大変長らくお待たせしました。
本編86話です。
今回で慎編ラストです。
それではどうぞ!
慎の優しい歌声から始まったライブは会場内に大きな衝撃を走らせた。
ライブ開始前の煽る口調とは大きく異なる歌い方で観客らは小さくどよめきを見せていた。だが、ステージ天井に吊るされている一本のスポットライトからのみ照らされている慎の姿が映されている所を見て、どよめきは自然消滅していった。
俯くように歌う慎と天井からの照明により、彼の表情は髪で覆われ感情を読み取ることが出来なく、全体の衣装の暗さも相まって、彼のシルエットのみが観客側の目に映るようになっていた。しかし、スローテンポな慎の歌にメロディーが盛り上がる様子を見せると同時に慎も顔を上げて、好戦的な笑みを浮かべながら歌唱を続ける。
ミディアムテンポへ転調しながら響く力強いサウンドが全身に伝わるのと合わせて、冷ややかな感覚を覚えながらも楽しみを拭えないような今まで覚えたことのない鳥肌が生み出されていく。
「慎くん……」
転調後の力強い歌声が会場内に響く中、慎のパフォーマンスに見惚れていたしずくさんは横で感嘆の声を漏らしていた。無論、しずくさんのみならず関係者席で参加している他のメンバーらも歓声を上げられずそのパフォーマンスにただただ目を奪われていた。
「……うん、やっぱり慎はこうでないと……」
ただ一人、俺だけが慎のライブはここまでのレベルになると予感していたこともあり、してやったりと安堵の笑みを浮かべていた。
慎と二人で話し合った彼のライブに合うイメージ。元気に皆へエールを送るものではなく、その存在感により見ている人を圧倒させるというイメージはこのライブで十二分に体現できており、観客の心を掴んでいるように思えた。曲のテンポに合わせて繰り広げるダンスもこれまでの練習やリハーサルの時より洗練されており、文句なしの完成度を誇っていた。
また慎はダンスをしながら歌を歌うことを課題にも挙げていた。身体を動かしながら歌うことで声にブレが生じてしまうことも問題視していたのだが、既にライブを行なっているせつ菜さんや愛さん、璃奈にコツを教えてもらうことで、それすらも克服していた。
まさに非の打ち所がない慎の姿。彼の煌びやかな光景を目にしながら、俺はとある人物のことを頭で考えていた。
(……真結ちゃん。今の君の目に……お兄ちゃんはどうやって見えてるのかな……)
スクールアイドルへの憧れを抱きながらも、不測の事態によりその道を歩くことができなくなった真結ちゃん。そんな彼女の想いを引き継ぐ形でスクールアイドルになった慎を今のあの子はどう見ているのだろうか。
少なくとも俺の目にはとてもきらめいているように見えている。慎の目指していたスクールアイドル像が正確に体現されており、真結ちゃんが憧れていたスクールアイドルとして慎が映っていたらとても喜ばしいことと思う。
そして、同時に俺はあることを考えていた。
(慎のステージ……眩しいなぁ……)
それは舞台に立つ慎への羨望。俺は舞台の下で皆を支える縁の下の力持ちとなる存在であるため、ステージ上に立つアイドルと同じ舞台は見られない。だが、目を細めてみてしまうほど煌めいている慎を見ると、彼が見ている景色がどういったものなのか気になってしまうのだ。
(俺がそこに立つのは……なんて考えるのは野暮だよね……)
俺はステージに上がる逸材ではない。人前に立って誰かの支えになるなんて縁遠い話だ。姉との比較から自信を無くしている自分はそんな太陽のような存在にはなれない。
なれないことを自覚はしつつも、憧れを抱いてしまうのはなぜだろうか……。
『……みんなぁぁ!! ライブ、楽しんでくれて……ありがとうなぁぁ!!!!』
俺らしくもないことを考えているとライブはいつの間にか終わりを迎えており、音楽が流れ終わると同時に決めポーズを取った慎は観客の激しい歓声を浴びながら、自分の事を応援してくれた大勢のファンに手を振って感謝の言葉を贈った。今の彼はこのステージに立ったスクールアイドルの中で一番輝かしい笑顔を浮かべていた。
彼の明るい笑顔とそのパフォーマンスに賞賛の拍手を送りながら、俺はとんだ些事を考えたものだと先ほど頭によぎったことを忘れ、今この瞬間を楽しむのだった。
「慎くんお疲れさま~!! 本当にかっこよくてトキめいちゃったよ~~!!」
