お待たせしました。
本編72話です。
それではどうぞ!
TMSに向けた緊急ミーティングが終わり、俺達はいつも通り練習を始めていた。璃奈のライブまではハイペースで練習も詰め込んでいたため、無理強いを控える意も込めてここ一週間はそこそこの練習量としている。その為、今日もランニングや筋力トレーニングは合計1時間ほどで終了して、現在は柔軟を二人一組で実施していた。
「……これくらいで……どう?」
「おう……もっと……強くっ……押してくれ……」
「さすがにだいぶやってるよ? これ以上はだめ」
俺の体重を掛けた前屈に慎は屈する様子を見せず、更に強い力を所望する。だが、無理強いは良くないと言った手前、これ以上は身体に負担を掛けると思い、彼の要望に反対する。
「はぁっ、分かったよ」
慎も俺の制止で理解したのか身体の力を抜き前屈を崩す。そして、胡坐を掻いて楽な姿勢を取っていた。そんな慎に俺はクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出し座り込む慎の横からすっと差し出す。慎もサンキュ、と一言礼を言って、ドリンクを喉の奥へと流し込む。
「気合が入るのは分かるけど、今日まではほどほどにって話だったでしょ?」
「それは分かってんだけどなぁ……」
ひとしきり飲み終えると慎は遠くを見据えながら黄昏る。彼がここまで思いふける様を見るのはなかなかに珍しい。
慎との間に流れる奇妙な沈黙を破ったのは意外にもかすみだった。
「うわっ、慎のすけが辛気くさい顔してるぅ……!」
「あっはは、
「むきぃー! 別にダジャレのつもりじゃないですし、かすかすって呼ばないでください!」
慎に似つかわしくない表情をかすみは揶揄するが、隣にいた愛さんはすぐさまダジャレに食い付いてかすみとの即興漫才を始める。
「お前も下らねぇことを言ってんじゃねえよ、ばかすかす」
「なにぃー!?」
ちょっかいを掛けられた慎はいつものように怪訝な表情をしながらかすみに怒るかと思ったが、意外にも穏やかな顔色をしている。あまりに今までと違う反応に俺は驚きを隠せなかった。
「……慎がかすみに突っかからないなんて、これから雨でも降るのかな……?」
「いやいや、むしろ槍でも降ってくるんじゃない?」
「あんたらは俺をなんだと思ってんだ?」
冗談のつもりで呟いた虚言に愛さんも乗っかり、慎が珍しく憤慨している。だが、それも一瞬の事ですぐに慎の表情は戻り、何かを考えながら地面へ視線を向けた。
「次が俺の番って考えたら嫌でも身体に力が入っちまってさ、らしくねえ事をしちまってたな」
慎は自分がどんなライブを出来るのか、どんなパフォーマンスで観客を魅了させることができるのか、何も分かっていない。いや、むしろそれが当然のことだ。人間、初めて挑むことについては何から手を付ければいいのか分からないし、自分が今やっていることが最上の選択なのか判断もつかない。それ故に慎も先行きが見えない不安からナイーブな気分になっていたのだろう。
そんな慎を励ますように俺は彼の肩に手を置く。
「考えても仕方ないよ。まだ始まったばかりなんだし地道に頑張っていこ?」
「……そうだな、くよくよしても仕方ねぇな」
自分の肩に置かれた手に被せるように慎は自分の手を乗せてくる。そして、こちらを見据えて微笑んでくる。
「おん? シンシン、首に掛けてるそれってなんなん?」
すると、愛さんは慎の首元に見える紐に目が行ったようだ。
「あっ、これですか?」
愛さんの問いに慎は首から下げているものを見せてきた。それはいつかの練習の時に俺としずくさんに見せてくれたペンダントだ。
ペンダントの先にあしらわれているサファイアが顔を覗かせるとかすみも目をキラキラと輝かせていた。
「えぇ~、なにそれ!? 慎のすけには似つかわしくないものを付けてるんだね!?」
「似つかわしくねぇって言うな、ばかすかす! こいつは家族から貰った大切な誕生日プレゼントだ」
かすみも冗談のつもりで言ったのだろうが慎は彼女の不躾な発言に自然と語気が強くなる。慎の意志を汲んだのか愛さんは興味ありげに蒼玉を見据える。
「そっかぁ……、こんな綺麗なアクセサリーを買ってくれるなんて素敵な家族なんだね?」
「はい……! 大好きな家族で……あいつの──」
「おっ、みんないたいたー! おーいそろそろ練習切り上げるよー!」
慎が何か呟こうとした矢先に侑さんが屋上に顔を出して、終了の音頭を取ってくれる。他のメンバーらもそれを聞いて各々制服に着替えようと部室へ戻ろうと歩き始める。
「慎、最後に何か言おうとした?」
「……いや、なんでもない。さっ、俺達も帰ろうぜ、輝弥」
俺は慎が言おうとしたことが気になったが、慎は特に言及する様子も見せずに帰路に着こうとする。触れていいことかも分からないし、慎もすぐにその場から立ち去ってしまったので俺は何も言わずに彼の後を付いていくのみだった。
「あっ、輝弥くん! お疲れさま♪」
制服へ着替え終わり、校舎の外へ出るとしずくさん、かすみ、璃奈の三人が待っていた。
「お疲れさま、三人とも待っててくれたの?」
「今日は練習が早く終わったからそのまま遊びに行きたいなってかすみちゃんが」
