黒バス ~HERO~   作:k-son

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注:大きな変更点があります


帝光偏アフター IH予選
外伝:ほったらかし


全国高等学校総合体育大会神奈川県予選。

IH本戦へと繋がるたった2つしかない切符を賭けて、県内多数の学校が火花を散らし合う。

多くのチームは昨年度からこの大会に照準を当て、準備を行ってきた。全ては全国へと行く為に。

切符は2つといったものの、十数年の間、海常高校が王者として君臨し続けた為、残り1つを奪い合ってきたのが定例だった。

しかし、今年は状況の変化により、厳しくなりつつあった。

 

神奈川県内だけでなく、全国から注目を集めているチームが今年になって生まれたからである。

結成からまだ日が浅く、付け入る隙は充分にある。人数も少なく、決して勝てない訳ではない。名前でバスケットをする訳でもない。だが、そのネームバリューは異常だ。

 

その名は、暁大付属相模高校。

 

 

 

県予選初戦の朝。

そろそろジャージも暑くなってきたと実感し、半そでへの以降のタイミングを考えながら、英雄は試合会場の入り口に立っていた。

 

「ふぁぁぁ。てかさ、ほとんど寮生活なのに、どうして現地集合?」

 

「知るかよ。言い出した花宮に聞け」

 

ここには、英雄・灰崎・荻原・鳴海がいて、花宮と井上と一之瀬等を待っている。

朝食を食べるときに顔を合わせていた花宮とは別行動になっている事に疑問を言う英雄と、興味なしの灰崎。

 

「鳴海?何聞いてるんだ?」

 

荻原が、耳にイヤフォンを入れて高音で音楽を聴いている鳴海に軽く声を掛ける。

 

「メタル。俺、試合前はこうしねぇとイイ感じで試合に入れねぇんだ」

 

「メタルかぁ、あんまり聞かないな」

 

完全に手が空いており、暇なので雑談を始めた荻原。

すると、花宮等が合流してきた。

 

「はよーっす」

 

「朝からテンションたけーな。つーか、あのオッサンはどーした」

 

「ああ、決勝リーグまで来ないよ。仕事に時間作る程見る気がしないって」

 

「なんだそりゃ。まぁ別に構わないがな」

 

景虎は監督に就任したが、本業のジムトレーナーがある為、早々に時間を作る事は出来ない。見たいと思える試合にしか行かないというのはそういう意味でもある。

と言っても、形式だけのものであり、監督としての役割を任せていない。花宮にとってはいてもいなくても関係なし。

 

「はよーっす、イノッチ」

 

「ああ、おはよう」

 

「はよっす」

 

一通り挨拶を終えて、本日の目的に話題を移す。

 

「いよいよ、高校デビューか。何しようかなぁ」

 

「何って、バスケだろ?」

 

不穏な発言に鳴海が笑みを引きつらせる。

今日を迎えるまでの間に、英雄は宍戸と一緒に相模バスケ部のブログを立ち上げ、定期的に更新し、活動内容を公開し続けた。

1人でも多くの人が応援に来てくれるようにインターネットで呼びかけ、人伝に声を掛けていた。

灰崎と荻原も積極的に参加して、色々と打ち合わせをしていたのを何度か見た事がある。

この準備の果てに何が行われるのだろうかと、自分の事で余裕がなく一切手伝えなかった為に何も知らない鳴海は乾いた笑いをしていた。

 

「シシさんこねーの?」

 

「もう来て準備してるってさ。ストリートの人とかに声掛けてて、結構見込めるらしいよ。トチったら大恥だね」

 

「そりゃ、テンションあがるじゃん」

 

この場にいない宍戸の動向についてを荻原・英雄・灰崎が話し合い、本日の試合に胸を高鳴らせた。

 

「おら、ボチボチ行くぞ。1回戦からなんて面倒で仕方ねぇ、来年はシード権もらわねぇとな」

 

「まぁ、俺達に実績なんてある訳がないからな。1つずつやっていくしかないんだよ」

 

雑談に花が咲きすぎた為、花宮と井上がまとめて移動を開始する。

 

「試合何時からだっけ?」

 

「ほい、パンフ」

 

「ん。昼からかよ、それまでどうすっかな」

 

移動しながらスケジュールの確認をしようとした鳴海に、英雄がパンフレットを雑に手渡す。午前中の時間をどう過ごすかを考えるが、特に何も無い。

 

