黒バス ~HERO~   作:k-son

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外伝:青春限りなく 中篇

国内バスケット界が注目している全中の決勝戦。

キセキの世代の最後の大会という事で、各県の強豪校の監督達もまた視察を兼ねて足を運んでいた。

東京・秀徳の中谷、神奈川・海常の武内、秋田・陽泉の荒木等々。

キセキの世代が進学する来年に向けて、スカウトをするつもりなのだろう。

 

そして、強豪に属する選手たちも試合が行われているコートを客席から見下ろしていた。

『鉄心』木吉、『剛力』根武屋、『夜叉』実渕、『雷獣』葉山、そして...

 

 

 

もう間もなく、インターバルを終えて第4クォーターが始まる。

残り8分で25点差という大差を付けられた試合の終盤でも、誰も席から離れられない。

キセキの世代のプレーが見たいというのもあるが、その不思議な緊張感を無意識の内に誰しもが感じ取っている。

 

「大輝、いつまでふて腐れているんだ。」

 

赤司のアンクルブレイクにより突破で、一気に流れにのるはずだった帝光だった。

しかし、エース青峰の精神状態が最悪に陥り、プレーに影響していた事が大きな原因であった。

カッティングにもやる気が感じられなくなり、パスコースが更に無くなって時間一杯で紫原が決めるというのがほとんど。

 

「やる気が無いならとっとと下がれ。」

 

「んだと!緑間!!」

 

緑間の言葉に青峰がキレた。立ち上がって胸倉を掴みかかる。

黄瀬が急いで青峰を止めようとするが、青峰の様子が明らかに変だった。

 

「...いいよな、お前は。...英雄から誘われてたんだからよ。」

 

「...お前。聞いていたのか」

 

英雄が去ってから最もショックだった事。

それは、転校する際に青峰が誘われなかった事である。

気が付くと周りとの差が歴然となり、何を目標にして頑張れば良いかが分からなくなった時に、それは聞きたくなかった。

偶然にも緑間が赤司にその様子を漏らしていた時に聞いてしまった。

 

「何で...何でお前と灰崎だけなんだ!お前等と戦う為に転校だって!?...そんなの考えた事なかった。そんな発想...俺には出来ない!」

 

青峰が自分以外で実力者を挙げるとすれば、まず確実に他のキセキの世代になる。

そんなのを4人も相手にすると想像しただけで、身震いすらする。だからこそ余計にショックが堪えきれない。

あの時に誘われていれば間違いなく乗っていると確信できる。

 

「青峰っち!いくらなんでもその発言は!!」

 

同じく黄瀬も、何時の日にかバスケットに対して面白味を感じなくなっていた。それでも、試合中にして良い発言ではない。

黄瀬は、青峰を羽交い絞めで緑間から遠ざけ、落ち着かそうと必死になる。

 

「俺は....俺は!」

 

青峰のフラストレーション、そして嫉妬が溜まりに溜まって爆発した。

以前より、精神的脆さを持ち合わせていた事は分かっていたが、ここまで追い詰められていたとは思いもしなかった。

黄瀬を引き摺りながら、再び緑間へと歩を進めていく。

 

「...ちょっとゴメン。」

 

呆然とする帝光ベンチの人並みを掻き分けて、1人青峰に歩み寄っていた。

青峰の正面に立つと、右手を振りかぶって青峰の頬を叩いた。

 

「っ...何しやがる!さつきぃ!!」

 

そこに現れたのは準決勝で負傷した黒子の看病をしていたはずの桃井。

圧倒的な実力差で他チームの追随を許さない帝光であるが、普段の練習をコートの外から見続けていた桃井には、帝光の異様な雰囲気が見て取れた。

3年になってから、桃井のマネージャーとしての力が必要でなくなり、どうするか躊躇っていたのだが、青峰の虚ろな表情を見て咄嗟に駆けつけたのだ。

しかし、そんな桃井の気持ちなど知る由も無く、ただ喚き散らす青峰。

 

