お待たせしました。
本編70話です。
今回で璃奈編ラストとなります!
それではどうぞ!
「愛ちゃーん! 照明の感じ、どうー?」
「うーん、位置はいいけど、少し眩しすぎるかなー? 少し調整できるー?」
「はーい! ……こんな感じー?」
「オッケーオッケー! 完璧だよー!」
璃奈の家での最終準備が終わった次の日。いよいよ璃奈のライブ当日であり、朝からステージ準備組は大忙しだった。
愛さんはステージ上に立ちライブが始まった際のシチュエーションを考えて舞台装置の問題点がないかを確認する。その一方で侑さんは各照明のセッティングを手伝っていた。
侑さんは率先して準備を買って出ており、最初はスタッフから照明の操作方法を教えてもらっていた。最初はたどたどしかった操作だが、次第に慣れていったお陰もあり今では愛さんとの連携プレイより順調に各照明の確認作業を進めている。
侑さん達の力により舞台の準備は滞りなく進められているので、その光景を客席側から見ていた俺はほっと息をつく。
「ひとまず、ライブステージの方は大丈夫そうだね」
「うん、愛さん達のおかげでなんとか形になった」
璃奈は表情には出ずともその声色から安心した様子であることが窺えた。昨日から楽曲やダンスの振付に関しては突貫作業で形にすることができたため、無事にライブを始められそうでひとまずはよかった。
「……本当にみんなには感謝をしてもしきれない。輝弥くん達が居なかったら私はこうしてライブを始める事ができなかった。一人では何もできなかったのに、みんなのおかげでライブをやることができる。そのことが本当に私にとってすごく大切で、守りたいもの」
「璃奈……」
ライブ前だからか璃奈はふとこれまでを振り返る。一時的に彼女の中のトラウマが蘇って練習が頓挫してしまった時間はあった。その結果、ここまで急ピッチで準備を進める事になってしまった事を璃奈は申し訳なく思っているようだ。
「そんなの気にしなくていいんだよ。前にも言ったでしょ? みんな、璃奈のライブを楽しみにしてるからここまで協力してるって」
璃奈へ再三言っている、同好会メンバーらは璃奈のライブを見たいから手伝うこと。何度もそう言って璃奈へフォローしても本人としてはやはり気にする部分もあるようだ。だが、それと同時にここまで順調に進んでいる要素として一番重要なものもあることを忘れてはいけない。
「それに、みんながここまで順調に準備を進められたのって璃奈のおかげでもあるんだよ?」
「えっ……?」
自分のおかげ。その意味がまるで理解できず、璃奈は目を白黒させている。
「みんな、昨日の進捗確認の時になんて言ってた?」
「……遅れてるけど今日までには形にできる……」
「それもそうだけど、誰のおかげで?」
「…………」
俺の追加の質問に璃奈は答えることができずにだんまりする。いや、実は気付いているがそれを自分の口に出すことができないのかもしれない。
「これは全部
昨日の打ち合わせで俺やせつ菜さん、愛さん達が話していた各準備に対しての状況報告。それらの頭には必ず璃奈の成果もあって形にすることができたと口を揃えて言っている。全員にそこまで言わしめるのはなかなかに難しい事だと思うが、それを彼女は成し遂げているのだ。
「……そっか……」
「あまり実感がない?」
「いつも人から避けられてばかりだった私が誰かの心を動かしてることが信じられなくて……」
璃奈は自分の胸中に渦巻いていた心配を口にする。怖い、不気味と揶揄され遠ざけられてた彼女はいつしか自分のいかなる行動も謙遜するような考えに陥ってしまっていたようだ。
「ふふっ、確かに自分の言葉が誰かの心を動かすなんて想像つかないと思う。でも、今の璃奈はそれが出来てる。これって過去の自分から成長してる証拠じゃないかな?」
「……うん。今、自分の事を少し誇らしく思えてる」
「でしょ? 人の心を動かせるようになった今の璃奈なら、少し前に話してた願いも絶対叶えられる」
少し前に話してた願い、それがどういった内容なのか今の璃奈にはそう難い事ではなかった。
「みんなと繋がりたい……」
「うん、今の璃奈なら出来るって俺は自信を持って言えるよ」
璃奈のこれまでの活動を振り返り、自分の力で道を切り拓いてきた実績がこうして形になっているからこそ俺も躊躇なく胸を張ってそう言い切ることが出来る。
「……あ、ありがとうっ……」
