本編をどうぞ!
「とりあえず、お互い何も悪い所が無くてよかったね」
保健室での診察が終了し、俺はしずくさんと一緒に音楽室へと向かっていた。
地面や椅子にぶつかった影響で少し青痣になるだけに留まったようで骨まで影響のある怪我ではなかった。
「本当にね。璃奈さん達はまだ音楽室で練習してるのかな?」
「どうだろうね? だったら早く合流しないと」
そんな事を話していると音楽室へ近づいてきた。
だが、室内からせつ菜さん達の練習している声が聞こえなかった。
「……随分と静かだね?」
「璃奈達、外へ走りに行ったのかな?」
物音一つ聞こえない状況に疑問を抱きながら音楽室へ到着し扉を開ける。
「あっ、おかえり。輝弥くん、しずくちゃん」
そこには璃奈が一人椅子にちょこんと座っていた。
練習着のままだったので帰ろうとするために待ってたわけではなさそうだ。
「ただいま、璃奈さん」
「ただいま。璃奈、せつ菜さん達は?」
「二人は慎くん達と合流して筋力トレーニングをするって行っちゃった。私も行きたかったけど、楽曲のコンセプトについて輝弥くんと話したいなって思って、ここで待ってた」
大方、彼方さんへのお仕置きも込めて筋トレに参加すると言い出したのだろう。
おまけに慎と合流するというから、きっと俺と同じように扱かれることで間違いない。
「そっか、わざわざ待っててくれてありがと」
「それよりも、二人は怪我は大丈夫だった?」
「うん、少し腫れてる程度で済んだから大丈夫。練習も問題なく再開できるよ♪」
「ならよかった……」
璃奈の質問にしずくさんが笑顔で返事をする。
しずくさんの返答に満足した璃奈はほっと息を吐き安心した様子を見せる。
「でも、練習の仕方は見直せって釘を刺されたけどね……」
自省を込めて先生から言われた忠告を伝える。
椅子から転げ落ちるなんて随分と危険な練習をしているんだね、なんて毒を吐かれたが、そう捉える人がいても可笑しくないのもまた事実だ。
「これから気を付けていけばいいと思う」
「そうそう。それに輝弥くんは一ミリも悪くないんだから気にしないでいいんだよ」
先生からのお叱りを思い出して軽く落ち込んでいると璃奈としずくさんが励ましてくれた。
そう言ってもらえるだけで心が洗われていくように感じる。
「二人共……ありがと」
「ふふっ、別にいいよ♪」
そう言うと、しずくさんは話題を璃奈の練習へと戻した。
「じゃあ、輝弥くん達はこのまま曲作りやってく?」
「うん、そのつもりだよ」
俺はしずくさんの問いに返事をしてピアノの前へと歩いていった。
璃奈が待っていてくれたというのだから、早速曲作りを始めようと準備にかかる。
しずくさんはそんな俺の答えに頷き音楽室から出ようとする。
「なら、私はかすみさんの方へ合流してステージ練習に参加してくるから、時間が早く終わればかすみさんと一緒にこっちへ合流するね」
「わかった、身体には気を付けてね」
「ありがと、輝弥くんもね」
お互いに身体への負担を掛けないように忠告をして、しずくさんは音楽室から去っていった。
気を付けて、とは言ったものの練習はステージを想定したものだから危ないことはないだろう。
彼方さん達の方へ行くと言い出したら流石に止めていたが。
「じゃあ、俺達も始めよっか」
「うん、改めてよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
こうして俺と璃奈による初めての楽曲制作の打ち合わせが幕を開けた。
「では、まず璃奈がどういうテーマで曲を歌いたいか、だけど璃奈自身何かこういうのを歌ってみたい! ってコンセプトは決まってる?」
まずは本人がどういった曲を所望しているのかを確認する。
璃奈とはこういった話はあまりしてこなかったものだから、出来る限り璃奈の希望に添えるようにしたい。
だが、当の本人は表情は変えないがうーんと頭を悩ませていた。
