虹の袂   作:M-SYA

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お待たせしました。
本編85話です。

それではどうぞ!




絆という僕らの証

 

 Drawing Storyのライブ、それはこれまで見てきたライブとは一線を画すものだった。曲が流れた瞬間の彼らの空気の変わり方。彼らだからこそ成せる聴き心地の良い歌声とハーモニー。ライブ中の観客のコールの大きさ。今までで見てきたものとはレベルに大差があった。

 

 リーダーである刄さんはその主格たるに相応しい歌声やダンス能力を有しており、愛羅さんはその寡黙な雰囲気とは裏腹の優しい歌声が凄く特徴的だ。月未さんは歌やダンスはさることながら率先して観客に煽りを入れライブの一体感を生み出させており、照哉さんは先ほどのおちゃらけた雰囲気とは異なるキレの良いダンスでチームを引っ張っている。京雅さんはメンバーの声に合わせたハモリに長けており、大和さんは可愛らしい声と合わせて甘いルックスを活かしたファンサービスが観客の心を射抜いている。

 

 この6人、個性はバラバラだけれどもそれぞれの強みを理解しておりそれを十二分に発揮している。Drawing Storyが如何にして人気を集めているのか、その全てがこのライブに詰まっていた。

 

「……す、すごい」

 

「ここまでのレベルなんて……」

 

 彼らのレベルの高さにメンバー全員が呆気に取られている中、俺は必死に声を絞り出ししずくさんもそれに返事をしてくれる。

 

「動画で彼らの完成度の高さは把握していましたが、やはり生で見ると迫力が違いますね……」

 

「あの人たち、かっこいいね~……!!」

 

 せつ菜さんも実際のライブを見たことはなかったようで、隣で見ていたエマさんと一緒に彼らのパフォーマンスに魅了されていた。

 

「この前のりなりーのライブも良かったけど、正直それを超えてるよね……!?」

 

「うん。レベルが全然違う」

 

 これまでのニジガクのライブの中で一番の完成度を誇っていた璃奈のライブも、彼らと観客の盛り上がり様を見ると雲泥の差のように思えてしまう。ステージに上がった璃奈と彼女を誰よりも近くで支えていた愛さんが言うのだから間違いない。

 

「……慎、大丈夫?」

 

「………………」

 

 彼らのステージを見て意気消沈していないか不安に思い、慎に声を掛けたが無言で彼らを凝視しているのみだった。こちらの話を聞いていない様子の慎に先ほどよりも大きめの声で呼びかける。

 

「……慎!」

 

「うぁ!? き、急にどうしたんだよ?」

 

「どうしたも何も慎が突然ダンマリしちゃったから心配になったんだよ」

 

「あっ……そうか、悪いな。声を掛けてくれたことに全然気づかなかった」

 

 俺が無視されたことに憤慨していると勘違いする慎。だが、俺もそこまで怒っているわけではないとすぐさまフォローを入れる。

 

「いや、怒ってるわけじゃないよ。それよりも、いよいよライブが始まった。あの人たちにも、その他のスクールアイドルにも負けない様に頑張ろ?」

 

「……あぁ」

 

 慎は俯く様子を見せながら俺へ言葉を返す。

 

 不穏な空気が関係者席内に漂う中、ドロストの歌とそれに熱狂する観客たちの声がやけに大きなボリュームで聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに火蓋が切って落とされたTMS。Drawing Storyを皮切りに次々とスクールアイドルグループがライブを行っていく。

 

 どのグループも高い完成度を有しており見ていて楽しいものだが、それでもハナを務めた彼らの足元には及ばない。それだけはすぐに理解できてしまった。

 

 観客の歓声もドロストの時と今とでは明確に違う。大いに盛り上がっているのだが、それでも熱量が段違いだったのだ。男性スクールアイドル界の先頭を走っていると言っても過言ではない彼らを超えることはそう簡単なことではない。

 

「……慎くん、大丈夫かな……」

 

 TMSが行われている中、俺はしずくさんと一緒に飲み物を買おうと自動販売機へ向かっていた。会場の廊下に設置されているため、一度席から離れなくてはいけなかったのだ。

 

 自動販売機まで向かっている途中、しずくさんがポロッと不安を吐露した。

 

