カナエとの任務は直ぐに終わった。鬼は確かに弱くなかったが、炭治郎としてはなんてことの無い普通の鬼だった。その後、2日かけて胡蝶邸に出向いた。約1年ぶりとなる胡蝶邸、それだけに炭治郎は出来れば会いたくない人物が3人ほどいた。
そしてまさにその一人が、カナエの出迎えをしていた。
「お帰り姉さん。今回の任務は随分と早かったのね?」
「ただいま、しのぶちゃん。場所もそんなに遠くなかったし、それに鬼も普通の鬼だったらしいから」
彼女は胡蝶 しのぶ。カナエの実妹であり、カナエと同じ鬼殺隊だが、それと同時にここでは医者としての姿もある。性格は基本的に穏やかでいつも笑っていり、女神と呼ばれる事が多いが、言う事を聞かない患者などに対しては冷たい笑みを浮かべるなど、かなり恐ろしい面もある。
「らしいって?姉さんが倒したんじゃないの?」
「えぇ。詳しい話はそこに隠れている人に、直接聞いたらいいんじゃないかしら?」
そう言うとカナエは、後ろの茂みに隠れている炭治郎に向かい指を指す。茂みから少しだけはみ出している赤みがかった髪と、背負っている木箱を見て、さっきまで穏やかだったしのぶの顔に、笑顔のまま急に影が差し込む。
「あらあら?炭治郎さんじゃありませんか?どうしたんですか?そんな茂みに隠れたりなんかして」
声を掛けられた炭治郎は、体をビクッと震わせる。そして尋常じゃない程の汗まで流していた。
「聞こえてますかぁ?そんな所にいないでこっちに来たらどうですかぁ?」
「・・・・」
あくまでも炭治郎はいないフリを貫くつもりだ。既にバレているがこの際、そんな些細な事はどうでもいいのだろう。今はどうやってしのぶから逃げるかという事しか頭にないのだ。
「そうですか。そういう事ですか。それなら・・・」
「・・・?」
しのぶは返答しない炭治郎に対して最終手段に出ることにした。それは
「いっぺんザクっと逝っときますか」
自分の日輪刀を抜いたのだ。これには炭治郎もなりふり構ってはいられなくなった。もう逃げるとかの話ではない。このままでは確実に殺られる。
「ちょ!ちょっと待ってしのぶ!分かった!分かったから許して!」
「なんだ、やっぱりいるじゃないですか」
慌てて茂みから姿を表した炭治郎。まぁ元から隠れきれてなかったが、兎に角出てきた。
「それで、分かったって何がですか?私は何も怒ってなどいませんよ?ねぇ?姉さん」
「そうよね?しのぶちゃん」
「いやでも、明らかに怒って・・・」
「そんな事ないですって。一年も顔も見せなかった事とか」
「うっ・・・」
ここでしのぶが一発。
「何度文を送っても無視された事とか」
「うぅ・・・」
ここでカナエが一発。
「その癖薬がなくなると送って欲しいという文だけ送ってくる事とか」
「うぅぅ・・・」
更にしのぶが一発。
「あれだけ休みを取ってと言ったのに一年近くも働き続けた事とか」
「うぅぅぅ・・・」
更にカナエが一発。
「「私たちはなぁ〜にも気にしてませんよ?」」
「グハァッ・・・」
計4発、満面の笑みで2人から放たれる強力な言葉の槍に、炭治郎はズタズタにされた。
「ほ、本当に申し訳なく思っています・・・」
しのぶとカナエに責められて炭治郎はげんなりしてしまった。だが二人がここまで言うのにはちゃんとした理由はある。5年前、鬼に襲われたしのぶとカナエを助けたのは、他ならぬ炭治郎だった。そこから鬼殺隊に入る事を決めた二人は炭治郎と同じく、鱗滝 左近次の元で修行を積んだ。そしてカナエは水の呼吸から派生した独自の呼吸、花の呼吸を編み出した。
「炭治郎さん、姉さんと私がどれほど心配したか分かってますか?」
「・・・うん」
「それじゃ、今度からはせめて文くらい返してください」
「そうですよ、炭治郎君。何よりも心配していたのは私達二人だけじゃないわ。カナヲやアオイだってとても心配してたわ。確かに禰 豆子ちゃんを人間に戻す事も大事だけど、貴方を思っている人達がいると言う事を忘れないで?」
「はい、分かりました」
「よろしい!それじゃ、皆でご飯にしましょうか。しのぶちゃん、準備しちゃいましょう」
しのぶとカナエは晩御飯の準備をする為、炭治郎を残し台所に向かった。一人になった炭治郎は、心配を掛けてしまった二人、カナヲとアオイを探しに行く。
アオイがどこにいるのかはすぐに分かっていた。胡蝶邸にきた時、庭の方で洗濯物の匂いと一緒に、アオイの匂いも流れてきた。炭治郎はすぐにアオイの元に向かう。すると案の定、洗濯物を干しているアオイの姿があった。しかし一年振りに会うアオイに何て声をかけようか分からず、近づいていくと、アオイが背後にいる炭治郎に気付いた。
「・・・炭治郎、さん?」
「あ、えぇっと・・・久しぶりだね、アオイ」
帰って来た事を知らずにいたアオイは、いきなり現れた炭治郎に驚きの色を隠せずにいた。炭治郎もアオイになんて言っていいのか分からずに、こんな事を言うしか無かった。
「いつ帰ってきたんですか?」
「ついさっき。カナエさんと一緒の任務に行っててね」
「そうですか」
会話が続かない。アオイは再び炭治郎に背を向けながら、籠に入っている残りの洗濯物を干し始める。炭治郎は何も言わず、何もせずにその様子を後ろから見ていた。だがしのぶとカナエが言っていた事を思い出した。
『心配していたのは私達二人だけじゃないわ』
「アオイ、ごめん」
「・・・何がですか。私は炭治郎さんに何もされてないですけど」
アオイは洗濯物を干しながら返事をする。
「うん、何もしていない。そのせいでアオイに心配をかけた。しのぶとカナエさんにも散々言われたよ」
炭治郎はハハハと苦笑いをしながらアオイに話しかける。アオイは炭治郎の言葉に洗濯物を干すのをやめ、炭治郎の方を向く。
「そうですよ・・・心配しましたっ、不安でした!貴方はいつも無茶ばかりして、その度に大きなゲガをして!それなのに、ここを出て行ったらマトモに文も寄越さない!顔も出さない!こっちがどんなに貴方を心配してもそれに気付いてくれない!」
「アオイ・・・」
アオイは涙を流しながら炭治郎に向かって思いの丈を叫んだ。この一年たまっていた不安を、自分がどれだけ炭治郎の事を思っていたかを。
「それでも貴方はきっと、他の人の為に戦っているんだと知ってるから、私は貴方に何も言えない。私は逃げたから、貴方にどうこう言う資格なんてありません。だけど、これだけは言わせてください」
『死なないでください』
自分がどうしても炭治郎に伝えたかった。この1年間、一言だけでも伝えたかった。また貴方に会いたいと、いなくなってほしく無いと。だが今の自分にはその言葉を口から出す勇気がなかった。だからその勇気が出るまで、この気持ちは心の奥にしまわせてください。
貴方の事を
愛していると
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