虹の袂   作:M-SYA

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お待たせしました。

本編81話です。

それではどうぞ。




絶望に打ちひしがれながら

 

 一人のアイドルを志していた少女が事故で亡くなった。それはあまりに唐突で予想もできなかった出来事だった。加害者は居眠り運転を起こしていたようで信号の切り替わりに気づかず交差点に侵入してしまったという話らしい。

 

 

 しかし、今の俺にはそんなことはどうでもよかった。たった数秒前まで隣で笑っていた最愛の妹が路上に転がっている事実だけが俺の頭の中にこびりついていた。

 

 

 事故後、周囲の人間の協力を得てすぐに真結は病院へ搬送されたが、全身を複雑骨折しており、内臓を多数貫いていたことから治療もままならない即死とのことだった。

 

 

「うぅっ……まゆりぃ……すまねぇ…………」

 

 病院で医者に妹の死を告げられてから俺は椅子に座りながら項垂れることしかできなかった。目の前で妹が殺されるのをただ見ることしかできなかった自分が許せなかった。出場する予定だった大会も参加を辞退し、病院へ付いてきたはいいものの手を出せるわけもなくただ妹に対しての謝罪を繰り返すロボットのようになっていた。

 

「慎……!」

 

 項垂れながら泣いていると両親がやってきた。二人とも普段の落ち着いた装いではあるが、よほど急いで来たのかいつもはセットしている髪が乱れ、肩で息をしていた。

 

「とう……さん…………かあさん…………」

 

「真結は……?」

 

 母さんからの問いに俺は肩を落としながら首を横に振る。それだけで母さんは全てを悟ってしまう。

 

「あぁ……そんな…………真結…………」

 

 娘が亡くなった事実が実感として湧いてきた母さんは手で顔を覆いながら咽び泣く。父さんはそっと母さんの頭に手を置いて悲しみを和らげようとしていた。だが、それも一瞬のことで、すぐに父さんは俺の元に歩み寄る。

 

「慎、辛かったな……。私たちが付いていってやればよかったのに……すまなかった……」

 

 父さんは妹を見てやれなかった自分を恥じながら俺をそっと抱きしめる。ふと抱きしめられ、父さんの身体の大きさと温もりを直に感じ、より涙腺が緩くなってしまう。

 

「……うぅ……ごめん……。まゆりを止められなくて……ごめん…………」

 

「……一人で……よく耐えたな……」

 

「うぅっ……うわぁぁぁぁぁぁ…………!!」

 

 父親の温かみを感じながら病院内に俺たち残された家族の泣き声だけが虚しく響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 真結の死から数日。彼女がこの世を去った事実受け入れたくなかったが、朝起きても夜寝る時も彼女の姿がないことがこの上ない事実として思い知らされてしまう。

 

 

 そして、否が応でも彼女の死を実感してしまう瞬間がすぐに訪れる。

 

 

 それは学校内での生徒の反応。普段は軽口を叩き合う友人も俺の様子を伺うようになってしまい自分たちから話しかけることが無くなってしまった。そして、妹の死は瞬く間に学校内で拡散され、すれ違う人々は口を揃えて俺に聞こえないように憐れみの声を漏らす。

 

 

 部員仲間にも大会当日のドタキャンがあったこともあり、彼らへの申し訳なさからまともに話しかけることも出来ず逃げてしまう始末だ。

 

 

 こうして人の目から逃げるように過ごす俺は学校にいることがしんどくなり、いつしか学校にも行かずに引きこもるようになってしまった。家に引きこもってしまった俺を両親は何も言わずに見守ってくれた。このまま現実から目を逸らし続けても残るのは虚無のみ。妹の死を乗り越えて前に進まなければいけないのだが、身体が言うことを聞かない。頭では理解しても身体が認めないのだった。

 

 

 そうして学校を休むようになってから1週間。両親は仕事へ行き、家には俺一人だった。何もしないままではいけないと妹の部屋に向かう。少しずつ妹の死を受け入れるために、俺は彼女の部屋を整理しようと考えた。彼女の部屋はあの日から姿形を変えていない。しかし、いつまでも手付かずにしておくわけにはいかず、せめて片付けてあげようと思ったのだった。

 

 

 真結の部屋を片付ける内に様々な物が出てきた。彼女が大切にしていたぬいぐるみ、勉強のために愛用していた好きなキャラの描かれた筆記用具。小学生の頃に使用していたランドセル。中学生になってからも彼女は記念としてクローゼットに大切にしまっていたようだった。どれも真結にとって生を全うした証。どうしても処分する気もなれず、どうしたものかと困っていた。

 

 

「……ん? なんだこれ……」

 

 

 周囲を見渡すと真結の勉強机の隅にUSBメモリーが置いてあった。パソコンに詳しくない彼女の部屋に何故そんなものが置いてあるのか不思議でならなかった。以前、父さんにパソコンの使い方を教えてもらったことがあるため、俺はすぐに自室へ行きメモリーの中身を確認する。

 

 

(あいつのダンスとかが入ってるのか……?)

