これから始まる動画撮影、しかしそれは苦難の始まり……?
それではどうぞ!
「もう、輝弥くん、どこに行ってたの?」
「お前、目を離すとすぐにどこか行くよな? 方向音痴か?」
「もしそうなら、慎の携帯は今も鳴り響いてるとこだよ」
侑さんと秘密の約束を交わしたのち、俺はプロモーションビデオ制作組に合流した。
こちらの班は慎、しずくさん、エマさん、彼方さんの五人だ。
俺の遅刻にしずくさん、慎から軽く小言を言われるが冗談交じりの返事で受け流す。
俺達は現在学校内のとある一角に来ていた。
辺りには芝生が広がっており、どこからともなく吹かれる風により草々が地面を泳いでいる。
こんな所に居たら彼方さんあたりは自慢の枕を持参し眠ってしまいそうなものだ。
「すやぁ……」
「……って本当に寝てる!?」
流石、眠り姫は伊達ではなかった。
「確かに今日は暖かいし、風も気持ちいいから眠くなっちゃうのは仕方ないね♪」
「ですが、これからプロモーションビデオを作るんですよね!? 彼方さん、起きて下さい!」
エマさんの楽観的な発言にしずくさんは呆れた表情を見せつつ、彼方さんを起こそうと揺り起こす。
「流石、気持ちよさのあまりすぐに寝ちゃうのは彼方さんの得意技だな」
「慎くんも呑気なことを言ってないで彼方さんを起こすの手伝ってよー!」
「いや……変に触ろうとして訴えられるのも嫌だし……」
「慎くん……そんなセクハラ紛いな事をしようとしてたの?」
「だからそうやって疑われるのがやだって言ってんだよ……!」
慎の発言に軽く侮蔑の眼差しを向けているしずくさん。
そんなしずくさんを見て慎もため息を吐きながら弁明する。
慎の気持ちも非常に分かる。
起こせと言われれば対応するけれども変に茶化されるのも癪なのだ。
案の定、しずくさんも冗談であるはずだが慎への弄りが入っているので少し慎には同情してしまう。
「意地悪はそこまでにして、そろそろ本題に入りましょう。ほら彼方さん、起きて下さい」
「むにゃあぁぁ~~。枕を取らないでぇ~……」
話が進展を見せなかったので、無理やり彼方さんの元から枕をもぎ取る。
彼方さんは寝転びながら手をパタパタさせ、枕の返還を求めた。
わがまま少女のような素振りが凄く可愛らしかった。
「ふふっ、彼方ちゃん。私の膝枕で寝る?」
「わ~い、エマちゃんのお膝は世界で一番の気持ち良さだから寝る~♪」
子供っぽくなった彼方さんを見て母性を感じたのかエマさんが芝生の上に座り、自分の膝をポンポンと叩いた。
彼方さんもそれを見て、にんまりと笑ってみせエマさんのお膝元へ頭を預けるのだった。
「え、エマさん……!! これでは収拾がつきませんよ!」
「まあまあ、彼方ちゃんはいつも遅くまで頑張ってるんだからこういう時くらいは寝かせてあげよ?」
「むぅ……」
エマさんへの説得も虚しく丸め込められてしまう。
かすみ辺りがここまでごねたら怒っていただろうが、彼方さんとエマさん相手では怒るに怒れなかった。
「輝弥、なら先に俺達で構想を練ってみたらどうだ?」
「そうだね、彼方さんには後で一番のクオリティを要求することにして今は私たちでやってみようよ」
どうしようか考えていると慎から代替案が降ってきた。
しずくさんも慎の意見に賛同する。
しれっと彼方さんへのハードルが上がっていることはここだけの話。
「……そうだね。動画を撮影するにしても、どのように作るかは何も決まってないし、一回、慎としずくさんで撮影してみる?」
「じゃあ、私からやろうか? 慎くんは初めてだから、まずは私が先にやってどんな感じに進めるのか、イメージを掴んでみたらいいと思うよ」
「そうだなぁ……先にしずくにやらせるのは気が引けるけど何も知らん身だ。教えてくれ」
「よし、ならしずくさんから早速始めていこうか」
こうして俺達の初めての動画撮影が始まった。
とは言うものの大それた機材を使用するわけでもなく芝生の真ん中に立っているしずくさんをスマホのカメラに収めるのみだった。
スマホ越しにしずくさんを見つめるが、彼女はスマホを向けられても恥ずかしがる様子を見せない。
