黒バス ~HERO~   作:k-son

9 / 24
帝光偏アフター 高校進学
外伝:暁大付属相模高校


神奈川南部の海辺の近くにある暁大付属相模高校。

朝早くから小さな集団が砂浜を走っている。朝練と言うには、走り込みしかしておらず、始まってから延々と走り続けている。

 

「鳴海ちゃん、遅れてるぞー。」

 

その先頭を走る英雄が、集団から遅れを取り始め徐々に差がついていく鳴海に声を掛ける。

 

「...はぁ...はぁ...っせぇ!!」

 

僅かばかりの意地を張って言い返す。

彼の名前は鳴海大介。中学時代の頃は恵まれた体格を活かしてゴール下でプレーするCとして、それなりに名を馳せていた。

しかし、チームとしてそれを活かしきる事は出来ず、ワンマンチーム状態を変えられず、全国に行く事は出来なかった。

運がいいのか悪いのか、帝光中学との対戦経験はなく、東京の中堅高校へと進学を考えいていた時にそれがきた。

相模高校のオファーである。全国未経験の鳴海を口説きに来たのは、あの無冠の五将・花宮だった。

 

【お前、他にスカウト来てるかもしんねーけど、ウチに来い。補照英雄がお前を欲しがってる】

 

その学校はバスケットの強豪ではない。少なくとも今は。

聞けば、正式な活動は来年を予定している。今そのメンバー集めの真っ最中であり、監督すらも揃いきっていない。

聞き流せないのは、そのメンバーである。花宮・補照・灰崎・荻原といった錚錚たるメンバーが顔を連ねている。

最後の1人として自分が選ばれた事は正直嬉しさもあり、スカウトのはずなのにそのふてぶてしい花宮の態度もその時は気にならなかった。

 

この年代でバスケをしている人間で、あの決勝戦を知らない者は居ない。

帝光中対明洸中。

キセキの世代の5人とキセキを捻じ曲げようとした5人の戦いは、終わった後も波紋を広げていた。

キセキの世代が進学した高校が優勝候補になる。それに異議を唱えるものも少なくなく、彼等の行く末に期待と不安が渦巻いている。

鳴海としては、この話に自分は関係ないのだろうと思っていた矢先の出来事。

その注目を集めている人間が自分を欲しがっている。対戦経験は同様にないはずなのに、自分を知っている。

もう鳴海には断るという選択肢を失い、裏返りそうになった声を抑えて相模への進学を決めた。

 

 

 

「おーし。ランニング終了終了~。」

 

「....っ(あんだけ走ってんのに、こいつら)」

 

ランニングが始まって1時間近く、これでもかというくらい走り続けた。朝練が始まってからその半分をランニングに費やしているのだが、未だに着いて行くので精一杯。

鳴海の息は絶え絶えで、肺の痛みが治まらない。

 

「鳴海、止まるなよ。そのまま体育館まで歩いて息を整えろ。」

 

激しい無酸素運動を行った後、そのまま行動を止めると心臓への悪影響になる為、ゆっくり歩きながら呼吸を整える。

花宮の言うとおり、1度立ち止まるとしばらく歩けなくなりそうだった。

 

「わぁぁぁ!手が滑った~!」

 

少し離れたところから、英雄の棒読みのような言葉が聞こえた。鳴海がそちらに目を移すと、灰崎が海に向かって突き飛ばされていた。

 

「ぉわ!?てめ!」

 

「うそん。」

 

咄嗟に灰崎が英雄の服を掴んで共に海へとダイブ。

浜辺で2人がもみ合って、荻原が駆け寄って巻き添えになっている。

 

「ちょ!俺関係ないだろ!巻き込むな!!」

 

鳴海が一杯一杯になっているのにも関わらず、実に暢気なものだ。

3人が水浸しで笑いながらこちらに戻ってきており、横に居た花宮から歯軋りの様な嫌な音が聞こえた。

 

「てめぇら!遊んでんじゃねぇ!!」

 

