お待たせしました。
本編82話です。
それではどうぞ!
「……これが俺の半生だ」
慎は長く話し続けた反動からか大きなため息をついて脱力する。21時ごろから彼の話を聞き始めたが、現時点で23時になっており、約二時間は彼の話を聞いていたことになる。姉さんが用意してくれた紅茶も彼の話を聞きながら飲んではいたが、途中から聴くことに専念してしまったこともあり今は煙もたっておらず冷めていた。
「長く話しちまって悪かったな。これが、俺が虹ヶ咲学園に来た理由、そしてスクールアイドル同好会に入ることを決めた理由だ。俺は妹が成しえなかった夢を叶えるために、あいつが憧れていた景色を見せるためにここに来たんだ」
「…………」
「……と言っても、最終的にはあいつの願いに囚われてて自分を見失っちまったけどな」
そう言って慎は自虐気味に語る。妹のためと称して活動してきた慎だが、かすみにも指摘された「自分のライブについて考えられていない」について図星だったことを認めているようだ。
慎は真結ちゃんのためにスクールアイドルとしてステージで輝いている姿を見せてあげようと思っていた。しかし、それを成すために真結ちゃんが観たかった景色を見せようとしていたので、慎は彼女がスクールアイドルとしてありたかった姿を彼自身の手で体現しようとしていたのだ。
かすみはそのことを見抜いており、それが前述の発言にもつながっているようだった。
「……輝弥?」
慎はいつまで経っても言葉を発しようとしない俺を不審に思い、顔を覗きに来る。ずっと俯いていたこともあり心配しているようにも見える。
「……慎、話してくれてありがとう。おかげで慎の事がやっとわかるようになった気がする」
「輝弥……」
俺は顔を上げて慎に笑顔を見せるが、その笑顔に違和感を覚えた慎は浮かない様子を見せる。その違和感を合っており、俺はすぐに悔やむ表情へ変わる。
「それと……自分のみじめさも痛感しちゃったよ」
「えっ?」
突然、自分の事を責める様子に慎は疑問符を浮かべ発言の意図を問う。
「慎がずっと一人で真結ちゃんのために戦ってきたのに、それに手を貸せなかった自分が許せなくなったんだ」
許せないと話しながら俺はいつの間に作っていた握り拳に力が入る。慎が話さなかったから、という理由だけにあらず、慎との今の関係性が変わることを恐れて声を掛けられなかった自分の弱さを痛感してしまったのだ。
「今まで……力になってあげられなくてごめん。俺はやっと慎と対等の立場になれた気がする」
「輝弥……。俺もつまらねえ意地を張って悪かった。色々と気を遣わせちまって、俺も情けねえよ」
俺の謝罪に対して慎も己の非を詫びるように顔を落とす。
「でも、慎の想いを聞いてやっと決心がついた。慎の曲のコンセプトは……やっぱり変えるべきだって」
「どうしてだ?」
「慎が語ってくれた曲のコンセプト、あれって真結ちゃんがアイドルになった時のことを思って言ってたと思うんだ。でも、今ここにいるのは真結ちゃんじゃなくて慎。慎が一番映える演出でライブを披露することがたくさんの人に元気をあげたいという真結ちゃんの願いにも繋がると思うんだ」
慎の当初話していた曲のコンセプトがどうしても彼のイメージと合わなかった理由、それはそのイメージが彼のものではなく真結ちゃんのものだったからだ。彼は真結ちゃんの意志を尊重したくて彼女が求めていたものを自分が体現しようと画策していただろう。それでは彼自身の想いがなく遠くない内にドツボにはまってしまうのが目に見えてしまう。
尤もこんなことを言わずとも既に彼は理解しているだろうから皆まで言わずとも俺の意図は伝わっていることだろう。
「……ったく、ほんとお前に隠し事は出来ねえな」
「俺は慎の相棒だよ?」
ため息交じりにぼやく慎に俺は薄ら笑いを見せる。手玉に取られる感覚を覚えている慎は苦笑を浮かべ、自身の考えを語ってくれた。
「確かに、輝弥の言う通りだよ。俺は真結の見たかった景色を見せるために明るい曲を作りたいって言ったんだ。でも、それだと俺が良くても輝弥やみんなを困らせちまうんだよな」
「慎……」
「だから、俺は自分のやりたいことを尊重する。だから……協力してくれるか?」
