お待たせしました。
本編83話です。
それではどうぞ!
とある日の朝、スマホのアラームで目を覚ました俺はカーテンを開けて太陽の光を全身で浴びていた。今日は雲が一ミリも無い晴天。イベントをこなすには絶好の日和だ。
煌びやかな陽光を受けながら深呼吸する。寝起きで冷えていた身体が心なしか内側から温もりを帯びているようだった。
「……この空もあいつの門出を祝ってくれてるのかな」
柄にもないことをつぶやきながら、地平線から顔を出し始めたばかりの太陽を見つめる。まだ目を瞑るほどの眩しさを有していないため目視をすることは容易だ。
「今日がトップ・オブ・メンズスクールアイドル当日。ここで慎の成果が出るんだ……」
そう、今日は待ちに待った男性スクールアイドルのための大会が開催される。そんな大切な日の朝ということもありここまでやってきたんだというノスタルジーがふと脳裏をよぎってしまう。
「輝弥? ご飯の用意ができてるから早く来なさいね?」
朝日を眺めていると扉をノックして姉さんが朝食の呼びかけをしてきた。アラームを切ってから時間が経過していたので姉さんも寝坊していないか心配だったようだ。
「は~い、今行くよー」
姉さんのせっかくの料理を覚ましてしまうわけにもいかないと俺はすぐに朝食を食べるためにリビングへと向かう。
姉さんの朝食を堪能した俺はすぐに外出のための支度を始めた。外出と言っても私服で出かけるわけではなく学生として基本である制服へと身を包む。大会会場内での行動もライブ参加者以外は同校の生徒であれば制服で応援することと規定されているのだ。
「はい、輝弥。お弁当」
身支度を済ませ、下駄箱で靴を履いていると姉さんが弁当を持ってきてくれた。大会ということで一日中会場内に入り浸ることになるため姉さんが手作りのお弁当を用意してくれたのだ。
「それと……これも」
弁当と一緒に用意してくれたもの、それは俺が少し前に道端で拾ったとある装飾だ。渡してくれた物を見て、俺は満足げに笑みを浮かべる。
「ありがとう、姉さん」
「いいえ。……いよいよ、今日が慎くんのライブなのね」
姉さんが手に持った弁当を渡しながら今日のイベントの事を話す。姉さんも弟である俺の友人として、慎がステージに出ることを嬉しく思っているようだ。
「うん。この日のために用意してきたからね、姉さんも見に来るんでしょ?」
「えぇ。今日は部活をお休みさせていただくことになったから、部屋の片付けを終えてから会場に向かうわね」
そう、姉さんはこの日のためにわざわざ演劇の練習を休んでくれたのだ。いつもは演劇バカという言葉が相応しいほどに演劇の練習に明け暮れる姉さんだが、そんな姉さんが慎のライブをここまで楽しみにしてくれていることに俺はとても鼻が高かった。
「わかった。気をつけて来てね」
「わかってるわ。貴方も事故なんかに巻き込まれないようにね?」
姉さんの言葉に一瞬動作が止まる。姉さんが事故という言葉を口にしたのは偶然のこと。意図したものではないことはわかっているが、それでも慎から聞いた話が頭を過ってしまう。
大会当日に事故で命を亡くした真結ちゃん。慎にとってあの日の出来事は何にも代えられないほどのトラウマであり今思い返しても心が痛くなることだろう。
でも、もう彼は孤独ではない。共に進む仲間として、友人として、相棒として俺が隣に立っているのだ。
「大丈夫だよ。じゃあ、俺ももう行くからね」
「えぇ、いってらっしゃい」
弁当も鞄にしまい準備を済ませた俺は玄関で手を振って見送ってくれる姉さんを尻目に家を出るのだった。
家を出発して俺が到着した場所は虹ヶ咲学園。どうしてライブ会場ではないかというと開会式まで時間があるということで、パフォーマンスの最終調整を行うことにしたのだ。それとライブ用の衣装や音源も部室で保管しているためその回収も目的としている。
「おっ! おはよう、かーくん!」
「輝弥くん、おはよう!」
部室には既に侑さんと歩夢さんがおり、他のメンバーが揃うまで雑談をしているようだった。
「侑さん、歩夢さん、おはようございます」
「いよいよ今日がライブ本番だね〜! うぅ〜、慎くんのライブが今から楽しみだよ〜!」
「侑ちゃん、昨日もなかなか寝付けなかったって言ってたもんね」
侑さんは慎のライブを今か今かと待ち侘びており、楽しみのあまり落ち着かない様子だった。
