お待たせしました。
2023年の『虹の袂』初投稿です。
よろしくお願いします。
「……落ち着いた?」
「……あぁ。もう大丈夫だ」
雨が降りしきる中で泣き合った俺たちは気持ちがひと段落し、今は俺が日頃から持参していた折り畳み傘を開いて墓前で雨を凌いでいた。数刻前まで声を荒げて泣いていた慎は先ほどの自分を思い出し恥ずかしくなったのかそっぽを向いて顔を赤くしていた。
「……急にあんなことして悪かった」
「別に気にしないでよ。ここには俺たち二人しかいないんだから」
途端に恥じらいを見せる慎に思わず笑みがこぼれてしまう。俺としては普段では見れない新鮮な慎の姿が拝めて満足だったのだが、本人はそうはいかないようだ。
「……それが余計に嫌なんだよ」
「どうしてさ?」
「お前に弱みを握られた感じがして妙にムカつくんだよ」
「そんなの自業自得じゃん」
「……うるせぇ」
悪態をつかれた慎は肘で俺を小突いてくる。力加減は弁えているようでそこまで痛覚を感じなかった。
「それよりこの後どうする? だいぶ雨に濡れちゃったけど」
「……冷えるだろうから帰らなくちゃいけないけど、正直まだお前と離れたくねぇ」
「奇遇だね。俺も同じことを思ってたところ」
雨で体温を奪われているので早いところお風呂に入るなり身体を温めないといけないが、まだ慎と話をしていたいと思う自分がいる。慎も同じように考えてるようで、目線を落としながら答えてくれた。
すると、俺はあるアイデアが浮かび慎に提案してみることにした。
「あっ、なら家に来る? 姉さんに連絡してお風呂を用意してもらうし、せっかくなら曲のこともこのまましっかりと突き詰めたいし」
俺は思い切って慎に家へ招待してみることにした。ここから寮まではそれなりに距離があるし、一人の時間が多くなってしまう。それならこちらの家で彼の事をもっと知りたいし、これまで遅れてしまった楽曲制作の分も取り返したい。俺の提案に慎はすぐに承諾せずに少し考え込む様子を見せる。
「ありがたいことだけど……俺がいて邪魔にならないのか?」
「それは大丈夫だよ。なら今から確認するから」
「えっ、今から!?」
慎が驚いている横で俺はスマホを取り出し姉さんに連絡を取る。この時間は演劇の練習をしているかもしれないが、もし出なければチャットで知らせておけばいいだろう。
呼び出し音が鳴り始めてまもなく、すぐに通話先へかかる音が鳴った。
『もしもし?』
「もしもし、姉さん? 急に電話してごめんね。今は部活中?」
『いいえ、今日はもう練習は終わって家にいるわ。どうしたの?』
姉さんは既に帰宅済みのようで声も普段と同じように家で聞いているトーンだった。話は早いと思った俺はすぐさま要件を伝える。
「突然なんだけど、今から友達を連れて来てもいいかな? 二人とも雨に濡れちゃって、本人も寮から距離があるしスクールアイドルの事で突き詰めたいなと思ってさ」
『それはいいけど……今はどこにいるの?』
「台場の海浜公園の近くだよ。ここからなら歩いて15分くらいだと思うから」
俺の相談に姉さんはうーんと声を出しながら考え込む様子を見せる。だが、それも一瞬のことですぐに返事が返ってきた。
『分かったわ。お風呂を用意しておくから気をつけて帰ってきてね?』
「姉さん、ありがとう……! すぐに向かうから!」
家への招待を快諾してくれた姉さんに礼を述べつつ電話を切る。姉さんとの話が終わった様子を見て慎はやきもきしながら声を掛けてくる。
「……どうだったんだ?」
「姉さんもいいってさ。すぐにお風呂も用意してくれるって言うからすぐに準備して行こっ!」
「あっ、輝弥!」
出発しようとした矢先、慎に裾を掴まれ待ったをかけられる。半ば強引に決めてしまったため、何か小言の一つでも言われるのかと構えてしまう。だが、慎から返ってきた言葉は予想を反するものだった。
「あっ……ありがとう……」
シンプルにお礼を述べることが恥ずかしかったのか慎は目をそらし少し頬が赤くなっていた。素直になれない慎につい笑いがこぼれてしまう。
「ふふっ、別にいいよ。俺たちは友達でしょ?」
「……あぁ……そうだな」
