お待たせしました。
本編75話です。
それではどうぞ!
TMS用の楽曲制作に向けた初めての打ち合わせをしてから数日後、俺と慎は屋上でダンス練習をしていた。愛さんの手拍子のリズムを聴きながら慎は振り付けの練習に励んでいた。
「はい、シンシン! ここで大きくターン!」
「はい!!」
「おぉ~! 慎くん、凄く上手だね♪」
「うんうん~、さすがは運動神経が抜群っていうのもあって飲み込みが早いね~」
慎は愛さんの手拍子に合わせたステップからのターンを流れるように決めてみせ、エマさんと彼方さんは拍手しながら賛辞を述べた。
「へへっ、そう言ってくれて嬉しいです。部活が終わってからも一人で自主練してるんでその成果が出てるみたいです」
「ほ~、流石シンシン! 初イベントっていうのもあって自
「……愛さんのダジャレはともかく、やる気に満ちているのは言えてますね」
「もう~シンシン、つめた~い!」
愛さんの渾身のダジャレも慎は親身に聞こうとはせず、愛さんはしょぼんとしていた。
確かに慎の熱量が日に日に増しているのはひしひしと伝わってくる。俺達の出した練習メニューについて文句ひとつ言わずに始め、完璧にこなしている。ダンスに関しては元々の運動能力が優れているのもありメキメキと上達を見せていた。
「う~ん…………」
そんな事を考えていると彼のダンスを遠くで見ていた侑さんが首を傾げていた。いつもは慎についても声を上げて褒めちぎる侑さんなのだが珍しく頭を悩ませていたので、俺は慎たちの元を離れて彼女の元へと近づいた。
「侑さん? どうかしましたか?」
「うーん、確かに慎くんってアイドル向きのスタイルだからダンスはすごく映えるんだけど……今回の曲のコンセプトと合ってないように感じるんだよねぇ……」
侑さんが心配していた事、それは慎の魅力を最大限に発揮できるパフォーマンスと彼のやりたいことがアンマッチしているように思えてしまったことだ。そして、その違和感は俺も密かに抱いていたことだった。
「……侑さんもやっぱり同じことを思いましたか?」
「同じことを……ってことはかーくんも?」
「はい。でも、慎がそれをやりたいって言ってましたから始まってもいないのに否定から入るのはいけないと思って……」
俺と同じ意見を持っていたことを知った侑さんは少し安堵したように見えたが、それでも蟠りが拭えたわけではないのでうーんと唸りを上げる。そんな侑さんの異変に気付いたかすみが二つ分のペットボトルを持ってこちらへやってきた。
「侑せんぱぁ~い♪ そんなに深刻な顔をしてどうしたんですかぁ~?」
「あっ、かすみちゃん」
「せっかくの可愛い顔が台無しですよ! よければこれをどうぞ♪」
「ふふっ。ありがと、かすみちゃん」
かすみのお陰で少し沈んでいた気持ちが楽になったのかふっと笑顔がこぼれる侑さん。そして、かすみからスポーツドリンクを貰うとぐいっと飲んで口の中を潤していく。
「確かに、慎くんがそうしたいって言うんだからあの子が精一杯輝けるように私たちが頑張ってサポートしないと慎くんが可哀想だよね!」
「はい、慎がやると決めたんです。それに向けて全力で支えましょう」
侑さんの檄に俺も感化されてぐっと握り拳を作って意気込みをぶつける。二人で気合を入れているとかすみはダンスの話題から切り替える。
「そういえば、慎のすけってダンスの方は少しずつ進んでるけど楽曲はどうなの?」
「うーん、情けない話なんだけどそれがあまり収穫が無いんだよね……」
かすみからの問いに嘘をつくわけにもいかず正直に打ち明ける。意外にも進捗が無い事に侑さんは驚きの声を上げる。
「えっ、それ大丈夫なの?」
「正直、ライブの日が刻々と迫って来てるので大丈夫とは言えないです。けれど、慎の要求するイメージになかなか近づけることができなくて頭を抱えてます」