「でも、侑さんの気持ちもわかります。この日のためにやれることは全部やってきたつもりなので」
この日のために虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は血のにじむような時間を過ごしてきた。曲の再製作を決意してからというもの、1週間しか猶予がない中で俺たちは璃奈のライブの時と同じように各チームで分かれて総力戦で挑んだ。
「中々にハードスケジュールだったけど、それでもやれることはやったよね」
「はい。あとは、慎が本番で決めるのみです」
「……随分とプレッシャーを掛けてくるじゃねえか」
わくわくを抑えきれない様子の歩夢さんと話していると後ろから慎の声が聞こえてくる。荒っぽい口調の割に表情は穏やかだった。
「やぁ慎。気分はどう?」
「……緊張はしてるけど、それよりも楽しみが強いさ」
「ふふっ、万全なようだね」
慎の勝気な様子を見て俺も安心する。と言っても慎が緊張のあまりご飯が喉を通らなかったなどと情けないことは言わないだろうけれども。
「おっ、今日の主役のシンシンもいるじゃ〜ん! おっはよ〜!」
「おはよう慎くん。緊張してなさそうで安心した」
そんなことを言っていると愛さんと璃奈が部室へ入ってくる。そして、他のメンバーも次々と挨拶と一緒に入室してきた。
「よし、これであとはかすみちゃんだけだね」
「かすみさんが遅いのは珍しいですね……。いつもは早く来られますが……」
侑さんは全体を見渡して、まだ部室に来ていないメンバーを確認し、せつ菜さんはこの状況を少し不思議がる。確かに彼女はいつも練習への参加も早い。必ずではないが、一番乗りで部室で準備しているし、一番ではなくも早くに準備を済ませ、全員が揃ったらすぐに練習を始められるようにしているのだ。
「慎くんのライブだから緊張しているのかしらね?」
「そんな遠足前の小学生じゃないですし……」
果林さんの冗談に失笑を浮かべていると俺のスマホがバイブレーションを上げる。電話主を確認するとそこには『中須かすみ』の文字が表示されていた。
「かすみ?」
「もしかして、遅刻の連絡か? ったく、本当にあいつは……」
慎が苦言を呈しているのを横目に俺は着信に応じる。遅刻はないにしろ何かトラブルでもあったのかと思ったが、スマホを耳に当てた瞬間、その不安は一瞬で崩れ去った。
『もう〜おっそい!! かぐ男たち、今どこにいるのさ!!』
「えっ? 部室でみんなと待ってたけど……」
開口一番、とてつもない剣幕で怒るかすみに俺は平静を装って答える。俺の電話を聞いて、周囲のみんなは状況が読めないからか、訝しむ様子を見せる。
『もうかすみんは準備終わってるの! 早く正門に来てよね!』
「で、でも、部室に衣装やCDが……」
『もう持ってきてるから! とにかく早く来ること! じゃあ!』
間髪を容れずにかすみからの電話が切れてしまった。ものすごい勢いで捲し立てられ、頭の理解が追いついていなかった。困惑している俺を見て、慎は声を掛けてくる。
「かすみ、もう来てるのか?」
「うん……もう正門前にいるって……」
「確かに、ここに保管してた衣装やCDは何処にもないものね」
果林さんはそう言ってロッカーの中を漁る。現地入り前に部室へ来たのも今日のライブで使用する道具らを取りに来るのも目的だったのだ。
「なんだかんだ、かすみちゃんが慎くんのライブを一番楽しみにしてるのかもね〜」
「そうでないとここまで率先して準備はしないですからね」
彼方さんとしずくさんも言うようにメンバーの誰一人に一言も告げず、黙々と準備を進めているというのはそれだけ今日のライブを楽しみにしていた証拠だろう。
だが、かすみは絶対にそうとは言わない。慎のライブを楽しみにしてるなんて正直に言えるほど、かすみは素直ではない。きっと恥じらいや照れもあっただろうからそれをひた隠すためにこのような手を考えたのだろう。
「なら、素直にものも言えないお子様の為にも早く行ってやらねえとな?」
「それを本人の前で言ったら、かすみ絶対怒るからやめてよね?」
如何にもおちょくる気全開の慎に俺は軽く警鐘を鳴らす。ライブ前から追いかけっこをして怪我でもされたら元も子もない。
「分かってるさ。さすがに今日だけはこっちも勘弁したいし、それでもあいつを待たせるのは癪だからさっさと行こうぜ」
「うん。皆さんも大丈夫ですね?」
