後にキセキの世代と言われる5人の内1人、緑間真太郎。
彼はその生真面目な性格の故か、誰よりも早く登校し、シューティングに勤しんでいる。部活後の自主練も最後まで残っている事も多い。
だが、気が付けばそこに見知らぬ野良猫が迷い込んできた。
「誰が野良猫だっつーの!ちゃんと昇格したわ!」
「む!声に出ていたか...。」
今つっこんできた男こそ、帝光中バスケ部の1軍レギュラーにまで上り詰めながらまったく帝光中に染まらぬままでいる妙な男。補照英雄その人である。
「今日こそ、勝つ!!」
「ふん、無駄な努力なのだよ。」
現在、部活の練習を終えて自主練を行っている。紫原や青峰などは先に帰ってしまったようだ。
そもそも1軍の練習自体が厳しいので、その後に無理な練習は基本的に行うものは少ない。
緑間もシューティングくらいで、そこまで余計な練習をしてはいなかった。
だが、今現在2人はフットワークを行っている。部活後にこれはかなりキツい。
そして本命はそれが終わってからである。
「っしゃ!準備OK!」
「こっちもなのだよ。」
10秒ほど、息を整えて3Pラインの外に立ち、シュートを打ち始める。
これは英雄が緑間に対して定期的に持ちかけているシューティング勝負。
部活終了後にフットワークと、完全に疲労が溜まった状態で行う事で、本当の地力で勝負できるだ。
「10の8!」
「ふん、当然パーフェクトなのだよ。」
「うわぁぁぁ!!最後に油断しちまった!」
眼鏡を指で治している緑間と頭をグシャグシャに書き上げている英雄。
この勝負は疲労した試合終了間際を想定したものにもなっており、実に理にかなっている。
だが、英雄は本気で勝ちにきている。この勝負が行われるようになってそこそこ経つが、英雄は連敗中。
「これで20連勝なのだよ。今日は梅昆布茶の気分だ。」
「ちくしょう!自販機の電源まだついてっかな!」
英雄は校内の自販機へ走っていった。
これで20連敗で、一応勝敗をきっちりする為にジュースを賭けているので20本も奢っている。
そのせいで、英雄の財布は基本的に財政難になっている。
「まだまだ甘い。しかし、8本もか...。以前は良くても6本くらいだったのだが...。」
この勝負が始まった頃を思い返す。
始まりは英雄が1軍に昇格した頃。いつも通りにシューティングをしていたところ、気が付けば体育館の隅でこちらを見ている英雄がいた。
【....何か用か?】
【いや、別に。続けて。どうぞどうぞ。】
【そ、そうか。】
---じぃぃぃぃ。
見られること自体はそう珍しくないのだが、後ろからでも分かるほどに強い視線が背中に突き刺さっていた。
【気になってしょうがないのだよ!用が無いなら去れ!】
【あ、駄目?1番綺麗なフォームしてるから参考にしようかと思って。】
【なんだ貴様、3Pが打ちたいのか?】
【打ちたいっつか、打つんだけど。でも勝負所じゃまだ使えないくらいかな。】
【それでは何の意味もないのだよ。】
それから3日間緑間のシューティングを見学し、翌日に勝負を持ちかけたのだ。
【勝負?俺とか?勝負になるのか?】
【あ!言ったな?じゃあ、何か賭けようよ。そっちの方が燃えるっしょ!ジュース1本!】
【いいだろう。後悔しろ。】
その勝負は当然緑間の圧勝。10本中、英雄が5本で緑間が10本。
【話にならん。】
【うそぉ...。】
その翌週。
【リベンジチャンス!】
【何だ貴様は。まだ懲りないのか?】
【うん!】
ポージングを決めてやって来た英雄に皮肉を言うが、全く聞いていない。
【だが、多少上手くなったくらいでは、実力差は変わらん。】
【そう!だからさ、今からフットワークして疲労が溜まった状態で勝負ってのはどう?】
英雄は、そのままでは勝てないので、少しでも勝てる勝負にしようと提案する。
【それに何の意味がある?】
【あれ?負けるかもしれないからってビビってる?】
【...いいだろう。精々がっかりさせてくれるなよ?】
部活後のフットワークは実際キツかった。緑間は当然ながら部活中の練習は全力で取り組んでいる。
その後の体力などは考えていない。
故に、その後のシューティングの精度も落ちる。
【10の5!】
【10の7...。】
【ま、負けた...。】
英雄は四つんばいになって俯いている。
しかし、緑間に余裕は無かった。
【(思いの外入らなくなるものだな...。それにこいつ、全く精度が落ちていない。どれほど体力があるのだ。)】
