグダグダに終わった事が問題なのだ。

花宮はさっさと部室に戻ってしまい、活動は終わりとなった。

 

「祥吾、ちょっと付き合ってくれないか?」

 

「ん?ああ、いいぜ」

 

全体練習は終わったが、体育館はまだ使える。荻原は灰崎を呼び、ボールを持っていった。

 

「さて、俺もやる事はやろうっと。鳴海ちゃん今から外走りに行くけど、付き合わない?」

 

「そーだな」

 

「俺も付き合うよ。体をバスケに戻さなきゃいけないからな」

 

英雄と鳴海・井上は、外へ向かって学校の外周を走り出した。

 

 

 

 

「以上だ。解散」

 

東京都・秀徳高校バスケット部の活動は、中谷の一言で終わりを告げた。

全体練習は終わりとなったが、ここから自主練習の時間である。全体ではやり足りないと思った事をそれぞれの判断でおこなっている。

キャプテンの大坪は、何時も通りにボールを持って残っていた。

 

「...すみません、少しいいですか?」

 

何時もならば、真っ先に大量のボールを確保し黙々とシューティングに勤しんでいる緑間が声を掛けてきた。

 

「なんだ?」

 

「お願いがあります。俺と、ゴール下限定の1対1をしてくれませんか?」

 

一昨日の試合での反省を克服する為に、緑間は1歩踏み出した。

突かれたわずかな隙を緑間は決して許さない。

 

 

 

 

神奈川県・海常高校の体育館では、未だ力強い声出しと共に走り回っている。

 

「県予選はもう直ぐだ!気合入れろ!もう負けは許されねぇんだぞ!分かってんのか!?」

 

「「「おう」」」

 

「黄瀬!てめぇも声出せ!!誠凛にリベンジすんだろが!!」

 

「分かってるっス!!」

 

笠松の激に部員そして黄瀬が大声で応えている。長い間神奈川のトップであり続けたチームとは思えない程の必死ぶり。

それもそのはず。先日行われた練習試合で、まさかの敗北を受けていた。

 

監督の武内が、練習相手というよりも調整相手として選んだ誠凛高校。黄瀬に何か刺激を与えようと『鉄心』こと木吉鉄平のいるチームとの試合。木吉の実力は侮れないが、他のメンバーの差がある限り苦戦はあれど負けはないと思っていた。

だが実際は、昨年度の実績以上の力を持っていた。

木吉はもちろんのことピュアシューターの日向等、木吉抜きで新人戦を戦い抜き鍛えてきた2年生達は予想以上の粘りを見せた。

そして問題は、黄瀬とマッチアップを行った火神大我という人物である。黄瀬にかなり押されていたものの黄瀬から幾つもの得点を重ねた無名の大型ルーキー。加えて、帝光中『幻の6人目』黒子テツヤとのコンビで黄瀬も対応できないOFを仕掛けてくる。

黒子のミスディレクションという技能は、人の視線を誘導する事で意識を黒子自身から切り離し、死角からのパスを回してくる。DFを無効化し得点チャンスを次々と作り出していた。

それも、時間の経過で目がなれて効果が無くなるという欠点を知っていた黄瀬の発言により、黒子がベンチに下がった瞬間に再び流れを取り戻したが、もう1人の厄介な1年によって黒子不在でも踏みとどまられた。

DFの名手であり元明洸中の持田である。彼が笠松につくなり、ボールを奪えないまでも足止めを行い、トランジションゲームからの離脱を成功させたのだ。

展開が落ち着けば、直ぐに点差を話されることも無く、黒子が再びコートに入る勝負所の時までの猶予を持田が作り出したのだ。

そして、コートに戻った黒子によって流れが傾き、1点差での敗北を決定付けられた。

 

「けど、その前に!」

 

「暁大相模っスよね...正直あの人達と戦うって思うと、誠凛の事とか考えてる余裕なんか無いっスよ」

 

「分かってんなら...いいんだよ」

 

モチベーションが高く維持できているなら良いが、目先の事ばかりに目を向ける余裕は無い。誠凛に最短でリベンジ出来る機会は夏のIHであり、まず県大会を勝ちあがらなければならない。そして、県大会で1番の障害となる暁大相模というチーム。

怖さという点においては、黄瀬の顔色が変わる程に誠凛を遥かに超える。

 

「去年はマッチアップすらしてもらえなかったけど、今回は違う。補照っちか灰崎か、どっちかが俺を止めに来る。正直勝てるかどうかはともかく、既に燃えて来てんスよ」

 

「とにかく、今目の前にある事に集中しろ。途中でコケましたなんて笑えねぇにも程がある」

 

「っス」

 

「後な、あんま気負うな。1年1人で背負える程、海常は軽くねぇよ」

 

「りょーかいっス」

 

試合での初黒星というショックから一層熱心に練習を行い始めた黄瀬に、笠松は不安を覚えた。

仮に黄瀬いなければ、誠凛にもっと大差で負けていただろう事実は分かっている。しかし、1人でバスケは出来ない。試合に勝ててもタイトルは取れない。

 

「どうしたんだ笠松?やる気出してて良い事じゃないか」

 

黄瀬から離れた笠松に同じく3年生の森山が話しかけた。

 

「誠凛に負けた時、気付いたんだ。アイツは結局1年生なんだってな」

 

「どういう意味だ?」

 

「良くも悪くも素直過ぎる。確かに黄瀬は天才だ。だがな、それは身体能力や技術的な話であって、精神的にはただのガキだ。敗北を知った事によって多少は強く逞しくなっていくんだろうが、一歩間違えば潰れる」

 

大抵の事は一目みれば出来る黄瀬。逆に言えば、大抵の事を苦も無く出来る黄瀬は苦労を知らない。

誠凛と戦ったように、勝てば勝つほど黄瀬への負担は増えていく。放っておけば、何時か限界が訪れてしまうだろう。

嘗ての自分の様に。

 

「あんな思いを後輩にさせるのは気が引ける。お前もフォロー出来る所はフォローしてやってくれ」

 

「そうだな。黄瀬のピンチを助ければ、女の子の視線を鷲掴みに出来るからな」

 

「馬鹿野郎」

 

何時から、そんな話になったのだろうか。笠松の熱い想いが台無しになっている。

 

「キャプテン!おぇもやぃますかぁ!!ィバウンド取って、チームに貢献を!!」

 

「うるせぇ!耳元で叫ぶな!つーか何言ってんだこの野郎!!最後以外伝わってねーよ!!」

 

他に任せず自分でやろうと決意した笠松だった。

 

 

 

月日は過ぎ、徐々に気温も上昇していく。正確な数字は分からないが、流れ出る汗の量で何と無く把握する。部室の匂いは濃くなり、夏が地被いてきている事を実感する。

そして、ついに夏の大舞台に繋がる激闘の幕が、全国のいたるところで空けていく。


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