俺の確認に全員が頷いて答えてみせる。みんなの返事に満足した俺は我先にとかすみの元へと向かう。
「もう~かぐ男遅い!! それに慎のすけも今日はあんたが主役なのにかすみんよりも遅く準備してるってどういうつもりなのさ!」
全員で正門前へ移動するとかすみはその近くにあるベンチで荷物を揃えて腰を下ろしていた。相応の時間待たされたようで随分とお冠状態だった。
「ごめんごめん、まさかかすみが一番楽しみにしてると思わなくてびっくりしちゃったんだよ」
「べ、別にかすみんが楽しみにしてるわけないじゃん! ただ慎のすけがダサいところを見せるんじゃないかって落ち着かなくなっただけだから!」
「あっはは、そういうことにしておくよ」
「ぐぬぬ~すました顔を見せないでよ~!」
図星を突かれたようにかすみはそっぽを向きながら慎への罵詈をぶつける。しかし途端に口が回るかすみを見て、それが真実ではないとわかるのは造作もないことだった。
歯ぎしりしながらこちらをにらみつけてくるかすみを見て、慎が彼女へ近づいていく。
「慎?」
いつにもまして神妙な面持ちの慎に、俺は彼女につっかかるんじゃないかと心配してしまう。だが、慎は何も言わずにかすみの横に置いてある衣装やCDが入ったカバンを持つ。そして、かすみに対して嘲笑を浮かべた。
「……おいばかすかす! 一人で意地なんか張っても可愛くねえぞ! さっさと準備して会場に行くんだから遅れんじゃねえぞ!!」
「きっ!! ばかすかす言うなぁぁ!! しんのすけぇぇぇぇ!!!!」
逆鱗に触れる呼び方をされたかすみはすぐにアイドルがしてはいけないほどに眉間へしわが寄る。そして、煽りながらその場から走り去る慎になんとしてでも噛みついてやろうと本気で追いかける。追いかけっこをしないと言いながら結局繰り広げる二人に少し呆れてしまう。
「……もうあの二人は……」
「やっぱり慎くんも我慢できなかったみたいだね」
いつもの調子に戻る二人に思わずため息をついてしまうが、そんな俺の横でしずくさんも苦笑を浮かべる。
しかし、そんな中で侑さんはあっけらかんとしていた。
「でも、今の慎くんにはこれが一番緊張をほぐすのには最適なんじゃない?」
「そうね、慎くんがあそこまで騒げるのもかすみちゃんがいてこそだもの」
果林さんもその通りと相槌を打つ。
確かに俺や他の一年生組だと言葉を掛けることで気を紛らわせようとするがかすみは慎との距離がある意味で一番近い。悪ふざけをできる関係性──無論、かすみはそんなことを望んではいないが──としては彼女が一番最適なのだ。
「……まぁ、一種の準備運動になっていいんですかね?」
「それでも、本番前に過度な疲労はダメですがね……」
そう言ってせつ菜さんはかすみと慎を諫めようと駆けだす。やはりこういう時はサブリーダーとしてせつ菜さんが動いてくれることが解決に一番早く近づく。
「じゃあ、私たちも行こうか。早くしないと三人に遅れちゃうよ!」
「あっ、待ってよ侑ちゃ~ん!」
侑さんの後を付いていくように走り出す歩夢さん。他のメンバーらもその後を各々のペースで追いかけるのだった。
会場に着くとそこには大会に参加する男性スクールアイドルを拝もうと女性のファンと思わしき人たちが闊歩していた。
「す、すごい人の数だね」
「ここにいる人たちが今日のライブの観客なんだよね……?」
「想像よりも多い。璃奈ちゃんボード『あわあわ』」
専用のうちわを作った人やスマホで今日の参加者を確認している人など千差万別だったが、共通してTMSのお客さんということが分かる。
俺としずくさんと璃奈はあまりのスケールの大きさに思わず息を吞んでしまった。自分がステージに上がるわけではないがそれでも手が震えてくるような感覚を覚える。
「なんだか目に映る男の子がみんなステージに出るように見えてくるねぇ~」
「彼方さん、そんなことを言いながら僕を見るのはあんまりですよ?」
「ふっふ~、彼方ちゃんはいつでも楽しみにしてるよ~?」
「一体何に期待してるんですか!?」
君もスクールアイドルになるんだと言わんばかりの眼差しを向ける彼方さん。俺には慎ほど人を惹きつける魅力はないし、みんなを虜にする武器を持っているわけじゃない。俺ではスクールアイドルなど努められるわけがない。
「あっ、あそこにいるのはKOCHIさん!? それにあちらには