いつもならばパーフェクト、もしくは9本は決めていたが、今回かなり精度が落ちていた。
勝負という事もあり、なにかしらプレッシャーもあったのかもしれない。腕がいつもより重かった。
何気にこの勝負は茶番で終わらず、緑間にも有益かもしれない。
それからも定期的に勝負は行われ、緑間は勝ち続けたが英雄も徐々に追いすがるようになっていた。
充分に試合でも武器として使っていけるだろう。
しかし、結果として緑間の精度も向上した為、英雄が勝つことはなかった。
「次だ!次!」
「そうだな...。次はお汁粉でも頼もうか。」
「見てろ!その内、パシらせてやる。」
「ふふふ、出来もしない事を言うものではない。」
緑間は普段の素行で英雄に好感を持っていないが、バスケに対する姿勢は嫌いでもない。
部活中には赤司や紫原に張り合い続け、時偶に青峰と1ON1をしている。どれも負け続けているが。
だが、完敗という訳でもない。紫原は始めの頃に英雄にきつく当っていたが、今では特に何も言わずに、認めているようだ。
何より、誰もが諦めていた灰崎の才能を1番に引き出した。
この事で、英雄が部内へ与える影響力は確かなものになった。
今綴った話の中で、1つ厳密に言うと違う点がある。
初めて会話したのは、部活でという条件内の事で、会話を最初にしたのはもう少し前。
日常の学校生活ですでに話した事がある。
何故なら、緑間と英雄はクラスメイトだからだ。
帝光中学の新入生として、未だ垢抜けていない頃。
緑間は、入部直後の実力テストにおいて、非凡な才能を示し、見事1軍昇格を決めていた。
そして、同じく伝統ある帝光バスケ部の部員であり、実力テストで成績を残せず3軍からのスタートとなった英雄は、クラス内でいつも人が集まるような中心人物になっていた。
最初の席順が『あいうえお順』で、偶然にも頭文字に『ま』がつく名前の持ち主が居なかった為、英雄の真後ろの席であった。
【君君~。昨日いきなり1軍入りしてた人っしょ?】
【そうだが。何か用か?】
【そんな警戒すんなよ。短い間だけど、席が前後なんだから。】
これが本当のファーストコンタクト。緑間としては、この様に馴れ馴れしく軽薄そうな性格の持ち主と仲良くする気も起きない。
持参していた文庫本を開いて、目の前の男を視界から排除した。
【あら、冷たいのね】
帝光バスケ部において、新入生がいきなり1軍へ合流するという事例はなかったという話は、既に耳に入っている。興味本位でチラチラ見られて良い気持ちにはならない。
同様の目的かと思い、無視を決め込んだ。
それからも、ちょくちょく話しかけてきて緑間が無視するという日常のひとコマが、何度か繰り返され気が付けば、無意識に相槌を打つくらいになっていた。
【なぁなぁ。】
【...何なのだよ。】
【ん~、呼んでみただけ~。】
【気持ち悪いのだよ。二度と話しかけるな。】
元からしているつもりも無いが、英雄に対して容赦なく物言いをしている。
それでもケロりとしている英雄の性格も中々なものだ。
緑間が、英雄に対して多少なり評価を改めた理由は思いつくだけで2つある。
1つ。日常というより、学校生活での事。
英雄は毎朝、教室に時間ギリギリでやってくるのだが、毎回テンション高めに挨拶をする。
【先生。おはようございまぁすぅ!!英雄元気です!!】
【補照...。もう5分早くこれないのか?】
当時は理由を知らなかったので、良く思っていなかった。
この時既に、担任教師からやや目を付けられ始めていた。他のクラスメイトからもよく話しかけられているところもよく眼にする。
休憩時間中にも主にふざけているのはこの男で、基本的にクラス内は賑やかだった。
しかし、意外にも授業は真面目に受けているようで、私語をしない。
文武両道を目指している緑間は、これに少しだけ感心し、『青峰あたりにも見習って欲しいものだ』などと考えていた。
2つ。これまた学校生活での事である。
行事で、身体測定と体力テストを行った。
身体測定は粛々と終わらせて、体力テストを順々に消化しようと、短距離走、前屈、ボール投げ、反復横跳び、等々を巡っていたのだが。
【よーい!はい!!】
体育教師が合図し、50mを走る。
すると横のレーンで走っていた英雄が横並びになって並走している。ほぼ同時にゴールを切った。
その他の種目でもクラス内で上位を緑間と英雄が独占した。