 

 

 パソコンの起動が完了すると、俺はパソコンの入力端子にUSBを挿入しデータを読み取る。

 

 

「これは……あいつのダンス練習か……」

 

 

 そこには推察通りダンス練習を自撮りした動画が多数入っていた。どうやらダンススクールが終わった後や俺との練習の合間に自分でダンスを撮影していたようだ。客観的に自分のダンスを見る手法として講師から教わったのだろう。

 

 

「スクールに通い始めてからと比べると、本当に成長してるもんだな……」

 

 

 スクール入校直後のダンス動画はお世辞にも上手いとは言えず、初心者の域を出なかった。しかし、1,2ヶ月も超えると目に見えてダンスのレベルが上がっており立ち回りや細部への拘りなどダンスへの集中力が段違いだった。

 

 

 彼女のダンス風景を眺めていると、これまでと異なるサムネイルの動画が出てきた。動画時間としてはそれまでのダンス練習より少し短い程度の物だが笑顔の真結が正面から映されており、違った趣向の動画であることが見て取れる。

 

 

「……?」

 

 

 動画の内容について、予想がつかなかったので俺は何気なく動画を再生する。

 

『皆さん、こんにちは〜! まゆりんこと、鈴川 真結で〜す! ……って自分の言うのも恥ずかしいんだけど……』

 

 動画ではサムネイルと同じように真結が正面から映されており、彼女もカメラをまっすぐに見つめていた。まるで動画を見ている視聴者に向けたメッセージのようだ。

 

『私は今、アイドルになるためにたくさんの練習をしています! 元々体力がある方ではなかったので筋トレなんかは特にしんどいです! それにダンススクールの先生も厳しくて……いつも怒られちゃいます!』

 

 

 真結は普段の練習風景について語ってくれる。講師に怒られると言っている割に笑顔が消えていないのがその練習の充実さを表している証拠だろう。

 

 

『でも、辛くなんかないです! だって、私はテレビで見てるアイドルに勇気を貰って、私も同じようになりたいって思ってるからこんな苦しさはなんてことないです!』

 

 

 いつもは憧れるだけだったアイドルに手を伸ばすために、今は研鑽を積む時。彼女もそれを自覚しており、日々弛まぬ努力をしているのだ。

 

 

「それに、私のことを誰よりも近くで応援してくれる人がいるから、その人に返してあげたいんです』

 

 

「……それって……」

 

 

 真結が誰のことを示唆しているのか、それを的中させるのはそう難いことではなかった。

 

 

『その人は部活が終わってからも付きっきりで私のサポートをしてくれて、この夢を追いたいって話をした時も全力で応援するって言ってくれました。私がこうして今を走れているのもその人のおかげなんです!』

 

 

 真結の言葉を聞いて乾いていた涙が込み上げてきた。彼女が俺に直接感謝の言葉を伝えてきたのは誕生日の時以外ではあまり無く、なかなか聴くことができないのだ。そして、それを動画で聞かされることになってしまったこの状況も相まってより心が痛くなってくる。

 

 

『だからその人には、私の成長した姿を見せてあげたいんです。いつかステージに立って沢山の人に希望をあげられるアイドルに、私は必ずなってみせます! ……だから応援していてくださいね?』

 

 

「……ぐずっ……真結……そんなことを…………」

 

 

 俺は堪えていた涙を抑え切れず嗚咽を出しながら顔をうずめる。動画の中で真結は締めの挨拶をしていたが、もう俺の耳には届いていない。彼女が真剣に追いかけていた夢が、自信満々に語っていた将来が、ほんの一瞬の出来事で閉ざされてしまったのだから。

 

 

「まゆりぃ……ごめん…………。ほんとうに…………ごめん…………」

 

 

 今更謝っても彼女が生き返ることはない。それが自然の摂理なのにどこかで認めたくない自分がいる。しかしどれだけ悔いても時は戻らない。ここにいるのは俺一人だけ。ならば、残された俺が彼女のためにその使命を果たさなければならない。

 

 

「……真結。俺、お前の意志を継ぐ。お前が見たかった景色を……俺が見せてやる」

 

 

 彼女の動画を見たことにより、俺の中で気持ちの整理がついた。ないものねだりで自分の世界に篭っていたがそれだけでは何も変わらない。むしろこのままでは真結の想いが消えてしまう。彼女がこの世界に存在した証が消えてしまうのだ。

 

 

 そのことを再認識した時、俺の行動は早かった。両親が仕事から帰ってきた時に、事の顛末を話した。自分が彼女の想いを背負ってアイドルになると話した時、二人は驚きの表情を浮かべたが普段と違う俺の様子を見て、すぐに事情を理解し協力してくれることになったのだ。

