FATE カルデアのマスター、彼の地に来たれり 作:ダンピール
燦々と降り注ぐ太陽の下、アルヌス丘陵に設置された駐屯地で子供の笑い声が響き渡る。
第三偵察隊の隊長である伊丹はカルデアとコダ村の避難民受け入れと引き換えに、山盛りの書類仕事と格闘した後でぐったりしていた。
「よう伊丹。ちょっと一服付き合えよ」
そんな彼の下を訪れたのは柳田二等陸尉だった。
返事を待たず先に駐屯地の屋上へ向かった柳田の後を伊丹も重い足取りで付いていく。
彼からこういう誘い方をされる時、決まって嫌味を言われると察していたからだ。
「銀座・二重橋の英雄サマが、特地に来てから次々と面倒事を持ってきてくれる…」
「その呼び方は止してくれよ。あと問題を持ってきたんじゃない。行く先々で面倒事が向こうからやってくるんだから、避けようがないだろ」
両手を上げておどけた調子の伊丹はジト目で煙草を吹かす柳田に言い返す。
彼は少し目を細め、吸い込んだ煙草の先がチリと赤く点滅する。
それから表情を和らげて、いつもの調子でキザな笑い方と共に口を開いた。
「フッ―――まぁ、面倒事=損をするという訳じゃない。お前を責めるつもりはないさ」
「どうだか…少なくとも檜垣陸佐は俺を恨んでいるだろ」
リツカ達が狭間陸将との話し合いをしている間。帰還して早々、伊丹は額に怒りマークを浮かべた茹蛸の檜垣にこってり絞られていた。
通信機器の不調という曖昧な理由で定時連絡をしなかったこと。
結果として基地にカルデアとコダ村の避難民の一部を丸々受け入れる形になったこと。
そのことで伊丹の上官である檜垣が幕僚達から小言を言われたのは想像に難くない。
「あの人もあの人で、組織の枠組みを越えて活躍するお前に色々思う所はあるだろうよ」
「…意識的に越えてる訳じゃないんだ…って弁明は意味ないよなー多分」
そんな会話をしている二人の眼下で、ふと子供たちの笑い声が聞こえる。
会話を中断して手すりから顔だけ出してみると、リツカが子供たちに囲まれていた。
「柳田。あの少年の方が英雄とかヒーローって肩書がピッタリなのさ」
「…かもしれないな。もっとも、本人がそれをどう思っているかは分からんが…」
次に二人が視線を移したのはそんなリツカを見守る他のカルデアメンバー。
彼同様に子供の相手をしている藤乃、アビー、えっちゃん、マンドリカルド。
前の二人は年上のお姉さんだったり同年代だったりで言葉があまり通じなくてもジェスチャー混じりに和気藹々話している。一方で残り二人は子供と話す事に慣れていないのか、オロオロして他のメンバーに助けを求めている。
「ああしてると、只の少年少女に見えるんだけどなぁ…」
「本当にあんな華奢な連中が化け物退治の功労者なのか―――ってオイ伊丹あれ!?」
「んあ…ぶっ!?」
二人がぼんやり眺めていた視線の先、柳田が信じられない光景を目にして慌てる。
呆けた声を上げた伊丹が視線を追いかけると、同じように驚愕して吹き出す。
遊んでいる子供達と建物から離れて開けた平地にて。
槍を手にしたヘクトールと刀を持った村正が一騎打ちをしているではないか。
「何やってんだあいつ等!!」
「急いで止めないと、柳田さん悪いけど話はまた今度―――!」
言うや否や、伊丹は基地の階段を駆け下りて現場へと駆け付けた。
地面を揺らすほどの衝撃と、金属同士のぶつかり合う音に他の隊員たちも駆けつける。
基地の中でそんな音がすれば、哨戒中の自衛官たちも集まってくる訳で―――
(…あぁ、また書類が増えるんだろうな…さらば俺の安息の日々)
伊丹にとって安息の日々なぞ、銀座に門が出現した時から失われているが…
それでも仕事中の息抜きの時間すら許されない状況になっているのだと実感した。
*