俺が楽曲の形を作ることができない理由、それは俺が思い描いていた事と慎が想像しているステージとのギャップである。俺は元々小さい炎が次第に大きく燃え広がるような曲を考えていた。だが、彼はそれとは違う王道のアイドルものをやりたいと言っている。ステージに立つ彼を十分に輝かせたい為に俺も試行錯誤しているが、それでも慎に合うイメージが見つからずなかなか問屋が卸さないのだ。
「そっか……。かーくんと慎くんの事だから、すぐにできるものかと思ったけど意外とそういうわけにもいかないんだね」
「はい……。自分の力量不足を否めません」
「あっ、かーくんの事を悪く言うつもりはないからそんなに落ち込まないで? 当初の構想から路線変更するのって凄く大変なことだと思うからかーくんが苦労するのも無理はないよ。私も何か意見を出せるかもしれないから一緒に考えさせてよ」
「ふふっ。ありがとうございます、侑さん」
時間だけが過ぎているこの状況にモヤモヤしている俺だが侑さんは決して責めようとはせずに協力する姿勢を見せてくれる。彼女の優しさには胸が温かくなる感覚を覚える。
だが、横でかすみはいつかの音楽室で見た時みたいに真顔でこちらのやり取りを聞いていた。
「……ねぇ、かぐ男。あの後から、かぐ男が楽曲の方向性を考えてる時って慎のすけも一緒にいるの?」
あの後、というのはかすみが音楽室で俺たちの様子を見にきた時のことを言っているのだろう。
「いや、俺がまずは案を出すって話にしてるから、あの時からは何もやってないよ? 慎にはその間はダンスとか歌唱力とか、別のことを磨くように言ってるから」
「…………そっか。…………」
かすみの質問に答えると彼女はその内容に納得がいかなかったのか少し不機嫌な様子だった。
確かに側から見れば俺に丸投げにしてるように見えるかもしれない。だが、決して簡単とは言えないこの課題に対して二人で無性に時間を掛けてしまうのはただでさえ練習時間が少ないこの状況ではあまり効率的とは言えない。それを慎と話して、お互いに合意の上で今のやり方に決めたのだ。
「さあ、もうダンス練習の時間は区切りをつけて、この後はミーティングだからささっとストレッチを終わらせて部室へ行きましょう?」
「確かに、かーくんの言う通りだね。かすみちゃん、みんなに声を掛けてここでの練習を切り上げるよ!」
「……はぁーい、わかりましたぁ〜」
俺と侑さんの催促にかすみは特に言い返すようなことはせず、我先にと屋上を後にする。
「慎、結構な時間やってるから切り上げるよ。片付けは俺がやっておくから先に部室へ向かっておいて」
「おう、わかった。悪いけど先に行かせてもらうな」
慎は俺の言葉に悪びれる様子を見せながら屋上を後にする。その後に続く形で愛さんたちも去っていく。
「かーくん、私も手伝うよ」
「あっ、ありがとうございます。助かります」
「いいっていいって!」
侑さんは笑顔で言いながら屋上を一周して忘れ物がないかを確認する。見回りを侑さんに任せて、俺は部室から持ってきたクーラーボックスを持って扉の前へと立つ。
「よしっ、特に問題はないから私たちも戻ろうか!」
「はい、行きましょう」
侑さんの言葉に相槌を打ち、二人で屋上を後にするのだった。
「慎くんのダンスがだいぶ形になってきたよね! 私、今からワクワクしてきたよ!」
部室へ向かう途中、開催が1週間後に迫っているTMSに向けて気持ちが昂りつつあるのか侑さんは快活にそう話しかけてきた。
「確かに、話を聴いた時はまだ2週間と思っていましたがされど2週間ですね。楽観視していたわけではなかったですが、悠長にはしていられないですね」
「うんうん、こういう時ほど時間が流れるのってあっという間だよね!」
