原作では炭治郎が最終選別を合格した時間軸と同じです
母親が殺された。弟が殺された。妹が殺された。妹を鬼にされた。あの晩俺が美味しいご飯を食べている時、皆はどれほど恐怖していたのだろう。楽しく話している時、皆はどれほど痛みを味わったのだろう。俺が寝てる間、皆は何度俺に助けを求めたのだろう。
俺は救えなかった。けど、全てを失った訳じゃない。たった一人残された妹を、禰豆子を守る。そして、必ず人間に戻す。
時は大正、廃刀令が発令されてから既に一世紀が経つこの時代では、未だ刀を振り続ける者たちがいた。その名も鬼殺隊、この時代に蔓延る鬼達を討伐する為だけに結成された組織。
そんな鬼殺隊に所属する、一人の青年がいる。これは、家族を鬼に殺され、唯一生き残った妹を鬼にさせられた少年のもう一つの物語。力が無いが故に多くを失った。その代わりにたった一つの大切なモノを取り戻した少年のもう一つの物語。本当は何も失いたくなかった、誰よりも優しい青年も物語だ。
「竈門 炭治郎!竈門 炭治郎!次ノ任務ヲ伝エル!
一羽の
「至急、胡蝶 カナエ ト 合流シ、鬼ノ調査二迎エ。場所ハ南東ノ海ノ近クニアル、小サナ町ダ」
「わかった。ありがとう」
炭治郎は照りつける日の下で、網代笠を取り空を見上げる。その顔には、大きく赤い、不思議な痣があった。
「行こうか、禰豆子」
その瞬間、炭治郎の姿がその場方から掻き消えた。人間では無くなってしまい、日の下を歩けなくなってしまった禰豆子と共に。
「潮風の匂い、近いな。それよりカナエさんとはどこで合流すればいいんだろう」
鎹鴉に言われたように海の近くにある町に来たが、合流しなければいけない胡蝶 カナエとの合流先を聞いていない事に今更ながらに気が付いた。
「仕方ない。匂いで探すか」
炭治郎は深く深く息を鼻で吸う。匂いを感じやすいように、なるべく高い建物の屋根に登る。この町にどんな人、何があるのか、鼻のいい炭治郎にはそれを把握することができる。完璧とまではいかないが、それでも十分過ぎるほどの情報を匂いで感じ取れる。そして炭治郎は目的である、胡蝶 カナエの匂いを見つけた。
「いた。やっぱりあの人の匂いは安心するな」
そして炭治郎の姿は、再び掻き消えた。
町の団子屋で、一人の女性が団子を食べていた。彼女は町の髪飾りを付けている。黒の長髪に淡い紫色の瞳の美人。彼女こそが鬼殺隊の中でも最強と言われる【柱】の一人、胡蝶 カナエ。
彼女も炭治郎と同じく、どこで合流していいのか聞かされていないため、ここで時間を潰していた。鎹鴉から聞いた話だと、もうこの近くまで来ていてもおかしく無いと思うのだが。
「お嬢ちゃん、えらい別嬪さんじゃないか。」
「ありがとうございます。おばあさまもまだお若いですよ?」
「ハハハ、ありがとうよ。それじゃこれはおばあちゃんの気持ちだよ。それよりもお嬢ちゃんはここには何をしに来たんだい?」
おばあさんが団子をもう3本くれた。カナエはそれをありがたく貰うことにした。
「わぁ、ありがとうございます。ここにはちょっとした調査を。おばあさま、聞きたいことがあるのですが、この町で変な噂はありませんか?人が消えたりするような噂とか」
「噂かい?そうさねえ、あるよ…半年前からかねえ、ここに来る旅の人が消えてしまうんだよ。前までは美味い海の幸を食べに来てくれる人が大勢きてくれたんだがね。今じゃさっぱりさ。そしてついにはこの町の人まで突然消えてしまった。お嬢ちゃん、あんたも危ないよ。その団子を食ったらさっさとお帰り」
