悪魔憑きの頌歌   作:James Baldwin

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 今度こそ、目指せ完結。目指せ、書籍化()


〈Prolog of Devil Enchanter〉
第一話 弱キ者


 ──絶対に、悲しみを殺し尽くす。

 

『どんな困難があっても?』

 

 是。

 

 そんな想いを抱くに至ったきっかけは、事故で妹を亡くした母の深い悲しみを目の当たりにした、その瞬間だった。

 悲しみは、理不尽なまでに唐突で、憎たらしい程にあっさりと全てを奪っていく。

 

 ──そんなもの、許せるはずがない。僕は、絶対に認めない。

 

『どれだけ傷付いても?』

 

 是。

 

 それ以来、自分に出来ることは何でもした。

 誰かが困っていたら、自らにできる限り手を尽くして、それでもダメなら人の手を借りることに躊躇いはなかった。

 車に轢かれそうになった猫を助けて身体が傷ついても、溺れる子供を助けて生死の境を彷徨うことになったとしても、僕は辞めなかったし、それを間違っていたと、後悔することはありえない。

 

 ──悲しいよりも、嬉しい方が。泣き顔よりも、笑顔の方がずっと良い。僕はそれを求める。

 

『有り余る畏怖をその身に集めても?』

 

 是。

 

 例え、そんな僕を気味悪がって身の回りから人がどんどん遠ざかっていっても、誰かが悲しみ、二度と笑えなくなる憂き目の方が余っ程苦しい。想像するだけで、身の奥から焦がれる切なさを味わう。

 もしも、僕自身の理由があるとすればそんなものだった。

 

 ──胸糞悪いのは、息が詰まるのは嫌なんだ。選択は待ってはくれない。飛び出すしかない。

 

『だから、あんなに簡単に選んだのか?』

 

 是。

 

 だから。

 十五歳になったあの日、僕に悪魔憑き(エンチャンター)としての素質があると分かったその時も、息子をむざむざ危険な目に遭わせたくないとする両親の反対を押し切って二つ返事で応えたのだ。

 

 人類を脅かし、封印された存在を滅殺するなんて、僕にどこまでもおあつらえ向きじゃないか。

 いつでも死んでしまえる、臆病で弱い僕なら誰よりも身体を張れる。誰よりも向いている。

 

 少なくとも、僕はそう思った。

 

 

『──ならばチカラを貸そう、愛しき弱キ者(Uprising Taker)よ』

 

 

 ありがとう、イクライプス(・・・・・・)

 

 

 ☆

 

 

「着いたぁ」

 

 時刻はもう既に正午を回った頃か。空を数羽の鳥が列を為して往くのが見える。

 南半球に近い位置にあるこの島は暑いという話だったが、少し汗ばむくらいの気候ならちょうど良い。

 太陽が照りつける港で、僕は一人伸びをした。

 ぼきりと鈍い痛みが心地好い。船旅で身体中が凝り固まってしまっているようだ。

 辺りを見回せば、海を後ろ背にコンクリートの沿岸部と森。そしてその先に小さく見えるビルの群れ。突出した一本の塔。

 目的地は彼処だ。

 

 人類存続という重大な目的によって立てられた日本本土関東圏全域程度の面積を誇る巨大な人工島、『クロスヴェイン・アイランド』。日本では虚交島とも呼ばれている。

 僕は、そんな島に一歩を踏み出していた。

 

「人工島って言うくらいだから、もっと殺風景なのかと思ってたけど、結構普通の島なんだなあ」

 

 散策がてら沿岸を少し歩くと、反対側から歩いてくる警備員さんの姿が目に入る。

 この島は、諸企業の興業などで普通に都市が存在し、それなりに栄えているとのことだったが、それでも重要な機密そのもののような島なので当然警備も厳重だという話は、最初の説明会で聞いた。

 会釈すれば、警備員さんはにこやかな笑みをたたえてこちらへと向かってきた。

 

「その箱⋯⋯君は、新しいエンチャンターの子かな?」

「あ、はい。そうです」

「そうかそうか。まだ若いのに、偉いなあ」

 

 警備員さんは、僕の腰のベルトに括り付けられた手のひらサイズの長方形の黒箱を見て、僕を『エンチャンター』であると判断したらしい。

 実際、エンチャンターであるかどうかを判断するには、契約悪魔を封印しておく為のこの長方形の箱『悪魔箱』の有無や、右手の甲に刻まれる五芒星を確認する他ない。それは一般的な話だ。