「てめぇは他の試合でも見てろよ。プチトマトからじゃがいもくらいには拡張できるんじゃねぇのか」

 

「ぉ、ぉお...。『他の試合見て勉強しろ』って事か?原型が無いな」

 

花宮ナイズされた表現に井上が引いている。罵倒を受けた鳴海はなんとか無視を決め込み、大事には至らなかった。

 

「俺は、シシさんとこ手伝ってるよ。何かあったら電話でよんでよね」

 

何気に注目を集めているこの赤い集団。県大会において、優勝候補筆頭は昨年度王者・海常であるが、対抗馬はすでに相模だという声もある。

『悪童』花宮を先頭に進むチームの色は、様々な思惑を集めていた。

 

 

 

暦で言えばまだまだ夏とは言えないが、正午にもなれば気温も上昇する。

間もなく、暁大相模の初戦の時間がやってくる。

 

「...」

 

「...よう。久しぶりだな緑間」

 

そんな時、この2名が出会った。

秀徳の緑間と桐皇の青峰。どちらも東京都の高校に在籍しているはずだが、今こうして神奈川県内にいる。

緑間は顔色を変えず黙ったまま、青峰は先に声を掛ける。

 

「みどりん久しぶりー!こんなとこで会うなんて奇遇だね!!」

 

「桃井、お前も相変わらずなのだよ」

 

「あと、高尾君だよね?初めまして、桃井さつきです」

 

「あ、ぁあ。どうも...」

 

そして、両名と同行していた桃井と高尾もそろって顔を合わせている。

緑間は嫌な予感が的中して、何ともいえない顔をしていた。

 

「正直、ここに誰かが来ていると思っていたのだが、まさかお前達だったか」

 

「まぁな。直接やりあうのは当分先なんだがよ、どんなもんか1回見ておきたくなってな」

 

関東に進学したキセキの世代は3人。その内誰かが来ていると確信めいた予感をしていた緑間。桃井にしろ、黄瀬にしろ、相手をするのが面倒なのだ。

同行した高尾には全く告げていない為、高尾はこの展開に戸惑っていた。

 

「それにしても、随分人が多いね。まだ1回戦でしょ?」

 

桃井は周りの混み合い様に目を向け、キョロキョロと首を動かし見回している。

1回戦ともなれば、試合会場も大した施設で行われない。規模の大きな場所での試合はもう少し勝ち上がってからである。

 

「(ん?やけに...まさかな)」

 

混み合う人ごみの中で、視野の広い高尾だけが不意に気付いた。

すれ違う人の多くは赤いTシャツを着ていたり、赤い衣類を持っていたりと、やけに赤が目立つ。

これらの人々が相模を見に来たという可能性を馬鹿馬鹿しく思い、考える事を放棄した。

 

 

 

 

「うぉっ!何時の間にか、人でいっぱいだ」

 

試合前のアップに来た鳴海は、午前で目立っていた空席がなくなっている事に驚いていた。

 

「やりー!頑張ったかいがあるね」

 

「うんうん!やっぱりこれくらいじゃないと!」

 

荻原と英雄がハイタッチを決めて大はしゃぎ。

他のチームや大会関係者もまた驚きを隠せず、オロオロと周りを見渡している。

1回戦でこれ程まで席が埋まる事は前例が無く、規模の小さい客席といえど室内の雰囲気を一変させていく。

 

「おい!お前ら!!」

 

背後の客席から宍戸が大声で呼びかけている。

 

「俺の面目も係ってんだ。ヘボすんなよ」

 

「おっす!」

 

オラオラ系の激励に英雄が軽く敬礼のポーズで答える。

 

「なるほどな。確かにもうこれは、俺らのホームゲームだな」

 

井上は、初めて英雄が言っていた意味を理解した。

この試合会場にいる過半数は、相模の勝利を望んでいるかそれに近い思いをもっている。

逆にプレッシャーにもなるだろうが、少なくとも今はそう思わなかった。

英雄達の雰囲気に感化されたのか、はたまた久しぶりの試合に高揚しているのか、どちらにせよ悪くない。

 

「あのチビ助の面子はどうでも良いとして」

 

「聞こえてんぞ、そこの眉毛!」

 

ガヤガヤと騒がしくなっても、宍戸の耳はタブーを許さない。

 