「俺達、どっちかというと被害者なんだけど。」

 

「まったくだ。」

 

基本声を張らない花宮もこの時ばかりは怒鳴る。英雄にかまされただけの荻原と灰崎はもやもやしながら、花宮の言葉をありがたく聞いた。

 

「汗が流れ落ちるかと思ったけど、海水でベッタベタ。」

 

英雄は、肌のねっとり感を確認しながらタオルで拭ききれない水分を出来る限り拭いている。

 

「聞いてんのか!」

 

 

朝練は基礎トレーニングに重点を置いて行う。

約半分はランニング。その後に体育館で始業までシューティングを繰り返す。

人数不足というどうしようもない問題があり、高度な戦術練習どころかミニゲームすら出来ない。戦術に関するものは放課後の練習に行うくらいで、後は個人練習。

去年に勧誘活動を精力的に行ったのだが、鳴海獲得以降で全て失敗。尚且つ、期待していた一般入部の数が0というひどい結果になってしまっていた。

 

朝練のランニングからシューティングというフローは、そんな中でも要点を抑えたメニューでもある。

中学のルールは1クォーター8分であり、高校からは10分になる。1年生である4人は、まずその時間を体に染み込ませなければならないのだ。その上で、パフォーマンスを最後まで維持出来るような体作り。

疲れ切った状態でのシューティングは、シュートの質を高める。

 

「俺10の7」

 

「10の8」

 

「...10の5」

 

上から英雄・灰崎・荻原の結果。

淡々と作業の様にするよりも、競い合う事に意味はある。3人は3Pのシューティングで勝負していた。

 

「シゲってムラ多くない?」

 

「練習でもムラあるってどうよ。」

 

荻原は調子の幅がかなりあり、それは試合でも同様で時間帯によってシュート率が変わってしまう。ちなみに、ついさっきの結果は10の10でパーフェクト。

全中の決勝は絶好調だったが、実はそれまでのトーナメントで最悪な状態もあった。

英雄も灰崎も既に知っている事だが、中々改善しない現状に皮肉交じりで言ってみる。

 

「いやぁ、俺も分かってるんだけど。これが中々上手くいかなくて。」

 

自身でも理解していて、練習で解決しようとしているのだが、現状変化無し。

頭をボリボリ掻きながら笑う。

 

「いいから、続けろよ。時間もうねぇよ。」

 

花宮はその間にも、黙々とシュートを打っている。

相模高校バスケット部が活動を始めて1月足らず、チーム力を向上させるのに時間が惜しい。

戦術練習に限りがあるのなら個人練習に時間をかける。

 

「なんかキリよくなっちゃったんで、フィジカルしていいすか?」

 

「っち。いいぜ、構わねぇ。」

 

花宮の了承を得て、英雄は軽い筋肉トレーニングを始めた。

 

「鳴海ちゃんもどう?インナーマッスルやるけど」

 

花宮同様、反対側のゴールでシューティングをしていた鳴海を声を掛けて、体育館の隅に向かった。

2人して仰向けに寝転んで、足を上下に動かしていく。

 

「つーか、インナーマッスルって、なんだよ。」

 

「隠れた筋肉っで、関節部の補助とか、してるらしい。今は、腰の、インナーマッスル、だよっ。」

 

練習方法は実に地味で、体に掛かる負荷も少ない。

一般的な筋肉トレーニングとは違い、低負荷を繰り返し体にかけなければならない。

鍛えられればしなやかな動きも可能になり怪我しにくくもなるので、近代スポーツでは重要なものとなっている。

 

「おい。俺達もやるぞ。」

 

花宮達もインナーマッスルの強化を始め、朝練の残り時間をそれに当てた。

 

 

 

「鳴海ちゃーん、授業始まるよー。」

 

「つか、ちゃん付け止めろ。」

 

自主練習も終わって、教室へ向かわなくてはならない。

鳴海はそれまでの間、放課後にまで疲れを残さないように念入りにストレッチを行っていた。

 