慎は目線を外に反らしながらそう問いかける。顔が若干赤くなっているのも本人としては改めて言うのが恥ずかしいのだろう。そんな彼の様子に可笑しさを抱きつつも、否定する理由はどこにもなかった。
「当然だよ。今日から早速、曲の作り直しだから気合を入れないとだよ!」
「時間も遅いし、ほどほどにな……?」
曲作りに熱意を出す俺に慎はたじろぐ様子を見せる。だが、ライブまで1週間を切っている中で悠長に構えている時間もないため、加減をするつもりは毛頭ない。
こうして俺たち二人の徹夜作業による曲作りが始まった。
慎とのお泊り会兼曲作り強化合宿から一夜明け、俺たちは部室前に来ていた。目的は二つ、昨日のかすみと慎の喧嘩についての謝罪とこれからの練習がハードになることに対しての相談。
慎と話して、同好会の皆にも協力を仰がなければいけないということで翌日の練習前に部室へ集まってもらうことにしたのだ。昨晩、深夜にその連絡を展開したのだが1分も待たずに全員から了承の返事が届いたため、それほどに今回の件を心配していたようにも窺えた。
「慎、大丈夫?」
「あ、あぁ……」
部室内には既に俺たち以外の全員が待ち構えているだろう。あとは俺たちが入るだけだが、慎がバツの悪そうな表情をしており扉を開けるのをためらっている。今回のトラブルもあって、気持ちの整理が付いていないのだろう。
「大丈夫、誰も慎の事を責めるつもりはないし、絶対協力してくれる。もう……慎は独りじゃないから」
不安そうな慎に俺は肩へそっと手を置く。少し震えていた彼の肩が俺に触れられたことで静かになる。そして、俺の手に慎は自分の手を乗せる。
「輝弥……ありがとな」
慎のお礼の言葉に俺は頷いて答える。そして、慎は笑顔を見せたままドアノブに手を掛けてゆっくりと扉を開けた。
「慎くん、かーくん、おはよう」
俺たちが入ってきたことを確認して侑さんが挨拶をしてくる。部室内では予想通り俺たち以外の10人が揃っており、横一列になって待ち構えていた。
「おはようございます、侑さん」
侑さんに挨拶を返し次は慎の番と彼の背中を優しく叩く。状況を察した慎は先ほどの笑顔は鳴りを潜め、なんと切り出していこうか言葉を探しているようだった。
「……えっと、皆さん……その……心配を掛けてすみませんでした」
謝罪の言葉を述べたのち、慎は自身の胸中について語り始める。
「昨日、あれからずっと考えて一つの結論を出しました。それは今回の大会に悔いを残さないようにしたい。そのために俺に必要なことを考えて……今のままじゃだめだって気づきました」
全員の顔を見渡しながらそう語る慎。そして、誰も慎の言葉を聞き逃さないようにしっかりと聞き入っている様子だった。
「俺は……俺自身のつまらない意地で皆さんを困らせてしまいました。でも、もうそれもおしまいにします。昨日、輝弥ともどのように進めるか二人で話し合いました。そして、曲を一から作り直そうという結論で合意しました」
慎は確認を取るように俺の方を見つめる。彼の発言に肯定するように俺は力強く頷いて見せる。
「ライブが来週にまで迫っている状態で振り出しに戻すのは正気の沙汰じゃないことはわかっています。それでも、今よりも確実に良いものに仕上げることができるとそう確信してます。だから……!!」
慎は懇願するように大きく頭を下げる。そして、はっきりと自分の口から彼女たちへ自身の願いを伝える。
「俺のライブに向けて……もう少しだけ……皆さんの力を貸してください……!!」
慎はそう言ってメンバーらの返事を待つ。思えば、慎がこうして同好会の皆にお願いをするのは今回が初めてのことだ。今までは周囲が決めたことに自分の意見を交えつつ協力することが多かった。だからこそ、彼に頼ってばかりいた自分たちが今度は頼られる存在になったとなると気合が入らないはずがない。
その想いを代弁するように侑さんが口を開いた。
「慎くん、戻ってきてくれてありがとう。君の気持ち、確かに受け取ったよ」
「侑さん……」
「慎さんがそう仰るなら反対をする理由はありません! 皆さんもそうですよね?」
侑さんに続けて語るせつ菜さんは慎の意見に肯定的な返事をしつつ、他のメンバーへも同じ想いであることを確認する。