むしろ、彼女の顔立ちの良さにスマホという壁があるにも関わらず、こちらが恥ずかしくなってくるほどだ。
「じ、じゃあ……行くよ?」
「なんで輝弥が緊張してるんだよ」
思わず声が震えており、慎に喝を入れられる。
「わ、悪かったな! じゃあ、しずくさん。準備は良いかな?」
「うん、いいよ♪」
しずくさんから気のいい返事を聞けた所で、指でカウントを始める。
三、二、一と刻んだのち、周囲にスマホの録音開始のサウンドが鳴り響いた。
「皆さん、初めまして。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会に所属しております、国際交流学科一年、桜坂しずくです。私は将来、舞台女優になることを目指してこの学校に入学しました」
手を身体の前で組んだ状態から始まったしずくさんの自己紹介。
挨拶の前に一礼から入る所は彼女の真面目さを物語っている。
「元々は、演劇部に入って自分の力を磨くことを目標としてきましたが、舞台とは違ったステージを魅せるスクールアイドルに心を惹かれました。そして、この世界に入ったことで舞台で見る私とは一味違う桜坂しずくを見せることが出来たら嬉しいです」
しずくさんの想いと共にカメラの画角から外れない程度の振りを付けながら、カメラマンである俺にパフォーマンスを見せつけてくる。
「まだまだスクールアイドルに関しては新参者ですが、私が作り出す物語を是非堪能していって下さい! よろしくお願いします♪」
自分の胸に手を当てたのち、右手をこちらへ差し出すように静かに動かす。
その後の締めの挨拶と共に笑顔が向けられ、俺はシャッターオフするのだった。
「…………」
「ど、どうだったかな……?」
撮影が終了し、指で顔を掻くように恥ずかしがるしずくさんは新鮮そのものだ。
やはり彼女でもこういった撮影は緊張するもののようだ。
「す、すごくよかった」
「ほ、本当?」
俺は目の前の光景に圧倒され、そのようなありふれた言葉しか出てこなかったが、そんな俺の言葉にしずくさんは満更でもなく嬉しそうだった。
「うん、しずくさんがどんな人なのか、どういったスクールアイドルを目指してるのか……。それらが凄く表現されたと思う」
「そっか……ならよかった」
「あっ、あとっ……凄くきれいで……つい見惚れてた……」
「そ、そう……」
何とか平静を装った感想を送っていたが、我慢できずにしずくさんの容姿を称賛する感想も口に出してしまう。
主語は出してはいないものの流石にしずくさんも感づいており、真っすぐで純粋な言葉にしずくさんもただただ赤面するのみだった。
お互いを直視出来ずそっぽを向いている二人を、慎はエマさんの横で静観していた。
「……エマさん、コーヒーって無いですかね?」
「部室に戻れば紅茶はあるよ?」
「なら今すぐ帰りましょう。砂糖は無しでお願いします」
「は~い、ほらっ、彼方ちゃんも戻るよ~?」
「ふぁ~い、彼方ちゃんも今日は渋い味が飲みたくなってきちゃった~……」
「おいこらっ、お三方」
慎たちが帰る雰囲気を醸し出しているが、絶対に終わらせない。
まだしずくさんしかやってないのだから、とある二人には確実にやらせる。
「おぉ、イチャイチャは済んだか?」
「よし、次は慎だ。しずくさん、捕まえるよ」
「うん、ここまで茶化すという事は自分もされる覚悟があるって事だもんね」
「へーんだ、ここまで捕まえてみろよ!」
「待てぇぇ、慎──ー!!!」
煽りながら逃げる慎をひっ捕らえようと鬼ごっこが始まった。
校庭の中で始まる男同士の戦いを他所に女性陣は穏やかな時間を過ごしていた。
「ふわぁ~、あの二人は元気だねぇ~」
「ふふっ、そうだね。かーくん達を見てるとスイスにいる弟たちを思い出すよ」
「彼方ちゃんもあんな弟たちがいたらきっと楽しいだろうなぁ~」
エマさんと彼方さんの母性本能全開の会話が展開されている中、しずくさんは俺達との鬼ごっこに参加せず、エマさん達の会話に参加する。
「あっ、エマさん、侑さんたちが動画撮影から戻ってこられるという事でお茶が欲しいって言ってましたよ?」