「刄さん達のライブ、すごかったもんね。慎は負けてないと……思いたいけど……」

 

 今日の慎のライブに向けて、同好会総出で血のにじむような練習を重ねてきた。慎と想いを共有し、曲も熟考してきた。文句なしの完成度を誇っていると自信を持ちたいが、初めて見る男性スクールアイドルの世界を見て、そのレベルの高さに愕然としてしまったのだ。少数派な世界と言えどもその実力は生半可なものではないと痛感している。

 

「慎くんになんて声を掛けてあげればいいんだろう……」

 

「それは……」

 

 しずくさんの問いに俺は言葉を噤んでしまう。簡単な励ましの言葉では彼を勇気づけることはできない。同情の言葉を掛けても舞台に上がる彼に対して何の解決策にはならない。

 

「……あらっ? 輝弥?」

 

 腕を組みながらうーんと唸っていると対面から俺を呼びかける声が聞こえた。

 

「えっ? 姉さん!?」

 

「えっ……この人、輝弥くんのお姉さんなの!?」

 

 そこには私服姿の姉さんがおり、会場内の物販で買ったであろうペンライトの入った袋を手に持っていた。

 

「もう、何をそんなに驚いてるの? 朝にライブを見に行くって話したばかりじゃない」

 

「そ、そうだけどまさかここで鉢合わせることになるなんて思わなかったから……」

 

 一般客の観覧席に入れるところまで歩いていたのでばったり居合わせるなんてこともおかしなことではない。しかし、それでも早速遭遇することになるとは誰も想像できないものだ。

 

「それで、そちらが輝弥くんと同じ同好会の子?」

 

「は、はい! 桜坂しずくと申します!」

 

「……桜坂?」

 

 姉さんからの視線を受け、しずくさんは自己紹介をする。だが、姉さんは彼女の名前を聞いて疑問を抱いている様子だった。

 

「ねえ、貴女って演劇部に所属していたわよね?」

 

「そ、そうですが……。あれ? お姉さんもどこかで見た覚えが……」

 

「ふふっ、やっぱり。私は巴 珠緒。別の学校で演劇同好会の部長を務めています」

 

「……はっ! もしかして、あの新撰組の舞台を披露した同好会の!?」

 

 姉さんの名前を聞いて、しずくさんは口を覆いながら目を見開いて驚きの表情を浮かべる。姉さんとしずくさん、どうやら演劇部の関係でお互いに名前を知っているようだった。

 

「姉さん、しずくさんの事知ってるんだ?」

 

「えぇ。虹ヶ咲学園の部長さんとは面識があってね。部活交流でこちらに来てくれた際にすごく熱心な一年生が入部してくれたって話してたわ」

 

「確かに、その時はスクールアイドルの件もあって合同練習はお休みしてしまったので顔を合わせる機会がなかったですから。私も珠緒さんのことは、中学の頃に舞台で拝見して凛々しく振舞う立ち姿が美しくて本当に見惚れてしまったのを覚えています!」

 

 姉さんは演劇部の部長さんから、しずくさんは姉さんの舞台を実際に見て存在を認識しているようだった。まさか、既にお互いの事を見知っているとは思わず、世間は狭いことを痛感する。

 

「ありがとう。桜坂さんとはいずれ会ってみたいと思っていたからこうして巡り会えて嬉しいわ」

 

「私もです! こうしてお会いできた珠緒さんがすごく穏やかな雰囲気の方で……舞台で土方歳三を演じていたことが少し信じられなくなってしまいます」

 

 俺も当時の姉さんの舞台は見たことがある。豪邁不屈と謳われた土方歳三と羞花閉月な姉さん。性格が正反対であるにも関わらず完璧に土方を演じきった姿は今でも覚えている。鋭い声で隊員に喝を入れたり、雄々しく敵軍へ啖呵を切る姿は普段の彼女からは想像がつかない。

 

「ふふっ、そこまで言われちゃうと照れるわね。今度、また時間があるときにゆっくりお話しましょ?」

 

「あっ、そうですよね。すみません、せっかくライブに来られたのに……」

 

「いいわよ、気にしないで。それと……輝弥、浮かない顔をしていたけどどうかしたの?」

 

