虹の袂   作:M-SYA

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本編をどうぞ!



更なる課題

 

「では輝弥さん、すみませんがご協力をお願いします!」

 

「はい、お任せください」

 

 侑さん達との練習を終え、璃奈と一緒に音楽室へ向かった。

 

 いつもなら作曲をするためにこの場所へと足を運ぶが、今回は少し違う。

 

 今日はせつ菜さんからとある練習の為に付き合ってほしいという事で依頼があったのだ。

 

「声の音域を広げる方法をしずくさんから教えてもらいましたので、今回、しずくさんからのご指導と輝弥さんのピアノを活用してその練習を行いたいと思います!」

 

「いえ~い、二人とも今日はご指導のほどよろしくね~♪」

 

 アイドルとしてステージで歌う以上、聴いてもらう人たちへ少しでも心地の良い歌を提供することがアイドル側が意識するべきポイントの一つである。

 

 しずくさんが演劇部で行っている声域を広げるための練習方法を教えてくれたので、それを実践することで自分の出せる声域を理解し、さらに今よりも広げられるようにということから練習メニューに採用したのだ。

 

 そして、自分たちの声にピアノの音も併せる事で自分たちが正しくその音を出せているのかを客観的に聞くことが出来ることから俺は指導側として練習に参加する。

 

 せつ菜さんの練習開始の音頭に彼方さんが手を上げて張り切っている様子を見せる。

 

 ちなみにこの練習に参加するのはせつ菜さん、彼方さん、璃奈、しずくさん、俺の五人だ。

 

「しずくちゃん、今日はよろしくね?」

 

「任せて、璃奈さん! 上手く教えられるか分からないけど、私なりに頑張るから! 輝弥くん、何かあればフォローお願いしてもいいかな?」

 

「もちろん、しずくさんが困らないように俺もサポートするよ」

 

「それではまず第一ステップから……」

 

 こうしてしずくさん指導によるボイストレーニングが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあーあーあーあー。……しずくちゃん、どうだった?」

 

 璃奈はしずくさんから教えてもらった内容をおさらいし、音階の出し方が違和感の無いものか確認してもらっていた。

 

 一音一音の音程はバラバラだが音階の繋ぎ方が上手く、一つのメロディーとして成り立っているので俺としては申し分ない出来だと思う。

 

 しずくさんも俺と同意見だったようで拍手をしながら璃奈の成長を褒める。

 

「うん、ばっちりだよ! 本当に璃奈さんは飲み込みが早いね♪」

 

「んーん、しずくちゃんの教え方が上手いからだよ」

 

 しずくさんから褒められてむず痒く感じたのか璃奈は謙遜する様子を見せる。

 

 璃奈の成長速度も目を見張るものだが、しずくさんの教え方も凄く上手い。

 

 最初はしずくさんからの指摘についていけずに苦戦する璃奈だったが、しずくさんも教え方を工夫して指導してくれたことで璃奈も少しずつコツを掴んでいった。

 

 俺のサポートなど必要もなかったようで安心したのと同時にちょっぴり寂しさも覚えたのはここだけの話。

 

「彼方ちゃんもしずくちゃんから教えてもらってたらもう少し早く上達してたと思うと惜しいことしたなぁ〜」

 

「もう、彼方さんはすぐにお昼寝しようと姿を眩ますんですからそれは自業自得です」

 

「むぅ〜ん、しずくちゃんが彼方ちゃんに冷たい……彼方ちゃん寂しくて泣いちゃいそうだよ〜」

 

「泣きべそをかく演技をしてもダメです!」

 

 彼方さんの泣き真似もしずくさんの前では無に帰していた。

 

 効かないと察した彼方さんはアヒル口になりながら俺の方へ擦り寄ってきた。

 

「じゃあいいも〜ん。彼方ちゃんはかーくんと一緒に練習するから〜」

 

「……彼方さん、その怪しげな右手は何ですか?」

 

 俺の右肩へ彼方さんが右手をゆったり乗せてくる。

 

 その後、左肩へ左手も優しく乗せてくる。

 

 ゆっくりと触れられるのでくすぐったい感覚を覚えてしまう。

 

「むふふ〜、かーくんの首筋に……お邪魔します♪」

 

 そう言うと彼方さんは途端に俺の首に両手を回して、身を預けるようにうなじへと顔を埋める。

 

「ひゃうぁ!? さ、流石に脈絡無さすぎますよ、彼方さん!?」

 

「ちょ、ちょっと彼方さん! 輝弥くんがピアノに集中できないですよ! 早く離れてください!」

 

 俺の背中で寝ようとしてる彼方さんに乱暴することも出来ず、何とか声をかけて揺り起こそうとするが全く効果がない。

 