「今まで好き勝手を許して来たんだ、結果を出せ。スターターは予定どおり、井上はベンチスタート」

 

1度ベンチに戻って、最後の打ち合わせを行う。

 

「お先っす」

 

「ああ、序盤は留守番でもしておくよ」

 

荻原が頭を軽く下げ、井上が片手を上げて応える。

 

「DFはマンツー。マッチアップを確認しとけ」

 

試合が始まれば、お互いのすり合わせを行う暇はない。大事な初戦をいかに戦うかは今後の行く先にも繋がる為、話はしっかりやっておくべきなのだ。

 

「祥吾ってば、またワックスで決めてんね」

 

「男ならばしっと決めねぇとな」

 

「鳴海、鞄からエロ本がはみ出してる」

 

「おっと、いけね」

 

上から英雄・灰崎・荻原・鳴海。1年生4人は全く聞いていない。気負いは無く頼もしいと思うべきか悩ましい。

 

「聞けよ」

 

眉間に皺を寄せて不快感を前面に出す花宮。

 

「っち、話は後だ。行くぞてめーら」

 

このまま説教と行きたかったが、審判に集合を求められ仕方なくコートに向かう。他の4人も花宮の跡に続きコートに足を運ぶ。

 

「満員御礼とまではいかないけど、やっぱりこうじゃないとね」

 

暁大カップと違い、ここからの敗北は許されない。目標は全国の遥か先の先。

しかし、それはそれ。バスケはバスケ。英雄は公式戦の雰囲気を楽しむ。

 

 

 

「火神君、急いでください。もう始まってますよ」

 

「分かってるよ。つか、朝一で試合して疲れてんだ。都内のチームならまだしも、神奈川のチームをそこまでして見に行く必要あんのか?」

 

試合会場の外では、態々東京からやっていた3人が急ぎ足で進んでいた。誠凛高校の黒子と火神、そして持田である。

IH予選は既に始まっており、当然東京でも行われている。午前中に行われた試合に勝利を収め、その足で真っ直ぐこの試合会場にやってきたのだった。

 

「確かに、直ぐに戦う事にはならないけどさ、1度見ておいた方がいい。IH予選を勝っていけば時間に余裕なくなるから今しかないんだよ」

 

「へぇ、そんなにやるのか。その相模高校って奴らは」

 

「はい、強いと思います」

 

初戦を勝って次の試合まで時間があるが、徐々に試合間隔は少なくなっていく。DVDで見るのと実際に目で見るのでは違いがあり、直接見る機会は今しかない。

持田のいう事にあまりピンと来ていない火神は、黒子にも問うが曖昧な言葉が返ってきた。

 

「思うってなんだよ。誘ったのはお前だろ」

 

「僕が知っているのはその中の数人です。でもその人達は中学時代、キセキの世代と対等に戦っていました」

 

「キセキの世代とっ!?マジか、その話」

 

黒子の話に得心を得ない火神はそのまま聞き入った。

 

「本当の話だ。一応俺もその場にいたけど、英雄も灰崎もシゲも一歩も引いてなかった。凄い奴だったんだ」

 

「一応?どういう事だ」

 

「以前も先輩たちが言ってましたが、持田君は去年決勝で帝光中と戦った明洸中のキャプテンだったんです」

 

「お前が...」

 

初めて誠凛メンバーと顔合わせをした時に、日向らが驚愕に顔を染めていた理由が良く分かった。

無名の新設校に全中の優勝チームと準優勝チームのメンバーが入学したのだ。実績だけなら、2年生の先輩達の上をいっている。

しかし、持田の憂いの理由は分からない。

 

「あっれぇ?黒子っちじゃないっスかぁ!」

 

気になった火神は持田にもう少し深く聞こうとした時、少し離れたところからなにやら聞き覚えのある声がした。

 

「どうも」

 

現れたのは黄瀬涼太。黄瀬の直ぐ後ろに海常キャプテンの笠松がいる。

 

「よう。てか、お前ら今日試合だろ?なんでこんなトコにいんだ?」

 

「はい。無事に勝ちました」

 

影の薄い黒子ではなく、無愛想な火神でもなく、笠松は持田に話しかけた。

 

「そうか、ならいい。こっちは本気でリベンジしようと考えてる。へんなトコで躓くなって、そっちのキャプテンに伝えとけ」

 