 しずくさんとの談話を一区切りして姉さんは俺の様子を窺う。どうやら先ほどのしずくさんとのやり取りを目撃されていたようで神妙な顔をしていたのが気にかかっているようだ。

 

「実は慎になんて声を掛けてあげればいいのかわからなくて……。これまでステージに上がったスクールアイドル達はみんなレベルが高くて……慎が負けることはないと思ってるんだけど、いつもの覇気がないというか……」

 

 俺はDrawing Storyのライブを見てからの慎について状況を説明する。慎は彼らを前にしても臆することなく威勢を張っていたが、それも今では鳴りを潜めてしまっている。どんな逆境に立とうとも慎が声を上げてくれればそれだけで心を奮い立たせてくれたのだが、その慎が普段のそれではないのだ。

 

「……なんだか慎くんの気持ち、私にも分かるわ」

 

「えっ?」

 

 話すことが見つからず、頭を悩ませていたところに姉さんが口を挟む。慎の気持ちがわかるということがどういう意味なのか俺にはわからなかった。

 

「私も初めて新撰組の座長を務めると決まった時、最初は何も不安に思うことはなかったわ。むしろせっかくリーダーとして演劇同好会を引っ張ることになるのだから、この公演もよりよいものにしていきたいと気合も入っていた」

 

「あの時の舞台で……?」

 

「えぇ。でも、日に日に公演の時間が近づいていくにつれて不安にも駆られるようになったわ。これで大丈夫なのか、本当に私が座長を務めてこの舞台は成功していくのか、理由のない恐怖が身体を襲ってきた」

 

 姉さんは両手を胸に当てながら当時の心境を吐露する。昔から姉さんは弱気なところを見せてこなかったからこそ、こういった話を聞くのは初めてだった。

 

「でも、そんな時に助けてくれたのは貴方だったの」

 

「俺が……?」

 

「そう、輝弥が舞台を見に来てくれるって言ってくれたことが私にとっては何より力になった。貴方の前で不甲斐ないところを見せたくない、貴方の前でだけはかっこいい姉でありたいって」

 

 俺は自分が姉さんの力になっていた事実が受け入れられなく、姉さんの話を聞いて呆然としていた。しかし、そんな俺の様子を気に留めることもなく姉さんは続ける。

 

「それと、これまでの私にとって一番の勇気となってたのは……これよ」

 

 そう言って姉さんが指を差したのは自分のストレートな長髪にアクセントを与えている赤いリボンの髪留めだった。

 

「それって、俺が姉さんの誕生日にプレゼントであげた……」

 

「そう。この髪留めがあることで貴方がそばにいてくれてると安心感を与えてくれるの。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()と教えてくれるのよ」

 

「……!」

 

 姉さんの言葉を聞いて、俺はハッとする。今の慎に足りていないたった一つの大切なものをまだ渡せていなかった。姉さんが俺の些細なプレゼントを大切に使っているように、慎にとってもこれは何物にも代えがたい大切な物なのだ。

 

「その様子だと、あれはまだ渡せてないみたいね」

 

「……なかなか渡すタイミングが見つからなくて迷ってたんだけど……。でも、今見つかった。姉さん、ありがとう」

 

「そう思うのなら、早くあの子の元へ行ってあげなさい。今の慎くんにとってそれが一番必要なはずよ」

 

「分かった。行こう、しずくさん!」

 

「あぁ、ちょっと輝弥くん!?」

 

 善は急げとばかりにしずくさんの手を握って、俺は来た道を引き返す。行く先は一つだけ。一人で不安になっているであろう友人へ衣装を完成させる最後のアイテムを渡すために俺は廊下を駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急いで関係者席に戻ると璃奈とかすみがこちらへ振り向く。

 

「あ、輝弥くん」

 

「璃奈、慎はどこにいる?」

 

「慎のすけなら衣装に着替えてくるって言って楽屋へ行ったよ。全く、まだ他のスクールアイドルがライブを披露してるって言うのに気が早いなぁ~!」

 

 慎の出番まではまだ時間がある。それなのに衣装へ着替えるということはそれだけ彼自身、居ても立っても居られない状態ということだろう。

 

