ロクでなし魔術講師と最後の精霊   作:空白部屋

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基本5000文字がモットー。



非常勤講師

 

「……遅いッ!!」

 

 

 魔術学士二年次生二組の教室の最前列の席に腰を掛けるシスティーナは苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。

 

 

「どういうことなのよ! もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!?」

「確かにちょっと変だよね…」

 

 

 システィーナの右隣の席に座っているルミアは首を傾げている。

 

 

「何かあったのかな?」

「あのアルフォネア教授が推す人だから少しは期待してたけど……これはダメそうね」

「そ、そんな、評価するのはまだ早いんじゃないかな? 何か理由があって遅れているだけかもしれないし…」

 

 

 ルミアは現在進行形で遅刻している教師をフォローするが、それに対してシスティーナは抗議した。

 

 

「甘いわよ、ルミア。いい? どんな理由があったって、遅刻をするのは本人の意識の低い証拠よ。本当に優秀な人物なら遅刻なんて絶対にありえないんだから」

「極論じゃないか? それ」

「いいからあなたは黙ってなさい」

 

 

 ちょっとつついたら軽く睨まれた。

 どうやら俺に出番はないらしい。

 

 

「そういうものかな…?」

 

 

 ルミアは納得しかけているが、騙されてはいけない。意識がどれだけ高かろうが、遅刻してしまう時だって必ずあるのだ。

 まぁ、グレン先生の場合は本当に意識が低いどころか皆無なだけだが。

 

 

「あー、わりぃわりぃ、遅れたわー」

 

 

 扉が開いた音と同時に全く反省してない声が聞こえた。入ってきたのはもちろん、非常勤講師のグレン・レーダスだ。

 ぼさっとした黒髪に、死んで1ヶ月経った魚の目のような腐り具合。着崩した仕事服は、乾ききってないのか、所々湿っていた。

 

 

(……服が湿ってるってことはイベントがあったって事か)

 

 

 そのことに安堵しながら俺はあまり介入しないように、そっと居眠り態勢へと移行した。

 俺の席はシスティーナの左隣だからすぐバレるかもしれないが、飛び火は出来るだけ避けたい。

 

 

「やっと来たわね! ちょっと貴方、一体どういうことなの!? 貴方にはこの学院の講師としての自覚は--------」

 

 

 大幅な遅刻をしたグレン先生に早速、説教をしようとしたシスティーナだが、彼の姿を見た瞬間、信じられないものを見たというような表情になった。

 

 

「あ、ああ------ッ!? 貴方は今朝の!」

「…違います。人違いです」

「人違いな訳ないでしょっ!? 貴方みたいな人間がそういてたまるものですか!」

 

 

 あー、うん。この反応から確実にイベントがあったという事が判明したな。

 俺の介入によって改変される可能性も危惧していたが、原作通りに進んでいる事に胸を撫で下ろす。

 これからの11日間、グレン先生はまともに授業をしないだろう。

 その時間を上手く利用して、俺は俺でやることがあるから基本的にそっちに取り組むとしよう。卒業課題の論文とか何にしようか迷ってるし。

 もういっそのこと卒業課題の論文の内容は《霊結晶(セフィラ)》の生成にでもしようかな。

 まぁ、絶対に出来なさそうだけど。もし出来たら世間がとんでもない事になるな。

 ……天の知慧研究会などの犯罪組織に絶対に狙われる。そんなのはごめんなので、生成出来たとしても誰にも伝えることはないだろうな。

 といってもそれ以前に作るなんて不可能に近い。

 特殊な精霊術式を使って《霊結晶(セフィラ)》の生成を成し遂げたのは、デート・ア・ライブのボスであるアイザック・ウエストコットただ一人だけである。

 あの規格外な天才魔術師と同じ事が俺に出来るとは到底思えない。

 

 

(……こういうのってなかなか決まらないんだよなぁ…)

 

 

 俺は異能は使えるが、魔術は【ショック・ボルト】などの基礎的なものしか使えない。しかも三節詠唱。

 しかも魔力量は少ないし固有魔術《オリジナル》もなければシスティーナのように即席で改変できるような技術もない。

 筆記の成績の方も、下から数えた方が圧倒的に早いくらいなのだ。

 