話を聞く限り、間違いなく鬼の仕業だろう。同じ場所でなるべく多くの人間を食べる為、この町の人ではなく外から来た人を襲う。そして外から来る人が少なくなると、次はこの町の人に手をかけた。それは許されることではない。
「大丈夫ですよ、おばあさま。私、こう見えても強いんですよ?それに、一人じゃありませんから」
カナエは貰った団子を口にすると、上から人影が降りてきた。
「お久しぶりです、カナエさん」
「久しぶり、炭治郎君。今日もいい天気ね」
カナエの匂いを追ってきた炭治郎だった。
団子屋を後にした二人は、町を巡回していた。町の様子を自分の目で確かめるためだ。鬼が出る町や村の人たちは皆怯えている事が多い。噂止まりなら怯える事はないだろう。しかし鬼が本当にいるなら、何人もの人が消えるので噂で片付けられない。
「さっきのおばさまから聞いたの、やっぱりこの町には鬼がいるようだわ」
「そのようですね。それよりもカナエさんが来るって事は、鬼殺隊にも相当な被害が?」
「えぇ、2ヶ月前から何人か剣士を送り込んでるようなんだけど、既に20人以上帰ってきていないと聞いてるわ」
「20人も…、なら十二鬼月の可能性があると」
「そうなの。それで、御館様に頼んで炭治郎君に来てもらったのよ」
「お、御館様・・・ですか・・・」
隣で歩いているカナエは清々しい顔をしてとんでも無い事を口にした。柱ともなれば御館様に都合をつけてもらう事も出来るだろうが、こんな事をするのはカナエくらいだろう。
「それよりも炭治郎くん、最近無茶をしてるようだけど?」
「そ、そんな事ありませんよ。ちゃんと休暇も取ってますから」
「御館様が、炭治郎君がなかなか休んでくれないと困ってたわよ?」
「ゔ…、もしかして今回の任務で俺を呼んだのって・・・」
「ええ。これが終わったら、引きずってでも連れて帰りますからね」
兎に角任務に没頭していた炭治郎は。ほとんど休みを取っていなかった。怪我をしても気にせずに任務に向かう。そんな事を繰り返していると、気が付くと一年近くも経っていた。
「一年近くも顔を出さないで、本当に心配してたのよ?禰豆子ちゃんを戻したいって言う気持ちも分かるけど、少しは休まないと禰豆子ちゃんも心配するわ。これが終わったらしばらく休んでもらうからね?」
「分かりました。それじゃ、早く終わらせましょう」
炭治郎は大きな倉庫の前で立ち止まった。倉庫はかなり大きく、鉄の扉も閉まっていた。窓がどこにも無く、中に日の光が入らないような構造。鬼が昼いても問題のない構造。そして何よりこの中から鬼と血の臭いがした。
「炭治郎君?」
「カナエさんはここで待っててください。ここに鬼がいますが、恐らく中は真っ暗です。そんな状況で二人で入るの危険なので」
「それは炭治郎君だって一緒でしょ?」
「俺は鼻がいいので大丈夫です。それにここの鬼なら、俺でも十分倒せますよ」
「そう…。無理は…しないでね」
「はい。それじゃでは、いってきます」
炭治郎は重い扉を片手で開け、真っ暗な倉庫の中に入っていく。炭治郎の背中を見送るのはこれで何回目だろうか。その度に何か大きな怪我をして帰ってくるあの背中を、何回引き留めようと思った事か。
「いつになったら、安心して貴方を見送れるようになるのかしらね」
一人待つ事しかできない。待つ事が嫌で鬼殺隊になった、剣士になった、柱になった。なのにあの人はいつまでも私を隣に置いて戦ってくれない。炭治郎君、貴方はいつになったら・・・
その5分後、無傷で暗い倉庫から出てきた炭治郎は、待っていたカナエに『いきましょうか』と一言だけ言うと、胡蝶邸に向かい歩き出した。カナエは先に行く炭治郎の横を歩く。いつかこの場で一緒に戦いたいと、この瞬間だけでもと思いを馳せながら。