お待たせしました。
本編79話です。
それではどうぞ!
「お、お邪魔しま〜す……」
「もう、慎ってば今更部屋に入るだけで緊張しすぎだってば」
「そう言うけどよ、他人の部屋なんてそうそう入らんだろ?」
姉さんを交えた食事を終えて、俺は慎を自室へ案内していた。慎は先ほど寮長に連絡を取り、急遽外で宿泊することになった旨を伝えていた。横で話の雰囲気を聞いていたが特に外泊に関しての制約はなく寮長は快く了承してくれた。しかし、連絡は早めにすること、と釘を刺されていたので次回から気をつけなくてはいけない。
「まあ、そうだけど……それでも大袈裟じゃない?」
「お前も他人の家に泊まれば分かるさ」
「じゃあ、今度は慎の部屋に遊びに行かせてよ?」
「何もねえけどいいのか?」
「慎がいるからいいの」
「へっ、なんだそれ」
俺の部屋に上がってから他愛無い会話を繰り広げていると部屋の外からノックが聞こえ、すぐに姉さんが入ってきた。
「輝弥、慎くん、お茶とお菓子を用意したから2人でどうぞ」
「えっ、そこまでしてもらっていいんですか……?」
夕食や寝泊まりだけでなく夜食まで用意してもらい、慎は手厚すぎる歓迎に頭が上がらない様子だった。困惑している慎に姉さんはふふっと笑ってみせる。
「気にしなくていいわよ。せっかく輝弥がお友達を連れてきたんだから、私も気合いが入っちゃったわ」
姉さんは手短に作ったプリンと一緒に紅茶を用意してくれていた。姉さんは料理だけでなくお菓子作りも長けており、どんなお菓子を作らせても味や見た目は一級品なのだ。
「ありがと、姉さん。食べ終わったらまた持っていくね」
「えぇ、それじゃあゆっくりね」
そう言って姉さんは部屋から去っていく。慎は姉さんが作ったプリンを美味しそうに見つめ、そっとスプーンを刺していく。慎が掬ったスプーン上でプリンが踊っており、プリンの見映えがより際立っていた。
「……じゃあ、い、頂きます」
「うん、どうぞ」
既に立ち去った姉さんの代わりに慎の挨拶に返事をすると慎は意を決してプリンを頬張る。口に咥えて数秒後、慎は目をカッと見開き、その表情だけでプリンの美味しさを表現していた。
「……う、美味い……! おい、これって本当にさっと作っただけなのか? 調理時間と美味しさの比率がまるで合ってねえぞ!?」
「ふふん、これが姉さんのすごいところだから」
「お前が自慢げに言うなよ」
姉さんは料理経験が豊富ということもあって、少ない材料でハイクオリティな料理を作れる。姉さんに家事を任せるのもそれ故であり、俺の出る幕が何一つないのだ。姉さんの凄さをドヤ顔で語るも、お前が言うなと慎に一蹴されてしまい少しだけ悲しい気持ちになる。
「まあ、それはそれとして……。いよいよ本格的にやるんだろ?」
慎はプリンに舌鼓を打ちながら、本題へと話を変える。今日、慎を家に泊まらせることにしたのも、これまで相応の進捗を見せていなかった楽曲作りを本格的に始動させるためだ。
「うん。これまでの遅れをここで取り返さないと、あとでせつ菜さん達になんて言われるか……」
ライブまで1週間を切っている。せっかくの休日も、今日と明日で最後となるため最後の追い上げとして活用できるのがこのタイミングしかない。
「よし、なら今の方向性を軸にパパッと進めていこうぜ」
「あっ、その事についてなんだけど……」
慎は合掌しながら作曲への意欲を見せるが、その前にある提案したく作曲に待ったをかける。
「あん? どうしたんだ?」
「……一つ頼みがあるんだけど……曲のコンセプトについて、もう一度見つめ直してみない?」
「……えっ?」
突然の相談に慎は驚きの表情を隠せない。曲のコンセプトを見つめ直す、それは今作ってる曲を没にするということ。現状の方向性で費やしてきた時間を不意にするということなのだ。
「……これは俺のわがままなんだけど、今の俺にはこのコンセプトを貫いたまま慎の曲として作れる自信がないんだ。そして……今のこれが……慎に合ってるとも……思えない……」
「……輝弥……」
合ってると思えない、そう告げられた慎はショックを顔に出すまいと耐えていたがそれでも口や眉は震えてるように見えた。
「慎がどういった意図でこのコンセプトをやろうと思ってるのかは分からない。でも、これは慎の本当にやりたいこととは違う気がするんだ……」
慎は「自分と同じような悩んでる人たちを救えるように、みんなに元気をあげたい」というイメージを掲げていた。そのイメージを掲げた終着点はおかしくない。だが、その為の手段が慎に合ってないのだ。侑さんやかすみが覚えた違和感もおそらくこれだろう。
「この発言が慎に失礼なことだということは分かってる。それでも、慎の初ライブを成功させる為には、このコンセプトは変えるべきだと思うんだ」
俺はこれまでも慎の想いを尊重したいと考えて、批判する事を避けていた。しかし、その結果が昼間のそれだ。今回の相談は慎の要望通りに曲を作れない俺のわがままも入っている。慎の初ライブを必ず成功させたい、その為にこの状況を変えたいのだ。