 しずくさんも、異性相手でも容赦のないスキンシップを行う彼方さんに慌てつつも無理やり後ろから身体を掴んで引き剥がそうとする。

 

 だが、首根っこをホールドされてる状態で強硬手段で引き剥がそうとすると何が起こるか、大体の人は察しがつくだろう。

 

「うぅ!? ちょ、ちょっとしずくさん……!! 苦しい……息が出来ない……!!」

 

 彼方さんから首を掴まれているので抵抗することも叶わず首が締め付けられていた。

 

「さ、三人ともあまり暴れないで下さい! 椅子が転げ落ちて大変ですよ!?」

 

 椅子の上でしっちゃかめっちゃかとなっている様子を見て、せつ菜さんも声を掛けるが時すでに遅し。

 

「……危ないっ!」

 

 璃奈も思わず声をあげるが、重心が後ろに掛かりすぎたために椅子が滑り、俺と彼方さんがしずくさんへと倒れ込む形で動いてしまった。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「きゃあぁぁ!!」

 

 音楽室内に椅子の倒れる音が盛大に響き渡る。

 

「いってて……」

 

 偶然にも俺はピアノに膝が引っかかったお陰もあって彼方さん達の乗っかることなく倒れた椅子のフレーム部分に尻餅をつく形ですんだ。

 

 だが、ピアノにぶった膝と蹴りを入れられたような衝撃で椅子にぶつかったお尻がヒリヒリと痛み出している。

 

 痛みを感じる箇所を摩っていると璃奈がそばに寄ってくる。

 

「大丈夫? 輝弥くん」

 

「う、うん……何とかね……そ、それよりしずくさん達は……?」

 

「彼方さんは無事ですが、しずくさんが彼方さんの下敷きに! だ、大丈夫ですか、しずくさん!?」

 

 璃奈に手を引っ張ってもらって何とか立ち上がった俺はしずくさん達へと駆け寄る。

 

 しずくさんが彼方さんを後ろから抱き締めるような形で支えており彼方さんか彼女の上に乗っかる形で何とか無事だったようだ。

 

「うぅ〜、び、びっくりしたぁ……」

 

「か、彼方さん……お怪我はないですか……?」

 

 流石に身体に降りかかる衝撃を前に彼方さんも驚きの声を上げるが、しずくさんが下敷きになっていることに気付くのが遅れていた。

 

「へっ……? あぁ〜〜!! しずくちゃん大丈夫〜!?」

 

 普通であれば聞こえることがない方向から声が聞こえ、疑問に思いながらも彼方さんが下に目を向けるとすぐさましずくさんの上に乗っていると察し、すぐに起き上がる。

 

 俺はすぐにしずくさんの元へ駆け寄り、しゃがみ込んで目線を合わせる。

 

「しずくさん、大丈夫!?」

 

「うん……なんとか……。あははっ、ちょっと強引にやりすぎちゃったかな……?」

 

「そ、そんな呑気なことを言ってる場合じゃないよ!? 怪我はない?」

 

「大丈夫、私だってそんなに柔な身体じゃないもん。すぐに立ち上がれ……っつ……」

 

 心配する俺を他所に何ともない表情を浮かべながらしずくさんは起きあがろうとするが、お尻を強く打ち付けたからか痛みがやってきたようでそちらに手を当てる様子を見せる。

 

「さっき彼方さんに強く乗られる形で尻餅をついたんだから、平気なわけないよ! 早く保健室で診てもらおう?」

 

「ほ、本当に大丈夫だよ輝弥くん……! 乗っかるとは言っても大して体重がかかってたわけじゃないし、彼方さんも重いわけじゃないから……」

 

 俺が必死に説得するもしずくさんは頑なに拒否する。

 

 恐らく璃奈の練習時間を無駄にしたくないから、自分のことを後回しにしているのだろう。

 

 だが、今の惨状を目の当たりにしたせつ菜さんから厳しい声が寄せられる。

 

「いいえっ、しずくさん。大事になる前に先に異常がないかだけ診てもらった方がいいです。今すぐに保健室へ行ってください」

 

「で、ですが……!」

 

「ですがも何もありません。異常が無ければそれで良いですが、まずは身体に支障が無いことを確認してからです。でないと練習に参加するのは認めません」

 

「……はいっ……」

 

 せつ菜さんからきっぱりと正論を言われ、しずくさんは何も言い返すことが出来ない。

 

 本人としても事実であることを自覚しているからか歯軋りしながらせつ菜さんの言葉を噛み締める事しか出来なかった。

 

 しずくさんから反論の言葉が聞こえてこなかったことで了承したと判断したせつ菜さんはこちらへ顔を向ける。

 