「何って...大ちゃんこそ何してるの」

 

対して桃井は静かに俯きながら問う。

 

「ああ!何が言いたいんだ!」

 

「自分が何してるのかが分からないの?」

 

回りどころか自身すら省みない言動に気が付いていない青峰を懸命に諭す。

 

「いつまで経っても独りぼっち...そんなの見たくない」

 

「っせぇ!お前に関係あるのかよ!お前に何が分かるんだよ!!」

 

「そんなの、分かんないわよ!!!」

 

桃井が目尻に涙を浮かべながら叫んだ。

流石に泣かれるとまで思っておらず、青峰の動きが止まる。

 

「だって...何も言ってくれないじゃない!何も言わず!独りで悲しんで!馬鹿じゃないの!!」

 

青峰が練習に参加しなくなり、1日の終わりを待つだけの日々を365日以上過ごした。桃井はそれを見ているだけだった。

本人がそれを望んでいない事は分かったが、何も出来なかった。

時折、英雄の話題が出てきていた。

どこにいるのか、そのチームの状況は、全国に出てくるのか、など。

 

だから待つ事にした。再び輝くその時を。

 

「その結果がこれ?...いい加減にしなよ!本当にいいの!?今日を逃したら一生後悔するかもしれないんだよ!!?」

 

「...桃井。もういいだろう。黒子の下に戻ってやってくれ。」

 

桃井の言葉を赤司が止めた。

そのまま言わせても良かったが、インターバルが間もなく終わる。そして、赤司は1つ決断を下した。

 

「そして、青峰。1度頭を冷やせ。それでは勝てるものも勝てない。」

 

「ちょっと待てよ赤司!!」

 

「大ちゃん!」

 

黄瀬が手を離した瞬間、青峰が赤司に掴みかかろうとしたが、桃井に止められた。

コートへの行く手を体で阻む。

 

「どけよ!」

 

青峰の発言後、再び桃井の平手打ちが炸裂した。

 

 

 

 

「青春してるねぇ。」

 

「気にするな。丁度良いハンデなのだよ。」

 

あれ程揉めに揉めていたのだから、様子は明洸にも伝わっている。

英雄が横目で意気消沈している青峰を眺めていると、緑間が話しかけた。

 

「...それ。本気で言ってるの?」

 

「どうかな。確かめてみるといいのだよ。」

 

変わらず英雄のマッチアップは緑間のようだ。

腰低く、プレッシャーが増している。

 

「そうする。」

 

帝光中は、灰崎のマッチアップに黄瀬がつけていた。

 

「やっとチャンスが回ってきたっス。」

 

「はぁ?何のだよ。」

 

「なし崩しでスタメンになっちゃったっスから、ここいらではっきりさせときたかったんスよ。俺はアンタを超えているってね。」

 

「ふ~ん。別にどっちでもいいぜ。キセキの世代とかじゃなくても。つか、俺関係ないしな。」

 

念願かなって灰崎との直接対決になった黄瀬はアイサツ代わりに一言告げた。

しかし、その灰崎が全く乗ってこない。ガツガツ来るかと思っていた。

 

「へぇ...。ホントに丸くなっちゃったんスね。」

 

「...んなつまんねー事に拘ってられねぇんだよ。」

 

灰崎は吐き捨て、それ以降黄瀬の言葉に反応しなかった。

無視による挑発返しではなく、余裕の無さの現れである。

それは帝光が強いからという理由もあるが、集中を最高までに高めなければならない理由があったのだ。

 

【俺、今までに無い事するかもしれないけど。信じて欲しい。考えてちゃ遅いんだ。フィーリングで頼むよ】

 

