お待たせしました。
本編76話です。
それではどうぞ。
「……すみませんでした。ライブイベントが近づいている中でこのようなことを……」
急遽移動した音楽室にて俺はその場に居合わせている人物らに頭を下げて謝罪していた。
慎が部室から立ち去った後、状況を整理するために渦中の人物であるかすみと俺を別々に事情聴取する事となった。俺の話を聴くことになったのはしずくさん、彼方さん、歩夢さん、エマさん、璃奈の5人だ。
俺の謝罪を聴いた上で最初に口を開いたのは彼方さんだった。椅子に腰を下ろした状態で項垂れている俺に彼方さんはそっと俺の肩に手を乗せる。優しく触れる彼女の手の温もりに冷え込んでいた俺の心も少し温かみを覚えてくる。
「気にしないで? かーくんがあんな風に感情的になるのは事情があってのことだと思うし、それよりも慎くん達の間に何があったのかかーくんの分かる範囲で教えてもらえる?」
「輝弥くんがムキになるのもそうだけど、慎くんとかすみちゃんがあそこまで言い争うなんてこともなかったもんね?」
「かすみちゃん、急に慎くんに突っかかってちょっと怖かった」
途端に感情的になった俺もさることながら、歩夢さんと璃奈は事件の発端となったかすみ達のやり取りに違和感を覚えているようだった。確かにこれまでもあの二人は論争しつつも決して過激なものにはならず、お互いの意志を弁えた上でやっていたので、大事になることはなかった。その点も含めて説明する必要がある。
「かすみが言っていることは間違っているわけではないんです。事の発端は慎との楽曲制作でした」
こうして俺は慎とかすみが喧嘩をすることになった経緯について話し始めた。俺の出した案が慎の意図とそぐわなかった事、そこから俺一人で曲の素案作りを実施していた事、そしてその行為がかすみからは慎が他人任せにしているように見えた事。
「………………」
これらを話し終えた時、全員がどのように言葉を返そうか困惑している様子だった。
しかし、こうなるのも無理はないだろう。スクールアイドル同好会としての知名度が上がり、なおかつメンバーらの活気にあふれた活動がよく見えていた水面下でこのようなトラブルが発生していたのだ。あまりに唐突で状況が上手く飲み込めていない状態だろう。
「かすみは慎のことを非難していましたが、彼は悪くないんです。先ほども言いましたが、俺はただ慎の練習時間も無駄にしたくなかったからこそ彼と話し合って…………」
歩夢さんらに弁解をする俺だが、次第に己の無力さが実感として湧いてきてしまい膝の上で握っていた拳が力を増していた。爪が皮に食い込む感覚を覚え、自然と歯軋りもしていた。
無論、こんな言い訳をしても仕方ないことは俺自身がわかっている。以前にかすみからも咎められたように、これは被害者ヅラをしているように見えるだけなのだ。実際は俺も慎のことを苦しめる羽目になった加害者側の人間でありかすみの非難の対象は俺になっても何らおかしくないことなのだ。
自分への非難が奔流しているとエマさんが俺の握り拳をそっと包み込んでくれた。
「……ありがとう、かーくん。辛い状況なのに話してくれて。おかげでどうして慎くん達が喧嘩しちゃったのか、やっとわかったよ」
事情を話してくれたことにエマさんは笑顔を見せながら礼を述べた。そして、慎達のみならず俺のことも労う様子を見せられ、俺はますます胸が痛くなった。
「……エマさん、本当に優しすぎますよ。俺はむしろ責められる人間なのにどうして……、本来ならば歩夢さんからも怒られて当然なんですよ? 一人でやろうとするなと釘を刺されているにも関わらず、また僕は同じようなことをしているんですから……!」
そうして俺は歩夢さんの方を見つめる。エマさんの楽曲を作ろうとしていた時に突然開かれた歩夢さんとの対談。そこでは歩夢さんの人となりを知るのと同時に俺の過去についても話すことになったが、その結果もあり歩夢さんは俺のことを気に掛けてくれるようになった。普段は侑さんの後ろか隣で一緒にいることが多いが、別れて活動する時などでは俺の近くにいることが多く、彼女なりに俺を気遣ってくれているのだ。
しかし、歩夢さんの目がない時に限り俺は無理強いすることが多く、それにより璃奈の時や今回のように一人でこなそうとヤケになってしまっているのだ。
突然自分の名前を呼ばれた歩夢さんは一瞬驚きはしたけれどもすぐに笑ってみせ、首を横に振って俺の発言を否定する意思を見せる。