「……やっぱり慎くんは……」

 

「うん、だいぶプレッシャーに圧されてる状態だね」

 

「え~? ドロストを相手にあんなに威張ってたのに?」

 

「彼らのライブを見る前と見た後じゃ、状況はまるで違うよ。俺は慎の様子を見てくる」

 

 彼女らにそう告げて、すぐに関係者席を立ち去ろうとしたが部屋を出る直前に璃奈が声を掛けてくる。

 

「輝弥くん」

 

「ん?」

 

「慎くんのこと、お願い。今の私たちじゃ、慎くんに何を言っても届かないと思うから」

 

「うん、今頼りになるのは輝弥くんだけだから……いつも任せっきりにしてごめんね?」

 

 璃奈としずくさんが俺に想いを託してくれる横でかすみは気恥ずかしいのか腕を組んでぷいっとそっぽを向いている。だが、そんなかすみの反応だけで彼女がどのような想いを抱いているのか瞬時に理解できる。

 

「大丈夫だよ。俺は慎の相棒だから、こういう時にこそ相棒が横で支えてあげないとね」

 

 首を縦に振りながら彼女らに答えるとしずくさん達も頬を緩める。しずくさん達のエールを背に受けながら、俺は楽屋へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎、いる?」

 

 慎の着替え用として設けられた楽屋へ到着した俺は扉を数回ノックして部屋の主の返事を待つ。しかし、待てど待てど返ってくるのは沈黙だけだった。

 

 このまま突っ立っているのは時間が勿体ないと俺はゆっくり扉を開ける。

 

「慎……?」

 

 部屋の中はもぬけの殻で慎がいる様子はなかった。一体どこで油を売っているのかと思った矢先、楽屋内に設けられた試着室が使用されていることが見て取れた。慎の靴も試着室の入り口に置いてあることから、彼がここにいることは明白だった。

 

「慎?」

 

「ん、輝弥か。どうかしたか?」

 

「慎がもう衣装に着替えてるって聞いてね、衣装はどんな感じ?」

 

「あぁ、ちょっと待ってろ」

 

 そうすると慎はカーテンを開け衣装姿を見せてきた。

 

 黒をベースのロングコートに紅いマントが右肩のみに掛かっており、まるで軍服を思わせるような印象を与える。また全体的にスラッと細い線をしてる慎の体格も衣装のおかげでよりスタイルの良さを助長させていた。

 

 慎のビジュアルとバッチリ合っている衣装を見て、俺も感嘆の声を漏らす。

 

「うん、すごく似合ってるよ。やっぱり歩夢さん達に任せて正解だったね」

 

「……まるで自分じゃねえみたいだ、本当に俺もスクールアイドルの一人なんだって実感しちまうな」

 

 慎は照れを隠せないのか頬を指で掻く仕草を見せる。普段の頼もしさから一転して照れ屋な姿を見せる慎はとても貴重であり、これも良いギャップだと思う。

 

「でも、それじゃあまだ足りないね」

 

「ど、どういうことだよ?」

 

「慎の衣装を完成させるために必要なアイテムがあるんだよ。これが無くちゃ慎は負けちゃうから」

 

 俺はそう言って胸ポケットからあるアクセサリーを取り出す。慎がその正体を知るのはそう時間を必要なことではなかった。

 

「それって……!?」

 

「この前、慎を探してた時にお台場で落ちてるのを見つけたんだ。首に掛ける紐がボロボロになってたけど、姉さんが直してくれたんだよ」

 

 俺が姉さんにお願いしたもの、それは慎が真結ちゃんから貰ったアクセサリーを直してほしいというものだ。宝石部に損傷が入っていないことが唯一の僥倖であり、紐ならば容易に直せるということで姉さんに協力を仰いだのだ。

 

「珠緒さんも……」

 

「慎は一人でこの舞台に立つけど、そこに掛ける思いは慎一人のものじゃない。ここには真結ちゃんの願いも込められてる」

 

 手のひらにペンダントを乗せながら慎に訴えかける。彼も手に乗ってるペンダントを凝視しながら固まって動かなかった。

 

「これは慎だけの初ライブじゃない。真結ちゃんの想いも乗ってる二人の初ライブなんだ。だから、真結ちゃんも一緒に連れて行ってよ」

 