こうして二人で笑い合いながら、俺の家へと歩いていくのだった。
海浜公園から歩くこと数十分、慎と他愛ない会話をしながら一軒のアパートの中に入り俺と姉さんの住んでいる部屋まで到着した。
「さっ、上がってよ」
「お、お邪魔します」
扉を開け慎に入るように促すと慎は躊躇いを見せながら家の中へと上がった。そして、扉の音が聞こえたからか姉さんがリビングから紫色の長髪を靡かせながら顔を覗かせてきた。
「あらっ、おかえり輝弥。その子がお友達?」
「ただいま姉さん。そうだよ、鈴川 慎って言うんだ」
「は、初めまして……! 鈴川 慎と言います!」
俺の姉との初顔合わせということもあり慎はガチガチに緊張していた。そんな慎の空気を感じ取った姉さんは静かに微笑みながら挨拶を交わす。
「ふふっ、初めまして。私は巴 珠緒と言います。いつも輝弥がお世話になってます」
「こ、こちらこそいつも輝弥にはお世話になってます……!」
姉さんの笑顔にドギマギしている慎に思わず吹き出してしまう。
「……慎、緊張してるね?」
「想像よりもめっちゃ美人で驚いてるだけだ……!」
「それを緊張してるって言うんだよ……」
図星をつかれた慎は苦し紛れの言い訳を放つが照れながら言っているため、全く意味を為してなかった。確かに姉さんの容姿の美しさは弟たる俺が一番よくわかっているのでそれに関しては保証する。
「姉さん、急にお願いしてごめんね?」
「気にしなくていいわ。既にお風呂は沸いてるから濡れてるだろうしすぐに入りなさい?」
先に連絡しておいたおかげで既にお風呂の用意はできているようだった。
「わかった。慎、服は準備しておくから先に入っていいよ」
「あっ、あぁ……」
慎はずっと雨に濡れていたことに加え精神的にも辛い状態が続いていた。まずは心身の休息が必要と判断しお風呂に入るように促す。
ただ、慎も自分が一番風呂で良いのかと疑問を抱いたが、反発しても時間だけが過ぎるのみと判断したのかすぐに荷物を置いて準備に入った。
「それにしても、どうしてあんなにびしょ濡れだったの? 輝弥、折り畳み傘をいつも持っていたでしょ?」
慎に着せる服を用意してからリビングで休息を取っていると、姉さんはお茶を用意しながらそう質問してきた。
「えぇっと……持ってはいたんだけど……色々とあってさ……」
慎の事情をひけらかすのもよろしくないと思いつつ、別の言い訳が見つからなかったので思わず口を噤んでしまう。姉さんもそんな俺の様子にため息をつく。
「……別にとやかく言うつもりはないけど、慎くんも酷い濡れ具合だったからあの子の為にもしっかりしなさい? これで風邪を引かれたら私もあの子のご家族に顔が立たないから」
「…………うん。ごめんなさい」
姉さんからのお叱りに俺はぐうの音も出ず、甘んじてその言葉を受け入れる。スクールアイドルとしてライブが近づいている彼の為にも、お互いの体調管理はしっかりと守らなければならない。
「反省してるならいいわ。次から気をつけていきましょう。……そういえば、慎くんも貴方と同じスクールアイドル同好会に入ってるの?」
俺の様子から反省している様子を見て取れた姉さんはこれ以上の追及はやめて話題を変える。友達がいることは既に話していたが同じ同好会に所属していることは話していなかった。
「そうだよ。慎ってかっこよくてね、ダンスのキレも良くてすごくアイドルに向いてるんだ!」
「そう……」
「それに運動神経も良くてね、俺なんかと全然違うんだよ。情に熱くてなんでもできて俺の憧れなんだ」
慎のことを紹介しようと思い、つい声色が明るくなる。口が達者になる俺の様子を見て姉さんはにこりと微笑んでみせる。
「……慎は俺の自慢の友達だから、絶対に次のライブで勝たせてあげたいんだ」
「輝弥……」
慎の覚悟を聞いた今だからこそ、メンズ・オブ・スクールアイドルに向けての気合いが高まっている。慎と思いの丈をぶつけ合った今、この熱が冷めないうちに叩きこんでおきたい。そんなことを思いながら話したからか、突然厳かな様子に変わった俺を姉さんはただ見つめていた。だが、すぐに笑顔へ戻り俺の頭を撫でてくる。