インターバル中に英雄が言った言葉。

灰崎が英雄とコンビを組んでから1年が経ったが、楽なパスが来た事は1度も無い。

常に質の高いプレーを求められ、それに答えてきた。

しかし、それはあくまでも他のメンバーを引き上げる為にプレーをしながらであり、何かしらのブレーキも掛かっていた。

荻原の言葉でそれを取り払った今、1歩の出遅れが致命的なミスになる。

コンビを名乗る以上、灰崎にそれは出来ない。

 

「(理由は分かんねぇが、青峰がいない今がチャンス。)」

 

エース云々はともかく、明洸の得点源を担っている灰崎だが、この試合でのシュート成功率は決して高いとは言えなかった。

シュートセレクションを無視して、強引に打ちに行くのだから無理も無い。

しかし、それを享受しきれない灰崎。

 

「(もう、外せねぇ。相手がこいつ等だろうがな。)」

 

英雄と明洸に転校し、背番号を貰ったときから決めていた事がある。

その為には、灰崎は点を取り続けなければならないのだ。

特に、英雄からのパス、それだけは。

 

 

持田が丁寧にボールを運んで、英雄が大外回りでボールを受け取りに行く。

マークの緑間は持田によって英雄との距離を空けられた。

 

「ちぃ!(この4番、上手いというより、実に丁寧なプレーをするのだな)」

 

「良い、真太郎。マークチェンジだ。」

 

赤司は、そのまま英雄のマークに向かうが、英雄がドリブルで突っ込んできた。

 

「...!?」

 

更に後藤が赤司にスクリーン。それを巧みにかわして、英雄を逃がさない。

トップオブザキーの位置で人が入り乱れ、帝光DFも歪になっていく。

そして、密集している場所をボールがするりと潜り抜けていった。

 

「(そこを通すのか!?)」

 

緑間の目にはしっかり追えていた。それでも、体が動かない。

バウンド直後に進行方向を変えて、ぽっかりと空いたスペースへ向かう。

 

「敦!」

 

黄瀬のマークを完全に振り払った灰崎が飛び込んできた。赤司は紫原に強く指示を出す。

紫原は灰崎に少し送れてゴール下へと向かったが、灰崎は既にシュート体勢に入っている。

 

「崎ちん...!」

 

「どけよ...敦ぃ!」

 

紫原との1対1。少しでも躊躇すれば黄瀬に追いつかれる。

選択肢に後退は無い。気迫と共に飛び込んだ。

 

「おらぁ!!」

 

真正面からのダンク。紫原と正面衝突。

しかし、紫原の反応速度・パワーで多少の出遅れだけでは、灰崎が上回る事は出来ない。

 

「(ちょっと焦ったけど...)何!?」

 

紫原は灰崎をブロックで止めた。そして、その先でまっていた英雄の姿に驚愕する。

弾いたボールを正面で受けた英雄は、フリーでのシュートを決めた。

 

「(何でヒデちんがそんなところに)」

 

ボールへの嗅覚とかそんなレベルで表せる事ではない。

あまりにも不規則すぎる動きに帝光の誰しもが追いつけないでいた。

 

「英雄、すまねぇ!」

 

「気にすんな!ナイス、ファイト!!」

 

DFに戻っていく最中、渋い顔をする灰崎を称える英雄。

 

「赤司...。」

 

「大丈夫だ。初見で虚を突かれたが、次は無い。」

 

攻守交替の切り替えの為に、攻防を目視した瞬間に英雄を見失っていた。

緑間の問いに問題ないと答えるが、やはり顔色が明らかに変わった。

英雄のパス、そしてドンピシャのタイミングで補給した灰崎もまた、帝光の警報を鳴らすには十分すぎた。

 

 

明洸は変わらずダブルチームで対抗。

青峰の代わりに入った選手に荻原をつけて、黄瀬に英雄がマーク。

帝光のOFは更に制限される事となる。

 