「今の輝弥くんは慎くんと話し合った上でその結論に辿り着いていたんでしょ? なら、それは怒る理由にはならないよ。今までの輝弥くんだったら誰にも相談しないで抱え込んでいたけど、今回は違う。ちゃんと何かあったら慎くんと話し合って解決しようと動いていたんだから、それが輝弥くんを非難する理由にはならないよ」
「………………」
毅然とした態度で語る歩夢さんに俺は呑まれていた。確かに彼女の言う通り、過去の俺であれば慎と進め方を話し合った後は曲が完成するまでは何も言わなかっただろう。悩みを相談し俺のために余計な時間を割いてほしくないからだ。
歩夢さんの意見にエマさんも相槌を打って、言葉を被せる。
「うん、歩夢ちゃんの言う通り、かーくんはしっかりと考えた上で取り組んでくれてたから咎めるつもりはないよ。でも……」
俺のことをフォローしながらもエマさんの表情は少し切なさが込められていた。何か物申したげな表情をしていたが、エマさんは一呼吸つくとゆっくりと口を開いた。
「かーくんにとって慎くんって信頼を置くことができない存在なのかな……?」
「……えっ……?」
エマさんの突然の質問に俺は言葉の意味が飲み込めず困惑する。そんな俺を他所にエマさんは話を続ける。
「いつもかーくんと慎くんって息がぴったりで、お互いのことをよくわかってるから二人にとってお互いが良き相棒なんだなって思ってたんだけど……もし本当に相棒だと思ってるなら、こういった苦労とかも分かち合うことが出来ないのかなって思っちゃって……」
「苦労を……分かち合う……?」
苦労を分かち合う、それがどういう意味を持っているのか俺にはよく分からなかった。大変なことを相手と共有することは必ずしも問題の解決策につながるわけじゃないし、最悪の場合は余計な気苦労を負わせ今後のパフォーマンスにも影響してしまう。故にその言葉の意味がわからなかった。
「かーくんは慎くんが少しでも練習量を増やせるように自分への負担を増やしてる。それは慎くんのことをよく考えてて凄く良いなって思うんだ? でも、慎くんや他の人の視点から見ると、かーくんは慎くんのことを十分に信頼してないから自分一人でやろうとしているんじゃないのかって思っちゃうかもしれないの」
「なっ……! 俺は慎のことをそうやって見たことなんて一回も……!!」
エマさんから俺が絶対に考えていない可能性について提唱され、思わず声を荒げる。だが、そうなることをわかっていたのかエマさんはおちつかせるように俺の手を握る力を強め静止させる。
「うん、分かってるよ。かーくんは優しい男の子だもん。そんな風に考えてるなんてことは絶対にないと思うから。でも、もしかしたら慎くんもかーくんの力になってあげたいんじゃないのかなって思うの」
「慎が……俺の力に……?」
「うんうん。慎くんだって、今回は念願の初ライブになるんだもん。かーくんに頼ってばかりじゃいられないってあの子も思ってるんじゃないのかな〜?」
彼方さんは背中をそっと叩きながらエマさんに続く。
「かーくんが慎くんのことを輝かせてあげたいように、慎くんも自分の意見を話して少しでもかーくんの助けになりたいと思ってるはずだよ?」
「彼方ちゃんの言う通り。だから、慎くんも交えて一緒に曲作りをやれないかな? 今からでも遅くないと思うんだ♪」
エマさんと彼方さんの言葉に俺はハッとした。
彼女らの言う通り、俺は慎のことを良き友人であると同時に最高の相棒だと思ってる。だからこそ、相棒として彼のことを輝かせてあげたい。故に彼には余計な時間を取らせまいと息巻いていたのだが、それがかえって慎のストレスになっていたのかもしれない。俺は曲作りで悩んでいることを慎に話して心労をかけたくなかった。しかし、それが慎からしてみれば悩みを打ち明けても仕方ないとして心の底から信頼されてないように見えるのだろう。
亡き妹の為に努力を重ねる慎を見て、一層力が入っていた俺だがいつの間にかそれは大きく空振りを見せており、いつしか俺たちの間に小さく亀裂が生じていたのだ。
「そうか……。俺も慎のことを信じ切れていなかったのかな……」
「でも、かすみちゃんが慎くんに怒ったのは、きっとそことは違う理由なんだろうね」
「そうですね、かすみさんは輝弥くんの次に慎くんのことをよく見てるから、輝弥くんとは一歩違った視点で気になることがあったんだと思うな」
慎のことで思い悩む様子を見せるとエマさんはうーんと唸りながらかすみが憤慨している理由に言及する。しずくさんもかすみの親友だからこそ彼女が何故怒りを見せたのかしずくさんなりに予想を立てていた。