「……ふふっ、だからそんなに気合いが入ってるのね」
「ね、姉さん……」
突然の姉さんの行動につい声が上がってしまう。だが、そんな俺を気に留めず、姉さんは撫でるのやめてふと立ち上がる。
「慎くんのために負けられないのはわかったわ。なら、なおさら体調を崩してはいられないわね」
「……そうだね」
姉さんに先ほどの出来事を掘り返され、俺はいたたまれない気持ちになる。そのタイミングとちょうど合わさるようにお風呂から上がった慎がリビングへと顔を出した。
「お風呂上がりました〜」
「あっ、はーい。慎くん、お湯加減は大丈夫だった?」
「はい、凄く気持ちよかったです。一番風呂をもらってすみません……」
「別に良いのよ。これからご飯を作るからゆっくり寛いでいってね」
姉さんはそう言いながら台所で用意していたお茶を慎に差し出す。とてつもない計らいに慎は渋々受け取るもどこか落ち着かない様子を見せていた。
「そ、そんな……ご飯までもらってもいいんですか?」
「別に一人増えたところで変わらないから大丈夫よ。輝弥が、慎くんのライブのために気合いが入ってるみたいだからそれなら色々とお話ができるようにしないといけないからね。輝弥、お風呂を上がったらご飯を食べれるようにしておくから入ってきなさい」
姉さんはエプロンを付けながら答える。そして、俺の方を向いてお風呂に入るように促した。
「うん、すぐ準備して入ってくるよ」
俺は姉さんの言葉に二言で返事をしてお風呂に入るべくパジャマを用意して洗面所へと向かうのだった。
「珠緒さん、何から何までありがとうございます」
輝弥が風呂へ入りに行きリビングでは俺と輝弥の姉さん、珠緒さんの二人きりになった。俺は輝弥たちの手厚い歓迎に頭が上がらなかった。
「ふふっ、気にしないで。狭い部屋で何もない所だけどゆっくりしていってね。あっ、今日はハンバーグを作ろうと思ってたのだけど、慎くんは苦手な食べ物はある?」
「いえっ、特にないので気にしなくて良いですよ」
珠緒さんから好みの質問をされるが、俺は料理に関しては好き嫌いを持っているわけではないので気遣う必要はない旨を伝える。
「分かったわ。腕によりをかけて作るから待っててね」
珠緒さんは俺の回答に満足したようですぐに調理を始めた。
その間、俺は珠緒さんとの二人きりのこの空間をどう切り抜けようか思考を巡らす。輝弥からお姉さんの存在は聞かされてはいたが、ここまで輝弥と同じ、いやそれ以上に気配りに長けてしっかりしているとは思わなかった。それに輝弥に似てとても美人であるため、顔をまじまじと見つめるのも憚れる。
「……ねぇ、慎くん」
「は、はい!」
珠緒さんとの話題を探そうとしていた時に料理をしている珠緒さんから声を掛けられて、つい声音が跳ねてしまう。
「……輝弥は学校ではどんな感じかしら?」
「えっ、輝弥……ですか?」
物静かな様子で珠緒さんは学校での普段の輝弥について質問してくる。
「そう……ですね。凄く良い奴ですよ。いつも真面目でどんなことにも誠実に取り組んで、俺の自慢の友人です」
学校での輝弥について俺が感じた気持ちを素直に伝える。だが、これだけだと当たり障りがなくて味気足りないかもしれない。現に珠緒さんは俺の答えに返事をせず無言で聞き入っている。きっと珠緒さんが聞きたいのはそういうことではないのかもしれない。
「……輝弥はとにかく責任感が強くて、スクールアイドル同好会でもアイドルをやるメンバーを輝かせたいからって、いつも自分一人でなんでもこなそうとするんです。それが頼もしいと思う反面、逆に危なっかしく感じる時もあって、他のメンバーも心配することが多いんです」
「……そうなのね」
輝弥のことは誰よりも頼りにしている。だが、それと同時にあいつに抱いている不安要素についても余すことなく伝える。
口に出した通り、輝弥は誰よりも真面目。何か問題を抱えていても他の人を不安にさせないように自分の中で押し留めてしまう。珠緒さんが俺にそう質問してきたのもきっとそういうことだ。彼女が聞きたいのは学校でもしっかりと自分の好きなことを謳歌できているのかということだろう。
