更新が遅れる分、内容はしっかりと濃いものを提供していこうと思うので、
どうぞよろしくお願いいたします!
「うぅぅ……まだ腹が痛む……」
慎は肘打ちされたお腹を優しくさすり、痛みを和らげようと試みる。
「全く……慎は少しは反省してくれ」
「あぁ、悪かったよ……」
慎はこいつには叶わないやと言わんばかりに大きなため息をつく。
「ところで朝香さん、せつ菜さんに会いに行く方法は何か考えているんですか?」
「果林でいいわよしずくちゃん。輝弥君と慎君も私に構わず好きに呼んでいいからね?」
しずくさんの堅い呼び方にむず痒さを覚えたのか果林さんは呼び方を改めるように言う。
俺達にも同じように声を掛けてくれるので、この人の姉御気質な振る舞いに胸が温かくなる。
「分かりました、果林さん」
「正直、知り合って間もない上級生に対して名前で呼ぶのは忍びないですが……。お言葉に甘えさせていただきます。果林さん」
「もう、輝弥君はしずくちゃん以上に堅いわね? それじゃあ女の子は捕まえられないわよ?」
「……余計なお世話です」
俺は上級生に対しての向き合い方を正直に答えただけなのにどうしてこの人は俺に対してからかうという事以外が出来ないのだろうか。
「……やっぱり、輝弥って結構からかわれやすいんじゃないのか……?」
「……まだ足りないか?」
「いや、割と真面目な話だよ!」
また慎は性懲りもなく言ってくるので思わずもう一度拳を構えるが、慎は両手を大きく振り弁明する。
「でも、輝弥くんって慎くんと違っていい反応をするから少しからかいたくなるのは分かるかもしれないな」
「しずくさん……貴女までこっちの話に来なくていいのに……」
「……あれ? 俺、さりげなく冷たい人間扱いされてる?」
弁明も束の間、しずくさんも俺の対応に関して物申してくる。
別に悪いことは何一つしてないのに、これが俺の性分なんだろうか。
そして、俺の視界の端でやんわりと言葉のナイフで刺された慎が少し元気をなくしている。
しずくさんも他意があって言ったわけではないが、地味に傷は深そうだ。
「……せつ菜ちゃんに会う方法は考えきれてるわけじゃないけど……あの子の元へ行く前に折角ならもう一人の子も今の気持ちを聞いてもいいんじゃないかしら?」
「もう一人……というと……?」
「彼方ちゃんのことだね、果林ちゃん」
エマさんは果林さんの意図を読み取ったのかすぐに納得がいったように返事をする。
確かに、彼方さんもスクールアイドルをやっていたのだから今の彼女らと同じように思うところはあるのでは無いかと果林さんは考えた。
やはり、この人は同好会外の人間だから客観的に物事が見れるすごい人だなとつくづく思う。
「そう。彼方は私と同じライフデザイン学科だし、顔馴染みでもあるから少しは彼女のいる場所に当てはあるわ」
「そういえば彼方さんってどういう方なんですか?」
近江さんの事も仲間に引き入れようと考えてはいるようだが、俺と慎はその近江さんの事を何も知らない。
もし近江さんもまた同好会に戻ってくれるというのなら先に彼女の事を知っておきたいと思い、近江さんについての特徴を事前に仕入れようと試みる。
「彼方は……簡単に言えば眠り姫ね」
「……はい?」
果林さんの言っていることが理解できず、俺は思わず聞き返してしまう。
「彼方はいつも寝てることが多いの。授業中は起きてるらしいけど、お昼休みや授業間の休憩の間は昼寝しているのが多いことで有名なのよ」
「確かに、スクールアイドルの練習をしている時も彼方ちゃんはいつも私のお膝で寝てたからね~」
「そ、そうなんですか……」
果林さんとエマさんは井戸端会議のような雰囲気を出しているが、俺と慎はただただ戸惑いと苦笑いが出るのみだった。
「……輝弥くんと慎くんに誤解の無いように言っておくと、彼方さんはそれでもスクールアイドルの練習は真面目にこなすし、レベルは高いんだよ?」
「……それはそれでちょっと会うのが楽しみかも……」
チラシで見た感じはエマさんとはまた違ったおっとりとしたお姉さんというイメージだが、この偏見からどのようにイメージが変わるのかが若干楽しみになっている自分がいる。
「その近江さんは、またどこかで寝てるってことですか?」
「保健室か校庭のどっちかの可能性が高いわね。多分電話しても出ないから折角だし歩きながら探すってことでいいんじゃないかしら?」