【(身体能力は中々のようだ。というよりも、これで3軍だと?そこまで下手なのか?)】
【どうした?】
1軍での練習途中の休憩中に同じく1年にして1軍入りをした赤司に声を掛けられた。
【いや。少し気になる奴がいたのだよ。】
【へぇ。緑間が気にするほどのプレーヤーなんて、僕ら以外の同学年にいたかな?】
赤司も興味を持ったのか、緑間から英雄の詳細を問いだした。
【...そういえば、今居る1年生で実力テストを受けていない者が居たらしいね。1人は灰崎。もう1人が彼なんだろう。】
【受けていない?】
【ああ。理由は知らないけどね。】
テスト直後から1軍入りした4人とは別に、送れて灰崎が1軍に合流していた。実力は認めるが、やはり好きにはなれそうにない。
灰崎が受けなかった理由は聞かずとも想像できる。面倒だとか、忘れてたとか、その辺りだろう。
ちなみに英雄の理由は、お腹を壊したからと言うもの。しばらく経ってから本人から聞いた。
そして、初めての全中を経験すると共に優勝までも果たした。地区大会の時点で、レギュラーになり、背番号をもらった。
優勝はしたものの、内容や過程には危ない場面もあって、当時の3年生が抜けた後の事を考えると不安をどうしても感じてしまう。
1試合をフル出場する事は出来ず要所要所で、監督に使われていた。
個人としては課題の残る経験だった。ただ、あの広いコートでロングシュートを決めた気分の良さはやはり悪くない。
来年を目標に切り替える緑間だった。
英雄が1軍に合流したのはそんな時だった。
合流後、初練習時の挨拶では、やはりテンション高め。なにやら、灰崎と面識がしっかりあるようで、普段見せないような表情を灰崎がしていた。
全中優勝後から、練習をサボるようになった灰崎を強引に連れてくる様になり、その頃から英雄と灰崎が一緒にいるところを目撃するようにもなった。
緑間と英雄のシューティング勝負が始まったのも丁度その時期である。
【おう、英雄!帰りにアイス食って帰ろうぜ。】
とある日に青峰が英雄を誘っている。
【行きたいのは山々なんだけど~。今金欠~。】
【なんだ?女にでも貢いでんのか?】
【うん。緑間に貢いでる。それなのに全然振り向いてくれなくて...。】
急におねぇキャラになり、体をしならせ始めた。すると緑間に視線が集まり、空気が冷えていくのが分かる。
【おいおい...マジかよ。】
【ふざけるな。あれは正等な...おい赤司、なんだその目は?】
【いや。僕はプライベートまでどうこう言うつもりはないよ。】
【待て。何故ここで中立風になる?これでは、俺にその気があるように見えるではないか!】
何故か赤司まで乗っかり、緑間に味方が居ない状況へ。
【しっかし、あれだねぇ。財布にコンドーム入れといたらお金が貯まるって嘘なんだね?】
【ホントにやってる奴もあんまいないと思うがな。】
英雄は、程ほどにキャラを崩し、学校によくあるおまじないについて話し始めた。
緑間の不快感が拭えない。この気持ちをどうすればいいのか。
英雄は着替えながら、青峰と下らない雑談で盛り上がり、帰宅を始めた。
【もう秋だってのに。まだ暑ちぃな。】
【ようし!お前なんか、こうして...こうだ!!】
青峰が服を掴んでパタパタと仰いでいると、英雄が水道の蛇口になにやらしており、満足気にみんなの注目を集めた。
良く見ると、蛇口に先程のコンドームが括りつけられており、そこに英雄が水を放出するのでドンドン膨らんでいく。
その行動に呆気にとられみんなの動きが止まっている。徐々に大きくなっていくそれに目が離せない。
最後には、破裂し水をあたりに撒き散らしていった。
【...ひでリン何してるの?】
偶々立ち寄り、英雄の奇行を目撃した桃井も唖然としている。
【少しは涼しくなるかと思いまして。】
【今の、何?】
【コンドーム。】
セクハラのギリギリアウトな発言に、流石に桃井がドン引き。
そして、更に最悪なのが、もう1人の人物も目撃してしまった事である。
【...補照。一体何をしている?】
そこに1軍のコーチが居た。現行犯での事に言い訳のしようがない。
部員として以前の問題に、英雄はそのまま職員室へと連行されていった。思春期真っ盛りの中学生の馬鹿さ加減は、逆に馬鹿に出来ない。
本当に、少しだけ涼しく感じてしまったのが、実に腹立たしい。
翌日、問題行動へのペナルティとして、降格。