「輝弥さん、しずくさんに付いていってあげてくれませんか? 貴方も先ほど痛みを感じているような節がありましたので」

 

「は、はい。わかりました」

 

 俺の返事に満足したせつ菜さんは笑顔になる。

 

 そして、すぐに彼方さんと璃奈の方へ顔を向け、練習の再開を促した。

 

 三人の練習の邪魔をするわけにはいかないと俺はしずくさんに声を掛ける。

 

「しずくさん、行こ?」

 

「……うん」

 

 しずくさんはやはり納得がいっていないようだったが、これ以上言っても時間の無駄だと感じたのか一緒に保健室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室へ向かう道中、俺としずくさんの間には沈黙が続いていた。

 

 彼女と喧嘩をしたというわけではないが、しずくさんの先ほどまでの反応を見て俺は自分から声を掛けられずにいた。

 

 俺は、怒りなどで気分が悪いときは自分の中で踏ん切りがつくまでは外部のいかなる音も遮断したくなるタイプだ。

 

 そこで迂闊に声を掛けられると当然喋りたくない気分のままなので、不機嫌になったまま返事をしてしまう。

 

 もし、しずくさんも同じだったならばきっと声を掛けられたくはないだろうと思い、俺はただだんまりを貫き彼女から声を掛けられることを待っていた。

 

 そうして沈黙が重なること数分、ついにその均衡が破られた。

 

「……ごめんね、輝弥くん」

 

 しずくさんが静寂を破るが、俺は突然彼女から謝られたのでつい聞き返してしまう。

 

「どうしたの? いきなり」

 

「だって、輝弥くんが彼方さんから揶揄われてるのを見てられなくて手を出したのに、私のせいで一緒にこうして練習の時間を無駄にしちゃったから……」

 

 俺の様子を気にしながら申し訳なさそうにしずくさんは弁解する。

 

 でも、しずくさんが助けようとしてくれていたことに俺は嬉しさが込み上げており、空気を和ませる意も込めて笑みを向ける。

 

「あっはは、別にいいよ。元はと言えばあれは彼方さんが悪いんだし、しずくさんはむしろ俺の為に手を差し出してくれたんだもん。俺は嬉しかったよ?」

 

「か、輝弥くんはそう言ってくれるけど、私たち一歩間違えれば大怪我するところだったんだよ? 私ももう少し考えて行動しないといけないなぁ……」

 

 俺が笑顔で返す様子を見てしずくさんは少し呆れた様子を見せる。

 

 確かに打ち所が悪ければ今こうして出来ているしずくさんとのひとときも出来なくなってしまうところだったので、しずくさんの言うことも理解できるので一概に否定は出来ない。

 

 しずくさんは天井を仰ぎながら先ほどの自分の行動を反省すると同時に同じ過ちを犯さないように、とすぐにやれそうな対策を考える。

 

 隣でうんうん唸っている横で俺はあっけらかんとしていた。

 

「でも、しずくさんは今も十分考えて行動してるよ? だってさっきのせつ菜さんに対しての反論だって璃奈の練習時間を無駄にしたくないから出た言葉でしょ?」

 

「そ、それは……だって折角璃奈さんが自分の力でやるって言ったんだもん。その気持ちに水を差すことはしたくなくて……」

 

 しずくさんは真剣な表情をしながら胸中を明かす。

 

 やはり璃奈に対して思っていることは皆同じなようだ。

 

 今まで皆に付いてくることが大半だった璃奈がクラスメイトの為に、と勇気を出してライブをやりたいと宣言した。

 

 それは兄姉のやることについてきていた妹が突然自分たちの手を離れ己が道を進み始めることに親心が働くようなもので、心配になりつつも自分たちに出来る事はやりたいと思い気合いが入ってしまうのだ。

 

 しずくさんはその気合いが空回りしてしまったこともあり自責の念に駆られていた。

 

「確かに自分の身体を蔑ろにするっていうのは部長であるせつ菜さんの目線からすれば良しとは言えない。だけど、それでも璃奈の為に、ってことで行動しようとするしずくさんの真っすぐな所は俺は好きだな」

 

 自分を犠牲にしてまで他人の為に頑張ろうとするしずくさんの姿を見て、まるで自分を見ているような感覚を覚えていたので益々彼女に対して親近感が湧いていた。

 

 だが、突然の告白とも取れる発言にしずくさんはぷっ、と吹き出した。

 

「……もう輝弥くんってば、どんな意味でも女の子に対して好きなんて軽々しく言っちゃ駄目だよ?」

 

「えぇ!? べ、別に俺はそういう意味じゃあ……!!」

 

「あっはは、そんなの分かってるよ♪」

 