「はい」

 

笠松と持田が話をしている中、黒子がふと疑問を抱いた。

 

「ところで、黄瀬君は何で?」

 

「あれっ?ここは神奈川っスよ。しかもあの人達って事なら、トーゼンっスよ」

 

「いえ、そうではなくて...もう試合始まってますよね?」

 

素朴というか、当然の質問。

何故、目的の試合が始まっているにも関わらず、こんなところでマゴマゴしているのかという疑問である。

その質問に黄瀬の頬が引きつり、笠松に軽くシバかれていた。

 

「完全に、コイツのせいだよ。集合場所に遅刻して、こっちに行くまでにも中々前に進まねぇ」

 

「あはははは...」

 

予定時刻に遅刻したのも、ここまで向かう最中に時間が掛かったのも、全て黄瀬が女性に声を掛けられその度に足を止めていたからである。

気が付けば行列が出来ており、サイン会が行われていた。

 

「モデルはとっくの昔に辞めたはずなんスけどねぇ。いや、参ったっス」

 

「嫌味にしか聞こえません」

 

黄瀬は中学時代にファッション誌のモデルをやっていた事があるが、引退した後にきっぱりと辞めてバスケ1本とした。だが、黄瀬涼太の名はモデル以前にキセキの世代として世に広まっていた為、認知度は依然として高い。

割を食った笠松は米神に青筋を立て、黒子は黄瀬の言い訳を一蹴。

 

「黄瀬と一緒に歩くもんじゃねぇな。さっさと行くぞ」

 

「あ~ん!酷いっスよ!!俺は何もしてないのにぃ」

 

「僕らも行きましょう」

 

黄瀬が取り繕う暇を与えず、笠松と黒子は試合会場へと進んでいく。

エントランスに入ると、奥から大きな歓声が聞こえた。試合の内容はかなりの盛り上がりを見せているようだ。

最後の扉を開けると、凝縮された熱気と興奮が入り混じった空間が、5人を包み込む。

 

『ぉおっ!?これが高校生の試合かよ!』

『堅苦しいイメージがあったけど、結構面白いじゃん!』

『おらっ!もっとやれ!折角来てやったんだ、まだイケんだろ!!』

 

赤・赤・赤と、まず目に飛び込んできたのはその1色。この施設が決して広く無い為か、過半数の人間が赤い服を着て声援を向けている。

 

「...っと、思わず空気に呑まれちまった。なんだこの盛り上がりようは、まだ1回戦だろ?」

 

はっと我に返った笠松は、周囲の温度の高さに困惑した。

 

「おい黒子。こんなに人気があるのか?」

 

「いえ、分かりません。ですが...」

 

「この雰囲気。この間の、だろうな」

 

火神の問いに何も返せなかった黒子だが、この雰囲気に身に覚えがあった。黒子に合わせるように持田も肯定し、改めて試合が行われているコートに目を向けた。

 

 

 

「速攻!」

 

荻原がボールを奪ってターンオーバーのチャンス。ロングパスが英雄に通り、ゴールまで一直線に進む。DFが迫っても強引に前へと前進し、チャンスを切り開く。

 

「(やっぱこのノリ。最っ高!!)」

 

テンションは最高。そのテンションに比例する様にプレーは躍動感を増す。前のめりに跳び、自らの股を通してレッグスルーパスを空中に放った。

緩やかな軌道を描くボールは、灰崎の手に渡り強烈な音を立てながらリングに叩きつけられた。

 

『レッグ!スルーからのアリウープっっ!!』

 

相模ムード一色である事に疑いようがない。相手チームはやり難そうな顔をして、DFに戻る相模を見送っている。

寧ろ、何故1回戦にこいつ等がいるのだと、不満さえ募る。

 

 

 

 

「流石っス」

 

英雄と灰崎のコンビプレーをいきなり見せ付けられ、黄瀬は素直に感心を示した。

 

「ん?あの天然パーマ、どこかで...」

 

「英雄君を知っているんですか?」

 

プレーの派手さは別として、火神にはゆらゆらと揺れている独特な髪質に引っかかっていた。

 

「テツ君久しぶり~!会いたかった~」

 

気になった黒子が質問をしようとすると、背後から何者かに抱きつかれた。

 

「何やってんだ、さつき...ようテツ、久しぶりだな」

 