ライブ、閉会式を終えた慎を囲んで俺たちは楽屋にて彼への祝杯を挙げていた。侑さんは慎の凛々しい姿を見た鳥肌が抑えきれず、未だに感情が昂ったままだ。
「うん! 私も慎くんの姿に目を離せなかったよ!」
「あんなに大きい場所ですっごいパフォーマンスを成功させちゃうんだから流石シンシンだよね!」
歩夢さんと愛さんも早く感想を伝えたくて仕方ないようで我先にと慎へ伝えていく。
「私のライブと違ってすごく胸が熱くなった。璃奈ちゃんボード『メラメラ』」
「へへっ。サンキュー璃奈。それに侑さんやぽむ先輩、愛先輩もありがとうございます」
璃奈がボードを用いて心が熱くなったことを伝えると慎も自身のやりたかったことがしっかりと体現できていることを認識でき、改めてメンバー全員への感謝を述べた。
「だけど、まさか慎くんが準優勝で終わっちゃうなんてねぇ~……」
メンバーらが喜び一色で染まっている一方で、彼方さんが今回の慎の成績についても言及する。
TMSの成績は、慎は準優勝に終わってしまった。オオトリとして観客の心を鷲掴みにできたのだが、それでも優勝したスクールアイドルには一歩手が届かずで終わってしまったのだ。
「でも、あの人たちが優勝するのも納得だよね。だって慎くんのライブと同じように楽しかったもん♪」
「そうですね。グループとしての一体感とメンバー一人一人の強み、それらが十分に活かされていて私も呆気に取られていました」
エマさんとしずくさんの言う通り、今回優勝したアイドルや結果について異議を唱えることはない。むしろこれまで個々で活動していたこの同好会とは違った強みを見せつけられ、まだまだ自分たちは井の中の蛙だったことを思い知らされたのだ。
「だけど、いい勉強にもなったわよね? 慎くんの存在感を広めるきっかけではあったけれども、まだ彼らとの知名度の差があった。歌やパフォーマンスだけじゃなく、そういった要素も今回の敗北につながったと思うわ」
「果林さんの言う通りです。ですが、この敗北は決して無駄にはなりません。必ず明日につながるものです。慎さんとしても今日のライブを通じて、自分に不足しているところが見つかったと思います。その反省するべきポイントとして捉え、次のライブでは必ず勝ちましょう!」
果林さんの的確な指摘も合わせて、せつ菜さんが今回のライブを通しての総括を述べる。確かに今回のライブでは敗北の味を知ることになったが、それをスパイスに次のメニューを考える材料にすればよいのだ。
ましてや慎はまだ一年生であり、スクールアイドルをやる時間はたくさんある。これからも多くの経験を経ることでここでの雪辱を晴らすこともできるようになるはずだ。そのために俺も慎を支えられるようにもっと沢山の事を勉強して、新しいことへのチャレンジも考えなければいけない。
メンバーらが各々感想を伝える中、一人だけ無言を貫いている人物に全員の焦点が合わさる。今回のライブを誰よりも待ち望んでいた一人の少女に。
「ふん、あんだけ威勢を張っておいて準優勝なんて、本当に詰めが甘いよね慎のすけは」
「かすみさん……」
慎の実力を認めようとせずに貶そうとするかすみにしずくさんがため息をつく。
「応援してくれる人たちも見る目が無いよ。こんなに泥臭くやってきた男を評価しないなんてさ?」
「かすみ、お前……」
まさか彼女が自身を褒めると思わなかった慎は軽く目を見開く。そんな慎を気に留めずかすみは顔を赤くしながら言葉を続ける。
「……慎のすけのくせによくやったじゃん。かすみんはあんたのライブ、すごく楽しかった」
そっぽを向きながら賛辞を述べるかすみ。どこまでも素直にならないかすみにメンバー全員が苦笑を浮かべている。これもまたかすみの良さの一つだ。
「へっ、お前は相変わらず可愛くねえな?」
「はぁ!? 人が褒めてやってんのになにその態度!!」
「別に、これがお前らしいから何とも思わねえさ」
「なんかすごくムカつくんだけど……!!」
「まあまあかすみさん、どうどう。それだけ慎くんのライブが凄かったんだもんね」
慎とかすみの痴話喧嘩にも近いやり取りを久々に見て、少しほっこりする一方であまりうるさくするのも良くないとしずくさんがかすみをたしなめる。
ぐぬぬと唸っているかすみを尻目に次は俺の番と、慎へメッセージを送る。
「あははっ……。ひとまず、ライブお疲れさま慎。すごく……かっこよかったよ」