2週間後には、1軍に再度合流し、見て分かるほどに技量が向上していた。
英雄のポジションは主に、1番から3番。ガードもしくはSFである。現状、赤司、緑間、灰崎の控えという扱いだが、3年生もいる中で試合に出る事は難しい。
それを分かってか、練習中でポジションの違う紫原や青峰とのマッチアップを行う事もあり、常にコーチに対してアピールをするようになった。
特に紫原は、英雄が合流してからあまり感じの良い接し方をしてなかったが、徐々に認めたのか普通に話す時位は穏やかになっている。
青峰のみは、当初から歓迎していたようだが。
黒子が加入してからの事。
緑間も含め、1軍としての技量があまりにも低い事が目につき、灰崎が黒子に強く言い放ってしまった。
『勝つ事が全て』という理念を掲げている帝光バスケ部で、足を引っ張るしかできない者に居場所はない。緑間も赤司から黒子の事を聞いてはいたが、さすがにこれはどうだろうと思ってしまう。
【お前辞めた方がいいよ?】
灰崎の一言に反応したのは、意外にも英雄だった。真顔で話すところなど見たことがなく、灰崎を体育館の外に連れていった。
ひと波乱が予想されたが、それも外れて部内の雰囲気にも変化は無かった。英雄が上手くフォローしたのだろう。
緑間としては、自分ではこうも上手く立ち回れないのを自覚しており、評価を改めた。
しかし、その分気になる事がある。
英雄の言動全てにおいて、帝光バスケ部のものとそぐわないのが良く分かった。
真田コーチと良く話しこんでいるところも目にするようになり、逆に心配の種になっている。
そして、その心配は見事に的中する。
2軍の練習試合に同行した時の事。
相手チームは地区内でも有数の強豪であった為、1軍からは、赤司、緑間、英雄が選出されていた。
前半均衡しており、辛い時間帯が続いた。
後半、2軍の2年生が流れを変えようと強引にシュートを狙ったが、惜しいところで外れ、相手からのカウンターを食らって逆にペースを握られてしまった。
同行していた真田コーチが、流れを断ち切る為に2年生の交代申請をした。
【あ!今の無しで!!】
横から口を出して、交代を撤回させてしまった。
【補照。何のつもりだ?】
【ここで交代は必要ないって事っすよ。】
【分かった口を利くな。シュートセレクションを乱した挙句に相手にペースを譲った。交代されて然るべきだろうが。】
真田コーチが再度申請し直そうと顔を向けるが、英雄が腕を掴んで抵抗の意を示した。
【よせ。英雄。コーチの言う事は最もだ。決めていればこんな事にはならなかった。彼もそれを承知で打ったはずだ。】
つい先日、3年の引退時に新キャプテンに就任した虹村に推されて、副キャプテンになった赤司が英雄を止めに入る。
【んな訳ないじゃん。必死でやってんだから、些細な事なんか考えてる余裕なんかないよ。】
赤司に振り向かず、真田コーチを見つめながら答える英雄。
【我がバスケ部の理念は分かっているだろう?勝利、だ。ここで交代させなければ、勝利など出来はしない。】
【その根拠は?】
【いい加減にしろなのだよ。このまま行けば、お前が戦犯になる。とにかく落ち着け。】
最後まで徹底抗戦する構えを解かない英雄に、つい緑間が落ち着かせる為に説得を試みた。
強引にベンチに座らせてみるが、真っ直ぐに真田コーチから目を外さない英雄。
【一体どうしたというのだよ。いつものお前らしくない。】
【...ゴメン。ほんと駄目なんだよ。こーゆーの。】
結局、先程の2年は交代させられて、代わりに赤司がコートに入った。
赤司の存在感と影響力があれば、充分にゲームの仕切り直しができるだろう。真田コーチの采配にも納得する緑間。
恐らく、終盤に止めを刺す為か、緑間にアップの指示が出た。
【ついでだ。補照、お前も出ろ。結果しだいで先程の件を水に流す。】
【はぁ?ここで俺じゃないでしょ?...先輩、お願いします。】
またしてもコーチの指示を無視し、交代させられて呆然としていた2年生の前で頭を下げていた。
この行動に2年生も目を見開いており、確認の為にコーチの顔を見た。
【...あまり調子にのるなよ?貴様、勝つ気が無いのか?...緑間先に出ていろ。】
ここからの会話の内容は、当時のベンチメンバーしか知らない。
結果で言えば、2年生が再びゲームに出場し、しっかりチームに貢献し、勝利に繋がったという事。
しかし、それまでにかなり揉めていたそうで、コーチの表情が硬かった。