「...奇遇ですね。青峰君、桃井さん」

 

「青峰っち、お久しぶりっス。こうして3人が揃うなんて珍しい事もあるもんスね」

 

黒子を抱きしめている桃井を追って青峰がやってきた。この展開は頭に無かったらしく、やれやれ感が否めない。

卒業式以来の顔合わせに黄瀬がキラキラと目を輝かせている。

 

「違ぇよ。3人じゃなくて4人な。ついでに緑間もそこにいるぜ」

 

「ついでとはどういう意味なのだよ」

 

まさか、関東に進学した全員と会う羽目になるとはと、高尾を引き連れた緑間がため息交じりで現れた。

 

「お久しぶりです」

 

キセキの世代と呼ばれた帝光中の主要メンバーの内、4人がここに集った。

 

 

 

 

「(また、濃い奴ばっかだな。俺は別で見てよっと)」

 

黄瀬に同行したものの、笠松はこの集団に混じるつもりは無い。目的は果たそうと少し離れ、コートが見安そうな場所へと移動する。

 

「ははっー!いいぞ英雄!好感度キュージョーショー!!」

 

そこに、頭の悪そうな人物が奇声を上げていた。

絶対に関わりたくないと思った笠松は別の場所に行こうと踵を返した時、その人物の横顔を見てしまった。

 

「お前...宍戸か?」

 

「おいおい、今いいところじゃ...って、んん?カサマツ...?」

 

今の時代、誰にでも中学時代があるように、笠松にも色々とある。だがしかし、黄瀬の様に自らも予期しない再会に出会うとは思いもしなかった。

 

 

 

 

「にしても、まさか皆がこうして試合を見に来てるなんて思いもしなかったっス」

 

「寧ろ、一番近いお前が一番遅れてくるとは。またどうでも良いトラブルにでもあったのだろう」

 

「それはもう散々セッキョー受けてるから放っておいて欲しいっス!」

 

笠松に叱られた今、改めて緑間から言われると本当に凹んでしまうと、黄瀬はこの話を終えようと声を張る。

 

「ま、どいつも考える事は同じっつー訳だ。黄瀬も緑間もシードだからな」

 

予選大会は既に始まっているが、シード権を持っている秀徳や海常は別だ。試合回数は通常のチームより少なく、初戦は後日となる。

 

「大ちゃんは試合ほっぽって来てるけど」

 

「いいんだよ。せめて予選トーナメント決勝くらいまでは、俺抜きで勝ってもらわねぇとこの先不安だからな」

 

桃井の言う様に、桐皇はシード権を持っていない。実力的には問題ないが、昨年度の結果が伴わなければトーナメントに反映されない。

 

「んで、お前がサガミ ダイゴか?一応、挨拶してやるよ」

 

久しぶりの再開の挨拶を程ほどに終えた青峰が、この人が入り混じる展開に置いてけぼりを食らっていた火神に目を向けた。

それと同時に緑間や黄瀬からの視線も向かう。

 

「あ?何だてめぇ、つか微妙に違ぇし」

 

「は?」

 

「火神だよ。火神大我」

 

熱気が周りを包む中、そこだけ空気が止まった。下手に格好付けていたのが致命的だ。

 

「青峰君。どこで聞き間違えたのかは知りませんが、人の名前を間違うなんて失礼ですよ」

 

「恥さらしめ」

 

黒子と緑間の容赦ないツッコミに青峰のプライドが少し傷ついた。

 

「あの天パ野朗...!」

 

当然の様に怒りの矛先は英雄に向かう。この際、英雄が『多分』と言っていたのも、八つ当たりだという事も関係ない。

機会があれば制裁を加えようと、拳を握り締めながら心に決めた。

 

「まぁまぁ、些細な事じゃないっスか」

 

「うるせぇ!真っ先に負けたくせしやがって!」

 

「あーっ!そういう事言うんスか!?人がフォローしたっていうのに!!」

 

己の内にやましさがあると、人は攻撃的になるものだ。青峰はかいた恥を上塗りする為に口が回る。

空気を換えようと試みた黄瀬に、不条理にも矛先が向いた。売り言葉に買い言葉というものがあるが、黄瀬は別に売っていない。あまりの理不尽さに涙が出てきた。

 

「ふん。どちらもガキ丸出しなのだよ」

 

「あ!何余裕ぶってんスか!」

 