保健室なら場所は特定できるが校庭となるとこの広い学校内ではポイントを絞ることなど至難の業だが、果たして果林さんは何を根拠に歩きながら探すと決めたのか、俺は頭を悩ませるのだった。
探し続け三十分経っただろうか。
まだ夕日はかろうじて校庭を淡く照らしてくれているが、俺たちの前に彼方さんの姿を照らしてくれることはなかった。
「……果林さん……見つかるでしょうかね……?」
「うーん、今日はもう帰ってしまったのかしら……?」
「ここまで探してもう帰っただったら……流石に勘弁ですよ……」
果林さんは軽い冗談のようにぼやいたが、俺と慎は疑いの種が芽生え始めている。
正直、次の日の授業終わりに近江さんの学級を訪ねれば早い話なのだが、ここまで来たら若干自棄になっている自分がいる。
「……うん? あれは……彼方さん……!?」
「えっ……? いたの!?」
しずくさんがふと校庭から目を外し校舎の陰に隠れるように置いてあるベンチに目を向けたらそこで近江さんが横向きで寝ていた。
夕日も影で近江さんの姿を見えなくする手伝いをしていたので、余計に視認しづらくしていたのだ。
「あっ、彼方ちゃんだ! やっと見つかったね~♪」
「やっと、って片付くものでもないと思うんですけど……まあ何はともあれ見つかってよかったですね」
慎はため息をつきながら安堵の表情をする。
「この人が……近江……彼方さん……」
初めて近江彼方さんをこの目で見ることが出来て、少し不思議な気持ちになった。
チラシで見ていた通りのおっとりとお淑やかを兼ね備えた印象はそのままに、お眠りさんという可愛らしい要素が新しく追加されたことで、この人はどういったパフォーマンスをしてどのようにファンを虜にするのだろうかと興味が湧く。
「彼方さん~、起きて下さい~」
「むにゃむにゃぁ~……」
しずくさんが優しく近江さんを揺するが、近江さんはそれでも起きる様子はない。
むしろ揺すられ方が揺り籠のようであるため、逆に睡眠を促進させているのではないだろうか。
「むぅ、彼方さん! 起きて下さいよー!」
しずくさんはぷくっと顔を膨らませると近江さんを強く揺する。
「むぅ……遥ちゃん……そんなことしちゃいけないんだよぉ……そんな遥ちゃんはぁ……こうだぁ……♪」
近江さんは目を開ける事の無いまま寝言を言っている。
そして突然遥ちゃんという知らない人物の名前を出したと思ったら、しずくさんの腕を引っ張り自分の顔をしずくさんのお腹付近に押し付けるのだった。
「ひゃあぁ……! 彼方さん!! ちょっとやめてください! 私は遥さんじゃないです!!」
しずくさんは赤面しながら近江さんの顔を引き剥がそうとするが、近江さんの底力なのか中々剥がれず悪戦苦闘していた。
「……っ」
普段とはまた一味違ったしずくさんを見て、俺は少し顔の温度が上がるのを感じる。
男の俺がどちらの立場になっても訴えられる未来しか見えないが、ここで見られた景色は後世、記憶の片隅に残しておこう。
「もう彼方ちゃん? 起きて? そろそろ帰らないとだよ?」
「うぅぅ~頭揺らさないでぇ~……」
エマさんが痺れを切らして近江さんの頭を揺するが、必死の抵抗が垣間見える。
「彼方ちゃん、いつも以上にお寝坊さんだね~? 果林ちゃんみたいだよ~……」
「「えっ?」」
「エマっ!?」
一瞬、エマさんから爆弾発言が聞こえた気がするのだが気のせいだろうか。
いや、慎も同じように目が点になっているところを見るとどうやら幻聴ではないようだ。
果林さんも自分に火が飛んでくると思わなかったのか気の抜けた声が出ていた。
「……果林さん……意外と朝が弱いんですか?」
「うぇっ!? そ、そうねぇ……朝はあまり得意ではないのよ……」
俺は果林さんに少し言葉をためながら質問をする。
果林さんは突拍子もなく聞かれたため、大きく動揺しているがそれを必死に隠すように平静を装い微笑みながら答える。
「……の割にはめっちゃ目が泳いでるけどなぁ……」
「うるさいわよ、慎くん……?」
「い、いたいいたい! 頬をつねらないで下さいよ!!」
横でボソッと呟いた慎の声を果林さんは聞き逃さなかった。
先ほどよりも顔が赤くなっており、恥じらいをごまかすように慎に矛先を向けていた。
「むぅ……? なんか騒がしいけどどうかしたの~?」
慎と果林さんが乳繰り合っているとその声に反応したのか近江さんが目を擦りながら起きた。
かなりの時間、眠っていたからかまだ意識は夢の世界から完全に帰還できていないようだ。
