虹の袂   作:M-SYA

87 / 96

大変お待たせしました。

本編87話です。
本年も『虹の袂』をよろしくお願いいたします。

それではどうぞ!




本編『自慢のお姉ちゃん』
生まれた衝動


 

 TMSが終わって数日が経った。

 

 慎が大会で準優勝を掴み取り、俺たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会はより練習に熱が入っていた。実績を得たからと言って天狗になるつもりもなく、大会で見つけた課題を達成するために全員で一丸となって練習に取り組んでいた。

 

「よっしゃ、行くぞ輝弥……!」

 

「うん……臨むところだよ……!」

 

 そんな折に俺は慎とレースを始めるように走り出す体勢を取っていた。俺たちの様子を見て、愛さんがどこから持ってきたかわからないレース用の赤い旗を俺たちの前で制止させている。

 

「行くぞ~? よ~い…………ドン!!」

 

 愛さんのゴーサインと同時に俺と慎は同時に駆け出す。同時のタイミングでスタートを切ったが、俺が気持ち早く前に出ており、良いスタートを切り出せていた。

 

「輝弥さんが一歩前に出ています!」

 

「でも、慎くんの追い上げはここからよね?」

 

 走り抜ける俺たちの横からせつ菜さんと果林さんの会話が流れてくる。勝負は最初が肝心と言うが、慎はその遅れを持ち前の脚力で優に取り返してくるのだ。

 

「かーくん負けないで~!」

 

「慎のすけ、負けたら承知しないよ~!!」

 

「かーくんも慎くんも頑張れ~!」

 

 歩夢さんからの応援に力が入る一方、かすみは相も変わらず慎に手厳しい。そんな二人の声をかき消すように侑さんの声がグラウンドへ響き渡る。

 

 今、俺たちがやっているのは二人だけの真剣勝負。週に一回やっている本気の徒競走だ。慎に負けないように俺も体力をつけているのだが、一定の間隔を以って慎と勝負をすることにしている。こうすることで自分の力がどこまで付いているのかを推し量ることができるのだ。一方、慎の方も俺との勝負を行うことで自分が怠けていないかを再確認するという名目で勝負に乗ってくれている。

 

 俺たちのこの勝負は、いつしかニジガク内での恒例行事となっており、今ではどっちに軍配が上がるのかを予想しながら観戦している始末だ。

 

「やるな輝弥……! だが……まだまだこれからだ!!」

 

 俺の背を追いながら慎は勝気な表情を浮かべる。ちらっと後ろを覗くが慎は体力に余裕があるようで少しずつペースを上げているのが分かった。

 

(このペースをキープできるのがベストだけど、それも時間の問題か……)

 

 徐々に縮まる俺と慎の距離。この状況をどうやって切り抜けていこうか考えていた時、ゴールの少し前で応援していたしずくさんが目に留まる。

 

「輝弥く~ん! もうひと踏ん張りがんばれ~!」

 

 人間という生き物は不思議だ。応援の言葉を一つ掛けてもらえるだけでどこから湧き出てくるか分からない勇気や力を身に着けられるのだ。ましてや、その相手が好意を抱いている人であれば尚のこと。

 

 しずくさんの前で不格好な姿を見せられない。本能でそう感じ取った時、俺の足は自然と力を増していた。

 

「っ!? か、輝弥……!?」

 

「お~! かーくんがもう一度距離を離しはじめたよ~!」

 

「輝弥くん、慎くん、どっちもがんばって。璃奈ちゃんボード『メラメラ』」

 

 エマさんと璃奈の応援が耳を通り抜け、残りは最後の20メートルほどの直線に差し掛かる。俺の意地を見せてる一方で、慎も易々と俺に勝ちを譲らせる気はない。

 

「うおぉぉぉぉ~~~~!!!!」

 

「負けるものかぁぁ~~!!!!」

 

 俺たち二人の激しい怒号にも近い声が鳴り響く中、ゴールテープが切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、今日も慎に勝てなかったか~……」

 

 徒競走を終え、俺は敗北者の罰として自動販売機でジュースを買いに行っていた。

 

 勝負は俺の負けに終わった。ラストスパートで慎が俺の真横を通り抜け、体一つ分の差で敗北に喫したのだ。慎が追随してきてることはわかっており油断するつもりはさらさらなかったが、彼との体力差は歴然であり重点的に鍛えなくてはいけないと改めて感じた。

 

「それでも今日は接戦だったよ? 慎くんに勝てる日もだいぶ近づいてきてるんじゃないかな?」

 