「そーだ!几帳面な顔して直ぐムキになるくせに!」

 

これは売り言葉。黄瀬と青峰は直ぐに買った。

3人が集まり、ギャーギャーと騒ぎ立てている。

 

「...桃井さん。放っておいて大丈夫ですか?」

 

「んーと、多分大丈夫。寧ろ嬉しいかな?」

 

とうとう試合そっちのけで口論をしている3人を見て、桃井は少し考え嬉しいと言った。

それぞれが認め合い、対等に接する事が出来るからこそ、年相応の表情が現れる。帝光中での悪夢の頃でもなく、桐皇で気を張っている時でもなく、本来の青峰はこれほどに喜怒哀楽を作るのだ。

青峰だけでなく、黄瀬や緑間も同様。気を使わず、言いたい事が言える間柄を得る事は難しい。味方でなくとも、別のチームになったとしても、決して失ってはならない財産である。

同い年の桃井が言うのも難があるが、黒子はその意見に同意を示す。

 

「っていうか。そっちから声掛けといて、放置すんじゃねーよ!」

 

3人の諍いに火神が待ったを掛けた。

 

「ああ?何スか、今忙しいんスよ」

「黒子の新しい光だか知らないが、身の程を知れ」

「多少は出来るんだろーが、今のレベルじゃ話になんねぇよ」

 

3人の同時攻撃。そして火神の参戦が決まった。

 

「お前が黒子だろ?真ちゃんから話は聞いてるぜ」

 

「初めまして」

 

暗黙の了解で4人を完全に放置する事が確定し、高尾が黒子に話しかけた。

 

「俺は高尾っつーんだ。海常の笠松さんにも挨拶しときたかったんだが、いつの間にかいなくなってるし」

 

「懸命な判断だと思います」

 

「ははっ。結構言うじゃん」

 

緑間の横にいるとまともに試合が見れないと判断した高尾。適当な挨拶をしながら、試合に目を向ける。

 

「後、そっちの彼は...」

 

「紹介します、彼は」

 

騒ぎに一切関知せず、黙々と試合を見ていた持田にも一応挨拶をと思った高尾だが、持田がここにいる事に驚いていた。

 

「持田礼二だろ?知ってるぜ」

 

同じ学年の高尾が持田を知らない訳がなかった。

 

「一応、初めましてかな?」

 

「まあな。けど、お前も誠凛だったのか。海常との練習試合、やっぱちゃんと見とけばよかったな」

 

同い年で同じPGというポジション。同じ東京という事もあって、黒子同様意識が向かう。

先日行われた、海常と誠凛の練習試合は終了間際に到着した為、内容は全く見れていなかった。それを今になって悔やまれる。

 

「評価してくれるのは嬉しいけど、お前の方がよっぽど凄いよ」

 

「おいおい、張り合い甲斐のねぇ奴だなお前」

 

「って、第2クォーター終わっちゃったよ。しかもまだやってるし」

 

持田が高尾に謙遜していると、終了のブザーが鳴り響いている。しかし、それでも言い争いを止めない4人に桃井が呆れた。

 

「いい加減にしてください。他の人が見てますよ」

 

インターバルに入った為、試合は一時中断。周りの目もこちらを向いている。

見かねた黒子が仲裁に入り、ひとまず4人が静止した。

 

「っち。いくぞさつき」

 

「高尾、ここにいては試合が見れない」

 

「せーんぱーいって、置いてけぼりっスか」

 

黒子の正論に居た堪れなくなった3人は、この場を後にする。

 

「緑間、テツ。今度は決勝リーグだ。勝手にこけるんじゃねーぞ」

 

「ふん、言われるまでもない。どちらが上かはっきりさせてやるのだよ」

 

「ではまた」

 

同じ東京都内の高校だが、運良く別々のブロックになった。

秀徳はA、桐皇はB、誠凛はCである。Aブロックには特別障害となるチームは居ないが、BとCブロックには三大王者の2校がいる。実力とは関係無しに間違いは起こりうる。

だが、再び会うことを微塵も疑わず、背を向ける青峰と緑間。

黒子もまた、再会を約束した。

 

「黄瀬も!せめて全国には出て来いよ」

 

「っ...!」

 

青峰の最後の言葉。この言葉が、黄瀬に大きなショックを与えている事に気付いた者はいなかった。

 