 しずくさんからの揶揄いに頰を赤くして苦言を呈していると、またその反応も面白かったようでしずくさんの笑い声が響いていた。

 

 さっきまで不機嫌にしていた人とは思えない屈託のない笑顔で俺も安心して笑顔になる。

 

「ふふっ。とりあえず、しずくさんが元気になってくれてよかったよ」

 

「ふふっ、そうだね。ありがと、輝弥くん」

 

 ひとしきり笑った後、しずくさんは感謝の言葉を紡ぐ。

 

「……別にお互い様だよ。しずくさんに何かあれば俺が話を聞くし、頑張って力になるから。だから……」

 

「うん、輝弥くんが困っていれば私が力になってあげるから」

 

「ありがと、その時はよろしくね?」

 

 俺の言葉にしずくさんは、うんと頷いて肯定の意を示す。

 

 ひとまずしずくさんの言動についての話が終わり、話題は璃奈へと変わった。

 

「それにしても璃奈さんってどんどん上達してるよね? 少し前まではまだ右も左もわからない様子だったのに、気が付けば同じ目線に立っているような感じがしていつの間にか置いていかれそうな気がするよ」

 

「自分から意見を発することも多くなってるから、同好会……いや、この学校に来てから本当に変わったんだなぁって思うよ」

 

 そう言いながら俺は入学したての頃に璃奈が話してくれたことを思い出した。

 

 感情を出すのが苦手、という事から過去にいじめのような仕打ちを受けた璃奈。

 

 だけど、自分のやりたい事から逃げずに向き合い続けた結果、この虹ヶ咲学園に入学し愛さんや俺達と出会い、璃奈の中で何かが大きく変化していたのだ。

 

 いつかの練習の時、真っすぐ歩く先を見据えながら話してくれた璃奈は今でも記憶に残っている。

 

 今の璃奈は凄く勢いが乗っているので、その流れを止めないようにこのままライブまで突っ走っていかせてあげたいと思っている。

 

 だが、それと同時に俺は誰も気にしていなかったであろうとある疑問が頭に浮かんだ。

 

「あっ、そういえば璃奈って……ライブ中は感情をどうやって出すのかな……?」

 

「えっ?」

 

 俺の突然の疑問にしずくさんは言っている事が理解できず首を傾げる。

 

「今の俺たちって璃奈は無表情のままでもどういう気持ちを抱いているのかが分かる。それって璃奈が感情を出すことが苦手ということを知ってるからこそ出来ることだよね」

 

 俺は璃奈が抱えてる事情について改めてしずくさんに説明する。

 

 当然、既に同好会メンバーは全員が知っている内容なのでしずくさんもそこから続く問題点が何なのか分からない様子だ。

 

「そうだけど……。それと何か関係あるの?」

 

「……その事情を知らない人がステージで感情を出せないまま歌ってる璃奈を見たら、どう思うのかな……?」

 

「あっ……」

 

 疑問を口にしたときにしずくさんは全てを理解したようではっとした。

 

 例えば、自分が腕にギプス等は付けないが、実は障がいを抱えていて腕を使うことができない身体だ、ということを周囲の人間が知っていれば、その人間達は当人の事情を鑑みて行動できる。

 

 だが、それを側から見れば『何でこの人は周囲の人間に手取り足取り助けてもらっているんだ?』と疑問に思うはずだ。

 

 そう思ってしまうのも当たり前のことなので、今回の場合でも事前に璃奈の事情をアナウンスしておけばいい話である。

 

 だが、それを知らずにライブに参加する人も今後は出てくるだろう。

 

 そういった人たちが初めて璃奈のライブを見た時、『この人、本当に俺たちに会えて嬉しいのか? 口から出まかせを言っているのではないか?』と不審に思ってしまう人が少なからず出てくるはずだ。

 

 せっかく璃奈はみんなと繋がりたい、とこれからのアイドル像に対してイメージを持っているのに、その事情のせいで手詰まりになってしまうのはなんとしても避けたい。

 

「うーん、確かに考えなくちゃいけないことだよね……。一度、璃奈さんも交えて話してみよっか?」

 

「そうだね、本人の意思を聞いてからでも遅くはないし」

 

 当人がいない所で話を続けても明確に方向性が決まるわけではない。

 

 そう思い、俺たちはこの話題をここで打ち切ることにした。

 

 

 

 

 この後、保健室で診てもらい、お互い身体に異常はないと診断されたが、ライブ前に考えなければいけない事が一つ増え、ますます頭を悩ませることになった。

 





読んで頂きありがとうございました!

璃奈ちゃん回の肝に近づいていきます。

それでは次回もお楽しみに!
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