「輝弥……なんだか改めてお前にそう言われると照れちまうな」
色々と考えることはありつつも慎への労いの言葉を贈ると、慎はにへら顔で顔を掻く様子を見せる。
「本当、ありがとうな輝弥。輝弥がずっと俺を応援してくれたおかげで今日は結果を残せた。お前がいなかったら今の俺はいない」
「そっか……。それならよかったよ」
改まって感謝を伝える慎に俺も頷く。そして、すぐに話を切り替えるように慎は両手を頭に乗せてライブで感じた想いを伝えてくる。
「あ~あ、輝弥にもこっちの景色を見せてやりたかったな~! めちゃくちゃいい眺めだったんだからさ!」
「そうなの?」
「あぁ。みんな、スクールアイドルを見て、思い思いの応援をしてくれる。応援の仕方は千差万別だけどさ……みんな……共通して笑ってたんだ。このライブを本気で楽しんでるってことが伝わってきたんだよ」
自分が見た景色を思い出しながら慎は当時抱いた感情を吐露する。慎の眼に映ってたお客さんは、笑顔でこちらにペンライトやうちわを振ってくれたようで胸が熱くなったようだ。そんな彼の話を聞いて、俺も胸が熱くなる感覚を覚えた。
「それは……すごく楽しそうだね」
「あぁ、だからさ。お前ももしその気があれば──」
慎が何かを伝えようとした矢先に楽屋の扉がノックされる音が聞こえてた。
「……? はい、どうぞ~?」
突然の来訪者に驚きつつも無下にするわけにはいかず、楽屋内に入るように促す。
「どうも、虹ヶ咲学園の皆さん」
「……賀射 刄さん……!」
そこには今回のライブの優勝者であるDrawing Storyがおり、総出でこちらまで訪ねてきていた。
「せっかく楽しんでいたところに水を差してしまって申し訳ない。激しい勝負を繰り広げた好敵手に挨拶をしなくてはと思ってね」
「……好敵手?」
刄さんから思わぬ発言が飛んできてついオウム返しをしてしまう。刄さんはそんな俺に頷きながら慎へと顔を向ける。
「……母数が少ない男性スクールアイドルのみに参加権が与えられている大会、トップ・オブ・ザ・メンズ・スクールアイドル。日の目を浴びる機会が少ないからこそ、この大会に全力を注ぐスクールアイドルは少なくない」
「俺たちも同様。ただライブや配信をやるだけじゃなく、こうしてシノギを削って実力を示したかった」
刄さんに続いて月未さんも自身の胸中を語る。スクールアイドルの甲子園と呼ばれるラブライブは女性のスクールアイドルが上位に上がることが多い。若者に好かれているコンテンツではあるがこの根幹を担っていたのが女性スクールアイドルだったこともあり、男性スクールアイドルへの風当たりも自然と強くなる。だからこそ決勝大会への出場はおろか、地区大会を突破することすらも中々に骨が折れるのだ。
「ここならば俺たちを縛るものは何もない。世界が俺たちに土俵を合わせてくれたんだ。そのチャンスを無駄にしたくない。その一心だった」
「でもそれは他のスクールアイドルの方たちも同じ。スクールアイドルに憧れたからこそ、スクールアイドルとして皆さんにその雄姿を見てもらいたいから全力を尽くしていた」
照哉さんは胸の前でぐっと拳を作って厳格な表情をしながら、大和さんは温和な雰囲気を醸しながら両手を胸に当てながら、その想いを語る。
「そんな周囲のレベルが一段と高まって、殺伐としていた状況下で君は準優勝を掴み取った。これは本当にすごい功績だよ」
「……あんたのことを認めるつもりはなかったが、パフォーマンスを見てはっとさせられた。……生半可な覚悟で刄さんに啖呵を切ったわけじゃねえってな」
他のスクールアイドルも力をつけ、戦々恐々とした中で成績を収めた慎に京雅さんと愛羅さんは素直に褒める様子を見せる。この二人もここまではっきりと相手の実力を認めるということは、それほどに今回の大会は厳しい戦いであったことに加え慎のポテンシャルの高さに驚きを隠せなかったのだろう。
「俺たちが今回優勝できたこと、それはこの大会に出場するまでに沢山の実績を積んできて、応援してくれるファンを増やしてきたからだ。……それが無ければ、俺たちは君に負けていたと思う」
刄さんの事実に同好会メンバー全員は唖然としていた。こうして実力を有している人らから慎に賛辞を述べてもらえていることが衝撃だった。俺たちの表情を見渡して刄さんは口元を緩める。