 

(改めて考えると、ここってめっちゃ優秀な奴しかいないじゃん…)

 

 

 システィーナやギイブルは間違いなく天才であり、その実力も本当に学生なのかと疑いたくなるレベルだ。

 ルミアは学院一精神が強く、どんな状況でも諦めない意志の固さを持っている。精神は下手な大人より強い。

 ツインテールの髪型をしたウェンディはちょっとドジだけど暗号の早解きはトップで、実力もギイブルの次くらい。

 カッシュは魔力容量と魔力濃度が平均を上回っており、強者とも互角に渡り合える実力がある。

 女顔の少年、セシルは座学は得意だし実技は苦手だけど魔術狙撃の腕前はかなりいい。

 モデル体型のテレサに至っては、賭け事に異常なほど強く、イカサマしてるグレンでも足下にも及ばないほどの天性の豪運の持ち主だ。

 ………うん、やっぱこのクラスおかしいよ(白目)

 

 

(俺さ、異能を除けば平均よりちょっと下くらいの普通の生徒なんだけど、このクラスにいると場違い感が半端ない…)

 

 

 一年の頃、チェスではギイブルに惨敗し、ポーカーは二ターン目でテレサにロイヤルストレートフラッシュを出されて即死。

 システィーナやカッシュには魔術の早撃ちで負け、しまいには腕相撲でルミアにでさえギリギリ負ける。

 

 

(……あれ、なんだろう。過去を振り返っただけなのに目から塩水が…)

 

 

 こうして一人静かに傷心しながら、俺は授業をやり過ごした。

 今晩は久し振りに枕を濡らすかもしれない。

 あ、ちなみに授業は原作通り自習になってシスティーナとひと悶着あったんだけど……まぁ、それは言うまでもないかな。

 ついでに俺にも飛び火したが、そこは大天使ルミア様によってシスティーナの怒りを鎮めてもらった。ありがたや、ありがたや。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 グレン先生が非常勤講師としてやってきて数日が過ぎた。

 彼は相変わらず教科書をゴミ箱に捨てたり、黒板に教科書を釘で打ち付けたり、教科書のページを破って黒板に貼ったりなど、何か教科書に恨みでもあるのかと思ってしまうほどの奇行を繰り返している。

 そんなグレン先生の不真面目な行動の数々に、遂に我慢の限界がきたシスティーナは己の手袋を投げつけて決闘を申し込んだ。

 

 

「お前……マジか?」

 

 

 しん、と静まり返る教室の中、グレン先生は眉をひそめて投げつけられた手袋を注視する。

 

 

「私は本気です」

 

 

 覚悟を決めた表情でグレン先生と対峙するシスティーナに、俺は注意の意味を込めて言う。

 

 

「やめておいた方がいいんじゃないか? 相手は教師だぞ」

「そんなこと分かってるわよ」

 

 

 どうやら何を言っても無駄のようだ。

 さっきの言葉から何を言われてもグレン先生との決闘を取り下げるつもりはない、という強い意志が感じられた。

 ……ふむ、ならちょっとふざけてみるか。

 

 

「……体要求されても知らんぞー?」

「--------ッ!? こ、この馬鹿ッ!!」

「痛ぇっ!?」

 

 

 一瞬にして顔を真っ赤にしたシスティーナが、俺の頭に容赦なく拳骨を落とした。

 いまどき暴力系ヒロインは人気ないと思いますよ。あとめっちゃ痛い。

 システィーナとグレン先生の間に不穏な空気が流れ続けているが、頭からじんじんと痛みがくるので俺はルミアに治してもらおうとお願いする。

 

 

「ルミア、白魔【ライフ・アップ】をかけてくれないか?」

「自業自得だと思うよ♪」

 

 

 笑顔で即答された。

 

 

「最近、ルミアが俺に対して冷たい…」

 

 

 昔はあんなに仲が良かったのに。

 まぁ自分でもこうなってるのは自業自得だと自覚はしてるけどさ。

 心なしかグレン先生まで呆れたような目を向けてくる。

 

 

「んで、白猫。何が望みだ?」

「その野放図な態度を改め、真面目に授業を行ってください。あと、私は白猫ではなくシスティーナです」

「わかった。だが、お前が俺に要求する以上、俺だってお前になんでも要求していいってこと、失念してねーか?」

「承知の上です」

 