 特に隠すことでもないので首肯すると、警備員さんは子供を褒めるように僕の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 それが少し恥ずかしくって、加えて僕自身がまだエンチャンターとして何もしていないのもあり、咄嗟にその賞賛への否定の言葉を紡ぐ。

 

「いえいえ、僕なんてまだ何もしてないですよ」

「そんなこと言うなって。君達エンチャンターのお陰で、皆今まで通りの日常を送れてるんだからさ」

「そうなんですかね⋯⋯」

「ああ、そうだとも。これからだとしても、君もエンチャンターに志願したということは、誰よりも誇れることさ」

 

『エンチャンター』

 それは、今の僕を指す役職、状態、区分だ。

 自らの生命力を代償に悪魔の力を借りて戦う者のことで、その主な役目は二つ。

 ひとつは、クロスヴェイン・アイランドに閉じ込められた『悪魔』と呼ばれる存在を倒すこと。

 そしてもうひとつは、この島に散らばる悪魔喚びの書『グリモア』を破壊すること。

 僕はこの春からそんなエンチャンターになった第五世代に当たる新人だ。

 

 ⋯⋯そう言えば、僕も合わせて第五世代のエンチャンターは三人いるという話だったが、他の二人はもう到着しているのだろうか。

 

「他のエンチャンター? いや、新しく入ってきた子はまだ君しか見てないなあ」

「そうですか⋯⋯ありがとうございます」

「ごめんね。おじさんも、まだこっちの島に来てそんなに長くないから⋯⋯」

「いえ! 大丈夫です! 何にしても統制局に行かなきゃいけないのでそこで聞いてみます!」

 

「悪いね」、そう言って警備員さんは申し訳なさそうに苦笑する。

 すると警備員さんは、何かに思い当たったかのように手を叩いた。

 

「⋯⋯あ、そうか! 君は、第五世代の子なんだね?」

「はい、エンチャンターになったのは今年からです」

「なるほどね。⋯⋯君の名前を聞いても良いかな? 未来の救世主の名前だ、しっかり覚えておかないと、ね」

 

 未来の救世主。そんなふうに呼ばれたことは無かったから、何故だか嬉しくなって威勢よく返事を返す。

 

「──はい! 僕、来世院(らいせいん)(みのり)って言います! 皆の為に、新進気鋭、誠心誠意、鋭意努力全力で頑張ります!」

 

 

 ☆

 

 

「以上で確認は終わりとなります。何か質問はございますか?」

「い、いえ、大丈夫です!」

 

 受付のお姉さんが、優しく微笑む。

 お世辞抜きに、大人の女性といった感じのお姉さんに少しドキリとしてしまった僕は悪くない。

 何とか取り繕って返事をすると、カウンターから取り出したよく見慣れた携帯電話そっくりの電子機器を手渡される。

 

「そうですか、それは良かった。では、こちらをお受け取りください。島内でのみ使える携帯端末型デバイス『E-Phone』です。ちなみに、Enchanter-Phoneの略称です」

「⋯⋯安直ですね」

「そんなものです」

 

 エンチャンターとしての説明などは本土であらかた受けてきていたので、実際にクロスヴェイン・アイランド(こちら)に着いてから新しく説明されるということもなく。

 エンチャンター統制局虚交島東方支部――エンチャンターを統制する為の機構で、東西南北の港から続く大都市四つにそれぞれ支部が存在する――のカウンターで簡単な確認を受けた僕のここでの用事は、エンチャンターに無償支給されているこの携帯端末『E-Phone』を受け取って終わりだ。

 これは、電話としての連絡ツールやエンチャンターへの依頼の送受信以外にも、仮想通貨を入れる財布としての役割などもあるらしく、この島での生活においては必需品なのだとか。

 残高を確認してみると、初期費用だと言う十万円に加えて、本土で統制曲に預けた僕の貯金と両親からの餞別として貰った幾らかが確認出来た。

 後は、ゲームなんかも入れられるらしく、ほとんど向こうで使っていた携帯と変わらない。むしろ、性能は何倍も良いようだ。

 