「ごめんなさい、まだ明確に決まってない……」
「あっ、全然大丈夫だよ! 初めての事だから決まってなくても無理はないから」
落ち込む様子を見せる璃奈へ明るい口調で励ます。
恐らく未体験のゾーンに入って手探り状態だからこそ、何が正解かもわからないので行き詰まっているのだろう。
こういった時こそマネージャーである俺の出番だ。
「そういえば、璃奈は以前にスクールアイドルのあるべき姿として心を通わせられる人って言ってたよね?」
俺は先日かすみ先生の元で行われたスクールアイドル講義で璃奈が話していた事について触れる。
かすみが引き出させた、ステージに立つメンバー達の目指したい姿。
そこで璃奈は『心を通わせられる人』と答えており、璃奈自身が沢山の人と繋がりたいとも言っていたので、それが璃奈の目指すアイドル像、やりたい事だという事が分かったのだ。
「うん。この学校で愛さんや輝弥くん達と出会って私は変わることが出来た。今まで手を取ってもらって人の輪に入ることが多かった私だけど、今度は私の手でみんなと繋がりたい」
「よし。なら、まずはそれが璃奈のやりたい事だからそれを歌詞で織り込んでいけるね」
璃奈の想いを聴いて俺はひとまず歌詞の方向性を決めていく。
随分ととんとん拍子で歌詞についてのコンセプトが決まってしまったので璃奈は驚いた様子を見せる。
「あっ……こんな簡単な事でいいの……?」
「うん、こういう雑把な事でいいんだよ。一見脈絡もない些事でも視点を切り替えれば大きな進展につながるなんてよくあることだから」
そう、自分が今立っている現在地と進みたい目的地さえ分かっていれば、そこへ辿り着くまでの道筋は自ずと開けるものだ。
最初は独りで歩く途方もない道のりだったとしても、一緒に歩く人間がいれば違う目線からの意見で一気に目的地までの距離が近くなることもある。
百の人間がいれば百の意見がある。
「視点を……変える……」
璃奈もそのことに気が付いたようで、俺から目を外しピアノを見つめていた。
そして、不安気だった璃奈の雰囲気が突然変わり、目が据わっているように見えた。
「ありがとう、輝弥くん。おかげで私の伝えたい言葉が出てきそう」
「そっか、璃奈の力になれたようで良かったよ」
璃奈の頼もしい言葉を聞いて、作詞はこのまま璃奈に任せる事にした。
「じゃあ、詞は璃奈に任せてみてもいい? もちろん、まだ難しいって思うなら一緒に……」
「大丈夫、まずは輝弥くんから貰ったヒントを元に私一人でやってみる。行き詰まった時にまた相談してもいい?」
「うん、遠慮なく声を掛けてね」
ひとまず詞に関しては璃奈が構想を練るという形で話が収束した。
次は俺が主軸で動くことになる曲に関してだ。
だが、正直どういう曲調に、音遣いにしようか方向性が俺も特に決まっていなかった。
「うーん、俺も璃奈の曲をどういう感じにしようかな」
後頭部へ両手を回し天井を仰ぐと俺は気になることがあったのを思い出した。
「そういえば、璃奈のPVを見たことがなかったから、今見てもいい?」
璃奈が作ったバーチャルキャラによる自己紹介がどういうものなのか気になっていたのだ。
それを見る事で何かアイデアが出てくるかもしれない。
「そういえば、輝弥くんはまだ見たことないって言ってたね」
「うん、璃奈が自作した動画って話だから何かヒントになるものがある気がするから」
「分かった。ちょっと恥ずかしいけど、大丈夫」
璃奈の承諾を得て、俺は自分のスマホから璃奈の動画を探した。
目的の物はすぐに見つかり、動画再生は4千回を超えていた。
各メンバーのPVの中でも上位に入るレベルの人気を誇っているので、動画の内容に関しての興味がますます湧いた。
そして、再生するといきなりバーチャルキャラが出てきた。
『にゃん♪ 皆さん初めまして! 天王寺璃奈です!』
猫のフォルムに電子ボードを顔に付けた可愛らしいキャラが璃奈の声で自己紹介を行っていた。