 

 途端にグレン先生は顔をしかめて吐き捨てた。

 

 

「……馬鹿か。嫁入り前の生娘が何言ってんだ。シラヌイが言ったように、体を要求されたらどうする気だ」

「それでも私は、名門フィーベル家の次期当主として、貴方のような魔術師を見過ごす訳にはいきません」

 

 

 システィーナの熱意にグレン先生が心底嫌そうな顔をする。

 まぁ無理もない。彼の性格からしてこういった手合いには苦手意識があるのだろう。

 グレン先生は盛大なため息をつき、手袋を拾い上げると挑戦者であるシスティーナに向かって宣言した。

 

 

「はぁ、そこまで言うなら仕方ねぇ。-------いいぜ。この決闘、受けてやるよ」

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 ---------教師vs.教師泣かせ。

 その前代未聞の決闘はクラスだけにはとどまらず、瞬く間に学院中へと広がった。

 決闘のルールは至って簡単。【ショック・ボルト】のみで決着をつけることだ。

 それ以外の魔術は全面禁止で、この勝負はいかに【ショック・ボルト】を早撃ちするかが勝負の鍵となる。

 システィーナは魔術の名門、フィーベル家の次期当主であり、学年一優秀な生徒としてその名に恥じぬ実力と才能を持っている。

 そして相手のグレン先生もロクでなしではあるが、この学院の非常勤講師になれた人間。当たり前だがそれ相応の実力を持っており、戦う事にも慣れている。

 もはや今回のこの決闘を単純に教師vs.生徒と考えている者は少ない。同じ力量同士での魔術戦だと捉えている生徒がほとんどだ。

 なればこそ、これから行われる【ショック・ボルト】の早撃ちにはどんな工夫や策が秘められ、幾度もの思考が成されるのか。

 ---------この勝負、どちらに軍配が上がるのか全く予想がつかない。

 こうして中庭で行われる決闘を観戦しに来た生徒達は、手に汗を握る思いで期待の眼差しを二人に向けていた。

 

 

 ---------向けていた、のだが……

 

 

 

「《雷精の紫電よ》---------ッ!」

「ぎゃあああああ---------ッ!?」

 

 

 いた、のだが……

 

 

「《雷精よ・紫電の衝撃(しょうげき)(もっ)て・撃---------」

「《雷精の紫電よ》--------ッ!」

「うぎょぉおおおおお---------ッ!?」

 

 

 …………………。

 

 

「あああああ----------ッ!? 嘘だろ!? あんな所に女王陛下がいらっしゃるぞ---------ッ!?」

「えっ!? い、一体どこに!?」

「ふはは、かかったなアホが! 《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒---------」

「《雷精の紫電よ》----------ッ!」

「びぎゃあああああ---------ッ!?」

 

 

 ---------数十分後。

 

 

「すみません。無理です。許して下さい。もう立てません。ていうかこれ以上続けるとボク、何かに目覚めちゃいます」

「はぁ……」

 

 

 グレン先生はシスティーナの前でピクピクと痙攣(けいれん)しながら倒れ伏していた。一方、決闘の勝者であるシスティーナは、そんな哀れなグレン先生の姿を呆れた目で見ている。

 観戦に来ていた周囲の生徒もあまりにも呆気ない結果に、驚愕を通り越して呆れていた。

 今ではグレン先生が一節詠唱も出来ないことを馬鹿にしている者達もいる。

 俺は結果が分かってたし暇なので面白半分で観戦してたが、実際に大勢の生徒から陰口を叩かれているのを見ると、改めてグレン先生の神経の図太さに感心する。なんなら脱帽しそうな心境だ。

 精神的なダメージは全くといっていいほどくらってなさそうだし。

 

 

(さて、そろそろ教室に戻るか。早めにアレを完成させたいし)

 

 

 俺は人気の少ない廊下を歩きながら考える。

 あれ、とは俺が最近始めた編み物のことだ。編んでいるのは純白の手袋で、魔術師が装備しても違和感がないように仕上げる予定だ。

 しかし、これはただの手袋ではない。

 これを作るには特殊な素材と針を駆使して、魔力回路と霊力回路を織り混ぜた、この世で俺にしか作ることが出来ない一品だ。

 効果のほどは魔力がより効率よく使用できるという至って単純なもの。だが、この手袋には霊力を込めてあるので、一種の加護が宿っているような状態になっている。

 魔術の威力強化、手袋の防御力強化、自動治癒の3つの効果があり、もしこれをオークションにでも出せば一財産なんて簡単に手に入るだろう。

 

 

(ふっふっふ…ふぁーっはっはっは! いやぁ、今から楽しみだなー!)