【それでは、これより1度学校へ帰る。が、その前に。】
相手との挨拶も終えて、出発直前の事。
【いくら油断出来ない相手だとしても、内容を褒められない。焦って無理なプレーなど言語道断だ。今一度肝に命じろ。】
コーチからの総括。全体的に厳しい時間帯が多く、コーチの言うように反省点はいくつもあった。
【特に1度流れを渡したあのシュート。おい、分かっているだろうが、1度スタメンから外す。いいな?】
ほとんど名指しで、反省を促した。帝光ではよくある光景。
そして、再びあの男が騒ぎを起こす。
【ちょっと待って下さいよ!あれくらいで、外すって!?冗談キツいっすよ!!】
【しつこいぞ。一々物申さないと気がすまないのかお前は。】
【あのプレーは惜しかった。先輩のテクだったら勝負して正解、いやするべきだ!】
コーチの評価に反論を始め、コーチは静かに睨みつけている。
【何度も言わせるな。結果はどうだ?外してチームをピンチに追い込んだではないか。】
【そんなの結果論でしかないでしょう!】
【その結果を重視するのが帝光バスケ部だ。】
元来、理論立てて最後まで説明をしてくれる真田コーチだが、こうも反論ばかりされると話し方にも厳しさが増していく。
【公式戦で勝てれば、そんなの何の問題にもならない!むしろ、こういう機会でドンドンチャレンジした方が良い!】
【だから、負けても良いなどと甘ったれた事を言い出すつもりではないだろうな?】
【違う!勝利っていう大きな目的を変えちゃいけない!でも、あんたみたいに挑戦させないやり方じゃ、選手は成長できないって言ってるんだ!!】
口論に熱が完全に入ってしまい、緑間は止めようとするが赤司によって阻まれる。
【赤司?なにをする。早くとめなければ。】
【もう遅い。既に、後へは引けないようだ。】
赤司に止められた最中も、2人の口論は続く。
【挑戦だと?そういう事は普段の練習で充分なはずだ。】
【部内の紅白戦と対抗試合は違う!そもそも、ただ勝ちたいなら全部1軍が出れば良い!2軍を使うんだったらある程度の失敗は認めなきゃ!】
【1部員風情が何を言う。スターターとして選ばれたならば、相応の期待に応える義務がある。それに応え切れなければの話だ。】
【義務とか責任とか、そんな余計な物かってに押し付けんなよ!俺達は、単純に上手くなりたいだけなんだ!あんたが思ってるよりも何百倍も上手くなりたいだけなんだ!!】
赤司の言うように、今の英雄は簡単には止まらなくなっている。身振り手振りで、何とか伝えようと懸命に想いを口にする。
周りの人間は、黙って結末を見届けるしか出来なかった。
【勝つ事自体は重要だ。それ以上に大切なものがあるとは言わない。でも、それと同じくらい大切な事はあるんだよ!】
その後に続く言葉で、緑間が動き英雄を抑えにいった。それほど、危険な発言だった。
【あんたはコーチとしては1流かもしれない...でも指導者としては4流だ!!あんたの机上の空論につき合わされるのは御免なんだよ!!...誰があんたや学校の為なんかに...。】
完全なるコーチ批判。コーチが返した言葉は、降格。
【お前はまだ、帝光バスケ部を理解していないらしいな。...しばらく2軍で頭を冷やしていろ。】
これが、補照英雄の2度目の降格の理由。
1度目と決定的に違うのは、コーチと英雄はこの契機によって、上手くいかなくなっていった事。
毎度もめる訳にもいかないだろうが、試合の出場機会が極端に減った。
その2年生は大層感謝していたらしく、帰りの最中に涙を零していた事に何と無くだが気が付いた。
意外だったのは、赤司も何か想うところがあったらしく、表情に憂いが見て取れた。
数日後には、英雄は1軍に復帰し、変わらぬ物腰でいつも通りにしていた。
復帰までの期間でも、クラスが同じなので、顔を合わせていたが、何を言ってよいかも分からず、挨拶以外に会話をしなかった。
年度が替わり、新入生と黄瀬という男が部内に新しい風を吹き込ませた頃。
全中という目標が直ぐ近くまで迫っており、活気に満ち溢れていた。
黄瀬は顔合わせから苦労したようで、何かと緑間のところに質問しに来ていた。
2年生に進級し後輩も出来たのだが、不思議と新鮮な気持ちにはならなかった。
理由は簡単だ。クラス替えが行われた結果、2年連続で英雄と同じクラスになってしまったからである。
「太郎君、太郎君。」