俺はまだ慎の曲が出来上がってないことに引け目を感じているが、侑さんは特に気にする様子を見せない。今の時点でも俺の中で焦りが滲み出ていることを察しつつもそっとしておいてくれているのだろう。
「でも、まだ時間はあるし大丈夫だよ! かーくんは一人じゃないんだしさ、私も精一杯考えるから一緒に頑張ろう?」
「そうですね。すみません、本来なら侑さんの担当ではないのに……」
「もう、かーくんは真面目過ぎるよ? こういう時はお互い様。かーくんも大切な仲間なのにかーくんばかりがしんどい思いをするのはダメでしょ? こういうのは分け合っていかないとさ!」
余計なことに付き合わせる結果となり俺はいたたまれない気持ちになってしまうが、侑さんは笑顔で落ち込んだ気持ちを吹き飛ばしてくれる。
「じゃないとかーくんがまた思い詰めちゃうだろうし?」
「べ、別に僕は何回もそんなことをしてるわけじゃ…………ありましたね……」
おちょくるように目線を細めながら侑さんは見つめてくる。侑さんの言葉にそんなことはないと否定しようとしたが思い返してみるといつも一人で悩んでは誰かに助けてもらってる構図しか思い出されなかったので認めざる得なかった。
「あはは、そこまで真剣になるのもかーくんの良い所だけどね! でも、かーくんに何かあればその時は私が力になるから、その時は遠慮なく言ってよね? なんならこっちから行くかもしれないし?」
「はい、その時はお願いします。僕は変わらず自分で解決しようとすると思うので強引にでもお願いします」
「自分でそれを言っちゃうのもどうかとは思うけど……」
二人でそんな事を話していると部室前まで到着した。既に俺たち以外のメンバーは全員揃って、今はみんなで雑談でもしているのだろう。
そう思った時だった。
「…………に出る気あるの!?」
「ん? 今の声……かすみちゃん?」
「かすみのあんな怒声、珍しいですね?」
突然、部室の外にまで聞こえるくらいの声量でかすみの怒号が聞こえてきて侑さんと顔を見合わせる。かすみが喧嘩をする相手と言えば、いつもの流れだと慎なのだがそれでもここまで感情を露わにはしないだろう。
「……あるに決まってんだろ!! お前に何が……!!」
「……かすみの喧嘩相手は……慎?」
「でも、いつものやり取りじゃないよね……?」
口論しているメンバーがいつもの二人で呆れた表情を取ってしまいそうになったが、喧嘩のトーンが普段と違うことに違和感を覚える。侑さんも普段のそれと違うことに察しがついていた。ここで突っ立っていても仕方ないと思い、軽く呼吸を整えてから部室内へと入る。
「慎、かすみ、一体何の騒ぎ?」
「あっ、輝弥くん……」
俺たちの姿を見てしずくさんが一番に声を上げる。部室内には俺たち以外のメンバーが全員揃っている。そして、慎とかすみが睨み合う構図となっていて、他のメンバーはそれを囲うように立っていた。
「あっ、かぐ男! 最近ずっと思ってたんだけどTMSに向けた準備に慎のすけが全然関わってないけど、おかしいんじゃないの?」
慎と論争していたかすみは俺を見るや、こちらへ言葉の矛先を向けた。かすみの問いに疑問を浮かべ真剣な表情で聞き返す。
「……関わってないっていうのはどういうこと? 慎は打ち合わせとかにも参加してるし、振付もマスターしてきてるよ?」
俺の弁論に対してかすみはそうじゃないと言わんばかりに顔を横に振って否定の意思を見せる。
「確かに参加はしてるよ! でも、慎のすけが自分の意見を言ってるところを見たことないんだけど?」
「楽曲作りの時に慎が歌いたい曲のコンセプトを話してくれてたけどそれは違う?」
「最初は言ったと思うけど、その後はかぐ男が考えてるでしょ?」
今俺たちが立たされている状況を正直に突きつけられ、俺は一瞬言葉を噤む。