「ほんとう? じゃあ、急いで部室に戻らなくちゃ! 彼方ちゃん達も行こ?」
「おっけ……」
「エマさん、彼方さんはもう少し寝ていたいそうなので、私が膝枕しますから先に戻っててください」
「えっ、しずくちゃん?」
エマさんはしずくさんの報せを聞き、部室へ帰ろうと催促したがしずくさんはそれを拒否した。
一緒に戻ろうと身体を起き上がらせた彼方さんはしずくさんから出た発言に目をぱちくりとさせていた。
「分かったよ。じゃあしずくちゃん、彼方ちゃんをお願いね?」
そんな彼方さんを他所にエマさんはしずくさんの発言を聞いて納得したように頷き、そそくさと部室へ戻るのだった。
エマさんの姿が見えなくなった所でしずくさんは笑顔になる。
「さあ、彼方さん。私のお膝でもう少し眠りませんか?」
「しずくちゃん、どういう風の吹き回しだい? まあ、しずくちゃんのお膝も気持ちよさそうだから是非ともお邪魔したいねぇ~」
しずくさんは正座を組み、自分の膝を軽くたたいて彼方さんに寝るよう促す。
それを見て、彼方さんは不思議に思いながらもすぐに思考を切り替え、喜びながら頭を預けた。
「う~ん♪ エマちゃんのお膝も気持ちよかったけど、しずくちゃんのお膝も中々なものですなぁ~♪」
「……では、撮影を始めましょうか?」
「ん? それはどういうことかな?」
しずくさんの声色が優し気ながらも少し不安を煽るような口調になり、彼方さんも疑問が浮上した。
「まだプロモーションビデオを撮っていない人がここに居るじゃないですか。だから、それを今から始めるんです」
「えっ、この態勢で?」
「はい♪」
そう言うしずくさんはこれほどまでにないほどの笑顔を放っていた。
「さっ、輝弥くんも準備万端ですし、始めましょう」
「はーい、オッケーですよー」
「あれっ? かーくん、慎くんを追いかけてなかった?」
「あいつは後でしごきます」
「諦めたんだね……」
慎は俺よりも運動神経が良いことは百も承知。
だから途中まで追いかけていって、校舎の陰で慎の姿が見えなくなったらそこで踵を返して彼方さんの元へと戻っていた。
「はい、という事で彼方さんは先ほどのしずくさん以上のクオリティを見せて下さいね?」
「ち、ちょっと待って、まだ心の準備が……」
「はい、三、二、一……」
スマホを向けて、いきなり動画撮影に入ろうとする俺を見て、彼方さんは慌てた様子を見せるが俺は止めるつもりなどさらさらなかった。
カウントが終わり、録音開始のサウンドが鳴った瞬間、彼方さんは硬直していた。
「え、え~と……や、やっほー? 虹ヶ咲学園、スクールアイドル同好会の近江彼方で~す? 今日はいつもと違う彼方ちゃんの姿をお見せするよ~?」
「いつもも何も、別に今までそんな姿を見せたことないですよ? 動画は撮ったことないんですから」
必死にひねり出した彼方さんのアドリブもしずくさんの冷たい指摘で一蹴される。
「し、しずくちゃん、動画撮影中なのに声入って大丈夫なの?」
「彼方さん、撮影中ですよ?」
「か、かーくん!?」
しずくさんの声が入っても、璃奈の力を借りてしずくさんの声だけを編集で消せばいい。
そんなやりもしないことを考えながら、この状況を楽しんでいる自分がいた。
こんな風に焦る彼方さんを見るのも新鮮だ。
「ささっ、彼方さん? PV用の動画は続いていますよ?」
「終わるまでは帰しませんからね?」
「か、勘弁してぇぇ~~……!」
悪魔のような笑みを浮かべるしずくさんと俺のスパルタ動画撮影が始まり、彼方さんが涙を浮かべながら普段ならば出さない声量で白旗を上げた。
そんな三人を陰で覗いている人物がいた。
「……俺もああなるのか……」
俺が追ってきてないことを不審に思った慎は、校舎の壁に身を顰めながら俺達の様子を観察していた。
彼方さんの地獄絵図を目の当りにし、明日は我が身と悟った慎は寒気からかしばらくその場から動けなかったとか。
読んで頂きありがとうございました。
輝弥くんとしずくちゃんがここまで息を合っているのは、二人のウマが合うからでしょうね。
赤面する二人がまあ可愛いですな。
それでは次回もお楽しみに!