「確かに近づいてきてはいるけど、慎も立ち止まってるばかりじゃないだろうし、もっと頑張らないと」

 

 一緒に付いてきてくれたしずくさんからフォローを受ける。けれども俺が成長しているということは慎も同じことだ。俺だけが経験値を多くもらえるだとか、優遇されるわけでもなく慎も変わらない速度で成長を見せているのだ。彼に勝つためにはより練習を積む必要があった。

 

「アイドルをやるつもりじゃないのに、輝弥くんもストイックだね」

 

「……それは……」

 

 しずくさんの言葉に俺はなんて返せばいいか迷ってしまう。TMSの時に刄さんから言われた「君のことも楽しみにしてる」という言葉。そして、慎のライブを見てから俺の中で考えが変わってきているように感じている。最初はスクールアイドルではなく自分の音楽を伝えたいとして作曲家的ポジションで立っていたが、今はそれだけでは物足りなくなっている自分がいる。俺がやろうとしていたことが、慎が見ていた景色からも叶えられるのではないか、そう感じて始めているのだ。

 

 だが、しずくさんはそんな俺の様子を気に留めることなく話を続ける。

 

「ふふっ、でもそれがすごく輝弥くんらしい。こうして一緒に練習に参加してくれるからこそ私たちも負けていられないって力が湧いてくるもん」

 

「俺がそこまでの力を持っているとは思えないけど……しずくさんがそう言ってくれるなら、きっとそうなんだろうね」

 

「そうなんだよ。だから次は慎くんに勝てるように一緒に頑張ろ?」

 

「しずくさん……。うん、頼りにしてるよ」

 

「うん!」

 

 彼女の笑顔を見て、胸が温かくなる。慎に負けた悔しさも先ほどの葛藤もしずくさんの前でなら些事に思える。しずくさんは演劇部の経験もあり、呼吸に関しては人一倍長けている。走り方のコツでも彼女に聞いてみるのはアリだった。

 

 それと同時に、同好会の中でも舞台に立つ機会が多いしずくさんに、あることを聞いてみたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、しずくさん」

 

 自動販売機で慎から要望されたスポーツドリンクと一緒にわざわざ付き合ってくれたしずくさんにお礼のお茶を渡す。

 

「ありがとう。それなら私も、はい」

 

「俺の分も?」

 

「何もしてないのに貰うだけっていうのは私には合わないから、ね?」

 

 しずくさんは買ったばかりの水を持って、ウインクしながら答える。俺の差し入れから躊躇なく返礼品を送ってくる様子を見るに俺の行動が筒抜けであることがよくわかる。

 

「ははっ、しずくさんには叶わないや。じゃあ、ありがたくいただくね?」

 

「本来なら私の分まで買わなくていいんだからね?」

 

「……今後は気をつけるよ……」

 

 してやったりな表情で言い放つしずくさんに俺は観念したようにため息をつく。今回は慎への奢りがメインであってしずくさんに何も渡す必要はない。ただ、何かしなければいけない衝動に駆られてしまったのだが、そこはメリハリをつけなければいけない。

 

「それにしても、慎くんのライブから時間は経ったけど、まだあの時の慎くんのライブが忘れられないよ」

 

「うん、俺もだよ」

 

 しずくさんからの唐突な話題に俺もすぐに乗っかる。慎の初ライブがあまりに印象に残っており忘れろという方が無理な話だった。

 

「まだステージに立ったこともない慎くんが大会で準優勝を掴んじゃったから、スクールアイドル歴としては私の方が長いはずなのになんだか先を越されちゃったな」

 

「しずくさんもまだライブはやれてないもんね」

 

 璃奈、慎とスクールアイドルの経験がなかった二人が連続で同好会の知名度を上げるに相応しいパフォーマンスをした。そういった結果もあり、二人に負けじと他のメンバーも意欲がどんどん増しているのだ。

 

「まだしずくさんのライブを見れてないから、どんなライブになるのか今から楽しみだよ」

 

「その時は全力で楽しませてあげるから期待しててね?」

 

 手に持った飲み物を飲みながら、二人で笑い合う。そして、二人きりだからこそ俺はあることをしずくさんに聞こうとした。

 

「……ねぇ、しずくさん」

 

「なに、輝弥くん?」

 

「……ステージから見える景色ってどんな風なのかな?」

 

「えっ?」

 

 俺からの質問にしずくさんは一瞬困惑の表情を見せる。いきなりアイドル側の視点について聞かれたものだからから戸惑うのは当然のことだ。

 