「かすみなりの……視点で……」
「でも、それを聞くならまずは慎くんと話をしてからだよね〜?」
彼方さんはそう言うと幼子のように俺に後ろから抱きついてくる。いつもなら近すぎる彼方さんのパーソナル距離に赤面している俺だが、それすらも気にする余裕が無かった。それは慎になんと声を掛ければいいのかわからないからだ。
「慎と話すって言っても……何を言えばいいのか……」
「輝弥くん、大丈夫だよ。かすみさんは慎くんのことを知ってるとは言ってもひとつだけはっきりしてることがあるから」
「……はっきりしてること?」
しずくさんの言ってることがわからず、思わず聞き返す。そんな俺にしずくさんは嫌な顔を一つせず笑顔で教えてくれる。
「うん、かすみさんが慎くんに言った『慎くんなんかがスクールアイドルに向いてるわけがない』。あれは、かすみさんの本心じゃないよ」
「えっ? …………あっ」
しずくさんが言った『かすみの本心じゃない』。それがどういった意味を持っているのか、想像するには難くなかった。
かすみはスクールアイドルへの熱意を誰よりも持っており、スクールアイドルのことを誰よりも理解している。せつ菜さんと一悶着したのも彼女らの愛が強いが故に勃発したものだ。そして、かすみはその一件でスクールアイドル存続の危機に瀕した経験があるからこそ、他人の大好きや想いを無碍にする発言はしないようにしているのだ。
「かすみちゃんは私たちの中でもスクールアイドルの本質を特に理解しているからね〜。かすみちゃんも慎くんのこれまでの練習を見て、あの子がなにか大切な想いを持ってスクールアイドルをやってることは分かってると思うから、絶対にあの言葉は本音じゃないと彼方ちゃんも睨んでいるのだ」
彼方さんは俺から離れると名探偵のように顎に手を当てて決めポーズを取る。その横で璃奈もうんうんと頷いて肯定の意を示す。
「それにかすみちゃんが本心から言ったとしても輝弥くんはそれを否定してると思う。さっき、部室でかすみちゃんに駆け寄ろうとしたのもその証拠でしょ?」
「……それは当然だよ。璃奈達の熱量も凄いけど、それと同じくらいに慎も真剣にスクールアイドルと向き合ってる。そんな慎がスクールアイドルに向いていないなんて絶対にそんなことないから」
璃奈の問いに俺は間髪を容れずに答える。慎の練習を間近で見ている俺だからこそ、彼が今までの活動を遊びで取り組んでいたのか否か容易に想像できる。
俺のはっきりとした物言いを聞いてしずくさんは満足したように笑顔になる。
「なら、その言葉を伝えてこようよ。今の慎くんに必要なのは背中を押してくれる言葉だと思うから、それは輝弥くんにしか届けられないことだよ!」
「しずくさん……」
しずくさんの言葉を胸の中に溶かしていく。かすみの言葉を正直に受け止めたであろう慎はスクールアイドルを続けるか否かを自分の中でせめぎ合いになっているはず。そんなことは絶対にさせてはいけない。
彼は身内との優劣の差で比べられることが多かった俺を一人の男として見てくれた。スクールアイドル同好会で叶えようとした音楽への道を後押ししてくれたのだ。慎は俺に付いてくる形となったけれども同好会に入る決意を固めた。だからこそ、慎に受けた恩をここで返さなければどこで返せというのか。
それを考えた瞬間、俺の腹は決まった。
「わかったよ。慎に俺の気持ちを伝えてくる。そして、あいつをここに連れて帰ってくるよ」
「うん、私たちは待ってるよ、輝弥くん」
「うむ、吉報を待ってるよ♪」
覚悟の決まった俺の表情を見て、しずくさんは自分の胸の前で手を組みながら優しく送り出してくれる。彼方さんもうんうんと俺が確実に連れて帰ってくることを信じているようだった。
二人の言葉に胸が温かくなる感覚を覚えながら音楽室を出ようとするが、そんな矢先にエマさんは素朴な疑問をぶつける。
「でも、慎くんがどこに行ったのか分かるの?」
「……絶対ではないですが、心当たりはあります」
「……確かに慎くんなら……あそこに……」
先日のこともあり、彼と会うためにどこへ行けばいいのか容易に想像できた。璃奈もそれを思い出したようだった。俺と璃奈の答えに満足したエマさんは笑顔に戻る。
「……そっか。なら、かーくんに任せるね。慎くんを……私たちの友達を……お願いね」
「……はい。必ず慎をここに連れて来ます」
エマさんからの想いを受け取り、俺は慎を探しに音楽室を後にする。
俺にとっての最高の友達を……相棒を迎えに。
気を遣う存在は友達、気の置けない存在は相棒。