「...貴様の顔など、部活以外で見たくも無いのだがな。」
基本的には静かな雰囲気を好む緑間は、相も変わらず馴れ馴れしい英雄に皮肉で答える。そういう意味では、相性はともかく紫原の方がマシである。
理想は、赤司か黒子あたりか。
「ひっでぇな。ちょっと相談に乗って欲しいだけど?」
「相談?貴様も相応の悩みを持つのか?」
「更に失礼だな。俺が何した?」
思った事は直ぐに言う、考えた事は直ぐに行動する。そんな英雄が悩みを打ち明けるという、実に見慣れない。
「もう直ぐ地区予選じゃん。そう思ったら、不安でさ。」
「む。確かに、黄瀬の加入により試合には出にくくなったかもしれないのだよ。」
どんな訳の分からない発言が出るかと身構えていたが、割と普通な内容だった。
「はぁ?そっちじゃないよ。今更、悩んだってやる事同じだし。」
どうやら話が噛み合っていないようで、英雄の言う悩みがなんなのかを再度考える緑間。
「太郎君は、腋毛剃る?」
「は?」
「最近やっと生えてきたんだよ。ここで剃るべきか剃らざるべきか...。」
改めて確信した。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。
真面目に聞いた分、損した気持ちになる。
「はぁ....2度と話しかけるな。」
「え、何で?大事じゃん!チョロっと生えたままじゃ、他校の人に笑われるんだぜ?」
「だったら剃れば良いのだよ。」
「でもさ。今剃ったら、次に生えるのは何時になるかと思ったら、勿体無くて...。」
心底どうでも良い。だが、思春期の男子的にはかなり重要だったりする。
緑間が無視を決め込み、放っておけば黙るだろうと思っていたが、英雄が部活の休憩中にまで持ち込んできた。
「ヒデりんの馬鹿!!」
桃井から見事なビンタを食らって、頬に大きな紅葉を作っていた。
流石に女子に聞いたら不味いだろうに。
「英雄っち、何してるんスか?桃井っち走って行っちゃいましたけど。」
「痛って~...後で謝っとこ。いやさ、腋毛のカッコいい処理の仕方を聞いてみたんだけど。」
「女子に聞いちゃ不味いっスよ。まあ、分からないでもないっスけど。」
「女子的に、チョロっと生えてるのってアウトかセーフか聞いただけだったんだけどね。」
「前フリ無しで、いきなりぶっ込むからっスよ。」
モデルの経験がある黄瀬に、腋毛の処理について真剣な表情で聞いている英雄。
そこに青峰やら、同じようなことで悩んでいた者が集まって、真面目に黄瀬の話を聞いていた。
その食いつきの良さに黄瀬が、やや引いていたのが印象的だった。
「なるほど、いっそ剃りあげた方が良いって事か。半端に生えてるのは気持ち悪いと...」
「でも、気をつけないとカミソリ負けして、チクチクして気になるかもしれないっスから。」
「「「分かる分かる~」」」
同じ経験をした3年生が頷きながら同意している。なんだこの茶番は?
「あ、テツも聞いとけよ。結構為になるぜ?試合にもある意味影響するだろうし。」
「確かに。チクチクして、ショット成功率下がりそうだもんね。」
青峰が少し離れていた黒子に声を掛けえて、話しに混ぜようとした。英雄も一緒に黒子に話しかけて話題を振る。
「...僕、まだ生えてません。」
「「あ、なんか。ゴメン...。」」
微妙に傷ついてしまった黒子に2人が頭を下げている。
やはり心底どうでも良いと思いつつも、話の全てに耳を傾けていた緑間であった。
黄瀬の加入からしばらく経って、英雄が両手の火傷により、事実上の戦力外通告を受けていた。
その次期に荒れていた灰崎が、態度を改めており、何かしらあったという事は想像につく。
今までに無く、黙々と練習をする灰崎は、周りに対して棘のある発言もなくなり、本当に別人では無いかと思わせるほどであった。
当の本人は、両手を使えず、ボールを使った練習など出来るわけも無く、走り込みを主としたフィジカルアップを行っているらしい。
らしいというのは、陸上部の練習に混じっているところを見て、コーチから簡単な事情を聞いたからである。
「貴様、陸上部に混じっているらしいな。」
「まぁボール使えないしね。折角だから、足腰を鍛え直そうと思って。」
聞いた翌日の昼休みに尋ねて見た。まだ手には包帯が巻かれており、決して軽くない火傷だというのは直ぐに分かった。
聞くところによると、短距離のようなバネが欲しいと前々から思っていたらしく、これはこれでアリだと言う。