赤司のアンクルブレイクならば、容易にチャンスを作り出せる。

しかし、難点が存在する。

キセキの世代全員に共通する事なのだが、そのあまりの才能の大きさの為、発達しきっていない体では全力を出し切れないという事実がある。

キセキの世代同士の直接対決が練習でも禁止されているのはそういう理由である。

つまり、赤司は特色とも言える眼を使った技術をフルで使えない。だからこそ、黄瀬や紫原を中心にしたOFをしていた。

 

本気を出す機会が無かった以上、自身の限界を知らない。

どのタイミングで、誰が消耗するのかも分からない為、25点差という数字を1度頭から消した。

なにより、不気味な雰囲気がコート全体を包み込み出しているのがどうしても悩ませる。

 

「(くっそ!俺が行きたいのはそっちじゃないっス!!)」

 

英雄のマークを振りぬこうと動く黄瀬だが、スペースのある方に行けば行くほど、訳の分からない場所でパスを待つ羽目になっていた。

青峰がいないので、ポジションが被ることもないだろうと思っていたのだが、予測が甘かった。

緑間も灰崎のDFでシュートチャンスを作れない。

紫原にボールを入れれば確実だろう。それでも、それを選ぶのに何故か躊躇してしまう。

 

交代してきた選手を中継して、紫原にパスを送ろうとする。

 

「やらせねぇ!!」

 

マークの荻原が激しくあたって、後退させる。

曲りなりにでも黄瀬と遣り合ってきた荻原に、帝光メンバーとしてプライドも何も無い状態の選手では分が悪かった。

逃げるように紫原へのパスをしたが、読んでいた英雄によってパスを奪われる。

 

「速攻!!」

 

英雄の前方に灰崎と荻原が入っている。これまで何本も決めてきた三線速攻。

赤司と緑間がいち早く戻り、他も続く。

 

「これ以上やらせるな!戻れ!!」

 

そこに英雄がドリブル突破を図った。これには明洸メンバーも驚いている

 

「どういうつもりか知らないっスけど。いくらなんでも舐め過ぎっス!」

 

近くにいた黄瀬が奪いにつめ。

英雄のバックロールターンによって抜かれた。

 

「そんな!?」

 

正確に言えば、抜かれた訳ではない。英雄がロールした直後に腕を黄瀬の横腹に引っ掛けて、強引に黄瀬を背後に持っていったのだ。

前に行かれた黄瀬は、英雄のドリブルを背後から見たのだが、その様子にこれまた目を見開く。

 

「(この人...どこ見てるっスか?前じゃなくて...ずっと下見たままじゃないっスか!?)」

 

黄瀬がロールが来ると読めなかった理由。

英雄が俯くと言うよりも、更に前かがみの超前傾姿勢のドリブルによって、全く予測が立てられなかった。

コートを駆け抜けてゆく最中も下を見たまま。

 

「(なんだコレは...)来い!補照!!」

 

「ごっちん!」

 

低く構えた背後に後藤が現れ、スクリーンからのランで緑間から離れていく。

パスを警戒した緑間は、つい英雄から目を離してしまい、レッグスルーからのダックインで抜かれた。

更にヘルプに来た交代選手をインサイドアウトで抜いて3人抜き。

全て下を見たままである。

 

「(見えていないはずなのに...)ヒデちん!!」

 

収まらない冷や汗を拭って、灰崎同様真っ直ぐ来る英雄にブロックを試みる。

その不安定な姿勢から一気に跳びあがり、腕をしならせてトマホークダンクの構えで来た。

紫原は見誤らず、適切なタイミングで腕を伸ばした。

 

「(叩き落せる!)」

 

しかし、その腕は空を切った。

 

 

 

「(なんだそりゃ...全く聞いてなかったぞ。でも...なんだろうな。顔が緩むのが抑えられねぇ)」

 

帝光中と同じく英雄を追っていた灰崎。視界を全て閉ざした上体でも、その動きは的確と言える。

勢い良く詰めてくるDFを分かっていたかのようにかわして、ボールを前に運んでくる。

理解などできるはずもなく、しかしながら胸を躍らせていた。

 