「輝弥……」

 

「Drawing Storyのライブに圧倒されて不安になってたと思うけど、大丈夫。今の慎には真結ちゃんがいる。このペンダントは二人をつなぐ絆の証でしょ?」

 

「…………!」

 

 ペンダントを慎の手の中に収めながら両手で握る。最初は慎は驚く様子を見せていたが、俺の言葉を聞いていつものように笑みを浮かべる。

 

「ったく、本当にお前には敵わねえな」

 

「慎……」

 

「正直、こいつが無いとわかってからは不安だったんだ。いつもは傍で見守ってくれてた真結がどこかへ行っちまったような感覚を覚えちまって、虚勢を張ってごまかすしか俺にはできなかった」

 

 慎はペンダントをまじまじと見つめながら自身の胸中を語る。彼の言葉を聞いてもっと早く渡せられればと少し歯がゆさを感じてしまう自分もいる。

 

「でも、お前がこれを見つけてくれて……珠緒さんもわざわざ直してくれて……本当に感謝しかねえ。本当にありがとう……」

 

 慎はそう言って深々と頭を下げる。ここまで慎が本気で感謝の言葉を述べるのは非常に珍しいことだ。それだけこのペンダントが見つかったことは彼にとって大きいことなのだろう。

 

「こいつがあれば俺はなんだってやれる。もう何も怖くなんかないさ」

 

 俺から受け取ったペンダントを首に掛けながら慎は自信満々にそう語る。これまでの弱気だった姿が嘘のようだった。

 

「よし、なら最後の調整に入ろうか。大トリを派手に飾ろう」

 

「あぁ!」

 

 その意気込みが空回りとならないように、確かな自信へと変えるべく俺たちは最後の練習をしようと専用のリハーサル場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、輝弥くん、おかえり!」

 

 最後の調整を終え、TMSもいよいよ大詰めを迎えていた。関係者席に戻ると全員が席に座ってステージ上を見つめていた。だが、Drawing Storyのライブを見終わった後のような緊迫感は薄れており同好会内の空気はどこか穏やかな雰囲気だった。

 

「ただいま、しずくさん。さっきと空気が違わない?」

 

「輝弥くんになら慎くんを任せても大丈夫だと思って、私たちは今後の為にも今行われているライブをしっかりと研究しようって話にしたんだ」

 

「俺への信用が大きすぎない?」

 

「それだけ輝弥くんは頼りになるってこと。璃奈ちゃんボード『ブイ』」

 

 席に着きながらしずくさんと璃奈から賛辞の言葉を投げられる。これまでが頼りにならなかったからこそ今があるだけであり、今回でやっとマネージャーとして一人前になれたのではないだろうかと考える自分がいる。

 

「それで? 慎のすけはもう大丈夫なんだよね?」

 

「うん、もう慎は大丈夫。さっきまで最後の調整をしてきたし今まで最高のパフォーマンスを見られるんじゃないかな」

 

「はぁ~、まったく慎のすけってばこんな時までそそっかしいんだから~」

 

 かすみは大きくため息をつきながら、慎の頼りなさに文句を言う。だが、彼女がこうやって威張ってる時は大抵ある特徴が隠されている。

 

「そんなこと言ってるけど、ここで待ってる時はかすみさんが一番心配してたじゃん」

 

「べ、別にそんなことないし~! しず子は余計なことを言わないでよ~!」

 

「でもそれは事実。かすみちゃんが一番落ち着いてなかった」

 

「り、りな子までぇ~!」

 

 しずくさんと璃奈も同じことを考えていたようで、間髪を容れずに指摘する。かすみが慎について大っぴらに文句を言うときは大抵彼女自身が誰よりも慎を心配しているのだ。かすみとしてはそんなことを慎に知られたらなんといじられるか分かったもんじゃないからひた隠しにしているが、彼女も嘘がつけないタイプだからすぐにわかってしまう。

 

「かすみ、安心して。もう慎を脅かすものはないから」

 

「そっかぁ……って、だから心配してないってば~!」

 

 俺もしずくさん達のノリに合わせようと少し小細工を施す。かすみはまんまと引っかかってくれるので本当にいじり甲斐があるというものだ。

 