「しっかし、ここの制服って白ランなんだよね。くにお君みたい」

 

「祥吾はリキって感じだよね...普通の紺色の学ランにしたら?」

 

「うるせぇ馬鹿。」

 

相模高校の制服は白い学ランで、最近ではあまりみないものである。

荻原の呟きから、英雄がボケて、灰崎が冷たくあしらう。

 

「てゆーか、そしたら俺達『ダンクヒーローズ』って名乗る?俺英雄だし」

 

「古すぎて分かんねぇよ」

 

「ゴメン、ドッヂボール派だった?」

 

「いい加減黙れ」

 

あまりに古いテレビゲームのネタに花宮もつっこむハメになっていた。

※分かんない人、ゴメンなさい

 

 

バスケ部の面々は全て普通科ではなく、体育科に在籍していた。

相模高校にスポーツ進学した者は、基本体育科へ所属する事になっている。

2年の花宮はただ1人だけ教室は違うが、同様に体育科の教室に向かう。もっとも、花宮なら普通科にいっても成績は学年トップになるだろう。

 

「あ、一之瀬さん、はよーございまーす。」

 

バスケ部が活動を開始する時に、学校側に人事異動が行われた。

監督は後からでもなんとかなるが、顧問はそういかない。大会出場申請すら出来なくなるので、偶々教員免許を持っていた一之瀬を英雄らのクラスの副担任にした。

私立高校だけあって、その辺りは自由がきく。実際に教卓に立つ事は無いが、英雄のクラスだけ副担任が1人多い状態になっていた。

 

「おはよう、今日も朝早くからやってるね。その調子で頼むよ。」

 

「ユニフォーム一新するって本当っすか?」

 

相模高校バスケット部の試合用ユニフォームは、7年前に使われたのが最後で、英雄たちが見た時にはカビが生えてとんでもない異臭をしていた。

牛乳を拭いた雑巾なんて可愛いもの、直接臭いを嗅がなくてもゲロ吐きそうになるくらい。

デザインも古かった事もあり、新たに製作中である。

 

「もう間もなく届く予定だよ。暁大カップには間に合わせる。」

 

「暁大カップ?何だそりゃ」

 

「鳴海ちゃーん。前に言ってたじゃん、聞いて無かったの?」

 

一之瀬から出た言葉に鳴海が聞き返し、英雄にやれやれと肩を叩かれた。

 

「暁大学の付属校って全国に結構あるみたいで、そこがみんな集まるんだよ。ゴールデンウィークで行われる非公式の大会。」

 

横から荻原の説明が入り、確かに以前聞いた事があると鳴海は納得。

 

暁大カップ。

暁大学の付属の11の高校が暁大学の体育館に集う。現在では各地区の中堅・古豪になっているが、昔はどこも全国に出てくる強豪であった。夏のIH直前の調整も兼ね、暁大付属の名声を外に放つ役割もある。

チームの完成度を高める為の試金石として、今でも行われている。

 

「定例では、ゲスト枠でどこかの高校が参加するからね。どこも本気で勝ちにくるよ。」

 

前回は東京の正邦が参加したという。

全国クラスを参加させて、注目度を挙げる為だろう。

相模としても、普段戦術練習が満足に出来ないのでここで経験を積みながら色々と試したいところである。

 

「マコっさんがいなくてよかったねぇ。いたらすんごいネチられるから。」

 

英雄が言うように、花宮の機嫌が悪くなると厄介な事になる。

逃げ場を少しずつ奪われ、言い訳が出来ないままネチネチといたぶられる。英雄は、入学式以前にはもう体験済み。

 

 

 

体育科の授業風景はゆるい。

中間・期末試験の最低ラインはあるが、授業妨害さえしなければ寝てても構わない。

分野によっては全国トップクラスの強豪で、遠征などでいない事も多々ある。

 

「何やってんの、英雄。」

 

ノートを取りつつ、うんうん唸っている英雄に荻原が問う。

 

「なんか面白いことないかなって。」

 