「急にごめんね。この前の慎のライブ。あの時の慎は凄く輝いてた。あの大会に参加してたアイドルの中で一番眩しく立ってみせるって想いが伝わってきて、すごくかっこよかった」

 

 俺は慎のライブを見ていた当時のことを振り返る。慎の歌声や表情、一挙手一投足が洗練されていて、そこには紛れもないアイドルの慎が立っていたのだ。

 

「俺は自分の音楽を伝える手段は楽曲からしかできないと思ってた。聴いてくれた人を虜にできるような曲を作れるように、そんなことを思ってたんだ」

 

「輝弥くん……」

 

 歩きながらしずくさんは俺の顔を覗き込む。心配そうに見つめるしずくさんを尻目に俺は言葉を続ける。

 

「でも、ステージに立って歌を伝えるっていう手段も一つのやり方なんじゃないかって思えてきたんだ。あの時の……時に儚げに、時に激しく、時に笑顔で曲を彩っていく慎の姿がすごく印象に残った」

 

 俺がぽつぽつと語る横でしずくさんはひたすら無言を貫いて俺の言葉に耳を傾ける。

 

「そして、そんな慎の姿を……陰からではなく隣で見たくなっちゃった……」

 

「……輝弥くん、それってもしかして──」

 

「大変だよ大変だよ〜〜!! しず子かぐ男大変だよ〜!」

 

 俺が密かに抱いていた想いについてしずくさんが言及しようとした矢先、正面からかすみが大きな声を上げて緊急事態を知らせにきた。

 

「かすみ? そんなに慌ててどうしたの?」

 

「どうしたも何もないよ! ついにかすみん達の元にも来ちゃったんだよ!」

 

「来ちゃったって何が?」

 

 かすみの言うことに俺としずくさんが二人揃って疑問を抱いていると察しが悪いと感じたのかかすみはぷんぷんと怒る様子を見せる。

 

「も〜、しず子たちそんな悠長に構えていられないんだよ! ついにかすみん達にも……道場破りがやってきたんだよ!」

 

「何が道場破りだ、ばかすかす」

 

 かすみの発言に呆れるようにため息を吐きながら慎が横槍を入れる。横槍と同時に頭を軽くチョップされたかすみは痛っ、と声を上げる。

 

「ちょっと何すんのさ慎のすけ! 別に意味は間違ってないでしょ!?」

 

「慎のすけ言うんじゃねぇ! それより、あの人の妹さんのことをそうやって呼ぶんじゃねえよ?」

 

「妹?」

 

 TMSを終えても未だ犬猿の仲な二人のやり取りを聞きながら、慎の言葉に疑問を持つ。そんな俺としずくさんの為にかすみ達と一緒に付いてきた璃奈が解説を入れてくれる。

 

「うん。実は彼方さんの妹さんがこの学校にやってきたの」

 

「彼方さんの……」

 

 彼方さんの妹については一度だけ本人から話を聞いたことがある。確か近江(このえ) (はるか)といい俺たちと同じ一年生のはずだ。

 

「どうして急にここへ来たの?」

 

「俺らも詳しくは聞いてねえから分からねぇ。とにかく折角の客人ってことだからお前らを連れて帰ってこいって侑さんから頼まれたんだ」

 

 なぜ遥さんが虹ヶ咲へ来たのかは分からない。かすみの言う通り本当に道場破りとしてここへ現れたのか、単なる交流として来たのかは本人に聞かないと分からないことだ。

 

「そうか。なら早く部室へ戻らないとね」

 

「そうだよ〜。かすみん達の所へ来た理由について徹底的に吐かせないと……」

 

「お前はなんでそんなに殺伐とした発想しか出てこないんだよ」

 

 俺の言葉に満足したかすみは悪どい笑みを浮かべながら踵を返す。慎は彼女の発言に悪態を吐きながら後ろを付いていく。二人の後ろを追いかける璃奈へ続くように俺も歩き始めようとするが、しずくさんはその場から動かずにいた。

 

「しずくさん?」

 

「……輝弥くん、さっきの話は……?」

 

 彼女が言おうとしていることが何かを予想することはそう難しくなかった。

 

「その話はまた今度にしよう? 今は彼方さんの妹さんがなんでここに来たのかを確認しないと」

 

「……うん」

 

 俺がこの話題に関して口を開かないと判断したしずくさんは釈然としない様子を見せながら俺の横を歩き始める。

 

 突然の遥さんの来訪に期待を膨らませているはずだったものの俺たち二人の間にはただただ沈黙が流れるのみだった。

 

 






この気持ちは一体?


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。