「おはよう、彼方ちゃん?」
「もう、こんな時間まで寝て大丈夫なんですか?」
「おぉ~エマちゃんにしずくちゃん。二人ともどうしたの、こんなところで? っていうかどうして彼方ちゃんはしずくちゃんに抱きついてるの?」
エマさんとしずくさんの声を聞き近江さんは一気に目をパチリと開く。
思いがけない仲間との再会からか声は嬉しそうだ。
「それはこちらの台詞です! 彼方さんってば、私を遥さんだと思い込んでずっと離さなかったんですからね!」
「おぉ~それは申し訳ないことをしたね~。彼方ちゃんの中で遥ちゃんは一番の天使だから近くにいると思って、つい抱きしめちゃった~」
「つい、でそんなことされたら、私も身が持ちませんよ……」
近江さんが悪びれる気のない声のトーンでしずくさんに謝るが、しずくさんも普段の近江さんの事を理解しているからなのか諦めるように肩を落とす。
「……して、後ろにいる男の子たちはどうしたのかな~?」
慎たちとしずくさん達のやり取りに目を配っていたら近江さんに声を掛けられた。
先ほどまで眠そうな目をしていたのに、興味を示しているのかはたまた品定めしているのか目を少し細めつつ見てくるため俺は思わず緊張してしまう。
「は、初めまして……音楽科一年の巴 輝弥と言います。スクールアイドル同好会の事で近江さんを探していました」
「ほうほう、彼方ちゃんを? エマちゃんたちもいるってことは、もしかしてスクールアイドル同好会を再始動させようってことかな?」
「話が早いのは助かるけど、まずはあなたの意思を聞いてからよ、彼方」
彼方さんは自分の周囲に集まる人を見渡して一筋の予想を立てた。
流石、しずくさんの話を聞いていた時は周囲の事をよく見ている人だと思ったけど、本当に察しが良くて話が早い。
密かに感心していた俺だが、果林さんはその前に近江さんの気持ちについて聞く。
そうだ、同好会を復帰させるための前準備として近江さんの意思を聞いてからだと思い出し、逸る気持ちを抑える。
「あっ、果林ちゃんじゃん。果林ちゃんまでいるってことはスクールアイドルに入るつもりなの~?」
「話の腰を折らないの。今、質問をしているのは私よ。それに答えてちょうだい」
果林さんに答えをせがまれる近江さんは特に慌てる様子もなく平然としている。
「うーん、意思を聞くも何も彼方ちゃんはスクールアイドルの事を諦めてるつもりはさらさらないよ」
「えっ、ここで寝てたのにですか……?」
「むっ、輝弥くん……だっけ? いきなり失礼な事言うね~。彼方ちゃんにとって睡眠は遥ちゃんの次に大事な事なんだよ~? 眠ることで頭の中がすっきりするんだからね」
近江さんからの意外な回答に思わず毒を吐いてしまい、近江さんから注意をもらう。
近江さんはどうやら嫌なことがあった時は睡眠を取ることで頭をすっきりさせるタイプのようだ。
確かに俺も考え事をしていたり嫌なことがあると一度寝る事で、頭の中の考え事や嫌の根源が、起きた時にはきれいさっぱり除去されて爽やかな気分になる。
「彼方さん、私たちスクールアイドル同好会をもう一度立ち上げようと動こうとしているんです。ですが、まずはせつ菜さんに昨日のライブについて話を聞こうと思っているんです」
「おぉ~、彼方ちゃんも聞いたよ~。ダイバーシティでやって大盛り上がりしたってクラスの子が言ってたよ~」
しずくさんが事情を説明すると近江さんも自分が聞いた話と照らし合わせるように合点がいったようだ。
「これからせつ菜ちゃんの所へ行こうと思うんだけど、今の感じなら彼方ちゃんも来てくれるよね?」
「うむうむ、彼方ちゃんもスクールアイドルはやりたいからね~。一緒に行くよ」
エマさんの提案に近江さんも賛同の声を上げる。
「これで三人……あとは中須さんの事も気になるけど、もう帰っちゃったのかな?」
「そうだね、かすみさんはこの時間帯だったらもう学校内にはいないと思うな」
「なら私たちだけでまずはせつ菜ちゃんにコンタクトを取ることだね!」
中須さんは明日以降で接触するとして、まずはこのメンバーでせつ菜さんにライブについて尋ねる事を最初の任務として合意する。
ここから新たなスクールアイドル同好会のページが始まるのだった。
ついに彼方ちゃんも登場です!
妹の遥ちゃんが大好きな彼方ちゃんはいつ見ても癒されますね…。
今回もありがとうございました!
感想等、お待ちしております!