「それでは、来世院穣さん。貴方の活躍を期待します」

「はい。全ての悪魔を打ち滅ぼして、グリモアを抹消してみせます!」

「その意気です。それでは、今日のところは宿舎でお休みください。他の方々が揃い次第、お呼び致しますので」

「分かりました」

 

 一週間の間は無償で宿舎を借りれると聞いた。

 その宿舎は悪魔そのものや悪魔が生み出す魔力から都市を守る『穢れ十字』による結界(セーフティゾーン)の範囲を明確化するために、都市外縁部を覆うように建てられた城壁もかくやと言った様相の壁の外側にあるらしい。

 都市に入る時、その十五メートルの壁を目の当たりにして、思わずぽかんと口を開けてしまったが、仕方ないことだと思う。

 都市の中心部に存在する全長二百メートルほどの巨大なビル、本部を出た僕は、まずはその宿舎を目指すことにした。

 

「⋯⋯普通に都会なんだなぁ」

 

 思わず独りごちるくらい、この都市は人工島という名前からは想像もできない程に都会然とした有様だった。

 悪魔やグリモアが生み出す魔力に満ち満ちているこの島は、魔力浄化装置である穢れ十字がなければ、人間など到底住たものではない。

 それは、魔力が物質と接触することでその物質を本来の構成とは掛け離れた存在にしてしまうからであり、それは人間を含め生物も逃れることは出来ないからだ。

 だが、変性した物質は魔力を宿さない為、一部の鉱物や木材なんかは上等級の材質となる。

 企業はそれを求めて、この島に従業員やその家族を移住させ、そうしてクロスヴェイン・アイランドに転々と存在するいくつもの城壁都市が出来上がったのである。

 今僕がいるこの都市は、島に四つ存在する統制局支部を中心に発展した大都市である為、人口も他より多いのだろうが、景観は完全に東京の都会そのものだ。

 

「取り敢えず至急買う物は特に無いし、宿舎には必要最低限の物は揃ってるらしいからそういう物も要らない。まあ、一回行ってみてから足りなかったら買い揃えようかな」

 

 島での暮らしなんて不便だろうなと思っていたが、全然そんなことはなさそうで一安心。

 道すがらコンビニで買ったコロッケを頬張りながら西の出口に向かっていると、ふとあることに気がつく。

 

「それにしても、全然エンチャンターを見ないけど⋯⋯流石にこの都市にいないなんてことは無いだろうし⋯⋯」

 

 そう、他のエンチャンターの影も形もないのである。

 契約悪魔の力がなければ人間と変わらないエンチャンターだが、基本的に悪魔箱を持ち歩くことが義務付けられている為、見分けることは難しくない。

 しかし、それでもエンチャンターをここまで一人も見ていない。

 どうしたことだろうと思いながら、コンビニで貰った紙おしぼりで手の油を吹いていると、対面の方がにわかに騒がしくなったのを感じた。

 

「道を開けてくれ!」

「わっ!?」

 

 歩道の人並みを掻き分けながら鬼気迫る形相で慌てて駆けてくるのは、担架を運ぶ数人のエンチャンター。

 エンチャンターが居たことに安堵することなんて出来なかった。

 

 だって、担架に乗せられて運ばれる両脚を喰いちぎられたような(・・・・・・・・・・・・・)重傷のエンチャンターを見てしまったから。

 ぞぉっと、血の気が引くのが分かった。

 

『──ォォォォォォォォォオオオオオッ!!』

「!?」

 

 向かっていた方向、彼らが駆けてきた西の方を意識して耳をすましてみれば、なんで気が付かなかったのか不思議でならないくらいの大声量。

 人のものでは有り得ない奇っ怪で悍ましい叫び(・・)が聞こえる。

 

「ぁ⋯⋯あ⋯⋯くっ」

 

 本能的な恐怖と嫌悪に、身が竦む。

 逃げろ。

 弱い僕には敵うはずもない。

 どうせ、ボロボロになって今度こそ死ぬだけだ。

 今まで運が良かっただけのヤツが、意地張って飛び出すなよ。

 もう、運なんて頼れない存在になったんだ。

 実力でしか意思は貫けない。

 実力は、あるのか?

 無いよ。

 

「ッ!!」

 

 でも、飛び出したら、

 

 

 ──誰かは助かるだろう(・・・・・・・・・)

 

 

 僕は、原初の祈りに突き動かされるままに走り出していた。




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