「意味わかんね。」

 

クラスの席順で綺麗にバスケ部の4人が纏まっていて、窓際の英雄、その前の灰崎、英雄の横に荻原、荻原の後ろが鳴海となっている。

英雄の主語の無い言葉に灰崎がゆるくつっこむ。

 

「近くにストバスやってるとこあるらしいんだよ。3対3が少しでも出来たらなぁって思ったんだけど、場所分かんなくて。」

 

「あ~それな。花宮さんも言ってたわ。」

 

メンバーが5人しかいないという事は、ミニゲームどころか3対3も出来ない。

2対2という微妙なものと、2対3での部分的なシチュエーションを想定したものくらい。

 

 

 

 

 

「さーて、昼いこーぜ。」

 

明洸の3人は、中学でやっていた事を相模でも行っていた。

昼ごはんを持って視聴覚室に行き、バスケのDVDを見ながら食べる。

そこには自然と花宮も合流しており、5人で食事が終わると戦術についての座学を行っていく。練習ができないまでも、頭にイメージを叩き込むことで理解度を高める為だ。

 

「つかあれだね。マコっさんいたら監督いらねーじゃん。」

 

「プレイングマネージャーって奴だ。」

 

中学では英雄が行っていた事だが、説明が英雄の何倍も上手く分かりやすい。

英雄と荻原が話していると、考えうる基本パターンを幾つかの要点と注意点を細かくホワイトボードに書いていく。

 

「監督ってどーなったんだ?」

 

鳴海がふと未だに未定な問題を持ち出した。

部を動かす為に、急ぎ足で5人を集めたまではよかったのだが、監督については一切話を聞いていない。

誰でも良いという訳にもいかず、厳選・精査された人物を当っているというくらい。

顧問の一之瀬は、それなりに知識をもっているようだが、結局それなり。大舞台での采配を振るうまではいかないのだ。

 

「最低ラインが花宮さんだから、そりゃ厳しいでしょ。」

 

「確かに、この人論破できる人って既にどっかの監督やってるっしょ。」

 

「うるせーぞ、黙って聞け」

 

少し目を離すとすぐに話が脱線して、花宮に怒られる1年達。

 

「いいかよく聞けよ。暁大カップはカウンター速攻を基本にするからな。俺ら4人で三線速攻を仕掛ける。余った1人と鳴海でセカンドブレイクだ。」

 

1週間後に控える暁大カップの基本戦術を伝える。明洸トリオは全中で使ってきたもので問題ないが、鳴海の理解度が重要。

 

「こっから放課後の練習は、三線速攻からのセカンドブレイクを徹底的にやる。鳴海、お前が体で覚えるまでな。残りはDFとフットワーク等の走り込みだ。」

 

現状で最も効果的な戦術を電光石火の必殺技にまで昇華する為には、鳴海の動き次第。

花宮はある程度の動き方のイメージを掴んでいるようで、他のパターンを紙ベースで全員に配っていく。

 

「一応、DFはマンツーで考えてる。ゾーンは場合によって臨機応変に、そこまで機能しねーだろうがやっててフィットしたのを今後の方針に組み込む。ポジションは大体決まってるが、形だけになるだろうよ。」

 

ポジションについては一時保留。PGの花宮とC鳴海は確定、他の3人がポジションチェンジを行うので決める意味が無い。

特に英雄と灰崎はアウトサイドからゴール下まで、広いプレイエリアを持っている。

 

「行き当たりばったりもここまでくれば清々しいね。」

 

「普段ミニゲームとか出来ない分、暁大カップを利用するって事か。」

 

英雄はそれも良いといった感じで、荻原は花宮の意図を再確認している。

 

「その上で勝って、俺達のための大会にしてやろうぜ。」

 

「当たり前だ。経験値稼ぎって負けた理由になんかできねぇ」

 