【凄い景色を見よう】

 

いつからか、曖昧な目標で走り出した2人。

明確な導も無く、そこまでの道に舗装などされていない。

それでも熱くなり、燻っていたそれに火がついた

 

「(なんだろう...そこか?そこにいけば近づくのか?凄い景色に...。)」

 

何か不思議な力に呼び寄せられているかのように、考える前に足が動く。

 

英雄の腕が振り下ろされると、ボールが下に叩きつけられて紫原の足元で跳ね上がり、再びリング付近に飛び上がった。

 

「(凄ぇ...遮るものが、何も無い!!)」

 

何度も立ちふさがった紫原の背後は、正に無法地帯だった。

英雄のパスと言えるか分からないものに寸分狂わず反応した灰崎だが、気付いたときにはボールをしっかりと両手で受けており、無意識に叩き込んだ。

 

英雄・灰崎のスーパーコンビプレー炸裂。

 

これによって流れを一気に奪った明洸は点差を見事なまでに詰めていった。

 

 

 

「凄い...。」

 

ベンチで見守っていた桃井は、感嘆の声を漏らす。

青峰の様子が気になり、黒子に悪いと思いながらベンチに残っていた。

 

「...そうか。やっぱり、そうだったのか。」

 

帝光中ベンチの中でただ1人だけ、青峰はそれに納得を示していた。

 

「大...ちゃん?」

 

「あの野郎...あの時の...。」

 

日差しが照りつけていたストリートコートのある日の思い出。

帝光へ進学するよりも昔の話。

偶然出会ったその少年は、楽しそうに何度も挑んできていた。特徴的なのは、その笑顔とナンセンスとも言える変形ドリブル。

自分と同じ様に教科書にないバスケを持つ少年との勝負は心を躍らされた。

だから、数年たった今でも覚えていたのだ。

帝光で再び出会った時も、何と無くそうなではないのかと雰囲気で思ったりもしたが、勘違いで恥をかきたくもないので、保留にしていた。

 

「【また、やろう!】か...。俺は何をやってんだろうな。」

 

英雄と灰崎のスーパープレーは、明洸の嫌な雰囲気と同時に青峰の葛藤すらも打ち払っていた。

今までがどうだとか、そんな事は関係ない。今、目の前に青峰が求めていた物が、『本物』がある。

 

「他人のプレーを凄ぇと思ったのは久しぶりだ。...さつき、お前の言うとおりだったわ。」

 

「え?」

 

「後悔するとこだった...ありがとよ。俺は、やっぱりバスケが好きだ。」

 

桃井の見た青峰の瞳は澄んでいた。多少気まずさがあるのか、少々はみかむ仕草が新鮮で桃井も釣られて笑った。

 

「でよ。気合ついでにもう1発頼むわ。今のゲームに入るには気合が足りねぇ。」

 

「え?...えぇぇ!?無理だよ!」

 

頬をぺしぺしと叩きながら迫る青峰を桃井が全力で拒否。

 

「2発もぶっ叩いておいて、何が無理なんだよ。」

 

「あの時は、勢い?だから。冷静になったらそんなのできないよぉ!」

 

2人が朗らかに揉めていると、後ろからもそもそと小さな影が歩み寄ってきた。

 

「だったら、代わりに僕がやりましょうか?青峰君。」

 

「テツ...。」

 

「テツ君!?怪我は大丈夫なの!?」

 

頭に包帯を巻いた状態で黒子が現れて、青峰の前に立っていた。

 

「はい、なんとか。」

 

 

 

圧倒的な個人技のみで成立していた帝光は、嘗て無いほどに猛攻を受けていた。

時間的な観点で言えば、既にセーフティゾーンに入っているのが問題だ。

 

チームは掛け算である。

 