 横でかすみがぷんぷんと怒ってる中、俺のスマホがメッセージを来たことを知らせるべくバイブレーションがなっていた。

 

『慎くんは大丈夫そう?』

 

 スマホを見ると送り主は姉さんで慎のことを心配してくれているようだった。

 

『うん、あと少しで最高にかっこいい慎が見れるから楽しみにしててよ』

 

『えぇ。私も演劇同好会のメンバーと一緒に応援してるわ』

 

「……なんだかんだで、姉さんが一番このライブを楽しみにしてるのかもな……」

 

 姉さんとのやり取りを見ながら俺はふとそう呟く。広い観客席の中に姉さんとその一行もいると思うと不思議な気分だ。姉さんがアイドルのライブを見に来るなんて正直あまり想像できなかった。これも俺が新しい世界に飛び込んだ結果なのだろう。そう思うと少しむず痒くなってくる。

 

 そんなことを考えていると、会場全体の照明が落ちる。直前まで出番だったスクールアイドルのライブは終了し、次はいよいよトリを飾る慎の番だ。

 

『さぁ皆さま~! ここまで大いに盛り上がったTMSも次が最後となりま~す! このイベントのトリを飾るのは~、なんとスクールアイドルとしてデビューしてから初のステージとなる虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の期待の新人、鈴川慎だ~!!』

 

 MCの紹介により、慎に対しての歓声はさらに大きく上がる。ここにいる人のうち、慎の自己紹介動画を見てくれている人は少ないだろう。でも、これまでのアイドル達のおかげで場のボルテージは最高潮に達しており、ここまで整えられた舞台はそうそう無いだろう。

 

「いよいよ慎くんの番だね……!」

 

「うん。……がんばれよ、慎……」

 

 そう言って俺は両手を握り、慎の健闘を祈る。

 

 そして、慎が紅い軍服にも見て取れる衣装を身に纏いながらステージ上に姿を現す。彼が壇上に上がったことで会場は慎へのエールに包まれる。初めてのライブでここまでの歓声を浴びるのも滅多にないことではないだろうか。

 

『皆さん、初めまして! 先ほど紹介にもあった通り、今回が初めてのステージとなる虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の鈴川慎だ!』

 

 慎が大きな声で自己紹介すると会場では彼の名前を声高々に叫ぶ人であふれていた。その様子を見て慎も少し照れくさい様子だ。

 

『これまでに俺は動画サイトで自己PR動画しか挙げられていない。正直、今回がどんなライブになるのか俺自身にもまるで想像がつかない。でも、だからこそわくわくするってもんだ! 今日、ここに来てくれた皆を絶対に後悔させないから、最後の最後まで一緒に盛り上がっていこうぜ~!!』

 

 慎が拳を強く天へ突きあげながら声を張ると会場もそれに合わせて大きな声で返事をしてくれる。今、彼と会場の想いは一つとなっている。ライブを始めるには最高のタイミングだ。

 

『……それとここには俺以外の想いもこもってる』

 

「慎……?」

 

 ライブを始めるのかと思いきや、まだMCを続ける慎。これ以上何を話すのか一抹の不安になる。

 

『ここまで一緒に練習に付き合ってくれた同好会の想い。俺の背中を後押ししてくれた人の想い。そして……この場に立てなかった大切な人の想い……』

 

「……っ!」

 

 この場に立てなかった人、この会場にいる人たちはそれが誰のことなのか露知らずだ。だが、今の彼には敢えてそれを話さなければいけない理由があった。

 

『このステージにいるのは俺一人だが、そんな沢山の人の想いを俺の身体を通して感じてほしい。絶対、後悔させないからなぁ!!』

 

 言葉の最後で声のボリュームを調整することでしんみりとした空気とさせずに、いよいよライブが始まるという高揚感を駆り立てる。慎はアイドル初心者とは思えないほどにMC力が長けていた。

 

『それじゃあ……トップ・オブ・メンズ・スクールアイドル、ラストライブ……Look at me(刮目せよ)!!』

 

 こうして、TMSの最後を飾る慎のライブがついに幕を開けた。

 

 





何気ない贈り物も大切な宝物


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