 

 

 内心で高笑いをあげながら俺は手袋が完成した時のことを想像してルンルン気分で教室へと戻った。…さすがにスキップとかはしてないよ?

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「心底、見損なったわ」

 

 

 険しい表情のまま、システィーナは言った。

 彼女にとって魔術師とは、亡くなった祖父のように尊敬するものであり、夢を叶えるための道標(みちしるべ)だ。

 そんな彼女にとって、今もなお蔑視しているグレン・レーダスという男はどうしても許せない存在だった。

 先程、彼は魔術師同士の約束を反故にした挙げ句、あろうことか、何食わぬ顔で魔術師を侮辱したのだ。

 プライドが高く、魔術師としての誇りを持つ彼女が怒りを通り越して軽蔑したのも無理はない。

 

 

「教室に戻りましょう、ルミア」

「う、うん…!」

 

 

 険しい表情のまま踵を返したシスティーナに、ルミアは若干の焦りを覚えながら彼女の後をついていく。

 長年、親友と一緒に過ごしてきたルミアは、彼女が一体どんな想いで魔術師を目指しているのか痛いほど理解している。

 それ(ゆえ)に、ルミアは何も言うことが出来ない。

 欲を言えば教師と生徒の間に発生している亀裂(きれつ)を広めたくないし、修復したいと思っているが、今のこの状況と、グレン先生の態度が直らない限り到底叶わぬだろう。

 

 

「そういえば、シラヌイはどこに行ったのかしら?」

 

 

 唐突な質問に、ルミアは先程見たことを伝える。

 

 

「シラヌイ君はさっき、教室に戻っていったよ」

「そう……」

 

 

 システィーナの短い返答に、少しだけ気落ちした様子が感じられた。

 自分と同じように彼も訳ありだが、フィーベル家に長年住んでいるのでシスティーナのことをよく知っている。

 だというのに、彼は何もしなかった。

 励ますことも、手助けすることも、肝心な時に限って彼は目の前から姿を消す。

 自分達がまだ幼い頃は、そんなことはなかった。彼はいつも隣でシスティーナを支えていた。

 でも、ある時からぱたりとそれがなくなった。

 原因は分からない。いくら聞いてものらりくらりと言葉をかわされ誤魔化されるだけ。

 何をするにしても一緒だった頃とは違い、彼は何かをするとき、一人でするようになった。

 突然、心の支えだった彼が離れたことから、システィーナは精神的に不安定になるときがある。

 大丈夫そうに見えていたってそれは所詮、そう見えるだけで本当に大丈夫なわけではない。ただ強がっているだけだ。

 そして彼はそのことを知らない。知ろうともしない。

 だからルミアが、親友として彼女の側に寄り添って支えるのだ。

 何気ない日常でも、ちょっとした言動で心が揺らいでしまう事だってある。

 それに、彼女と彼には約束もある。

 一緒にメルガリウスの天空城の謎を解明すると。

 彼女の祖父が叶えられなかった悲願を、必ず果たすと二人は約束した。

 幼い頃の口約束。システィーナは覚えていても、彼が覚えているかどうかは分からない。

 実に不安定で曖昧だ。

 でもこの約束が彼女の支えの一部になっていることは紛れもない事実。

 普段は精神が安定していたとしても、怒りや悲しみといった負の感情が高まった時、彼女の精神が不安定になりやすい。

 

 

(システィ……私、心配だよ…)

 

 

 親友の背を見ながら、ルミアは心配そうな眼差しを向けた。

 まるで、彼女がどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして。

 

 

 




彼は知らない。原作通りに見えていても、水面下で徐々に改変していることに。
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