それが従来のチームのあり方だが、帝光は違う。

帝光は足し算でチームを成り立たせているのだ。どうしても1対1の場面が多くあるバスケにおいて、5人ぞれぞれの技量差があれば作戦の必要性はない。

事実、今までそれで勝ってきていた。

しかし、それはあくまでもキセキの世代が5人いてこそ出来る事。青峰を欠いた今、その形は成立しない。

 

そして、帝光のデメリットを明洸に攻められている。

はっきり言って、帝光のOFは単調な故に覚えやすいのだ。

いくらなんでも、30分以上見ていれば目が慣れる。

赤司のパスがOFの起点になっているのであれば、尚更タイミングが限定できる。DFとしては、分かっていれば対応の1つも流石に考え付く。

 

恐らく、英雄と灰崎はコレを待っていた。

他のメンバーが前半よりも動きが良くなれば、そのフォローしていた分を自分のプレーに集中できる。

本来ならここに青峰がいると考えると、万が一を狙った大博打。

正気の沙汰とは思えない、とんでもない戦略を持ってきた事になるのだ。

 

3分が経過し、残り5分で17点差。

やはり逆転は億に一、タイムオーバーギリギリ。帝光がいつも通りのプレーをすれば、万事問題無し。

この背中に、肩にある焦燥感がなければ。

 

観客どころか、試合会場全ての人間が、明洸に魅了され始めている。

 

 

 

「今度はやらせない!」

 

再びスクリーンで抜けてきた英雄を止めようと、紫原が立ちふさがる。

英雄は構わず、突っ込んでくる。逆サイドに灰崎がフリーになる動きをしており、どうしてもパスを意識してしまう。

ボールを胸より低い位置で持って跳んでくる英雄を見て、パスを警戒した。

 

「(いつだ...いつくる?...まだ...まだ....ま...パスじゃないのか!?)」

 

シュートに向かった英雄と、ブロックにいった紫原が空中で接触。

英雄は接触する直前に体を捻り、接触と同時にループ気味のショットを放った。

 

「(ループ...!)」

 

灰崎とのスーパープレーをその身で体感してしまったが為に、どうしてもそれを意識してしまう。

ブロックのタイミングは遅れがちになり、またもや失点を許した。

 

「赤ちん!」

 

やられっぱなしで納得出来るような性格をしていない紫原は報復がてらにパスを要求した。

紫原がインサイドに入る前のタイミングで、持田らも反応出来なかった。

 

「ドリブル!そんなんまでアリかよ!?」

 

ダンクに向かう紫原。巨体で速いドリブルを敢行し、一気にゴール下まで到達した。

 

「ここまでくれば!」

 

「こういう場合、そういう訳にはいかないのよ!!」

 

紫原のダンクをブロックする事は出来ない。だからこそ、ファウルでとめに来た英雄。

紫原の指に英雄の指を引っ掛けて、ボールから手を弾く。

当然、主審が紫原にフリースローを与えた。実際は悪質なファウルなのだが、今の攻防は審判の目に入っていない。

 

「ヒデちん~...ちょっとセコ過ぎるでしょ。」

 

「こっちもね、無いのよ。余裕。」

 

悪びれも無く、手をあげている英雄。高いブロックでも失点を止め切れない事実と合わせて、紫原にも揺らぎが見え始めた。

少しでもバスケットに理解がある人間ならば、今のファウルをナイスと褒めるだろう。

コート内の雰囲気がプレーヤー全員に伝染している状況でのフリースローは、嘗て無いほどに緊張感が高まるのだから。

 

別に狙ってやった事ではないが、明洸にとって都合の良い展開が続く。

流れが明洸に傾いている何よりの証拠。

全国大会決勝で、しかも第4クォーターでのフリースローは紫原の経験値に存在しない。

そして、リバウンドポジションに並んでいる英雄と灰崎、紫原のいないゴール下では高さは同等。ポジションが良い分、落とせば明洸のリバウンドとなる可能性が高い。

落とせない。今まさに猛攻を仕掛けている明洸を更に助長させない為に、このフリースローは外せないのだ。

その独特なプレッシャーは、紫原の同様を誘った。

 