俺からの励ましの言葉に璃奈は俺に向けていた視線を一瞬外す。
璃奈が少しよそよそしい様子を見せているとライブホールの入り口から歩夢さんに声を掛けられる。
「あっ、いたいた! 璃奈ちゃん、ライブ衣装の調整が終わったから確認してもらってもいいかな?」
「うん、すぐ行く」
歩夢さんの問いかけに璃奈がすぐさまは肯定すると、歩夢さんはクスリと笑顔を見せてその場から姿を消した。
「じゃあ、行っておいでよ」
璃奈の姿はライブが始まる直前に拝めればいいと思っていた俺はここに残ろうとする。だが、璃奈はホールの外へ出ようとせず俺の制服の裾を掴んできた。
「璃奈?」
「ステージに出る前に改めて問題ないか一緒に確認してほしい。だめ……かな?」
璃奈は突然上目遣いでそう訴えてきた。まさか璃奈がそんな手法を使うとは予想しておらず、あまつさえ少し顔を紅潮させているようにも見える。それは情に訴えかける方法としてあまりにも残酷なものだ。
「……そんな頼み方されたら断れないでしょ。分かった、一緒に行こうか」
「うん……!」
こうして璃奈の口車にまんまと乗せられた俺は一緒にスタッフルームへと足を運ぶのだった。
スタッフルームにある一室の前で俺はベンチに腰を下ろしながら待機していた。現在、璃奈がライブ衣装を試着しているので俺はそれが終わるまで部屋の外で待っている。
「それにしても、アランちゃんのあれがヒントになるとは……」
俺は今回のライブ衣装の目玉である一部分のことについて思い返していた。
璃奈の家で飼っている猫型ロボットのアラン。表情が変わらないあの子を見て、璃奈が突然思い切った提案を投げてきたときは驚いた。果たしてそんなものが出来るのか、またそれがライブに及ぼす影響は如何ほどのなのか、全く予想が付かなかったのだ。
だが、そうは言ってもメンバー全員が璃奈の提案に賛同したのだから何も文句を言うつもりはない。それよりも昨日その話を出したにも関わらず、目的の品がその日中に完成するという事実の方が俺としては恐ろしい。彼女の持ち前の機械知識により達成できた所業ではあるのだが、俺が作曲している間にそんな作業が迅速に行われていたことが想像できなかった。
「……輝弥くん、お待たせ」
そんな事を考えていると璃奈が衣装を纏って部屋から出てきた。
灰色を基調としワンポイントデザインとして猫のイラストやラインが描かれている衣装。また、猫耳や背中の小さな羽で彼女の小動物感のある愛くるしさが表現されていた。また、その中でも群を抜いてインパクトを与えるものが一つある。
「表情、上手く変わってる?」
璃奈は顔に付けた電子ボードを指差して表情が変わっているかを確認する。デフォルトの微笑み顔がニッコリ笑顔、しょんぼり顔に変化して、璃奈の表情を遺憾なく表現していた。
そう、これが璃奈の提案した秘策。感情を出すことが苦手である璃奈が、表情を作れたなら、という俺の発言を元に制作したボードだ。璃奈がどういった感情を示しているかをすぐさまこのボードが代弁してくれるというもので、続けざまに切り替わる表情を見て、そのクオリティの高さが窺えた。
「ふふっ。うん、ちゃんと笑ってるししょんぼりしてるよ」
「そっか、ならよかった」
俺の反応を見て、電子ボードがちゃんと作動しているようで安心したのかボードの表情がほっとするものに変わっている。早速お手製のボードを使いこなしているようで思わず感嘆の声が漏れる。
「アランちゃんに感謝しないとね?」
「うん、今回のこの提案はアランと輝弥くんが居なかったら出なかった。二人には本当に感謝の言葉しか出ない。ありがとう」
璃奈は顔に取り付けたボードを取り外して素顔を見せてくれる。ボードを付けた璃奈も個性的で可愛らしいのだが、やはり素顔の璃奈も凄くかわいい。これが脱いでも美人というものだろうか。
「俺は何もしてないよ。むしろ……璃奈に迷惑をかけてばかりだった」
「そんなこと──」
「あるよ」
そんなことない。そう言おうとする璃奈に俺は言葉を被せる。笑顔を見せていた俺がいつの間にか深刻な顔つきになっていることを察した璃奈も思わずだんまりする。先ほどまでの穏やかな雰囲気は鳴りを潜めておりいつしか厳かな雰囲気を漂っていた。