尻尾がコンセントになっていたり、猫耳をつけていたりとチャームポイントが幾つも用意されていて、その作り込みに感服する。
「いつの間にこんなキャラクターを作ってたんだね?」
「こうして自己紹介動画を作ってみるのも他の人とは違う新しさが生まれるかなって思って頑張った」
創作の裏話を聞きながら俺は動画内のキャラクターを見返す。
動画内では電子ボードで表情をコロコロ変えながらコミカルな動きで愛くるしさを出して璃奈の事について語っていた。
コメントでも『このキャラクター可愛い♪』『天王寺璃奈ちゃんの声、凄く綺麗で羨ましい!』と評判が良く再生数が上位に入るのも納得した。
動画に寄せられているコメントを読んでいるととある内容に目が留まった。
『こんなに可愛い声で喋るって事は
普通の人からすれば言われたら嬉しい内容だが、俺はそうはならなかった。
実際に会えたら。
そう、こういった言葉は動画のキャラクターを見た上で本人がどういった人物かを想像しながら言っているのだ。
事実、動画の出来は良いし、璃奈の持ち味を最大限に活かせてる内容だと思う。
だが、動画による活動を重ねた上で実際に璃奈を目の前にした時、彼女の事情を知らない人はどんな感想を抱くのか。
最初は感情が乏しい所が人形みたいで可愛い、なんて彼女を褒めるだろう。
しかし、璃奈がもし感情を上手く出せないだったとして時間が経過しても無表情だったとしたら相手は彼女の事をそれでも好きと言ってくれるのか?
心の底から璃奈を推してくれる人であればそれも魅力の一つ、として受け入れてくれるだろうが彼女に対して思い入れの無い人、若しくは反対の意見を持つ人はそんな璃奈の特徴を揶揄して心無い言葉をぶつけるのではないだろうか。
人気になればそういった批判を貰うのも当然なのだが、それを言われる側は耐性を持っているかと言われれば100%イエスとは言えない。
ましてや璃奈は昔そういった言葉を掛けられているのだ。
もう一度それを聞いてしまった暁には過去のトラウマが再燃して彼女の心を苛んでしまうのではないか。
璃奈に同じ光景を見させたくないため、ライブの演出に関してアレンジを利かせるように出来ないか提案しようと思ったが璃奈の表情を見てそれを伝えることが憚ってしまった。
「見に来てくれるみんな、どんな顔してくれるかな……」
そう呟いた彼女の表情は変わらないままだったが、ライブを楽しみにしている声色だった。
応援してくれる人たちの事を考えて胸を躍らせている璃奈を見て、俺は彼女の闘志に水を差してしまうと思い、つい黙ってしまう。
それは今の彼女の勢いを止めてしまう事が目に見えているからだ。
今まで見たことが無いくらいに眩しい彼女の姿を見て、何も言うことが出来なかった。
突然何も喋らなくなった俺を見て、璃奈はこちらへ顔を向ける。
「輝弥くん、どうしたの?」
「へっ、えぇっと……」
唐突に振られたため、俺はなんて返そうかたじろいでしまう。
「……ら、ライブ、楽しみだね!」
「……うん! 楽しみ……!」
あまりにも情けない自分の返し方に嫌気が差してしまう。
璃奈も俺の言葉を聞いて鼓舞されたようで、益々わくわくしていることが伝わってくる。
だが、ここまで胸を昂らせている璃奈を見て、俺の中で先ほどの否定的な意見が消えかけているのを実感した。
(……今の璃奈ならば……昔の璃奈を超える事が出来るのかもしれない……)
もしかしたら、自分が過剰に心配しているだけかもしれない。
今に至るまで璃奈も大きく成長している姿を見せているのだ。
ならば、それを信じてみてもいいかもしれないと俺は野暮なことを口にしかけた自分を恥じた。
その後は引き続き璃奈と一緒に楽曲に関しての意見を出し合うのだった。
読んで頂きありがとうございました!
小説の話から逸れますが、あと1週間でアニガサキ2期が始まるなんて……時間が進むのは早いですね……
それでは次回もお楽しみに!