 

 

「おい真ちゃん、誠凛に持田がいたぞ」

 

「分かっている。決して侮れる選手ではない事くらい」

 

「1度やってみたいと思ってたんだ。こりゃ当る時が楽しみだ」

 

 

 

 

「もう待ってよ大ちゃん!」

 

「やべぇ...やべぇぞ、さつき。決勝リーグが待ちきれねぇ」

 

「...とりあえず、試合は見とこうね」

 

 

 

 

今作品の主人公を完全にほったらかし、物語は進んでいく。

 

「久しぶりだな」

 

「そうだな。最後に会ったのは中3だから、3年ぶりか」

 

ロビーでは、笠松と宍戸が飲み物を片手に話をしていた。

 

「今や全国区・海常のキャプテンか。出世したな」

 

「そういうお前は何してんだよ。お前確か、泉真館に行ったはずだろ?」

 

キセキの世代がまだ中学校に入学したての頃、3年生であった笠松と宍戸はその頃からの顔なじみであった。

帝光中に勝利した経験は互いに無いが、帝光中を警戒させる程の実力を持っていた。

地区は違えど同じ関東圏である為、練習試合などでやりあったこともある。中学時代を終えた後、笠松は海常へ、宍戸は線真館へと進学した。

 

「強豪なんて行くもんじゃねぇって事だ。バランス、バランス、バランスってな。小さく纏めようなんてしやがるから辞めた。今は定時制に通ってる」

 

「保留にしてた決着はどーすんだ?俺の不戦勝か?」

 

「ざけんな。この場でやってもいいんだぜ?だが、許す!俺はハートがでっかいからな」

 

当時のポジションは互いにPGで攻撃的な気質。何度もマッチアップし、凌ぎ合った。この滅茶苦茶な言動も懐かしみを覚える。

だからこそ、笠松は残念に思う。

 

「変わんねーな」

 

「うっせぇ!これでも少し伸びてんだよ!少しくらい背が伸びたからって調子にのんな!!」

 

「そっちじゃねーよ」

 

時の流れは残酷だ。中学2年生までは両者とも小柄だったが、今では完全に笠松が見下ろしている。

 

「それに、今も対して変わってねぇ。多少伸びても、デカイ奴ももっとデカクなってる」

 

「チビが巨人に勝つ。文字通り、ジャイアントキリングって訳だ」

 

体格の小さな選手が大きな選手のいるインサイドに対して、果敢に飛び込んでいく光景は格好良く見える。だが、それを行うのにどれ程気合を入れなければならないかを知っている者は数少ない。

笠松や宍戸も同様の思いをしてきた。だからこそ、認め合い負けたくないと思ってきた。それが残念で仕方ないと思う。

 

「やっぱ、お前はバスケ辞めるべきじゃなかったな」

 

「はぁ?辞めてねぇし、今はストリートで楽しくやってるよ。お前も1度来てみるか?価値観変わるぜ?」

 

「そう、なのか?でも悪ぃ、俺も俺で忙しいからな。時間が空いたら考えさせてもらうよ」

 

「何時でも来いよ。後、俺な。今、相模高校のプロモーターしてんだ。俺はもう昔みたいにお前と戦えないけど、あいつ等は中々根性あるぜ」

 

間もなくインターバルが終わるという時に、宍戸は告げた。

宍戸が全国制覇という野望を抱く事はない。だが、代わりになる弟分がいる。そいつ等に託すのも悪くは無い。

 

「へぇ。じゃあ俺が勝ったら、お前にも勝った事になるって意味でいいのか?」

 

「馬鹿野郎!それとこれとは話が別だ!」

 

「言ってる事滅茶苦茶だぞ!!」




変更点に関する捕捉

今回、東京都大会の予選トーナメントを大きく変更する事に致しました。
本来、トーナメントの抽選及びシード権は昨年度の実績が反映します。しかし、原作では、三大王者の2校と誠凛の昨年度上位高校が同じブロック、実際にはありえない事だと思います。三大王者が10年間トップ3を独占していた事実に矛盾しますし。バスケット協会の陰謀とかなら納得できますが。
作者の都合もありますが、トーナメントの抽選は以下の通りとします。

A:秀徳、明常、
B:泉真館、桐皇、
C:正邦、誠凛、新協、
D:霧崎第一、丞成、鳴成

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