「俺は……璃奈の隣で一緒に曲作りをしていたのに今回の問題について何も出来なかった。この問題にぶつかるかもしれないと予想できていたのに璃奈ならばできるんじゃないかって勝手に決めつけて、誰にも相談せずに自己完結させてた。璃奈が篭った時にも俺は真っ先に動くことができなくて、みんなの後ろを付いていくことしかできなかった」
「輝弥くん……」
話していく内に自分の無力さが実感として湧いてきてしまい思わず歯ぎしりしてしまう。真剣な面持ちで吐露する俺を璃奈は少し目を見開いて驚きの表情を見せてくる。
「璃奈……辛い思いをさせて、本当にごめん」
俺はそう言いながら璃奈の方を向いて綺麗な直角を描く。
こんなことを言っても何も変わらないことはわかっている。これはただの自己満足に過ぎない。だけど、昨今の活動で誰よりも近くで璃奈と一緒に準備してきたにも関わらず何もしてやれなかった自分を俺はただ許せなかった。
頭を下げて数刻ののち、璃奈の足音が聞こえる。もしかしたらかすみと同じように何か言ってくるのかもしれない。そう思い、つい手を握る力が強くなる。
身体を強張らせていた中で璃奈が取った行動は俺の頭を撫でるものだった。
「……ありがとう」
「えっ……。璃奈……?」
思いがけない行動に俺はすぐに頭を上げる事ができず、頭を下げた状態で硬直してしまう。
「輝弥くんがそこまで私の事を考えててくれて、わたし嬉しい」
「……でも、俺はこの問題から目を背けようと──!」
あくまで称賛しようとする璃奈に俺は顔を上げて弁明しようとするがすぐさま璃奈に声を被せられる。
「だけど、それは私自身が向き合わなくちゃいけない問題。輝弥くん達から指摘されて気付いてるようだったら、私は私の事を何も分かっていない証拠。遅かれ早かれ突き当たる問題だった」
「……それはそうだけど……」
璃奈の言葉に俺は言い返すことができず、たじろいでしまう。そんな俺を慰めるように璃奈は俺の右手を握る。
「輝弥くんは私の身を案じて提案することに抵抗を覚えたと思う。だけど、そうして私の事を気に掛けてくれる輝弥くんの事が、私は好き」
「…………っ」
璃奈からストレートに告白され一気に心拍数が上がるのを実感する。
「むしろ私は輝弥くんに余計な心配を掛けさせちゃった。それは今後の反省点。輝弥くんが自分の事を悪いと思うように私にも自分が悪いと思った点はある。これからそれを……一緒に変えていこ?」
璃奈はお互いの手を胸の前に持ってきながらそうお願いしてくる。好きと口に出した璃奈は顔を少し紅潮してるようにも見え、思わず息を飲んでしまう。
だが、俺の事を非難せずにむしろ寄り添ってくれるところを見て、俺は嬉しくなり笑顔になる。
「璃奈、ありがとう。そう言ってくれてなんだか救われたよ」
「ならよかった。璃奈ちゃんボード、『ブイ』!」
「ぷっ、あははっ! ここでそれはずるいよ……!」
油断した所に璃奈ちゃんボードと称して璃奈は自分の顔に電子ボードを当てながらピースサインを作る。そこにタイミングよくボードがドヤ顔を作り出し、その息の良さに思わず吹き出してしまった。
「えへへ、使い方に慣れてきた」
「さすがに手馴れ過ぎじゃない?」
璃奈は誇らしげにそう語るが、並大抵の人にはできない芸当だろう。ひとまず笑いも収まり落ち着いてきたところで遠くから璃奈を呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、璃奈ー! 愛さん達が最終リハーサルやるってよー!」
「慎くん。分かった、すぐ行くね」
愛さん達から最終リハーサルの呼び出しを貰い、それに承諾すると慎は準備が残っているのかすぐにこの場から姿を消す。
「じゃあ、私行くね?」
「うん、がんばって。応援してるよ」
璃奈が手を振りながらステージのある方向へと駆け出し、俺はそれを同じ手を振り返しながら見送る。
「同じ過ちを犯さないように、もっともっと頑張らないと……!」
璃奈が居なくなった方面を見ながら俺は改めてそう決意するのだった。
その後、璃奈のライブは大盛況で終わった。璃奈ちゃんボードを付けた状態で登場した際はバーチャル世界から飛び出してきたような衝撃が客席中に広がり、感嘆の声が上がっていた。
そして、表情をころころと変えながら踊る姿はアイドルのそれと同等であり、璃奈はこうして新しいスクールアイドルの形を確立させ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の知名度を飛躍的に上げるのだった。