「……信じられないとでも言いたげだけど、これは本心から思っていることだよ。俺たちは鈴川君を……慎君のことを好敵手として、ライバルとしてその実力を認めている」
「………………」
「スクールアイドルとしての初ステージ、お疲れ様。そして、そんな中での準優勝……本当におめでとう」
そう言って、刄さんはそっと慎へ握手を求めるように手を差し出す。今の刄さんにあるのは自分たちが優勝を掴み取ったことのひけらかしなどではなく、激闘を制した少年に対しての純粋な賛辞。先ほどまでのDrawing Storyの皆さんが語っていたことも合わせて、その言葉には胸が温かくなる感覚がある。
「……ここに来てまで嫌味を言ってくるのかと思って身構えてたけど、それも無駄だったみたいだな」
「……正々堂々と勝負した相手に対してそのような非道は──」
「分かってます。あんたのその人柄を見ればそんなことをする人間じゃないことはすぐに理解できます」
慎の斜に構えた物言いに刄さんが横やりを入れようとしたが、慎自身も刄さんと触れたことで彼が卑しい人間ではないことを理解していた。
「俺もTMSに参加して、改めてスクールアイドルの世界は広いってことを知れました。男のスクールアイドルでもあんたたちみたいにとんでもない力を持ってるグループがいるってことも分かって、本当にこの世界は面白いなって嬉しくなりました」
「慎……」
「俺が準優勝を掴めたのは俺だけの力じゃない。同好会のみんなが総力を結して俺に協力してくれたからだ。そして、事前にあんたたちのライブを見れたことで俺の中で覚悟も決まっていったんだ」
慎はゆっくりと刄さんの前へ一歩進み、彼から差し出されている手の前に立つ。
「ありがとうございます。俺がこうして笑顔でいられるのもDrawing Storyがこの世界の厳しさを教えてくれたからです」
そう言って、慎は刄さんの握手に応える。自分の行動に返事をしてくれて刄さんも心なしか嬉しそうだった。
「慎君……!」
「優勝、おめでとうございます。ですが……次は絶対に負けないですからね?」
「あぁ、こちらも後れを取るつもりはないよ? 次にまた相まみえることを楽しみにしてるよ」
刄さんは慎の不敵な笑みに対抗するように猟奇的な笑みを浮かべる。そして、すぐにそれを解きこちらへ振り向く。
「それと……君もね?」
「えっ……?」
なにか期待を込めるような視線を向けながら、意味深な発言をぶつけてくる刄さん。果たして俺に何を期待しているのだろうか。
「さて、せっかくの時間を無駄にさせるわけにもいかない。俺
俺たちの事を鑑みたのか刄さんは踵を返して楽屋を後にする。だが、他のメンバーらは帰ろうとせずに突っ立ったままだ。何故刄さんの後に続かないのか問おうとした時、月未さん達は一斉に何かを手に持った。
「……あの、虹ヶ咲学園の皆さん!!」
「最後に一つ……サインを下さい!!!!」
月未さんと照哉さんは頭を下げながら真っ白なサインボードを持って、こちらへサインを求めてきた。そういえば、朝に遭遇した時サインは後で貰おうなんて言っていたな。
「あっはは……順番に、ですからね?」
突然のファンモードに困惑しながらもせつ菜さんは許可を下し、メンバー全員でファンサービスに興じるのだった。
TMSから次の日、俺はとある場所へ向かうべく歩いていた。
本来であれば朝一から学校で練習があるのだが、ライブ直後というのもあって練習開始が遅めに設定されている。その余裕を見て、俺は寄り道をしてから行こうと決めていたのだ。
寄る場所は決まっている。俺が友達の秘密を知った場所であり、親友と決意を固めた場所。そして言わずもがな、そこには慎が既に到着していた。
「おはよう、慎」
「よっ、おはよう、輝弥」
俺の登場に慎は驚く様子を見せない。俺たちはここで合流する約束など一切しておらず、たまたま鉢合わせただけなのだ。
「随分と冷静だね?」
「こうして待ってればお前が来る気がしたんだよ」
「奇遇だね。俺も慎がいるんじゃないかと思って、ここに来たから」
「結局、俺たち考えることは一緒じゃねえか」
「まぁ、友達だしね?」
他愛ないやり取りをし、真結ちゃんの墓前で二人で笑い合う。こうして二人だけの時間を取れたのもあの時以来だろうか。
「……無事にライブは終了したね」
「……一時はどうなるかと思ったけどなぁ~」