今の目標は、あくまでも全国。

だが、その準備期間での明確な目標があるのはありがたい。相模が強くなる為に必要な事は、試合経験。

1度の実践は100の練習に勝る。現状の練習では個人の能力はともかく、チーム力が向上しない。

カップの結果よりも過程にこそ、相模が欲しているものがある。

それでも、勝とうしなければ意味が無い。何故ならば、彼等は勝つ為にここにきたからだ。

 

「鳴海。うるさい黙れ。」

 

鳴海が気合を入れていると、花宮に言い捨てられる。最近分かった事なのだが、花宮は『熱血NG』だった。

体育会系の部活をしているくせに、と言い返した英雄が長時間に渡って、攻撃ならぬ口撃を受けていたことは記憶に新しい。

 

「とにかく、万全とはいかないが仕上げるところはきっちり仕上げるからな。覚悟しとけよ。」

 

「要所でもたつく場面がありそうだしね、1試合走りきれる体は作っとこうよ。」

 

昼休みも終わりに近づき、5人は解散した。

その後、放課後で再び集合し、連携重視の練習。

ミニゲームは出来ないが、スクリーンやカットの連携の為の技術向上は出来る。

今出来る事に絞り、それを徹底的に繰り返す。悪いところは直ぐに駄目出しを行い、修正しながらコミュニケーションを取る。

放課後の練習時間なんてものは、集中していればあっという間に終わってしまう。19時過ぎた頃には、一旦練習を終えて個人練習の時間になる。

規則上、あまり体育館を使えないので、整理体操と着替えの時間を考えても30分くらいのもの。

 

「やっぱさぁ、1回行ってみない?近くのストバス。」

 

「駄目だ。今は暁大カップに間に合わせるのが第一優先に決まってんだろ。悪くないがやるならその後だ。」

 

整理体操を終え部室で着替えていると、英雄が花宮に提案するが即答で却下されていた。

現在急ピッチでチームの体制を整えるているが、2週間と少々という時間ではむしろ足りない。ある程度のチーム力がなければ花宮の計算も成り立たず、グダグダな試合展開になるうる。

英雄の言っている事は、花宮も理解している。相手のレベルが多少低くても、3対3の練習が出来るだけ遥かにまし。学校で出来ないならば、他で探す。

練習試合という手段もあるが、こんな状態で他校に晒すなど恥にしかならない。

春先であっても練習試合の申し込みが幾つか来ていたが、花宮はそういう理由で断らせていた。

顧問の一之瀬が、顧問という名の庶務になりつつあるのは余談である。

 

 

 

バスケ部の面々は、相模高校の寮に入っている。校外であるが、学校の近い。

神奈川出身の者が一切おらず、地元を離れているのだから仕方が無い。

風呂や食事の時間が決まっており、バスケ部以外の人間とも共同生活をしている。

バスケ部の1年達は大体1つの部屋に集まっており、雑談やテレビゲームなど思い思いの行動をしていた。

 

「甘いぜ!アイバーソン舐めんな!」

 

「っくそ!」

 

テレビゲームですらバスケット。荻原と鳴海がNBAのゲームを楽しんでいた。ちなみに2007のもの。

灰崎は練習の疲れから部屋の隅で寝息を立てており、英雄は独りでお手玉をしている。

 

「なんでお手玉?」

 

ゲームがひと段落つき、コントローラを放した荻原が素朴な疑問を問いかけた。

 

「ちょ...待て。あ、あ、あぁっ!話しかけたから落としちゃったじゃん!」

 

不条理に怒る英雄は、取り損ねたお手玉に手を伸ばしながらうつ伏せになっている。

 

「えらい真剣だな。何か意味あんのか?」

 

何気に大真面目にやっていた事は分かったので、その理由が気になる。鳴海はテレビの出力を番組に合わせて、英雄の方を向く。

 

「意味とか問われても、ボールハンドリングが上手くならないかなって。」

 

「お手玉で?」

 

「うん、お手玉で。」

 

そんな練習方法なんか聞いた事がない。これを本気で言っているのだから、訳がわからない。

そこそこやり込んでいるのだろう、4個でやっていた。

 