不安要素を吐露したことで珠緒さんは少し落ち込む様子を見せる。いや、落ち込むというよりかはやはりそうかと言わんばかりに達観している様子でもあった。
「でも、あいつがそうしてくれるのも俺たちのことを信頼しているからなんだと思うんです。輝弥は……少し前までは珠緒さんと比べられることを嫌がっていました。珠緒さんの名前を出されるたびに怪訝な顔をして、辛そうな表情をしていました」
輝弥と知り合って数日、入部場所を探していたときに演劇部の部長から言われたお姉さんとの比較。その時のあいつは今でも覚えている。声を張って『自分は姉さんとは違う』と言い切った輝弥の目は、先輩後輩という立場など関係なくただ目の前の相手を刺してしまいそうなそんな感覚だった。
「………………」
「でも、スクールアイドル同好会でなら他の誰でもない巴 輝弥として見てもらえる。音楽の実力で評価してくれるメンバー達のおかげで輝弥は今、この学校での生活を十分に楽しんでいます」
輝弥が自分のやりたいことについて悩んでいた時、せつ菜さんが見せてくれたありのままの大好きを叫ぶこと。それは輝弥に大きな影響を与えたようですぐにこの同好会へ入るって決めていた。そして、そこにいるメンバーはそんな輝弥のことを『文武両道でよく出来たお姉さんの弟』というレッテルを貼ることなく『ただ一人の巴 輝弥』として見てくれている。もちろんお姉さんのことを何も知らないからだとは思うものの、何も蟠りを抱えずに受け入れてくれるからこそ、あいつにとっては居心地が良いのだ。
「自分に夢を与えてくれた人がスクールアイドルを辞めそうになった時もあいつは率先して動いてくれて……輝弥がいなかったらスクールアイドル同好会は今ほど盛り上がっていないと思います」
「……そう、だからあの時……」
珠緒さんは俺の発言を聞いて、何かを思い出したように考え込む素振りを見せる。せつ菜さんの一件の時に何か姉弟で話していたのだろう。だが、そこに言及をするつもりはなく、俺は話を続ける。
「俺も輝弥が居てくれたことでこの部活に入ってよかったなって心の底から思ってます。俺にとってあいつは……親友であり相棒なんです」
真結の墓の前で涙を流し合った俺たち。あの時、本当ならば俺があいつに怒られて然るべきなのに輝弥は『俺の想いも理解せずに一人で取り組んでしまっていた』と自分の不甲斐なさを憂いていたのだ。お互いがお互いに気を遣ってしまうがあまりに本心で語ろうとしなかった。あの苦悩が今の俺を変えてくれている。もう輝弥の前で隠し事はしたくないのだ。
「……輝弥は良い仲間を……そして、良い友達を持ったのね」
俺が語っているうちに料理を仕込みを終えていた珠緒さんはリビングに顔を出して目を潤ませていた。そして、俺の前に座り込み深々と頭を下げてきた。
「慎くん、輝弥のことを見守ってくれて本当にありがとう。あの子にそこまで親密な関係になっている相手がいてくれて私は嬉しいわ。そして、その相手が輝弥のことをしっかりと隣で見てくれる貴方だってことも……」
「い、いえっ……! 俺はそこまで出来た人間じゃないです。俺も輝弥に支えられてここまでやってこられたので、むしろお礼を言いたいのはこちらの方です。輝弥と出会わせてくれてありがとうございました……!」
珠緒さんばかりに頭を下げさせるわけにはいかないので俺も俺であいつと仲良くさせてもらえた嬉しさをお礼に込める。お互いに頭を下げ合っている様子がおかしかったからか俺と珠緒さんは同じタイミングで顔を見合わせて吹き出してしまう。
「ふふっ。私たち、何をやっているのかしらね」
「ははっ、本当ですね。輝弥に見られたらなんて言われるか……」
二人で笑い合っていると洗面所のドアが開く音が聞こえる。どうやら輝弥が風呂から上がったようだ。
「貴方がそこまで輝弥のことを見てくれているなら安心だわ。これからも私の弟を……輝弥のことをよろしくね?」
「……はい! こちらこそよろしくお願いします!」
珠緒さんの為にも輝弥のことは相棒として誰よりも近くで支える。その決意を今一度噛み締めながら珠緒さんに対して強く返事をするのだった。
これからは胸を張って、お前のことを親友と呼ぶ。