「...うん。太郎君には日頃からお世話になってるし、いいか。ちょっといいかな?」
「??」
話も程々にこの場から立ち去ろうとすると、英雄に引き止められ教室から屋上に移動した。
「態々こんなところで...話とはなんだ?」
「あのね...。」
その内容は、これまでの中でも最上級にぶっ飛んだものであった。
地区大会も1週間後となり、白金監督が直接指揮するようになったバスケ部の雰囲気は、ややピリピリしている。
何時でも勝利以外は許されないが、公式戦でのプレッシャーは更に重い。
今日の練習を開始する前に、必ず監督やコーチから一言あるのだが、前には英雄が立っている。
「えぇっと、俺転校しま~す。今日までありがとうございました~。」
あまりにも軽い挨拶に、他の部員達がざわめき始める。
「えっ!?何でだよ!?」
「そんなの聞いてないっスよ!!」
普段から良く話している青峰や黄瀬は英雄を問い詰めている。
赤司や黒子も黙っているが、この展開に相当驚いているようだ。
そんな中、灰崎は静かに俯いている。どうやら、緑間同様、事前に話を聞いていたのだろう。
「ごめーん。事情って奴だよ。なんか言い出し辛くて。」
緑間は知っている。今の英雄の発言は嘘だという事を。
その日の練習終了後、英雄が1人1人への挨拶を終えていた。
突然の事で、送別会などは出来ず、他の部員達は次々に帰宅していく中、緑間と英雄は最後まで体育館に残っていた。
「これでラストだから、きっちり勝たせてもらうよ。」
「そういう事は1度でも勝った事のある人間が言うものなのだよ。」
最後のシューティング勝負。今回のみ、フットワークを省き、純粋な勝負となった。
一言も言葉を交わさず、淡々とボールをリングに向けて打ち放つ。
「10の10!」
「こっちもなのだよ...。」
最後という訳か、何時も以上に英雄のコンセントレーションは高く、見事な精度でパーフェクトを達成した。
緑間も当然のようにミスなしで終えて、結果は引き分け。
これで終わりかと思うと、感慨深いものがある。最後くらい負けてやってもいいかと思ったが、正面から来ている以上、礼儀を尽くした。
「最後まで勝てなかったなぁ。」
「ああ、そうだな...。」
中指で眼鏡を上げて、相槌を打つ。
「だが、お互いバスケを続けていれば、これが最後になる事もない。」
「初めてじゃね。太郎君の優しい一言って。」
緑間は「ふん」と言い捨てて、部室に向かっていく。感動的な別れの挨拶など、柄でもない事をするつもりもない。
翌日、学校に荷物を取りに来た英雄が、クラスメイトに挨拶をして去っていった。
今更緑間から話す事は無いと、特別関わろうとせず、傍観。
その日の昼休みに、今度は灰崎に呼び出された。
「貴様に呼び出されるなんてな。...なんの用だ?」
「分かってる癖に一々聞くなよ。お前も英雄から話聞いてんだろ?」
あの一件で気持ちを入れ替えた灰崎は、黒髪に染め直しており、その影響で以前にまして女子にモテているらしい。その勢いは黄瀬にも劣っていない程に。
そんな灰崎も、英雄の転校について事前に聞いていて事に気が付いていた。
故に、英雄に対して『どう回答したのか』それを聞きたかったのだ。
「...まさか。貴様、話に乗るつもりか?」
「ああ、地区大会が始まる前にさっさとやらなきゃ間に合わねぇからな。」
灰崎は既に決断している。英雄から話を聞いたという事は、『それ』についても聞いているという事。
「それに、アイツが居なけりゃ、俺の居場所なんてここにはねぇ。ここに執着する理由もない。」
「そうか...勝手にすると良い。俺には関係がないのだよ。」
緑間は、それを答えとし、そのまま灰崎に背を向けた。
「緑間。お前はアイツの話聞いて、何も感じなかったのか?」
「....うるさいのだよ。この話はもう終わりだ。」
灰崎は言葉どおり、帝光中学を去っていった。
しかし、全中を前にして寂しいと言ってはおれず、バスケットに打ち込む日々を送った。
その甲斐もあって、見事優勝。
そして、帝光中バスケ部は、キセキの世代という称号を与えられた5人の才能の大きさに耐え切れず、徐々に狂っていった。
対等なライバルが居なくなった青峰は練習にこなくなり、それを学校が認め、紫原、黄瀬と主力のメンバーが全く練習に来ないという異例の事態。
赤司にも変化というよりも、中身が入れ替わったかのような変貌を見せた。