遠くにいる男性を見て、せつ菜さんはテンションが上がっている。どうやら今回参加するスクールアイドルグループのようだ。
「せっつー、男の子のスクールアイドルにも詳しいんだね?」
「当たり前です! スクールアイドルは性別を超えます! 彼らからも学べるものはたくさんありますので! それに女性のそれと売り出し方が基本的に違いますので、新しい発見があってすごく新鮮な気分になりますよ?」
「ほ~ん、愛さんも男の子のスクールアイドルでどんな人がいるのか今度調べてみようかな?」
「ぜひ調べてみてください! ……ってあぁ~~~~!!!!」
矢継ぎ早に語るせつ菜さんが何かを見つけて途端に大きな声を上げた。顔を赤くしてアワアワとしているせつ菜さんの見る方角には6人組の男子高校生が歩いていた。
「あ、あれはDrawing Story!? リーダーの
「その名前、聞いたことある! ドロストって、
侑さんもその名前を調べたことがあるのかグループの詳細について教えてくれる。確かに、端正なニ枚目もいれば厳格な見た目で運動に優れた者、それに甘いマスクの青年、可愛いルックスの少年など全く毛色の異なるメンバーが揃っている。
『刄〜! いつものあれやって〜!』
「あれはライブが始まってから。楽しみにしてくれるのはいいけど、本番までのお預けな?」
リーダーと思われる茶髪の青年の賀射さんはファンからの恒例のネタと思わしきものを振られるが、やる様子を見せない。
「さすが、刄さん。今日も今日とてお堅いですね〜?」
「なら代わりに俺が良いことをしてやろうか? オラ……もっとこっち来いよ?」
『キャ〜〜!!』
賀射さんより少し背の低い優しい雰囲気の紫髪の男性が賀射さんを揶揄う中、青髪のツンツン頭の青年が先ほどの女子高生らにクールな声で煽りを入れる。
「ナンパしようとすんな、てるてる坊主」
「おい、坊主は余計だろ?」
「愛良さん、あまり言わないであげて下さい。照哉さんも少し薄くなってるの気にしてるんですから」
「いや、薄くなってねえし微塵も気にしてねえわ」
ショートの橙髪で筋肉質な愛良と呼ばれた青年と白髪のおかっぱで甘いルックスの青年が青髪の照哉さんを芸人さながらにイジっていく。
唐突に始まったコントに周囲の人々は笑いの渦に巻き込まれていくが、そんな中で金髪のミディアムヘアーで眼鏡をかけた青年がそっぽをむいて苦言を呈していた。
「はぁ……刄さん、僕らは今日漫才をしに来たんですっけ?」
「京雅、んなわけねぇだろ。おいこんな所でセミ売ってねえでさっさと行くぞ」
「セミ?」
「油でしょ?」
「アブラゼミかよ……」
その場を去りながら唐突なボケを繰り出す刄さん。そのボケは紫髪の青年にしか理解が追いついてなく、他のメンバーも呆気に取られていた。
ぶつくさ言いながらその場を後にするドロスト。彼らを追いかけてファンもいなくなってしまい、辺りは嵐が過ぎた後のように静寂に包まれていた。
「……すごく癖の強い人たちだったね」
「あの人たちがどんなパフォーマンスをするのか想像できないけど……でも、油断は禁物だね」
彼らが人気に違わないレベルのスクールアイドルなのか疑ってしまいたくなる。だが、そうして招いた油断が自分の首を絞める。しずくさんは兜の緒を締めるように忠告を促す。
「果林ちゃん、さっきの人が言ってたセミを売るってどういう意味なの?」
「あれは『油を売る』という言葉の油をアブラゼミに変換したジョークよ」
「なるほど〜……愛ちゃんのダジャレとは違った面白さがあるね♪」
「確かにああいうジョークもありなら愛さんも練習しがいがあるかも!」
「いやそっちを極めなくていいですからね?」
刄さんのジョークで会話が弾むエマさん達に俺は失笑する。だが、それも束の間、すぐに慎の様子を窺う。彼らを見て慎が変な気を起こさなければ良いが。
「慎、大丈夫?」
「……当たり前だ。相手がどんなに有名だろうがそんなものは関係ねぇ。俺は輝弥やみんながいてくれたおかげでステージに立てる。今更恐れるものなんかないさ」
これまでの練習が自信に繋がっているようで格上相手でも臆する様子を見せない慎。こういった時に見せる彼の勝気な性格は何よりも頼もしく見える。
「それを聞けて安心した。じゃあ、俺たちも会場入りして準備を始めましょう!」
俺の声かけに全員が頷く。
まもなく開催するTMS。来たるべき時に備えて全員で会場の中へ足を踏み入れるのだった。
ふざけることも時には大事