「…………どうかな?」
慎の回答を俺は何も言わずに見守る。これでも慎が今のままやりたいというのであれば、その意思を尊重する。慎の意見もじっくり聞いた上で曲作りに時間を割くつもりだ。固唾を飲みながら返事を待っていると、慎は徐に微笑み出した。
「……やっぱりそうなるか……」
「えっ?」
慎がボソッと何かを呟いたが不意の出来事だったため正確に聞き取ることができなかった。
「わかった。お前がそう言うなら変えようぜ」
「えっ……い、いいの?」
反論の一つや二つが飛んでくるかと思っていたが、案外簡単に承諾されて思わず聞き返してしまう。
「あぁ、輝弥が言ってくれることはいつも正しいからな。こういう時はお前に付いていった方が絶対正解だし、変えていこうぜ」
「で、でも……それだとまたかすみに……?」
「何も考えてない、って言われるよなぁ」
俺が懸念していた事を慎はあっけらかんと答える。元々はライブの事を全く自分で考えてないと指摘され、それがかすみとの喧嘩の発端となっている。
「でも、薄々分かってはいたんだ。これじゃダメかもなって」
「慎……」
「かすみや輝弥が言ったからとか、そんなことは関係ない。今は自分でも考えた上でコンセプトを変えた方がいいと思ってる。だから、輝弥にはそれを一緒に考えてほしい」
真剣な面持ちで語る慎。それは以前とは違い、覚悟を決めている顔だった。部室を離れてから一人で見つめ直した事で慎自身の中で考え方が変わっているようだ。
「……コンセプトを変えるってことは、また一からダンス練習や歌の練習をしなくちゃいけない。それでもいい?」
「やってやるさ。もう俺は、俺自身に嘘を付かねぇ」
最後にもう一度慎の覚悟を確認すると慎は間髪を容れずに問題ないと返事をする。その様子に俺も腹を決めた。
「……わかった。ならここから再スタートを決めよう」
「おうさ、よろしく頼むぜ」
拳を突き合わせて笑顔になる俺と慎。ここからリスタートすることとなったが、その前に一つだけやらなければいけないことがあった。
「それと、一つお願いがあるんだ」
「ん? なんだ?」
「……慎のこと、もっと教えてくれないかな?」
「えっ、俺のこと?」
俺の質問の意図を理解できなかった慎は首を傾げる。確かにこれだけだと頭が混乱してしまうのも無理はない。
「うん。俺は、慎の事をもっと知りたい。慎の過去のことや……真結ちゃんのことも……」
「……っ!」
真結ちゃんの事も聞きたいと知り、慎は一瞬たじろぐ様子を見せる。だが、それに臆さず話を続ける。
「慎が当初話してたアイドルイメージや曲コンセプトって、きっと真結ちゃんのことも入ってると思うんだ。真結ちゃんのことを大事にしてる慎があの子から何をもらったのか、それを知りたい」
慎が興味本位だけでスクールアイドルをやろうと思ったわけじゃないのはこれまでの彼を見ていればわかる。それは真結ちゃんの影響も少なからず関わっていると思うのだ。それに慎が墓前で呟いていた「真結ちゃんの見れなかった景色を見せたかった」という発言の意図も気になる。
「勿論もし慎が話したくないというならそれでもいい。でも……もう俺は慎に気を使いたくない」
「……どういうことだ?」
「慎とは気が置けない存在でありたいんだ。お互いの事情を理解した上で誰よりも近くで寄り添える関係、それこそが真に相棒って呼べるんじゃないのかなって」
「輝弥……」
気が置けない関係性というのはすごく難しい。気心の知れた仲ならお互いのことを信頼しているからこそ気を遣うこともなく自分の心のままに話をできる。しかし、気心が知れたからと言って相手にどんな話が出来るかというとそれは違う。相手の心情を省みずに自分の好きに話をするというのは、自分が話してて気持ちが良いだけのものが大半であり、それはただのマスターベーションなのだ。
これまで慎と一緒に過ごしたことにより彼の信念に触れることができた。今回も慎の過去に触れることで彼のことをより大事にしたいと思えるし、より親友として手を取り合える気がするのだ。
「……だめ……かな?」
一抹の不安を抱きながら俺は慎に再度問いかける。妹の存在に触れることは慎にとってはとてもデリケートな話だ。でも、このまま立ち往生してしまうよりかは新しく一歩を踏み出さなくてはいけはい。今の俺と慎ならこの話題に触れても大丈夫、そう信じているのだ。
そう考えていると慎はついに重い口を開いた。
「……わかった。お前がそこまで言うなら話すよ」
「…………いいの?」
「ここまで来て引き下がるわけにもいかねえだろ? 俺のこれまでと……妹のこと……輝弥に知ってほしい」
「……わかった。ありがとう」
了承を出してくれた慎に笑顔で返事をする。彼がどんな生を歩んでいたのか、それを理解しなければこの先ずっと後悔することになる。今後の慎との歩み方の為にも。
そう決意を固めると、慎は自分の半生を語り始めるのだった。
ついに語られるその心。