「当ったり前じゃん! シンシンが
「慎くんの迷いが吹っ切れた上での言葉だもの。異を唱えるつもりはないわ」
愛さんと果林さんも賛同の意を示す。その他のメンバーも各々が同意の言葉を上げていく。みんなの頼もしい言葉に慎は瞳を潤ませる様子を見せる。
「皆さん……。俺なんかのために、ありがとうございます」
「それは違うよ、慎くん」
自虐的になる慎にしずくさんは待ったの声を上げる。
「これは慎くんが自分でやりたいって言ってくれたことだもん。自分の想いには胸を張っていこ?」
「それに、慎くんは今まで私たちの事を手伝ってくれたから、その恩返しでもある。慎くんが私たちのために頑張ってくれたことを、今度は私たちがやってあげる番。璃奈ちゃんボード『にっこりん』」
しずくさんに呼応するように璃奈も胸中を明かす。言葉の最後に見せた璃奈ちゃんボードは満面の笑みを浮かべたものが映されており、自身のやる気も体現しているようだった。
「しずく……璃奈……。ありがとう」
「では、時間もあまりありません。早速ミーティングの準備をしていくとしましょう!」
「じゃあ、まずは練習着に着替えてこようか! またここで集合だね!」
せつ菜さんと侑さんの音頭に全員が返事をして、着替えのために部室を後にする。
「慎、俺たちも行こうか」
「あぁ、そうだ──」
「……待って!」
侑さん達に続いて着替えに行こうとした矢先、部室で一人佇んでいたかすみが声を上げた。
「し、慎のすけだけは残ってくれる……?」
「……かすみ……?」
「ほ、ほんの少しだけでいいから!」
決まりが悪そうにかすみは慎を部室へ残らせようとする。かすみが慎を呼び止めた理由、それが分からないほど野暮な俺たちではない。
「じゃあ、俺たちは先に行ってるから、二人で話をつけておいてよ?」
「かすみさん、慎くん。またあとでね?」
「お、おう……」
すぐに事情を察した俺はしずくさんや璃奈と一緒に部室の外へ出る。慎は困惑しながらも部室でかすみと二人きりで残ることにした。
部室の扉を閉めた後、本来ならば慎たちに進言した通りに更衣室で着替えに行くのだがそのつもりはさらさらなかった。
「……やっぱり気になっちゃうよね」
なかなか足を動かさない俺にしずくさんも苦笑しながら同じ考えだと明かしてくれる。その場にいる璃奈も同様だった。
「また喧嘩しないか聞き耳を立てる。璃奈ちゃんボード『むん』」
「璃奈ってば……。でもそういう理由で監視しておくのもアリだよね」
理由はなんであれ、二人の中でしっかりとけじめをつけられているかを見届ける必要がある。そう自分に言い聞かせてしずくさん、璃奈と一緒に部室の扉へ耳を傾ける。
中ではかすみが慎へ会話を切り出しているところだった。
『……あ、あのさ……し、慎のすけ……』
『……悪かったな、余計な気苦労を掛けさせちまって』
かすみが話し始めようとした矢先に慎が言葉を被せてくる。突然の謝罪にかすみも困惑している様子だった。
『な、なんで慎のすけが謝るのさ!?』
『あの時、お前に言われたことは正しかったからだよ。俺はあいつの優しさに甘えてて自分で物事を考えようとしなかった。ひたすら努力を欠かさないお前から見れば、俺の姿はそりゃ怠慢に見えるだろうよ』
「慎……」
慎の甘さ、それは彼だけが経験するものではない。子供の頃にこれが欲しいと言えば、両親が好きなものを何でも買ってくれるのと同じように、人から受ける優しさにはいつまでも縋りたくなるものだ。しかし、そんな甘い蜜も延々とは受け取れない。いずれは自立しなければいけないのだ。その自立のタイミングがかすみと慎の間で違った、ただそれだけのことなのだ。
『それでも! ……それでもかすみんは……慎のすけに言っちゃいけないことを言った……。スクールアイドルに向いてないなんて、慎のすけが……スクールアイドルを目指してる人が言われたくない言葉をかすみんは言った……!』
『かすみ……』
『あんたが……あんたがスクールアイドルに向いてないなんてこと……絶対にない……! 人の目につかないところであんたが誰よりも努力してることを私は知ってる。あんたが……妹さんの為に頑張ってることも……』