「土曜の璃奈のライブは凄かったなぁ~」
ライブ後の週明け、授業が終わり部室へ向かう途中で璃奈のライブについて慎と語り合っていた。
「そうだね、あのボードがあそこまで人気を博すなんて思いもよらなかったよ」
「確かに、あれを思いついた輝弥もすげえけど、それを一日で作り上げる璃奈の技量もすげえもんだ」
あのライブ後、SNSには『電子ボードを付けた謎のスクールアイドル──現る!?』という見出しの元で璃奈の事が各所でフィーチャーされておりスクールアイドル界に衝撃を走らせていた。
「でもその素顔を知ってるのが俺達だけっていうのも、ちょっと嬉しいよね?」
「あぁ、それ分かる! なんか秘密を握ってるみたいでかっこいいよなぁ~!」
あれから璃奈も璃奈ちゃんボードが気に入り、今後のライブでも使用していくとのことだった。
その為、今後もボードを付けた状態でライブに臨むのだが、その裏の顔をメンバーや生徒しか知らないとなるとなおさら貴重でおいしい立ち位置にいる。
そんな話をしていると部室へと到着した。
「お疲れ様ですー」
「輝弥くん、慎くん、お疲れさま」
そこには璃奈しかおらず、彼女が一人で待っていたようだった。
「おっ、璃奈じゃねえか。一昨日のライブの疲れは残ってねえか?」
「大丈夫、むしろ次のライブに向けて今から練習したい」
璃奈はそう言うと鞄に手を入れて何かを取り出す。それは一冊のスケッチブックだった。そして、とあるページを開くと自分の顔の前に持ってくる。
「璃奈ちゃんボード『メラメラ〜』」
「ははっ! なんだそれめちゃくちゃいいじゃん!」
それは電子ボードでもやっていた感情表現。スケッチブックに自分の種々折々の表情を織り交ぜた似顔絵を描いて、それを顔に当てて自分の気持ちを伝えるというものだ。
慎も今までに見たことがないコミュニケーションの取り方にも関わらず、凄く新鮮に見えたようで面白い発想のようで気に入っていた。
「クラスの子にも凄く評判が良くて、これからはこれを私の新しいスタイルとしてやっていくことにする」
「ふふっ。うん、これも璃奈らしくていいと思うな」
璃奈達と話していると突然スマホのバイブレーションが響いた。
「ん? 誰だろっ……?」
通知の画面を見るとしずくさんであり、電話のようだった。
「もしもし? しずくさん、どうかしたの?」
『あっ、輝弥くん? 今どこにいる?』
スマホ越しに聞こえるしずくさんの声は少し焦りのような、それでいて少し疲れているような感じがした。
「今、部室だよ。何かあった?」
『実は彼方さんが校庭のベンチで寝ててなかなか起きないの……! だからお願い、彼方さんを部室まで運ぶの手伝って……!』
「あははっ、彼方さんも相変わらずだね。わかった、これからそっち向かうよ」
『ごめんね、ありがとう! それじゃあ、また後でね!』
しずくさんとの通話も終了し、スマホの通話画面を閉じると横で聞いていた慎は会話から何かを察したようで苦笑いをしていた。
「彼方さん、どこかで寝てるってか?」
「校庭のベンチで寝てるってさ」
「あの人も相変わらずだな」
「でも、彼方さんらしい」
小言を言いつつも3人で笑い合う。しかし、いつまでもしずくさんを一人にさせるわけにはいかないので、荷物をロッカーに置いて彼女たちの所へ行く準備をする。
「じゃあ行ってくるよ」
「お前一人で大丈夫か? 俺も行くさ」
「慎がそういうならお願いするよ」
俺一人の力では心許ないと踏んだのか慎も一緒についていくことを進言してくれた。だが、実際ついてくれて嬉しいものだ。正直なところ俺の筋力で彼方さんを運べなかった場合が怖いからその時は慎に任せよう。
と、慎がついてくるのが確定し俺はもう一度ここへ残らせてしまう少女のことも考えた。
「璃奈も行く?」
「うん、私もついていく」
璃奈も一人で残るのは寂しかったのか俺たちと行動を共にすることにした。それに対して俺は肯定の意を示すように頷いてみせる。
「よし、じゃあ眠り姫を迎えにいこうか」
「璃奈ちゃんボード、『おぉー!』」
璃奈は楽しみであることを示すように元気な笑顔のイラストを見せてくる。
それは今までの弱かった自分から新しい自分へ変わった証のようにも見えるのだった。
読んでいただきありがとうございました!
通常であれば次回からは彼方編……となりますが、間にオリジナルストーリーを挟みます。
どういったお話になるかは是非お楽しみに!