 

 

 そして、アイドルを目指すにしても次に探さなくてはいけないのは高校だ。俺は高校受験をしなければいけない時期。他の生徒は志望校を見つけており、合格に向けて勉強していたが俺は彼らと大きくブランクがある。その差も埋めつつアイドルに必要な要素を勉強できる場所を見つけなければいけなかった。

 

 

 だが、俺自身を客観的に自己分析した時、ダンスや体力などの運動能力に関しては申し分ないと自覚している。故に部活動ではレギュラーを獲得していたし、真結のダンス練習に付き合っていたおかげで曲がりなりにもダンスは形になっていたからだ。

 

 

 その上で、次に勉強しなければいけないところが音楽について。俺は歌があまり上手とは言えない。人並みに歌えはしても、それはアイドルになった時に大きな足枷になる。その欠点をカバーするためにまずは音楽を学ぶ必要がある。

 

 

 そこで見つけたのが、虹ヶ咲学園。全国から中学生がこぞって集まるマンモス校でその学科は普通科のみにならず文系、デジタル系、保健系と多彩だった。その中に音楽科も入っているため、臨むのならば本気で目指したいということでこの学校を選ぶことにした。

 

 

 虹ヶ咲学園はその人気の高さゆえに倍率も高い。特に音楽科は楽器を弾けたり音楽的センスを兼ね備えている人も多いが故に敷居が高かった。中学の担任も「そんなの無茶だ」と異を唱えていた。だが、やらずに諦めるなんてこともしたくないため、担任の反対を押し切って受験願を出した。

 

 

 やるからには本気で、ということで受験が始まるまでの期間、学校の先生とマンツーマン指導で夜遅くまで勉強していた。もう頭に入らないと思い、気持ちが折れそうになったこともあったがそんな時に真結の言葉が思い出される。『いつか沢山の人に希望を届けられるアイドルになりたい』と胸を張って語った彼女の姿が俺を奮い立たせてくれた。

 

 

 長い受験勉強との戦いの末に自分の手元へ合格通知が届いたときは両親とはもちろん学校の先生とも熱いハグを交わした。当人らも本当に受かるとは思わず、感情を爆発させたのは久方ぶりのことだった。

 

 

 そして、この学園に足を踏み入れたことで自身に大きな転機が訪れた。

 

 

 

「……ここが虹ヶ咲学園か……」

 

 入学初日、校舎の姿を眼前に拝み俺は改めて自身が成し遂げたことを振り返る。

 

 唐突な妹との別れ、アイドルを目指すために必要な音楽の知識を蓄えようと先生との熱血指導、喜びの感情を爆発させた合格通知。バスケに熱中していた時には考えられない今の自分の姿に驚きを隠せなかった。

 

 しかし、これは俺が本気で望んだこと。だから、何も悔いはないし臆するつもりもなかった。周囲には女子生徒が闊歩していたがその目に負けるつもりはない。緊張しないと言えば嘘になるが気持ちで負けては元も子もないと考えていた。

 

「音楽科……1−1……鈴川 慎……」

 

 自分の名前を名簿から探し音楽科の教室へ向かう。親元を離れて寮で生活することになった俺はここでは本当の意味で一人だった。せめて似た境遇の男子がいれば少しは気持ちも紛れると思っていたのだが、なかなか見つからない。

 

 そう思っていた矢先だった。

 

「……あの子……もしかして……」

 

 教室で一人タブレットと睨めっこしている紺色の髪の少年。後ろ姿は一瞬女子生徒に見えはしたが制服が俺と同じであるため、もしかしたらと俺は勇気を出した。

 

「あの……」

 

 突然声を掛けられた少年はタブレットから目を離しこちらを見つめる。

 

「はい。なんですか?」

 

 中性的で耳心地が良い声。優しく向けられた笑顔は穏やかな印象を与えてくる。

 

「君もこの教室の生徒だよね?」

 

「そうですけど、もしかして君も?」

 

 そうだという彼の言葉を聞いて、緊張の糸が解ける感覚がする。

 

「そうなんです! やっと男子が見つかって安心したよ〜」

 

「そっか! 僕もここまで男子の姿を見なかったからすごく不安だったんですよ……」

 

 少年も俺がクラスメイトと知り、ほっと胸を撫で下ろす。彼も平然を装っていながら内心は不安を隠せなかったようだ。

 

「俺、鈴川 慎っていうんだ。よろしく。えっと……」

 

 先ほどの名簿で少年の名前を見忘れたのでなんて呼べばいいか戸惑っていると彼は落ち着きながら自身の名前を教えてくれる。

 

「僕……いや、俺は巴 輝弥。気軽に輝弥って呼んで」

 

 

 

 

 

 これが、俺にとって自慢の相棒と呼べる輝弥との出会い。

 

 そして、俺の物語の始まり。

 

 

 






再び二人三脚の時間が動きだす。


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