バスケ部の方針も一変し、どんな理由があろうともキセキの世代の5人を試合に出し続けた。
どこをとっても個人技で蹂躙するバスケ。他の部員など、ただの交代要員でしかない。
そんな漠然と練習をする中で、緑間はやはり馴染めないでいた。
「(あいつがいれば、今日はシューティング勝負の日だったな...)」
日常生活でも、ぽっかりと抜け落ちたものを懐かしみ、案外嫌いではなかったのだと独りで呟く時もある。
ハリもなくなり、淡々と過ぎていく時間。それでも、緑間は黙々とシューティングを続けている。
己が休んでいる最中でも、アイツは勝つ為に猛練習を行っていると思えば、休む訳にはいかなかった。
再び、コートで出会う時、それを待ち望みながら。
【転校だと...?】
【ああ、もうここには用が無いからね。試合にも出たいし。】
当時、聞いたときは驚きを隠しきれなかった。
【半端なところへ行っても、逆に悪影響を受けるかもしれないのだぞ?】
【それでも、ここが最上とは限らないよ。...この帝光バスケ部ってどう思う?】
英雄の質問の意味が理解出来ず、「どういう意味だ」と質問で返す。
【前から思ってたんだよ。ここの人たちは、バスケをやってるのか、やらされてるのかが分からなくなってる。】
恐らく転校の理由なのだろう。胸のうちを開き、緑間に伝えていく。
【やらされている、だと?】
【うん。俺もさ、小学生の時にここの人に声を掛けられて来たんだよ。これ以上ないくらいに厳しい環境で、自分を磨きたかったし、お前等にも会えた。来て良かったと思う。】
何時になく回りくどい話し方に、緑間は黙って聞き続けた。
【でもね。やらされている内は、それを努力とは言わないと思う。ここのやり方は、自主性を殺してるんだ。それが我慢できない。】
【だからここを去るというのか。それは逃げているだけなのだよ。】
【厳し~。でも、もう決めたから。コーチにも散々嫌われてるし、結局公式戦で出られなかったなぁ。】
ヘラヘラと笑いながらも、強い決意が充分に伝わってい来る。
【だからさ。ここで宣戦布告をしとこうと思ったんだ。】
【何?】
【俺は、お前等に劣ってると思った事はない。赤司にも、紫原にも、青峰にも、黄瀬にも、灰崎にも、そしてお前にも。】
笑みを消し、真剣に緑間の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。誰にも気付かれないように磨き研ぎ澄ましてきた牙を向けてきている。
緑間は自分でも今笑っている事に気が付いていない。全中を制した天才の1人としての本能だろうか。
【良いだろう。では来年、来年の全中で王者として待っておいてやる。さっさと来い。】
【で、話変わるけど。お前も来ない?】
今の宣戦布告は何だったのか。で、というが、話が全く繋がっていない。
【貴様、本当はおちょくっているだけだろう...。】
【ぶっちゃけさ。このバスケ部に勝てるチームなんて現状無いと思うんだよね。いっそ敵に回したほうが面白いと思わない?】
緑間の言葉を聞かず、話を勝手に進めていく。英雄は、緑間にも帝光を抜けろと言っている。
【何故俺まで、そんな事をしなければならない。】
【ま、地区大会が始まったら、間に合わないから。乗ってくれるなら早めにね。】
最後までグダグダなやり取りだった。
偶にこの言葉を思い出すことがある。
可能性として、英雄が帝光に居れば多少は違ったのかと。緑間が新天地へ移れば、こんな事で悩まなかったのかと。
英雄の言っていた事は今なら分かる。少なくとも、青峰・紫原・黄瀬はバスケットを『やらされて』いる。
黒子や桃井の表情が暗くなってからどれ程経つのだろうか。
そして、3年目の全中で、再び出会う。
お互い全く別のユニフォーム姿で。
はやり灰崎もそこにいて、遠く離れた場所から、こちらを見ている。
「(お前には、帝光はどう見える?)」
何と無く、緑間は直ぐにその存在を確認できた。
胸を張れるような1年間ではなかった緑間には、気まずさを感じずにはいられない。
帝光中学は、会場入りでマスコミに囲まれており、身動きがとれない。
英雄達はしばらくして、その場を立ち去っていく。その背中には、学校の名前が書かれており、微かに見える学校名。
---明洸中学バスケットボール部
捕捉
大会規定かなんかでは、転校した選手は一定期間内、公式試合に出場できない。
期間は1年間。
変わってたらすいません。