「ハッ―――!ぜぇや!!」
「おっとぉ?ほいっ!―――やるねぇ爺様、紙一重だったぜ」
「何が、紙一重でぇ!んな、涼しい顔で、言われても、説得力ねぇよ!!」
先に仕掛けた村正の刀をステップで躱したヘクトール。
槍で突く事も出来たが彼は敢えて回避に徹する。村正は地面に叩きつけた衝撃で刀に罅が入る度に手放し、新たな刀をその手に生み出して次々と斬撃を見舞う。
「こいつでッ!どうだぁ!」
「うおっ!?爺様、そいつ使うのはアリなのかい!?」
「喧しい!一対一の戦いに、卑怯もへったくれもあるかぁ!」
「そりゃ、そう!?だけどっ…っとと!…さぁ!」
遂には仕事道具の金槌すら持ち出して振り回す始末。
刀と金槌のなんちゃって二刀流に翻弄されて、流石のヘクトールも槍で受け流すようになった。
リツカ達との遊びに夢中になっていた子供達も二人の戦いを見て目を丸くしている。
ある事情でテュカとレレイ、ロゥリィの三人は翼竜の鱗集めにいっていた。
戻ってきた先でカルデアの男二人が戦っている様子を見て唖然とする。
「あらぁ♪なんだか楽しそうなことしてるわねぇ」
「ちょ、あれ止めた方が…!?」
「…大丈夫、パッと見て本気に見えるけど…二人の間に殺意が感じられない」
エムロイの神官として、戦いを前に少々興奮気味なロゥリィに対し、慌てるテュカを横に冷静な分析をするレレイは戦う二人の奥から近づいて来る無数の足音に気づいて安心の笑みを浮かべる。
「おーいお前ら何やってんだぁぁ!!!」
砂埃を上げて全速力で駆け寄ってくる伊丹の声に、戦う二人の手が止まった。
彼の背後から血相変えて武装した自衛官が数名、騒ぎを聞きつけた自衛官たちも見える。
村正がボリボリと頭を掻く横で、ヘクトールがヘラヘラ笑いながら呟いた。
「あっちゃ~…もしかして、オジサン達やっちゃったかな?」
「だから
ヘクトールが槍を下ろして、村正も刀を手から離して霧散させて戦いは終わった。
息を切らせた伊丹が責任者であるリツカ…も苦笑いしているので当人達に詰め寄る。
「…で、今の何かな…?」
「「暇だったから体を動かす訓練」」
「…どう見てもその槍、訓練用のじゃないよね?」
眉毛をヒクヒクさせて怒っている伊丹が見ているのはヘクトールの持つ槍だった。
ドゥリンダナ。またの名を聖剣デュランダル。ヘクトールの持つ宝具である。
彼の記憶が正しければ、その槍はあの炎龍相手に使われていたものと同一のそれだ。
「いやぁ、この基地に訓練用の槍なんて置いてないだろって爺様に言われてな?俺も自分で訓練用の槍くらいは作れるけどよ、それじゃど~にもしっくりこないもんで…こうして対等に戦える
「おい
「…事情はともかく、今みたいな訓練は遠慮して貰えないかな…そうしないと―――」
「あぁ、分ぁってるよ。後ろの奴らの顔見りゃあ察しがつく」
「…悪いね、事前にこういう注意事項を言わなかった俺もうっかりしてた」
「いやいや!其方さんが謝る事なんて一つもないさ。ちょいとまぁ、ここ最近は
チラと肩越しに振り返ったヘクトールが見ているのは、手にした戦斧を振り回して今にも襲い掛かりそうな獣染みた息遣いのロゥリィだった。
横にいたテュカが若干怯えており、レレイは彼女の手を取って足早に距離を取る。
遠目に見守っていた自衛官たちも尋常じゃない彼女の様子に緊張し始めた。
そんな場の空気を打ち破ろうと、リツカが目敏くテュカの持っていた袋に目を向ける。
「三人はそれ、どうしたの?」
「え?あ、ええっと…」
「…実は――――――」
かくかくしかじか、これこれうまうま。どうやら避難民として仮設住宅に受け入れられた事で安心したテュカは、何の見返りもなしにこれだけの衣食住を提供されるというのはどうなのか?それを不安に感じていたようだった、