『お前……いつの間に知ってるんだ……!?』
かすみの口から出た事実に慎はたじろぐ様子を見せる。慎からすれば、妹の為にスクールアイドルをやってることを知ってるのは俺一人だけなのだ。
『……この前、あんたが野暮用で帰った時にしず子達と一緒に追いかけたんだ……。なんの事情があったんだろうって』
『それは輝弥も一緒だったのか?』
『……うん、かぐ男もそれは知ってる。でも、かぐ男には何も言わないであげて。かぐ男達はかすみんが無理やり連れて来ただけだから……』
慎の怒気が含まれているような話し方にかすみは一瞬固まる様子を見せたものの隠し事はできないと察したのか正直に事の顛末を話す。故意に慎の事情を知ろうとしたわけではないとして俺たちを庇う発言をする所に彼女の優しさが垣間見える。
『別にそんなことはどうでもいいさ。あいつからも軽く話は聞いてるからな』
『……そっか』
慎も俺たちの尾行について言及するつもりはない。かすみも慎の反応から同じように察して次の言葉を探してる様子だった。
『……話を戻すけど、さっきも言ったようにあんたは誰よりもアイドルを真剣に勉強していた。なのに、あんたの事情も理解せずに私は私の自己満足を押し付けてた』
『………………』
『だから……本当にごめんなさい。し……慎……』
かすみの声色はいつもの軽口ではなく真剣なものだった。最後の名前呼びの部分は少し恥らいが残っている様子が窺えるが、それでも照れ隠しを見せないところは彼女なりの誠実さを示しているように見える。
『……こんなタイミングでお前がちゃんと名前で呼ぶことになるとはな。これじゃあ俺も気安くかすかすなんて呼べねえじゃねえか』
『は!? 今は大事な話をしてる時なのに、なんでそんなどうでもいいことを……!』
『そうだ、もうどうでもいいことなんだよ』
『……あんた、一体何を言ってんのさ?』
唐突な慎のからかいに怒りの感情を露わにするかすみだったが、すぐさま慎に一蹴される。困惑しているかすみに慎は続けて言葉を紡ぐ。
『俺たちはここでお互いの気持ちをぶつけあった。本気の喧嘩をして、俺たちは双方に抱えてる蟠りを解消した』
『…………』
『ならこれ以上言い合う必要もないだろ。もうあいつらにも……お前にも……余計な心配は掛けさせたくないからな……』
『慎……』
『改めて迷惑をかけて悪かったな、かすみ。それと、俺のために叱ってくれてありがとな』
慎はこれまでの非礼を詫びるのと同時に叱責してくれたことへの感謝をぶつける。かすみが言い出さなければライブも中途半端になっていたり、最悪の場合同好会の仲にも亀裂が入っていたかもしれない。それを考えると今のうちにこの問題を解消することができて本当に良かったと思う。
『ふ、ふん! 別に慎のすけの為に言ったわけじゃないから! かすみんはあくまで同好会の名前に傷がつくのを見たくないからやっただけだから!』
『はいはい、そういうことにしておいてやるよ』
『もう〜! なんなのさ〜慎のすけ〜!!』
かすみ達が仲直りした様子を聴いてしずくさんは小声で俺に笑顔で話しかける。
「……もう二人は大丈夫そうだね」
「うん、ひとまずは一件落着だね。もっとも、ここからが本番なんだけど」
ほっと胸を撫で下ろしながらも、俺は今後の展開に不安視する。振り出しに戻った曲作り、それに伴ってのダンスの再構築、ライブ演出など考えることが山ほどにある。全員で力を合わせなければ達成させることは到底不可能だ。
「でも、大丈夫。今の私たちはこれまでの私たちと違う」
「璃奈……。うん、そうだね」
璃奈の言葉に俺も頷く。彼女の言う通り、この同好会はこれまでも同じような逆境を乗り越えて来た。ピンチもチャンスに変えてきたこの同好会ならば不可能はない、そう思わせるほどの実績を持っているのだ。
「その為にもまずはここから移動しないと! かすみさん達に見つかっちゃうよ?」
「確かに、慎に余計なお咎めは貰いたくないからさっさと行こうか」
移動が遅れた慎たちにどやされるのは勘弁なので、彼らに勘付かれないように部室前を後にする。
ここから俺たち同好会のTMSに向けた逆襲劇が始まるのだった。
喧嘩するほど仲が良い。