「ちょっ、りな子! それは言わなくてもいいじゃん!! かすみんはただ最近は練習尽くしだったから息抜きしたいなぁって言っただけだもん!」
「でも、折角なら輝弥くんたちにも声を掛けようって言ったのはかすみさんだよね?」
「しず子ぉー!!」
璃奈としずくさんから余計なことを言われて慌てふためくかすみだったが、彼女がまさか俺たちにも声を掛けてくれるとは思わなくて笑みがこぼれてしまう。こういう時は女子だけで遊びに行くのが鉄板だと思っていたからなおさら嬉しくなる。
「あっはは、かすみもそこまで突っかからなくてもいいのに。三人が良いなら俺も参加させてほしいな。慎も行くよね?」
1年生全員で揃って遊びに行くことなんてそうそう滅多にない。こういう事ならば慎も乗ってくれるだろうと思い、来てくれることを前提で慎にも確認したが、意外にも彼の口から出たのは否定の言葉だった。
「あぁー……悪い。俺、今日は野暮用があるんだ」
「えっ? そうなの?」
「折角揃ったのにみんなで遊べないの……寂しい……。璃奈ちゃんボード『しょぼん』」
まさか反対すると思わなかったので俺はつい素っ頓狂な声を出してしまう。そして、璃奈も同じことを思ったのかボードに落ち込んだ顔を描いて悲しんでいる様子を表現する。
「悪いけど、別の日に遊ぼうぜ。じゃあ、俺は先に行くから、お疲れ」
「あっ、慎!」
別れの挨拶だけ言うと慎はそそくさと帰ってしまった。引き留めようと声を張るが慎は足を止める様子は無い。
「慎くんが遊びに行くのを断るなんて珍しいね?」
「うん……。みんなが揃う事もあんまりないから楽しみにしてたんだけど……」
慎が去っている方角を見ながらしずくさんは俺の横に移動してくる。
慎とは二人で遊びに行くことはザラにあるがしずくさん達も交えて皆で遊ぶことは今までやったことがない。だからこそこうして彼女らが誘ってくれたことは凄く嬉しかったのだが、その願いも虚しく潰えたように思える。
しずくさんと一緒に呆然としていると横からかすみがくっふっふとあくどい笑みを浮かべながらある提案をしてきた。
「ねぇねぇ、このまま慎のすけの跡を付けてみない?」
「尾行するの?」
「だって、せっかく全員で遊べる機会なのにそれを断るなんて余程の事情じゃない? しず子やかぐ男だって気になるでしょ?」
「まぁ、気にならないと言えば嘘になるけど……」
かすみの提案に肯定はすれども同意はしかねた。俺たちとの用事を断るということは相応の私用ということ。それに干渉するのは慎のプライバシーを侵害しているようであまり良い気がしない。だが、目の前のショートボブの少女にとってそんな事はお構いなしのようだった。
「それに……もし慎のすけにスキャンダルが発覚したらどうするのさ?」
「す、スキャンダル……?」
慎とは縁遠そうな言葉に俺は顔をしかめるがかすみは気にする様子を見せずに人差し指を俺に突きつける。
「そう! 仮にもスクールアイドルを名乗ってる慎のすけが他校の生徒とかと色恋沙汰になってるなんて話が上がったら、その瞬間に慎のすけのメンツも丸つぶれ! 最悪の場合、この同好会の存続も危ういことになるかもしれないよ?」
「さすがに慎くんに限ってそんな事は……」
「100%無いと言い切れる? りな子」
「そ、それは……」
猛烈な勢いで捲し立てるかすみに璃奈が待ったを掛けようとするもかすみも止まる気はない。彼女の剣幕に璃奈も思わず言葉を失ってしまう。
璃奈でもダメだと判断したしずくさんはムスッとしながらかすみを咎める。
「もう、かすみさんがただ慎くんの事が気になってるだけでしょ? だったらかすみさんが一人で行けばいいのに」
「それだともし慎のすけが抵抗してきたらかすみんが太刀打ちできないじゃん! そのためのしず子たちなんだから!」
「ただの巻き込まれ損じゃないか……」
かすみの言いがかりに俺は頭痛が抑えきれず眉間に指を当てる。俺たち三人が苦言を呈しているところを見てかすみは軽くため息をつくと弁解を始めた。
「……もちろん慎のすけにとってデリケートな問題で、もし慎のすけにも見つかったらその時はかすみんから謝るよ? だけど、変な事に手を出してたら嫌だからそれだけでも見に行きたいの」
観念したようにかすみは今回の目的を伝える。慎といつも口喧嘩が絶えない彼女だが、なんだかんだ言いながらも慎の身を案じているようで、それ故の提案みたいだ。
「もう、そういうことならそう言えばいいのに」
「本当にね? かすみさんも素直じゃないんだから」
「もう~! 二人揃ってそんな暖かそうな目で見ないでよ~!」
しずくさんと二人で微笑むとかすみは照れ隠しのように地団駄を踏む。
「三人とも、行くなら準備しないと慎くんを見失っちゃう」
「あっ、それもそうだね。なら早速出発しようか?」
璃奈の催促を聞いて出発の音頭を取るようにかすみへと目を向ける。俺からの視線に気づいたかすみは咳ばらいをするといつもの笑顔に戻る。
「ご、ごっほん。では、早速慎のすけの様子を見守り隊として、しゅっぱーつ!!」
「「おぉーー!」」
「いつの間にか新しい隊が結成されてるし……まぁ、いっか」
かすみが即興で付けた隊名に苦笑を浮かべながらも拳を突き上げる三人に呼応するように俺も拳を突き上げるのだった。
読んで頂きありがとうございました!
次回もお楽しみに!