「この間ジャグリング見てやってみたら結構難しくて。ボールハンドリングって同系統っぽいじゃん?」

 

「いや、知らねーけど。」

 

いきなり疑問系で言われても同意なんて出来ない。ただ、言いたい事は何と無く分かった。

投げるものの大きさは違えど、腕の使い方などが似てると言えなくも無い。それがバスケットの技術として成立するかどうかは別。

 

「駄目だったらそれでもよし。その方法は上手く行かないって事が分かるからね。他の方法をまた考えるさ。」

 

成長の仕方も人それぞれ、であればフィットする練習もまた人それぞれである。

一般的な練習方法が間違っているという訳でなく、それを全力で行った上で自身の特色を伸ばそうとしているのだ。

 

「小手先かもしれないけど、指先が器用に動いたほうが良いと思うし。うん、何かイケそうじゃない」

 

そう言うと英雄はまたお手玉を始めた。

 

「鳴海、気をつけろよ」

 

「あ?何が」

 

一緒になって英雄の話しを聞いていた荻原が鳴海に忠告を促す。

 

「気を少しでも抜いたら、英雄に差を付けられる。コイツは中々に悔しい事なんだよ。」

 

恐らく自身の経験に基づいた一言なのだろう、荻原の目つきが少々鋭かった。

 

「お。風呂の時間だ...祥吾おきろよ。」

 

風呂くらい自由に入りたいものだが、他の住人も同じ条件なので文句は言えない。

柔道部など強面な人物もいて揉めたいとも思わないので、寮の規則に従っておく。

 

 

 

そして花宮の考えの下で優先順位を絞った練習を少ない時間で行って、暁大カップの前日となった。

それでもやる事は変わらず、早朝に走って、昼休みに座学、放課後に合わせというように、限りある時間を有効に使いきった。

 

「明日の事だが、ゲスト枠は東京の秀徳らしい...キセキの世代・緑間がいるところだ。」

 

広い体育館の隅で5人が集まって、明日の伝達事項を花宮が伝えている。

ゲストで呼ばれるのは大体関東圏らしいが、まさかここでキセキの世代がいるところは思っていなかった。

 

「太郎君か。いんじゃない?」

 

「誰がマッチアップすんだ?俺か英雄ってとこだろ。」

 

予想していなかったが特別暗くなる事もなく、簡単なシミュレーションを始める英雄と灰崎。

 

「決勝とかで当ればいいけど、初戦とかだったらどうすんだよ」

 

「鳴海~忘れたのかよ。暁大カップはトーナメント戦じゃないって。」

 

鳴海が公式戦と同じ考えで話すので、横に居た荻原が訂正する。

 

「ばぁか。非公式戦なんだよ、1回しか試合できないなんてある訳ないだろ。つか、ちゃんと覚えとけ」

 

花宮が小馬鹿にしながら、概要を詳しく話す。

暁大カップは、12チームを2つのリーグに分けてリーグごとの総当りを行う。

各リーグで5試合行い、その後違うリーグの同じ順位のチームと戦う。総当り中に勝ち数が同じチームがいれば、得失点差で優劣がつくことになっている。

可能性として、秀徳と戦わない事もある。

 

「へぇ、中々複雑になってんだな。」

 

「お前ホントに馬鹿だな。どこが複雑なんだよ。」

 

鳴海の失言に早いレズポンスで花宮の毒が吹き荒れる。花宮の言う事に間違いがないので、言い返せない。

 

「まぁいい。ユニフォームを渡しとく、忘れてくんなよ。」

 

花宮は改めて4人の前に立ち、新しくなったユニフォームを手に取った。

 

「まず、PGは俺だ。」

 

4番PG花宮真 179cm

 

「そんで、荻原・英雄・灰崎・鳴海」

 

「雑!ひどいくない!?」

 

出来ればもう少し丁寧にして欲しかったと、4人でブーイングを始める。

 

「ふざけんな!」

 

「今度目元を真っ黒に塗ってやる!この花宮・L・真め!ノートに名前書くからな!」

 