彼女らの世界ではこれだけ持て成されて女が兵隊にすることなど一つしかない。
似たような時代に生きたヘクトールやマンドリカルドもそれを聞いて察する。
ちょっと子供には刺激の強い話だったから藤乃がアビーの耳を塞いだ。
因みに身売り…というか歩き巫女として活動していた千代女はどこか遠い目をしていた。
受けた恩に報いる働きがしたいと申し出る彼女達。
近くを通りかかった自衛官に尋ねたところ、戦場跡に放置されている
「成程なぁ…ところでこの駐屯地から一番近い町って…」
「―――アルヌス丘陵からだと、一番近くて商業が盛んなのはイタリカ」
「イタリカ?…それって確か…」
「テッサリア街道を抜けた先、フォルマル伯爵領の町」
伯爵と名が付いた時点で伊丹も察した。イタリカという町は帝国領にあるのだと。
そんなところへ自分達…自衛隊がいくのは大丈夫なのかと考えたが、偵察の任務と現地住民との接触という当初の目的を考えれば、彼女達の護衛と偽ってイタリカで諜報活動をするのもアリなのではという考えが過ぎる。
すると考えている伊丹の横でリツカが手を上げ発言した。
「そのイタリカって町に、俺達もいってみたいな」
「そうですね。この世界について、もっと知る必要があると思います」
「いい考えだと思うわアーチャーさん、マスター!私は賛成よ!」
「あ~…俺としてはマスターの意見を尊重したいっスけど…」
「そうですねライダー。問題はあの医師先生がなんて言うかですね…」
「―――どうせ僕がダメだと言っても行くつもりだろう。お前はそういう奴だ」
「あすくれぴおs…ゲフン!…きゃすたぁ殿。であれば全員で動くのが宜しいかと。拙者を含め数人がマスターの護衛兼監視に付いていれば、もしもの事態にも対処しやすいかと…」
音もなく姿を現したのは、子供たちにじゃれつかれるのが嫌で気配を絶っていたアスクレピオスと千代女。突然どこからともなく現れた二人に伊丹含め自衛官たちがギョッとする。
その反応を見ていたヘクトールがクスクス笑いながら補足する。
「悪いね。オジサン達はこう見えて姿を消す妙技に長けてるのよ」
「…
「企業秘密ってことで。…んで、今の話をそのまま質問に変えるんだけども…おじさん達もそこのお嬢ちゃん達の言うイタリカって町へ向かうのに同行を希望したいんだが、伊丹の旦那?」
「…ちょっと上司に話して来るから待っててくれるか?」
「ほいほい、今度は体動かす訓練じゃなく頭動かす訓練でもやって気長に待つよ」
そう言ってヘクトールが懐から取り出したのは将棋盤と駒の入った箱。
これは自衛官たちの誰かが私物として持ち込んだ物で、偶々基地の散策中だったヘクトールがその自衛官と話して暇潰しになるならと快く貸してくれたのだ。
彼は既にカルデアで起きたある事件のお陰で、ボードゲーム全般のルールを把握していた。
将棋盤を見てピクリと村正の眉が興味深そうに動く。
「そいつぁ将棋か?それならちょいと
「おっいいねぇ村正の旦那。アサシンの嬢ちゃんもいける口だろ?どうだい一戦」
「…は。拙者も盛時様のお相手を何度か務めた程度ではありますが…」
「そいつぁ重畳!マスターにアーチャーの嬢ちゃん、他の奴らもどうだい?」
こうして伊丹がイタリカ行きの話で上司から先ほどの騒ぎの一件で叱責を食らう間、ヘクトールが開催したプチ将棋大会はちょっとした盛り上がりを見せていた。最初は英霊同士の将棋戦が、いつの間にか持ち主や同僚の自衛官を巻き込んだ大きな大会となったのだが、それはまた別の話…
策略家として名高いヘクトールを苦戦させたのは、ひょっこり参戦していた狭間陸将だった。
それを聞いた柳田はまた胃が痛んで一日に吸う煙草の量が増えたとか…
次回「フォルマル伯爵領イタリカへ…」