「っく。」

 

1本目外す。

メンタル面での未成熟が祟った。紫原の表情が険しくなる。

こうなった時点で、明洸に更なる風が吹く。

 

「リバウンド!!」

 

2本目も外し、灰崎がリバウンドをものにした。

 

「祥吾!」

 

灰崎にパスを要求する英雄が斜めに走る。緑間が英雄のマークに走り、紫原がミスを取り返そうと自陣に走る。

すると、灰崎が英雄の要求を無視してドリブル突破を図った。

 

「やば!(補照っちにつられた...。)」

 

灰崎のマークに向かった黄瀬も英雄が走っていく方向へ体を捻じ込み、パスのコースを消しに行ったのだが、それは囮であって灰崎のドリブルの対応が遅れた。

そして灰崎のロングパスが英雄に向かう。

赤司が阻止しようと英雄に迫るが、ボールは英雄の後ろ頭を通り抜け、コーナーにギリギリ間に合った荻原の手の中に収まった。

 

「(ちょっと待て...なんでコイツがどフリーなんだ!)」

 

紫原だけでなく、帝光全員が目を疑った。

そもそも、荻原が3Pなどとデータに存在しない。

 

「...さっきも忠告しといたでしょ?ウチのエースを舐めんなって。」

 

シビア過ぎるタイミングで荻原はゴールに背を向けている。そんな荻原に英雄は全く心配していない。

 

「稀にいるでしょ?平均的なスコアは残せないけど、ここぞと言うときに必ず決めてくる奴。....シゲはクラッチシューターと言うよりも...ビッグショットなのさ。」

 

ギリギリのロングパスを受けてからの振り向き様3Pショット。本来の技量でこの難易度の高いこのショットは決まらない。

しかし、荻原のショットはリングを潜る。

 

完全に下に見ていたプレーヤーにあり得ないシュートを決められたダメージは決して少なくない。

帝光は予定に無かったTOを再び取らざるを得なかった。

 

「...赤司様。」

 

「...なんだ?」

 

ベンチに戻る直前に、英雄が赤司を呼び止めた。

 

「約束、守ったよ。これでも駄目かい?」

 

「...そうだな、認めよう。お前達は、確かに『敵』と呼ぶに相応しい。」

 

2人は全中のスケジュールが消化していく中で、会話をしていた。

その内容は2人しか知らない。

 

「やはり、お前の考えは理解しかねるな、英雄。...誇り高く散ってゆけ。」

 

 

 

 

「青峰。」

 

赤司が名を呼ぶ。

 

「おう。待ちくたびれたぜ。」

 

その意味を理解している青峰は、返事をしながら集中を高める。頬が緩むのを抑えられないのが桃井にも伝わっている。

 

「赤司君、頑張って下さい。」

 

元々の影の薄さもあって、声を出すまで全く気が疲れなかった黒子もいた。

 

「黒子っち!?いたんスか!?」

 

「はい。結構前からいました。」

 

こんなやり取りをしたのは何時以来だろうか。

 

「みんな聞いてくれ。俺達は3年になってから初めての『敵』に遭遇した。」

 

少ない時間の中で赤司は約束を遵守する為に、全体へと声を掛ける。

 

「点差で考えても俺達の勝ちは変わらない。しかし、『億に一』が『万に一』になるまでになっている。」

 

「...?」

 

その赤司の口ぶりの変化に黒子は徐々に違和感を感じ始めていた。

 

「残り3分。これ以上単調なOFを繰り返す訳にはいかない。明洸だけではなく、見ている者全てに思い知らせてやろう。最強は俺達だと。」

 