俺の言葉に慎はため息を吐きながら苦笑を浮かべる。確かに苦難な道を歩いていたが、それでも確かな足跡を残して俺たちは歩き切ることが出来たのだ。
「でも、やり切ったよね。俺たち」
「あぁ、お前のおかげでな」
「それはお互い様」
真結ちゃんの前で話していると柔らかな風が吹いてきた。優しく髪をなでる風は少し暖かさを帯びていた。
「……真結ちゃん、見てくれてたかな」
「あいつは笑って見てくれてたさ。これが……自分の見たがってたスクールアイドルのライブだってな」
実際に真結ちゃんと話をしているわけではないのに、どこか真実味を帯びてるような発言に俺は思わず吹き出す。
「よくわかってるね」
「俺を誰だと思ってんだよ?」
俺の冗談に慎は鼻で笑いながら答える。そして、すぐに真結ちゃんの墓へと目線を戻す。
「……あいつのためにスクールアイドルを頑張ろうなんて考えてたけど、それが逆に足枷になるなんて思いもしなかったけどな」
「それだけ、慎も真剣に真結ちゃんの事を想ってたって証拠だよ」
「それは愛先輩の受け売りか?」
「……そうかも」
今日は一段と口が回る日かもしれない。今の慎にはどんな冗談を言っても笑って返してくれるような、そんな安心感を覚えている。
「……俺が真結のことを想ってても、スクールアイドルをやる以上はひた隠しにしないといけないよな。ステージを見に来てくれる人はあくまでも俺を見に来てくれてるだけであって、鈴川真結のことは誰も知らない」
「悲しいけど、それが現実だね」
「いや、それでいいのさ。ここにいない者に縋って活動なんてしてたら、いつか本当に自分の身を壊す。それを気づかせてくれたのは……お前とかすみだ」
かすみは誰よりも慎のことを応援していた。普段の練習やスクールアイドルの考え方で衝突することはあれども、それは熱意があるが故の事だ。
彼女は言いづらいような状況に陥った中でも、その先の展開を想定してはっきりと物申してくれる。それは他人の動向に優しい人が多いこの同好会の中では非常に珍しく頼もしい存在だ。
「しっかりかすみにもお礼を言わないとね」
「正面から言ってもあいつが図に乗るだけだからな。まぁ、何か差し入れでも持っていくさ。……それと輝弥にも礼を言わなくちゃいけないしな」
「慎……」
「お前という存在が俺をここまで成長させてくれた。真結のことも含めて本当に頭が上がらない。俺と一緒に歩いてくれて……本当にありがとうな」
照れ隠しをするようにそっぽを向きながら感謝を述べる慎。こんな時でも恥ずかしさから目を合わせられない慎が可愛く思えてくる。
「慎はいつも俺のことを支えてくれた。だから返された恩はしっかりと返した、それだけのことだよ」
「確かにそうだけど……」
俺はさも当然のように語った恩返し、慎も納得はしつつも釈然としない様子。ならば俺としても一つ吹っ掛けておきたいことがある。
「それに……まだこれで終わりじゃないよ。今回は準優勝で終わってしまったけど、TMSで見つかった課題を改善して次は絶対にDrawing Storyに勝とう」
慎を優勝に導くという夢が果たせなかった今、次の目標は決まっている。土を舐める結果になった相手、Drawing Storyを負かして頂点を取る。これがマネージャーとしての俺の次なる目標だ。
「……そうだな。今回はあの人らに負けたが、それでも糧になるものはあった。次の大会のためにもっと修行しねえとな。……期待してるぜ?」
「当たり前だよ、俺は君の親友であり、相棒だよ?」
俺の意志を確認するように拳を差し出す慎に俺も返事をするように拳を合わせる。男性スクールアイドルの世界は狭くともそのレベルは決して低いものではない。俺たちが走る道は険しい道のりだが慎と一緒ならば何も怖くない。
「……さぁ、時間も近いし、そろそろ行こうか」
「よしっ、やってやろうぜ!」
学校での練習時間が迫っているため、出発しようと声を掛ける。そして、ここを立ち去る前に改めて真結ちゃんへの祈りを捧げようと二人で手を合わせる。
(これからも慎の事を……俺たちの事を応援しててね、真結ちゃん)
心の中で俺はそう真結ちゃんへ念じる。暫し無言が続く墓地だったが、静かに『頑張れ』、と彼女の声が聞こえたような気がした。
そして、俺たちは虹ヶ咲学園へと足を運ぶのだった。新しい目標、それを横並びで目指していける最高のパートナーと共に。
君とならば怖くない。たとえどんな茨の道が広がっていても。