「そうだそうだ!今度からエルって呼ぶからな!」

 

「勝手にミドルネーム足すな。つか、そのニックネームは止めろ」

 

普段厳しく言われている事を根に持って、ここぞとばかりに言いたい放題。英雄の一言に全員が便乗し、花宮をエルと呼び始めた。

エルと4人がかりで呼び始めたので、仕切り直す。

 

「荻原はSG。と言ってもお前はシューターじゃないから、スウィングマンに近い。」

 

5番SG荻原シゲヒロ 183cm

 

「鳴海はC。ぶっちゃけお前のトコが1番心配だ。リバウンドとかはきっちりやれよ」

 

6番C鳴海大介 194cm

 

「灰崎がPF。役割は、鳴海のフォローと得点だな。」

 

7番PF灰崎祥吾 188cm

 

「んで英雄がSF。ポジションどおり何でも屋だ。」

 

8番SF補照英雄 189cm

 

「前にも言ったが、お前等3人のポジションなんて在って無い様なもんだ。状況判断に従ってシフトしろ。」

 

花宮が掻い摘んでそれぞれの役割を説明し、理解に努めさせる。

しかしながら、よく聞いてみると決まりごとは最低限で、後はケース・バイ・ケース。悪く言えば行き当たりばったり。

相手の情報などこれっぽっちも得ていないのだから仕方が無い。やりながら色々方策を考えていく事にした花宮だった。

 

「へぇ、ウチのメインカラーって赤なんだ。」

 

荻原が花宮の話を余所に、ユニフォームを掲げて満面の笑みで眺めている。

 

「カッコいい~。ねぇねぇ似合う?」

 

「ああ、いんじゃね。どうでも」

 

英雄もテンション高くユニフォームをその場で着て、灰崎に見せていたが冷たい対応が返ってきていた。

 

「おい馬鹿共、聞けよ。」

 

 

 

 

 

東京都近郊にて。

 

「っくっそ~!どんだけジャンケン強いんだよ!」

 

「ふん。当たり前なのだよ。今日のおは朝占いは1位だったのだから」

 

昔ながらのリヤカーに自転車を備え付けて、1人がこいでもう1人が荷台に座っている。

ジャンケンをして負けた方がこぐというルールで行っているのだが、この位置関係が入れ替わった事がない。

 

「そいやぁよ、最近やけに気合入ってんな。連休の暁大カップのせいか?大体が中堅どころだろ?」

 

「馬鹿め、己が無知を理解していない事ほど恥と知れ。...それは、去年までの話なのだよ。」

 

「あぁ?」

 

現在汗をかき続けている高尾が、荷台に座っているキセキの世代・緑間に最近の雰囲気の違いについて聞くが、軽く小馬鹿にされながらの返答。

 

「暁大付属相模高校、そこには奴等がいる。元明洸中のな」

 

「明洸って...あの決勝で帝光中とやった!?噂じゃ確か...」

 

去年の全中で帝光中に決勝戦で敗北した明洸中のメンバー。特に中心人物の3人の噂は広く飛び交っていた。

信憑性の無いものも混じっており、事実がどれなのかは関東圏から離れていくほど分からなくなっていた。

 

「無冠の五将、悪童・花宮と無名の学校にいるって...マジなのかよ。」

 

キセキの世代に対抗出来る人物が、揃って同じ学校にいる。そんなふざけた話は京都の洛山くらいだと思っていた高尾にとって、コレは悪い冗談にもならない。

 

「俺も直接聞いた訳ではないのが、恐らく事実だろう。直接対戦するかは分からんが、あの男を叩き潰せる機会がこう早く転がり込んでくるとは。...やはり、天命は俺に向かっている。」

 

「花宮さんとマッチアップか。いやいや、いいイメージ沸かないんだけど。」




◆荻原の身長について
公式設定では、中学時177cm。半年で6cm伸びるって不自然ですかね?他のキャラも結構急激に伸びてる感がありましたが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。