ここで、今まで行ってきたOFパターンを撤廃すると赤司が宣言した。

そもそも赤司は個人技主義という訳でなく、勝つ為に必要な事を行っているだけである。

周りに敵がいなくなった為に、内部での分裂を避ける事を目的として徹底した個人技でのバスケを方針にした。

逆に言えば、必要であればチームプレーをすると言う事。

集団が結束するのに1番簡単な方法は、共通の敵を作る事である。

英雄は、それを名乗り挙げたのだ。あの時、赤司との会話の中で。

 

【俺達がそうなるよ。】

 

【出来るのか?はっきり言って無謀だと思うが。】

 

【この手の期待を裏切った事ないんだよ。マジで。】

 

【仮にそうなったとして、それは更に大きな敗北に繋がるだけだぞ?】

 

【それとこれとは別問題でしょ?ただ、『キセキの世代に勝つ』ってのはそーゆー事なんだよ】

 

帝光中において、赤司が御し切れなかった唯一の人物。

根本的に何かが違っていて、全く別の方向を見ている、そんな人物。

むしろ清々しくも思えるほどの馬鹿。その点では、キセキの世代の追随を許さない。

 

「黄瀬、7番のマークだ。きっちりやれ。隙を見せたらやられるぞ」

 

「え...ああ。了解っス。」

 

「紫原は少し落ち着け。外からOFの起点をつくるからリバウンドを任せるぞ。」

 

「...ん。」

 

「緑間、スタミナは?」

 

「大丈夫なのだよ。」

 

全員が何かしら違和感を感じられずにいられない。

どことなく雰囲気が昔のものに良く似ている。

 

「(入れ替わったのか?このタイミングでか...)」

 

赤司の事情を少なからず知っている緑間は赤司の変化にいち早く気がついた。

 

「さぁ...行こうか。」

 

残り180秒間の帝光は変わった。

1対1だけでなく、スクリーンやパスを効率よく使用し得点を重ねる。

それぞれがそれぞれの出来る最高のパフォーマンスを行い、次第にリズムを取り戻していく。

 

そして、大きなリスクを冒し続けた明洸の動きが落ちていき、DFのリズムも良くなった帝光から逃げ切れなくなっていった。

一連の流れを態々1対1で止めない為、キセキの世代の持ち味がより良く活かせるようになり、止める術が無くなる。

そんな中でも英雄のキレだけが冴えていく。最終的に英雄と灰崎だけで戦っているような展開になった。

恐らく、両チームとも残り時間がどうであるとかを考えての行動ではない。

最後の最後まで前を向き戦う姿勢は、観客を大いに沸かせた。

この180秒は、今までの試合の出来事を記憶の片隅に追いやり、鮮明に脳裏に残った事だろう。

 

明洸の頑張りは皮肉にも、帝光というチームの潜在能力の高さを披露する比較対象になってしまった。

明洸が強いからこそ、帝光の強さがより際立つ。

そのコントラストは、やはり皮肉としか言いようが無い。

 

最終スコア

帝光 113-88 明洸

 

全中三連覇を達成し、最強である事を証明して見せた。

一時は15点差まで迫ったが、キセキの世代を本気にさせてぐうの音も出ないほどに負けた明洸。

それでもめげず、俯かず、抗い続けた彼等は、賢くはない。

しかし、見ていた誰かが言った。

 

---それでも彼等は偉大だ

 

涙ながらに準優勝という形式だけのものを手にした彼等を見て、キセキの世代に絶望を思い知らされた者はみなそう思った。

キセキの世代を相手にした時、本当に全てを尽くしていただろうか。遣り残しはなかっただろうか。自分自身に言い訳をしていなかっただろうか。

そんな風に自問自答してしまう者は少なく無かった。

 

一般的に。キセキの世代は帝光にとって黄金時代だろうが、他からすると暗黒時代としか言いようが無い。

そんな風潮に彼等は一石を投じた。

その波紋はこの先、どのような未来に繋がっているのかは、誰もまだ知らない。




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