「それは……。でも、未だにたたき台を作れてない俺が原因であって慎に非は……」
非はない、そう伝えようと思った矢先にかすみは「むきぃぃーー!!」と大声を上げた。
「これは慎のすけの曲でしょ!? なんでかぐ男が困ってる状況で手伝わないの!? それどころか、なんで呑気に振付の練習をやってるのさ!?」
「か、かすみちゃん、いったん落ち着いて……!」
段々とボリュームが上がり興奮状態となっているかすみに歩夢さんは冷や汗を掻きながら静止しようと試みる。だが、矢継ぎ早に慎を否定されて黙っている俺ではなかった。
「……二人で考えるのは時間がかかるから、その何も産まない時間を過ごさせないために慎には練習をやってもらってるんだ! これは慎と話し合って決めたことなんだよ!」
「か、輝弥くん! 輝弥くんも落ち着いて?」
「だからってかぐ男だけに任せたら、それこそ今までと変わらないじゃん! 結局はかぐ男が一人で悩む形になってそんなので進展があるわけないじゃん!」
しずくさんも普段は喧嘩をしない俺がここまで感情的になってる様子を見兼ねて声を掛けるも、かすみは構わずに反論する。そして、かすみはついに言ってはならない言葉を口にしてしまう。
「これだけ人任せにしてる状態だったら……慎のすけなんかがスクールアイドルに向いてるわけがないじゃん!!!!」
「…………っ!」
アイドルに向いてない。その言葉を聴いた瞬間、彼女の後ろにいた慎は目を見開いて激しく動揺していた。そして、その顔を見てしまった俺はどんな理由があれども友人を愚弄されたショックから腕に力が込もってしまう。
「……かすみ……お前……!!」
「も、もうやめて下さい!!」
堪忍袋の緒が切れて、かすみの元へ歩き出そうとした瞬間に俺とかすみの間にせつ菜さんが割って入った。
「お二人の言いたいこともわかります! ライブまで時間が無いからこその妥協案であることも、それでは満足のいくライブにならないということも! ですが、そんな切羽詰まった状態だからこそ手を取り合って現状を打破していく必要があるのではないですか!?」
「せつ菜さん……。ですが……!」
「かーくん、そこまで。言い返したい気持ちは分かるけど、これ以上はやめよう?」
慎のことを好き放題に言われた悔しさが拭い切れず、なおも言い返そうとしたが侑さんにそっと肩に手を置かれる。
「かすみちゃんもそこまでにしなさい? 今ここで怒鳴っても状況は変わらないわ?」
「でも……!!」
「もういいですよ」
かすみも諦めが悪いようで果林さんに嗜められてもまだやめようとしなかったが、慎の失笑も混じった乾いた声が響いた。
「慎?」
「確かに、かすみの言う通り俺は輝弥に丸投げしてた。碌に力を貸そうともせずにライブをやろうだなんてワガママにも程があるよな」
慎の言葉には覇気がなく今にも全てを投げ出しそうな声色だった。
「違う。さっきも言ったが、それは二人でそうしようって決めたことであって決して慎が悪いわけじゃ──」
「いいんだ、輝弥。ありがとうな」
口が早くなってしまう俺に慎は笑ってみせる。だが、その微笑みはいつもの勇気をくれるものじゃなく不安を煽るものだった。
「かすみの言う通り、俺はスクールアイドルそのものに向いてないのかもしれねぇ。……ちょっと、考えさせてくれ」
「あっ、待ってよ、慎!」
荷物を纏めて帰路につこうとする慎を肩に手を乗せて静止しようとするが、彼は止まる様子を見せずに俺を横目で一瞥して部室を後にした。
「なんで……慎がそう考えなくちゃいけないんだよ……」
来たるTMSに向けて準備は着実に進んできたと思われていたが、思わぬアクシデントにより今後の進め方を見直さざるを得なくなった。
それがあんたのやり方なら私はあんたを認めない。